うたわれるもの 琥珀の軌跡   作:ななみ

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余得

 関に侍大将が訪れた日の翌日、コゥーハは異動願いの届けを提出した。大きな理由は、コゥーハの素性や罪が明るみになりかけたためである。届けはあっさりと受理され、七日もしないうちに転属となった。転属場所は、叛軍が次に攻めるであろうと噂の高い城の上階。薬師(くすし)の才能を買われ、見張り兼衛生兵という仕事をさせることにした。らしい、とコゥーハは捉えている。

(兵士が足りていないのですかね……)

 とはいえ、配属されてかれこれ数日が経過するもののこれといった戦はなく、訪れる患者といえば……と、夜空を眺めながら回想しつつ、みしみしと悲鳴を上げる階段へ目をやる。

「おぉーい……。酔い醒ましをくれぇ」

 ぐったりとした様子で上ってきた、遙かに年上の同僚に、コゥーハは項垂れる。手元にある薬箱を手繰り寄せ、引き出しにある最後の粉と少量の水を相手に渡した。

「もうこれしかないんで、ほどほどにしてくださいよ?」

 おうよ、と相手は手渡された薬を一気に呷り、むせた。

「しっかし、お前……昨日そんなに飲んでよ。何でそんなけろっとしてんだぁ?」

 コゥーハの側にある徳利を突きつつ、同僚はむっとした表情で座り込む。笑いながら自身の持ち物を手繰り寄せ、コゥーハは頬に指を押し当てる。

「あぁ。あっしはお酒に強いんで。こうみえて、故郷の村で毎年やってた大酒飲み大会で、五瓶と半分飲んだこともありやしてね」

「はぁ? 馬鹿も休み休み言え。そのほっそい、しけた躰のどこに入るんだってんだよ」

 にやりと笑い、兵士は相手の胸を押す。同時に、彼の白い顔が困惑の色に染め上がる。

 握り返そうとする兵士の手を即座に取り、そうっすね、と微笑するコゥーハの顔に、一筋の汗が流れた。

「……今。なーんか柔らかいものがあったよーな気が」

 疑問の目を向けられ、コゥーハは笑みを引き攣らせる。

「おやっさん。しらねぇですか? 最近流行っている武装の一つ」

 とはいっても、他の場所に居たときに教えてもらったんすがね。と、口に手を当て、ぼそぼそと話すコゥーハに、同僚の兵士は、耳を相手へ近づける。

「叛軍の奴らの武器って……こう。こっちのより鏃が鋭くてけったいなモンでしょ? でもこっちの鎧といったら、その鏃一つ防げなさそうな、ひっどい有様で」

「だよなー」

 くっそ、もっといいやつよこせってんだ、と舌打ちする相手に、コゥーハは同意する。

「元いた場所も、此処と大差なく有様でしてね。で、どっかの頭のいい奴が、せめて弓だけでも防げたらって考えたやつがこれですよ」

 モロロを始めとするイモの皮と数種類の薬草で煮て柔らかくなったものを袋に詰めた物だと得意げに語るコゥーハに、お前の話す事はいっつも胡散臭えなぁと兵士は腕を組む。

「で。そんなんで弓を防げるもんかね?」

 さてねー。とコゥーハは眉を下げ、首元に手を当てる。

「あっしもそれは不安な所なんですが。無いよりはマシ、じゃないんすかね? 一本防げたら儲け、三本防いで相手をビビらせたらそれこそ儲けてやつですよ。向こうにいたときは幸いにも戦がなくて、効果の程は解らずじまいでしたが。今度の戦で――」

 階段の下から怒声が聞こえ、二人は身体をびくつかせた。おそるおそる下を覗くと、今にも頭から湯気を出しそうな上官が、二人を更に怒鳴りつけた。互いに目を合わせ、くすりと笑った後。悪い、と笑って言い残し、同僚は階段を下りていった。

 一人その場に残ったコゥーハは胸を撫で下ろす。誰も上って来ないことを確認し、とぼとぼとした足取りで窓へと向かう。

「……試しに作ってみましょうかね。今度」

 赤色の染料を混ぜるのも()いかもしれません、と呟きつつ、朝焼けの空を眺めながら徳利の中身を飲む。

(やはり水は味気ない。かといって、ここからくすねるのは気が引けます)

