理想郷の皇帝とその仲間たち   作:海豹のごま

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百二十七話 グラニクス

 さて、ここはアルカディア帝国の玉座の間。

そこで椅子に座りながら膝を組み、手の甲で頭を支えながら、何やら考える皇帝の姿があった。

 

 

「終わったか?」

 

「ハッ、無事完了しました」

 

 

 皇帝は目の前にひざまずく、部下であるギガントへとそれを尋ねた。

するとギガントは頭を下げながらも、冷静にそれに答えた。

 

 

「ゲートは完全に封鎖しました。()()()と同じく、誰も入ることはできませぬ」

 

「ご苦労さん」

 

 

 ギガントが行ってきたこと、それはアルカディア帝国に存在する、ゲートポートの封鎖だった。ゲートの機能を完全に停止させ、その建物を封印してきたのだ。

 

 皇帝はそれを行ったギガントへと、労いの言葉をかけた。

よくやった、それでいいと。

 

 

 ……魔法世界には11箇所、新世界と旧世界を繋ぐゲートが存在する。また、他に存在するゲートはもう一つ、過去の出来事にて、すでに封鎖されているオスティアのゲートである。

 

 が、ここにイレギュラーなゲートがもう一つ存在した。そう、アルカディア帝国と旧世界を結ぶゲートだ。

 

 と言うのも、ここのゲートを封じなければ、完全なる世界の思惑通りには行かない。魔力の流れが阻害されずに、魔力溜まりができないからだ。

 

 故に、何としてでもここのゲートを破壊しようとしてくるだろう。そうすれば帝国としても面倒なことになるのは避けられない。なので、とりあえずゲートを閉鎖し、敵が侵入してくるのを止めようと考えたのだ。

 

 だが、理由は他にもある。皇帝のある計画には、このゲートの封鎖が必要だった。だから、こうしてギガントに、アルカディア帝国のゲートを封鎖させたのだ。

 

 

 そして、ギガントは”あの時と同じく”と言葉にした。あの時とは、つまり20年前の大戦の時のことだ。20年前も同じようなことが発生しており、同じようにゲートを封鎖していたのである。

 

 

「……ヤツらの動向はどうなんだ?」

 

「今のところ、大きな動きはないようです。何やら時期を見計らっている様子かと……」

 

「やはり……、か……」

 

 

 また、皇帝はギガントへと、”完全なる世界(ヤツら)”について質問した。

しかし、ギガントはそれについても、大きな情報を得てはいなかった。

 

 ただ、連中は行動する時期を見計らっているようで、ゲートを破壊し終えたのが区切りだったらしく、現在は大きな動きがないとギガントは報告した。

 

 

「まあ、そのあたりは引き続き頼むわ」

 

「了解いたしました」

 

「さーて、これからどうなることやら」

 

 

 それなら様子を見て、こちらも行動を決めるとしよう。皇帝はそう考え、引き続き情報収集を頼むと言葉にした。

 

 ギガントもそのまま頭を下げ、それを静かに了承した。皇帝はそれを見て満足し、次に何が起こるかを考え始めたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ここはエリジウム大陸、そのやや北側中央に位置する自由交易都市グラニクス。

 

 そして、そこにある巨大な複合闘技場の外側の廊下にて、一人の男子がたたずんでいた。執事服を着こなし掃除用具を片手に、異界の街並みや青く透き通った空を眺めながら、思考にふけていた。

 

 

「……話に聞いていたけど、何と言うかまあ……」

 

 

 その男子こそ、状助と覇王と同じクラスメイトであり、友人の川丘三郎だった。うむ、見渡す限り異世界っぽい何かだ。異世界転生したらこう言う気分なのだろうか、そう三郎は景色を眺め、思うほどであった。とは言え、三郎も神様転生した身である。転生したのには変わらないと考え、内心苦笑していたのだった。

 

 また、魔法世界のことは状助から聞かされていた。何か不思議な世界があるぞ、と。それを思い出しながら、その光景を眺めていた。ただ、聞かされていたものよりも、ずっと幻想的な世界だと三郎は思っていた。いや、聞くのと体感するのでは、まったく違うのだから当然と言えよう。

 

 

「……状助君が言ったとおりだった……」

 

 

 しかし、まさかこんなことになるなんて、思っても見なかった。確かに状助が言う訳だ。来るな、絶対に来るなと。

 

 

「来るなって言ってくれていたのに……」

 

 

 あれほど忠告してくれたというのに、それを無碍にしてしまうなど。今度会ったなら、また謝らなければならないな。三郎はそう思いながら、自己嫌悪でため息をついていた。

 

 

「……状助君は、他のみんなは無事なんだろうか……」

 

 

 そして、三郎は思った。状助やその他の人たちのことを。特に状助は怪我をしていた。遠くからではあまりわからなかったが、かなりヤバイと言うのは感覚でわかった。無事ならいいが。そう考えながら、自分に課せられた仕事をこなすのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 三郎は仕事を一段落させた後、自分が与えられた部屋へと戻った。多少疲れたがこの程度で音を上げる訳にはいかない。そう思いながら、部屋の扉を開いた。

 

 

「あっ、お疲れ様。……どうだった?」

 

「大丈夫、特に何もないよ」

 

 

 すると、労いの言葉が三郎へ向けて発せられた。それを言ったのはアキラであった。

 

 三郎はその言葉に笑みを見せながら、別に問題はないと話した。

 

 

「それよりも、亜子さんは……?」

 

「まだ熱が下がらないみたい……」

 

「そうか……」

 

 

 三郎は自分のことなんかよりも、亜子のことが気がかりだった。何せ亜子は謎の病気にかかってしまい、熱がまったく下がらない状態となってしまっていたのだ。健康な自分なんかよりも、そっちの方が心配だと思ったのである。

 

 亜子を看病していたアキラへ三郎がそれを尋ねれば、未だに熱はさがってないと話した。

それでも一応薬は飲んだはずなので、効いてきてはいるのはわかっていた。昨日よりは症状が軽くなってきているからだ。故に、もう少しの辛抱だとアキラは考えていた。

 

 三郎はその言葉を聞いて、心配するような声をだし、不安な様子を見せていた。こんな見知らぬ土地での病気は、さぞ心細かろうと思っていた。

 

 

「ねえ、ここって本当に現実なの? 夢だよね……?」

 

「……村上、多分これは夢なんかじゃないよ」

 

「ど、どうして!?」

 

 

 そこへそれ以上に不安な顔を見せながら、この状況を尋ねる夏美がいた。

夏美はこの現実的には見えない、不思議な世界を見て、ここが夢の中なのではないかと思っていたのである。

 

 アキラはそれに静かに答えた。

この状況は夢ではない、きっと現実なのだろうと。沈痛な表情で、それをしっかりと発していた。

 

 そのアキラの無情な答えに、夏美は混乱した様子を見せていた。

これが夢ならいい方だ。悪夢なら覚めれば終わるからだ。だが、現実だったら終わらない。どうにかしなくちゃいけないからだ。

 

 

「大河内さんも見たでしょ?! 街の人たちを! このメチャクチャな状況を!」

 

「確かに見たよ……」

 

「だったら……!」

 

 

 夏美はまるで今の状況を現実であるということを拒絶するように、アキラへと反論した。

ここはやはりおかしい、街の人間もおかしいし、この状況もここに至る前もずっとおかしかったと。

 

 アキラもそれはわかっていたし、実際に見ていた。街の人は見たこともない人間ばかりだし、この場所だって自分たちが知らない場所だ。おかしいというのは重々承知だった。

 

 なら、やはり夢だ。そう夏美は叫ぼうとした。この受け入れがたい現実を、夢だと思い込むように。

 

 

「……でも、私は知ってるんだ……。そういう状況があることを……。そのメチャクチャな状況が現実に存在することを……」

 

「そんなの嘘だよね!?」

 

 

 だが、アキラがこの状況を現実と言うのには、訳があった。アキラは以前、学園祭の時に現実離れした光景を一度目撃していた。そう、銀髪の神威が起こした事件だ。

 

 あの時、刃牙が神威によって、ヒドイ怪我を負わされていた。また、カギが宙に浮きながら、雷を放った。まるで夢だというような、そんな状況だった。さらに、刃牙は自分を抱え噴水に突入したと思えば、別の水場へと一瞬で移動したのだ。

 

 それにアキラはそのことについて、刃牙から教えてもらっていた。刃牙の不思議な力のことを、この世界には不思議なものがあることを。故に、この夢のような現実を、ある程度受け入れられてしまったのである。

 

