理想郷の皇帝とその仲間たち   作:海豹のごま

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やはりゴールデンは最高(ゴールデン)だった


百十二話 名前とお祭り

 麻帆良女子中等部、その中にある学園長室にて、学園長は目の前に提出された一枚の用紙を眺めていた。それはクラブ新設の要請書であった。また、それを提出したカギも、学園長の座る席の前で、クラブ新設の許可を待っていたのである。

 

 

「ほう、英国文化研究倶楽部か」

 

「おう」

 

「ふむ……」

 

 

 学園長は用紙に書いてある、クラブ活動の内容に目を通してそれを言葉にした。英国文化研究倶楽部。カギが魔法世界へ行くための建前で作ったクラブの活動内容だ。カギは学園長の言葉に、普段どおり態度の悪い返事で、それを返した。ただ、昔のような刺々しさはなく、単純に口が悪いだけになっていた。

 

 そんなことよりも学園長は、カギがどういう意図でこのクラブを設立しようとしているかを考えた。英国、イギリスはカギのふるさとであり、カギ自らが調べる必要のないものだ。また、それを生徒に教えたり一緒になって調べるほど、カギは教育熱心でもなければそのような殊勝さもない。であれば、目的は他のところにあるのだと、学園長はすぐにわかった。カギはきっと、複数の人数でイギリスへ行きたいのだと。また、イギリスへ行って何かをしたいのだと。

 

 ただ、すでにエヴァンジェリンから、こっそりと報告を貰っていた学園長は、そのこともすでに理解していた。カギとその弟のネギは、従者たちをつれて魔法世界へ行こうとしているということだ。そして、それを率先しているのは、やはり目の前のカギ。

 

 ならば、どうしするべきだろうかと、学園長は白く長い髭をなでながら考えた。このまま魔法世界へ行かせてしまってもようものだろうか。本当に大丈夫なのだろうかと、少し心配になったのだ。まあ、あのカギが率先しているのだから、学園長も心配してしまうのもやむなしと言うことだろう。

 

 とは言え、魔法世界とて本国メガロメセンブリアならば、危険などないに等しいだろう。それに、あのエヴァンジェリンが同行すると言うことも聞かされていたし、魔法世界にはギガントやメトゥーナトがいるはずだ。彼らならば必ずやカギたちをサポートしてくれると考えた学園長は、その結論を出したのであった。

 

 

「許可よーそろー」

 

「可愛い子には旅させろと言うしのう……。よかろう、認可じゃ!」

 

「シャァッ! アザーッスッ!!!」

 

 

 カギはいまだ結論を出さぬ学園長に痺れを切らせたのか、軽口ながら許可を催促することを言葉にした。それを聞いた学園長は、再び髭をなでながら、問題ないだろうと思い許可を口にし、認可の判子をその用紙へと押したのである。カギは学園長の許可を聞き、ガッツポーズをして見せた後、非常に愉快そうな様子で彼なりの礼を述べたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 と、言ういきさつがあったと、小さい体の胸を張って豪語するのは、やはりカギ。これにて英国研究クラブは学園長に認可され正式なものとなったと、集めた魔法を知っているいつものメンバーに、いつものエヴァンジェリンの別荘内にて説明していた。

 

 

「というワケで俺のクラブは認可された!」

 

「いつの間に……」

 

 

 気がつけば認可されていたこのクラブ。まったくもってそういうところだけは手が早い。そう考えて少し呆れた顔をする夕映は、ふんぞり返るカギに普段もそのぐらいの行動力があればよいのにと思っていた。

 

 

「これで私たちもイギリスに行けますね」

 

「やったじゃん!」

 

「そうだろ? そうとも! もっと褒めろ!」

 

 

 のどかは正式なクラブとなったことで、イギリスへ行くための準備は出来たと思い、喜んだ様子を見せていた。また、カギに対してグッドグッドと叫ぶハルナ。カギもやれば出来るもんだと思いながら、目の前でえらそうにするカギを褒め称えていたのだ。そして、褒められて喜ぶカギは、さらに褒めろと大きく笑っていた。サルもおだてりゃなんとやらである。

 

 

「ゴホン。さて、名無しのクラブだがこれで今後の情報収集、国内外での活動にて大きなアドバンテージを得た!」

 

 

 そこでカギは仕切りなおして、突如真面目に演説を始めた。とりあえず誰もがその場は静かとなり、カギの演説に耳を傾け始めてたのだ。

 

 

「よって、ここに宣言しよう! 我がクラブ活動を開始することを!!」

 

「おー!」

 

「それはよかったです」

 

「うん」

 

 

 そして、カギはクラブ活動を行うことをここに大きな声で宣言した。また、ハルナ、夕映、のどかの三人は、それに賛同するかのような黄色い声を出して喜んでいた。

 

 

「こう見ると結構魔法知ってる人多いんだねぇ~」

 

「確かに、多いと言わざるを得ませんね……」

 

「す、すいません……」

 

「いや、貴様が謝る必要はないだろう……」

 

 

 そんなテンションをあげる四人の近くで、手にカメラを握り締めつつ、魔法のことを知ってる人が多いことをのんきに話す和美がいた。さらにその横には、当然のように立つマタムネが、いやまったくと言った感じに和美の言葉に反応していたのだった。

 

 それを聞いたネギが、なんだか申し訳ない気持ちになったようで、頭を下げて謝っていた。何せ魔法は隠蔽するものだというのに、ここまで魔法を知る人が増えてしまったからである。ただ、それはネギの責任ではなく、実際はカギやあのビフォアが悪い。よって、ネギにはまったく罪はないのだ。そのことを呆れた感じでエヴァンジェリンが、ネギへと言葉にしていた。

 

 

「とは言え、本当に大丈夫なの? 兄さん……」

 

「俺に問題はない!」

 

「それならいいけど……」

 

 

 そこで気を取り直したネギは、カギへと大丈夫なのかと質問していた。このメンバーでイギリス、ひいては魔法世界へと行くのだ。色々と不安要素は山盛りだろう。だが、やはりカギは自信満々に問題ないと豪語するのみ。何があろうとも何とかなるだろうと考えている様子だった。ネギは最近のカギの実力を考えて、そうまで言うなら大丈夫なんだろうと、カギの言葉を信じることにしたようだ。

しかし、そこに不安と不満を感じる人が別にいた。

 

 

「本当にいいのかなあ……」

 

「まあまあ、アスナ」

 

 

 それはアスナだ。アスナは魔法世界のことをよく知っている。さらに、不安要素はそれだけではないことを理解しているアスナは、やはり乗り気ではないのである。そんな不満に満ちたアスナを、なだめるような声を出すのは木乃香だった。

 

 

「別に危険な場所へ行くワケやないんやろ? だったらええんやない?」

 

「あっちも一応文明国だ、治安も悪くはない。首都さえ離れなければ危険はないはずさ」

 

「そうだけど……」

 

 

 木乃香はアスナへ、危険な場所へ行く訳でもないので少し心配しすぎなのではと、静かに話した。エヴァンジェリンもそこへやってきて、首都は文明国であり、そこならば安全は保障されているはずだと言葉にしていた。ただ、アスナもそんなことぐらい知っている。知っているが、何が起こるかわからないから不安なのだ。

 

 

「多少不安があるのはわかりますが、エヴァンジェリンさんもついて来てくれるワケですし……」

 

「……不本意だがな」

 

 

 確かに不安がない訳ではない。が、あのエヴァンジェリンも一緒に来てくれるのだから、そこまで不安にならなくてもよいのではないか。そう話すのは刹那だった。また、刹那の今の言葉に、不本意だともらすエヴァンジェリン。まあ、実際はちょっとした照れ隠しみたいなものであり、行くと決めたのだからそれに不満はないのである。

 

 

「それにウチもせっちゃんもおるんやし、心配することないえ!」

 

「そうですよー」

 

「……そうね、この空気の中、水を差すのも悪いしね」

 

「いや、あのお調子者どもには水を差すぐらいが丁度いいと思うが……」

 

 

 さらに、木乃香は自分や刹那もいるのだから、心配なんていらないと、笑顔で言った。それに便乗したさよも、そのとおりだとのんびりした口調で言葉にしていた。

 

 まあ、そこまで言われれば仕方ないと、アスナも小さく笑みをこぼした。それに、浮かれるみんなの横でふてくされた顔をしているのも良くないと思い、そう言う悪い考えはやめようと気分を一新したのである。

 

 ただ、連中はやたらテンションが高いので、少しぐらい水を差すのは悪くないだろうと、それを聞いていた千雨が小さく愚痴をこぼしていたのだった。

 

 

「そう言えば、名無しのクラブと言っていましたが、名前はまだ決まってないのですか?」

 

「え? ああ……、うん……」

 

「正式に決まったんですから、名前ぐらいしっかりと付けるべきでは……?」

 

 

 しかし、そこでふと思い出したかのように、夕映がクラブの名前が未だ決まってないことを、カギに質問していた。何せこのクラブ、正式名称がまったくないのだ。前からそう言った話はしていたのに、まだ名前が決まってなかったのかと、夕映は思っていたのである。

 

 また、カギは非常に困った表情で、未だにまったく決まっていないと、口ごもりながら言葉にした。カギは誰かが決めてくれるだろうと思い、タカを括っていたのである。

 

