うたわれるもの 琥珀の軌跡   作:ななみ

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忖度

 つまり。文机を挟んだ向かい側、俯く相手をコゥーハは見据える。

「自分は。餌だったのですね」

 そう言うな。息を吐いた相手の――ハクオロの声には僅かばかり疲労の色がある。朝議が終わった後だというのに目を擦り、時折首を揉んでは書簡を手を戻し眺め始める。寝不足なのかとコゥーハは婉曲に訊ねてみるも、昨日はやる事が多かったのだ、とハクオロは言葉を切った。

「念のために言っておくと。武官の登用試験内容を決めているのは、ベナウィだからな」

 今期訓練を終えた新兵の中でも、特に優秀な――武官としてなり得そうな人材を発掘するべく、トゥスクル國建國後から定期的に行われている試験。表向き新兵達には配属を決めるための試験としているが、その実、試験内容は多い。読み書き算盤といった筆記、剣や槍、ウマ(ウォプタル)の扱いといったものから、皇族への立ち振る舞いといった作法の実技、現武官や文官達との相性を見る面接――等々。ただ、先日まで行われていたその試験に、何故休日を満喫している一文官を探すという試験内容が存在していた事にコゥーハは噛みつく。

「あの日。酷く大変だったのです、新兵のみだったとはいえヒトが次々と押しかけ……義叔父上はともかく、茶屋の御主人にはご迷惑をお掛けしましたからね。後日お詫びに伺う予定では御座いますが」

 そういえばコゥーハの義叔父は商人だったか、と口元に指を当てるハクオロにコゥーハは首を傾げる。ハクオロにはチキナロとの関係を言っていなかったか、と記憶を探るも、知らなくても別段困る内容でもないだろう、と口にする事なく適当に流した。

「コゥーハが文官()()()ことをすっかり忘れてしまってな。日程と取り違えてしまった」

 本来は皇城内に居る別の者を対象にする予定だったのが、とハクオロはこめかみを掻く。少し変わった試験だったな、と肩を落す相手に、コゥーハは自身なりの考えを述べる。

「試験課題の過程を報告書に書かせたものを幾つかお読みかとは思うのですが。個性が出ますから、彼らの思考傾向や交友関係、社交性といった性格の考察、報告書に嘘が書かれていなかったかどうかという事も判断材料でしょうか。また目的の人物を迅速に探す技術も身に付けて欲しかったのではと。例えば、緊急を要する場合や、日常でも自分めはかなり必要とされ――」

「そうなのか?」

 無言でじっとコゥーハに見つめられ、うっ、とハクオロは俯く。仮面の影に表情を隠すも、頭を垂れる背は小さい。

「分かった。分かったから、それ以上私を刺すな」

「御心のままに」

 苦笑で顔を引き攣らせるコゥーハの前で、気を取り直すようにハクオロは首を振った。

「計画書を立てたのはベナウィだが、承認したのは私だ。ベナウィの体調が元通りではない事を分ってはいたが、いつもの調子であいつに任せ過ぎたのは私の失態だ」

 悪かった。深く頭を下げるハクオロにコゥーハは動揺するが、奥底で渦巻く違和感に心中穏やかではない。

(……ならば、何故アレが真っ先に謝りに来ないのでしょう? それに)

 法が幾つか改正されたため、書簡や案件がベナウィからハクオロへ直接行くということは少なくなった。多くの者が関わる試験概要であれば尚更である、が、こうした間違いが起きている。決して大きな失態ではないし、優秀な武官や文官の物理的な人数不足や法改正による一時的な混乱、ベナウィの不調という事は確かに理由として成立するのであろうが、コゥーハは言い知れぬ違和感に眉を寄せる。

