時を同じくして、麻帆良祭振り替え休日2日目の、麻帆良から少し離れた山奥。そこで一人青年が修行に励んでいた。そこにもう一人少女が居た。二人は体を慣らすように、組み手を行っているようだった。
その青年は熱海数多であった。数多はコールドと言う男に敗北したのが非常に悔しかった。だからさらに強くなるため、休日は修行三昧で過ごそうと山奥に来ていたのだ。また、少女はその義妹の焔だ。焔は数多に修行の手助けを頼まれて、ここへ来たのである。
「フッ! ハッ!」
「クッ……!」
数多は赤いジャージのズボンに黒のTシャツと言うラフな格好だった。また、焔も同じように動きやすそうな服装をし、上は学校の体操服に下を黒のスパッツと言う恰好だった。数多は一人で修行するのに限界を感じていた。ゆえに、しかたなく義妹である焔に組み手の手伝いをしてもらっているのである。
「ツァーッ!」
「ハアァッ!」
どちらも鋭い攻撃を繰り返し、どちらもそれをギリギリで避けていた。まさにせめぎあいの攻防。とはいえ、数多が本気で焔に攻撃出来る訳もなく、ある程度力を落としての、ただの組み手なのだが。それでも、そんな数多についてこれている焔も中々やるというものだ。そんな攻防が数分間続くと、どちらも多少なりに疲労を感じたのか、休むことにした。
「ふぅー、少し休むかー」
「そうだな……」
数多はまだまだ元気だったが、焔が少し疲れてきているのに気がついた。それにもう6月後半、7月前と言うことで、かなり暑い陽気であった。山の中とは言え、組み手などをしていれば暑くてバテるのもしかたのないことだろう。
「すまねーなぁ……。こんなことを頼んじまってよー」
「気にすることはない。私も体を動かしたかったしな」
とりあえず日陰へと移動し、二人は汗をタオルで拭き、水を補給した。そして適当な岩へと腰掛けると、数多は申し訳ないと口を開いたのだ。本来なら
「しかし、少し焦りが見て取れたが……?」
「そうか……? そうかもなー……」
そこで焔は今の組み手で、数多が微妙に焦っていることを感じ取っていた。何か、自分が強くなれていないような、そんな焦りを感じたようだ。それを数多へ言うと、数多も納得した表情で、自覚をしている様子を見せていた。
「やはり組み手などの相手が居ないのは厳しいということか?」
「うーむ、そうだなー。確かにもう一人、そういうのが居ればいいとは思うんだけどなあ……」
焔は、数多が組み手の相手、戦ってくれる相手がいないことで、自分の伸びが悪くなっていると考えているのではないかと思った。数多もこの旧世界に来て、父親である龍一郎のようなガチンコで戦ってくれる相手がいないのは、確かに悩みのひとつだった。それでも数多はそれ以外にも、やはりコールドとの戦いで敗北したことが気がかりだった。このままではアイツにも追いつけない。その考えが数多を焦らせていたのだ。
そう会話している時に、突如近くで轟音が鳴り響いた。何か地面が砕けたような、木々がへし折れて倒れたような、そんなすさまじい音だった。その音のせいか、森に住む鳥たちが一斉に飛び出し、羽根を散らしていた。
「ん!? 何の音だ?」
「すげー音だったな……。行って見るか!」
「うむ」
その音に二人は驚いた。突然こんな山奥で、何かが衝突するような音がすれば驚くのも当然だ。ならばその場所へ行って、何が起こったのかを見てみるかと、数多は思ってそう口にした。焔も確かに気になったので、数多の意見を肯定し、そちらへとともに向かったのである。
…… …… ……
そのすさまじい音が発せられた場所で、なにやら誰かが揉めていた。いや、揉めているというほどではないようだが、一人の少年が叫んでいた。その場所には確かに地面にくぼみが出来ており、何者かが破壊したようなそんな状態だった。
「くーッ! 兄ちゃん強すぎやないかー!?」
「あたりめーだろうが! 強いって最初に言っといたはずだろう?」