 正式な許可が出たのに、名前がないとかおかしいでしょう。カギの返事を聞いた夕映はそう思い呆れた表情をしたが、とりあえず名前は必要ではないかとカギへと進言したのだった。

 

 

「ふん、なら”白き翼”とでもつけておけ」

 

「白樹屋?」

 

「バカか貴様は! 一応ガキな癖に居酒屋の名を出すヤツがあるか!!」

 

 

 エヴァンジェリンはこのクラブの名がないことを聞き、ならばと白き翼という名前にしてはと提案した。それをカギはボケをかまし、居酒屋の名を口にしたではないか。エヴァンジェリンもそのボケに即座に反応し、ツッコミを見せた。というか、このカギは転生者ゆえに精神的には40代だろうが、見た目は子供だ。ゆえに、そんな見た目で居酒屋の名を出すかアホと、エヴァンジェリンが叫んだと言うワケだ。

 

 

「どうしてその名前に?」

 

「貴様らの父親ナギは紅き翼というチームを組んでいた。それにあやかっただけだ」

 

「そういえばそうでしたね……」

 

「すっかり忘れてたぜ」

 

 

 ネギはどうしてその名なのかと、エヴァンジェリンへ問うと、その答えは即座に返ってきた。何故などと愚問だという顔でエヴァンジェリンは、ネギとカギの父親であるナギがリーダーをしていた紅き翼、その名をあやかっただけだと、そう説明した。

 

 ネギはその説明を受け、確かにそうだったと言葉にした。あの父親たるナギのいたチームの名、それを聞いた時から忘れたことなどなかったからだ。だが、カギはすっかり忘れていたらしく、いやはやという表情で頭をポリポリとかいていた。

 

 

「それええなー!」

 

「いいわねそれ」

 

「え? しかし、本当にそれでいいんですか……?」

 

 

 そして、別の方でも盛り上がる少女がいた。それは木乃香だ。木乃香も紅き翼のメンバーである詠春の娘だが、それ以上に白き翼という名に反応していた。何せ友人である刹那が、その白い翼を生やしていたからだ。だから非常に嬉しそうな顔で、刹那に抱きついていたのだった。

 

 また、アスナも素直に、その白き翼という名前が素敵ではないかと思っていた。アスナも紅き翼には随分と世話になった。それに、あのメトゥーナトもそのメンバーだったことから、それにあやかった名前に、非常にいい印象を受けたのである。

 

 ただ、木乃香に抱きつかれて顔を赤くする刹那は、それで本当にいいのだろうかと言葉にしていた。吹っ切れたとは言え、自分の翼は元々禁忌の象徴だ、そう少し考えた。が、実際のところそれは単なる建前で、自分が主役みたいな名前じゃちょっと恥ずかしい、そんな風に思っていたのである。

 

 

「いいねえー、それ!」

 

「全然いいじゃん!」

 

「私もいいと思うな」

 

「悪くないですね」

 

 

 しかし、他のみんなは全員賛成の意見だった。和美もハルナもノリノリで、その名前は最高だと言葉にし、のどかと夕映も全然悪くない、むしろいいと褒め称えていた。

 

 

「何でもいいアル!」

 

「拙者もそれでよいと思うでござるよ」

 

「……まあいいんじゃねーか?」

 

 

 また、古菲は別に名前は何でも良いと言葉にし、楓は他と同じように、それで問題ないだろうと話していた。そして、ひっそりとその場にいた千雨も、特に悪いと言わず、賛同の言葉を述べていた。

 

 

「ほら、みんなもそうゆーとるし、ええやん!」

 

「……は、はい……」

 

 

 誰もがよしと言ったのだから、それでいいじゃないか。木乃香は刹那に抱きつきつつ、そうやさしく話していた。刹那も観念したのか、弱弱しい声でわかったという意思表示をこぼしたのだった。

 

 

「まあ、俺はゴールデンな方がいいと思うがな」

 

「バーサーカーさん……」

 

「バーサーカーさん、いつもそれね……」

 

 

 しかし、その場に霊体化を解いたバーサーカーが現れ、それに異を表明するようなことを言い出した。このバーサーカー、ゴールデンという言葉が大好きである。だから、やはり名前にゴールデンをつけるべきだと、言わなくては気がすまなかったのだ。

 

 それを見た刹那は、少し呆れた顔でバーサーカーを呼んでいた。さらにアスナも、いつもそればかりだと、ため息まじりに言葉にしていたのだった。

 

 

「そこの金髪の娘もプロフェッサーゴールデンなんだろ? だったら金の翼(ゴールデンウィング)も悪くねぇ、そう思っただけよ」

 

「そ、それは少しどうかと……」

 

「と言うか、間違ってはいないが何か腹立たしいな、そのプロフェッサーゴールデンとやら……」

 

 

 さらにバーサーカーは、エヴァンジェリンの異名である金の教授にあやかり、プロフェッサーゴールデンなどと勝手な名前をつけ始めた。そして、ゴールデンなプロフェッサーが言うのだから、ゴールデンな翼にした方が、面白くて自分の好みだと言い出したのである。

 

 それは流石にない、ない、ありません。刹那はそう口に出し、バーサーカーを駄目だししていた。また、エヴァンジェリンの二つ名が金の教授ゆえに、プロフェッサーゴールデンは間違えではないと思っていた。が、プロフェッサーゴールデンと呼ばれるのには抵抗があったというか、何か腹立たしいとも思ったようだ。

 

 ちなみに、バーサーカーがエヴァンジェリンが金の教授と呼ばれていることを知っていたのは、夜の警備でそう呼ばれているのを聞いていただけでなく、覇王がそれを教えたからだ。

 

 

「よしっ、ならば今日からこのクラブは白き翼だ! 文句はないな!?」

 

「はい!」

 

 

 カギはまあそれでいいし、それしかないしと思い、このクラブ名は白き翼で決定だ、文句があるヤツは出て来いと叫んだ。だが、文句がある人などいるはずもなく、みんなが全員、はい、と良い返事をするだけだった。

 

 

「んでもって、とりあえず、部員はもう少し増やす予定だ」

 

「……? 誰を…?」

 

 

 ただ、カギは話を変えて別のことを言い出した。それはなんと部員をさらに増やすということだった。

 

 夕映は部員を増やすと聞いて、誰を入れるのだろうかと考えた。このクラブはイギリスだけではなく、魔法世界へ行くためのものだ。ならば魔法を知っている人しか入れないはずだと考え、疑問に思ったのである。だから、一体誰を入れるつもりなのかと、それをカギへと尋ねたのだ。

 

 

「別に俺らのクラスから選ぶワケじゃねーから、そこんところは問題ない」

 

「まあ、確かに魔法を知ってるのって私たちぐらいだしねえ」

 

 

 しかし、カギは誰とは言わなかった。が、自分のクラスの子から選びはしないので問題ないと夕映へに説明した。それを聞いていた和美も、自分たちのクラスで魔法を知っているのは、ここに集まっている人たちだけだと言葉にしていた。

 

 

「なあに、その内わかるさ」

 

「はぁ……」

 

 

 まあ、部員を増やしたなら会えるだろうから、そのうちわかる。カギはそう夕映へと気さくに言葉にして、お楽しみお楽しみだと笑っていた。夕映はやはり少し心配するような表情で、生返事をするのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 数キロはなれた場所から、体をかがませながら麻帆良一帯を眺める男が一人いた。それは転生者であるあのアーチャーという男だ。このアーチャーは”原作遵守”の男である。原作どおりにことが進んでいるかを、再び確認しにやってきていたのだ。

 

 

「……」

 

 

 アーチャーは静かに様子を眺める。本当に原作どおりに進んでいるかを、何かおかしな部分がないかを確認しながら。そして、アーチャーは微妙に原作と誤差があることを理解した。

 

 

「いや、まさかこうなってしまっているとは……」

 

 

 それは本来女子中等部の校舎の屋上で談義する一同の姿がなかったというものだった。何せ彼女たちもしっかりと魔法の隠蔽に力を入れているので、そんな場所でそう言ったことは話すはずもない。また、カギも最近は自重しており、その談義はエヴァンジェリンの別荘で、こっそりと行われていたのである。

 

 

「だが、予想の範疇だな。この程度なら矯正は可能だ」

 

 

 しかし、アーチャーはそのぐらい予想していたようで、そのことを冷静な口調で独り言を述べていた。こんな場所でずっと独り言をしゃべるこのアーチャー、かっこつけているように見えて、その実かなりダサい男だ。

 

 

「さて……、やるとするか……」

 

 

 アーチャーはそうつぶやくと、スッとかがめていた体を起こして立ち上がり、仕事を行う準備を始めた。このままでは原作通りにことが進まない。原作で魔法世界に来るはずのメンバーが、減ってしまう。それはアーチャーにとって恐るべき事態なのである。とは言っても、何を恐れているのかはアーチャー本人にもわからないことだった。

 

 

「とは言っても、ただ噂を流すだけだがな……」

 

 

 ならばどうすればよいか。簡単だ、ちょっとした噂を流せばいい。噂が広がれば噂好きな3-Aの少女たちならすぐに食らいつくだろう。そして、その噂で彼女たちを誘導し、原作通りに進ませればよい。アーチャーはそう考えて、移動を始めたのだった。

 

 

 

…… …… ……

 

 

