また、随分と更新をあけてしまって申し訳ございませんでした
ここは魔法世界、火星に存在する魔法で作り出された世界。その地の荒れ果てた土地にて、覇王は久方ぶりの転生者狩りを行っていた。そして、敵を倒し、今まさにとどめを刺しているところであった。
「ちっちぇえな」
「オバァァァァアアアアッ!!!」
覇王が冷徹なその一言を終えると、目の前に居た少年が火山が噴火したかのように炎上し、苦痛により絶叫していた。そんな苦しみ悶える少年を、覇王はつまらなそうに眺めていた。こうやって一人ずつ転生者を相手取り、特典を引き抜く毎日を覇王はつまらなそうに過ごしていたのだ。
「ふぅ……」
覇王は敵の少年の魂を、いつものように
「やはり”原作最大のイベント”前なのか、かなり転生者が多い……」
覇王はこの状況をふと考え、原作前故に転生者が多いのではないかと考えた。前々からわかってきていたことだったが、原作の大きなイベント前は転生者が多く出現するのだ。それは転生者のルールとして存在するので仕方のないことだったが、覇王はその事実を知らぬが故か、面倒なことであると思っていた。
「はぁ……」
そのためなのか、覇王はかなり憂鬱な気分であった。いや、それだけではない。覇王もこんなところで戦ってはいるが、本心は別にあった。覇王も中学生最後の夏休みを、こんな場所で消費などしたくはないと考えていたのだ。
それもそのはず、木乃香のことを考えれば当然のことだった。木乃香はきっと、この夏で自分と遊びたかったのではないかと、覇王は常々思っていた。覇王もそれは同じであり、正直言えば転生者狩りなどしたくはないのである。
それでも覇王が転生者狩りを行うのは、やはり危険な転生者が再び増えていることを考えてだ。さらに言えば、原作最大のイベントである、魔法世界消滅の危機ということもあった。このまま危険な転生者を野ざらしにしておけば、悪さをしかねないと覇王は思ったのである。
「やれやれ……、ここで不穏分子を排除しておかないと……」
故に、覇王は自分の気持ちを押さえ、あえてこの地で戦いに挑んでいた。また、状助から聞かされたことだが、どうやら木乃香たちも、この魔法世界に足を踏み入れる可能性があると言うではないか。それを踏まえれば、危険な転生者など減らしておくに越したことはない。覇王はそう考えながら憂鬱な気分を我慢して、転生者狩りを行っていたのだ。
だが、そうやって覇王がのんびりしている暇はなさそうだ。ため息をつきながら危険な転生者のことで呆れているところに、なんとまたしても別の転生者が現れたのだ。
「おい、テメェも転生者だな? オレの邪魔をするんだったら容赦しねぇぞ!!」
「……またか……。何かもう疲れてきたよ……」
「なんだとテメェ!? 調子乗ってんなよ!」
今度は金髪のイケメンのように見える青年が、覇王に喧嘩を売ってきた。この青年も覇王を見て転生者だと理解したようで、とても攻撃的な様子を見せていた。そんな青年をくだらないものを見る感じで、再びため息をつく覇王。その覇王の様子に青年はキレたのか、すかさず握っていた剣で攻撃を仕掛けたのだ。
「僕は今機嫌が悪いんだ、早々に滅びてくれないかな」
「ほざけぇー!」
「……
「ホアアアアホアアアアアアァァァァッッ!!!!???」
しかし、覇王はそんなヤツなど眼中になかった。むしろ、休むことなく次々に現れる転生者に嫌気が差し、非常にイライラしていた。故に、目の前の青年を見下ろしながら、即座にその青年を
「……まったく、困った連中だな……」
覇王は完全に疲れた顔で、おなじみの特典抜きを行った。こんな連中を相手にしているのは確かに自分で決めたことだ。転生神とやらの命令に素直にしがたい実行している面もあるが、やはり自分の意思で転生者狩りを行っている部分もあった。ただ、それでもこのような連中の相手はいささか疲れを感じるというものだ。
まあ、そんなことを言ったところで、自分も奴らと同じ転生者であり、愚かな人間の一人であることも重々理解していた。転生神とやらから特典を貰った時点で、相手にしている連中と差がないことぐらい承知なのだ。それでも覇王は自らの力を自慢したりすることなく、秩序を重んじて行動しているので、危険な転生者とは大きく異なるのである。
そして覇王はくだらないと思いつつも、再び別の敵を探しに空へと飛び去っていくのだった。
…… …… ……
また、覇王とは別の場所でも、アレな転生者が何者かに戦いを挑んでいた。山に囲まれた美しいところであったが、とても不穏な空気が流れていた。何故なら、自信満々の様子で目の前の少年を嘲笑いながら、ジリジリと近づく転生者がいたからだ。
「クックックッ、見つけたぜぇ?」
「……」
そして、その転生者の目の前に居る白髪の少年は、明らかにフェイトであった。ただ、転生者を見てもさほど気にした様子もなく、無言で立ち尽くしているのみであった。
「テメェをここでぶっ殺せば、後々楽になるからなー」
「…………」
転生者はやはりフェイトを狙って現れたようだ。ここでフェイトを倒せば、後のイベントが楽になるからだ。それに、自分が魔法世界へ来るであろうネギパーティに乱入し、かっこつけれるからだ。だが、やはりフェイトは横でべらべらとしゃべる転生者に無関心であった。
「しっかし、テメェ従者はどうした? 一緒じゃねぇのか?」
「……」
「答えろよ!」
そこで転生者はふと気がついたことを言葉にした。”原作では五人いた”フェイトの従者の少女たちのことだ。ただ、
しかし、フェイトはその転生者の問いすらも無視し黙っていた。それを見た転生者は流石に頭にきたのか、どこに居るかを問い詰めようと大声を発したのである。
「……」
「チッ! 何か言えっつーんだよ! 見下してんじゃねーぞ?!」
「…………」
だが、やはりフェイトは無言。何も言わず、転生者を冷たい視線で眺めるだけ。その態度に転生者は完全にキレ、怒りの声を叫んでいた。それでもやはりフェイトは何も言わず、ただただ静かに立ち尽くし、転生者を見ているだけであった。
「あぁー、わかった。俺の強さを目の前にして言葉もでねぇんだな? そうだろ?」
「……」
「だったら今すぐ死んでくれや!!」
すると転生者は突然意味のわからないことを言い出した。目の前のフェイトが黙っているのは、自分が強すぎるが故に恐怖しているからだと。実際そんなはずはないのだが、やはり転生者は自分の特典にそれほどの自信を持っているのである。
そんな挑発的なことを聞いてもなお、フェイトは黙っていた。それに痺れを切らせた転生者は、ここに来て攻撃を開始したのだ。ご自慢の特典と手に持った剣で、フェイトの首を奪いに出たのだ。
「なっ! がっ……!?」
「……ふん」
そのはずだった。だが、気がつけば転生者の懐に、すでに忍び込んだフェイトがいた。いや、違う。