 あのアキラから、そんな言葉が出てくるなんて。夏美は予想外なアキラの言葉に、かなりショックを受けていた。

 

 夏美はアキラも自分と同じように、この現状が夢だと答えてくれるとばかり思っていたのだ。当てがはずれた夏美は頭を抱え、嘘だ嘘だと嘆くしかなかった。

 

 

「川丘君はどう思ってるの!?」

 

「……ゴメン。俺も現実だと思うんだ……」

 

「そんなー!」

 

 

 そこで夏美は矛先を三郎へと変え、そちらにも同じ質問をした。

しかし、やはり三郎もアキラと同じ答えだった。そのため、申し訳なさそうにそれを言ったのである。

 

 と言うのも、三郎は転生者である。転生してる時点で、すでに夢のような存在だ。それ以外にもシャーマンな友人の覇王や、スタンド使いな友人の状助がいる。そんな彼らを見ていれば、このぐらいは現実でもおかしくないと思ってしまうのである。

 

 三郎の答えに、夏美は悲鳴に近い声を出していた。

なんてこった、これは夢じゃなくて現実だというのか。夢なら覚めて欲しい。いや、夢ではないなら覚めない現実。この状況に大きな衝撃と不安を感じていたのである。

 

 

「でも、川丘君は首輪を付けられて奴隷にされちゃったんだよ!? どれいだよ!? どう考えても現実的じゃないよ!」

 

「ハハハ、夢だったら覚めてくれると嬉しいんだけどね」

 

「……」

 

 

 だが、夏美は諦めない。これが夢であるとなんとしてでも証明したい。故に夏美は、今の三郎の現状をついた。首に黒く錠前をぶら下げた首輪のことを。三郎が今、奴隷と言うおかしな身分になってしまっていることを。

 

 三郎はそれについて、夢ならいいねと笑い飛ばした。

夢ならそのうち覚める。覚めてくれれば問題はいっきに解決する。だが、それは起こらない。何故ならこれが、現実だからだ。三郎はそれをしっかりと認識し、理解しているからだ。

 

 そんな三郎を、悔やむ思いで眺めるアキラがいた。

彼がいたから自分たちは、こうして無事だったからだ。しかし、逆を言えば、彼が自分たちを助けるため、自ら生贄となって身を差し出したともいえる。

 

 それを考えると、とても心苦しく思うのだった。ただ、それ以外にもアキラが心を痛ませることが別にあったのである。

 

 

 ……三郎は亜子やアキラとともに、何もない荒野に投げ出された。さらにその後、亜子が謎の病で熱を出し、意識を失ってしまったのだ。三郎とアキラはどうにかしようと、街を探すことにした。その道中で夏美と出会い、辺境の街であるヘカテスへとなんとかたどり着いたのである。

 

 三郎たちはヘカテスにて、必死に助けを求めた。しかし、そこは荒くれ者の街。誰も助けてはくれなかった。途方にくれていたその時、この闘技場の座長が、亜子の治療できる薬を渡してきたのだ。明らかに怪しい、怪しすぎる。誰も助けてくれなかった荒くれ者の街で、このような人がいるだろうか。

 

 アキラや夏美はそれに感謝した様子を見せていた。が、三郎は違った。これは裏がある、何か下心がある。そう思っていた。そして、それは的中した。突如として、何が書いてあるかもわからない紙を出し、そこにサインをしろと言ってきたのだ。

 

 三郎はそこで理解した。これは罠だ。詐欺だ。一瞬でそれを理解してしまった。だから、他の三人を押しのけ、一人だけそれにサインをした。そう、全部自分がおっかぶればいいと、三郎は自ら犠牲になることを選んだ。

 

 罠だとわかっていても、亜子が助かる道がそれしかなかった。ならば、他の女の子よりも、自分が一人でそれに引っかかればいい、そう三郎は考え行動したのだ。その結果が、三郎の首に巻かれた奴隷の印、首輪だった。

 

 そして、三郎が奴隷として貸し与えられた部屋に、彼女たちを住まわせ、病気の亜子にベッドを貸した。また、三郎はベッドを貸したが故に、質素な椅子の上に座り、睡眠をとることにしたのである。

 

 そのことについて三郎は、アキラに随分と気遣いの言葉を頂いた。

自ら奴隷となった三郎がもっとも疲労しているのに、椅子に座って寝ては疲れが取れないだろうと。

 

 しかし、三郎は自分は男、この程度のことは慣れているとつっぱね、そうすることにしたのだった。むしろ、この部屋を彼女たちにかして、自分は外で寝ようとすら思ったほどだ。ただ、それだけはアキラの説得により、止められたのであった。

 

 

「まあ、とりあえずは亜子さんが目覚めるまで我慢だよ」

 

「そうだね……」

 

「うん……」

 

 

 しかし、そんなことを話し合っても、今は行動できない。未だに意識がない亜子を連れたままでは、ここを動くことはできない。まずは亜子の回復が先だ。

 

 三郎はそれを話すと、アキラも夏美も同じことを思ったようだ。

亜子が元気になってくれなければ、どうにもならない。今はただ、亜子が回復することを祈るばかりであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 その次の日。

三郎は相変わらず奴隷として、清掃などの仕事をさせられていた。それでもこの程度で済んでいると考えれば、特に大きな文句も苦痛も無かった。

 

 

「あの……。今、少しいいかな?」

 

「うん。今は休憩だから大丈夫だよ」

 

 

 仕事が一段落し、休憩時間へと入った三郎は、いつものように街を眺めていた。

そこへアキラが現れ、そんな三郎へと話しかけたのである。三郎は休憩時間と言うこともあり、アキラの用件を快く引き受けた。

 

 

「で、何か用?」

 

「うん……、川丘君に謝らなくちゃって思って……」

 

 

 だが、一体どんな用事があるのだろうか。三郎はそれを考え、アキラにそれを尋ねた。

 

 アキラはそれを聞くと、うつむきながら、小さくそれに答えた。

 

 

「うん? 何が?」

 

「……私、知り合いに忠告されてたんだ……。”変な場所へ行くな”って……」

 

 

 アキラは三郎に謝りたいと話した。しかし、三郎は何がどうして謝る必要があるのかと、少し混乱した様子を見せた。アキラが自分に謝るような何かを、された覚えがないからだ。

 

 するとアキラは、静かにその理由を話し始めた。

知り合いから、忠告を受けていたことを。それを無視してしまったことを。それで、こんな場所へと来てしまったことを。

 

 

「その”変な場所”って、あの場所だったんだって……」

 

「ああ……」

 

「謝るのは川丘君だけじゃない。村上や亜子や、ここにはいないけどまき絵や委員長にも謝らないといけない……!」

 

 

 そして、忠告された変な場所とは、ネギたちが入っていった岩のサークルだったのを理解したと。アキラはそれを考え、罪悪感に苛まれた様子を見せていた。

 

 三郎は”その場所”と言う言葉を、すぐに理解した。光が発せられたと思ったら、別の場所へと転移した、あの草原のことだと。

 

 また、アキラは謝るのは三郎だけではなく、一緒に来てしまった他の四人にも謝らなければならないと。自分がその忠告を聞いていれば、それであの場所へ行くのを止めようと考えていれば、こんなことになってなかったと考え、ずっと苦しい思いをしていたのである。

 

 

「でも、まずは君に謝っておきたくて……」

 

「……」

 

 

 そこでアキラは、自分たちをかばい一人だけ奴隷となった三郎へと、謝りにきたということだった。頭を下げて辛そうな顔をするアキラを、三郎も同じような表情で眺めていた。

 

 

「……むしろ、謝るのは俺の方なんだ……」

 

「なっ、何で!?」

 

 

 そして、三郎はそっと、その台詞は自分が言いたかったことだと話し出した。

彼女が謝るなんて、そんなことは必要ない。謝罪すべきなのは、むしろ自分の方だと。

 

 アキラはそれを聞き、とっさに頭を上げて叫んだ。

どうして三郎が、謝る必要があるのかと。今一番厳しい状況になっているのは、明らかに三郎だというのに、何故。そう大きく声を張り上げていた。

 

 

「……俺もさ。友人に同じようなことを言われてたんだ。”あの場所へ来るな”、”行こうとする人を止めろ”ってね……」

 

「え?」

 

 

 何故なら、三郎も友人である状助から、同じような忠告を受けていた。あの場所へは立ち入ってはならない、侵入する人は止めてくれ、と頼まれていたのだ。

 

 アキラはそれを聞いて、小さく驚いた顔を見せていた。彼も自分と同じようなことを言われていたのかと思ったからだ。

 

