彼の名は
彼は”ピンクダークの少年”と言う作品を、雑誌に連載しており、その作品は大多数の支持を得て、人気を博していた。と言うのも、彼は
なぜなら”ピンクダークの少年”という題名のマンガは、”岸辺露伴”が執筆しているという設定だからだ。また、転生者なら誰もが一度ぐらい読んで見たいと思うだろう”ピンクダークの少年”を、描いて見たい、読んで見たいとも思ったのだ。だから彼は岸辺露伴の能力をもらい、このネギま!の世界へとやってきたのである。
ならば、この湖畔という男性、特典から察すれば、スタンド能力である”ヘブンズ・ドアー”を持つことになる。ヘブンズ・ドアーとは、他者を本にすることで、その記憶を見ることが可能となる能力だ。さらに、そこへ命令を書き込むことで、他者を操る事だって可能なすさまじいスタンドなのだ。
そんな彼が今回訪れたのは、やはり麻帆良学園都市だった。ここには日本に居ながらもヨーロピアンな雰囲気を味わえる場所であり、マンガの取材には持ってこいだと思ったのだろう。
…… …… ……
……懺悔室と言うものをご存知だろうか。麻帆良の教会にさりげなくある、電話ボックスのような部屋のことだ。扉が閉まる部屋に神父が入り、もう一つ同じような部屋がつながっており、そちらには悩みや罪を打ち明けるものが入る。
部屋と部屋の間には小窓があり、話し声は聞こえるようになっているのだが、相談者と神父の顔は互いに薄暗くって見ることは出来ない。そして、相談者はその小窓に向かって自分の犯した”あやまち”を
その場所へと湖畔は興味を感じて立ち寄り、取材していたのだ。カメラやフラッシュは明らかに禁止なので、流石にそれはしなかったが、神父が不在の時に彫刻のデザインや材質も調べたりしていた。
そこで、神父に告白するのも悪くないと考え、その部屋へと入ってみた。特典元の岸辺露伴が言っていた、”体験はリアリティを作品に生む”と言うことを思い出しながら。
だが、もちろん彼は今まで罪を犯したことも無いので、”神から転生させてもらってずるい能力を頂きました”と告白しようと考えていた。
そんな時、彼は入る部屋を間違えたのか、隣の部屋にもう一人、別の誰かがやってきた。そして、彼を神父と勘違いしたのか、突然告白を始めたのだ。
「神父様ァ……、告白に参りました……。私は深い罪を犯しました……」
「……!」
湖畔は一瞬驚いた。突然誰かが告白しに、隣の部屋へと入ってきたからだ。さらに、その罪を告白しに来たと言い出したからだ。その声は男性、おそらく10代中半から後半ぐらいだろうか。若干細い感じであり、美声と呼ぶには微妙だが、変な声ではなかった。
そう、湖畔は自分が居る方が神父の入る部屋だと言うことを知らなかったのだ。知らないから取材しているのだから当然だろう。入ってきた男はこの湖畔を神父と勘違いしてしまったのだ。
そして湖畔はその時、この男の告白を聞いてみようと思った。少しばかり外道な考えだと思ったが、”体験は作品にリアリティを生む”と考えたからだ。
それに、ここに来て”ぼくは神父じゃないもーん”なんてことも言えるはずも無かった。結局のところ、”神父に話した”って思うことが、この男にとって大切なのだろうと考え、神父の振りをすることにしたのだ。
「……神父様……? どうかされまいたか……?」
「オ、オホンッ! どう……ぞ、気になさらず、続けてくだ……いや、続けなさい……」
男はやってきたのに声も出さない神父に、どうしたのだろうかと言葉にした。湖畔はマズイと思ったのか、そこで神父のような振る舞いを行い、その男の告白を話させようとしたのだ。そう湖畔が発言した後、数秒だけ無音の時間が過ぎ去った。そして、男はとうとう罪を告白し始めた。
「はい……。どう話したものか……。神父様は当然、”神”を信じておられるはずです」
「……無論です……」
だが、男はすぐに罪を話さず、前置きを語りだした。それは神を信じているかという質問だった。当然神父ならば神を信じているだろうと、その男は話していた。
そう聞かれた湖畔も、神父になりきった気分で、その質問を肯定した。まあ、この湖畔も一応”神から転生させられた”存在なので、否定することは出来ないのである。
「……私はそんな”神”から恩恵を与えられ、生まれ変わらせてもらった存在なのです……」
「……!?(何?!)」
しかし、次の瞬間、この男はとんでもないことを告白したのだ。そう、それは神から転生させられた存在だと言うことだ。まさにこの男は転生者だとことを、暴露したのである。
流石にその話に、湖畔も仰天していた。懺悔しに来たこの男が、転生者だったからだ。こんな些細な場所で、転生者に会うなど思ってなかったからだ。
「信じるのも信じないのもどちらでもよいのです。私が話したいのは
(するとコイツもぼくと同じ転生者というワケか……)
ただ、この男が告白したい部分はそこではないらしい。湖畔はとりあえず落ち着きを取り戻し、なるほど、転生者だったのか。結構簡単に会えるもんなんだなと考え、拍子抜けだと思っていた。そんな湖畔へと、男はゆっくりと自分の過去をポツリポツリと語りだした。
「私は数日前まで、すばらしい気分で生きてきました。神のおかげです。最高でした……」
(特典を使って有意義に過ごしてきたのか……。だが、
数日前までは、神の特典により最高だったと男は言った。特典はすばらしかったと、過去形で話したのだ。それにも湖畔はショックを受けた。
この男は特典を使って有意義に生きてきたことはわかった。転生者ならばそうするのが当たり前だと、湖畔もある程度思っていたからだ。しかし、それ以外に気になることがあった。
この男は過去形で話した。つまり、今は違うということに、どうしてなのかと湖畔は疑問を感じたのである。
「私は、私と同じように神から恩恵を受けた、どうしようもないものたちを倒す日々をすごしてきました。本当にどうしようもない下劣なヤツらです……」
「……」
だが、男はそのことを後回しにし、自分が行ってきたことを話し出した。そこじゃない、と湖畔は思いながら、じらされた気分を味わっていた。
それでも、どうせ後で話すだろうと思った湖畔は、無言のままその男の懺悔を聞いていたのだった。また、コイツは他の転生者たちをぶちのめして来たと、サラっと口にしたことを、湖畔は野蛮で暴力的なヤツだと思っていた。
「そして、”原作キャラ”をなんとしてでも救済したいと思い、私はそんな彼女たちへ近づき、お付き合いをしようとも思いました……」
「……原作……キャラ……?」
「……失礼しました。
男はさらに原作キャラの救済と言い出した。湖畔は何様のつもりだと思いながらも、原作キャラと言われてわからないフリをした。すると男は湖畔を神父だと思っていたので、原作キャラなんてわかるはずがなかったと言葉にしていた。
「いえ、
「…………(幸せにねぇ……。でもこんな奴が他人を幸せに出来るとは到底思えん)」