すると黒い霧が晴れた部分から、フルフェイスの黒い鎧の男が現れた。そう、このフェイトは黒い鎧の騎士が化けた偽者だったのだ。そして、その黒騎士の握っていた剣の柄が、すでに転生者の腹部に深々と突き刺さり、転生者の口からは真っ赤な鮮血が噴出していた。
「テメェ……、その鎧……は……、まさ……か…………、ガフッ……」
「目当ての相手ではなくて、残念だったな」
なんという見事な瞬動術。完全に不意をつかれた形となった転生者は、鳩尾に衝撃を受け金魚のように口をパクパクさせていた。また、フェイトだと思っていた黒騎士を見て、その能力を理解し、苦しそうにそれを言葉にした後、完全に意識を手放した。
黒騎士はそれを聞いて、静かに口を開いた。狙ったハズの
……この黒騎士、フェイトの従者となったランスローと言う男だ。ランスローの神から貰った
その出典作品ではバーサーカー故に一定の条件下でなければ行えなかったことも、第二の
「……しかし、敵を釣るためとは言え、我が主の姿を借りているのはあまり良い気分ではないな……」
ただ、ランスローとて好きでフェイトの姿を借りていた訳ではない。何せランスローも光に集まる羽虫のごとくフェイトに集まる転生者の一人だった。はっきり言えば強い罪悪感を感じているのである。それでもフェイトがそうすればよいと言ったので、ランスローはそれを実行しているのだ。
「だが、これから大変なことになる……。こやつらのような存在が居ては、皇帝陛下の計画に支障が出かねん……」
さらに、こういった転生者は近い未来脅威となりえる。何せもうすぐ皇帝がある計画を発動させようとしているからだ。ならば、障害は取り除くが自然のこと。ランスローは色々考え、こうやって転生者をおびき出し、倒しているのである。
「さて、こやつをこの”牢屋”に放り込むとしよう」
するとランスローはどこからか、小さな金魚蜂のようなものを取り出した。それに気絶した転生者の手を置くと、なんと金魚蜂の中に吸い込まれていったのである。これこそがランスローが言葉にした”牢屋”。エヴァンジェリンの別荘であるダイオラマ魔法球をコンパクトにしたようなものだったのである。
「いやはや、まったくもって便利なものだな……」
”牢屋”の機能を見て中々便利だと思うランスロー。この”牢屋”は皇帝が作り出したもので、協力者に配られているものの一つでもあった。転生者は基本的に強力な特典を持っており、それを何とかするのではなく一時的に隔離するのが目的のものだ。と言うのも、覇王のように転生者の特典を引き抜けるものは、ほとんどいないからである。
「剣さん、大丈夫でした?」
「ああ、問題なく終わりました、ありがとう栞殿」
戦いが終わったところで、一人のフェイトの従者である栞がひょっこり現れた。どうやら戦いの最中は遠くで隠れながら、その様子を伺っていたようだ。そして、戦いが終わったのを察し、ランスローのところへ顔を見せたのである。また、ランスローも栞に心配されたことに、フルフェイスの兜をはずし、安心させるような笑みで礼を述べていた。
さらに、ランスローはフェイトの従者となった時、”剣”と言う名を与えられていた。フェイトの従者はみな漢字一文字の二つ名で呼ばれており、このランスローも例外ではなかったのだ。
「あなたは強いですね……」
「強くなるための要素を”頂いた”からですよ……」
「でも、それだけではないはずですよね?」
「ええ、我々の主、フェイト殿を打倒すべく、修行してきましたからな」
栞はランスローの戦いぶりを見て、とても強いと思った。ペラペラしゃべっていただけの転生者を相手にしただけだが、一撃でかたをつけたからだ。
だが、ランスローは、自分が強いのは神から与えられた特典のおかげであると思っている。転生者で強力な特典を貰ったのだから、強くて当たり前であると。
ただ、栞は”転生者”と言うものをよく知っていた。皇帝から説明を受けていたためだ。ならば、その”特典”を貰っただけで強いはずがないことも理解していたので、それ以外もあるはずだと考え、それを尋ねたのだ。
ランスローはその問いに、修行したからだと話した。何せ最初は強大な相手であるフェイトを倒すことを目標としていたのだ。中途半端な強さでは勝てないと考え、必死に実力を磨いてきたのである。
「あなたはどうして、フェイト様を狙ったんですか?」
「くだらない、小さな正義感でしょうかな。あの時フェイト殿へ申したとおり、世界を救うためですよ」
「……世界を、救うため……」
ならば、どうしてフェイトを狙ったのだろうか、栞はそう考え尋ねた。栞はランスローがフェイトを狙った理由を未だ知らなかったのだ。
するとランスローは空を見上げながら、昔を思い返すように静かに口を開いた。そう、ランスローは”原作知識”にてフェイトが強大な壁となることを知っていた。だからこそ、魔法世界消滅を阻止するため、戦おうと決意したと、恥じるように話したのである。また、それ自体をくだらない正義感だったと、自らを嘲笑していたのだった。
世界を救うため、そのためにフェイトを狙った。それを聞いた栞は、少し複雑な表情をしていた。何せフェイトを倒すことが世界を救うことに、どう繋がるかが理解できなかったからだ。
「そうです。現在は主であるが、昔はフェイト殿が絶対的な脅威となることを知っていたが故、消し去ろうと考えていたのですよ」
「そんなことが……」
「ですが、今は違いますがね」
「それはわかってますよ」
栞のその復唱した言葉に、ランスローは再び栞の方に顔を向け、そのとおりと話した。今はフェイトの仲間となったランスローだが、昔は倒さなければならない敵だとフェイトを認識していた。故に、あの時フェイトを襲い戦ったのだと、栞へと説明したのである。
ランスローは、あの時の行為を非常に恥じていた。考えが足りなかった、早計だったと。何せフェイトの姿を借りていれば、転生者たちが勝手に集まり戦いを挑んでくるのだ。この現状を見れば、いかに自分が愚かで浅はかで、身勝手だったのかが理解できてしまうと言うものだ。そのため、ランスローは過去の贖罪も含めて、フェイトの従者として剣を振るっているのである。
また、栞はその話を聞いて、ランスローが昔何を考えていたかをようやく理解したようだった。そして、その話で驚く栞へと、ランスローは今は違うと言葉にし、小さく笑って見せた。
確かに今話したとおり、昔はフェイトを倒すべき敵として認識していたランスロー。だが、今はその従者となっており、すでにそのような考えはなくなっていたのだ。栞もそのことについては重々承知であった。フェイトの従者となってからの、ランスローの行動を見ていれば明白だったからだ。なので栞は、そのことをランスローへと、微笑んで口にしたのだ。
「しかし、他のお二人のように、フェイト殿についておれらなくてもよいのですか?」
「フェイト様は強いお方ですし、それに剣さんのサポートも一人ぐらい居ないと悪いと思って……」