 麻帆良の女子学生寮。その談話室にて、そのひとつのテーブルについて、誰かを待つアスナ。待っているのは顔なじみのあやかだ。椅子に座って少し待っていると、すぐにあやかが現れた。

 

 

「お待たせ致しましたわ、アスナさん。調査結果が出ましたわよ」

 

「むしろ早くて驚いてるんだけど……」

 

「雪広コンツェルンの手にかかれば、この程度の調査など朝飯前ですわ」

 

 

 ゆっくりと、ゆったりと歩きながら、アスナの座る席へと近づき、その席に座った。そして、手に持っていた鞄から、書類の束を取り出しつつ、調査が終わったことをアスナに告げていた。

 

 それを受け取ったアスナは、その調査の速度に驚きの言葉を漏らした。すると、あやかはアスナにそう言われ、誇らしげに自分の家の力ならばこの程度の調査などたやすいと豪語して見せたのだ。

 

 アスナがあやかに頼んだ調査、それはネギの父親であるナギの居所だ。はっきり言えばネギのためにおせっかいとしてではなく、アスナ自身がナギがどこにいるのかを探したいと思ったのである。アスナとてナギに随分世話になったこともあったので、ナギが今どこに居るのか、とても気になっているのだ。

 

 

「助かるわ。ありがと、いいんちょ」

 

「別にあなたのためではなくてよ? ネギ先生のためですわ」

 

「そう言うことにしとくわ」

 

 

 いやはや、それほどだったとは。アスナはそう思いながらも、小さく笑みを見せてあやかへと礼の言葉を述べた。あやかはネギのためにやったことであり、アスナのためではないと話した。が、そうは言うものの、やはり表情は柔らかな笑みであった。そんなあやかを見たアスナは、まったく素直じゃないんだから、と思いながら、そう言うことにしておくと言葉にするのだった。

 

 

「それで?」

 

「非常に残念な話ですが……」

 

 

 そして、調査が終わったのなら何かわかったのだろう。それをアスナがあやかへ尋ねると、あやかは申し訳なさそうな表情で、残念な話だと切り出した。

 

 

「ネギ先生のお父様、ナギ・スプリングフィールドは、10年前に行方不明になっているということで間違いないようですわね……」

 

「行方不明……。本当にどこに行ったかわからないの……?」

 

「えぇ……。行方不明、と言うことぐらいしかわからなかったようなので……」

 

 

 何が残念だったのか。それはネギの父親が10年前に行方不明となったことに間違えがなかったからだ。行方不明、その言葉を聴いたアスナは、本当にどこに行ったかわからなかったのかと、確かめるように再度質問していた。ただ、あやかも行方不明としかわからなかったらしく、それ以上のことはわからないとしか言えなかった。

 

 とは言え、アルビレオのパクティオーカードを見たアスナは、ナギが死んでいないことを理解していた。だからこそ、どこへ行ったのか、どこへ向かったのかさえわかれば、探しようがあると思ったのである。しかし、それもわからないとなると、詮索するには難しい。それでも、何でもいいから手がかりを見つけたいとアスナは考えた。

 

 

「……なら、どこで行方不明になったかはわかってる?」

 

「調査ではイスタンブールにて、行方不明になっとありますわね」

 

「イスタンブール……」

 

 

 ならば最後にナギの姿が確認された場所はどこだろうか。アスナはそれをあやかへと尋ねた。するとそれは調査で判明していたようで、あやかはイスタンブールにて行方がわからなくなったと話した。

 

 イスタンブール。アスナはその国の名を聞いて、懐かしさを感じた。まだ体が小さかった頃、あの場所でナギたちと一緒にいたことがあったからだ。そう、咸卦法を使えるようになったのも、あのあたりだった。それを思い出したアスナは憂いを感じながらも、小さく笑みをこぼしていた。

 

 

「どうかしたんですの?」

 

「あっ、別になんでもないから……!」

 

 

 質問の答えを聞いてから急に静かになったアスナに、あやかはどうしたのだろうかと思った。そこで、それを聞くと、アスナはハッとした顔で、なんでもないと慌てた様子で口に出した。あやかは、アスナが変だと思いながらも、本人がなんでもないと言うのなら詮索すべきではないと思い、それ以上は何も言わなかった。

 

 

「それで、どうします?」

 

「何が?」

 

 

 とりあえずあやかは話を戻そうと、今後のことを静かにアスナへ問いかけた。アスナはこの調査で終わりだと感じていたので、質問の意図がわからず、その問いに疑問を投げかけたのである。

 

 

「書類による調査はこれが限界……。この先さらに積極的に捜索するとなると、大量の人員と時間が必要になってきますわよ?」

 

「うーん、一応別の人にも調査を頼んであるのよ」

 

 

 今回の調査は書類上のものであり、人員を多く動員して行った訳ではない。ゆえに、本格的な調査を行うことも出来るが、それには人員と時間が必要になる。そのことをあやかはアスナへ説明すると、アスナは別の人にも調査を依頼していると言葉にした。

 

 

「別の?」

 

「あー、断っておくけど、別にいいんちょが頼りないとかそう言うワケじゃなくて、念には念をって感じなだけで……」

 

「はいはい、わかっておりますわよ。そのぐらい」

 

 

 別の人にも調査を頼んだ。それを聞いたあやかは、一体誰に頼んだのだろうかと疑問に思った。また、アスナはそこで、他の人にも頼んだのは調べてくれる人が多い方がいいと思っただけで、他意はないとあやかへ申し訳なさそうな感じに話した。

 

 何せアスナはあやかを頼りにしていたからこそ頼んだのであり、頼りないから別の人にも頼んだなどと思われたくなかったからだ。その様子を見ていたあやかも、そんなことはしっかり理解しているので、ヒラヒラと手を払いながら当然という顔で、わかっていると述べたのである。

 

 

「ところで、どちらに調査を頼んだんですの?」

 

「えーっと……、確かスピードワゴン財団ってところに……」

 

「え!? スピードワゴン財団ですって!?」

 

 

 まあ、そんなことよりも一体誰に調査を頼んだのか、それをあやかはアスナへと尋ねた。すると思い出す様子を見せた後、スピードワゴン財団に頼んだと言い出したのである。その言葉にあやかは飛び上がるほどの驚きようを見せていた。

 

 何せあの有名なスピードワゴン財団という名前が出てきたからだ。このスピードワゴン財団はアメリカに拠点とする巨大な財団であり、医療などの発展などに寄与するすさまじいものなのだ。

 

 

「いつの間にそんなコネをアスナさんが……」

 

「いや、状助の担任の先生がその財団の知り合いらしくて、状助にその人へお願いして欲しいって頼んだだけよ」

 

「あら、そうでしたの……。とは言え、その東さんの先生って何者なのかしら……」

 

 

 なんでそんなすごいところに捜査の依頼できるんだろうか。そうあやかは考えながら、マジマジとアスナを眺めていた。何か壮大な勘違いをされたと思ったアスナは、すぐさま訂正を行った。どうしてスピードワゴン財団に頼めたのか。それはあの状助の担任、ジョゼフ・ジョーテスが関わっていたからだ。

 

 以前、学園祭の時に状助が、ジョゼフがスピードワゴン財団とつながりがあることをアスナへと話していた。それを思い出したアスナは、状助に話してジョゼフに頼んでもらったということだったのだ。

 

 その説明を聞いたあやかは、勘違いだったことに安堵していた。そんなすごい組織に突然友人がコネを持つなど、普通に考えればおかしいからだ。また、その状助の担任はなんでそんなコネを持っているのかと思ったようだ。

 

 

「それに、大々的に調査は大変だし、そこらへんは流石に大げさになりすぎると思うのよね」

 

「いえ! そのようなことはありませんわ!」

 

 

 まあ、これ以上でかでかと調査しても、魔法関係はなかなか出てこないだろう。そう考えたアスナは、これ以上は大丈夫だと、やりすぎるのはよくないと話した。しかし、あやかはそれでは満足ではなかったようで、突如興奮して立ち上がり、大声を上げたのである。

 

 

「ネギ先生のためなら、全世界一万人規模の調査も辞しませんわよ!」

 

「いや、だからそれはやりすぎだって……」

 

 

 あやかはネギのためならばと切り出し、とんでもないことを言い出した。なんという無茶なことか。アスナは流石にやりすぎだ、加減しろとばかりにそれを言葉にし、結構呆れいていた。

 

 このあやか、一応ここでは弟がいるとはいえ、別にその部分をこじらせてショタコンになった訳ではない。どうもそう言う性癖が元々あったのだろう。ゆえに、小さい少年ネギに対して、猛烈な情熱を燃やしているのである。とは言うものの、基本母性的な感情であり、やましいことではない……と思いたい。

 

 

「それに、多少なりにだけど心当たりはあるから……」

 

「そうですの?」

 

 

 それは置いておくとして、心当たりはあると話すアスナ。先ほど話に出てきたイスタンブール、それを聞いたアスナには少しピンとくるものがあった。

 

 イスタンブールには魔法世界へのゲートが存在する。でなければ、紅き翼の面々があの場に集まりとどまることなどあるはずがないからだ。そして、それならナギはそこから魔法世界へと旅立ったということになるだろう。そうなれば、この旧世界と呼ばれる地球で行方不明と言うのも頷けるというものだ。それをアスナは考えて、心当たりがあると言葉にしたのである。