そこに居た少年は犬上小太郎だった。やはり戦闘服の黒い学ランっぽい恰好だったが、いたるところに傷を作っていた。その小太郎の叫ぶ横で、デカイ男が立っていた。金髪のオカッパ、つりあがったサングラス、白いシャツに青いパンツのヤンキー。明らかにバーサーカーだ。ただ、バーサーカーはまったく無傷の様子であり、普段武器として使う
と言うのも、このバーサーカー、小太郎との約束を守るべくその小太郎に修行をつけていたのだ。単純な戦闘だが、ハッキリ言えば小太郎はガチでバーサーカーに挑んでいた。何せバーサーカーがどのぐらい強いのか、まったく未知数だったからだ。弱いやつには修行をつけてもらいたくない小太郎だったが、バーサーカーのデタラメな強さに驚き、叫んでいたのである。
「あんだけ攻めてもまったく当てられへんなんて、化けモンかいな!?」
「そりゃそーよ! この俺に当てれりゃ一人前だからな」
小太郎は手札全てを使ってバーサーカーと戦った。狗神や影分身なども活用したのだ。それでもバーサーカーはその全てを拳で叩き潰し、ねじ伏せて見せた。さらに力任せに見えるバーサーカーだが、フットワークも軽くパワーだけではないことが伺えたのだ。流石の小太郎もそれには参ってしまい、最後はバーサーカーに投げられた上に地面に叩きつけられてしまったのだ。
そんなバーサーカーに化け物めぇ、と叫ぶ小太郎。まったく歯が立たないというのはショックだったが、予想以上の強さを嬉しくも思った。確かにこのバーサーカーと戦っていれば、強くなれるかもしれないと思ったからだ。
バーサーカーも、自分に攻撃を当てれれば一人前だと言葉にしていた。が、当てられると狂化スキルが発動する可能性があるので、当たってやる訳にも行かなかったりするのである。なぜならバーサーカーの強化ランクはEと低いが特殊な発動条件であり、攻撃を受けた時に判定しだいで狂化が発生し、体が赤くなって能力が上昇し、暴走するというものだからだ。つまり、攻撃が当たってしまうと、暴走する可能性があったりするのである。伊達にバーサーカーを名乗ってはいないのだ。
「そんなら、当てるまで戦うまでや!」
「無茶すんなよな? まあ、元気なのはいいことだがよ」
「ハッ! ぶっ倒れたって、戦うで!!」
「おいおい、そりゃやりすぎってもんだろう?」
ならば当てれるまで戦えばよい、当てれるように強くなればよい。そう小太郎は叫んだ。バーサーカーもそうやって嬉しそうに叫ぶ小太郎を見て、ニヤリと笑っていた。子供は元気が一番だ、それでいいと思ったのだ。ただ、無茶はよくないと一応言葉にはしていた。無理しすぎて体を故障してしまったら、意味が無いからだ。
だが、そのバーサーカーの言葉など聞く耳を持たないのか、小太郎は倒れるまで戦うと言い出した。いやはや、とんだ戦闘狂である。そりゃやりすぎじゃね? とバーサーカーは思ったようで、それが言葉として出ていたようだ。そして、再びバーサーカーと拳の打ち合いを始めたのだった。
そこへ先ほどの爆音を聞いてやってきた数多と焔が現れた。二人は少年とヤンキーが戦っているのを見て、何か不思議な空間に来てしまったと思ったのだった。
「む、アレは……?」
「ヤンキーと子供がバトってやがる!?」
ヤンキーと少年が戦っている。なんたる光景か。二人はその光景を見て、少し驚いた。はたから見ればまるでガキをいじめるヤンキーの図。ただ、戦いのレベルは高いので、そうでないことは一目瞭然だった。そこで数多は何をしているのか、ヤンキーに聞いてみたのだ。
「おーい、アンタら何してんだ?」
「ん? 何って修行よ修行!」
「そうやで! むしろそっちこそ、こんな山ん中で何しとんのや?!」
するとヤンキーのバーサーカーと少年の小太郎は戦闘を一時中断し、数多たちの方へと向き合った。そこでバーサーカーは、即座に修行と言葉にした。続けて逆にそれはこっちの質問だと、小太郎が質問し返していた。