そこでランスローは栞へと、他にいるフェイトの従者二人のように、フェイトのところへ行かなくてもよいのかと尋ねた。ランスローは自分もフェイトの従者であり、自分のところについてくる必要はないと考えていたのだ。
しかし、栞はその逆だった。ランスローがフェイトの従者であるからこそ、仲間だからこそ放っておけないと思っていたのである。それに、フェイトも相当強い。あの二人が側に居れば問題ないとも思っていたのだ。
「心配はご無用、私はこの通り強力ですので、どんな敵だろうと、打ち砕いて見せましょう」
「でも、やっぱり従者同士ですし、一人にしておくことはできません」
「ありがたきお優しいお言葉」
ならば、心配する必要はない、何せ自分は転生者。どんな相手でも倒してみせると、かなり自信溢れる表情で強気の発言をするランスロー。ただ、それでもやはり心配だと話す栞は、やはり一人にはさせられないと自分の意見を述べたのだ。その栞の言葉にランスローは心を震わせ、深々と頭を下げて、再び礼を口にしたのだ。
「だが、私は一人で生きてきました故、一人でも問題ありませんよ」
「そんな……! 一人で寂しくないのですか?!」
「ふふ、寂しくないものなどおりませんでしょうな」
「だったら……!」
しかし、ランスローは昔からつねに一人だった。故に、一人は慣れていると話したのだ。栞はそんなさわやかに笑うランスローへ、寂しくないのかと問い詰めた。栞も昔は姉と二人で生活していた。そんな姉が死に瀕した時、かなりの不安を感じたことがあった。一人になるのは寂しい、嫌だ。栞はそう思ったので、ランスローへ声を大きくしてしまっていたのだ。
そこでランスローは、ふと笑って言葉にした。一人と言うのは確かに寂しい、それを感じないものはいないだろうと。つまり、ランスローとて一人が寂しくないと言う訳ではないということだった。ならば、どうして、栞はそう叫んだ。なんで一人になりたがっているのか、非常に疑問に思ったからだ。
「ですが、私はただの黒騎士。いや、今は主の一振りの剣であります」
ランスローはふと目を瞑り、それに答えた。黒い鎧を纏った騎士、そして、今は
「剣を振り、敵を倒す、……それだけが私です。そのような感情に振り回されはいたしません」
「……強いんですね……」
「ええ、先ほども言ったとおり、私は強い。いや、強く”生み出され”ていますので……」
それを聞いた栞はうつむき、一言ポツリとこぼした。横にいるこのランスローという男は、なんという強い人なんだろうかと、栞は思った。それは力だけではない。身も心も非常に強く、たくましい。そして、それが少し羨ましいと思った。
だが、ランスローは栞の言葉に、当然だと話した。それは自信や自惚れからくる言葉ではなかった。
ランスローは当然神から特典を貰った転生者である。その貰った特典があるからこそ、最初から強く生み出されたと思っているのだ。また、その特典の中に”無窮の武錬”と言うスキルがある。それによって、どのような精神的状況でも十全の戦闘能力が発揮できるのだ。しかし、彼の精神的な強さはそれとは関係なく、本人自身が元々強い心を持っているということでもあった。
「ですから、栞殿が心配なさる必要などございませんよ」
「そうは言いますけど、やはり心配です」
つまるところ、自分は強い、心配など不要だとランスローは言いたかったのだ。それでもやはり、心配だと考える栞。確かにランスローは強いが、それだけで心配しなくてもいいと言うことではないからだ。
「……あのフェイト様でさえ、命の危機を脅かされたこともありますから……」
「……やはりあなたは優しいお方だ」
それに、栞には懸念があった。あの竜の騎士のことだ。あれほどの強さを持った相手が再び現れれば、このランスローとて危険だと思ったのだ。何せ、強力な存在であるフェイトですら、かすり傷しか負わすことができなかった相手だ。はっきり言って、ランスローでも勝てるかどうかわからなかったのである。
そんな栞を見たランスローは、優しい娘だと心の奥底から思った。元々は敵だった自分を信用し、ここまで心配してくれるなど、普通に考えたらありえないと思っていたからだ。
「と言うのなら、そのような相手と戦闘するというのであれば、むしろ一人の方がいい……」
「それは……、私や他の二人が足手まといになるから、ですか……?」
「違いますよ」
ならばこそ、一人で戦った方が気が楽だと、ランスローはそう語った。栞はそれを自分が弱くて足手まといになるからだと考え、少し落ち込んだ様子を見せていた。しかし、ランスローはその栞の言葉を否定した。そう言う意味はないと。
「あなたや他のお二方も、良くやってくれています。とても感謝しております」
ランスローはフェイトの従者となった自分に色々教えてくれたり、仲間として迎えてくれた栞たちに心から感謝していた。彼女らの主であるフェイトと戦い傷つけたというのに、それを許してもらっただけでなく、同じ従者として受け入れてくれたからだ。
「故に、あなた方に何かあったら、私もフェイト殿も心苦しい」
そんな彼女たちに何かあったならば、自分もフェイトも後悔するだろう、ランスローはそう思っていた。それ故、そのような最悪な事態を考えて、沈痛な顔で静かにそれ話したのだ。
「で、あるからこそ、あなた方は安全な場所で見守っていてほしい、そう思っているだけです」
「……そうでしたか……」
だから、そうならないためにも、危険な相手と戦うのならば、安全な場所にいて欲しいと、ランスローは自分の意見を述べたのである。栞は先ほどのランスローの言葉を誤解していたことに気が付き、申し訳なさそうな様子を見せていた。
「ごめんなさい、なんか暗いことを言ってしまって……」
「気にしておりませんよ。それはフェイト殿を思ってのことであればこその悩みでしょうから」
栞は誤解からネガティブなことを言ってしまったことを、ランスローに謝った。しかし、ランスローはそんなことなど気にしてはいなかった。その悩みは従者として主の役に立ちたいと言う意思だと言うことを、理解していたからだ。
「別にフェイト様だけではなく、剣さんも含みますけど……」
「嬉しいことをおっしゃいますね」
だが、栞はフェイトだけでなく、横にいるランスローの役にも立ちたいと思っていた。それはやはり、転生者の戦いにおいては自分があまり役に立てないと思っているところからくるものだ。だから、栞はそれをランスローへ話すと、ランスローは笑みを見せ、感謝の言葉を述べていた。
「ですが、私のことはお構いなく。所詮はこの世界の異物たる存在」
それでもランスローは自分の心配や気配りは不要と言葉にした。何故なら、自分が転生者であり、そのように気を使われる資格すらないと思っているからだ。
「本来存在してはならない、在らざるもの。本来この地に立つことすら許されてはいないのですから……」