 

 また、アスナの言葉を聞いたあやかは、本当なのかと言う疑問と、それはよかったという納得する気持ちを感じていた。

 

 

「とは言っても、心当たりってだけなんだけどね……」

 

「まあ、アスナさんがそう言うのなら……」

 

 

 しかし、所詮は心当たり程度。そうアスナは話した。想像ではナギは魔法世界へ行ったとのだろうと考えられるが、その後の足取りはまったくわからない。別のゲートを使って旧世界に戻ってきているかもしれないし、魔法世界のどこかにいるかもしれない。つまるところ、魔法世界へ行ったのだろうというぐらいしかわからないのだ。

 

 そうアスナは考えながら、あやかへと苦笑を見せていた。でも、少しだが情報は得れた。それはかなり大きいとアスナは思った。魔法世界へナギが行ったかもしれない、それだけわかれば大きな進歩だと考えたのである。

 

 そして、あやかはアスナが調査の継続はやめておこうと言うのなら、それでもいいと思ったようだ。確かに多くの人員を割いての調査には時間がかかるし、やはり人員の数を考えてもかなり大変だからだ。

 

 

「でも、本当にありがとね。何かわかったらちゃんと報告するから」

 

「まあ、それはありがたいですわね」

 

 

 ふと、そこでアスナはあやかへと、再び感謝を述べていた。また、何かわかったら知らせることを約束すると言ったのである。あやかもそれはありがたいと言葉にし、表情は穏やかな笑みを見せていたのだった。

 

 

「ちょーっと! アスナー!!」

 

「へ?」

 

 

 と、そんな時に突然野外からアスナを呼ぶ大声が聞こえてきた。その声を出していたのはまき絵だった。その左右にはちっちゃな双子の姉妹の鳴滝風香と史伽もやってきたようだ。突然呼ばれたアスナは、少し呆けた表情でマヌケな声を出していた。突然そう叫ばれるようなことはしていないし、何がなんだかわからなかったからである。

 

 

「とぼけないでよ! 新しいクラブの話!! 私たちに内緒でイギリス旅行行くんでしょー!?」

 

「え? まあ……」

 

 

 まき絵はアスナの態度がとぼけているように見えたのか、さらにプンプンと怒って叫んでた。何故まき絵が怒っているのか。それはどこから聞いたかわからないが、新クラブを立ち上げてイギリスへ行くことを知ったからだ。それをまくし立てるまき絵をアスナは多少受け流しながら、一体どうしたという表情で間違えないということを述べていた。

 

 

「それどういうことですの!?」

 

「聞いてよいんちょー!!」

 

 

 さらに、あやかはその話は寝耳に水だったという表情で、声を高くしてまき絵にそのことを聞き出そうとしていた。まき絵も泣きつくかのように、愚痴るかのように、そのことをあやかへと説明したのである。

 

 

「なんですって! ネギ先生のお父様を捜すための新クラブを作って、私たちに内緒でラブラブ英国旅行ですってー!!?」

 

「ラブラブって何……? それに内緒にしていたワケじゃないし……」

 

「いい訳無用ですわ!」

 

 

 そして、説明を聞き終えたあやかは、突如叫びだして説明内容を復唱したのだ。ただ、ラブラブ、その言葉はアスナにとって聞き捨てならないものであった。だから、ラブラブってなんだ、とツッコミをすばやくいれていた。さらに、内緒にしていたという部分も否定した。とりわけ話そうと思わなかったが、別に秘密というほどの話でもなかったからである。

 

 しかし、そんなことをいまさら言っても遅い。全てが言い訳にしか聞こえないと、あやかはアスナへ指をさし、怒鳴って見せた。

 

 

「ヒドイですわ! 情報提供だけさせておいて、そのような大事なイベントを黙っているなんて!!」

 

「本屋ちゃんやパルも行くんでしょ!? 私たちだけ仲間はずれなんて!」

 

「うーん……」

 

 

 また、あやかは調べ物をさせるだけさせて、そう言った話をしてくれなかったアスナに、ヒドイと声を発した。利用するだけ利用しておいて、そう言ったことは話してくれなかったことに、多少怒りを感じていたのである。また、まき絵がそこで自分のクラスにいる数人も一緒に行くことを言葉にし、仲間はずれは最低だと叫んでいた。

その後ろでずるいずるいと騒ぐ、鳴滝姉妹の姿もあった。

 

 これにはアスナも困った顔で、手を額にあててどうしたものかと考えた。何せこのことを考えたのは自分ではなくあのカギである。カギがそのあたりを管理しているので、自分がどうこう言う話ではないと、アスナは思ったのだ。

 

 

「とりあえず、新クラブでイギリスへ旅行するのは本当よ」

 

 

 まあ、ここで嘘をついても意味などないし、逆に不審がられるだけになる。それに、いい訳しても意味がないと思った。そう考えたアスナは、正直に新クラブでイギリスへ行くことを話したのである。

 

 

「でも、企画したのはカギ先生だから、文句はそっちへお願いね」

 

「そ、そうでしたの……」

 

「え? カギ君が? それじゃーアスナに文句言ってもしょうがなかったね……」

 

「わかってくれればいいのよ」

 

 

 ただ、このことはカギが全て握っており、自分が何か出来るという訳ではない。そのことも含めて、目の前に四人にアスナは静かに話したのである。誘ってもらえなかったことも含めて、全部カギの考えであり、文句も全部カギへどうぞ。そう話したのである。

 

 

 アスナの話を聞いたあやかは、そうだったんだ、という顔でしっかりと受け止めていた。また、文句を言いにやってきたまき絵も、これではアスナに文句を言っても仕方がなかったと、反省の色を見せていた。

 

 そして、あやかと同じく反省の様子を見せながら、アスナに当たっても意味がなかったと小さく言葉するまき絵の姿があった。さらに、鳴滝姉妹も同じように、反省しつつごめんなさいと謝っていた。三人は早とちりだったことを認め、反省したのである。

 

 そんな四人の様子を見ながら、とりあえず疑いが晴れたアスナは、気にしてない様子で話がわかってくれればそれでよいと、苦笑しながら言葉にしていたのだった。

 

 

「それにいいんちょなら、イギリスぐらいなら遊びに行けるんじゃないの?」

 

「言われてみればそうですけども……」

 

 

 さらにアスナは、あやかならばイギリス旅行ぐらい普通にいけるのではと話した。なんたってあやかは雪広コンツェルンの令嬢である。海外旅行ぐらい当たり前のように出来るんじゃないかと、アスナは思っていたのだ。

 

 また、アスナたちの目的地はイギリスではなく魔法世界だ。ゆえに、本来なら黙っておいた方がいいと思われるかもしれないだろう。しかし、魔法世界へ行くには多くの魔法的なセキュリティーをくぐる必要がある。それを普通の人が越えるには、宝くじの一等が当たるぐらいの運がなければ不可能なほどのものだ。それを知っているアスナは、イギリスまでならついて来られても、特に問題ないだろうと判断したのだ。

 

 あやかもアスナの言葉を聞いて、言われてみればそうだったと考た。そこで別に新クラブにこだわる必要がないことを理解したのだった。そう、新クラブはイギリスへ行くための資金調達の意味でしかなく、それが出せるあやかには何の関係もないことなのだ。まあ、それでもネギがいる新クラブはうらやましく思っているのだが。

 

 

「一応カギ先生がクラブの管理してるから、そういうのも含めてそっちに言ってほしいわ」

 

「無論、そうさせていただきますわ!」

 

 

 そして、最後にアスナは、クラブのことならカギへ聞いてくれと述べた。あやかはその言葉に、当然そうさせてもらうと言葉にし、カギを探して聞き出してみようと思ったようだ。

 

 

「ごめんねー、アスナー。なんか噂ではアスナが新クラブ作ったって聞いて……」

 

「私も早とちりして申し訳ありませんでしたわ……」

 

「別に気にしないけど……。でも噂ねぇ……」

 

 

 そこでまき絵は、早とちりでアスナを悪者扱いしてしまったことを、少しいい訳を含めて謝罪していた。その謝罪するまき絵の姿につられ、あやかも同じように申し訳ないと言葉にしたのだ。まあ、アスナはそれほど気にもしていないことだったので、謝らなくても良いという感じの様子を見せていた。ただ、アスナは噂という言葉を聞いて、少し考える素振りを見せたのだ。

 

 というのも、この新クラブの話は、誰かが話さない限りは漏れないようなことである。それに、このことを話したのは、誰も来るはずがないエヴァンジェリンの別荘内だ。と言うことは、自分たちの中でそのことを勝手に話した人がいる可能性があるということだ。

 

 いや、それでも勝手に話すような人がいただろうか。確かにハルナあたりは口が軽く、うっかりしゃべってしまうかもしれない。それでも、魔法世界へ行くという考えで動いている彼女が、そんなうかつなことをするとも思えなかった。

 

 魔法がバレたら記憶を消すという条件で、今の立場にいるのが彼女たちである。それを知っているアスナは、ハルナがうっかり話したなど、考えられないと思ったのだ。ゆえに、一体何故そのことが噂になったのか、まったくわからなかったのである。

 

 