「修行おぉー!? 俺も同じくってやつだぜー!」
「へぇー、俺ら以外にもそんなヤツがいたのか。で、そちらさんは?」
「私は兄さんに頼まれて、少し組み手の手伝いをだな」
修行と聞いてさらに驚きながらも、喜んだ数多。ならばと自分も同じく修行していたと話したのである。バーサーカーは自分たち以外にも修行してる奴がいるとはと思っていた。また、バーサーカーはその男子の隣の少女はどうなんだろうと考えそれを聞くと、焔は素直に隣の兄から組み手の手伝いを頼まれたと言ったのだ。
「ん? お前、どっかで見た顔だな……。確か大将の友達だったよな?」
「む、修学旅行で鹿と戯れていた不良……?」
だが、バーサーカーは焔の答えを聞いた後、その焔をどこかで見たことを思い出した。そう、確か修学旅行でマスターである刹那の班と同じだった少女だったと。焔も、そういえば修学旅行の奈良で鹿と遊んでいた、あのヤンキーだと思い出したようだ。
「なぁ、そっちの修行に俺も混ぜてくれねーか? なんか相手が居なくてしまらねぇんだ」
「ええけど、兄ちゃん強いんか?」
「強いかって聞かれりゃわかんねーけど。まぁ、一度やってみりゃいいんじゃねーか?」
ならばその修行に混ぜてくれ、数多は気がつけばそう言葉にしていた。何せ相手がいないがゆえに、中々自分の成長を実感出来ずにいたからだ。自分があまり強くなれていないことを感じていたからだ。別にそれはいいと小太郎も思ったが、肝心なのはそこではない。この目の前の男子が強いかどうかだ。
数多もそれを聞かれると、自分が強いかどうかはわからないと話した。最近あのコールドにボコボコにされたので、少し自信を失っていたりしていたのだ。ただ、それが簡単にわかる方法がある。それは戦うことだ。戦えば相手の強さがすぐにわかるというものだ。だから数多は戦ってみればいいと、小太郎へと提案した。
「ほな、いっちょ戦ってみよーや!」
「年下相手ってのは何か気がしれねぇが、そっちもそういう感じみてーだしいいぜ?」
「じゃあ俺は見学させてもらうぜ」
「私も休ませて貰おう」
ならばすぐに戦おう、小太郎はそう考えてすぐさま戦闘態勢となっていた。数多はヤンキーの方と戦おうと思っていたので、少年の方から戦いを申し出てきたことに少し戸惑いを見せた。なにせ自分よりも、ずっと年下の少年と戦うのはと言うのは、やはり気が引けるものだ。しかし、その風格からやり手と判断し、なら大丈夫だろうと思ったようだ。
そこでバーサーカーは、小太郎に手ごろな相手が出来たと思い、その戦いを見学することにし、手ごろな場所で座り込んでいた。どうなるにせよ、この戦いは中々面白くなりそうだと思ったのである。焔もそれなら休憩しようと、バーサーカーの横に体育座りで待機していた。
「行くで!!」
「おっしゃっ、来い!!」
そして、数多と小太郎は衝突し、戦いが始まった。それを、そこだ行け、今だ、と叫んで実況するバーサーカー。その隣で、久々に生き生きと戦う数多に安心する焔が居た。また、焔は隣のヤンキーの名前がわからなかったので、とりあえず自己紹介を兼ねて聞いてみた。バーサーカーも同じだったようで、自分の
その後10分ほど数多と小太郎の戦いが続いた後、名を名乗るのを忘れていたことを思い出し、二人は自己紹介しあっていた。それが終わるとまたしても戦いが始まり、その日はずっと修行三昧で終わってしまったのだった。
…… …… ……
刃牙は麻帆良祭二日目の出来事について、カギに聞きたいことがあった。本当ならば麻帆良祭三日目の夜に行われた、後夜祭の時に聞こうとしたのだが、あの時も人が多く、カギを最後まで見つけることが出来なかったのだ。なので、そのカギを探しに麻帆良学園へとやってきたのだが、この広い学園内で、カギを探すのは厳しそうだった。
「ここまで来たんだが……。やっぱ無理そうだなー」
周りを見れば人、人、人。学生たちが休日を満喫している。こんなところで少年であるカギを一人探すのはかなり至難の技だろう。
