理想郷の皇帝とその仲間たち   作:海豹のごま

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魔法世界編 冒頭と暴挙
百二十一話 ゲートへ


 ここはウェールズの田舎の村、ネギの故郷。そこにアスナとともにやってきた状助も、当然いるわけだが。状助は合流した3-Aの女子たちに混ざりたくないためか、一定の距離を保っていた。そして、その少女たちが会する建物の外で、しゃがみこんでため息をついていた。

 

 

「肩身せめぇなあ……」

 

 

 この状助、流石に女子への耐性はある程度ある。が、やはりあれだけの大人数の女子に、囲まれる状況というのには慣れていないのだ。そのため、愚痴りながら時間が過ぎるのを待っていたのである。

 

 

「ふむ、確かに……」

 

「だろう?」

 

 

 そこへ近くにいた法も、状助の意見に賛同した。あれほどの活気溢れる少女たちの中にいるのは、確かに息苦しいだろうと。状助も自分の意見に賛成され、少し嬉しそうに聞き返していた。

 

 

「はっ! 何女々しいこと言ってんだよ。んなこと考えても意味ねぇだろ?」

 

「そうは言うがよぉ……」

 

 

 しかし、同じく近くにいたカズヤは、そんなことを気にしても意味がないと鼻で笑った。まあ、コイツの言うことも最もだろう、状助はそうも思った。それでも状助は、踏ん切りがつかない様子で、そう言われても苦手なものは苦手だと言いたそうな顔をしていた。

 

 

「アイツは無視して構わん。どうせ何も考えてないんだろうからな」

 

「ああぁ? 今俺のこと頭がカラッポなバカだっつったか?」

 

「言ったとも。何も考えてないアホンダラとな」

 

 

 すると法はカズヤの話は聞かなくてよいと言い出した。どうせこのカズヤは馬鹿で何も考えていないのだ。人の気持ちなど察せるはずがないと。だが、その言葉がカズヤの怒りに触れた。

 

 カズヤは法を睨みつけ、人の頭に中身が入ってないだと言ったのかと、確認するように述べた。法も当然そう言ったと、挑発的に睨みつけた。

 

 

「久々にキレたぜ! いいぜ? なんならここでやってもいいんだぜ? アレをよぉ?!」

 

「おいおいおい……、そーゆーのはよぉ、ここじゃやめた方がいいんじゃあねぇか……?」

 

 

 カズヤは法の挑発に乗るように、()()()()()()()をしながら喧嘩をしようと怒気を膨らませた。状助はそれを見て、すかさず止めに入ろうと声をかけた。こんな場所で喧嘩するのはマズイし、迷惑だからだ。当たり前のことだ。

 

 

「アンタに俺を止める権利なんてねぇ!!」

 

「仕方がない。こうなった貴様は実力行使で黙らせるしかあるまい!」

 

「何言ってんだよ!! おめぇさんもよぉー!!」

 

 

 が、カズヤはそんな言葉に聞く耳を持つような男ではない。止めるなと叫び、法を睨んでいるではないか。

 

 法もならばと言葉にしながら、すでに臨戦態勢となっていた。しかし、仕方ないといいつつも、法は内心ではカズヤとの喧嘩を少しだけだが嬉しく思っていたのである。

 

 いや、待て待て。こんなところで派手に喧嘩するなんてやめとけ! やめとけ! 状助は冷静で理性的な法なら止めるとばかり思っていたのだ。だが、完全に当てがはずれてしまったようだ。

 

 

「だー! テメェら目を離した瞬間それかよ!!」

 

「あだっ!」

 

「グッ!」

 

 

 もはや一触即発手前といった状況のその時、そこへ救いの手が現れた。その救いの手は握り拳となりて、カズヤと法の頭へと叩き落されたのだ。カズヤも法も突然のことで対応が遅れ、頭を抑えながら苦悶の表情でその痛みに耐えていた。そして、その拳から煙を出しながら、またかと言う不機嫌な顔をする千雨の姿があった。

 

 

「ったく、こんなところまで来て喧嘩とかバカだろ!?」

 

「うるせぇよ! どこで何をしようが俺の勝手だろうが!」

 

「んなワケあるかボケ!」

 

「いでぇっ!!」

 

 

 千雨はこのイギリスにまで来ても、隙あらば喧嘩しだすカズヤと法に呆れていた。本当にこの二人は馬鹿だ、大馬鹿だ。だが、カズヤはそれで引き下がらない。うるせぇと叫び、関係ないと言葉にしだした。そんなカズヤへと、千雨はもう一発拳を脳天に命中させる。こんなところで喧嘩して、人様見迷惑をかける馬鹿がいるかこのアホと。

 

 

「すまなかった、長谷川……」

 

「そうそう、わかればいい」

 

「俺は納得いかねぇ!!」

 

「納得の問題じゃねーだろ! 常識をわきまえろ!」

 

 

 また、カズヤとは対照的に自分の行いを反省し、落ち込んだ様子で謝罪を述べる法。カズヤのことになるとすぐに熱くなってしまうのを知っていたが、それを止められなかった甘さを反省していた。千雨は、法は物分りもよく冷静だと安堵しながら、わかればよいと許すことを言葉にした。

 

 が、それでもカズヤは止まらない、止められない。もうすぐ喧嘩ができそうだったのに、それを止められたのが気に食わない。故に、カズヤは喧嘩させろと叫ぶのだ。

 

 しかし、千雨も当然それに反論する。当たり前だが納得とかそういう問題ではない。常識的な問題だ。見知らぬ地で喧嘩して見知らぬ人に迷惑などかけられない。だから千雨はカズヤに激しくしかりつけた。

 

 

「グゥ……! チッ、わーたよ……」

 

「それでいい」

 

 

 その千雨の気迫に押されたカズヤは、流石にこれ以上は分が悪いと踏んだのか、お手上げだと言う様子を見せた。千雨はそれを見て、ようやくわかったかと思い満足したようである。

 

 

「ゴクローさんっス……」

 

「お、おう……」

 