「そっ、そんな!」
特典を貰って転生などというおこがましいことをしてまで、この世界に生れ落ちたランスロー。普通ならば転生などという行為自体が許されざるものであり、この世界で生きることなど本来ならばあってはならないと、ランスローは常々思っていた。それを聞いた栞は、何でそんなことを言うのかと言った様子で、驚いた顔をしていた。
「そんなことはありません! たとえあなたが”転生した人”だとしても、生きる権利は絶対にあると思います!」
「……そうでしたな、いまさらどの口がそんなことを言う、と言ったところでした……」
「そ、そういう訳では……」
栞はランスローがどのような生まれであれ、生きる資格はあると叫んだ。この世界が魔法で作られ、自分も魔法で生み出された人形だとしても、生きる権利があると思っているからだ。
しかし、その考えすらも身勝手なことであるとも、ランスローは悩むんでいるのである。何せ特典を貰って転生させられた身であるのに、いまさらそんなことを言うなど情けないにも程があるからである。
転生などせず、そのまま昇天すればよかったものを、特典を貰って悠々と転生してしまった。その時点で、そんなことすら言う資格もないと、ランスローは深く後悔していたのだ。故に、いまさら何を言っても遅いと。自分はそこらへんで暴れているクズな転生者と差がないと、そうランスローは自嘲しながら話したのだ。
そんなランスローに、栞はそんなことを言いたかった訳ではないと、慌てながらに言葉にした。励ますつもりだったのが逆に落ち込ませてしまったと、栞は少し落ち込んでしまったのである。
「失礼した……。もうこの話はやめにして、主の下へ戻るとしましょう……」
「はっ、はい……」
落ち込んだ様子の栞を見たランスローは、しまったと思った。栞がそんなつもりで今の話をした訳ではないことぐらい、ランスローにはわかっていた。そのはずなのに、愚痴に近いようなことを述べてしまった。そのせいで、栞が落ち込んでしまったのは明白だ。
もうこの話はやめにしよう、ランスローはそう考え、気分を害した謝罪とともに、フェイトの下へ戻ろうと話した。栞も気を使われてしまったことを失態と思いながらも、ランスローがそう言うのであればと、その言葉に従ったのであった。
…… …… ……
同じく魔法世界、その緑が深い森の中にて、二人の男が歩いていた。皇帝の部下であるメトゥーナトと龍一郎だ。二人は危険な転生者を探しながら、それを倒している最中だった。これもまた、皇帝陛下の命令であった。しかし、メトゥーナトは腕を組みながら、なにやら悩んだ様子を見せていた。
「ふむ……」
「どうした?」
メトゥーナトは何かを考えながら、ふと唸っていた。一体どうしたのだろうか。龍一郎はメトゥーナトへそれを尋ねた。
「いや、何でもない」
「そうか? もしかしなくてもお姫様の心配でもしてたんじゃねぇのか?」
だが、メトゥーナトは何でもないと話すだけだった。が、明らかにそうではない様子に、龍一郎はもしやアスナの心配をしているのではと、ニヤリと笑って言葉にした。
「……まあな……」
「かーっ! 心配性だなテメーはよぉー!」
「当然だろう? 彼女はもっとも狙われやすい存在なのだからな」
龍一郎の言葉は図星だったようで、メトゥーナトは静かにそれを肯定した。そんな深刻そうな顔のメトゥーナトに、呆れた顔で叫ぶ龍一郎。ただ、メトゥーナトがアスナを心配するのは当然のことだった。アスナは黄昏の姫御子として、常に狙われている存在で、何かあるかもしれないと考え込んでしまうのである。
「そうは言うが、あの娘テメーのおかげか、ずば抜けて強いじゃねぇか」
「だが、それでも心配なのだ……。それが親心というものだろう?」
「まあ、わかるっちゃわかるがよ……」
とは言え、龍一郎はアスナの実力を認めており、心配する必要があるのか疑問に感じていた。何せメトゥーナトが鍛えに鍛えたアスナである。今も刹那と研鑽を積み、さらに実力を伸ばしているのだ。そんな彼女を考えれば、さほど心配する必要はないのではないかと、龍一郎は思っていた。
しかし、メトゥーナトもそのぐらいわかっていた。わかってはいるが、やはり心配なのが親心だと、そう言葉を漏らしたのだ。それを聞いた龍一郎は、確かにそれはわかると言った。龍一郎とて人の親だ。子が心配ではない親はいないだろうと思っているからである。
「でもよ、あの娘なら大丈夫だろ。きっと何かあっても乗り越えられるさ」
「フッ……、そうだな……」
それでも、龍一郎はアスナを高く買っていた。肉体的な強さや技術的な強さだけではない。決して曲がらない強い心も持ち合わせているという意味も含めてだ。あれだけ強い精神力があれば、どんなことがあろうとも諦めないだろう、折れないだろう。そう龍一郎は思っていたのだ。
メトゥーナトはそんな龍一郎の言葉に、ふっと小さく笑い、それをしっかり認めた。いや、メトゥーナトも最初から、龍一郎が言ったことなど全てわかっていたのである。
「……とは言え、こうも
「ハッキリ言えば多すぎる……。一体どこから湧いてくるのだろうか……」
ただ、龍一郎もこれだけ転生者がいれば、そうでなくても心配になると渋い顔で語った。転生者は”原作のイベント前”に発生しやすい存在だ。そういうルールの下で、転生者は発生するのだ。それ故、原作最大のイベント前とあって、かなりの数の転生者がその姿を現し始めたのだ。しかも、これは危険な転生者のみでの話だ。メトゥーナトも転生者の多さに、非常に参っていた。
「まっ、危険なヤツだけを倒せばいい訳だし、問題はねぇさ」
「まあ、そうだが……」
それでもまだ、すべての転生者を相手にする訳ではない。そこらで暴れている危険な転生者だけを倒せばいい。そうポジティブな考えを話す龍一郎と、それに釈然としない様子を見せるメトゥーナトだった。転生者とてすべてが危険な訳ではない。確かに自分の能力を過信し、それを使って暴れる転生者はとても目立つ。しかし、それ以外にも人の為になろうとする転生者や、自分達に協力する転生者が居ることも、龍一郎やメトゥーナトは知っていた。
「ところで龍一郎、もうすぐ子供たちが戻ってくるんだろう? ここにいていいのか?」
「なあに、あの二人は俺の仕事を理解してくれてる。
「そうか……」
メトゥーナトはそれはおいておくとして、龍一郎へ、その子供たちがこちらに戻ってくることに触れた。数多と焔の二人のことだ。あの二人が戻ってくるなら出迎えに行ってもよいのではないか、そう言いたかったのだ。だが、龍一郎はその必要はないと断じた。と言うのも、この仕事は昔からずっと行ってきたことだ。数多も焔もそれを理解してくれていると、龍一郎は信じているのだ。それを聞いたメトゥーナトは、愚問だったという顔をしていた。やはり聞く必要のない質問だったと思ったのである。
「んなことよりも、テメェの心配もしろよな?