 真下に目を落とすコゥーハに、すまん、とハクオロは姿勢を正す。

「もう一つの本題に入る」

 じっと視線を落としたままの臣下に、(オゥルォ)はゆっくり口を開く。

「こっちの都合で申し訳ないんだが。朝議で言った通り、お前を武官へ戻す事にした。騎兵衆(ラクシャライ)七番隊にな」

「理由が知りたく御座います」

 若竹色の軍服を見据えながら、にべもなく即質問する相手に、ハクオロは前髪を弄る。眺めていた書簡を一旦置き、小さな木簡に何かを記しながら、穏やかな顔で返答する。

「コゥーハが優秀だという事を再認識した」

「取って付けたような世辞は結構です」

 そうだな。ハクオロは立ち上がり、開けられている部屋の入口に歩いて行く。手には先程書いていた木簡が握られており、コゥーハに見せるように振った後、廊下に置き強く戸を閉めた。

 机に戻るハクオロに微笑はない。無感情ではなく、強いて言えば険しい表情をしているのであろうが、顔全体を覆う仮面と相まって冷たく見える瞳――全ての感情を押し殺したような、物事を見定めようとする目はコゥーハの緊張を一気に高める。

「これしばらく誰も……そう固くなるな。取って喰いはしない」

 口調こそ普段の穏やかさそのままではあるが、以前として変わらぬ視線にコゥーハの身体は固い。膝の上にある手の平に汗が滲み、込み上がってくる熱いものに喉を灼き、乾いた唇が開くことはなかった。

 ハクオロが懐から差し出す一つの書簡を見せるまでは。

「――――」

「お前が商人に渡そうとしていたという文の写しだそうだ」

 戦慄するコゥーハとは対照的に、ハクオロは淡々と言葉を接ぐ。

雇兵(アンクアム)の術士にそれとなく聞けば。これは研究してはならない物の一つ、だと言っていた」

 それを知っていたのか、とハクオロは問わない。が、その意図もコゥーハの耳には届いていない。

 自分は何時から見張られていたのか。また何時あの原書は持ち出されたのか――現在は、読み切れていない木簡含め自身の部屋にある鍵付の箱にあるが、今朝までにこじ開けられた形跡は無い。ならばあの日……茶屋に自分を捜しに来た際、大人数で囲まれていた期間で探られたのか、と唇を噛む。自身への不甲斐無さと腹立たしさ――何より、四方へあらぬ迷惑を掛けてしまっていることに悔やみ謝罪したい気持ちがコゥーハの躰中から湧き上がる。

「…………」

 聖上は。やっとのことで開いた口で、俯いたままコゥーハはハクオロへ問う。

「私を疑っておいでですか」

「半々、といったところだ。急ぎだと言っていたそうが、理由を改めて訊いても良いか」

 チキナロに言った事をやや具体的に復唱し、コゥーハは軽く息を吐いた。ハクオロは考えるように口元へ指を添え、視線を泳がせる。しばしの間、腕を組みつつコゥーハの眼を覗き込む。

「すまないが。友人である彼に限らず、しばらくオンカミヤリュー族とのやり取りは、正規の経路を通してくれ。少なくとも、オンカミヤムカイの社が建つまでは。……ユズハの事があってもだ」

 動揺で尻尾を揺らしたコゥーハに、ハクオロはふっと笑みを浮かべる。自然だが、どこか嘲笑の混じる口を一旦引っ込め、相手が問いもしていない答えを付け加えた。

「トゥスクルさんが以前、ユズハの病気は躰中の神様(オンカミ)がいがみ合い争う病だと言っていた」

 争いというのは二つの勢力が無いと起きない、故に、ユズハには二つ以上の"神"が宿っているとハクオロは仮定していた。その上で、コゥーハの書簡にある「複数の"神"を同時に封印することは可能だと思うか」という一文を見て、鎌をかけたくなった――コゥーハの知る何処かの学者に似た表情で、ハクオロは微笑する。

 図星だとまでは思っていなかったが、とハクオロはコゥーハの胸を指す。

「それに。コゥーハの行動は己に主を置くことが少ないからな」

「まさか。自分の行動動機は常に自分自身に紐づいております」

 不快感を表すコゥーハを軽く宥め、ハクオロは改めて居住まいを正した。

「皇女達や使節団を疑っている訳ではない。だからそこ、此方が疑われるような事はあってはならない」

 己の立ち位置を今一度考えて欲しい――命令ではあるが、ハクオロはコゥーハを非難しなかった。まるで説得するかのように外堀を埋め、言いたい事ははっきりと伝える相手に、コゥーハの頭が冷えていく。ユズハの件もあるのだろうか……理由を訊ねたくなるが、寸での所で踏み止まる。