ならばわかりやすい言葉で説明しようと、男はべらべらとそのことを話し出した。なんということか、その男は原作キャラと称した3-Aの少女たちを、必ず不幸な目に会う少女と言い出したではないか。
さらにはそうならないために、幸せにしてやろうと言う上から目線で、物事を語ったのだ。湖畔はこの男を身勝手なヤツだと思い軽蔑し、こんなやつが他人を幸せに出来るはずが無いと考えた。
他の転生者を平気でぶちのめし、原作キャラを幸せにしたいなど、明らかに個人の欲が丸出しだったからだ。
「私はそうやって生きてきました。私を信じて仲良くなった子たちは幸せになると思っていました……」
男はさらに、仲良くなって幸せにすると言い出した。だが、”たち”と言うことは複数形。つまるところ、この男は大層な理由をつけただけで、単なるハーレムを作りたいという欲望にまみれた存在だと、言っている様なものだったのである。
湖畔もここまで来ると、自意識過剰でくだらない男だと思っていた。マンガの主人公にしても絶対に人気の出ないタイプだと考え、早く話が終わらないかと思い始めていたのだった。
「ですが、そんな私の邪魔をする卑劣で最低の存在が現れたのです……」
(当たり前だろう? お前のようなヤツを知ったら倒そうと思うヤツが出てくるに決まっている)
それでも湖畔の考えなど男にわかるはずも無く、男はまだまだ身の上話を続けるようだった。そう、それは男の計画を邪魔するヤツが現れたということだったのだ。湖畔はそれも当然だと考えた。こんなゲスを野放しにするはずがないだろうと、絶対にぶちのめしたいと思う奴が現れると考えたのだ。
「そして私は
「……ウム、それで……?(特典を
そして、男はまたしてもとんでもないことを口にしたのだ。なんということか、神から与えられた特典を奪われたと、はっきり言ったのだ。
湖畔は再び驚いた。だが、同時に納得した。先ほどの”数日前まで”という言葉の疑問が晴れたからだ。ただ、どうやって特典を抜かれたのか、逆に新たな疑問も生まれた。
まあ、それは多分話してる相手も理解してない様子だったので、気になるところだが知ることは出来ないと湖畔は思った。
「さらに、地に落ちた私にトドメを刺すべく、下劣なるものたちを倒してきたことを、この学園全体に暴露されてしまったのです」
また、特典を抜かれて苦しんでいるところへ、追い討ちをかけられたと男は言い出した。それはまさに、この男が下劣と称すものたちをぶちのめしたことを、公表されたということだ。それにより、この男はさらなる窮地へと陥ったようである。
「悔しかった、許せなかった。下劣なるものたちは、
(おいおい、それはただの逆恨みじゃあないか。まったく反省すらしねーのか、コイツは……)
だが、男はそのものたちをぶちのめしてきたことを反省も後悔も微塵もしていない様子だった。むしろ、そいつらはそうなって当然だと、平然と言葉にしたのだ。それだけではなく、どうして自分が苦しまなければならないのかと言い出す始末だったのである。
湖畔もそれには完全に呆れた。まったく反省すらせず、自分が悪いとも思っていないこの男を、本当に最低なヤツだと思ったのである。
「その暴露したものを、そう、”原作キャラ”の一人に私は復讐を誓いました……」
(暴露したのが
また、その行いを暴露したのが、原作キャラだと話し出した。さらに、そのものに復讐を行ったようである。
湖畔はそこで、誰がそんなことをしたのか考えた。そこで、当てはまるのはあのパパラッチのこと朝倉和美だったが、そこまでするようなやつだったかと、少しだけ疑問に感じていた。
「そして、そのものに恥をかかせてやるべく、私は襲い掛かったのです……」
「……オホン。して、それが罪であると……?」
この男は復讐のために、そのものを襲い恥をかかせようとしたようだ。湖畔はそれを聞いて、先ほどからこの男がまったく罪を語らないので、それこそが罪なのだろうと思ったのである。それを神父風に聞いて見ると、もっとおぞましい答えが返ってきたのだ。
「いえ、神父様。
(それが罪じゃあないだと? 何を寝ぼけたことを言ってるんだ……? じゃあ何が一体コイツの罪になると言うんだ……?)
それも罪ではないと、この男は話したのだ。むしろ、それではなく別に罪があると言ってのけやがったのだ。湖畔はもうこの男がクソ以下だと完全に理解し、ならば何がこの男を罪と感じさせるものなのだろうかと、考えさせられるほどだった。
「……今の復讐、結果は失敗に終わりました……」
その話の後、男は悔しそうに復讐が失敗に終わったことをこぼした。声は震え、本気で悔しそうであった。
「襲い掛かり辱めを与えてやろうとしたその時……ッ!
何故失敗したのか。男はそのことについても語りだした。何とこの男、そのものに辱めを与えようと、襲い掛かったというのだ。しかし、その直後、見えない何かに阻まれ、殴り飛ばされたと言ったのだ。
「その現象が何だったのかはわかりませんが、とにかく失敗してしまいました。私は非常に悔しくて、仕方のない出来事でした……」
(失敗してよかったじゃあないか。しかし、不思議な何かというのも気になる……)
男はその不思議な現象を理解していない様子で、失敗を悔しがっていた。あんなことさえなければ、自分の復讐は果たせていた。そんなことを思っているような言い草だった。
湖畔はむしろ、失敗してよかっただろうと思った。そんな馬鹿なことをしたら、サツに捕まってムショ行きなのは確実だからだ。
それに不幸な少女が出なくてよかったとも思っていた。こんなゲスにひどい目に遭わされたとなれば、二度と立ち直れそうにないだろうと考えたのである。
それ以外にも、その不思議な現象とやらにも興味があった。スタンドなのか、あるいは別の何かなのか、どちらにせよ興味がある現象だった。
「……して、そのあなたの罪とは……?」
「
だったらお前の罪は何なんだよ。いい加減話してくれないか。湖畔はもう完全に呆れてしまっており、長く話を聞くのも億劫になっていた。だからしれっとそれを質問すると、男は突然興奮し始めた。
「……あの
「……!?」
男は罪を思い出したのか、怒りで両手を強く握り締め、ギリギリと音が鳴っていた。歯も食いしばっており、すさまじい歯軋りの音が狭い部屋に響き渡った。湖畔は男の変貌に、かなり驚いた。一体何をしたら男がこうなるんだろうかと、不思議に思うぐらいに。
「ググッ……、道端に……、道端にはき捨てられて踏みつけられ……、黒く汚れた汚らしいガムのような……ッ!」
すると男は怒りのあまり、声がすさまじく震え、手は握りすぎたのか血が流れていた。湖畔にはそれを見ることは出来なかったが、なんとなく想像はついた。そして、男はすさまじい怒りをあらわにしながら、誰かを罵倒するようなことを言い始めたのである。
「あのッ、ううゥゥ……ッ あの世の中の全ての汚物より下劣なッ!