 

 また、状助もその光景を眺めていたので、二人を注意した千雨を労った。いやあ、よくこの二人を御せるものだ、自分にはできねぇことだ。状助はそう考えながら、千雨の苦労も察していた。

 

 そして、千雨はカズヤと法を連れて、どこかへと移動していった。

 

 

「あれ、状助君、こんなところにいたんだ」

 

「よぉ~、三郎」

 

 

 そこへ三郎が現れ、状助へと話しかけた。状助も三郎の登場に、しゃがんだ姿勢のままそちらの方を首だけ向けて、片手を顔の高さまであげながら挨拶した。

 

 

「やっぱ女子に囲まれるのは苦手?」

 

「まぁなぁ~、アウェーな空気っつーかよー、なんか居心地が悪くてよぉ~」

 

「はは、確かにそうだね。俺も状助君たちと合流するまではちょっと肩身が狭い思いだったよ」

 

 

 三郎も状助が何故外で待機しているのか理解していた。なので、そのことを確かめるように状助へと質問した。

 

 状助はため息を吐き出しながら、居心地の悪さが苦手だと疲れた顔で述べた。三郎もそれはわかると苦笑しながら言葉にした。何せ三郎もイギリスへ向かう時、3-Aの女子に囲まれた状況を味わっていたからである。

 

 

「しっかしよぉ、たまげたぜ。まさか三郎までこんなところへ来るとはよぉ~」

 

「彼女に誘われたからね。申し訳ない気持ちもあったけど、同行させてもらったよ」

 

「ほーん」

 

 

 だが、状助はそれ以上に、三郎がここに来ていることに多少驚きを感じていた。確かにここへ行くということは、前々から三郎に話していた。それでも、ここへついて来るなど予想していなかったのだ。

 

 ただ、三郎も最初はここへ来る気はさほどなかった。それでも三郎の彼女である亜子に誘われれば、断ることはできないと思いやってきたしだいだった。それを状助はそうなのか、と言う多少呆けた顔で相槌を打ちながら聞いていた。

 

 

「まぁ、いいんじゃあねぇか? こういうのもよぉ」

 

「そうだね。来てよかったと思ってるよ」

 

「だがよぉ、一つ忠告させてもらうぜ」

 

「何を?」

 

 

 状助も三郎がここへ来たことをさほど気にはしていなかった。むしろそういうのもいいんじゃないかとさえ思っていた。三郎もここへ来たことに満足し、よかったと笑いながら言葉にした。

 

 しかし、状助は突如真剣な顔で、忠告と言い出した。三郎は一体なんだろうかと思い、頭にクエッションマークを浮かべながら質問した。

 

 

「明日の朝、俺たちのグループはあるところへ移動する」

 

「ふむふむ」

 

 

 状助は静かに、真面目な表情で説明を始めた。それを三郎も真剣に聞いていた。

 

 状助が移動する場所、それは魔法世界へ行くためのゲートだ。普通に考えてゲートまで行くことは一般人には不可能だ。だが、それをやってのける人物が、3-Aには存在する。なので、ここで念を押しておこうということだった。

 

 

「そこへは絶対に来るんじゃあねぇぞ? 後知り合いが行こうとしたら止めろ」

 

「……それは危険な場所なのかい?」

 

 

 そして、三郎へと、その場所へ来るなと話した状助。さらに、知り合いが、つまり”原作”で巻き込まれる亜子やアキラあたりも止めるようにと、注意を促した。三郎は状助がそこまで言うのであれば、多分危険な場所なんだろうと考え、それを尋ねた。

 

 

「ああ、多分危険かもしれねぇ……。ちゅーことでよぉ、頼んだぜ三郎」

 

「うん、わかったよ」

 

 

 状助は危険な場所だと聞いて、少し考える素振りを見せた。確かに、何事もなければ危険というほどでもない。が、状助は”原作”のような事件が起こり、それに三郎たちを巻き込まれることはしたくない。なので、多分と言いつつも、危険であるとも言葉にした。

 

 三郎も、状助にそう言われたのなら、従わざるを得ないと思った。目の前の状助は”この世界の原作”とやらを知っているらしい。

 

 三郎は”原作知識”がないのでわからないが、そこで危険なことが起こるかもしれないので、状助がそう言ってくれているのだろうと理解できた。故に、三郎はそれ以上何も聞かず、状助の言葉に従ったのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ネギたちが故郷へ帰ってきたその夜。ネギは卒業した魔法学校のとある廊下で、ネカネへと魔法世界へ行くことを打ち明けた。

 

 

「ええ!? 魔法の国へ行くですって!!」

 

 

 すると大声を叫び大層驚いたではないか。

 

 

「ああ……」

 

「お姉ちゃん!!?」

 

「いやまあ驚くのはわかるんだが……、ちょっと大げさすぎね……?」

 

 

 さらに、ネカネはふらりと倒れこむほど、心配を始めたのである。それを見かねたネギはネカネを呼びながら、慌ててその体を支えた。また、カギは驚きすぎではないかと、少しばかり呆れていた。

 

 いや、ネカネが心配になるのもわからなくもない。ほとんど交流のない、鎖国状態の魔法世界。そこへ10歳の少年らが旅立とうと言い出した。そんなことを聞けば、姉として面倒を見て来たネカネが驚くのも無理はない。が、やはり少しオーバーすぎるとも言えなくはないだろう。

 

 

「でも、なんで突然魔法の国だなんて……」

 

「それは、父さんのことをもっと知りたいから……」

 

「そう……」

 

 

 そこでネカネは、どうして魔法世界に行きたいのかとネギへ尋ねた。何せ鎖国のような状況の魔法世界。無理に行く必要があるのか疑問だったからだ。

 

 ネギはそれにしっかりと、ネカネの顔を見て答えた。父親であるナギのことを知りたい、その歩んできた道を知りたいと。

 

 そう、このネギは原作とは違い、()()()()()()()のではなく、()()()()()()()()()()のだ。自分の父親は何をして、何を考え、どうやって生きてきたのか。まずはそれを知りたいのだ。