「これほど物資に逼迫しているとは」

 飲み口に栓をしつつ、コゥーハは騒々しい下方へ目をやった。

 裏門からやってきた補給部隊が、衛兵に連れられ奥の蔵へと荷を運んでいるその脇で。ウマ(ウォプタル)から荷を降ろしている若い兵士達を手伝いつつ、城を守る兵士達が怒りと困惑を顕わにしていた。また減ったのか。量が昨日の半分じゃないか、叛軍に襲われたのか。という質問に、疲れた様子で相手の若い兵士はかいつまんで答えていく。

 補給部隊が叛軍の攻撃に襲われた訳ではない。食糧を含めた物の数が國内で不足しているためである。

 見せしめと称した朝廷軍による集落の焼き討ちは日に日に増加し、反比例するように配給される食糧や武具が減少している。理由としては、食糧や武具を生産している集落が焼き討ちにあっている点。特に、最近は叛軍に加わっていない集落も多く焼かれ、國全体から商人が離れていることもある。

『んでさ。……その。最近焼き討ちに遭ったところは何処か知ってるか?』

『ここ数日だとな』

 最近焼き討ちにあった集落が、数日前に送った文に書いた名前と一致し、コゥーハは窓の縁を殴った。

 赤くなった左手の痛みと、日に日に濃くなっていく霧のような"黒い光"がコゥーハの表情を歪める。

(また、ですか)

 錆びついた得物のような重みと冷気、心と躰が乖離するような虚無。死者を弔う涙は無く、乾いた瞳には黒く染まった己の両手が映る。我に返り、心身が再び統合され初めて、切り傷とも打撲とも違う苦痛が全身を裂く。初めて感じた痛みはいつの頃だっただろうか、と、赤い夜空に問いかける。

 故郷と呼んでも良い場所に滞在し始めた頃より以前――あてもなく、大陸中を育ての親と二人で旅していた頃。何処かの集落で、初めて養父の仕事を盗み見た時。それが最初だったのでは、と、コゥーハは宙に手を伸ばす。

 コゥーハを育てた養父は、薬師(くすし)であった。出産を迎える母親を支え、傷の絶えない子供達に消毒薬を塗り、病気を患った者に薬を処方し、死に逝く者を最後まで看取る――昨日に赤子を取り上げた右手で、完全に力が抜けた腕をそっと床に置く仕事。温かな吐息と感涙で濡れていた左手が、冷たい嗚咽と悲涙に拒否される。彼の周囲で、誕生と死別は身近に満ちていた。養父は決して幼いコゥーハを仕事場に入れなかったが、物陰からじっと、養父の目を盗んでは、コゥーハは薬師(くすし)の背中を見ていた。

 薄く残る黒い光にまみれた手で机を叩く、小さな背中。何故、養父の背中が小さく見えるのか。知ったのは、死ぬというものを知ったほぼ同時、"黒い光(アレ)"がどういう時に()()()ものかを理解した後だった。

 毎日のように会っていた元気な相手が、突然"黒い光"に包まれ、数日後に亡くなった。一人だけではない。三人、六人、九人、両手で数えられる人数を超した時、数えることを止めた。疫病、事故、事件。原因は様々あれど、表情が見えない程に体躯を覆う"黒い光"から逃れられた者をコゥーハは知らない。白い床の上で、早荷の車輪の下で、あるいは何気ない日常の場で。黒い光の中でもがき苦しみ、必死で伸ばす手。コゥーハがその手を掴んだ途端に、重く冷たい肉塊となって床へ転がった。

 最初は拒絶――逃避した。目を閉じ、心を閉じ、耳を塞ぐ。旅を続けていた間は、それを耐えた。しかし養父が婚姻した事で定住し、養母と養弟……家族の優しさと温もりに触れることにより、黙っていることへの嫌気と這い廻る苦痛に耐えかね、コゥーハは"黒い光"について、家族に洗い浚い告白した。

 家族に話せば、何かが変わると思った。それが転機だったのだろう、と、コゥーハは伸ばした手で"アレ"を握る。だが、"アレ"は掌の間をすり抜け、白み始めた空へと消えていった。

(ええ。……変わりましたとも。周囲が向ける目も、集落を取り巻く環境も、人との出会いさえも。変わらなかったのは、カナァン様とムィル――養母(はは)養弟(おとうと)の目と)