「相手が――書簡には書いていなかったし、ちゃんと話を聞いていなかったから、名前は忘れたが。その彼が破戒僧であるか否かは問題ではない。まあ、ベナウィから話を聞く限り、昔は相当やんちゃだったそうだが」

「立場を無視すれば、聖上と気が合うやもしれません。考え方が他者と随分違いますので、突拍子のない事も平気で言ってのけるところなど、多少の共通点は感じられます」

 まるで私がやんちゃしているみたいな言い方だな、と苦く笑う相手に、「違うのですか?」とコゥーハは俯く。参ったな、とハクオロは笑うも、心当たりでもあるのか、言い返すことなく息をついた。

「という訳で。お前を監視しやすくするために、元の部署に戻すことにした。理由が理由だけに、エルルゥの手伝い、アルルゥや皇女達の護衛の任からは外す。周りや私が納得するまで、当分は私や他の武官の側で仕事をしてもらう」

 私が、という部分を強調するハクオロに、コゥーハは目を隠す。前髪を弄る相手に、ハクオロは柔和な顔で補足した。

「重要な仕事は回せないだろうから、休みも取りやすいはずだ。これを機にゆっくりすると良い」

 文官の数人が反対の意を示していたが、良いように言いくるめたから問題はないだろう。後方に手を伸ばすハクオロの前で、コゥーハは刹那に微笑む。

「御心遣い、深く感謝致します」

「礼なら、エルルゥ達に言ってくれ」

 カチリ、と重い物を置く音がコゥーハの近くで上がる。耳を上げること以外変化のない相手を一瞥し、ハクオロは床に置いた一式をそっと移動させる。

「実は。エルルゥとアルルゥ……ユズハからも少しお願いされてな」

 ユズハ様もですか、と目を丸くしたコゥーハに、ハクオロは目を伏せた。

 指輪を弄るコゥーハの中で、様々な記憶が駆け巡る。皇女達の笑顔に、杯に満ちた酒の味、胸元で落ちた涙に、掴まれた喉元から伝わって来た震えとユズハの笑顔が視界を過る。いつのまにか堆く積まれていた賊達の山と、それを苦悶の表情で見据えるベナウィと、ユズハの発作を見つめ続けるオボロの顔と重なる。無意識で組んでいた腕に感覚はなく、あるのは中身のない頭の重み。視界には一式揃った軍服と、一振りの剣が置いてある。

 じっと剣を見つめるコゥーハに、ハクオロは溜め息を吐く。だから、そう固くなるな。妙に明るい声でそう宥め、冷静な目でコゥーハの瞳の奥を見つめる。

「理由が無いなら、それで構わないんだ」

「――――」

 そうか。口を閉じたコゥーハの顔をしげしげと確認し、ハクオロは目を細める。

「……それがお前の口から聞けて、安心したよ」

 咄嗟に顔を右手で覆い、口を結ぶコゥーハに、心配しなくて良いとハクオロは相手から目を離す。最初の作業へと戻り、普段通りの平らな目で書簡へ目を通していく。

「前にも言ったかもしれんが。私はそれほど人は良くないから、そんな理由だけで適所にあるモノを異動させたりしない」

「おかしな事を仰る」

「ああ。我ながらそう思う」

 ふふ、と声を上げて笑うコゥーハに、嬉しそうで何より、とハクオロは口端をあげた。

「ゆっくり探せばいい。時間はたくさんある」

「それは」

 コゥーハは否定しようとするが、己の無粋さに両肩を竦めて嗤う。簡素ながら改めて拝領する意を示し、きっちり畳まれた軍服に手を伸ばす。すっと立ち上がり、己が襟に手を当て――目を白黒させているハクオロに止められた。