 

 その決意溢れた表情のネギを見たネカネは、ため息交じりにそれを許した。ネギも男の子だ。そういうものに憧れる年頃なのかもしれない、そう考えたようである。

 

 

「まっ、ねーちゃんよ! 俺がいるんだから大船に乗ったつもりで安心してくれや!」

 

「えっ……? ええ……、そうね……」

 

「え? 何その曖昧な態度……」

 

 

 そこにカギが踏ん反りながら自信満々のドヤ顔で、偉そうなことを言い出した。ネカネはそれをどう反応したらいいかわからないと言う様子で、適当な相槌を打った。と言うか、ネカネはカギを手のかかる問題児だと思っている。そんなカギが俺に任せろと言っても、心配が増えるだけなのだ。

 

 そんな態度のネカネに、ショックを隠しきれないカギ。まさかコレほどまでに信用されていないとはと、強烈な現実を突きつけられたのだった。

 

 

「でも、あなたたちは子供よ? どうやって魔法の国なんかに……」

 

「それは私が手伝わせてもらった」

 

 

 しかし、ネカネはどうやって子供の二人が魔法世界へ行くのだろうと考えた。すると横から老人の声が聞こえてきた。中々貫禄と威厳のある声だった。

 

 

「おじいちゃん!」

 

「ジジイ!」

 

 

 威風堂々とした姿、長く伸びた白い髭と髪、ザ・魔法使いと言った出立ちの老人。そう、その老人こそが、今ネギたちに声をかけた張本人のメルディアナの学校長だ。学校長の登場に、ネギははしゃぎ、カギは少し驚いた様子を見せていた。

 

 

「お久しぶりです、帰って来ました!」

 

「おっす! けーったぞ!」

 

 

 ネギは久々に会った学校長へ挨拶しながら頭を下げ、カギも態度はでかいがしっかり挨拶した。

 

 

「……中国では、”男子三日あわざれば刮目して見よ”と言うが……、見違えたぞ、二人とも」

 

 

 学校長も挨拶する二人をマジマジと眺めながら、その変化に気がついた。そして、その二人へ労いの言葉をかけ、成長を大いに喜んだ。

 

 

「コノエモンから色々話は聞いとるぞ。苦労したか?」

 

「え? まあ……」

 

「マジかよ……」

 

 

 また、学校長は麻帆良学園、学園長の近衛近右衛門と親しい関係だ。この二人が麻帆良でどういう行動をしていたかを、学校長は聞いていたのだ。とは言え、ネギは特に問題は起こしていないので、苦労したかと言う言葉に、ただ少しぐらいは、と言う感じで返事をしていた。

 

 しかし、カギは随分と派手に暴れたせいか、少し焦っていた。麻帆良へ行った直後は自分でも恥ずかしくなるようなことばかりしていたからだ。なので、少しだけ引け目を感じるような様子を見せていた。

 

 

「まあよい、二人ともよくやったようじゃしな」

 

「僕は別に何も……」

 

「そう褒めてくれるな、俺の真の力はあの程度ではすまない……」

 

 

 そんな二人へと、学校長は再び労いの言葉を述べた。その言葉には色々な意味が込められていた。教師として、魔法使いとして、さらには学園祭などでの戦いのことも、その言葉に含まれていた。

 

 それでもネギは特に何もしていないと言うような様子を見せ、謙虚な態度を貫いていた。逆にカギは褒められたと思い、偉そうな笑みを見せながら、自分の力はあんなものではないと言い出したのである。なんと調子のいいやつだろうか。

 

 

「フフフ……、そうじゃな」

 

「そこ笑うところじゃねーんだけど……」

 

 

 すると学校長はカギの物言いを笑い、頷きながらそう述べた。カギはそれを馬鹿にしていると感じたようで、笑うところではないとテンションを下げて言葉にしたのだ。が、学校長は別に馬鹿にした訳ではなく、微笑ましいと思っただけである。

 

 それに学校長はカギの変化に気がついていた。あれほど傲慢で我儘だったカギが、人間的に大きくなって帰ってきたのを見抜いたのだ。昔は問題児の中の問題児。まるで走る炎のような人間だったカギ。

 

 麻帆良へ渡った直後などは、確かに酷い有様だったと学校長は当然のごとく、近右衛門から聞いていた。それでも、何か大きなきっかけがあったのか、急におとなしくなったのだ。そしてカギが、これほどまでに精神的に成長して戻ってきたことに、学校長は嬉しさを感じていたのである。

 

 

「して、どうだ? ネギよ……、久々の故郷は」

 

「はい、なんだか半年ほどしか離れていなかったのに……」

 

「……そうではない」

 

「……?」

 

 

 そこで学校長はネギへと、帰ってきた感想を尋ねた。ネギはテンプレートな感想を述べようとしたが、学校長はそれが聞きたい訳ではないと話し、ネギの言葉を止めた。言葉を阻まれたネギは、一体なんだろうかと言う顔で、学校長を見上げていた。

 

 

「どーいうことだよジーさんよー! 意味がわからんぞ!」

 

「久々に帰ってきたこの村に、何か違いを感じてはおらんか?」

 

「それを最初に言えよジーさんよ!!!」

 

 

 カギは学校長が一体何を言いたいのかわからないと思い、それを大きく叫んだ。意味がわかるように話せと。

 

 学校長はそのカギの言葉を聞いたか聞いてないかはわからないが、それを話した。この故郷に久々に帰ってきて、麻帆良へ行く前と後では何か違いを感じないかと。

 

 それを聞いたカギは、それを最初に言えよとツッコミを入れた。意味深な言葉ではなく、直接それを話せよと。

 

 

「……僕が日本へ発つ前よりも、活気が溢れている気がします……」

 

「うむ、そうじゃろう? 何故だかわかるか?」

 

 

 ネギはその学校長の問いに、静かに口を開いた。自分が麻帆良へ行くよりも、この街が生き生きとしていると思ったと。活気が溢れ、人々の表情がより豊かになっていると。

 