「………!!」
男はなんと、片割れという誰かに敗北したことこそが、自分の罪だと告白したのだ。しかし、告白というよりも、もはや呪いの叫びであった。男は叫びながらその部屋に立ち、殺してやるといわんばかりに全身を震わせていた。
湖畔は男のその大声に驚き、少し後ろへ体を引いていた。うるさいというだけではなく、どんだけ憎んでいるんだろうと思いながら。というよりも、この男は先ほどの自分の行いよりも、誰かに敗北したことの方が罪だと感じているようだ。なんという自分勝手なヤツなんだろうか。
「……私はッ……。たった一度の敗北で、全てを奪われたのですッ……!」
男はさらに叫び続けた。一回の敗北で、何もかもを失ったと。奪われたと。それがたまらなく苦しく悔しいことだと。
「力も才能もッ! 信用も地位もッ! 神からの施しもッ!! この生きるための全ての何かをッ! そのたった一度の敗北程度で奪われたッ!! この罪を許せると思いますかァッ!? 神父様ァおおおおぉぉォォ――――――ッ!!!」
「…………」
自分の全てを失い奪われた、こんなことは許されない。絶対に許してはならない。男はそう叫んでいた。神父へと叫んでいた。いや、だが聞いていたのは湖畔であって神父ではない。ゆえに、湖畔はこの男にドン引きだった。もう何もかもが最低最悪なヤツだと考えていたのだ。
「……オホン……」
「ハァーッ! ハァーッ! ……し、失礼しました……。少し興奮しすぎたようです……」
「……いえ、大丈夫です……」
流石に興奮しすぎる男へと、湖畔はわざとらしいせきを出して、なだめようと思った。すると男は叫びで呼吸が苦しくなったのか、息を荒くしながら興奮したことへ謝罪をしていた。湖畔はぶっちゃけ大丈夫じゃないと思いながら、その謝罪に大丈夫だと答えたのだ。
「とても話さずにはいられませんでした……。まさに地獄、生き地獄を味わっている気分でしたので……」
「…………」
男はこのことを誰かに話したかった。多分話す相手が誰も居なかったのだろう。だからこんな場所に来て、自分の愚痴を叫んだのだろう。男はそんな感じだった。湖畔は迷惑なヤツだと思いながら、あえて黙って聞いていた。
「しかし、ああしかし、私は
男はそれでも諦めていなかった。自分は生きている。この世界に存在している。ならば、この怒りと憎しみをぶつけてやろう。もう一度力を得て、再び返り咲いてやる。男はまだ戦うつもりだった。こんなに落ちぶれても、復讐を、野望を捨ててなかったようである。
――――――お気づきだと思うが、この男こそ、敗北してくたばった、銀髪のこと天銀神威である。まったく懲りてないどころか、いまだに敗北を受け入れきれず、復讐に燃えているようだ。
また、この神威は和美がこそこそなにかをやっていることに気がついていた。だが、何も出来ないと高をくくり、捨て置いてしまっていたのだ。ゆえに、和美が匿名で神威の暴行を暴露し、この麻帆良の人々からの信用を失ってしまったのだ。
それに怒りを感じた神威は、和美へと復讐しようと考えた。自分の行いが悪かったというのに、最低の発想である。神威は和美を見つけると、すぐさま襲い掛かった。そこへ、和美のボディーガードをしていたマタムネにボコられ、失敗したということだったのだ。
そういった経緯があり、もはや叫ばずにいられなくなった神威は、こんなところで愚痴を言う情けない醜態を晒していたのである。あの余裕をきめて調子に乗っていた、銀髪の姿は存在せず、みすぼらしいただのクソガキになれ果ててしまったようだ。
「あのクソ! どこへ隠れやがった!?」
「こっちに入ってきたのはわかってるんだぞ! 出て来いよ卑怯者めッ!!」
「ヒィィッ!!!?」
そう男が叫んでいるところへ、別の誰かが教会へと入ってきたようだ。その誰かはこの神威を探している様子だった。その声を聞いた神威は、なにやら怯えた声を上げて頭を抱えていた。
「そこか! 声が聞こえたぞ!! 引きずり出してやる!!」
「や、やめろぉ!! この醜いクソカスどもがああぁぁぁァァァァァッ!!! この私に触れるなアァッ!!」
「ほざくんじゃねぇ! どっちが醜いか今教えてやるっつーんだよぉ!!」
「あん時の痛みは忘れてねぇぜぇ!? 100倍にして返してやるからよぉ!!!」
神威が悲鳴を上げたのを聞いたその誰かが、神威が懺悔室にいることに気がついたようだ。すると、その誰かたちは神威の腕をつかみ、無理やり懺悔室から引きずり出したのである。
その様子を湖畔は、懺悔室の窓からチラリとのぞきながら、復讐されてるんだなと思ったようだ。
「うわああああぁぁぁぁぁあぁあああッ!! た、助けてくださいぃぃ! 神父様ぁぁぁ!! お助け!! たすっ! 助けろっつってんだろうがァァァァッ!!!!」
「さあこっちに来い! まだ殴りたりねぇんだからよぉー!!!」
「あっあっあっああああああ―――――――ッ!!!?」
神威はぐいぐいと引きずられながら、教会の外へと連れ出されていた。もはや苦し紛れに神父へ助けを求める神威だったが、まるで反応がないことにキレたのか、醜く叫んだのである。
いやはや、何と言う落ちぶれっぷりだろうか。誰かたちは神威に昔ボコられたものたちだったようで、そのまま神威を引きずったまま教会を出て行ったのだった。
神威にひどい目に会わされた転生者たちは、何とか神威に復讐してやろうと考えていた。だが、神威はすさまじい強さがゆえに、手が出せずにいたようだ。しかし、神威の悪事が匿名で張り出された記事を見て、神威が弱体化したと考えた。
何せあの神威はバレないように転生者をボコしてきたのだ。それが明るみに出たということは、神威に何かが起こった証拠だ。また、普段は調子こいて威風堂々としていた神威が、突然怯えだしたのである。明らかにおかしい神威を見れば、特典を失ったとは思わないにせよ、弱体化したと考えるのが普通だ。
だから転生者たちは神威が弱体化、実際は特典を失ったのをいいことに、復讐を始めたのである。まあ、それも全て神威が原因であり、因果応報なので仕方のないことでもあるのだが……。
「…………」
神威が引きずられて外へ出て行くのを、湖畔は黙って窓から見ていた。そして、情けない叫びが聞こえなくなり、完全に教会の扉が閉まったのを確認した後、こっそりと懺悔室から外へと出た。
「世の中にはまったくもって、進歩の無い人間というものが居るとは聞いたが、まさかあんなのが居るとはね……」