「ま、まて待てマテまて!!」

 はらり、とコゥーハの肩から服が落ち、曲線美のある鎖骨が露わになる。女性の大切な部分を隠す白い布から上、がっちりとした体躯に背を向け、ハクオロはおずおすと口を開いた。

「……何をしている?」

「着替えですが」

「当然のようにさらっと言うな! 着替えなら、別の部屋でやってくれ!」

 何故ですか? と首を傾げるコゥーハに、ハクオロは頭を抱える。

「な、何故ってお前……コゥーハは女だろ!!」

 おや。とコゥーハは目を瞬かせる。

「申し訳ありません。年下がお好みと伺っておりました故、自分には全く期待していないと思い問題ないと」

「いや期待も何も興味が全く――じゃなくて、それ以前の問題だろうが……ま、まて待て、ちょっと待て――?!」

 上半身そのままで退出しようとしている相手をハクオロは必死に制止する。だが、コゥーハの躰を引き寄せると同時に戸は開かれ――戸を叩こうとしていたエルルゥと目が合った。全く笑顔を崩さない、エルルゥに。

「エルルゥ。これは、その――」

「………………」

 その後。四半刻を使ってハクオロは誤解を解き、二人は各々の内容で説教を聞かされた。

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 エルルゥの説教を終え、着替えも完了させたコゥーハは、ハクオロへ深く謝罪した。

「今後は、より一層、自分めの立場を弁える所存です」

「頼む」

 それで。垂れていた尻尾を動かし、コゥーハは重い空気を吸い込む。

「自分はまず何を行えばよろしいのでしょうか」

 解っているくせに、と言いたげな目でハクオロは睨むも、頷き書簡を渡す。

「今期配属される予定の騎兵衆(ラクシャライ)七番隊の武官三名の承認と、彼らの実力といった情報の把握。それから、今日を含めた彼らの日程の決定及び教育。もちろん、隊長としてな」

「名前さえ判れば、情報把握においては確認する必要はないとして――」

 ハクオロが小さく呻く正面で、新兵の指導を行っていたので全員面識はある、とコゥーハは淡々と述べる。

「承認など必要ないのでは……おや。三人共、上官として頭の痛い問題を抱える者ばかりで」

「通過儀礼みたいなものだ。それに、必要ないと思ったら拒否して良いぞ。権限もある。尤もコゥーハが彼らの仕事を全て、少なくとも今期中こなす事が出来るなら、だが」

 コゥーハが泣き声を上げる向かいで、相手から戻ってきた書簡にハクオロは判を押す。剣を佩く配下の顔色がすぐれない事に首を傾け、理由を問う。

 いえ、とコゥーハは姿勢を正し、しかし心配を隠せぬ様子で眉と耳を下げた。

「新兵が故にでしょうか、少し可哀想にと。此処へ来させられるということは、隊長にある程度目をかけられ、それなりの優秀さを持っているのでしょうが……希望でもない部署で、隊長に良いように使われやめたいと嘆く未来とは」

「いや。少なくとも三人全員、希望者だぞ」

 え? とコゥーハは情けない声を上げる。口に手を当て、「やる気のある子守ほど、厄介なものは御座いませんね」と嫌味がかった声で笑うも、墨色の目はひどく泳ぐ。

「…………」

 あからさまな疑問の意を態度で示すコゥーハに、ああ、と広げたままの書簡の一部を軽く指でなぞる。

「実は。コゥーハが戻る前に、ベナウィの希望もあって三人とは軽く顔合わせはしてな。これから頻繁に書斎を出入りするだろうからどんな者か知っておいて欲しい、という理由だと思うんだが――」

 疑問が幾つかあるから、書簡にある情報やコゥーハの見解とも摺り合わせを行いたい。ハクオロの意見に「御意」とコゥーハは頷く。若竹色の外套が靡き、主が座ると同時に腰を据えた。

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 少し遅くなってしまった、とコゥーハは足早に下層の廊下を歩く。待ちぼうけにされて一人は酷く怒っているのだろうな、と肩を落とし、部下への言い訳を考え続ける。