 学校長はそのネギの言葉に、その理由がわかるかと尋ねた。

 

 

「……石化してた人たちが……、元に戻ったから……?」

 

「その通りだ。そして、それは全てお前のおかげでもあるぞ、ネギよ」

 

「え……?」

 

「何……だと!?」

 

 

 ネギは少しの間考え、それにハッと気がついた。この街が活気に溢れているのは、石化から救い出された人々が、この街で生活をはじめたからではないか、そう考えたのだ。

 

 それをネギが言葉にすると、学校長はその答えを肯定し、それこそネギの功績だと静かに褒めた。ネギはそれに驚き、カギはネギのその行為にかなり驚いた。

 

 いや、確かにそんなことがあったような、とカギは思っていた。が、このカギ、昔はさほど他人に興味がない人間だった。なので、それが誰のおかげなのかさえ知らなかったのだ。

 

 

「お前が石化を解かなければ、今も昔のように静まり返っておったじゃろう」

 

 

 学校長はネギの顔を見ながら、静かに語りだした。

 

 

「だが、お前が村の人々を石化から解放した。だから、だれもが活気に溢れ、生き生きとしておるのだ……」

 

「なっ!? お前そんなことやってたのかよ!!?」

 

 

 つまり学校長は何が言いたいかというと、ネギが石化を救ったからこそ、今の街があるということだった。

 

 それを聞いたカギは、その事実を知らなかったので再びさらに驚いた。まさかネギが石化した人たちを救い出していたとは。普通なら考えられないことだったので、それを確かめるように驚愕した顔でネギに尋ねた。

 

 

「……いえ、それは違います……」

 

「む……?」

 

「何が!?」

 

 

 しかし、ネギは小さく違うと答えた。その答えに学校長はピクりと白く長い眉毛を揺らし、カギは何がどう違うのかと叫んだ。

 

 

「村の人たちや、スタンさんを石化から救い出せたのは、僕だけの力じゃないですから……」

 

「それは知っておる。しかし、それを差し引いたとしても、お前のおかげでもあるじゃろう?」

 

「ジーさんの言うとおりだぜ!」

 

 

 そう、石化の解除は一人でやった訳ではない。師匠であるギガントと、最初にそれを言い出したアーニャと協力して成し遂げたことだ。故に、ネギは自分だけの功績ではないと、そう静かに話し出したのである。

 

 ただ、学校長もそれは知っていた。が、それでも協力したことに変わりはないので、ネギのおかげなのは間違いない。それを学校長は言葉にし、カギも同調してネギを励ました。

 

 

「……やっぱり違うと思います」

 

 

 だが、それでもネギは頑なに違うと言葉にする。

 

 

「僕は本当に何もしてません。ただ、お師匠さまの手伝いをしただけです」

 

 

 そして、村の人たちを助けた時の心境を思い出しながら、自分の気持ちを打ち明け始めた。ネギは、はっきりと何もしていないと語った。師匠であるギガントの手伝いをしただけだと述べた。

 

 何故、何もしていないとネギは言うのか。手伝ったのならば、確かに”何かをした”のではないだろうか。その理由はアーニャが最初に、父と母を、村の人たちを石化から助けたいと、ギガントに話したことがはじまりだからだ。

 

 自分はあの日の悲惨な光景を目の当たりにしたのに、それを思いつかなかった。考えなかった。しようと思わなかった。ネギはそれを思うたびに、自分の愚かさや浅はかさを後悔していた。だから、ネギは自分は何もしていない、何もしようとしなかったと話すのである。

 

 

「それでも、村の人たちを救えたのは、とても嬉しかったです」

 

 

 だけど、村人たちを石化から救い出した時の、あの光景や気持ちも忘れず、今も目を閉じればすぐに思い返すことができる。ああ、やってよかった。助かってよかった。ネギはあの時、自分たちの行いが実を結んだのを見て、それを実感した。それを誇らしく思っていた。

 

 自分は確かに、自分からそれをはじめようと思った訳ではないけれども、言われて手伝っただけだけども。それでも自分も石化した人たちを助けたいと思った。必死に手伝い、努力した。故に、成し遂げたことは、間違ってなかったとはっきり言える。そうネギは思っていた。

 

 

「だから、お師匠さまのように人を助けられる人になりたいと、僕は思っています」

 

「ふむ、そうか」

 

 

 あの時の綺麗な気持ちは今でも忘れない。誰かを救うことのすばらしさは、忘れていない。忘れられない。忘れるもんか。ネギはだから人を助けることができる人になりいと思った。師匠のように、人々を救い出せる人間に。それを語り終えたネギの表情は、とてもすがすがしい微笑みに満たされていた。

 

 学校長はそれを見て、その話を聞いて、納得した様子を見せていた。この10歳の少年が、そこまで考えていたとは、そう考えながら。

 

 

「ならばワシからはもう何も言う必要はないようじゃな。自分の考えを信じ、進んでみるといい」

 

「はい!」

 

 

 学校長は、それなら自分ができることは、この小さな少年の背中を押してやることだけだと思った。もはやアドバイスなどは必要なさそうだ。もうすでに、自分の考えをしっかり持ち、それに向かおうとしている。いや、すでに向かい始めているかもしれない。ならば、もう何もすることはないだろう。学校長はそう考えながら、暖かい笑みをみせた。

 

 しかし、ネギの生長を大きく喜ぶ反面、小さな寂しさも学校長は感じていた。彼を導くのは自分の仕事だったはずだ。気が付けば彼の師匠のギガントに、それを取られてしまった。別にそれが悪いこととは思わないし、それを妬むこともない。が、それをできなかったということに、悔やむ気持ちが学校長であったのだ。

 

 

「……いやはや、まさかネギがそこまで考えてるとは……」

 

 

 また、カギはネギの考えを聞いて、驚きと戸惑いを感じていた。10歳の少年が、そこまで考えて生きているなど、カギには考え付かないことだからだ。

 