 

「だけど、あの場所へ行くのを止められなかった……。俺が止めてれば、こんなことにはならなかったのに……」

 

「それは……!」

 

 

 三郎は、静かに言葉を続けた。

しかし、その一言一言には、悔しさがにじみ出ていた。言葉を発しながら、拳を強く握り締めていた。

 

 そうだ、自分がしっかりしていれば、忠告どおりにしていれば、このようなことにはならなかったと。言われていた通り、危険だった。危険だから来るなと言われた。なのに、それができなかった。三郎はそれが悔しくてたまらなかったのだ。

 

 アキラはそんな三郎に、違うと叫ぼうとした。しかし、それ以上言葉が出なかった。出すことができなかった。

 

 

「だから、謝るのは俺の方なんだよ……。ゴメンよ」

 

「そんな……! 君が謝る必要なんてないよ!」

 

 

 故に、今度は三郎が頭を下げ、アキラへと謝った。

自分の力が及ばなかったために、こんなことになってしまって、申し訳ないと。

 

 だが、アキラは頭を下げる三郎に、そうする必要はないと大声を出した。

確かに彼は自分たちを止めようとしていた。必死にやめようと声をかけてくれていた。

 

 だけど、それでもあの場に行ったのは、誰でもない自分たち3-Aのクラスメイトだ。裕奈を追ったまき絵の後ろを追い、ここへきてしまったのは自分たちなのだ。だから、違う。謝ることなんて何一つ無い。アキラはそう思い、その言葉を発していた。

 

 

「それに亜子を助けるために、私たちの身代わりになったのは君なんだよ!?」

 

「別に……、俺は何もしてないよ」

 

「何もしてないなんてことないよ!」

 

 

 さらに、三郎は自分だけが奴隷となって、自分たちを助けてくれた。罠だとわかった上で、それでも亜子のために薬を貰い、自ら犠牲になったのは三郎だった。そんな彼が謝るなんて、おかしいと、興奮した様子でアキラは叫んでいた。

 

 三郎はそんなアキラを見ながら、自分は何もしていないと答えた。

むしろ、自分にはあの程度のことしかできない。力も無ければ強くも無い。

 

 友人たちのような強力な特典もない。ならば、彼女たちを助ける方法なんて、それぐらいしか思いつかなかった。ただそれだけだと、三郎は思っていた。

 

 が、アキラはさらにヒートアップするばかりだった。三郎のおかげで、自分たちは無事だった。ならば、何もしていないなんてことはない。だって、三郎がいなければ、自分たちが奴隷になっていたのだから。

 

 

「亜子の治療のための薬を見知らぬ人に渡された時、真っ先に立ちふさがってくれたのは君だ! その首輪だって……!」

 

「これが何だって言うんだ。俺は彼女を助けたかったからそうしただけさ」

 

 

 あの時、病気の亜子を助けようと、必死に助けを求めた。しかし、誰も見向きもしてはくれなかった。

 

 そんな時に突如現れたフードの人物が、薬をくれると言ってくれた。誰もがよかったと思った時、自分たちの前に立ちはだかったのは三郎だった。

 

 そして、自分たちを押しのけ、薬と引き換えにサインをしたのは三郎ただ一人だった。そのため、三郎は一人奴隷となり、首輪をつかまされた。一人だけヘタを掴んだ。

 

 なのに、それなのに何もしていないなんて、そんなことは絶対にない。そうアキラは叫んでいた。そんなことはおかしいと叫んでいた。

 

 

 しかし、三郎はそこで笑って見せた。

首輪を掴み、これがどうしたと言って見せた。

 

 そうだ、あの時はあれしか方法が無かった。思いつかなかった。ベストではなかったが、バッドでもなくベターだった。

 

 ただ、自分は亜子を助けたかった、それだけだと、はっきり言ったのだ。これで亜子が助かるのならば、安いものだと三郎は思ったのだ。

 

 それに男なら女の子に苦労させるなんてことは、させるなんてできないとも思った。男に生まれたんだから、生まれなおしたんだから、女の子を守ってやらなければと。

 

 故に、自然とそう言う行動をとってしまった。男である自分が背負うべきだと、そうしてしまったのだ。

 

 また、三郎にも先ほど言ったように罪悪感があった。ならば、自分が、自分だけがそうなるべきだ。罠だというのなら、自分だけがかかるべきだ。そう思い、自ら一人だけ、奴隷となったのである。

 

 

「……そんなこと……」

 

「気にしすぎだよ。全部俺がやると決めてやったことだ。いいんだ……」

 

「……」

 

 

 だが、アキラは納得いかない顔を見せていた。三郎が一人だけ、色々と背負ってしまった。背負わせてしまった。自分も三郎のように、奴隷になるべきだった。そう思うとやるせない気分でいっぱいだった。それで納得いく訳がなかった。

 

 そんな複雑そうな表情をするアキラへ、三郎は苦笑しつつも優しくそう言った。

全ては自分が決めて、行動しただけのことだ。誰かがそれについて悩む必要も、罪の意識を感じる必要もない。これでいい、これでよかったのだと、そう言葉にしたのだ。

 

 そう言われてしまうと、アキラは何もいえなかった。

今、一番大変な状況の彼が気にするなと言った。気を使ってくれている。そんな彼に、どんな言葉をかけていいのか、わからなくなってしまったのだ。

 

 

「……二人とも……!」

 

「亜子!」

 

「亜子さん……!」

 

 

 しんみりしたこの空気の中、二人へ声をかけるものがいた。

それはベッドで寝ていた亜子だった。少し苦しそうに呼吸をしながら、ここへとやってきたのである。

 

 亜子を見た二人は驚いた。亜子はまだ熱が下がりきっておらず、安静にしてなければならない状態だったからだ。無理をしてはならないと思ったからだ。

 

 

「まだ寝てないと駄目だよ!」

 

「そうだよ! 熱だって下がりきった訳じゃないんだからさ!」

 

「……せやけど……」

 

 

 だから、二人は亜子を心配し、まだ起きない方がいいと言った。

熱だってまだあるし、本調子ではないのだから。目が覚めたばかりで、未だ顔は赤くフラフラしているのだから。

 

 亜子も自分の調子が悪いのはわかっていた。自分の体なのだから、そのぐらいは当たり前だ。それでも、未だ熱で辛い体をおしてまで、ここに来た理由があったのである。

 

 

「……ナツミから聞いた。今でのこと全部……」

 

「亜子……」

 

 

 亜子はここへ来る前に、夏美から事情を聞いていた。

そして、この状況が自分の招いたことなのではないかと思ったのだ。自分が病気になったから、こんなことになってしまったのだと思ったのだ。

 

 うつむき泣きそうな顔をする亜子を見て、アキラは亜子が言いたいことがわかった。彼女もまた、自分のように罪悪感を感じ、ここにやってきたのだと。

 

 

「ごめん。ウチのせいでみんなに迷惑かけてもうて……」

 

「気にしてないよ!」

 

「そうだよ!」

 

 

 そう、亜子もアキラと同じように、謝りに来たのだ。熱で倒れて迷惑をかけたことに対して、頭を下げたかったのだ。

 

 亜子はそれを言うと、目の前の二人は気にしていないとはっきり言った。病気では仕方が無い。迷惑だなんて思ってないと。

 

 

「和泉さん! まだ熱があるんだから寝てないと!」

 

「う……うん……」

 

 

 そこへさらに亜子を追ってきた夏美が現れた。目を離した隙にいなくなってしまった亜子を、ここまで追ってきたのである。亜子はまだ万全ではない。だから、まだ歩き回るには早いと、ベッドに戻しに来たのである。

 

 亜子は近くに来た夏美に、小さく苦しそうに返事をした。抜け出したことも悪かったと思ってる。けれど、それでも謝っておきたかったのだ。

 

 

「とりあえず、ベッドで休んでた方がいいよ」

 

「うん……。ゴメンな、みんな……」

 

「そういうのは元気になってからさ」

 

 

 アキラも夏美と同調し、亜子に休むよう優しくたしなめた。

亜子はそんな優しくしてくれる三人に、もう一度謝った。三郎はそれに対し、まずは病気を治してからだと、元気付けるように話しかけた。

 

 

「おう、お兄ちゃんよぉ! 奴隷の癖に女はべらせてんじゃねぇか、え?」

 

「うらやましいねぇ」

 

「何だあんたたちは?」

 

 

 しかし、そんなところへガラの悪い野郎二人が、そこへ現れた。所謂、野郎A・Bというやつだ。

 