「……貴様に言われずともわかっている……。むしろ、貴様こそ警戒が甘いのではないか?」
それよりも龍一郎は他人の心配の前に、自分の心配をしろとメトゥーナトへと言い放った。確かにそこらで暴れている転生者の大半は、さほど強くない連中だ。修練を怠り貰った力を振りかざし、偉そうにしているだけだ。それでも貰った能力によっては、かなり危険なものも存在する。故に、注意は必須だと龍一郎は言葉にしたのだ。
しかし、メトゥーナトもそんなことなど言われずともだった。逆に龍一郎の方が油断しているのではないかと、少し挑発するかのように忠告したのだ。
「あ? 俺が侮ってるって言うのか? あぁ?」
「そうだ。貴様はいつだってだらしがないからな。寝首を掻っ切られんように気をつけるべきだ」
「オイオイオイ、俺はいつだって本気だぜ? ナメたこと言うんじゃねぇよ」
だが、それが龍一郎の怒りに触れた。メトゥーナトにナメられたと思った龍一郎は、突如メトゥーナトの顔を下から見上げるように睨みつけ、威嚇し始めたのだ。完全に不良が行うメンチぎりである。そんな龍一郎に冷静にさらに忠告するメトゥーナト。これはいつものことなので、彼も慣れてしまっているのである。すると龍一郎はむかっ腹が立ったようで、頭に血管をピクピクと浮かせながら、ドスの聞いた声を静かに放ち出した。
「本当のことを言ったまでだ。その程度で頭にくるなら、自覚があるようだな?」
「ほう、そうか、喧嘩売ってんのか。そうか、すげーキレるぜその挑発はよぉー」
「そう捉えられてしまったか。ならばどうする?」
メトゥーナトはすごむ龍一郎へ、当然のことを言っているといった様子だった。もはや冷静そのもの、気にする様子などどこにもなかった。むしろ、さらに挑発するような言葉を発し、龍一郎を睨んでいるほどだった。龍一郎も完全にキレてしまったのか、拳を強く握り締め、今すぐにでも殴りかかりそうな状態となっていた。もはや一触即発な感じだというのに、メトゥーナトはさらに龍一郎を逆なでした。
「どうする? んな野暮なことを聞くか? 戦るに決まってんだろ?」
「やれやれ、血の気の多いヤツだ……」
「とか言う割りに、構えてんじゃねぇか!」
どうする?メトゥーナトはそう言った。かなり皮肉っぽくそう言った。ならば、簡単だ、戦うだけだ。こうなったら後は引けない。喧嘩あるのみだ。龍一郎はそれを当然だと言う風に、威圧的に口に出した。そんな龍一郎に肩をすくめ、やはりかと言う顔をするメトゥーナト。だが、そんなメトゥーナトも、すでに戦闘態勢であり、そこを龍一郎は鋭くつっこんだ。
「いいぜぇ! 久々のテメェとの喧嘩だ! やっぱ
「ふん、バトルジャンキーめ……」
すでにその気なら話は早い。やはりこうでなくてはならないと、龍一郎はククッと笑った。メトゥーナトが麻帆良へと行ってからは、ずっとこの気分をもてあましていた。久々の喧嘩というのも有り、龍一郎は怒りとは別に、とても気分を高ぶらせていたのだ。
メトゥーナトは今にも暴れだしそうな龍一郎に、呆れた顔を見せていた。が、メトゥーナトも久しく龍一郎と戦っていなかったことを寂しく思っていたので、この喧嘩は願ったりであった。その証拠に呆れた顔をしてはいるが、口元がつりあがっており、メトゥーナトもこの戦いを待ち望んでいたことが伺えた。
「今日こそどちらが上か、ハッキリさせてやるからよぉ!」
「なら簡単だ、わたしが上、貴様が下だ……!」
「ハッ! それはテメェが決めることじゃねぇぜ!」
そうだ、それなら今回の戦いで、どちらが強いかを決めようではないか。龍一郎はそう意気込み、大いに笑っていた。メトゥーナトと龍一郎は過去の戦いにおいて、全て引き分け。どちらも実力が同じで、互角だったのだ。
メトゥーナトもニヤリと笑いつつ、ならば龍一郎が下だと宣言した。つまり、それは自分の方が勝っていると言う自信に他ならなかったのだ。その宣言を嬉しそうに聞きながらも、それはありえないと談じる龍一郎。それでこそライバルだ、そうでなくては面白くないと、そう思っているのである。
「行くぞオラァ!」
「来るがいい……!」
という訳で、早速おっぱじめよう。龍一郎はそう考え、先手を打った。瞬動を用いた加速を使い、その拳をメトゥーナトの仮面に覆われた顔面へ向けて、解き放ったのだ。メトゥーナトもかかって来いと言わんばかりの様子で、その攻撃ををいなし、剣の柄を握り締め、鞘からすばやく引き抜いた。こうして二人の喧嘩が始まり、静かだった森は戦いの轟音が響き渡り騒々しくなってしまった。そして、この喧嘩が終わるまで、2時間は要したのであった。
…… …… ……
ここは魔法世界の荒野にある、簡易医療施設。そう、ギガントの部下である医療団体の施設だ。ここへギガントが半年ぶりに帰ってきたのである。
「久しぶりだな……」
「……ギガント様……!」
久々の帰還したギガントがまず顔を出したのは、従者であるブリジットの下だった。そう、原作ではフェイトの従者であり、調と呼ばれていた少女だ。そのギガントの従者であるブリジットは、非常に嬉しそうな表情をしながら飛びつきそうな勢いで、ギガントの近くへ走ってきたのである。
「うむ、今戻った。随分と空けてしまってすまなかったな」
「いえ、それも任務故のことですので……」
堂々たる凱旋なのだが、ギガントはむしろこの場を離れていたことを、ブリジットへと謝った。しかし、ブリジットはギガントが皇帝の任務として出向いたことを理解しており、まったく気にはしていなかった。
「すまんが早速状況を教えておくれ」
「はい、現在例のものたちが、再び活発に事を起こしており、多少なりに混乱が生じております」
そして、一通り挨拶が済んだところで、ギガントは現在のこの場の状況をブリジットへ尋ねた。ブリジットもギガントの言葉を聞き、すぐさま真剣な表情となり、現在抱えている問題を話した。それはやはり暴れる転生者による行動により、色々と被害が出始めているということだった。
「そのせいで、怪我人が続出しており、我々も手一杯な状況となっております……」
「ふむ……」