そして、この後あの神威が、どうなったかまでは湖畔もわからないことだった。
特典を抜かれ復讐され続けても、あきらめず孤独に人生を前向きに生きる男……。彼は本当に最低最悪の悪人だと思うが、そこのところは尊敬できる。まあ、そう思うのは自分だけかもしれないが……。そう湖畔は考えながら、その教会を後にしたのだった。
…… …… ……
湖畔は教会を出た後、適当に麻帆良をふらついていた。そこで腕時計を見ると、随分と時間が経っていた。教会で過ごした時間が随分長かったようである。
湖畔は今の時間を見て、あの男の懺悔が無駄に長かったと思い、少しだけ無駄な時間を過ごしたと思ったようだ。それでも得るものはあったとも思っていた。特典の消滅が存在したことは、この湖畔にとってかなりの収穫と言えるものだった。
「やれやれ、変なヤツの懺悔を聞いていたらこんな時間か」
しかしまあ、そこそこいい時間になってしまったので、今後の方針をどうするかを考えていた。とはいえ、まだ日が落ちるには時間があった。別に急いで帰る必要もないので、休憩しながらでもそのあたりを考えようと思ったのである。
「まあ、まだ時間はあるし、この麻帆良でのんびり過ごすのもいいかもな」
湖畔はそこで休憩しようと考え、喫茶店へと足を踏み入れた。適当にアイスコーヒーを頼み、外にあるテラスの席へ座り、持ってきていた鞄をテーブルの下へと置いて、さてどうするかと考えた。そこでふと、周りを見渡せばどこもかしこも学生だらけと言う状況だった。
「……にしても学生が多いな。流石は学園都市と言うだけある」
ここは麻帆良学園都市、学園都市と言うだけあって、学生が多いことは当然かと湖畔は考えた。湖畔は麻帆良には住んでいないので、こういった雰囲気などもなじみが無く、珍しいものなのだ。そうやって色々と考えて居るところに、女子学生らしき少女が湖畔の横へと現れた。
「あのー、そこのお兄さん」
「……ん? 何だ君は突然……」
黒いロングヘアーで二本の触覚を生やしたメガネの少女。それは夏用の制服姿の早乙女ハルナだった。今日は平日という訳で、当然学生らしい恰好をしていたのだ。
そんなハルナは、湖畔をどこかで見た男性だと思ったようで、その湖畔に声をかけたのだ。湖畔は知らぬ少女に声をかけられ、一体どうしたんだと、迷惑そうな表情でそれを言葉にしていた。
「あー!! やっぱり! ピンクダークの少年の作者! 水辺湖畔先生!!」
「なっ!? おいおい、そんな大声でぼくの名を叫ぶなよ……。いっせいに人が来たらどうするつもりだ?」
そこでハルナはようやく湖畔を思い出したのか、突然叫びだしたのだ。と言うのも、ハルナも湖畔が描いたマンガである”ピンクダークの少年”の愛読者だったのだ。当然その作者本人が目の前にいれば、盛り上がってしまうのも仕方のないことだろう。
だが、湖畔はかなり迷惑だった。自分はソコソコ売れっ子マンガ家だと自負している湖畔は、こんな人の多いところで名前を呼ばれたら、人が詰め寄ると思ったのである。
「どうしたのですか? ハルナ」
「聞いてよゆえー! あの湖畔先生がここにいるんだよ!!」
「えっ!? 本当ですか?!」
その叫ぶハルナの後ろへ夕映とのどかがやってきた。どうしてそんなに騒いでいるのか、気になったようだ。ハルナは即座に高いテンションで、目の前に湖畔が居ることを夕映に伝えると、夕映も同じように驚いていた。夕映も”ピンクダークの少年”を愛読していたようだ。
「そーだ! 湖畔先生! サインください!」
「私も貰うです! お願いします!」
「……散々騒いでおいてあつかましいヤツだな。まあ、そのぐらいはスペシャルサンクスだ」
ハルナは思いついたかのように、湖畔へサインをねだった。鞄からスケッチブックを取り出し、サインしてくれと差し出したのだ。夕映も同じく本を取り出し、その表紙の裏側にサインをねだった。湖畔は何と言うあつかましい奴らだと思いながらも、サイン程度なら手間にならないと考え、その場でサインをしたのである。
「すげー! ドリッピング画法!? しかも珈琲で!!?」
「ありがとうございます!」
なんということか、湖畔はストローを使いアイスコーヒーを飛び散らせてサインを描いたではないか。これぞまさしくドリッピングと呼ばれる画法。
ハルナはそのサインの技術の高さに驚き、いいものが見れたと思った。コーヒーを飛ばしただけでサインにしてしまうなんて、とんでもない早技だったからだ。隣の夕映も即座にサインがされたことに驚きながら、頭を下げて礼を述べていたのだ。
「のどかもどうです?」
「え? 私はいいかな……」
夕映はその後ろに居るのどかにも、サインしてもらえばいいと話した。ただ、のぞかは”ピンクダークの少年”を読んでいないので、興味が無いようだ。
と言うよりも、”ピンクダークの少年”の絵柄は非常に濃いので、人を選ぶのである。のどかには少し刺激が強かったのか、あまり読みたいマンガではなかったのだ。
「今度は握手してください!!」
「サインの次は握手だとぉー? 遠慮を知らんのかこの娘は」
ハルナはサインを貰って満足そうな笑みを見せていたが、そうではなかったようだ。今度は握手までねだったのである。流石にそれは無礼すぎるだろう。湖畔も遠慮を知らんヤツだと、露骨に嫌そうな表情をしていた。
「まったく、まあいいか。……ほら」
「やったー!!」
それでも湖畔は握手ぐらい気にすることも無いと思い、その左手を差し出した。ハルナは万歳して大喜びし、両手で湖畔の左手を掴んで感激していたのだった。
「ん?」
と、湖畔はハルナと握手しながら、こちらを見る男子生徒らしき人物に気がついた。その男子生徒はすさまじく驚いた表情をした後、なにやらすごい険しい表情へと変えていったのだ。
「お、おい……、あれはまさか……
「いやー、サインだけでなく握手までお願いしてすいませんでしたー!」
それはなんと、あの状助だ。だが、湖畔は状助のことを知らない。だから特典元である、”東方仗助”が居ると錯覚したようだ。しかし、ここはネギま!の世界。”東方仗助”が居るはずも無いのだ。
つまり、あれはその”東方仗助”の能力をもらった転生者だと湖畔は一瞬のうちに理解したのだ。それでも湖畔は焦りの表情を変えなかった。険しい表情の状助が、ズンズンと近づいてきていたからだ。
そんなことなど知らぬハルナは、握手してもらった手をマジマジと見て喜んでいた。こりゃ一日は手を洗えないと思いながら、湖畔へと礼をしっかり述べていたのだ。