 野郎どもは首輪の有無で三郎を奴隷と見分け、そんなヤツが女の子にモテモテという状況が気に入らなかったらしい。

 

 三郎はとっさに亜子たち三人の前へと立ちふさがり、その野郎二人を睨みつけながら、彼らが何者なのかを尋ねた。

 

 

「とぼけてんじゃねぇー。お前と同じ”転生者”ってやつだよ。わかんだろ?」

 

「……! そういうことか……!」

 

 

 すると目の前の野郎二人は、ニタニタしながら自ら転生者と名乗りだした。つまり、この連中も転生して特典を貰った存在だということだ。三郎はそれを聞いて、目の前の二人が危険な存在だということも理解した。

 

 また、野郎二人も”原作の少女たち”とたわむれる三郎を見て、すぐに転生者だとわかったようだ。何せ原作にはいない人間だ。それに原作の少女たちは首輪をしておらず、目の前の男子だけがそれをしていたからだ。

 

 

「転生者……?」

 

「転……生……者……? う……」

 

「亜子?!」

 

 

 転生者。その言葉を聞き返すかのように、夏美はそれを口に出した。

一体何なのだろうか。それはどういう意味なのだろうか。夏美にはその言葉の意味がまったく理解できなかったのだ。

 

 しかし、亜子はその言葉に聞き覚えがあった。

何か、何か嫌な記憶と共に、その言葉をおぼろげながら覚えていた。そのためか、額を手で押さえながら、苦しそうな様子を見せたのである。

 

 アキラはそれに驚き、亜子を抱きかかえた。

もしかして歩いたせいで、病気が悪化したのではないか、そう思い心配していた。

 

 

「……なんでもあらへん……。ちょっとめまいがしただけや……」

 

「……なら、早く部屋に戻ろう……」

 

 

 アキラの心配する目を見て、亜子は笑みを見せながら、心配しなくてもいいと話した。

だが、やはり熱で体が重い様で、うまく歩けない様子だった。アキラは亜子を早く休ませようと思い、亜子を抱えてその場を離れようとした。

 

 

「あー、待て待て。あー待て待て。俺らはお前らに用があるんだ」

 

「私たちはあんたたちに用なんてない」

 

「つれねぇー。なあ!」

 

 

 しかし、野郎どもはのそのそと歩きながら、彼女たちへと近づいた。そして、手のひらをヒラヒラさせながら、ニタニタといやらしい笑い、彼女たちを囲ったのである。そう、この転生者たちの狙いは間違いなく”原作キャラ”である彼女たち三人だったのだ。

 

 ここに現れた転生者二人は、この場所に彼女たちが現れることを”原作知識”で知っていた。”原作どおり”やってくるかは賭けであったが、とりあえずいるかどうかを確認しにやってきたのである。なので、彼女たちの姿を見た野郎二人は、彼女たちを手篭めにするために、こうして姿を現したのだ。

 

 そんな野郎二人に強気でつっぱねるアキラ。

アキラはこんな連中にかまっている暇は無いと思っていた。亜子の容態が心配だからだ。早く休ませてあげないといけないと焦っていたからだ。

 

 そう強気な態度を見せるアキラを見て、野郎どもはさらにニヤニヤ笑い出した。いやいや、中々の強気な態度ではないか。よいよい、そう言う娘を手篭めにするのが面白い。そう思っていたのである。

 

 

「……おい、それ以上彼女たちに近づくんじゃない」

 

「ああん?」

 

 

 すると、野郎どもから彼女たちを阻むように、三郎が立ちふさがった。こいつらもあの”銀髪”と同じようなヤツらのようだ。ならば、彼女たちを逃がさなければならないと、立ちはだかったのである。

 

 野郎二人は立ちふさがった三郎を見て、何だコイツ、と思っていた。かっこつけたがりなのか? それともただの馬鹿なのか? そう思っていた。

 

 

「……大河内さんたちは亜子さんを連れて部屋へ……」

 

「う、うん」

 

「早く行こう!」

 

「三郎さん……?」

 

 

 三郎は立ちふさがりながら、後ろにいるアキラへと逃げるように話した。

アキラはそれに素直に従い、亜子を抱えながら歩き出した。

 

 そして、近くにいた夏美もアキラに協力し、亜子を抱えるようにして急ごうと話した。

 

 亜子はそう言う三郎の背中を見て、少し不安になった。また、何か嫌な予感がする。そう感じていた。

 

 

「ふん、随分とさえずるじゃねぇか。見たところ強力な特典を持ってるようには見えないが?」

 

「さあ? それはわからないさ」

 

「クックック……。ナマイキな奴隷には、ちっと痛い目ってヤツを見てもらうしかねぇぜ」

 

 

 しかし、野郎二人には三郎の光景が滑稽に映っていた。何か強そうな感じもなければ、すごい特典を持っている様子でもない。明らかに貧弱な転生者だ。そんなヤツが立ちふさがっても、恥をかくだけだと思ったのである。

 

 三郎も自分の力が低いことは知っている。わかっているのだ。それでも男には勝てないとわかっていても、戦わなければならない時があるのだ。

 

 また、三郎は特典のことを聞いて、本当はすごい力があるのかもしれないだろうと、惑わすようなことを言った。見た目で判断されては困る。実際弱いが、本当は強いかもしれないと、相手に思わせようとしたのである。

 

 が、野郎二人は自分の特典に相当自信がある様子だった。どんな特典を持っていても、大体は負けないと自負していたのだ。故に、三郎の今の発言に、くだらねぇと笑っていた。つまらんねぇ冗談だとあざ笑っていたのだ。

 

 

「が、とりあえずは……!」

 

「……何を!」

 

 

 しかし、片方の野郎Bが、目の前の小僧など相手にしてられんと言う態度で、一本の杖を取り出した。それはやはり”デバイス”と呼ばれる杖だった。明らかに機械仕掛けのもので、異質な雰囲気を出していた。

この転生者の特典、定番のオリジナルデバイスである。

 

 それを杖を持つ野郎Bが使い、とっさに一つの魔法を操って見せた。三郎は一瞬何が起こったのかわからず、その相手を睨みつけていた。

 

 

「キャアッ!」

 

「何これ……! 動けない……!」

 

「変なのが巻きついて取れない!」

 

「なっ!」

 

 

 すると、三郎の背後から悲鳴の声が聞こえてきた。それは部屋へと戻ろうと急いでいた少女三人のものだった。

 

 なんと、その三人を縛り付けるように、紫色に光る輪が囲っているではないか。それによって、彼女たちは身動きが取れない状態になっていたのだ。

 

 彼女たちはそれを必死にひっぱり、ちぎろうとしていた。だが、どんなに力を入れようとも、まったくびくともしなかったのだ。

 

 三郎は悲鳴を聞いてすかさず後ろを振り向けば、謎の光に縛られている三人が映った。コレは一体何が起こっているのだ。三郎はその光景に驚き、一瞬混乱した様子を見せていた。

 

 

「彼女たちに何をした!」

 

束縛系(バインド)の魔法だよ。まあ、”ここ”の魔法じゃねぇがな」

 

「彼女たちを離せ!」

 

 

 そして三郎は振り返り、杖を持った野郎へと睨んで叫んだ。あの光の輪は一体なんなのか。何をしたというのかと。

 

 しかし、杖を持った野郎Bはヘラヘラと余裕の態度で、それを簡単に説明しだした。

あの魔法はバインドと呼ばれるもので、他者を縛る縄のようなものだと。ただ、この世界の魔法ではなく、”別世界(リリカルなのは)”の魔法だとせせら笑っていたのだ。

 

 三郎はそんな態度の野郎に激怒した。

ふざけるな。彼女たちを今すぐ解放しろと、怒りに満ちた表情で叫んだ。

 

 

「やーなこった。俺たちはあの娘たちが目的なんだ。逃がす訳ねぇーだろう?」

 

「この!」

 

 

 だが、野郎Aはケラケラ笑いながら、NOと断った。

あの少女たちこそが野郎どもの標的。つまり獲物というわけだ。せっかく捕まえた獲物を逃がすような狩人はいない。そんなこともわからないのか。そう言いたそうな顔で、野郎どもは嘲笑していた。

 

 流石にその言葉に、三郎の怒りは限界だった。

堪忍袋の緒が切れた、とはこのことだろう。三郎はとっさに杖を持つ野郎へと突撃し、握り締めた拳を放ったのだ。

 

 

「余裕こいてんじゃねぇぞ!」

 

「グッ!!」

 

 