 國に降りる"アレ"位なものだ、と視線を下げた先。続いている兵士達の会話が、それを証明している、とコゥーハは己の胸を掴む。

(上層部は何を)

 思わず口にしそうになり、コゥーハは薄く自嘲した。

 突貫工事の跡が見られる城壁。その隅で、緊張と疲労を吹き飛ばすためか、貴重になりつつある酒を呷り馬鹿騒ぎする兵士達。黒い瞳に映る風景は望まない光景ではあるが、それ以前に何もしなかった光景でもあるのだと、コゥーハは口を結ぶ。

 コゥーハは出世の道を放棄した。無論、己の実力を評価するわけではないが、上に上がろうとする努力を自らの意思で怠った。上には上にふさわしい者がいるのだからと責任を押し付け、下でしかできないことを見つけるのだと逃げた。そんな奴が必死になって登り詰めた者を責めることは、非常に愚かなことである。

 仮に。貪欲に出世を狙い、あわよくば侍大将と共に多くの兵士を纏める地位まで登れたのであれば、見える風景もまた、違っただろうか。

 ふっと湧いた疑問を押し付けるように、コゥーハは兵達の会話に耳を傾けた。

『でさ……。焼き討ちの指示ってのは、やっぱその、ベナウィ様が――』

 がたり、と音を立ててコゥーハは立ち上がった。拍子に、右手にある徳利が離れる。

 ば、馬鹿! と、相手の兵士は叫び、やや声を小さくするように己の口に手を添える。

『逆だ、逆。侍大将は、やめるようにと (オゥルォ)に向かって散々諫言している。とはいえ、最近は最前線へ出ているって話だからな。そっちの情報もあんまり入っていないんじゃないか』

「……」

 ふう、とコゥーハはため息を吐く。が、右手の違和感に気付き、窓の外へと身を乗り出しながら、屋根に引っ掛かっていた徳利に向かって叫んだ。複数の視線と風を浴びた徳利は再び動き出す。激しい音を立てて傾斜を疾走し、真下にいる兵士――小隊長の頭上に落下した。誰もが直撃すると息を呑んだ刹那、隊長は腰にある刀を抜き、真上にある物体を一刀両断した。

『また貴様か、コゥーハ!』

 破片や透明の液体と共に周囲の拍手を浴びながら、隊長は真上へと怒鳴った。彼の目が恐ろしく目が座っていることを誰もが理解し、周囲は瞬時に静まり返る。

『朝から酒なんか飲みやがって。罰として、その酒を俺に寄越せ!』

 飲んでいますね、という感想をコゥーハは呑み込み、高い頭を最大限に下げる。

「ち、違いますって隊長。それはただの水ですって」

 大袈裟に手を振り首を振るコゥーハを明らかに信用していない目で睨み、隊長は濡れた服に顔を近づける。

『酒っぽい、ツンとした匂いがするが?』

「そ、れ、は。ハルニレの茎ですって」

 それだけではありませんが、とコゥーハは呟き、「茎を入れてしばらくおくと、酒っぽい味になるんですって。ほら頭にあるでしょー?」と、前髪を触る。

 コゥーハに促されるように隊長は額当てを外し、前髪を梳く。コゥーハに似た長い茶色の耳を僅かに動かしつつ地面に落ちた焦げた茶の茎をそっと拾い上げ、赤い顔で匂いを嗅いだ。

『……確かに。酒の匂いが』

「しますでしょ。ほんのりですけど。それに、酒にしてはドロっとしてないですよ?」

 だな、と指を舐めて目を細める隊長に、ああ、とコゥーハは補足する。

「でもハルニレってのは、精神を落ちつける薬草っすから、全然酔えませんがねー」

『なっ。酔えねーのかよ、この野郎! 期待させるんじゃねーよ!』

「えー……そう仰いましても」

 とにかくそこに直れと命令し――何をどう()()()良いのだろうか、と散々悩んだ挙句、コゥーハはその場に正座した――説教を始めた相手に、すみません、とコゥーハはひたすら平謝りした。途中から上層部の文句へとすり替わったことにも触れずに低く頭を下げ続け、すっきりした様子で減給を言い渡した隊長を見送った。