 さらに、自分は自分勝手するために、神から特典を貰って転生したこと考えた。なんという子供じみた発想だろうか。今の自分では到底ネギには届かない。いや、最初から勝ち目などなかった。情けない、なんと情けないのだろうか。大人だった自分は転生して子供の姿をしているだけだ。自称だが50代だ。なのに、ネギが語ったことなど、一度として考えたことなどなかった。

 

 まあ、人生の転機とは人それぞれであり、ネギには多少早すぎるというのもある。それでもカギは、今の自分の体たらくさを恥じていたのである。

 

 

 そんな大きなショックを受けるカギの横で、同じように驚き喜ぶネカネの姿もあった。10歳だと思っていた、まだまだ子供だと思っていたネギが、これほどのことを考えていたなんて、ネカネも思っていなかったのだ。ただ、やはりネギは10歳の少年。ネカネはそのことを考え、もう少し甘えてくれれば、とも思っていた。

 

 

 そして話が終わると、ネギたちはすぐさま家へと帰ることにした。明日は魔法世界へと行くので朝早く起きなければならない。なので、もう帰って寝ようと思ったのだ。すでにアスナたちは宿に、アーニャも自分の家に帰って家族と過ごしている。遅刻する訳にもいかないので、ネギたちも静かな夜の街を歩き、ネカネの家へと向かったのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ネギたちが帰郷を果たしたその次の日の朝。誰もがすでに魔法世界へ行くための準備が終わっていた。が、一人だけ未だに眠り続けるものがいたのだ。

 

 

「兄さん……、起きて」

 

 

 やはりと言うか、当然と言うか、それはあのカギだった。そんなぐっすりと未だ夢の中で遊ぶカギを、必死に起こすネギの姿もあった。

 

 

「兄さん!」

 

「うーん……、後5分……、後5分だけ頼む……」

 

 

 もうすぐ待ち合わせの時間になってしまう。ネギはそれを考えカギを起こそうと頑張っていた。しかし、その努力もむなしく、先ほどからカギはずっと、あと5分、後5分と言い続けるだけで、まったく目を覚ます気配もなかったのである。

 

 

「ダメだ……、全然起きないや……」

 

「困ったわねぇ……」

 

 

 どんなに揺さぶっても、名前を呼びかけても起きないカギに、ネギはもうお手上げだった。ここで布団をひっぺがしたりベッドをひっくり返せば起きたかもしれないが、優しいネギにはそれができなかった。また、ネギの後ろでそれを見ていたネカネも、憂いの表情を見せていた。

 

 

「とりあえず旦那は先に行っててくだせぇ!」

 

「え? でもそれじゃ兄さんは……」

 

「なぁに、兄貴なら後ですぐに追いつかせやすから!」

 

 

 もはやこのままではネギすら集合時間に間に合わなくなる。そう考えたカモミールは、とりあえずネギには先に行って貰おうと考えた。本当ならばここでカギが起きるのがベストだが、それがかなわないのなら仕方のないことだろう。

 

 ただ、ネギはこのままカギを置いていくのは忍びないと思った。が、カモミールはそのネギの背中を押すように、カギが起きたらすぐに向かわせると叫んだのだ。

 

 

「それなら……。わかりました、兄さんをお願いします」

 

「おう! んじゃまた後ほど!」

 

 

 それなら大丈夫かな。ネギはそう思い、カモミールにカギのことを頼んだ。カモミールもそれを当然という顔で受け、後で合流しようと手を振った。そしてネギは、カギの方を惜しむように一度チラリと見た後、アスナたちが待っている場所へと向かうのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 場所は変わり、街から少し離れた草原。濃い霧が立ち込め、視界は悪く数メートル先すら見るのが困難な状況だった。そんな中、少年少女たちが集まっていた。それは当然ゲートへ向かうために集まったネギたちだ。それ以外にも、ネカネとメルディアナの学校長の姿もあった。

 

 

「じゃあ、行ってきます。お姉ちゃん」

 

「うん、気をつけてね、ネギ……」

 

 

 ネギはネカネへと出発の挨拶を行っていた。ネカネもネギへと、道中には注意するようにと言葉にしていた。

 

 

「あっ、後兄さんにはすぐに来るようにと……」

 

「わかってるわ」

 

「ありがとう、それじゃ!」

 

「いってらっしゃい……」

 

 

 また、ネギは未だに現れないカギのことを、ネカネへと頼んでいた。起きたらすぐに来てくれるようにということだ。ネカネも当然それを快く引き受け、手を振ってネギを送り出した。ネギもネカネへと手を振り、そのまま霧の中へと消えていったのだった。

 

 

「心配することはない。向こうにはナギの仲間もいることだしな」

 

「ええ……」

 

 

 ネギが立ち去った後も深刻そうな顔をするネカネへと、学校長は話しかけた。そんなに心配しなくても大丈夫だ、魔法世界にはナギの仲間がいるのだから。学校長はネカネを安心させるように、それを述べた。それでもなお、ネカネの不安は晴れることはなかったようで、未だに心配でいっぱいの表情をしていた。

 

 

「それに、あのエヴァンジェリン殿もついておる、問題はなかろう」

 

「だといいのですけれど……」

 

 

 さらに学校長は、エヴァンジェリンもいるのだから、過剰に心配する必要はないと話した。あの聡明で有名なエヴァンジェリンが味方としてネギの側にいるのだ。心配する必要があるはずがないと思ったのである。

 

 だと言うのに、ネカネははやりネギを心配していた。何か、何か胸騒ぎがする。そうネカネは思ったのである。だが、ネカネができることはただ一つ、ネギの旅が無事に終わり、戻ってくることを祈るだけであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 深い霧の中で、一人の男性がネギたちへと大きな声をかけていた。その男性は転生者のアルス。彼はネギたちをゲートへ案内する役を引き受けたのである。

 

 

「全員、宿にあったローブを着用したな! だったら、はぐれねぇよう後ろからついてきな」

 

「ウィーッス!」

 

 

 アルスはネギたちへと、宿で借りたローブを着たかと叫んだ。そして、をれを確認したのち、自分の後について来いと説明をした。

 