 それでも三郎の拳は、その野郎Aには届かない。むしろ、野郎はさっとそれを避け、カウンターの膝蹴りをきめたのだ。

 

 三郎は腹部に大きな衝撃を受け、腹を抱えて苦しそうにもだえた。それでも三郎は膝を地面につくことなく、しっかりと二つの足で立っていたのだ。

 

 

「なんだ、今のも避けれねぇのかよ。雑魚だな」

 

「クッ……!」

 

「さっ、三郎さん!」

 

 

 が、野郎Aは今の三郎の攻撃で理解した。こいつは弱いと。今のパンチ、まるでキャッチボールをするかのようにスローなものだった。しかも、今の適当に放った蹴りすら避けれなかったのを見て、雑魚だと思ったのである。

 

 三郎は腹を抱えながら、それでも再び野郎どもを睨みつけた。まだだ、まだ負けてはいない。そんな目つきだった。

 

 すると亜子は三郎の危機を察し、その名を叫んだ。

なんということだろうか。”また”、”再び”三郎が、自分の為に怪我をするのか。そう思い、とっさに声を上げていたのだ。

 

 

「ケッ、”原作の娘”と名前を呼ばれる仲かよ。うらやましー……、ねぇ!!」

 

「ガッ!」

 

 

 その亜子の悲痛な叫びを聞いたもう一人の野郎Aは、そこで怒りを見せて三郎へと殴りかかった。この目の前の男子は、なんと”原作”の子とそう言う仲だったのかと。はっきりいって羨ましいポジションだと。

 

 自分もそうなりたいなあ、変わってもらいたいなあ。そう思いながら、妬みを拳に乗せ、三郎の顔面を殴り飛ばしたのだ。

 

 今の攻撃、三郎にはかなりのダメージだった。唇を切ったようで、口からは血を出し、表情も苦痛でゆがんでいた。痛い、かなり痛い。それでも三郎は倒れない、膝をつかない。未だにしっかりと地面を踏みしめ、立ちふさがっていた。

 

 

「こういうヤツ見るとよぉ、腹が立つんだよなぁ。弱い癖に騎士(ナイト)様気取りってのはな!」

 

「ウッグッ!」

 

 

 だが、その三郎の態度が野郎Aの逆鱗に触れた。野郎Aはさらに不機嫌となり、おもいきり三郎を殴り飛ばした。

 

 殴られ吹っ飛ばされた三郎を見て、クソ弱いと野郎Aは思った。

弱い、弱い、弱すぎる。こんな奴が自分に歯向かい、”原作キャラ”の守護キャラ気取り。本当に腹立たしい、イラつく、ムカつく。野郎Aは三郎に大いに嫉妬した。何故コイツのポジションが自分じゃないんだ。そう思っていた。

 

 三郎は何度も野郎Aに殴られた。何度も何度も殴られた。顔、腹、腕、足、もはや全身殴られ放題だった。殴られるたびに激痛が全身を蝕んだ。それでもなおも目の前の野郎を睨みつけ、膝をつかなかった。意地があった。

 

 

「だっ、大丈夫あれ!?」

 

「酷い……!」

 

「や、やめて!」

 

 

 夏美は殴られ続ける三郎を見て焦った。あれほど殴られて大丈夫なのかと。いや、大丈夫ではないだろう。見ればわかることだった。わかっていたからこそ、そう叫んだのだ。

 

 アキラもその光景を見て、どうしてこんなに酷いことができるのだろうかと思っていた。この光の輪で縛られてなければ、仲裁しに飛び出せるのに。そう思いながら、光の輪を引きちぎろうと、一生懸命力を入れていた。

 

 また、亜子は涙を見せながら悲痛な声を上げていた。

どうして三郎が殴られなければならないのか。どうしてこんなことになったのか。そして、”あの時”の光景が脳裏によぎり、嫌な予感がしたからだ。

 

 

「ほう? まだ立つのか。根性だけはあるみてぇだが……」

 

「根性だけじゃ意味ねぇなぁー!」

 

「ウグッウッ!!」

 

 

 三郎は野郎Aに殴られ続け、血で濡れていた。

顔面は青く腫れ上がり、口からは血が滴っていた。服で隠れて見えないが、全身あざだらけに違いない。そんな状態だった。

 

 しかし、それでも三郎は倒れなかった。倒れずに、亜子たちの前に立ちふさがっていた。足腰は震え、もはや限界だというのに、それでも膝をつかなかった。

 

 そんな三郎を見て、杖を持った野郎Bは関心した。あれほど殴られたというのに、一度も膝をつかず、倒れず、立ったままだ。確かに弱いが根性はある、精神的には強い。それを認めていた。

 

 が、それだけは意味がない。三郎を殴っていた野郎Aは、そう叫んでさらに殴りかかった。その拳は三郎の顔面に再び突き刺さり、苦しそうな顔を見せていた。

 

 

「ペッ……」

 

「こいつ、まだくたばらねぇのかよ……」

 

「めんどくせぇな、マジで」

 

 

 それでも三郎は倒れない。まったくもって倒れない。震える膝に力をいれ、再び強く地面を踏みしめた。

 

 さらに、口の中が今ので切れたのか、三郎は舌に鉄っぽい味を感じていた。だったら、吐き捨てればいい。三郎は野郎二人を睨みつけたまま、口にたまった血を吐き出した。まるで、今ので終わりなのか? まだやれるぞ、かかって来い。そう挑発するかのような行動だった。

 

 殴っていた野郎Aはそんな三郎を見て、精神的に疲れ始めていた。何度殴っても倒れず、膝すらも折らない。心すらも折れない。まるで本当にサンドバッグを殴っているような、そんな感覚に見舞われていた。

 

 杖を持った野郎Bはそんな三郎を見て、心底面倒くさいと吐き捨てた。これほど殴っても倒れないなんて。血まみれで痛々しい姿になっても、心が折れないなんて。本当に面倒だ。こいつ本当にマゾなんじゃないか、そう思いはじめていた。

 

 

「んだったらコイツはどうだ! ”フォトンランサー”!」

 

「……!」

 

「あっ、あれは……」

 

 

 杖を持った野郎Bは、このままでは埒が明かないと考えた。ならばここは一つ、自分の魔法をお披露目しよう。そう考え、三郎へと杖を向け、一つの魔法を使用した。すると、紫色の魔方陣が杖を持った野郎の足元に発生し、その周囲には光の槍が発生したのである。

 

 その魔法は別世界(リリカルなのは)に登場する魔法の一つ、フォトンランサーだ。見た目は雷属性の魔法の射手に似た、小型のミサイルのような弾丸を撃ち放つ魔法だ。

 

 三郎は殴られた痛みで表情を歪ませながらも、なおもそれを睨んでいた。しかし、それをどうにかする手立ては三郎にはない。三郎もその時点でかなりヤバイと感じていたのだ。

 

 また、それを見た亜子は目を見開きかなり動揺した。まるで、”あの時”見た光景にそっくりだったから。あまりにも”あの時”と同じような状況だったから。

 

 

「だっ、駄目ー! それは駄目や! やめて!!」

 

「亜子!?」

 

 

 だから亜子は大きく叫んだ。悲痛な声を張り上げた。

何故なら、あの時の光景がフラッシュバックしたから。あの時のように、三郎がヒドイ怪我をしてしまいそうだったから。あの時と同じく、体に穴を開けて、血だらけになってしまいそうだったから。

 

 アキラは突然不安がり、叫びだした亜子を見て驚いた。あの光の矢のようなものは、亜子がそう言うほど、危険なものなのかと。

 

 いや、実際そうなんだろう。アキラも銀髪と戦って血みどろになった刃牙を見ている。多分、亜子は三郎もそうなってしまうと思い、必死に叫んでいるのだと理解したのである。

 

 

「おい」

 

「ん~?」

 

 

 だが、その時、杖を持った野郎Bの後ろから、別の男性の声が聞こえてきた。

仲間の野郎Aではない、別の声だ。誰だろうか。杖を持った野郎はそう考え振り向くと、そこにはリーゼントの髪型をした、長身の男子が立っていた。

 

 

「ドラァッ!!!」

 

「ドペェ!?」

 

「何ィ!?」

 

 

 突然、それは突然だった。

そのリーゼントの男子を杖を持った野郎Bが見た瞬間、いきなり見えざる拳が、その野郎Bの顔面にめり込んだ。今の拳での攻撃で、野郎Bは激痛のためか、潰れた蛙のような醜い悲鳴をあげていた。

 