 上官が去ったことを確認した後。ふう、とコゥーハはため息を吐き、仕事を終えた補給部隊へ声を上げる。

「あっ、そこの。強そうで、都のにおいがする。そう、そこの」

 該当する人物を含め、下にいた全員が一斉に振り向いたことにコゥーハは苦笑しつつ、焼き討ちのことを話していた兵士を指差した。

「最近の焼き討ちを指示しているのって、ベ――」

 口を噤んだコゥーハの顔が引き攣る。激しく首を振り、気を取り直すように、やや声を大きくして続きを言い直す。

「――侍大将じゃないって話っすけど。なら、誰がやっているか、御存じで?」

 あぁ、と兵士は眉を寄せ、しげしげとコゥーハを見つめる。

『その前に、一つ訊いてもよろしいですか?』

「え、ええ。何でしょう」

 小さな黒い瞳で探るように見つめられ、言葉遣いがやや丁寧になった事も含め、コゥーハは息を呑んだ。自分の何が気になるのか、と眉を寄せ、予想される質問の回答を考え始める。が、しばらく見続けた後、兵士は笑って「いえ。何でもありません」と手を振った。

『全く。あなたが、いろっぽいと思ってしまった私は、どうかしてますよ』

「……そ、そうですか」

 口では平静を装ったものの、コゥーハの表情は困惑に満ちた。真っ先に予想した質問を、彼はしたかったのではないだろうか、と。

 ついに目覚めたのか、とからかう同僚達を、馬鹿言え、と軽くあしらい、兵士は額当てを外した。周囲よりは顔の整った、優しげな顔をコゥーハに向け、灰色がかった黒い短髪と、先端の白い灰色の耳を掻いた。

『新しく任命された侍大将が、率先してやっているらしいですよ』

「新しい……?」

『それ以上の事は知りません。また此処に来れたらその時にでも。それ、飲ませて下さいよ』

 右手で杯を作り、笑みを向ける相手に疑問を抱きつつ、コゥーハは手を振る。同時に、下に居る全員が手を振り、徳利を掲げるような仕草を向けられ、苦笑した。

 任を終えた補給部隊を見送り、コゥーハはその場に座り込んだ。軽く息を吐くその隣で、かたりと乾いた音が耳を掠める。

 おっと、とコゥーハは紐で繋がれた木簡を手に取った。

 先日お越しになった依頼主に対して、依頼された内容を認めた書簡を送ったところ、返って来た物がこの木簡であった。

(先日のお礼、のようですが)

 達筆ながらも癖のある字からして、依頼主が記したものではない事をコゥーハはすぐに理解する。

「この独特の、文字の癖……どこかで見たことがあるのですが」

 文字についての疑問をひとまず横に置き、コゥーハは文の内容に目を通す。

「叛軍内部の様子と。叛軍の長、ハクオロという御仁について……」

 日が昇ることも無視し、コゥーハは木簡の内容を読み耽る。

 

 叛軍の長、ハクオロは、ケナシコウルペ辺境にあるヤマユラという集落の男である。戸籍が見当たらないこと、ヤマユラに来る以前の記憶が、名前も含めて一切ないとの噂、元村長(むらおさ)であるトゥスクルの所に居候していたという情報から、流れものの確率は非常に高いと思われます。常に仮面を被っており、その素顔は一切不明。家族は娘が二人。一人は薬師(くすし)で、一人はムティカパを操れるようであります。追記。彼女らはトゥスクルの孫であり、ハクオロという名前は、今は亡きトゥスクルの息子の名前である。おそらく、名がないままでは不便だということでトゥスクルが彼に息子と同じ名前を与えたと思われるが、同一人物の可能性は否定できません。この件に関して引き続き調査を望まれる場合は別途料金となります。

 

(トゥスクル、というと、あの薬師(くすし)のトゥスクル様ということなのでしょうか? しかし、トゥスクル様にお孫様がいらっしゃるとは、知りませんでした)

 元、という部分に眉を寄せ、しばらく逡巡する。が、答えがでないことを悟り、コゥーハは次の項目へ目を向けた。

 

 戦歴から、彼の戦の采配能力については、非常に長けたものがあると思われます。詳しくは、後日お送りする別巻を御参照ください。

 

 幾つかを読み飛ばし、コゥーハは次の項目へ目を向ける。

(ここからは、所々に朱が入っていますね。本文のかすれ具合と比較して、後から新たに加えたものでしょうか)

 

 叛軍の拠点に潜入したところ、奇妙なことに、屈強な男達に交じって女子供が多数おりました。洗濯ものを干し、弁当を配る女達や、無邪気に遊ぶ子供達の様子から、ここに住んでいるものと思われます。ちなみに、帰り際に頂いた水と食料は非常に美味でございました。