 ネギたちもそれに答えるかのように、元気な返事を行い、ゲートへと出発していった。

 

 

「んんー? おかしいなあ……」

 

 

 ただ、そこで”原作”とは異なる部分があった。あのあやかが見送りにこなかったことだ。状助はそのあたりを思い出し、変だなと思っていた。

 

 

「まぁ……、問題はねぇはず……多分……」

 

 

 が、それがないと大きく何かが変わるわけでもないと思った状助は、まあいいか、と流したのだった。それでも何か引っかかる感じを覚えたが、気にしないことにしたようだ。

 

 

「あの……、例えばの話ですが、はぐれるとどうなるですか?」

 

「出口に戻される」

 

 

 少しずつゲートへと歩き出した一同。ゆっくりと歩いていた夕映は、はぐれるとどうなるか疑問に思ったので、アルスへとそれを質問した。アルスはその問いに一言で片付けた。当然のことながら、出口に戻されるだけだと。

 

 

「……もう少し詳しい説明がほしいです」

 

「すまなかった。……ゲートには手順を踏んだ儀式を行いながら近づいていかなければ辿り着けない」

 

 

 確かに結論を簡潔に教えてもらったのは素直にうれしい。が、そうではない、そうじゃないんだ。夕映はそう思い、もっとしっかりと説明してくれとアルスへ頼んだ。

 

 アルスは少しふざけたな、と思い、夕映へと謝罪すると、自分の知る限りの原理を説明し始めた。ゲートへ辿り着くには数回の儀式が必要で、それを行わなければゲートには行けないと。

 

 

「はぐれれば数時間さまよった後にやり直しで、二度とゲートには行けんってことになるのさ」

 

「なるほど……」

 

「へー、知らなかった」

 

 

 さらに、はぐれてしまえばこの霧の中をさまよったあげく、来た場所へと戻されてしまい、ゲートに辿り着くことが不可能になる。アルスはそれをしっかり説明すると、夕映は満足したようで納得の表情を見せていた。また、()()()()魔法使いをしている裕奈も、それは初耳だと感心した様子を見せていた。

 

 

「ところでさー、ドネットさんとアネットは来てないの?」

 

「ん? ああ、あの二人は留守番さ」

 

「えー! なんで!? 一緒に来ればよかったのに!」

 

 

 まあ、裕奈はそんなことよりも、もっと気になることがあった。それはアルスの妻と子供が、ここに居ないことだ。どうして一緒ではないのだろうか、そう裕奈は疑問に思った。

 

 なのでアルスへそれを聞けば、留守番だからだと返ってきた。裕奈はその答えに納得いかなかったようで、どうして? どうして? と何度も聞き返した。

 

 

「まぁ、色々あるんだよ。色々とな」

 

「そうかも知れないけどさー! アルスさんも久々に家族と会ったのに、それでいいの!?」

 

「いいんだ。それに、戻れば会えるしな」

 

「むう……、まあそうだけどさ……」

 

 

 しかし、アルスは詳しく話そうとせず、色々あるとしか答えなかった。確かにそういうこともあるんだろうと、裕奈はアルスのその言葉を肯定した。が、アルスもようやく帰郷できて家族にあったのに、その家族と一緒にいなくてもよいのかと、再びアルスへと尋ねたのである。

 

 アルスはそれに対し、それでもいいとはっきり言った。また、戻れば会えるとも答えた。当の本人にそう言われてしまえば、裕奈も言葉を詰まらせるしかなかった。本人がそれでいいなら口出ししてもしょうがないからだ。それでも裕奈自信が納得したといえば、そうではないのだが。

 

 

 ……だが、裕奈の言うとおり、何故アルスは家族をつれてこなかったのだろうか。その理由はカギにある。カギは寝坊して、今ここにいない。今も久々の自分の家のベッドで寝ているかもしれない。そんなカギをここへ連れてこれるものは限られる。そして、それができるのは妻であるドネットだ。

 

 なので、カギが起きて慌ててここへ来るなら、ドネットが同行するのが一番である。よって、それを踏まえてアルスは家族を置いてきた。

 

 

 と言うのは、理由の一つに過ぎない。アルスが真に家族を置いてきた理由、それは”転生者”のことだ。”原作”では最も危険な事件の一つ、ゲートの強襲。この世界で起こるかはわからないが、転生者がいるならば、それを故意に起こす可能性もある。それを考え悩んだ末に、アルスは家族を留守番させたのだ。

 

 ただ、アルスはこの流れを止められるものではないと考えていた。この流れとは、ネギたちの魔法世界入りのことだ。こればかりはしょうがない、どうすることもできないと。故に、彼らの魔法世界行きを止めるのではなく、同行を選んだのだ。

 

 薄情に見えるかも知れないが、やはり家族と知人ならば家族を優先するのは当然のことだ。それでも何かあれば、全力で彼らを守ると決めていた。

 

 事が起こりそれが”自分と同じ転生者”のせいだったならなおさらだと、考えていた。この世界で部外者が迷惑をかけるのだけは、どうしても許せなかった。たとえ、自分も部外者で、くだらない転生者と同じ身であろうとも。神から特典(チート)を貰おうとも。

 

 

「しっかしスゲー霧だな、本当にこの先にゲートってもんがあるんかねぇ……」

 

「あると言っているからにはあるんだろう」

 

 

 しかし、この霧の中、まったく視界が通らない状況に、カズヤは不満をもらしていた。本当にこんな霧に覆われた平原の先に、ゲートと呼ばれる場所があるのだろうかと。そもそもゲートとはいったいどんなものなのだろうかと。

 

 それに反応したのはやはり法だった。法は前を歩くアルスが”ある”と言ったのだから、それを信じるしかないと言葉にした。それに、あのアルスという男が偽ったところで、何の意味もないと思っていた。

 

 

「はぁー……、俺のこの嫌な予感がはずれてくれりゃいいがよぉー……」

 

「……例の”俺たちと同じもの”が襲ってくる可能性の話か……?」

 