 リーゼントの男子とは当然状助。そして、その拳は当然クレイジー・ダイヤモンドだ。クレイジー・ダイヤモンドに殴られた野郎Bは、顔面をゆがませながら、痛みと衝撃により膝をついていた。

 

 それを見た、先ほど三郎を殴っていた野郎は、その光景に驚いた。

馬鹿な。アイツの顔が突然ヘシャゲルなんて。そう考えながら驚愕していた。

 

 

「テメェらよぉー、俺のダチに何してんだコラァ!」

 

「ギニャッ!?」

 

「コイツ!」

 

 

 状助は魔法を友人である三郎に向けていた連中に、激昂の声を上げていた。自分の友人を痛めつけて、どうするつもりだ。絶対に許さんぞと。

 

 そこでさらに、状助は杖の野郎Bの隣にいた、三郎を殴っていた野郎Aへと、クレイジー・ダイヤモンドの強烈な拳を叩きつける。野郎Aはその見えざる拳を叩きつけられ、そのまま建物の壁へと衝突し、苦しそうな声を上げていた。

 

 不意打ちでくらくらした頭を建て直しながら、杖を持った野郎Bは怒りで叫んだ。

コイツ、いきなり現れてなにしやがるんだ。そんな表情で状助を睨んでいた。そして、先ほど発動したフォトンランサーの魔法の標的を、三郎から状助へと変更し撃ちだしたのだ。

 

 

「”神殺し”……」

 

「ブペッ!!」

 

 

 しかし、その魔法は不可視の剣によって阻まれた。リーゼントの男子とは別の、新に現れた男子の声が聞こえたと同時に、その魔法はかき消されたのだ。

 

 その男子こそ覇王だった。長く伸ばした黒髪とマントを、風でなびかせながら、右手に長刀を握り締めた覇王だった。

 

 覇王はO.S(オーバーソウル)神殺しを発動し、大きく振るった。神殺しが振るわれたと同時に発生した衝撃波が、フォトンランサーを切り裂き破壊したのだ。さらに、その衝撃波はそれだけではとどまらず、魔法を使った杖の野郎Bに命中し、体を切り裂いていたのである。

 

 

「状助君! 覇王君!」

 

「よっ!」

 

「やあ」

 

 

 三郎は突如助太刀に入った二人の名を、歓喜の声で大きく呼んだ。

状助と覇王はその声に、まるで学校の朝の教室で会ったような、そんな軽快な声で返事をしていた。

 

 

「ヒデェ傷じゃねぇか、ホラよ」

 

「助かるよ……」

 

「いいってことよ」

 

 

 そして、状助は三郎の傷を見て、とっさにクレイジー・ダイヤモンドの拳で軽く叩いた。中々のイケメンな顔は青く晴れ上がり、全身ボロボロだ。これはヒドイと思い、すぐさま能力を開放したのである。

 

 三郎は自分の怪我が突然治ったのを見て、状助が治してくれたのだと思い、静かに礼を述べた。

そんな三郎に、状助は普段どおりの態度で、別に礼はいらないと言う様子を見せたのだった。

 

 

「ぎぇ! こいつらも転生者かよ!」

 

「うう……。しかも片方はヤベェじゃねーか!」

 

 

 先ほどまでの威勢はどこへ行ってしまったのやら。調子に乗り、笑っていた野郎二人はここに来て青ざめた。

 

 新たに転生者が現れ、しかも片方のロングの黒髪の男子が、明らかにチートっぽい存在だったからだ。野郎二人はお互い近くに寄り添い、その恐怖で縮こまってしまっていたのだ。

 

 

「とりあえずさ、彼女たちを開放してくれないかな?」

 

「あばばっ!! はっ! ハイィィィ――――ッ!!」

 

 

 そこで覇王はさわやかな笑顔で、光の輪で拘束された三人の少女たちを解放することを野郎二人へと言葉にした。

 

 杖を持った野郎Bはその笑みに怯え、即座に魔法を解除した。ここで解除しなければ、殺される。絶対に殺されると思ったからだ。

 

 

「あっ」

 

「消えた……」

 

「三郎さん!」

 

 

 するとアキラたちを縛っていた光の輪は消滅し、彼女たちは自由になった。それを見たアキラたちは、ほっとしながらも消えた光の輪を不思議に思っていた。

 

 また、亜子はそれどころではなく、先ほどから何度も殴られていた三郎へと、病で重い体を押して駆け寄った。

 

 

「だっ、大丈夫……? 酷い怪我やった……はず……? あれ……?」

 

「大丈夫だよ。友達が治してくれたからね」

 

「う……、うん……? うん……」

 

 

 そして、亜子は傷だらけになったはずの三郎の体を気遣った。が、なんと目の前の三郎の顔の傷は消え、綺麗な状態になっていたのだ。

 

 亜子はかなり動揺し、おかしいと思った。先ほどまで殴られていたはずなのに、まったく傷がない。一体どういうことなんだろうかと。

 

 そこで三郎はとっさに、友人の状助が治してくれたと説明した。

しかし、三郎もそれ以上説明しようがなかった。状助の特殊能力(スタンド)で傷は綺麗さっぱりなくなった、などと言えるはずがないからだ。

 

 亜子は目の前の無傷の三郎が、もしや傷だらけの姿の三郎を見たくないがために、自分自身が見せた幻覚なのではないかと思った。それか、今も熱で頭が朦朧としているので、そのせいなのかもしれないと思い、とりあえずその場は納得した様子を見せたのである。

 

 

「あの娘たちを解放したんだから、助けてくれますよね!?」

 

「? 助けるなんて一言も言ってないけど?」

 

 

 覇王はジリジリと、ゆっくり野郎どもへと近寄って言った。死刑宣告を告げるように、その神殺しを握りながら。

 

 野郎二人には、その神殺しが、死神の鎌に見えた。だが、そこで杖を持った野郎Bが、突如として変なことを言い出した。野郎Bは、彼女たちを解放すれば見逃してくれると思ったらしい。

 

 しかし、覇王はそんなことを一言も言ってないし、約束すらしていない。彼女たちの拘束を解け、そう言っただけだ。それ以上何も言ってない。杖を持った野郎の早とちりに過ぎないのだ。故に、何言ってんだコイツ、という顔で、覇王は野郎二人を眺めていた。

 

 

「ホワ!? 嘘だろ!?」

 

「こういう場合見逃してくれるのが普通だろ!?」

 

 

 覇王のその言葉に、当てがはずれたという様子で驚く杖を持った野郎B。その横の野郎Aはこの場面、明らかに見逃してくくれるお約束の場所ではないのかと、ふざけたことを叫びだした。

 

 なんというやつらだろうか。今まで散々三郎をボコしておいて、この言い草である。もはや罪状を読み上げる必要すらないだろう。

 

 

「そんな訳ないだろ? お前らは僕の友人を痛めつけたんだ」

 

「その借りはキッチリ返してもらわねぇとなぁ~」

 

「ヒデェ――――ッ!!」

 

「あんまりだぁ――――ッ!!!」

 

 

 覇王はニッコリ笑いながら、助けるとか見逃すとかありえないと言葉にした。

しかし、その目はまったく笑っていない。自分の友人をこれほど痛めつけておいて、よくまあぬけぬけと言えたものだ。そう思い、逆に怒りに燃えていたのである。

 

 状助も同じようで、野郎二人を睨みつけながら、手で手を握りポキポキと音を鳴らしていた。こういう奴らは痛い目を見るに限る。しっかり償ってもらわないとなあ、そう状助は告げるのだ。

 

 野郎二人はもはや恐怖で抱きしめ合い、涙を流して叫び声を上げていた。

ただ、その叫びはまったく反省の色はなく、自分たちこそ被害者だ、と言う感じであった。何と言う自己中心的な連中だろうか。自分のしたことをまるでわかっていないようだ。

 

 

「さて、しとめさせてもらおうかな」

 

「待て待て! 待て待て!」

 

「ドヒィ!」

 

 

 覇王は怯える野郎二人に、とどめをさすべくゆっくりと、先ほどよりも近づいていった。一歩一歩、確実に、強く地面を踏みしめながら、野郎二人に近づいた。

 

 野郎二人はもはや戦意を失っており、両者とも恐怖で染まったギドギドな表情を見せていた。死神とも思わせる覇王へと、降参のポーズを取りながら、必死に助けを請うのであった。

 

 

「何マヌケなことしてんだテメェら!」

 

「兄貴ィ!」

 

「助かったぜぇ!」

 

 

 が、そこへ突然さらに、別の男が現れた。野郎二人の後ろから、野郎どものふがいなさを嘆く声が聞こえたのだ。

 