「ハッ!?」
「あのー、どうかしました?」
湖畔は、どうして状助が恐ろしい表情で、こちらにゆっくり近づいて来ているのかわからなかった。そこで湖畔は周りを見渡すと、そこには”原作キャラ”の三人に囲まれているという状況だと言うことを、ようやく理解したのである。
そんな状況下に置かれた湖畔が驚きの表情となったのを見たハルナは、一体どうしたんだろうかと思ったようだ。何かまずいことでもしてしまったのだろうかと、少しだけ不安になったのである。
(おいおいおいおい……。この状況、まるでぼくが彼女たちを
湖畔はさらにこの状況を分析した。そうだ、これではまるで自分がスタンドを使って、この娘たちをはべらせているようだと、客観的に捉えたのだ。
ならば、あの怒れる”東方仗助”は、そう勘違いしてこっちにやって来ているのではないか。この湖畔をぶちのめそうと考えているのではないか。湖畔はそう思考するとさらに焦りが増していった。
「あ、あれは東さん?」
「えっ? 東君って湖畔先生とお知り合いなの!?」
夕映も湖畔を不思議に思い、その湖畔の視線の先へと目を移した。するとのしのしとこちらへ歩いてくる状助を発見したのだ。それを言葉に出すと、ハルナは状助がこの湖畔の知り合いなのだろうかと思ったようだ。
何せ状助の視線は自分たちではなく、湖畔へと向けられていたからだ。また、湖畔の視線も状助を捉えていたからだ。湖畔は状助が近づいてくることに危機感を覚え、気がつけば椅子から立ち上がっていた。そして、状助は湖畔とテープルごしで対峙したのである。
また、この少女三人は、学園祭の戦いにて状助と共闘した。一応顔と名前を紹介しあい、知人となっていたのだ。だからハルナも夕映も、状助のことがわかったのである。
「うおっ!?」
「湖畔先生、何やってるんですか……?」
すると突然湖畔は座っていた椅子を倒して後ろへと下がっていた。ハルナは湖畔が突如後ろに下がったことに、一体何してるのだろうかと思っただけのようだ。
しかし、湖畔は全てわかっていた。状助がクレイジー・ダイヤモンドで攻撃してきたからだ。顔面に狙いを定め、勢いよく振り上げられた拳の攻撃を湖畔が横へ避けた後に、後ろへ倒れこんだからだ。
「おい、おめぇこんなところで何してんだぁッ?」
「な、何ィ――――――ッ!?」
状助は湖畔を完全に敵認定してしまっており、顔を近づけてメンチをきめていた。湖畔はそんな状助を見て、ヤバイと本気で思い始めた。このままではクレイジー・ダイヤモンドに殴り飛ばされてしまうと思ったのだ。
「冗談じゃあないぞ! ぼくは何にもしてないのにッ! いきなり攻撃してくるヤツがいるかッ!?」
「おめぇの
「キレてんのかコイツはァ!?」
だが、それ以上に湖畔は理不尽な怒りを感じ、すぐに立ち上がると自分の無実を叫んだのだ。と言うか湖畔は別に何もしていないし、スタンドだって悪用していない。何もしていないというのに、目の前の”東方状助”は敵だと勘違いして攻撃してきたのだ。頭にこないはずがない。
ただ、状助も”岸辺露伴”の能力は信用できないと思っていた。何故ならその能力は、他者を本にして過去の赤裸々な記憶を見ることが出来るだけでなく、命令を書き込むことによって自由自在に操れるからだ。そんな能力を持っていそうな湖畔を、怪しいと思ってしまうのも仕方のないことだったのである。
「”クレイジー・ダイヤモンド”ッ!! ドラララアァッ!!」
「クソ!! コイツッ!?」
状助は本気で湖畔を倒そうと、クレイジー・ダイヤモンドの拳でさらに攻撃した。湖畔はそれを横へ飛び込んで何とか回避。もはや完全にキレている状助を何とかするしかないと、体勢を立て直しながら湖畔は考え始めていた。
「湖畔先生!?」
「君たち、下がってた方がいいぞ……!」
しかし、ハルナたちには二人が何をやっているのか、まったくわからなかった。スタンドはスタンド使いにしか見えない。つまり、状助がすごんだことで湖畔がそれに驚いて、後ろに下がってしりもちをついたり、突然横に飛び込むと言う奇行をしているようにしか見えないのだ。
それでも湖畔は状助がキレて暴れそうなのを見て、ハルナたちへ下がることを忠告していた。ハルナたちもその忠告を聞き入れたのか、多少離れて湖畔たちの様子を伺うことにしたようだ。
「このぼくが彼女たちに能力を使ったって言うのかッ!? ふざけるんじゃあないぞッ!!」
「……使ったってーのか……?」
「使うわけないじゃあないか! そんなことをすればリアリティが失われるだろうがッ!!」
湖畔も流石に怒りが湧き出し、自分は無実だと叫びだした。ヘブンズ・ドアーを彼女たちに使ってなどいない、お前の勘違いだと声を張り上げてたのだ。
だが、状助はまったく聞く耳を持たず、まるで信用していなかった。ならばと湖畔は、その理由を叫んだ。ヘブンズ・ドアーでいじることは、リアリティを失うことだと。
「リアリティ? そりゃおめぇの
「コイツぼくのマンガを読んでないのか!? なんてセンスの無いヤツだッ!!」
「何だとコラァッ!!!」
それでも状助はまったく湖畔を信用しない。完全に疑った状態だった。また、リアリティが失われるというのは、湖畔の特典元である”岸辺露伴”のこだわりだ。この転生者である湖畔には、まったく関係ないことだと状助は思ったのだ。
湖畔はその言葉に、この状助は自分のマンガを読んでいないと考えた。”ピンクダークの少年”を掲載しており、そのマンガが明らかに自分の描いたものだと、普通に気がつくと思ったからだ。
さらに、湖畔もマンガを描くためにリアリティを追求してきた。”岸辺露伴”の言う、”面白い作品にはリアリティが必要”だということを実践してきたのだ。
ただ、湖畔も一言多かった。ついつい自分の作品を読んでいないヤツだと思った状助に向かって、センスの無いヤツだと言い放ってしまった。状助はその言葉にも頭にきたのか、さらに怒りを燃やして叫んでいたのである。
(クソーッ! こうなったらヘブンズ・ドアーで
もはや目の前の”東方仗助”を止めることは出来ない。湖畔はそう考えて、ならば自分の能力で切り抜けるしかないと思った。ヘブンズ・ドアーならば相手を本にして、さらに命令を書き込むことにより無効化することが出来るからだ。
だが、問題があった。ヘブンズ・ドアーには攻撃力も防御するすべもないのだ。あのクレイジー・ダイヤモンドの拳を防ぐ手立てが無いのである。
「ドララララララアァァァッ!!」