「面倒ですね……」

 若い男達の声がする――雲の多い晴れた外へ、出してしまった本音にコゥーハは咄嗟に口を押える。進路へ向き直り、軽く頬を叩きながら歩く視界に、柱に隠れた影が見えた。

「アルルゥ様」

 目が合うや否や、柱の後ろに隠れるアルルゥにコゥーハは苦く笑う。慣れつつあるとはいえ、エルルゥやカミュの前で隠れる様子がない事と比べ、自分もまだまだなのだな、と心の奥底で息を吐いた。

 やってきたアルルゥの前でコゥーハは膝を折り、いつもアルルゥの側にいるはずの存在がいない事に気づいた。

「本日は、ムックル殿は御一緒ではないのですね」

「ごはん食べてる」

「確かに、昼餉のお時間ですね、失礼しました。ということは、聖上のお迎えにいらしたのでしょうか」

 ハクオロはまだ書斎に居るが仕事は終わっているはずだと、コゥーハは説明する。部下の昼餉の時間を奪っている罪悪感が募る中、僅かに生じた汗を拭う。その側――コゥーハの左側、カチャりと音が鳴りコゥーハは尻尾を上げる。

「あ、アルルゥ様?」

 コゥーハの腰にある剣を触っているアルルゥに耳を上げ、コゥーハはやんわりとアルルゥの手を剣から遠ざける。本物故に重くて危ないのだと諭し、相手が頷くまで握る手を離さなかった。

 じーっと剣を眺めていたアルルゥが、ゆっくりとコゥーハを見上げる。

「……コゥーハおねえちゃん、うれしい?」

「さ、左様でございますか?」

 アルルゥが眉を上げるも、コゥーハははぐらかした。だが、移動したアルルゥの視線の先――己の尻尾は正直に回答し、恥ずかしさのあまり顔を手で覆う。

「ん」

 影でよく見えなかったが、尻尾を動かしたアルルゥの表情はとても柔らかなものだった、とコゥーハは微笑する。もしかすると心配を掛けたのかもしれないと心中で謝罪し、聞こえてきた声――アルルゥを探す明るい少女の声に耳を上げた。

「カミュ皇女がお呼びみたいですよ。よろしければ、御一緒に聖上のところへお迎えにいっては如何でしょう」

「ん……」

 肯定したアルルゥの顔が曇る。微かに俯くアルルゥにコゥーハは理由を想像し、一つの推測に辿りつく。

 今日の朝議において、オンカミヤムカイの使節団が帰國する日時が決まった事が発表された。日は五日後で、時間は昼前――あくまで予定であるとの事だが、ここ数日でカミュ達が國へ帰る事は避けられない。自分は見送りには行けないだろうな、などと考えつつも、コゥーハはアルルゥの手をそっと撫でる。

「そう気を落としませぬよう。カミュ皇女とは、また会える日も御座いましょうし」

 コゥーハは立ち上がり、やって来たカミュに話題を振った。コゥーハも一緒に、と誘われるが丁寧に断る。頬を膨らます二人に罪の意識を感じつつも、理由を付け加えて何とかその場を纏めた。

 二人が立ち去り、やってきた衛兵にコゥーハは溜め息を吐いた。仕事だから、と皇女達のやり取りを一通り聞かれ、懐に書簡を入れた相手に敬礼した。酷く面倒そうな顔で「さっさと聖上の機嫌取って下さいよ、仕事増えて迷惑」と文句を言う相手に苦笑し、「賊退治でも頑張りますよ」と背中を見送った。

 誰もいなくなった廊下……昼時故の凪をぼーっと眺めながら、コゥーハは再び歩き始める。幾つかの角を曲がり、何人かの女官に挨拶し、二人の武官に言伝を頼み、軽く非常食を啄みながら目的地に辿りつく。

 兵舎内にある小さな訓練場の入口手前、すっかり遅くなってしまったな、とコゥーハは立ち止まる。固い風が吹く中、墨色の短髪を揺らしながら、勢いよく扉を開いた。

 


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