 野郎二人はその声に喜んだ。

俺たちの親分が現れた。助かった、助かった。そう思いながら、兄貴と呼んだ男の背後へと逃げ隠れたのである。

 

 

「おい……、アイツ……!」

 

「あの人は!」

 

「知ってるの……!」

 

「えっ!? ネギ先生に長谷川、それに朝倉まで!?」

 

 

 すると、いつの間にか現れた千雨が、今現れた男を見て戦慄していた。アレはどこかで見たことがある顔だ。そうだ、あの荒廃した麻帆良で見た、ガラの悪い男だ。

 

 同じくネギも千雨にそれを言われると、それを思い出していた。あの人は確か、未来で見た顔だ。自分たちに襲い掛かってきた怖い顔の人だ。

 

 しかし、そんな二人の会話についていけず、あの怖い感じの男を知っているのかと、ネギたちに尋ねる和美の姿があった。

 

 和美は学園祭での、未来の荒廃した麻帆良を見ていない。もはやその事実は書き換わり無くなったが、その光景を見ていないので、ネギと千雨の会話がわからないのだ。

 

 また、和美はこの街へと来る前に、ネギたちと合流していたのである。

 

 そして、突然現れた三人を見て、かなり驚くアキラの姿があった。いつの間にこの場に来ていたのだろう。気がつけばあのガラの悪い人を見て、驚いているではないかと、そう思ったのだ。

 

 

「コタロー君!」

 

「何で夏美姉ちゃんまでおるねん……」

 

 

 また、同じように夏美も、その近くまで来ていた小太郎を見て、安堵した顔を見せていた。この夏美がこんなところまで来てしまった理由、それは小太郎が気になったからである。故に、小太郎の姿を見て、そちらへ駆け寄っていったのだ。

 

 だが、小太郎はむしろ驚いていた。

来るなと言っておいたはずの夏美が、何故かこんなところにいるからだ。確かに魔法のことを言う訳にはいかなかったので、深く説明はできなかった。それでもしっかりと忠告しておいたのにも関わらず、夏美がここに来るなど思っても見なかったのである。

 

 とは言え、夏美はこうなるなど元々思っていなかった。ただただ、小太郎がどこへ行くのか、何をするのか気になって様子を見ようと思っただけだった。さほど説明がなかったので、それが気になってしかたがなかったのである。

 

 

「ふむ……」

 

 

 さらに、アキラたちには見えないが、そこには間違いなく存在した。和美の隣で、和美を守るように立ち尽くす、一匹のネコが存在した。それはまさしくマタムネだった。和美の守護キャラとなったマタムネだった。

 

 

 ……ネギたちは偽装として、年齢詐称薬などを使ってはいない。と言うのも、学園祭でエヴァンジェリンに渡された、認識阻害の魔法がかかる指輪を持ってきていたからだ。それにより特に変装することなく、おたずね者となった今でも街を堂々と歩けるのだ。

 

 

「だらしねぇ子分だが、子分は子分だ。痛めつけられたツケは払ってもらわねぇとなぁ!」

 

「これは!」

 

「オイオイ……」

 

 

 このガラの悪い男、その名は辰巳リュージ。ビフォアのせいで変貌した、未来の麻帆良にいた男だ。未来は書き換わり、元に戻った。そのため、このリュージは、魔法世界でハバをきかせるチンピラとなっていたのだ。

 

 リュージは野郎二人のヘタレっぷりに心底呆れていた。だが、そんなどうしようもない野郎二人でも、リュージは子分だと言葉にした。

 

 その子分がボコられた。ならば、泥を塗られたのはその親玉の自分だ。ここでナメられたらたまったものではない。子分が情けないと、その親玉である自分まで情けないと思われる。それは勘弁願いたいというものだ。

 

 そうだ、だったら何をすればいいかなど、考えるまでも無い。目の前の連中に目に物見せてやればいい。子分を痛めつけた罪を、償ってもらえばいい。そうだ、それでいい。シンプルでわかりやすい。仕返しだ、報復だ、見せしめだ、お礼参りだ。

 

 

 リュージはそう考え、その特典(のうりょく)を発動した。するとリュージの体が虹色に輝き、周囲の床やテーブルなどを虹色の粒子へと変化させた。

 

 ネギはこの光景に見覚えがあった。やはり、あの時の不思議な力と同じもの。そう思っていた。

 

 千雨もそれを感じていた。この虹色の粒子は、法やカズヤと同じ能力。そして、あのゲートに出てきた狂ったように笑っていた男と同じもの。

 

 また、粒子が集まりにつれて、その形状が少しずつわかってきた。ああ、これはあの時見た力と同じものだ。あの時のヤツだ。千雨はそれを理解し、焦りを感じていた。

 

 

「これが俺の特典(アルター)! ”ビッグマグナム”ゥゥ!!!」

 

「やっぱりか!」

 

「あれは……!」

 

 

 粒子が一箇所に集まり、巨大な物体へと変貌していく。それが終えると、そこにはまるで巨大な砲台が、否、リボルバー式の拳銃が形作られていたのだ。これぞまさしく雄々しく、硬く、太く、暴れっぱなしの特典(アルター)、ビッグマグナムである。

 

 また、リュージの手にも発射装置としての拳銃が握られ、ついにその特典(アルター)が姿を現した。

 

 ネギと千雨は、そのアルターを見て驚いた。やはり、あの時と同じものだったからだ。つまり、あの人物は、あの時あの場所にいた人物と同じということになる。むしろ、だからこそわかったのだ。あの男、リュージの能力を。その姿かたちを。

 

 

「え? 二人は見たことある訳?!」

 

「ふむ、あの時のと似たようなヤツですか……」

 

 

 しかし、和美は驚くよりも、ネギたちにあのでかい拳銃を見たことがあるのかを尋ねていた。自分は見るのは初めてだが、二人はそれを知ってるような口ぶりだったからだ。確かにあのデカイのは驚きだが、ネギたちがそれを知っている方が知りたかったのだ。

 

 そして、和美の横で戦闘態勢を見せるマタムネも、ゲートで見た巨大ロボットに近い能力だと分析していた。

 

 

「何……、アレ……」

 

「さっ、三郎さん……!」

 

「大丈夫、彼らが何とかしてくれる……!」

 

 

 アキラも突如現れた巨大な銃に、驚きの声を出していた。あんなものが前触れもなくいきなり現れたのだ。驚かない方がおかしいだろう。

 

 亜子もその巨大な銃を見て怯えた様子を見せ、三郎の顔を見た。三郎はそんな亜子へと、状助や覇王がいるからもう心配要らないと、安心させるように話しかけていた。

 

 

「ちょっ、ちょっと! コタロー君!?」

 

「心配あらへんて。あの程度なら赤蔵の兄ちゃん一人でも、お釣りがたんまり戻ーてくるわ」

 

 

 夏美もそれを見て、慌てた様子で小太郎にすがっていた。しかし、小太郎は特に何かをしようとはせず、覇王一人でも十分だろうと笑っているだけだった。

 

 

「さぁて! 最初に撃ち抜かれてぇのはどこのどいつだ?」

 

「ほぉー、中々すげぇーっスねぇー」

 

「まったくだね」

 

 

 リュージは高らかに、それを宣言した。

このビッグマグナムの最初の獲物は誰だと。早くこの巨大な弾丸の餌食になりたいヤツは出てこいと。

 

 しかし、状助はその巨大なビッグマグナムを見て、関心するばかりだった。いやあ、はじめて見るが中々でかい。硬くて太くて雄々しいというのは間違いないと、余裕の態度であった。

 

 覇王もまた、状助に同調して笑っていた。確かにすごい。すごい能力だ。だが覇王には、その程度の認識でしかなかったのだ。

 

 

「何余裕こいてやがる! 喰らえ!! ビィ――――ッグ……!」

 

「”絶影”……」

 

 

 リュージは頭にきた。マジでキレた。許せなかった。自分のご自慢の特典(アルター)を見せびらかしたというのに、目の前の二人は余裕の態度だったからだ。この姿を見て怯え媚びへつらうのではなく、ただただ笑っているだけだったからだ。

 

 ああそうか、ならばこうだ。リュージは怒りに身を任せ、その引き金を引こうとした。このビッグマグナムの巨大で暴れっぱなしな弾丸で、そのナメた態度を粛清してやると。

 

 だが、その引き金を引き終える手前で、それは止められてしまった。リュージが叫び、弾丸を打ち出そうとした瞬間、突如としてビッグマグナムが三等分にされてしまったからだ。

 

 