 ――――――実際噂を流したのは、やはりあのアーチャーとかう男だ。アーチャーは原作に近づけるため、あえてそう言った噂を流したのだ。まあ、この行動が原作に近づくかはわからないが、多少ながら効果はあったということは間違えないだろう。本当にこのアーチャーとかいう男、原作遵守のことで頭がいっぱいらしい。困ったやつだ。

 

 

…… …… ……

 

 

 時間もだいぶ経ち、日は落ちて月明かりだけが輝く闇の時間となった。しかし、それは空での話。地上ではなにやら点々と明かりが光っていた。それは竜宮神社近くで行われているお祭りである。夏の風物詩であり、イベントの一つであるお祭りが、そこで行われていたのだ。

 

 そして、そんなお祭りにやってきたのはネギと小太郎だった。二人とも祭りということで、着物を羽織った恰好だった。やはり雰囲気は大事である。しかも、ふたりの手にはすでにわたあめが握られており、完全に祭りを楽しんでいたようだった。

 

 

「これが日本のお祭りかー」

 

 

 はじめてみる日本のお祭りに、ネギはたいへん興奮した様子を見せていた。並んだ屋台、多くの人、そして食べ物が焼かれる香ばしい匂い。どれもネギには新鮮だったのである。うきうきとした感情を多少抑えながらも、周りを見て何をしようか考えるネギだった。

 

 

「学園祭とはまた違った感じでいいね」

 

「お! そうやネギ、金魚すくい勝負せんか?」

 

「いいよ、やろう!」

 

 

 学園祭とは違った祭りの雰囲気に、ネギは大変満足していた。そこへ小太郎が金魚すくいの屋台を見つけ、勝負しようと申し出たのだ。勝負を挑まれたからには戦わずにはいられまい。ネギはそれを快く承諾し、そちらへと走っていったのである。

 

 

「二人とも楽しそうやね」

 

「あれが自然体なのでしょう」

 

「子供なんだからあれでいいのよ」

 

「うむ……」

 

 

 そんな二人の様子を遠くから眺めながら、笑いあう四人の着物の少女。木乃香は二人が本当に楽しそうにしていると、微笑んで言葉にした。

 

 そして、刹那はあれこそがネギと小太郎の齢相応の行動に、多少安堵した様子を見せていた。ネギは少し背伸びをしすぎる部分があるし、小太郎も戦闘狂。どちらも少し子供らしくない部分があったからだ。

 

 そんでもって、アスナも子供はあれでよいと小さく笑って話した。あのぐらいはしゃいだ方が、子供として当然なのだと、そう思っていたのである。さらに、その横でわたあめをモグモグとほおばり、アスナの言葉を肯定する焔が居た。

 

 

 また、ネギと小太郎の金魚すくい勝負に、突如としてサングラスをしたおかっぱ金髪の大男が現れた。それはゴールデンのことバーサーカーだった。このバーサーカーは(ゴールド)と言う言葉がつくものが大好きだ。金魚もまたしかり、ゆえにバーサーカーもそれにつられて現れたようだった。……と言うよりも、このバーサーカーの逸話を考えるなら金魚よりも鯉の方が似合うのだが。

 

 

 しかし、それ以外にも遠くでネギと小太郎を眺めるものがいた。それはネギの双子の兄であり転生者でもあるカギだ。カギもまた、ここへやって来ていたのである。ただ、ネギとは違い着物ではなく、シャツにズボンと言うラフな恰好だった。

 

 

「子供だねぇ……」

 

 

 いやあ、ネギはまだまだガキだな。カギはネギのはしゃぐ姿を見て、そう思っていた。このカギ、転生前はそこそこ人生を長く生きた男だ。そして、こちらで生まれてはや10年、ガキみたいにはしゃぐ齢ではないと思っているのだ。まあ、実際ははしゃぎたい気持ちもあるのだが、あえてこらえて大人ぶっているだけなのだが。

 

 

「カギ先生も子供ですよね……?」

 

「うおっ!? なんだゆえか……。それとのどかもか」

 

「こんばんわ、カギ先生」

 

 

 そんな一人でつぶやくカギの横へ、そっと現れツッコミをいれる夕映。突然耳元から声が聞こえたので、カギは驚きながら後ろをとっさに見た。するとそこにはやはり着物姿の夕映とのどかがいたのである。とりあえず落ち着いたカギを見て、のどかは笑いかけながら挨拶を述べていた。

 

 

「オホン。ゆえは俺が子供と言うが、俺は見た目は子供で頭脳は大人なのさ」

 

「そうには見えませんが……」

 

 

 夕映に子供だと言われたカギは、少し偉そうな態度で見た目は子供だが頭は大人だと言い出したではないか。いやはや、どの口がそれを言うのだろうか。夕映は当然呆れた顔で、それはないと断言したのであった。

 

 

「んなことより、のどかはネギんとこ行かんでいいんかい?」

 

「そうです! 祭りの中を二人並んで歩くチャンスなんてなかなかないですよ!」

 

「う、うん」

 

 

 とまあ、そんなことはさておいて、カギはのどかへネギのところへ行かないのかと尋ねたのだ。カギもまた、のどかがネギに惚れているのと知っている。なので、せっかくの祭りなんだから一緒に回ればいいのに、と思ったのだ。

 

 さらに、夕映もカギの意見には同意だった。こんなチャンスはめったにない、年に一度か二度かのチャンスだ。この好機を逃す手はないと、のどかへ声を荒げて話したのだ。ただ、のどかもそのぐらいわかっているので、少し小さな声で夕映の言葉に返事をしていた。

 

 

「でも、楽しそうだし邪魔しちゃ悪いかな……」

 

「おいおい、そうは言うがなー…」

 

「それじゃいつまでも進展しませんよ……」

 

 

 それでものどかがネギの下へ行かないのは、ネギが小太郎と楽しそうに遊んでいたからだ。普段見せぬ子供らしくはしゃぐネギを見たら、邪魔をしては悪いとのどかは思い、遠慮していたのである。

 

 いや、確かにそうかもしれないが、チャンスはチャンスだ。そうカギは思いながら、のどかの意見に呆れていた。夕映も同じ気持ちだったらしく、このままではずっと平行線であり、恋人になるなんて夢のまた夢だと思ったのである。

 

 

「それでも、私は楽しそうなネギ先生が見れればそれでいいよ」

 

「なんという愛の重さ……」

 

「そこは深い愛情と言うべきでしょう……」

 

 

 また、のどかは楽しそうにしているネギが見れればそれでよいと、微笑みながら言って見せた。カギもそれには愛が重いと感じ、それでいいのかと思ったようだ。夕映はカギの発言に、言い方ってものがあると思い愛情が深いのだと訂正したのである。

 

 

「まぁ、本人がそう言うならいいけどよー。後で後悔せんようになー」

 

「カギ先生はどちらへ?」

 

「俺はツルむの苦手なんでぇ、一人でふらつくわ」

 

「そうですか……」

 

 

 カギはそれでものどか本人がそう言うなら、別にいいと話した。が、それでも後悔はするなとだけ、忠告したのである。そして、その後クルリと二人に背を向け、スタスタと歩き出したではないか。夕映はカギがどこへ行くのだろうと思い、それを尋ねれば、カギは一人で祭りを楽しむと言い出した。夕映はそこで、少し考える素振りを見せた後、すっと意外な言葉を出した。

 

 

「でしたら、私たちと祭りを回るのはどうです?」

 

「はぁ? なんで?」

 

 

 ならばと夕映は、カギに一緒に祭りを回りましょうと、誘ったのである。カギは多少驚いた顔を見せ、少し乱暴な感じで、どうしてだと言葉にした。何せカギも誘われるなど思ってなかったので、不意打ちを食らった衝撃を受けていたのだ。

 

 

「なんでって……。友達を誘うのに理由が要るんですか……?」

 

「いっ、いや、おめーらの邪魔とか悪いし……」

 

 

 なんでと聞かれた夕映は、ちょっと困った顔をしながらも、友人を誘うことに理由など不要だと話した。カギはそんな夕映の言葉に困惑してどもりながらも、自分が居たら二人の邪魔になると理由を述べたのだ。

 

 

「別に私も大丈夫ですよ」

 

「ほら、のどかもそう言ってますし」

 

「ぐっ、ま、まあおめーらがそこまで言うんなら、一緒に回ってやらなくもない」

 

 

 しかし、のどかも特に気にする様子もなく、カギと祭りを回ってもよいと言った。夕映はのどかもOKだと言うのだから、別に気にすることなんて何もないと、カギを説得するように話したのである。こうなってしまったのでは仕方がない。カギは諦めて、少し偉そうな態度で、一緒に回ってやると宣言したのだ。まあ、カギは心中、結構嬉恥ずかしいという感じなのだが、それはあえて表に出ないように必死で耐えていた。

 

 

「では決まりですね」

 

「しょうがねぇな……。付き合ってやるよ」

 

 

 夕映はカギが一緒に回るという言葉に満足し、笑顔で決まりだと述べた。カギも渋々という顔で、やれやれと首を横に振っていた。が、やはり心の中では嬉しいと思っており、本当に小さく笑っていたのだった。

 

 

 だが、祭りに来ていたのは彼らだけではなかった。この男もまた、祭りへやってきていたのだ。

 

 

「やはり祭りで喰う焼きソバは一味違うな」

 

 