「広すぎるぜ! こんな広いとどこから探していいかわからねぇ……」
それだけではない、麻帆良は途方も無く広いのだ。こんなメチャクチャ広い場所から、カギを探すというのは、まさに砂漠に落ちたダイヤモンドを探すようなものだったのである。
「アイツも友人と遊んでるだろうし、さてどうしたものかな」
そこで刃牙はアキラのことを思い出した。カギの生徒であるアキラならば、どこに住んでいるかぐらい知っている可能性があると思ったのだ。だが、アキラもこの休日は友人と遊んでいるのではないかと刃牙は考えた。そんな時に連絡するのも迷惑なのではと思い、そのことを諦めたのである。
「んっ? あれは……!」
しかし、運命は刃牙を味方したようだ。ふと周りを見渡した時、スーツ姿の紅色の髪を逆毛にした少年が勢いよく走っていたのだ。それはあのカギだった。ただ、何か知らないが急いでいる様子だった。
そのカギは急いでいた。と言うのも、図書館島の地下へと招待されていたというのに、案の定寝過ごしたからだ。ヤバイ、これはヤバイ。確かそこには師匠であるエヴァンジェリンも居るはずだ。恥をかかせたと思われて、後でヒドイ目にあわされるかもしれない。そうカギは考え、自然と足が早く動いていたのである。
「あー! 寝過ごした! 起こしてくれりゃいいのによー!!」
「兄貴ー! 旦那は随分と必死で起こしてくれてましたぜ!?」
「くそー! マジかよー!!」
寝過ごしたのは仕方がない。ただ、何故起こしてくれなかったのだと、ネギへと文句をたれていた。そこへカモミールがすかさず訳を話した。むしろ、何度も何度も起こしてくれていたと、ネギを擁護したのである。そんなカモミールも、ネギが諦めて出て行った後も、必死でカギを起こそうと努力したのだ。そして、ようやく目覚めたカギは、今ここを走っているということだったのである。
起こしてくれていたなんて、どんだけ爆睡していたんだと、とてつもなく後悔するカギ。また、あのネギが起こしてくれない訳がないので、疑ったことを心の中で少しだけ謝罪していた。と、そんなに急いでどこへ行く?そんな感じでカギの目の前へと現れて、止まってくれ言うと刃牙が現れた。
「おーい! そこの! そこの逆毛の!」
「あぁぁ? 誰だよテメーは、いきなり現れて勝手な呼び名つけてんじゃねーぞ!?」
カギは突然絡まれたと勘違いし、すごい形相で刃牙を睨んだ。こちとら急いでいるんだ。邪魔すんじゃねぇ、そうカギは思ったのである。また、カモミールは一般人が来たと思い、黙ってカギの肩で待機しようと思ったようだ。
「おいおい、忘れたのか!? いや、覚えてないだろうけどよー」
「だから誰だっつーんだよ!? 俺は忙しいっつーか!」
そんなカギを涼しい顔で見ながら、覚えてないかと頭をかく刃牙。会ったのは一瞬だったし、あの銀髪と戦っていてそれどころじゃなかったのだから、覚えていないのも無理はないと思ったのだ。そう言われても思い出そうともしないカギ。と言うか急いでいるのでそれど頃ではないようだ。
「ほら、あの祭りの二日目の夜、銀髪と戦ったろ? あの後どうなったのか知りたくてよー」
「ん? あああああ!? アンタ確かアキラの知り合いか」
「そうそう! で、どうなったんだ?」
誰だとカギに叫ばれて、刃牙は説明を始めた。麻帆良祭二日目の夜、あの噴水公園で行った銀髪との戦い。刃牙はあの後どうなったのか知らないのだ。それを言うとカギも思い出したようで、少し叫んだ後、アキラの横に居たヤツだったともらしていた。そう、その通り、刃牙も思わずそう言った。そして、カギが自分のことを思い出したのを見て、なら自分たちが逃げた後、戦いがどうなったのかを質問した。
「銀髪はぶっ倒れて特典は消滅! この俺様大勝利! 明るい未来にレディーゴー! だったぜ!」
「そ、そうか……」