「クッ!?」
湖畔が思考する中、間髪いれずに拳のラッシュを浴びせる状助。ヘタに近づけば状助のクレイジー・ダイヤモンドに殴られる。かといって近づかなければ、状助にヘブンズ・ドアーを食らわせることが出来ない。どうする、どうする、湖畔はその方法を必死に探っていた。
「なっ、何やってんの!? 東君と湖畔先生は!?」
「わからないです……」
「なんだろう……。でもどっちも何か怖い……」
そんなスタンドバトルを繰り広げる二人だが、ハルナたちにはまったく理解できない光景だった。スタンドが見えない三人には、やはり状助が湖畔を追い詰めているというマヌケな姿しか見えないのだ。
ただ、のどかは二人の表情を見て、何か鬼気迫るものを感じているのではないかと思い、怖いと思ったようだ。
「おい
「信用できねぇなぁーッ!!」
「ええい! このプッツンがッ……!」
湖畔はなんとかクレイジー・ダイヤモンドの拳から逃げ惑い、状助へと敵ではないと叫んだ。まあ、湖畔はそれで止まる”東方仗助”ではないことをうすうすわかっていたので、半分無駄だと思っていたが。そして、やはり信用なんて不可能だと、状助は攻撃の手を休めることは無かった。
また、何で自分の姿だけで、周りに彼女たちがいただけでこの”東方仗助”がキレてんだと、湖畔はそう思いながら流石に怒りだけではなく呆れも感じ始めていた。
ただ、状助は状助で、最近まで銀髪とか言うニコぽの使い手がいたことを知っていた。なので、目の前の”岸辺露伴”がそう言った分類の存在の可能性を考えて、キレていたのである。
「ドララララララララララアアァァァッ!!!」
「クソッ!! 調子に乗るんじゃあないぞッ! ヘブンズ・ドアアァァーッ!!」
止まらぬクレイジー・ダイヤモンドの拳、止まる気配を見せぬ状助。もうこうなったらヤケだと思った湖畔は、ついに自分のスタンドを状助へと晒したのだ。
シルクハットをかぶったような少年のヴィジョン。その姿はまさに”ピンクダークの少年”に酷似したものだった。そして、袖や帽子の装飾には中の空洞が覗いた、まさにマンガのキャラを切り抜いたようなスタンド、ヘブンズ・ドアーだ。
「……出したな……。テメェのスタンドを……」
「ハァーッ! ハァーッ! どうやって近づいて命令を書き込む!?」
状助はようやく湖畔がスタンドを出したのを見て、やはり持っていたかと思ったようだ。しかし、状助はヘブンズ・ドアーの能力を熟知している。近づけば本にされることぐらいわかっているのだ。
それでも、パワーで押し切ろうとしていたのも状助である。そんな状況で、どうやって状助を本にするかを考える湖畔。こうなってしまったら、もはやどちらかが倒されるまで、戦いは終わらないと思ったのだ。
「させるわけねぇだろうが!! ドラララララアァッ!!!」
「クソッ! これじゃあ近づけない……! なんていうパワーだッ!」
状助も本にされれば、こちらの敗北だと言うことも理解していた。だから攻撃の手を休めず、ガンガン拳を打ちつけたのだ。もはや暴れ狂った状助に、近寄ることさえ出来ない湖畔は、少し焦りを感じていた。
このヘブンズ・ドアー、最初は原稿を見せて波長が合う人間を本にする能力だった。それが成長し、今度は空中に絵を描いてみせることで、それを見せた相手を本にする能力へと変化した。そして、現在は人型のヴィジョンへと成長し、誰にでも本にすることが可能となっていた。
だが、そのせいか能力射程はかなり短くなってしまっており、2メートル前後でしか発動が出来ないのだ。それゆえ湖畔も状助の射程に近づかない限り、攻撃が出来ないという状況へと陥ってしまっていたのである。
「うッ……!? てっ、テーブルがッ!?」
「貰ったぜェッ!!」
湖畔はクレイジー・ダイヤモンドの射程から少し離れながら、その拳を回避する以外何も出来なかった。しかし、逃げた先にテーブルがあり、それが接触したことで動きが鈍くなってしまったのだ。
「ドラァッ!!」
「ウゲェッ!?」
その瞬間を見逃さなかった状助は、すぐさまクレイジー・ダイヤモンドの拳を湖畔へとたたきつけた。湖畔はその拳を顔面に受けてしまい、苦痛の声をもらし、そのまま吹っ飛ばされて別のテーブルに衝突したのだ。ただ、その状助の攻撃も、射程ギリギリだったので、大きなダメージにはならなかった。
「こ、湖畔先生!?」
「何が起こってるんですかこれは……」
「ど、どうしよう……」
突然殴り飛ばされた湖畔に、ハルナはさらに驚いた。状助はまったく腕を動かしていないのに、湖畔が吹っ飛ばされたからだ。この現象を見て、流石に何か起こっているのではないかと、夕映も思ったようだ。その二人の後ろで、喧嘩っぽい雰囲気をどうしたらいいかと考えるのどかが居た。
「痛いじゃあないかッ! クソォッ!!」
「トドメだぜェ―――――ッ!!」
「何ィ!? とりあえずこの場から逃げなければッ!!」
湖畔は背中にテーブルを打ち付けたのか、手を背中へと当てて痛がっていた。また、その痛みと苛立ちから、自然と文句が口からもれたようだ。
そう痛がっている湖畔の目の前に、気がつけば状助が立っていた。トドメを刺そうと、クレイジー・ダイヤモンドを目の前に発現したのだ。
ヤバイ、すごいヤバイ。湖畔はすぐに移動して逃げなければマズいと思った。しかし、それがかなう状況ではなかったのだ。
「なっ!? ヤバイ!! テーブルのボルトが引っかかってッ!?」
「ドラララララアアァァァ――――――ッ!!!」
なんということだ、湖畔のズボンにテーブルを固定しているボルトが引っかかってしまっていたのだ。これではすぐには動けない。しかも、焦っているせいで中々はずれない。そんな湖畔へと、クレイジー・ダイヤモンドの拳が無情にも放たれた。
「……! これは
だが、湖畔はそこであるものを見つけた。それは自分の鞄だった。そう、ここは湖畔が最初に座っていたテーブルだったのだ。そして、その鞄の中にはこの窮地を脱しえるものが入っていることに、湖畔は気がついたのである。
「ドラララアァァッ!! もらったッ! 俺の勝ちだぜェッ!」
「それはどうかな?」
クレイジー・ダイヤモンドの力強いラッシュが、湖畔へと迫っていた。状助はこの状況に勝利したと思った。この攻撃をいまさら湖畔が避けれるとは思ってないからだ。
そんな追い詰められた状況でも、湖畔は逆に余裕を取り戻していた。だったらこれでどうだと、ニヤリと笑って鞄からあるものを取り出したのだ。
「なっ何ィ!?