 その声は確かに聞こえた。小さく静寂だったが、確かに聞こえた。声の主は法だった。法はリュージが弾丸を放つ前に、すでに絶影を作り出していた。さらに絶影の首から生える、その触手を長くピンと伸ばし、勢いよく振り下ろしたのだ。

 

 そして、声が聞こえた時には、すでにビッグマグナムは切り裂かれ、粒子となって散ってしまった。何と言う速さ。すさまじいスピード。あるまじき敗退速度。弾丸を放つ余裕もなく、ビッグマグナムは一瞬で破壊されてしまったのだ。

 

 

「ヒィィハァァアァアッ!!!」

 

「なっ……なんだってぇ――――ッ!!」

 

「兄貴ぃ――――ッ!?」

 

 

 ビッグマグナムが破壊されれば、当然その操作しているリュージにもダメージがはいる。三つに切り裂かれたせいか、リュージの頭から足まで、切り裂かれたかのような傷が一直線に発生したのだ。痛い、クソ痛い。リュージはその激痛とアルターの破壊によるショックにより、大声で泣き叫んだ。

 

 また、リュージの子分の野郎二人は、リュージが瞬殺されたのを見てかなり驚いた。あのリュージが一撃で……!? 馬鹿な!? そう言う心境だった。

 

 

「毒虫どもが……」

 

「グエ!!」

 

「ギャース!!!」

 

「待て! 話せばわか……グアッ!」

 

 

 だが、法は今ので攻撃を終わらせた訳ではなかった。リュージたちを怒りのこもった鋭い目つきで睨みつけながら、さらに攻撃を加えたのだ。

 

 法は怒りに燃えていた。自らの特典(ちから)を他人の迷惑に使う(あく)に。あの時ゲートを襲った連中のような、目の前の転生者(あく)に。私利私欲の為に、他者を虐げようとする連中(あく)に。

 

 追撃……、いや、追い討ちだった。完全にオーバーキルだ。法は絶影のしなる触手を使い、リュージたちを痛めつけた。

 

 それによりリュージたちは苦痛での悲鳴を上げ、今にも死にそうな顔になっていた。野郎の一人は助けを請うも、法はそんな言葉など無視し、さらに攻撃を加速させるだけだった。

 

 もはや、突きや払いのオンパレード。リュージたちは絶影の触手でもてあそばれ、膝を地面につくことすら許されなかった。そのままなぶられ、踊らされるがままとなってしまっていたのだった。

 

 

「……あっけなかったな……」

 

「そうですね……」

 

「だからさっきから質問してるんだけど……」

 

「やりますね彼は……」

 

 

 千雨とネギは、一瞬で倒されたリュージを見て、あれ? こんなもんだったっけ? と言う顔をしていた。

いや、改ざんされ、荒廃した未来の麻帆良のリュージも、実際あんなものだった。初見で驚かされたという部分だけが、印象に強く残っているだけだった。

 

 和美はさっきからずっと無視し、リュージの方ばかり見ているネギたちへ、文句を飛ばしていた。

前から質問しているというのに、無視することはないだろう。そろそろ答えてくれてもいいのではないか、そんな風に思い、疲れた顔を見せていた。

 

 その傍らで、マタムネは法の実力を考察していた。あの人形のようなものを確実に操り、敵をしっかりとしとめる技。法の戦いぶりを見て、法がかなりの実力者ではないかと、マタムネは考え腕を組んで様子を見ていた。

 

 

「うへー……、ありゃキツそうっスねぇー……」

 

「いやいや、あのぐらいは必要さ」

 

 

 状助は痛めつけられるリュージたちを見て、目を背けそうになっていた。ちょっとやりすぎじゃね? と思うぐらい、すさまじい猛攻をリュージたちが受けていたからだ。

 

 だが、覇王は笑顔であれでちょうどいいと言葉にした。

何せ友人をいたぶったのだ。自分たちもいたぶられる覚悟があったのだろう。ならば、あのぐらい痛めつけてもらわないと、むしろ困るというものだ。そう思っていたのである。

 

 

「ホレ見い、別になんともなかったやろ?」

 

「う、うん……。そうだね……」

 

 

 小太郎もリュージが簡単に倒されたことを見て、ほら見ろ、という顔で夏美に話しかけた。覇王が戦った訳ではなく、少し予想と違ったが、リュージがあっけなく倒されたからだ。

 

 夏美はその言葉に耳を傾けつつ、未だ殴られ続けるリュージらから目を背けていた。

法がまったく加減知らずで攻撃し続けているおかげで、未だにリュージたちが絶影の触手でなぶられる音が鳴り響いていたからだ。状助ですら目を背けたくなる光景なのだから、夏美には刺激が少し強いというものである。

 

 

「ふぅ……。そうだ! 亜子さん、体調は大丈夫なのかい!?」

 

「……」

 

「亜子さん?」

 

 

 また、三郎は戦いが終わり、安堵の顔を覗かせていた。が、そこで亜子が未だに熱があり、調子が悪いことを思い出した。

 

 そこで亜子へとそれを尋ねれば、まったく返事が無いではないか。三郎は大いに焦り、再び亜子を呼ぶと、亜子はなんとか三郎の顔を見て、辛そうな表情を見せたのだ。

 

 

「……三郎さん……、ウチ……」

 

「亜子さん!?」

 

「亜子!」

 

 

 亜子は必死に三郎へ、何かを言おうとしていた。しかし、体が気だるく動きが鈍い。まるで体が動かない、そんな状態だった。

 

 三郎は顔を真っ赤にし、苦しそうに意気をする亜子を見て、これはマズイと思った。アキラもそこへ駆けつけ、亜子へと必死に呼びかけた。

 

 

「気を失ったみたいだ……」

 

「とりあえず部屋へつれてった方がいいよ」

 

「うん。急ごう」

 

 

 すると亜子は意識を失い、そのまま立つ力さえなくし、倒れそうになった。三郎はそれをすかさず抱きかかえ、亜子の容態を確認していた。

 

 アキラもそれを見て、こんなところではなく部屋のベッドに寝かせた方がいいと、三郎へと進言した。三郎も当然わかっていたことなので、早く部屋へと戻ろうと返事を返した。

 

 そして、三郎は亜子を抱きかかえ、アキラはそれについていくようにして、急いで部屋へと戻っていったのだった。

 

 

 ちなみにリュージたちは散々法に痛めつけられた後、覇王によって特典を引き抜かれ、泣きを見るのであった。

チャンチャン。

 

 

…… …… ……

 

 

 その物影で、ひっそりと会話するものたちがいた。皇帝が放った捜索隊のメンバーの一部だ。彼らはここへやってきたのが今しがたという状況であり、来た時にはすでに色々と終わった後だったのだ。

 

 

「ぬう……、間に合わなかったか……」

 

「我々がもう少し早く着いていればこのようなことには……」

 

 

 自分たちが早くついていれば、誰も犠牲にならずにすんだというのに。そう話す捜索隊の二人。彼らも転生者であり、原作知識を持っていた。故に、こうなる前に亜子を治療できれば、と思って悔やんでいたのである。

 

 

「しかし、彼はやりますね」

 

「ああ……。中々できるものではない……」

 

 

 そんな彼らは三郎に注目した。本来ならば三人の少女が奴隷となってしまうところを、自ら引きうけ一人だけ奴隷となった。さらには先ほどの野郎どもとの騒動でも、何度も殴られたというのに根性を見せ、膝をつかずに野郎どもを睨みつけていたではないか。

 

 彼らはその行動に敬意を表していた。すばらしいことだ。体を鍛えようが何しようが、あれほどのことは簡単にはできないはずだ。きっと精神的に強い人間なんだろう。そう考え関心していた。

 

 また、彼らは三郎が痛めつけられていたところで、出るか出まいか迷っていた。あのまま命に危険があるならば、自分たちが野郎どもの相手をしようかと。が、状助や覇王がそこへ現れたので、出るタイミングを見失ってしまったのである。

 

 

「……とりあえずは皇帝陛下へ連絡し、指示を待ちつつ様子見としよう」

 

「了解だ」

 

 

 とは言え、いつまでもそうしている訳にはいかない。こうなってしまった以上、対策は必要かもしれない。しかし、勝手なことはできないと考え、一度皇帝へと連絡をとり、指示を仰ぐことにしたのだ。

 

 片方もそれでよいと考えたのか、素直に承諾した。そして、言いだしっぺの方はその場を立ち去り、皇帝へ連絡をとりに行った。残った片方は気配を消しながら、彼らの動きを監視するのであった。

 

 


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