「そうっスよ。んなこたーねぇ方がいいんだけどよぉ……、なんだかヤバイ予感がするっスよぉー……」

 

 

 また、状助は霧の中を歩きながら、今後の不安を愚痴っていた。状助もアルスと同じく、ゲートでの事件を警戒していた。このままスムーズに行ってくれればどれだけいいことか。そう思いながらも、不安はぬぐえない状助だった。

 

 すると近くを歩いていた法が、状助の言葉に反応した。自分たちと同じもの、つまり転生者が襲ってくる可能性があるということかと。法も一度、麻帆良の外からやってきた転生者と交戦したことがあった。確かに、あのような輩がまだいるとするならば、ありえる話だと思っていたのだ。

 

 

「はっ! 喧嘩売ってくるっつーんなら、買ってやればいいだけじゃねぇか!」

 

「貴様はそれでいいんだろうがな……」

 

 

 だが、同じようにそれを聞いていたカズヤは、襲ってくるならかかって来いと言わんばかりの態度を見せた。喧嘩上等、攻撃してくるなら返り討ちにしてやるまでだ。カズヤはそう単純に考えていたのだ。そんなカズヤを覚めた目で眺める法。コイツは本当にそればかりだな、という目であった。

 

 

「しかし、戦わないにこしたことはないだろう。その予感とやらがはずれればいいが……」

 

「マジではずれてほしいもんっスわ……」

 

 

 ただ、当然ながら法は、そんな輩が現れない方がいいと思っていた。カズヤと喧嘩ばかりしている法だが、無意味に戦いが発生するのは好ましく思ってないのだ。状助も不安にかられながらも、そんなつまらない予感は外れて欲しいと心底願っていたのである。

 

 

 しかし、それ以外の不安要素が別に動き出していた。それはここで歩いているもの以外の3-Aのクラスメイトである。その中に一人、男子の三郎の姿もあった。

 

 どこでかぎつけたのかわからないが、アスナたちがどこかへ行こうとしているのことに気が付いたようだ。盗み聞きしたとおり、彼女たちも白いローブを身にまとい、こっそりこっそりアスナたちについてきたのである。

 

 また、美砂たちは裕奈がまたしても抜け駆けしたと思い、ずるいずるいと思っていた。何せ彼女たちは裕奈が魔法使いであることを知らないので、また抜け駆けしていると思うのも仕方がないことなのだ。まあ、それよりも、アスナたちがどこへ行こうとしているのか、ということに誰もが興味津々だ。

 

 そんな彼女たちを止めることができず、落胆しているのは三郎だった。状助に言われたとおり、三郎は彼女たちを止めようとしたのだが、説得を失敗し、逆に言いくるめられてしまったのである。あの3-Aの少女たちのパワーには勝てなかったようだ。情けないなあ、と三郎は思いつつも、状助が言っていたことが本当なら大変だと考え、一緒に来たのである。

 

 

 さらに、そこには驚くべきことに、あのあやかの姿もあったのである。あの真面目なあやかがどうして彼女たちにまぎれ、こそこそ尾行などしているのだろうか。

 

 その理由はアスナにあった。昔からなんだか不思議な感じを漂わせていたライバルのアスナ。最初はただのいけ好かない無表情なヤツだと思っていたが、交友を深めるとわりかしいいヤツだと思えるようになった。今では友人として、ライバルとして接しているし、特に彼女に不満がある訳ではなかった。

 

 が、あやかは一つアスナに気になることがあった。それは、アスナが何か、大きな秘密を持っているのではないか、ということである。()()()()アスナは記憶が封印されている訳ではなく、基本的に素の状態だ。なので、”自分が魔法世界からやってきたお姫様”ということを隠していることになる。

 

 あやかはアスナが自分にも言えない何かを、昔から抱えているのではないかと思っていた。何せ、アスナは一度として自分の過去を話さなかった。

 

 普通なら、どこから来てどこに住んでいたのかぐらいは、教えてくれてもいいはずだ。なのに、それすらも教えてはくれなかった。微妙にはぐらかされた時もあった。それで、何か隠してるのかもしれない、と勘ぐったのである。

 

 それだけではない。アスナはネギの父親のことを調べて欲しいと頼んできた。確かに一見すればネギのためを思って、それを頼んできたのだと思ってしまうだろう。最初はあやかもそう考えていた。

 

 しかし、あやかはふと思った。アスナは大きくネギに接している訳ではない。仲が悪いとかそういう訳でもないが、特に仲が良い、というほどでもない。では、何故それを、ネギ本人ではなくアスナが頼んできたのだろうか、そう疑問に思った。あのネギがそのことを他人に任せるはずなどない。ネギならば、直接頼んできてもいいはずだ、とあやかは考えたのである。

 

 また、アスナはその報告を見た時に、こう言った。”多少なりに心当たりがある”と。あの時は聞き流したが、今考えれば妙だとあやかは思った。どうしてアスナがネギの父親の居場所について”多少心当たりがある”と言ったのか。ネギとアスナは最近になって知り合ったはずだ。なのにアスナは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。あやかはそれがとても不思議でならなかった。

 

 もしやネギの父親とアスナは知り合いなのだろうか。いや、あの学園祭でのまほら武道会で、それらしき光景をあやかは見ていた。実はあやかもあの大会を見に行っていた。ネギ見たさに行ったのだが、ネギは敗退してしまっていたのを聞いて心底がっかりしたりもした。ただ、そのまま帰るのも寂しいと思ったあやかは、とりあえずアスナを応援しようと思ったのである。

 

 そこであやかが目にした光景は、かなり壮絶なものだった。まるで映画のようなアクションとエフェクト。それをこなすアスナ。そこで戦うアスナは、いつもとは打って変わって、まるで別人にしか見えなかった。

 

 そして、最後の試合にて、あやかはそれを目撃した。あやかは魔法を知らないが故に、何かのトリックか装置でのデモンストレーションに思えたが、確かにネギの父親とアスナが知り合いのように接していたのを目にしていたのだ。