その鞄から取り出したのは紙だった。無数の無地の原稿用紙だった。それを状助へと放り投げ、状助の視界を一瞬だけだがふさいだのだ。
状助は驚いた。トドメを刺そうと攻撃していたところに、無数の紙が目の前を覆ったからだ。これでは湖畔の位置がわからない。状助は一瞬のことだったが、かなりテンパってしまったのである。
「今だッ!! 食らえッ! ”ヘブンズ・ドアアァァ”――――――ッ!!」
「うおおおおおおッ!?」
そこへすかさず攻撃を叩き込む湖畔。攻撃をしようとして伸ばしてあった、クレイジー・ダイヤモンドの右腕を、ヘブンズ・ドアーで攻撃したのだ。
するとその右腕は本となり、まるでトイレットペーパーのロールを引っ張ったような状態になったのだ。状助はさらに焦って叫んだ。ヘブンズ・ドアーの回避不能の攻撃が命中してしまったことに、大いに焦った。
「命令を書き込めッ! ”ヘブンズ・ドアー”ッ!! 書き込む命令は”
「し、しまったッ!? 野郎ゥッ!?」
そして、湖畔は畳み掛けるように、ヘブンズ・ドアーに命令した。状助が二度と自分に攻撃できぬよう、”水辺湖畔に攻撃することは出来ない”と、命令を書き込ませたのだ。
その文字が状助の本になっている部分に書き込まれ、状助はもはや湖畔へ攻撃することは不可能となったのである。状助はやってしまったと思い、冷や汗を流して叫んだ。もはや敗北したも同然だったからだ。
「まったく、ここまで原稿用紙を持ってきておいて正解だった。普段の行いが功をなしたってとこかな……」
こうなってしまえば、状助など恐れるに足らず。そこで、ここまで原稿用紙を持ってきたことを、湖畔は自画自賛していた。いやはや、これがなければ状助にボコられていた、危なかったと思っていたのだ。
そして、もう大丈夫だと思い安全になったと考えた湖畔は、ヘブンズ・ドアーを解除して、状助の右腕を本から元の状態へと戻した。またその現象は、ハルナたちからは見えない死角で起こっていたので、その三人にはわからなかったようだ。
「これで、お前はもう、このぼくには攻撃出来ない……」
「チクショー!! 消しやがれッ!!」
「それは出来ない。ぼくに危険が及ぶからね」
もう状助は自分に攻撃など不可能となった、湖畔はそう言葉にして状助へと人差し指を伸ばした。状助も攻撃を諦めたが、また戦う意思は残っていたようで、この命令を消すように湖畔へと叫んでいた。だが、その命令を消せば、再び状助が攻撃してくる。湖畔はそう考えて、そんなことは出来ないと断ったのだ。
「さっきも言ったが、ぼくは彼女たちに
「……本当だろうなぁ?」
「嘘じゃあないぞ! 第一ぼくがそんなことをしても何の得になるって言うんだ?」
これでようやく会話が出来る、湖畔はそう考えて状助へと自分は何もしていないことを、改めて説明した。状助はやはり信用出来ないと、きつく睨みつけていた。が、もはや状助は睨みつけるぐらいしか出来ないのだ。そんな疑いにかかる状助へ、湖畔は苛立ち叫びながら、その理由を語りだした。
「色々あるだろうがよぉー!」
「いーや、無いね! ぼくは一応”原作知識”があるんだ。彼女たちのプロフィールまでは流石に覚えてないが、ある程度のことは覚えている」
「嘘だったら許さねぇぞコラァ!」
この湖畔が彼女たちに能力を使う必要が無い。そう湖畔は話した。しかし、湖畔の能力、ヘブンズドアーはその人物の記憶を見ることが出来る。本人しか知りえない、誰にも知られたくない恥ずかしいことまで、全て知ることが出来るのだ。状助はそれも知っているので、湖畔に得が無いとは思えなかった。
そこで湖畔は少し状助を馬鹿にする態度で、やはりそんなものは無いと言葉にした。湖畔も一応”原作知識”を持っている転生者だ。”原作キャラ”の詳細は覚えていないが、これまで何をしてきたかはある程度覚えているのだ。
まあ、ここがネギま!の世界であろうとも、どうでもよいと考えて生きてきた湖畔には、やはり彼女たちに能力を使う必要性がないのである。その説明を受けても、なお信用をしない状助。それほどまでに、”岸辺露伴”と”ヘブンズ・ドアー”が信用できないのだろう。
「大丈夫ですか!?」
「ああ、大丈夫だ。もう終わったからね」
「それにしても、一体何をしていたのですか?」
なんとか喧嘩っぽいことが収まったと思ったハルナたちは、湖畔へ近寄って大丈夫か尋ねた。湖畔は戦いが終わったのでもう大丈夫だと、少し疲れた表情で話していた。また、一体二人が何をしていたのか気になった夕映は、そのことを湖畔へ質問したのだ。
「それは
「そ、そうですか……」
だが、湖畔は右手を伸ばして関係のないことだと言い切った。それは拒絶の言葉だ。スタンド使いでないものにこの現象を説明しても、わからないと湖畔は考えたのである。
湖畔に教えられないと少し威圧的に言われた夕映は、たじろぎながらこの現象の謎を、湖畔から聞くのを諦めたようだった。それに、状助も知ってそうな様子なので、そっちに尋ねればいいと考えたのだ。
まあ、状助もスタンド使いではない夕映に、スタンドのことを教えるかは微妙ではあるが。
「おめぇら、コイツに何かされてないよなぁ?」
「何って何をですか?」
「むしろサイン貰って握手までしてもらっちゃったよ! いやー最高だねー!」
そこで状助は、その三人の娘たちに湖畔から何かされてないかと質問した。夕映は特にそんなことはなかったので、不思議そうな表情で何がだろうと口にしていた。また、ハルナはサイン貰って握手もしてもらったので、むしろいいことしかされていないと喜びの声を上げていたのだ。
「おい! 勝手なことを言うんじゃあない! また誤解されるだろうが!」
「へ? 誤解って何?」
「ほー、
「ほらみろ! コイツに誤解されたままじゃあ面倒なんだよ!」
しかし、その握手という単語が誤解を招くと思った湖畔は、ハルナへ少し怒鳴っていた。まだ目の前の”東方仗助”から完全に信用されていなのに、また誤解されたら面倒だと思ったのだ。
そこで、案の定状助はその握手という言葉で、疑いのまなざしを湖畔へと向けていた。湖畔はこうなるから嫌だったんだと、少しヒステリックに叫んだのだ。
「……いや、まてよ……、サイン? コイツのサインってどういうことっスかね?」
「えっ!? 水辺湖畔先生を知らないの!?」
「確かに聞いたことあるような……、どこだったか……?」
だが、状助はサインという言葉に、何か引っかかりを感じたようだ。何故この”岸辺露伴”のサインがほしいのだろうと思ったのだ。
それをハルナへ聞くと、この水辺湖畔なる人物を知らないことを、逆に驚かれたのだ。状助はその水辺湖畔という人物名が、どこかで聞いたことが、見たことがあった気がしたので、少し腕を組んで思い出そうとしたのである。
「東君ってピンクダークの少年を知らないの!?」
「知ってるかと思ってたです……」