また、そのせいでかなりの怪我人が出ており、その治療だけで手いっぱいの状況だった。このままではまずい。ギガントはそれを聞いて、顎を撫でながらどうするかを模索していた。
「いかがいたしましょうか……?」
「よし、広範囲による治癒魔法の儀式を行おう」
「……はい」
深刻そうな表情で思考するギガントへ、ブリジットは不安を感じながらどうするのかを尋ねた。ギガントはその問いに、すぐさま答えるかのように言葉を発した。この状況を打破するための秘策、それは広範囲に及ぶ治癒の儀式魔法を行うというものだった。その案を聞いたブリジットは、静かにこうべをたれ、その指示に従った。
「さて、早速取り掛かろうか」
「承知しました……」
そして、この魔法は儀式魔法であり、一人二人では行えない。人数を確保しなければならないのだ。故に、すぐさま人を集めて取り掛かろうと、ギガントはゆっくりと歩き出した。それについて行くように、ブリジットも歩み寄るのだった。
…… …… ……
魔法世界の海の上、そのさらに雲の上に浮かぶ巨大な大陸。それこそがアルカディア帝国だ。今はすでに日も落ち、あたりは暗くなっていた。ただ、都市部などは光が点々としており、人々が生活していることが伺えた。その中央にある都市のさらに中央、そこにあるアルカディア城の一室にて、一組の男女が会話をしていた。
「あの、フェイトさん……、少しお時間よろしいですか?」
「? 構わないよ」
「ありがとうございます」
それは栞の姉とフェイトだった。夜と言うこともあり、そろそろ休もうと思っていたフェイト。そこへ栞の姉が話しかけ、誘いの言葉をかけたのだ。フェイトはその誘いになんだろうかと思いながらも、特に気にする様子も無くすんなりと承諾した。そんなフェイトへとニコリと笑い、栞の姉は礼を述べると、とある場所へフェイトを案内したのである。
「夜風が気持ちいい……」
そこは城の一角にある石造りのテラスであった。そっとそこへ足を踏み入れ、夜風に当たる栞の姉。その風でなびく風を手で押さえながら、心地よい気分を味わっていた。
「綺麗でしょう? ここからは都市全体が見渡せるんですよ」
「確かに美しい光景だ」
そして栞の姉は、後ろで待機していたフェイトへと振り向き、そこから見える美しい夜景を自慢するように見せた。この場所からは都市アルカドゥスを見渡すことができ、その眼下には綺麗に光る町並みがうかがえたのだ。フェイトもそれを見ると、率直に感想を述べた。確かに、ここから見る夜の都市はとても美しかった。
「ここは私の一番お気に入りの場所なんです。どうでしょうか?」
「うん、本当にいい場所だ」
「フェイトさんにも気に入ってもらえて嬉しいです」
栞の姉はあたたかな笑みを見せながら、ここが一番好きな場所だと話した。この美しい夜景を見たくなるたびに、栞の姉はここへと訪れていたのだ。フェイトもその夜景や肌を優しくなでる夜風に、とても良い場所だと言葉にした。それを聞いた栞の姉は、さらに満面の笑顔を見せ、そのことを喜んだのだった。
「最近忙しそうにしてますが、何かあったんですか?」
「特に何もないよ。ただ、少し騒がしくなっただけだよ」
「……そうですか」
そこで栞の姉は、フェイトへ一つの疑問を打ち明けた。それは最近フェイトがせわしない様子を見せていたことだ。と言うのも、フェイトも転生者の捕獲などや、その被害にあった町の復興などを手伝ったりしており、それにより忙しそうにしていたのだ。
ただ、フェイトはそれを言おうとは思わず、少し忙しくなったとだけ話した。栞の姉はその答えに妙な感じを受けたが、あえてそれ以上は聞かなかった。
「皇帝陛下もここのところ、ずっと忙しそうでしたし、何かあったのではと思ったんですが……」
「そういえば最近、皇帝の姿を見てないね」
「はい、皇帝陛下も色々と大変そうでした」
「……そうか……」
栞の姉がそんな質問を唐突にしたのには理由があった。あの皇帝陛下すら、最近一人で忙しそうに動いていた。なので、何かあったのかもしれないと思っていたのである。また、フェイトも最近めっきり姿を見せない皇帝のことは気にかかっていた。
あれだけちょっかいだしてきた皇帝が、顔すら見せなくなったのだ。大体のことは予想をつけているフェイトだったが、やはり気になることでもあったのだ。そして、栞の姉も皇帝があれこれ動いていたのを知っていたので、フェイトへとそれを告げれば、フェイトは少し考える様子を見せながら、一言だけ言葉を述べた。
「……」
「……」
すると、栞の姉も静かになり、なにやら考える様子を見せていた。二人は夜空の星に照らされながらも、何も語らずに無言となってしまったのである。
「……私はフェイトさんに言いたいことがあります」
「何かな……?」
だが、その静かな時間を打ち破るように、決意した声を出す栞の姉。フェイトもその声に多少何かを感じたが、普段通りの冷静な態度で、何が言いたいのかと尋ねていた。
「……その……、フェイトさん」
栞の姉は自分の手の指をいじりながら、気がつけば顔を真っ赤に染めていた。そして、何かを言いたそうに俯きながら、モジモジと迷っているような態度を見せていた。しかし、その数秒後、意を決したのか、深呼吸をして冷静さを取り戻すと、はっきりとした声で伝えたかった言葉を発したのだ。
「……私は、フェイトさんが……、あなたのことが好きです……!」
「……」
それはなんと、告白だった。もはや外に漏れそうな鼓動と破裂しそうな心臓を押さえながら、栞の姉は勇気を振り絞ってフェイトへと告白したのだ。フェイトも突然のことで何を言われたか理解が追いつかず、普段の凍りついた表情は砕け、驚いた顔をしていた。
「……ずっと、ずっと前から言おうと思ってました……」
再び夜風が二人を包む。それによって栞の姉の髪があおられ、肌を撫でるように流れた。そう、栞の姉は昔から、このことをフェイトへ伝えたかった。それをずっと胸に秘めて、今日まで過ごしてきたのだ。
「でも、中々言い出せなくて……」
しかし、それを言い出す勇気も機会も中々無かった。そのため、その想いをしまったまま、ずっと過ごしてきたのである。それを俯きつつ、恥ずかしげに語る栞の姉。フェイトはそれを静かに聞いているだけだった。