カギはその問いに、あの銀髪をボコしたことを思い出したのか、妙に嬉しそうな顔をしたのだ。さらに、特典が消滅したことと、自分があの銀髪を倒したことを、大げさに叫んだのである。なんというか、大げさに叫んで少し変な顔で喜ぶカギに、刃牙は引きながらも、その答えに納得した様子を見せていた。ただ、刃牙はその話で、一つ気になったことがあった。それを悠々とするカギへ聞いたのだ。
「しかし、特典が消滅? どういうこった?」
「さぁ、それは俺にもわかんねーがよ。ハオの能力貰ったヤツが、特典を消し去ったっつってたぜ」
「そんなパねー特典選んだやつがいんのかよ……。いや、もしかして
それは特典の消滅だ。一体どうやったら特典が消滅するのか、刃牙は気になった。特典とは転生神から与えられた力であり、神から齎されたものだ。あれを消し去るということは、神に匹敵する力なのではないかと思ったのである。
しかし、カギもどうやって消したのかはわからなかった。あの覇王がどうにかして特典を消したそうだが、その正体まではつかめていないのだ。確かに覇王は
そのため、カギはその覇王に話を聞いた方がいいと、刃牙へと語った。刃牙はそこで、特典の消滅以上に、ハオの能力をもらった転生者がいたことの方に驚きを感じていたのだった。だが、覇王と刃牙は一度出会っていた。それはあの銀髪とファーストコンタクトを果たした日だ。あの時に刃牙は覇王に声をかけられ、色々と教えてもらっていたのである。
「おっとー! 時間が! こうしちゃいられねぇー!」
「なんか急いでいるところをすまんかった」
「まったくだぜ! じゃあなー!!」
そんな時、カギは不意に時計を見ると、結構時間が経っていた。こりゃヤバイと思ったので、さらに急いで地下へ向かうことにしたのだ。刃牙はカギが急いでいるのを思い出したのか、悪いことをしたなーと思い、そのことを謝った。
カギもまったくだといいつつも、あん時のことを聞きたいんじゃしょうがねぇと考えたのか、特に気にしない様子で別れの言葉を発していた。そして、すさまじい速度でカギは、その場から走り去ったのである。
「そうか、アイツは倒されたのか」
刃牙はカギの話を聞いて満足していた。さらに、あの銀髪が敗北し、特典を失ったことに心から安堵をしていた。これでアキラのことはもう安心だ、あの銀髪に惚れる事もないだろうと、静かに息を吐いて、自分の家へと帰っていくのだった。
…… …… ……
休日、誰もが外へと出かけ遊びに行くわけではない。当然、外に出ないものもいる。状助もまた、その一人だった。さらに同じ部屋の住人である、覇王もそうだったのである。
「覇王よぉー、あの銀髪はぶっ倒したっつったよなぁー」
「そうだよ」
外に出ず、部屋で語らう二人の男子。なんという悲しい光景だろうか。もっと学生らしく、外で遊べばいいものを。そんな二人の会話は、あの時の銀髪のことだった。
「じゃあよお、ニコぽはもう消滅したってことだよなー?」
「確実に消えたさ。 木乃香からもそんな感じなことを聞いたしね」
「それならもう問題ねぇな」
状助は銀髪が倒されたということは、その特典のひとつであるニコぽも、消滅したのだろうかと思ったのだ。覇王が転生者を倒してまわり、特典を
覇王はその質問に、はっきりと消えたと答えた。特典が存在する魂は
それを聞いた状助は、ならば安心だとほっとした様子を見せていた。あの銀髪が厄介なのは能力だけではなく、そのニコぽという存在そのものだからだ。それが消えてしまえば、一安心というものだ。
「でもよぉー、銀髪逃がして大丈夫だったのかよ?」
「特典を失った転生者なんて、普通の人と差がなくなるから問題ないよ」
「だけどよー、多少鍛えてたんなら、その部分が残っててもおかしくねーんじゃあねーのか?」
だが、そこで状助は気になった。銀髪を逃がしてよかったのかということだ。ふん縛って魔法使いや転生者を監視しているメトゥーナトに、預けても良かったのではないかと思ったのだ。