 それはあの刃牙だ。刃牙も久々の祭りということで、この場にやってきていたのである。この男もまた、普段どおりのラフな格好であり、祭りの雰囲気など気にしている様子はなかった。そんな刃牙は屋台で売っていた焼きそばをすすりながら、いやーうまいうまいと一人ごちっていたのだった。

 

 

「んっ?」

 

 

 そんな時、刃牙はあるものを見つけた。それは明らかに自分の知り合いの横顔だった。その人物とは、髪を下ろした着物姿のアキラだったのである。また、周りには友人らしき姿があり、何かを覗くような様子を見せていたのだ。

 

 

「何やってんだアキラ……」

 

「あれ、刃牙。刃牙も祭りに来てたんだ」

 

「まあなぁ。で、何してんだこんなところで……」

 

 

 とまあ、とりあえず刃牙は、アキラの下に来て何をしているのか話しかけた。はっきり言って非常に怪しい行動をアキラたちがしていたからだ。と言う訳で刃牙は、そっとアキラの横から呆れた感じで声をかけたのである。

 

 アキラも話しかけてきたのが刃牙だとすぐにわかったので、刃牙も祭りに来ていたことに関心した様子を見せていた。何せ刃牙は祭りなんてあまり来るような男ではなかったからだ。昔は付き添わせて祭りを回ってもらったことぐらいあったが、それ以外は刃牙本人から行こうはしなかったのだ。

 

 それをアキラに言われた刃牙は、まあな、とぶっきらぼうに返し、むしろこっちの質問に答えて欲しいと言わんばかりに、再び何をしているのかとアキラへ聞いたのである。

 

 

「ん? この人は?」

 

「アキラの彼氏ー?」

 

「違うって。ただの隣の家のお兄さんだよ」

 

 

 そこでようやく刃牙に気がついたのか、アキラと同じように怪しい行動をしていた友人二人、祐奈とまき絵が刃牙の方を向いたのだ。そして、この兄さんは一体何者なのだろうと、疑問の声を祐奈があげた。また、まき絵はこの年上の男性がアキラと親しそうな感じに見えたので、もしやアキラの彼氏なのではと言葉にしたのである。

 

 しかし、アキラはまき絵の言葉を即座に否定し、慌てる様子すら見せずに、淡々と知り合いであると説明したのだ。やはり刃牙はアキラにとって、ただの隣に住む手のかかる兄のような扱いなのである。

 

 

「つまり憧れのお兄さん的な?」

 

「彼氏候補かな?」

 

「だからそうじゃないって!」

 

「ぬうう……。女子ってのはその手の話が好きなのか……?」

 

 

 しかし、祐奈はその説明を聞いて、ニヤリと笑って憧れの先輩みたいな感じなのだろうと言い出した。まき絵も同じように、彼氏じゃないなら彼氏候補、友達以上恋人未満な関係なんじゃないかと疑ったのである。

 

 いや、違う。そういう関係では断じてない。アキラは一度の説明でわかってくれなかった二人に、少し怒り気味に否定の言葉を叫んだ。まあ、隣の家の年上の男性と親しかったら、そう思われても仕方のないことでもあるのだが。

 

 ただ、刃牙は盛り上がる女子トークを見て、このぐらいの年頃の女の子はこういった話題に敏感なのかと、少し困惑した様子を見せていた。この刃牙、鮫の話になると早口になる男だが、そう言った恋バナ的なものはあまり理解がないのである。

 

 

「つーかよ、そろそろ俺の問いに答えてくれっと嬉しいんだが?」

 

「ああ、友達を見守ってるだけだよ」

 

「……見守る?」

 

 

 そんなことよりも先ほどの質問の答えが返ってきていないと、またも呆れた感じで刃牙はアキラへと話した。するとアキラから、何かよくわからない答えが返ってきた。その答えは友人を見守るというものだった。何それ、刃牙が答えを聞いて最初に思ったことはそれだった。だから再び一体何だねそれはと、質問したのである。

 

 

「そうそう!」

 

「ほら、あそこ!」

 

「ん? アイツは確かあの時の……!」

 

 

 そこで、それを聞いていたまき絵が。見守っているということで間違いないという感じの言葉を悠々と話だした。さらに祐奈が指をさし、そこを見て欲しいと言い出した。

 

 刃牙は一体なんだと思い、祐奈の指が示す場所を見ると、そこには三郎と亜子が並んで歩いていたのである。刃牙は三郎のことを知っていたし、学園祭の時に亜子を身を挺して守っていたのも間近に見ていた。なので、やはり、という気持ちが強かったが、それでも刃牙は少しだけ驚いた様子を見せていたのだった。

 

 

「そういえば刃牙、学園祭の時に三郎さんと話してたね」

 

「まあな、色々話が合うのさ」

 

「そうなんだ」

 

 

 刃牙の言葉を聞いたアキラは、刃牙と三郎が仲よさそうに会話しているのを思い出した。それを話すと、刃牙は”話が合う”とだけ言葉にしたのだ。実際は転生者同士ということで、ある程度話が通じる、という意味でもあるのだが。しかし、アキラにはそんなことなどわかるはずもなく、ただ気が合うので友人になったのだろう、と思っただけであった。

 

 

「しかしよぉ、こりゃ”見守る”と言うより”ストーキング”なんじゃねぇの?」

 

「そうかもしれないけど、なんかほっとけないし……」

 

「面白そうだし!」

 

「しょうがないよね!」

 

「オイオイオイ……」

 

 

 だが、刃牙はそのアキラたちの話を聞いて、見守るというかストーキング、でなけりゃデバガメではないかと思ってそれを言葉にした。アキラもそうだと思っていたので否定はしなかったが、やはり友人がうまくやっているか心配だからと理由を述べたのだ。

 

 ただ、祐奈とまき絵は面白そうだから、と言い出した。自分たちの友人がその彼氏とイチャイチャしているのを眺めると言うのは、彼女たちにとって甘い蜜のようなもののようだ。

 

 刃牙はその二人の答えを聞き、冗談かよと思いながら完全に呆れていた。まあ、それでも別に自分が被害を受けている訳でもないので、さほど注意しようとも思わなかった。

 

 

「つうかよ、見えなくなっちまうけどいいのか?」

 

「本当だ! 早く追うよ!」

 

「うん!」

 

 

 そこで刃牙は話に夢中になってきている彼女たちに、目的の二人が見えない位置に行ってしまうと注意した。すると、祐奈がそちらを振り返り、これはマズイと思ったのか早く追おうと叫んだのだ。まき絵も祐奈の言葉に同意し、すぐさまその後を追って行ったのだった。

 

 

「そう言うことだから、またね!」

 

「お……、おう……」

 

 

 同じくアキラも二人の後ろを追って走り出した。そこでアキラは刃牙の方を振り返り、またね、と声をかけた後に去っていった。走り去るアキラに刃牙は、困惑しながらも返事をし、その三人の少女の後姿を眺めながら立ち尽くしていた。

 

 

「大変だなアイツも……」

 

 

 刃牙はそんなアキラたちが見えなくなったところで、駄目だあいつら、と思いながら大変だな、と言葉をもらした。大変だな、と言うのは必死に友人を追跡するアキラのことではなく、追跡されている哀れな三郎へ送った同情の言葉だった。その後刃牙は歩き出し、屋台で出される数々の料理に舌鼓を打つのであった。

 

 

 そして、刃牙に知らずに同情された三郎。その彼は祭りということで着物姿を見せており、当然隣を並んで歩く亜子も着物姿だった。後ろから少女三名が追って来ていることなどわからぬまま、亜子と久々のデートを楽しんでいるようであった。

 

 何故こうなったかと言うと、三郎が送られてきた亜子の写真を見た後、すぐに亜子へと電話をかけた。その時に亜子が、ならばこの祭りを一緒に回ろうと誘ったのである。三郎も久々の誘いだったし、こちらも誘ってなかったことを思い出し、快く承諾したのだった。

 

 

「デートとかホンマに久しぶりや」

 

「そうだね、学園祭以来……かな……?」

 

「確かそうやったと思う……」

 

 

 久々のデートということで、亜子も心躍るという様子を見せていた。何せ学園祭以来のデートだ。待ちに待ったというだけあって、亜子は嬉しくて仕方のなかった。

 

 ただ、三郎は学園祭、という言葉を述べた時、あの時のことを思い出していた。あの時とは、やはり銀髪のこと神威に襲われたときのことだ。銀髪が言った”お前は私と同じ存在だ”という言葉が、三郎に引っかかり続けていたのである。

 

 

「……何か元気があらんに見えるんやけど、大丈夫なん?」

 

「え? そうかな……? 別にいつもどおりだし元気だけど……?」

 

「それならええんやけど……」

 

 

 どこか気持ちここにあらずで気落ちした様子を見せる三郎を見て、亜子も元気がないのではないかと思った。だから亜子は三郎に、病気とかしていないか心配になり、大丈夫なのかと声をかけたのだ。三郎は突然心配する亜子に、心配させてしまったことを悔やみながらも、体をハキハキ動かしながら元気であるとアピールして見せた。亜子はそんな三郎を見て大丈夫かなと思ったが、やはりどこか元気がない三郎がとても心配になっていた。

 

 

「あっ、カキ氷か。食べる?」

 

「ええなー。じゃあウチはイチゴ味がええねん」

 

「わかった、ちょっと待っててね!」

 

 