「それでも、今ここで言っておかないと、もう言えないかもしれないって思って……」
「……そうか……」
また、なにやら色々なことが動いていることを察した栞の姉は、ここでしっかりと言っておかなければ、もう二度とその機会が訪れないかもしれないと思ったのだ。故に、ここで自分の気持ちに区切りをつけるために、こうしてフェイトへと告白したのだ。少しばかり自分の気持ちを押し付ける形となってしまったことを思い、栞の姉は苦笑しながらそれを話した。フェイトもそれを聞いて、静かにそれを理解した。そうだったのかと、栞の姉の気持ちを受け止めていたのだ。
「……」
「……」
そして、再び二人は無言となった。栞の姉は、今の告白の返事を今か今かと待っていた。しかし、フェイトは難しい顔のまま、ずっと黙ったままだった。無言の時間だけが静かに過ぎ去り、聞こえてくる音と言えば、ゆるやかに吹く風の音だけであった。
「……悪いけど、今はまだ、それに応えることはできない……」
「……」
数秒か数分か、栞の姉にはどのぐらい時間が経ったかわからなかったが、そこでようやくフェイトが重い口を開いた。だが、その答えはまだ答えられないと言う、保留の言葉だったのだ。それでも栞の姉は表情を変えず、ずっと静かにフェイトの話に耳を傾けていた。
「……まだ、やらないとならないことがある」
「……そうですか……」
「すまない……」
フェイトはまだ終わらぬ魔法世界の危機を危惧していた。故に、それが終わるまでは返事を返すことはできないと思ったのだ。だから、まだやることがあるとだけ、申し訳なさそうに話したのである。
栞の姉はフェイトの言葉を聞いて、少しだけだが落ち込んだ様子を見せた。それを見たフェイトは、小さく頭を下げて答えられないことを謝っていた。
「ふふ……、フェイトさんならそう言うと思ってました」
「それはどういう……?」
そんなフェイトの謝罪に、栞の姉はクスリと笑って見せた。苦笑ではなく、フェイトのその真摯な態度を嬉しく思ったからだ。また、栞の姉はこうなるのではないかと、うすうす気が付いていた。なので、大きく落ち込むようなことはなかったのだ。
ただ、フェイトは栞の姉の態度に釈然としない様子を見せていた。自分が返事を返せなかったのに、栞の姉は平気そうな顔を見せていたからだ。
「だって、最近のフェイトさん、すごい深刻な顔ばかりなんですもの」
「……そうだったかな……?」
と言うのも、栞の姉は最近のフェイトが深刻な顔ばかりしているのを知っていた。あまり表情のないフェイトであったが、流石に悩む様子ばかり見せていれば、わかるというものだ。
そして、フェイトはやはり悩んでいた。当然それは魔法世界崩壊のことだ。本当に魔法世界を温存して維持できるのだろうか、造物主との戦いは終わるのだろうか。ずっとそればかりを考えていたが、未だ答えは出ないまま、今も悩んでいるのである。
だが、一番悩んでいること、それは目の前の彼女がずっと側にいてくれるだろうか、ということだった。魔法世界が消滅すれば、当然彼女もいなくなってしまう。そうならないために皇帝が何かをしているのだが、それでも不安はぬぐえなかったのだ。
「何を思いつめているかはわかりませんが、たまにはリラックスも必要ですよ?」
「……そうだね……、確かに最近は色々考えてばかりだった……」
「やっぱりそうだったんですね」
そんな苦悩するフェイトへと、栞の姉は笑いかけてたしなめた。ずっと悩んでばかりいないで、たまには羽を伸ばすことも忘れないようにと。
フェイトもその言葉に同意し、確かにずっと悩みっぱなしだったと反省した。いままでの苦慮していた自分の姿で、栞の姉に心配かけてしまったと思い、悪いことをしたとフェイトは思ったのである。
また、栞の姉もそうだと思ったと言わんばかりの様子を見せていた。たびたび見せる腕を組んで深慮する姿に、何か大きな悩みがあるのではないかと考えていたのだ。
「……今の返事、フェイトさんの悩みが解決してからでいいんで、ちゃんと返してくださいね?」
「……わかった、約束しよう」
「絶対ですよ?」
「絶対に守るよ」
栞の姉はフェイトへ、今すぐ返事が欲しい訳ではないと話した。フェイトの悩みが解消したその後で、しっかりと答えを聞かせてくれればそれでよいと、やらかな笑顔でそう言ったのだ。フェイトもならば約束すると、はっきりと、力強く断言した。絶対に約束を守ると、いや、守ってみせると言う意思を見せたのだ。
「ならいいです。絶対ですからね?」
「わかってる、必ず返事を返すよ。二言はない」
それならもう何も言うことはない。どちらの答えにせよ、ちゃんと返事がもらえるならば、それでいいと栞の姉は思った。そして、フェイトも栞の姉に再びそれを聞かれれば、二言はないと言葉にしながら、微細な笑みを見せていたのだ。
「……ごめんなさいね、時間を取らせてしまって……」
「いや……」
栞の姉はそこで、こんな夜に、このような場所まで来てもらって申し訳ないと話した。フェイトは謝る栞の姉へ、気にしていないという声を出した。久々に心安らぐ時間であったし、彼女の気持ちもわかったのだ。何も気にすることなど彼にはないのである。
「では、また明日会いましょう! おやすみなさい!」
「うん、おやすみ……」
また、もう休む時間だったのを、無理を言って付き合ってもらったのを思い出した栞の姉は、これで解散しようと考えた。なので、また明日と笑顔で話し、おやすみの挨拶を述べてそのまま立ち去っていった。フェイトも返事を返し、手を振って彼女が去るのを見送ったのだった。
「……」
フェイトは栞の姉の姿が見えなくなった後、そこから再び夜に輝く都市の明かりを眺めていた。表情は無く、言葉も無く、ただただ、景色を眺めていた。ただ、その心中は非常に複雑であり、彼女への答えや魔法世界の未来などを考えていたのだった。しかし、そんなフェイトの横に、気がつけば一人の男が立っていた。
「よう、久々だな。元気でやってたか?」
「皇帝か……。今のを見てたのかい?」
「いんや? 今来たばかりさ」