ただ、覇王は多くの転生者の特典を奪ってきた。特典を奪われた転生者たちの末路を何度も見てきたのである。その末路とは、特典を失ってただの人となり、自暴自棄になってしまうものがほとんどだった。神から与えられた特典こそが、転生者たちにとって生きる希望だったからだ。それを失うことは、すなわち死と変わらぬものなのである。
覇王はそれを状助へと説明すると、状助は別の部分が気になった。銀髪は特典をある程度鍛えていた。その鍛えた部分はどこへ行くのかというものだった。
「特典を使って鍛えたなら、特典が消えた時点でゼロになるから大丈夫さ」
「本当だろうなぁー?」
「嘘をついても僕に得は無いだろう?」
覇王はその質問にもしっかり答えた。それは鍛えた部分は特典とともに消滅するというものだった。何せ特典を鍛えて能力が成長するのだから、特典がなくなればゼロになるのも当然だ。特典以外を伸ばしていれば、それは残る可能性はあるようだが、銀髪は特典だけを伸ばしていた。だから特典が消えれば、自動的に鍛えた部分も消滅するというものだったのである。
その話に状助は、ほんの少し疑いを感じた。鍛えた部分が本当にゼロになるのか、疑わしいと思ったのだ。そんな状助を眺めながら、それはありえないと語る覇王。特典を鍛えたのだから、特典が消えればゼロになるのは当然だからだ。
「でもよぉー、もしも魔法の射手とか使えたらまずいだろ!?」
「特典で鍛えた能力がゼロになれば、当然魔法も初心者以下。そんな奴がいきなり魔法を使えるなんてありえないことだよ」
それでも魔法の射手などを使えるのなら、それはさっそう凶器になりえる。状助はそれを危惧して、少し焦った様子を見せていた。しかし、覇王はそれにも普段どおりの冷静な態度で、問題ないと話した。
「状助は魔法を知らないからわからないだろうけど、魔法使いも一番最初に魔法を使う時は、必死に練習しないと出来ないものさ」
「そ、そういえばそうだったぜ……」
というのも、魔法使いとて、最初から簡単に魔法が使える訳ではない。何ヶ月も”火よ灯れ”の練習を何度も行い、火が灯った時に初めて出来るものだ。初心者以下となった銀髪が魔法を使うには、数ヶ月間の練習が必須なのである。
状助はその話を聞いて落ち着いたようで、納得した様子を見せていた。なるほど、魔法使いとていきなり魔法が使えるはずがなかった。そういえば魔法の天才と称されるネギも、最初はそんな感じだったと”原作知識”で思い出したようだ。
そして、状助は確かにそうだと思い納得したので、この話はもういいか、と考えたようだ。それを察したのか、覇王は銀髪ではなく、今度はビフォアのことを話し始めた。
「まあ、僕はアイツもそうだけど、ビフォアを倒せた方が安心しているよ」
「あー、転生者の攻撃があたらねーとか言うチートもってたっつー?」
「そう、アレのせいで僕も攻撃できないから、どうしようかと本気で悩まされたよ……」
だから覇王は銀髪よりも、あのビフォアが倒されたことの方が安心だときりだした。状助も転生者の攻撃が当たらないヤツのことだと思い出したようである。この状助、ビフォアを倒すための計画に参加したが、実際にビフォアを見ていない。そのため、ビフォアがどんなヤツだったのか、実感がわかないのである。だが、覇王は違う。覇王はビフォアの特典を見た時から、自分の攻撃がビフォアに通用しないことを考え、どうすればいいかずっと悩んでいた。
「とは言うがよ、何があっても戦ったんだろ?」
「当たり前の話だ。あの男は危険だったからね。たとえ相手が誰であれ、本気で滅ぼそうと思ったさ」
「つーか、今思ったんだがよぉ。そういう特典を貫通する特典を貰えばよかったんじゃねーかなーってな」
だが、状助はそんな覇王へ、どのみち戦ったんだろうと軽口で聞いた。覇王はそれに対し、当然戦ったと言葉にした。たとえ99%勝ち目がなくても、1%あれば戦うのみ。どんな手を使ってでも、あのビフォアを滅ぼしたと、そう言ったのである。