 三郎は亜子に気を使わせてしまったと思い、とっさにカキ氷屋の屋台を見つけ、亜子にそれを食べたいか聞いたのだ。亜子は三郎がどこか気を使っていることを察し、あえて満点の笑みを浮かべながら、ならばイチゴ味のカキ氷をお願いと話したのである。三郎はそれを聞いた後、待つように言葉にするとすぐさま屋台へ走っていった。その後姿を眺めながら、亜子は静かにため息をついていた。

 

 

「……やっぱり三郎さん、元気あらへん……」

 

 

 亜子は、やはり三郎の元気がないことをしっかり認識していた。自分とのデートが面白くないのではないかと思ったが、そう言う感じでもなさそうだとも思った。ならば何か大きな悩みでもあるのだろうか。それなら自分に相談してほしい。亜子はそう考えながらも、それを三郎に言う勇気がなかなか出ないでいた。

 

 ただ、それを亜子が聞いたとしても、三郎ははぐらかすだろう。この問題は三郎の問題であり、彼が答えを見つけない限り解決しないものだからだ。

 

 その後、三郎が二つのカキ氷を握り締め戻ってきて、そのひとつを亜子へと渡した。そして、二人は祭りを回りながら、他愛のない会話をするのだった。ただ、それでもやはり三郎の小さなわだかまりが解消することはなかった。

 

 

 盛り上がる祭りの中、アスナたちもしっかり祭りを楽しんでいた。木乃香と刹那はアスナの少し後ろを歩きながら、二人で屋台を眺めたりとせわしない様子を見せていた。また、焔は屋台で売っている料理を食べながら、祭りはよいと思っていたようである。

 

 そして、そんなところに現れたのは、リーゼントの青年、状助だった。この状助も祭りの雰囲気とは関係なく、学ランっぽい黒の服装でやってきていた。むしろそんな格好で暑くないのかと言われそうな、そんな格好だった。

 

 

「よぉ!」

 

「状助もお祭り?」

 

「まぁな、たまにはこう言うのも悪くねぇ」

 

 

 状助はアスナを見つけると、片手を挙げて一言声をかけた。アスナは状助がこの祭りに来ていることに意外だと思ったのか、そのようなことを口にしていた。状助もまた、祭りにはあまり顔を出さない人間だった。が、気分転換にはもってこいと思った状助は、この祭りに来たのである。

 

 

「おっと、そういや頼まれたヤツ、終わったんで後で渡すぜ」

 

「もう? いいんちょといいそっちも早いわね……」

 

「おいおい、あっちも終わってんのかよ……。グレート……」

 

 

 また、気分転換だけが目的ではなかった。アスナに頼まれていたナギの調査報告もかねて、ここにやってきたのである。まあ、今は祭りの真っ最中。ここで報告書を渡すと邪魔になる。状助はそう思ったので、後で渡すとアスナに話したのだ。そこでアスナはあやかに頼んだ調査と同じぐらい早いと、その調査速度に驚きを見せていた。状助もあやかの方の調査がすでに終わったことに驚き、グレートとつぶやいた。

 

 

「ところでよぉ、話が変わるんだがよぉ……」

 

「何?」

 

「俺よぉ、あのカギっちゅう先公に誘われてんだけどよぉ……」

 

 

 と、そこで状助はその話を折ると言うことを言い出した。一体何だろうか、アスナはそれを尋ねてみれば、状助はカギに誘われたと言い出したではないか。

 

 

「誘われてるって、何に……?」

 

「例のイギリス、いや、まほー世界っちゅー場所にだぜ」

 

「え?」

 

 

 ただ、誘われたと言っても色々ある。ゆえに、どんなことに誘われたのかわからなかったアスナは、それを再び状助へと聞いてみた。すると、衝撃的な答えが返ってきた。なんと、状助はあのカギに、魔法世界へ来ないかと誘われたと言うのだ。それにはアスナも驚き、一瞬ポカンとした顔で、少々マヌケな声を口からもらしていた。

 

 

「な、何で……?」

 

「俺が知るかっつーのよぉ! いや、多少はわかってるんだが……」

 

「そうなの……」

 

 

 アスナは動揺した様子で、何でそんなことに誘われたのかと状助へ問い詰めた。だが、状助も知らないとばかりに声を上げたが、その後すぐに少しわかると言葉をこぼした。

 

 と言うのも、カギは知り合った転生者にも、魔法世界へ行かないかと声をかけていたのだ。そして状助も、自分が転生者ゆえにカギに誘われたのだと言うことぐらい察しがついていたのである。アスナは状助が誘われたのはよくわからないが、それはカギに聞けばいいと思ったので、その部分は追求せずに引き下がった。

 

 

「で、どうするの?」

 

「どうするったって……、まぁ悩んでるんだけどな……」

 

 

 まあ、誘われたのなら仕方がない。アスナはそれなら返答をどうするのかを、状助へと聞いてみた。すると状助は、さてどうするかと腕を組んで悩んでいる様子を見せたのだ。

 

 この状助、魔法世界とやらには多少興味がある。が、そこで起こりうる事態を”原作知識”で知っていた。さらに、覇王からも魔法世界へ来ないかと誘われた時も断ってもいた。なので、いまさら魔法世界に行きたいというのも気が引けると考えていたのだ。

 

 

「私ははっきり行って、断った方がいいと思うけど」

 

「やっぱそう思う?」

 

「当たり前じゃないの。何かあるかもしれないじゃない」

 

「そうだけどなぁ……」

 

 

 そんな悩む状助へ、アスナはハッキリと断ってしまえと言葉にした。状助もやっぱそう思うかと、アスナへと言ったのだ。

 

 そりゃ当然だ。何せアスナもあっちで何があるかわからないと思っているのだから。それに、状助はスタンドと言う特殊能力を持ってはいるが、身体能力は一般人程度。それを考えれば、危険を冒してまで魔法世界に来ることはないとアスナは考えてるのだ。

 

 ただ、状助とてそのぐらいわかっていた。自分がクレイジー・ダイヤモンドを使えるだけのただの人間と言うことぐらい、しっかり理解していた。それでも悩んでいるのには、ある程度理由があるのだ。

 

 

「そうよ。だから断った方がいいわよ」

 

「でもよぉ……、それなら俺の能力が役にたつかも、と思うとなぁ……」

 

「……何でも治す能力……」

 

 

 だからさっさと断りなさい、アスナは状助へそう再度忠告した。正直言ってしまえば、あまり状助に魔法世界へ来てほしくないからだ。

 

 しかし、状助は自分の能力に多少自信があった。また、”原作知識”を考えて、自分の能力は役に立つと思っていたのだ。なんでも修復する能力があれば、どんな傷でも治すことが出来るからだ。

 

 状助がそう話すと、アスナも状助の能力のことを考えてみた。確かに状助の能力はとても便利だ。どんなものでも即座に修復する力。それは何度も見てきたし、自分も体感した事のある力だ。妙な安心感も存在することも理解していた。

 

 

「でも、それってアンタ自身に効果はないって言ってたじゃない!」

 

「まあそうなんだがよぉ……」

 

「やっぱり危険よ!」

 

「う、うーむ……」

 

 

 だが、アスナは肝心なこともしっかりと覚えていた。昔、状助がアスナへと話したことだ。それは状助の能力、クレイジー・ダイヤモンドの効果は状助本人には適用されていないということだ。つまり、状助自身に何かあった時、自分で自分を治せないということなのだ。だからやっぱり危険だと、アスナは状助に怒鳴ったのである。

 

 状助もそのことを考えないはずなく、確かにそうなのだと縮こまるように声を出していた。まあ、それもどうしようかと悩む要因の一つでもあるのだ。

 

 アスナは状助に危険な目にあってほしくないので、状助に強くあたっていた。状助もそこをわかっていたので、特に文句も言わずにそれを聞いて頷いていたのだ。そんな二人のところへ、あやかがそっと現れた。あやかもアスナと同じように、祭りを楽しむために着物を着てきたようだった。

 

 

「あら、お二人ともごきげんよう」

 

「ん? なんだいいんちょか」

 

「なんだとは失礼ではなくて!?」

 

 

 あやかは二人が話しているのを見て、とりあえず会話に入ろうと声をかけた。ただ、アスナはそんなあやかに、なんだ、と言って切り捨てたではないか。なんだ、なんて言われたあやかは、流石に少し頭にきたのか、怒鳴るようにアスナに文句を言ったのである。

 

 

「それと、お久しぶりですわね、東さん」

 

「う、うーっす」

 

「いつも思うんですが、あなた、私には態度が硬いというか……」

 

「そ、そうっスか? んなこたーねぇーと思うんっスけどねぇ……」

 

 

 ただ、アスナのこんな態度は今に始まったことではない。あやかはその苛立ちを押さえ、久々に会う状助へと挨拶したのだ。状助はなんだかぎこちない態度で、あやかへ挨拶を返していた。

 

 そんな状助を見たあやかは、いつもいつもそんな態度で接する状助に疑問を感じたのであった。だから状助に、何故自分の時はそこまで態度が硬いのかと聞いたのである。

 

 しかし、状助はまたしてもぎこちない態度で、そんなことは無いと否定した。が、実際そんなことはあると思っている状助。どうしても状助は、あやかへ接する態度が硬くなってしまうらしい。だが、その理由はあやかが”原作キャラ”だからと言うわけではなく、単純にお嬢様だからなのだ。