 

 さらに、アスナがあれほどまでに強かったことも、今までずっと知らなかった。半分はトリックだと思ったあやかであったが、半分はアスナの実力なのではないかとも思っていた。その後もあえて何も言わなかったが、考えれば考えるほど疑問が湧き出るばかりだった。

 

 なので、あやかはアスナのことをもう少し知りたくなった。麻帆良へ来る前はどこに住んでいて、どんな生活を送ってきたのか。どうしてネギの父親と知り合いなのか。なんであれほどの動きができるのか。本人に聞いてもきっと答えてはくれないだろう。だから、あやかは恥をしのんで、こっそりとアスナのあとを付いていくのだった。

 

 ……まあ、実際はネギのことも心配でついてきている部分もあるのだが。

 

 

 後ろをこっそり付いてくる少女たちに気づかぬアルス率いるネギご一行は、ゆっくりと歩きゲートへと向かっていた。いや、状助やアルスはそのことを”原作”で知っている。故に、状助は三郎に忠告を入れたのだが、それもあまり意味がなかったようであった。アルスも、状助が三郎に忠告をしたのを聞いていたので、まあ大丈夫だろう、と思ってしまったようである。

 

 それにそれを確かめるためにこの霧の中を捜すのは、なかなか骨が折れることだろう。とりあえず彼らができることは、彼女たちがついてきてないことを祈るだけだ。その祈りがつうじていないのが悲しいのだが。

 

 

 そうこうしている内に、ゲートへ行くための儀式を行う場所までやってきたアルス率いるネギ一同。アルスはそこで足を止め、その儀式に取り掛かり始めた。

 

 

「あの……、アルス先生に再び質問があるんですが」

 

「何だ?」

 

 

 そんな時、夕映は再びアルスへと質問があると語りかけた。アルスは作業をしながら、今度はなんだろうかと思いつつ、その質問の内容を尋ねた。

 

 

「これから行く場所に普通の人が迷い込んでしまう、ということはあるんでしょうか?」

 

「普通はありえないな」

 

 

 夕映は、ゲートには今アルスが行っているような手順を踏まないと入れないことを、先ほどの質問で理解した。が、それでも万が一、一般人が紛れ込むことはあるのだろうか、それが気になった。なので、それを質問した。

 

 アルスはその問いに、()()()()ありえないと、率直に答えた。そして、その理由をゆっくりと説明しはじめた。

 

 

「ゲートがある場所ってのは”どこでもない場所”、半ば”異界”ってやつでよ」

 

 

 ゲートのある場所はこの世界ではなく、ある種の別世界にあるとアルスは語る。噛み砕いて言えば異界、すなわち東方projectの幻想郷のようなものなのだろう。

 

 

「まっ、普通の人間が紛れ込むことはほとんどないってことさ」

 

「ほとんどない……ということは、少しはあるってことですよね……?」

 

「10年に一度くらいには、神隠しで迷い込む一般人もいるからな」

 

 

 難しい言葉を使ったが、つまるところ一般人は本来ならば紛れることはないと、アルスは軽口を叩くように述べた。

 

 そこで夕映は先ほどの言葉の”普通なら”と、今の”ほとんど”と言う言葉にハッとした。そういうのならば、例外が存在するのではないだろうか、そう考えたのだ。

 

 故に再びそれを尋ねれば、アルスはそれに答えた。確かにそういうこともなくなないと。

 

 

「とは言え、そんな確率は宝くじの一等が当たるぐらいさ。んなもんに運使うなら、宝くじが当たった方がよっぽどマシってもんだ」

 

「そうなんですか……」

 

 

 しかし、その確立はわずかであり、宝くじの一等が当たるぐらいのものだ。ゲートなんぞにまぎれてしまうなら、その運で宝くじを当てたほうがましだと、アルスは笑って話していた。夕映もその話を聞いて、満足した様子だった。

 

 

「そーいやアスナ」

 

「ん?」

 

「何かさっきから静かやけど、どないしたん?」

 

 

 そのアルスの説明の後、木乃香はふと気になったことをアスナへ話した。ゲートへ向かう時から、アスナが妙に静かだったからだ。

 

 

「別に何にもないけど……?」

 

「ホンマに?」

 

「本当よ」

 

 

 とは言われても、アスナは特になんでもないと答えた。ただ、アスナはゲートを何度か通ったことがある。それにここではないにせよ、ゲートへの道はアスナにとっても多少なりと思い出深い場所なのだ。それを思い出しながら歩いていたために、アスナが静かだと木乃香に思われたのである。

 

 木乃香はアスナが何にもないと答えたのに、顔を覗かせて本当かどうか再び尋ねた。アスナはそんな木乃香へと苦笑しつつ、本当だと言葉にするしかなかった。

 

 

「フン……」

 

 

 そんなやり取りをチラりと見ていたエヴァンジェリンは、小さく鼻を鳴らした。色々思い出したりしていたのだろうと、エヴァンジェリンは察していたのだ。また、エヴァンジェリンはこのゲートへの道のりを退屈だと考えながら歩いていたのである。

 

 

「というか、私っていつもそんなに騒がしくないと思うけど……?」

 

「そーなんやけど、なんとなくそう感じただけや」

 

「そう……」

 

 

 むしろ、普段からさほど騒がしくしてないはずなんだけど、とアスナは思った。確かに声が大きくなる時もなくはないが、普段はいたって冷静で物静かにしているはずだ。なのに、木乃香には自分が騒がしい方だと思われていたのか、そう思ってアスナはそれを木乃香へ話した。

 

 木乃香も別にアスナがうるさかったり騒がしかったりするキャラクターではないと思っていた。ただ、それを差し引いても、普段よりいっそう静かだと思っただけだったのだ。

 

 アスナは木乃香のその意見に、そうだったのか、と思ったようだ。また、少し思い出にふけすぎたかな、と考え、もっと木乃香たちと会話しようとも思ったのだった。

 

 こうして彼らは霧をかき分けながら、ゲートへと一歩一歩と進んでいくのだった。


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