また、未来の世界においても、覇王はそれを行っていた。今は書き換えられた未来だが、ビフォアを倒すべく、覇王は本気を見せたのだ。それでもビフォアの特典のせいで、その野望を阻止することはできなかったのである。
それを聞いた状助は、ふと一つのアイデアが思い浮かんだ。それは”特典無視”の”特典”だった。覇王はこの世界の転生神とやらに、二つも特典を貰っていた。そこで、そういうチートな特典すら無視できる特典があれば、悩まずに済んだんじゃないかと思ったのである。
「そうだね。確かにそうだった。まあ、言い訳を言わせて貰うなら、あんな特典を持っている相手は、あの男がはじめてだったってのがある……」
「ほーう。まあ転生者が一目でわかるのと、その特典の内容がわかるってのも、わりと強みでもあるよな」
「まあね。誰が転生者か、なんて悩まずに済むし、相手の手の内がわかるのは大きいさ」
覇王は状助の今の案は、わりと悪くないと思った。確かにそれを選んでおけば、今回のような苦労はしなかったと考えたのだ。だが、覇王とて長年転生者を相手にしてきた実力者。その中に、ビフォアのような特典を持つ転生者はいなかったのである。故に、そこまで思いつかなかったと、言い訳と称して話したのだ。
状助もまあ、そうだよな、と思った。転生者は基本、何かしらの作品のキャラの能力を貰いたがる傾向がある。自分だってそうしたし、目の前の覇王もそうだ。
それに覇王がこの世界の転生神から貰った特典も、そう悪くないと思った。転生者が一目でわかり、特典の内容を見る。誰が転生者なのか怯えずにすみ、しかも敵の能力が割り出せる。これほど戦いに有利なものはないと思ったのだ。
覇王もそれを考慮して、その特典を選んだ。誰が敵なんだと悩む必要もなく、どんな攻撃を仕掛けてくるかというのもある程度察することができる。先手を取るならば、それは大きなアドバンテージになるからだ。
「だよなあ。スタンド使ってるからよぉ。そのあたりはよーくわかるぜ」
「スタンドバトルは基本、能力ばれてる方が不利なんだっけね」
「そうそう。つっても、俺の能力は弱点とかそういうの、あんまり関係ねぇけどよ」
状助もその重要性を理解していた。何せ状助はスタンド能力を特典で選んだ。スタンドは能力が相手にバレていると、非常に不利を強いられる。能力の対策が行えるからだ。
覇王もそれを知っていたようで、それを話した。スタンド能力は初見での奇襲が基本、能力は信頼した仲間にしか明かさないのも当然。それほどまでにスタンド能力の種明かしは重大なことなのである。
ただ、状助の能力は弱点とかそういうものはさほどない。治す能力と料理で健康にする能力、どちらも弱点らしいものがないからだ。対策をとるとするならば、射程距離に近づかない、その程度ぐらいだ。
「そういえば話が変わるけど、試験が終わればもう夏休みだね。僕はいつもどおり魔法世界へ行くけど」
「夏休みかー。早いもんだぜ……」
だが、覇王はそんなことよりも、期末テストのことを考えていた。そして、それが終われば夏休みだということも。まあ、いつもどおりのことだが、夏休みには魔法世界で転生者狩りをしに行くと、覇王は状助へと話した。状助も夏休みのことを考えて、この数ヶ月はあっという間だったと、しみじみと考えていた。
「いや、夏休み? まてよ……、何か嫌な予感がするぜ……」
「また”原作知識”ってやつかい? もう諦めたら?」
「うーむ、そうなんだがよー。もっとも重要で最大の事件が起こっちまうからよぉー……」
しかし、そこでまたしても状助の病気が発生した。それはやはり、原作知識のことだ。夏休み、またしても嫌なことが起こると、状助は頭を悩ませ始めたのである。ただ、覇王はいつものことだと考え、もうそんなことを考えることもないのにと思っていた。状助もそうしたいと思いながらも、なんだかんだで原作知識を思い出してしまうのだ。そして、今回はいつも以上にでかい事件が起こることを、状助は思い出して焦り始めていたのだった。