そんな悩む素振りを見せる状助に、ハルナは”ピンクダークの少年”を状助が知らないのだと考え驚いた。あのマンガは女性よりもむしろ男性に人気があるからだ。夕映も当然状助が、そのマンガを読んでいるとばかりと思っていたようで、意外だと感じていた。
「ピンクダーク? 確かに読んでたが、いやまてよ……、
「そう、
「何ィィ――――――ッ!?」
いや、状助も確かに愛読していた。”ピンクダークの少年”は転生する前でも気になっていたからだ。ジョジョというマンガの中に登場するマンガで読むことはかなわないが、不思議なタイトルと語られぬ物語を読んで見たいと思っていたからだ。
それを思い出した状助は、ハッとして湖畔を見た。その”ピンクダークの少年”を描いていたのはまさしく岸辺露伴。その特典を貰った転生者が目の前にいたからだ。まさか、この目の前の男がそのマンガを描いたのでは? 状助はそう疑問に思った。
そこへようやくわかったかという表情で、湖畔はそのまさかだと答えたのだ。そのマンガは自分が描いたと、このマヌケと思いながら。状助はそれに驚いた。そして、やっちまったと思ったのだ。
「そして彼女たちはそのファンなんだよ。だからぼくは何もしてない」
「そ、そうだったのかよォ―――ッ!? 勘違いして悪かった! ゴメンなさーい!」
「フン、やっとわかったのか」
湖畔はさらに、ハルナと夕映の方に右手をむけ、二人は自分のファンだと話した。それゆえ、握手は当然のことであり、特に何かした訳ではないと勝ち誇った様子で言葉にしたのだ。
マジかよグレート、状助はそう言われて自分のしでかしたことを思い出し、何度も頭を下げて謝りだしたのである。そのヘコヘコする状助を見て湖畔は、ようやく理解したのかこのボンクラ、と思っていた。
「と、とりあえず治しまス……」
「しっかりとキレイに元通りにしてくれよ? 痛くてかなわんッ!」
状助は今殴ってしまったことも思い出し、すぐさまクレイジー・ダイヤモンドで湖畔の治療を行った。自分の仕出かした勘違いなのだから当然である。
そこへ痛かった、アレは痛かったといやみったらしく湖畔は言いながら、ちゃんと治せとえらそうにふん反りがえっていたのである。もはやこうなってしまっては形勢逆転したのも同然。湖畔は少し調子に乗って、状助を小馬鹿にしだしていたのだ。
また、湖畔の顔が瞬時に治療されていることに、三人の少女は気がつかなかったようだ。と言うのも、湖畔の傷もあまり大きなものではなかった。それに、ハルナと夕映は湖畔の近くに居たが、殴られた箇所の反対側へと移動していたからだ。のどかもようやく状助と湖畔が落ち着いたことに胸をなでおろしていたので、湖畔の頬が綺麗に治ったことに気がつかなかったようである。
「むしろ、そのことは最初に気づいてもらいたいね。まったく、その
「す、すいませんッした!!」
というか、”岸辺露伴”の能力を貰ったからこそ、”ピンクダークの少年”が描けるんじゃないか。なんでそこをまず思い出さないのだと、さらにネチネチと状助を責める湖畔。
アトムだかサザエさんだかした頭の中、本当に何が入ってんだ、と。もう一度本にして、中身をのぞいてみたいと思いながら、いやらしい口撃で状助をいじりだしたのである。
そんなことを言われながらも、状助は自分が悪いので仕方なく我慢しながら、再び頭を下げていた。自分の勘違いで目の前の湖畔をボコしそうになったので、流石に言い返せないのだ。
「まっ許してやるよ。この体験はめったに出来るもんじゃあないからな」
「そ、そうっスか……」
湖畔はペコペコ頭を下げる状助を見て、溜飲が下ったようだ。そして、さっきの腹立たしい気持ちも消えて、晴れ晴れとした気分となったので、許してやると言葉にした。状助は自分が悪いとは言え、このままずっとイヤミを言われるのかと心配していたが、それから開放されたことにほっとした様子を見せていた。
「それに、お前のような
「は、はぁ……」
また、スタンド使いが自分のほかにも存在することを確認できた。それだけでも十分な発見だと、湖畔は状助へ言っていた。なにせスタンド使いはスタンド使いに引かれ合う性質がある。その性質がスタンド使いを引き合わせるのなら、自分の周りにもスタンド使いが集まる可能性も考えられそうだと思ったからだ。
状助はその言葉に、生返事を返すのがやっとだった。目の前の湖畔をボコボコにしなかっただけよかったと、少し反省していたのだ。
「さて、僕は帰るとしよう。今日の取材でいいものが描けそうだぞ」
「帰ってしまうんですか!?」
「当たり前じゃあないか」
いや、今日は有意義な日だった。そろそろ帰ってマンガを描こうと思った湖畔は、家に帰ろうと思ったのだ。その湖畔の帰る発言に、ハルナは再び叫んでいた。今会ったばかりでもっと話したいことがあったのに、湖畔が帰ると言い出したからだ。湖畔はハルナの叫びに、そりゃ当然だと話していた。帰らないとマンガが描けないのだから当然である。
「じゃあな、
「ありがとうございましたー!」
「ありがとうございます、さよならです!」
「あっ、さようなら……」
湖畔は帰って早速マンガを描こう、何かやる気とアイデアがむんむん沸いてきたと考え、もう今すぐマンガを描きたい気分となっていた。そして、湖畔は少女三人と状助へ別れの言葉を述べると、すぐさま駅の方へと歩いていったのだ。ただ、状助の名など聞かなかった湖畔は、最後まで状助を”東方仗助”という認識で終わったようだ。
また、ハルナは湖畔の別れを惜しみつつも、元気よくサインと握手のお礼を再び叫んでいた。夕映も小さく頭を下げながら、サインの礼を述べながらも、別れの挨拶を発した。そんな二人の後ろから覗くように、のどかが別れの挨拶をしていた。やはり知らぬ湖畔に恐縮していたのだろう。それでも、さようならが言えるのは、彼女の美徳だ。
「なんつーか、ただの俺の勘違いだったのか……。なんだか空回りしてるなあ俺ぇ……」
そんな三人の横で、またしてもやってしまったと反省する状助がいた。状助は2年ほど前にも似たようなことでしでかした経緯があった。それは下着ドロが現れた時のことだ。あの時犯人を”ジョジョの原作”で盗みを働いた”音石明”の能力を貰った転生者”音岩昭夫”だと決め付けてしまった。状助は”原作”のことばかり気にしすぎて、盲目となっていたのだ。
今回もやはり同じような理由で、湖畔を攻撃してしまった。勘違いして湖畔を敵だと思ってしまった。まるで成長していない。なんてことをしてるんだ自分は。状助は少し自己嫌悪に襲われながら、空回りしてダサいと、自分のことを思うのだった。
…… …… ……
転生者名:
種族:人間
性別:男性
原作知識:あり
前世:20代前半マンガ家アシスタント
能力:スタンド能力ヘブンズ・ドアーで相手を本にする
特典:ジョジョの奇妙な冒険Part4の岸辺露伴の能力
成功の開運
湖畔はゲストで今後登場するかは未定です