 

 

「まあいいでしょう。それよりアスナさん」

 

「何?」

 

 

 まあ、それよりもあやかはアスナに伝えたいことがあった。と言うよりも、それを伝えるためにアスナのところへやってきたと言っても過言ではなかった。ゆえに、あやかはアスナへと再び声をかけた。アスナもあやかの意味深な言葉に、何だろうと思っていた。

 

 

「私、イギリスへ旅行することに決めましたわ!」

 

「そうなんだ」

 

「何イィッ?!」

 

 

 そして、あやかは深呼吸をした後、イギリス旅行へ行くことをアスナへとビシッと指をさして堂々と宣言したのだ。そんなあやかの前でさえ、淡白な態度で接するアスナ。アスナはあやかの行動に基本的に慣れており、別に今さら驚くようなことではないのだ。しかし、そのアスナの隣に居た状助が、逆にめちゃくちゃ驚いていた。飛び上がって雲を突き抜けるぐらいの驚きようだった。

 

 

「? なんで東さんが驚くのです?」

 

「いや、何でもねぇっスよお!」

 

「はぁ……」

 

 

 状助の異様な驚きように、あやかは少し引いていた。が、何で驚いてるのかまったくわからなかったので、それを状助に尋ねてみたのだ。すると状助はあれだけ驚いていたにも関わらず、なんでもないと言い出した。あやかはもはや意味がわからなくなり、ただため息をつくだけであった。そこで状助はアスナの方を向き、突如その肩に腕を回して顔を近づけだしたのである。

 

 

「おい、どういうことだよアスナぁ!」

 

「どうもこうも、イギリスぐらい問題ないでしょ?」

 

「そりゃそうだが……」

 

 

 さらに、状助は小声ながら叫ぶような感じで、一体どういうことだと言い出した。アスナはそんな状助に呆れながら、イギリスに来るぐらいなら問題ないと話したのだ。それを聞いた状助は、まあ確かにと思ったのか、急に勢いを失いたじろいでいた。

 

 

「あっちに行くには数多くのセキュリティーを抜けなきゃならないし、普通の人にはまず来れないわよ」

 

「うーむ……」

 

 

 アスナとて何も考えなしに、あやかのイギリス行きを許すはずがない。何せ魔法的セキュリティーを突破しなければ魔法世界などには行けないのだ。それを状助へと説明すると、状助は完全に黙ってしまったのである。

 

 

「何を二人でコソコソ話してるんですの?」

 

「な、なんでもねぇっス!」

 

「別になんでもないけど?」

 

 

 突然コソコソしだした状助とアスナに、何を話しているのかと語りかけるあやか。状助は今の会話のこととアスナの肩に腕を回している状況にハッとして、慌ててアスナから離れてなんでもないと言葉にしていた。しかし、アスナはやはりしれっとした態度で、別に何もないと言うだけであった。

 

 

「ふーん? とりあえずそう言うことですので、いつ行くか決まったら教えてくれますわね?」

 

「ああ、それならカギ先生が言うには、8月の12日あたりって言ってたわよ」

 

「そうですか……。わかりました、助かりましたわ」

 

「一応の日程だけどね」

 

 

 あやかはアスナが何でもないと言うのなら、まあそうなんだろうと思い、淡白な返事を返していた。そして、ネギたちがイギリスに出発する予定が決まったら教えてほしいと、アスナへと頼んだのである。

 

 アスナはそれを思い出したかのように、すぐさまあやかへと話した。カギが予定するには、大体8月12日をめどに、イギリスへ行くと言っていたのだ。その説明を聞いたあやかは笑顔でアスナに礼を述べると、アスナはまだ決定と言う訳ではなく、予定であると言葉にした。

 

 

「では、お二人とも、引き続きお楽しみくださいませ」

 

「はぁ?」

 

「そりゃどういう意味っスかねぇ……?」

 

 

 とまあ、言いたいことも言ったし聞きたいことも聞いたあやかは、仲良さそうにする状助とアスナの邪魔をしてはよくないと思い、一言別れを述べるとすぐさま立ち去っていったのだった。アスナはあやかの意図がまったく理解できず、とぼけた顔で疑問の言葉をもらしていた。

 

 しかし、状助は微妙にあやかの言葉が理解出来たのか、何か勘違いをされてしまったのではと思ったようだ。なので、どんな意味でそれを言ったのか聞きたかったようで、それを声に出しては見たが、すでにあやかの姿はなかったのだった。

 

 

「別に走って立ち去る必要なんてないのに……」

 

「おっ、おぉぉ……、グレート……」

 

 

 あやかが勢いよく走り去ったのを見て、アスナはなんでそこまでするのかと言うことを口からこぼしていた。だが、やはり状助は意図を多少理解していたので、しゃがみこんで頭を抱えながら、唸り声をあげていたのである。

 

 

「そっ、そうだ! 俺も祭り勝手に回るからよォ! まっ、また後でな!」

 

「え? 別に一緒に回ってもいいんだけど?」

 

「オメーら女子だけで遊んでるのを邪魔なんてできねぇぜ!」

 

 

 そこで状助は突如立ち上がり、一人で祭りを回ると言い出した。そして、また後でと言って即座に立ち去ろうとしているではないか。アスナは気にせず一緒に回ろうと言うが、状助は女子だけで遊んでるのに男子が居ては邪魔になると言い訳し、NOと断った。

 

 

「と言うワケで、さらばッ!」

 

「ちょっと、状助!?」

 

 

 さらば。状助はそう叫ぶと、両腕を振り上げてランナーのように走り去った。アスナは状助を静止しようと声をかけたが、気がつけば姿が見えないところまで逃げられてしまったのである。

 

 

「おろ? 状助がおったと思ったんやけど、どこへ?」

 

「何か慌てて走り去ってったわ……」

 

 

 状助が走り去った後、アスナの下へ木乃香がやってきた。そして、状助がいたような気がしたとアスナへ話すと、なんだかわからないが状助は走って行ったと、アスナは木乃香へ説明したのである。

 

 

「私たちに気を使ってくれたのと、女子に囲まれるのに抵抗があったのでしょう」

 

「別にいまさら気を使うような仲でもないでしょうに……」

 

「状助も男子やし、女子にはさまれるっちゅーのは恥ずかしいんやろな」

 

「そんなもんかしらねぇ」

 

 

 そこに刹那も現れ、状助は女子に囲まれるのは抵抗があったのだろうと想像を語っていた。ただ、アスナは随分長く状助と付き合いがある。それゆえ、いまさらそんなことを気にする必要なんてないだろうと思っているのだ。そう言うアスナに木乃香が刹那の言葉を便乗し、女子複数と一緒に居るのは状助も恥ずかしいのではないかと話した。

 

 まあ、そりゃ年頃の男子が女子に囲まれるのは少し気恥ずかしいものかもしれない。それでもアスナはそこんところがよくわからないようで、そんなもんなのかと言葉にするだけだった。

 

 

「先ほどの会話を耳に挟んだのだが、あっちへ行くという話しか?」

 

「ん? まあ、そんな感じかな」

 

 

 そう腕を組んで状助のことを考えるアスナのところへ、焔が現れ声をかけた。焔は先ほどの話しを小耳に挟み、魔法世界へ行くということなのだろうかと思ったようだ。また、焔はやはり右手にはフランクフルトを握り、屋台の食事を満喫しているようだった。アスナもそんなことを話していたと、正直にそれを話したのである。

 

 

「その件で言ってなかったことがあったので、ここで話そう」

 

「ん? 何のこと?」

 

 

 焔は話してなかったことがあったので、それを思い出してここで話すことにした。それは何だろうか、アスナはクエッションマークを頭に光らせ、それを焔へと尋ねてみた。

 

 

「私は兄と一足先にあっちに戻ので、同行は出来ないと言おうと思っていたのだ」

 

「そっか。まあそっちは完全に帰郷だもんね」

 

 

 焔はアスナたちが魔法世界へ行くことを知っていた。だが、それに同行することは出来ないと話した。何せ焔は義兄である数多と、その前にアルカディア帝国へ帰ることを予定していたからだ。

 

 アスナはそれを聞いて、まあ自分の実家みたいなところへ帰るのだから、それも当たり前かと言う様子を見せていた。それに、自分たちについて来る義務はないし、特に気にすることではなかった。

 

 

「とは言え、まだすぐに戻ると言う訳ではないので、もう少しこちらで遊ぼうとは思ってる」

 

「そうね。じゃあ今度みんなで海に行く話はOKってことね?」

 

「それなら問題ない。毎年のことだが、若干楽しみにしてるのだからな」

 

「そっかそっか」

 

 

 ただ、すぐに帰るという訳ではないと、焔は話した。せっかくの夏休みなのだから、とりあえずこちらで遊んでからでも遅くはないと思っていたのだ。そこでアスナは、ならば約束していた海に行く話しは問題なしでよいのかと質問すると、別に問題ないと微笑みながら焔は答えた。

 

 また、海へ行くことは毎年の恒例であり、焔にとってそれは楽しみの一つとなっていたのである。ゆえに、行かないという選択はなかったのだ。アスナはその答えに満足したのか、ニッコリ笑って納得した様子を見せていた。

 

 そして、彼女たちは屋台を回りながら、夜の祭りを堪能するのだった。


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