「最大の事件? ……確か魔法世界の消滅……」
「おめーもそこは覚えてたのかよ!?」
「一応はね。まあ、そのあたりも皇帝が何とかするさ」
その大事件とは、あの魔法世界の消滅の危機だ。覇王もそのことだけは何故か覚えていた。もっとも旧世界側も被害が大きいことだったからだ。ゆえに、少しだけ深刻な表情となっていた。状助は覇王がそのことを覚えていたことに驚いた。覇王はもはや原作知識など忘れてしまったと思っていたからだ。
だが、覇王はそこで、先ほどの深刻そうな表情から、普段の表情へと戻っていた。何せこの世界にはあのアルカディアの皇帝がいる。彼に任せておけば、何とか丸く治めるだろうと思い、心配するのをやめたのだ。だから心配なんてしなくてもいいと、状助へとそれを伝えた。
「……? 皇帝……? ロマサガか?」
「いや、君は知らなくても大丈夫さ。とにかく、僕らはいつもどおりでいいはずだよ」
「そ、そうかなぁ……」
皇帝、その言葉を聞いた状助は、何のことだろうと考えた。皇帝とはエンペラーだ。エンペラーのスタンド使いはホルホースだ。皇帝とは麗しのアバロンの王だ。そう状助は考えながら、ほんの少し混乱していた。
状助は知らないのだ。あのメトゥーナトが、その皇帝の部下だということを。状助は教えてもらってないのだ。アスナもそこに居たことを。
覇王は、てっきり状助もそのことを知っていると思っていたので話したのだが、状助はそのことをまったく知らなかった。あれっと少し疑問に感じたが、まあ知らないならいいやと考えて、いつもおどり生活すればよいと言葉にしたのである。
状助は次のイベントのことを考えると、それでいいのかと思ったようだ。ただ、自分に何が出来るかを考えたら、何も出来ないと思ったので、それしかないかと諦めた様子を見せていた。
「なんだったら来るかい? 魔法世界にさ」
「うーむ、どうすっかなぁ……」
覇王はそこで、ならば魔法世界へ来ないかと、状助を誘った。しかし、状助は正直戸惑った。この状助、元々関わりたくない系転生者で、非常に臆病な存在だからだ。だから悩んだ。覇王と一緒なら確かに安全かもしれないが、覇王が行うのは転生者狩り。戦うことになるかもしれないと思うと、どうしても気が乗らないのだ。
「まあ、気が乗らないならいいさ。確かに他の転生者と戦うから危険だしね」
「戦うのはなあ……」
覇王もそのことを考え、無理しなくても良いと話した。他の転生者との戦いとなると、危険が伴う。守ってやれる自信はあるが、何が起こるかは予想がつかないからだ。状助も戦うのはあまり好きではないので、頭を悩ませた。普段から戦うこともあまりしたくないと、状助は思っていたからだ。
「そうだろう? だからいいさ。むしろ誘った僕が悪かったよ」
「いや、別に誘ってくれてんのは嬉しいけどよ……」
なら、仕方がない。というか、最初からそんなことを誘うべきではなかっと、覇王は状助へと謝った。だが、状助も覇王からの誘いは嬉しかったのだ。が、それでもやはり戦うのはごめんだった。そして、悩ましいが今回はパスにしようと、状助は断ったのである。
「だけど、夏が過ぎればもう終わりだろ?」
「確かにそうだったはず……」
しかし、夏休みが終わればそういった大型のイベントは終了する。覇王もそのあたりのこともある程度覚えていたようで、状助を安心させるように、それを言ったのだ。状助もそれを考え、無事に夏休みが終わることを願うばかりだと思ったのである。
「もう少しの辛抱じゃないか。互いに頑張ろう」
「おう!」
なら、もうすぐだ。もう少しの辛抱だと、覇王は状助を励ますように言葉にした。状助も、夏休みが終われば、もうほとんど悩む必要などないと考え、だったら乗り越えてやらぁ! と強く思ったのだった。