 

(――……)

 ぷっ、とコゥーハは吹き出し、ひとしきり笑った。

「食料が美味しい事は――そうですね。重要ですね、士気に関わる案件です」

 真下で飯が不味いと騒ぎ始めた男達を一瞥し、何度目だろうか、とコゥーハは溜め息を吐いた。不幸にも彼らに突っかかられ、今にも泣きそうな顔でおろおろする若い新兵を見兼ね、木簡を一旦床へ置いた後、懐から酒を投げた。それで我慢してくれ、というコゥーハの提案に――先程の騒ぎを見ていたのだろう――男達は疑問の目を向けたが、中身が本物と知るや否や、上機嫌で持ち場へと戻って行った。

 彼らが去った直後。何度も頭を下げる新兵に対して、コゥーハは笑った。

「ああ。お礼は本日の夜に、食糧庫からお酒を持ってきてくれたら、構わないので」

『そ、そんなぁ~』

 ヒドイです、と泣き始めてしまった新兵に、「いや、冗談、冗談ですから!」とコゥーハは必死に宥め、上官がこの場にやって来ないことを切に願った。幸いなことに周囲には誰もおらず、交代の相手がやって来た頃には落ち着きを取り戻したおかげで、面倒な事にはならずに済みそうだ、と肩を撫で下ろした。

 笑顔で去っていく相手に手を上げた後。コゥーハは窓縁を掴み、項垂れる。

(ああ、今晩のささやかな贅沢が……)

 悔いても仕方ない、と己に言い聞かせ、コゥーハは再び木簡を手にする。

 

 兵達の訓練具合の様子ですが。一國の軍で行われるそれか、それ以上のもの、非常に洗練された、無駄のない訓練を彼等は受けておりました。

 長自身の身体能力についてですが。残念ながら見極めることかなわず。腰にある鉄扇が武器ということは確認致しました。二刀を操る若い男が叛軍にいるか、ということについてですが、今回は確認がとれませんでした。

 

(……二刀使いの若い男、という部分。一体どういうことなのでしょうか)

 ふっと。皇城の倉に手を出した一人の賊を、()()()()()()()()()()()()という文を受け取った事を思い出す。その者が二つの刀を操る賊だった、と。何故その事を相手が書簡に認め送って来たのかコゥーハは未だに解らないものの、相手がその賊に興味を持っているということだけは、この木簡の内容から確信する。

(詮索はいけませんね)

 朱の入っていない一部を適度に読み飛ばしながら、コゥーハは首を振った。

 

 叛軍の長は、重要拠点に忍び込んだ如何にも怪しい商人に情けをかけ、水と食料を渡すほどの『優しさ』をお持ちのようです。一方で、長自身の命をあまりにも蔑ろにしている節がございます。実際、長を殺す機会は数回あり、様々な人物と会ってきた、個人の感想といたしましても、あまりにも無防備。非常に驚いております。

 しかしながら。その無防備さと優しさが周囲に親しまれ、最終的には信頼へ結びついているのではと推測します。あれほどの無防備さから、おそらくはこれまで刺客に襲われるといったことが無かったと思われます。これは、叛軍内の結束が固いこと、刺客を入れさせない何かしらの策を講じている、刺客さえも飲み込む魅力を長自身が持っている、と考えられますが、何分情報が少ないため、個人的な意見としてお考えください。

 

 著者の個人的な意見の幾つか――全体が個人的な意見でしょうに、とコゥーハは呟く――に目を通し、コゥーハは最後の一文に目を留めた。

 最後に、と、書簡はこう締められていた。

 

 結論。叛軍の長、ハクオロという男は、一見そうは見えないものの、ヒトを惹きつけて已まない御仁である。

 

「ヒトを惹きつける、ですか」

 会ってみたいかもしれない、と、コゥーハは笑う。しかしその直後、付け加えるようにぼそりと呟く。

「いや。現在(いま)の私には……自分には、とても。眩し過ぎて、恐ろしいかもしれません」

 昇る日の光で白く光るその顔に、笑顔はない。

 窓の向こうをじっと見つめるコゥーハに、交代を告げる兵士の声が掛かった。振り向くことなく、コゥーハは了解の合図を手で送った。

 


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