それは皇帝だった。皇帝も都市の夜景を眺めながらも、フェイトへと声をかけていた。また、フェイトもいつの間にか現れた皇帝を気にすることなく、むしろ今の彼女とのやり取りをどこかで見ていたのかと質問したのだ。だが、皇帝はそんなことはしていないと言葉にし、さらには今ここに現れたばかりだと、ニヤリと笑って答えていた。
「それに、そこまで野暮じゃねぇよ」
「そう……」
さらに皇帝は、流石にそこまでするほど悪趣味ではないと言葉を投げた。ただ、昔から皇帝は色々と覗き見ていたりしていたので、フェイトもその部分だけは信用しづらい様子だった。まあ、それでも皇帝がそういうのであれば、そうなんだろうとも思ったようだ。
「……そういえば、最近あなたの顔を見てなかったね」
「まぁなー、ちっとばかし忙しかったもんでよ」
「やはり、例の”計画”のことでか……?」
「おうよ」
そこでフェイトは、最近姿を見てなかったことを首の向きを変えずに、皇帝へと尋ねた。皇帝はその答えに顎を指でかきながら、目線だけをフェイトへ向けて、忙しかったと語り笑っていた。
フェイトはそれを聞いて、皇帝が言っていた計画と言うものを思い出した。だが、フェイトはその計画それ自体は説明されていなかったので、その計画と言う言葉だけを出したのである。皇帝も計画と聞いて、それであっていると断言した。そう、皇帝は魔法世界存続の為に、ひたすら走り回っていたのである。
「……なら、その、”計画”は順調なのかい?」
「当然よ! 心配するこたぁーねぇさ」
ならば、その計画は問題なく進んでいるのだろうか、フェイトはそれを皇帝へと尋ねた。すると皇帝はニヤリと笑いながら、問題なんて何一つ存在しないと、胸を張って豪語したではないか。
「だからよ、おめーは安心して彼女と乳繰り合ってりゃいいんだよ」
「……そうしたいのも山々だけど、そうも言ってられないものだよ」
「おいおい、そんなんじゃ彼女がカワイソーだろ!?」
故に、何も気にせずいればいい、栞の姉といちゃついてればいいと、皇帝は面白おかしく言ったのだ。フェイトもそうしたいと言葉にし、その事実を認めた。しかし、やはり今の状況では、それはまだできないと考えていた。そんなフェイトを見て肩をすくめる皇帝。まったくもって気にするなと言うのに、何をいまさら気にすることがあるのかと、皇帝は思ったのである。
「おめーと彼女はもう付き合って結構なげーだろ? そろそろ身を固めちまってもいいんじゃねぇと俺は思うんだがなぁ」
「……そうかもしれない……」
「だろ? そーだろ? そー思うだろ?」
皇帝はフェイトと栞の姉がもうかれこれ付き合って長いことを思い出し、もうゴールインしてもいいだろうと冗談交じりで話した。このフェイトと栞の二人、かれこれ10年ぐらい付き合ってるのだが、未だに仮契約以外のキスはなく、なんとも寂しい状況だ。それじゃダメだろうと思う皇帝は、もう少し頑張れよと常々考えているのだ。
ただ、フェイト自身もその考えに否定的ではない様子で、静かにそれを言葉にした。ならば、それでいいだろう、そうしちまえ、皇帝はしきりに何度もそう言った。その暁には盛大に祝ってやるから、さっさとくっついちまえ、そう皇帝は思っているのである。
「だけど、今はまだできない」
「……ほう?」
しかし、フェイトはやはりまだそれはできないと、静かに口に出した。その雰囲気を察した皇帝は、何で? と言う顔ではなく、むしろ関心した表情を見せていた。
「あなたの”計画”が終わるまでは……、それまでは……」
「ハァ……、お堅いねぇ……。」
何度もフェイトはそれを考えた、皇帝の計画が終わるまでは、魔法世界の存亡に決着が付くまでは、彼女と正式に付き合うことはしないと。それが彼なりのけじめだった。それを見届けるまでは彼女とは一緒にならない、なれないと考えていたのだ。
そんなフェイトへと小さくため息をつく皇帝。なんという石頭なんだろうか、地のアーウェルンクスで石を得意としているだけでなく、頭まで石だったとはと、少し呆れたのである。
「まっ、おめーにも色々思うところがあんだろ」
「……まあね……」
ただ、皇帝はフェイトの心中を察し、色々考えているのだろうと語った。何せ竜の騎士も原因の一つなんだろうが、生みの親である造物主を裏切った形でここにいるのだ。それに、魔法世界が消えてしまえば、最愛の彼女がいなくなってしまう。そんな不安がなくはないのだろうと、皇帝も考えていたのだ。また、フェイトも皇帝の考えを知ってか知らずか、静かにそれを肯定した。
「はぁ、やっぱ頭かてーなーおめー」
「先ほど彼女から、似たようなことを言われたよ」
「ハッハッハッ! そうかいそうかい!」
いやはや、やはりこのフェイト少年は頭が固い。今の態度でよくわかった。皇帝はそう苦笑するかのように話せば、フェイトもさっきの栞の姉とのやり取りを思い出し、それを言葉にした。悩みすぎるのはよくない、リラックスするべきと、栞の姉から言われたことだ。それを聞いた皇帝は、非常に愉快そうに笑いながら、そうかそうかと頷いていた。既に彼女に言われているなら、いまさらだったと思ったのである。
「だがまぁ、心配なんて必要ねぇさ。もうすぐ全てが丸く収まる」
「……その言葉、信じているよ」
そこで皇帝ははっきりと、そんな心配はいらないと豪語した。自分の計画は順調であり、きっとうまくいくと確信しているからだ。フェイトもまた、皇帝のことを信じ、その成功を願っていた。
「クックッ……、任せておけ! おめーも、おめーの彼女も、この世界も、全部救ってやる」
「頼んだよ……」
「言われずともな!」
だから、全てきっちり解決するから安心しておけと。お前もお前の大事なものも、全部まとめて救ってやると、皇帝は不敵に笑ってそう言った。フェイトはそんな皇帝へ顔を向け、ならば全て任せたと言葉にしていた。そして皇帝はそのフェイトの頼みを、そんなことは言われなくてもわかっていると笑っていた。頼まれなくても勝手にやる、言われなくても好きにさせてもらう、皇帝はそう思っていたからである。
そんな会話の後、気が付けば皇帝はまたしても姿を消していた。それを見たフェイトは、とりあえず城に設けられた自室へ戻ろうと考えた。また、今の会話で肩の荷が少し下り、気が楽になったことに気が付いたようであった。