うたわれるもの 琥珀の軌跡   作:ななみ

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新任

 暖かな日差しが届きにくい、昼間だというのにやや薄暗い場所をコゥーハは歩いていた。新しく作り変えられたのか、磨かれた濃い茶色の床が軋む音を立てないことに驚きつつ、己に向けられる視線の原因を探るように周囲を見渡す。

 兵舎と皇城を繋ぐ廊下は決して狭くはなく、昼間ということもあり、武官文官、男女共に多くの人が忙しなく行き交っていた。その内の四割、比較的忙しくないと思われる面々が、コゥーハの姿を見るなり、近しい人間と共に何やらひそひそと話始める。

 自身のことについて噂にされることには慣れているものの、何分数が多いことや、若干興奮気味な調子で話す者もいるため、否が応でも聞こえてくる、とコゥーハは肩を竦めた。

『トゥスクル初の女性兵士の実力や如何に』

『ベナウィ侍大将と()()()話していたそうだが、彼との関係は』

『そもそも。コゥーハが女なのか、否か』

 幸いにも"アレ"についての事柄は噂になっていないことに胸を撫で下ろすも。ベナウィとの関係が噂になっている点については、頭を悩ませた。仮に、自身の前科とベナウィの関係性が明るみになった場合……コゥーハの処分とベナウィの更迭で事が済めば良いが、内乱の火種ともなれば、後味が悪い事この上ない、とコゥーハは息を吐く。いずれにしても、"アレ"を含めて情報封鎖に乗りださねばならない、と口を結んだ。

義叔父(おじ)上にだけは。頼りたくありませんが……方法の一つとして、考えておくべきでしょうかね)

 カナァンの義弟にあたるコゥーハの『元』義叔父。大陸を股に掛ける商人である彼が現在どこで何をしているのか。かなりのやり手であることからして野垂れ死んでいることはあり得ないだろうが、最近は連絡を取っていなかったこともあり少々心配だと思うと同時に、会ったら会ったで食えない性格の相手と話すのがこの上なく苦痛な時があるのだと、コゥーハは心中で溜め息を吐く。

 そんな様子のコゥーハを一瞥しつつ、廊下の端で会話に勤しむ若い女官三人。彼女達にコゥーハは声を掛け、捜している人物が現在何処にいるのかを聞き出そうとするが、常日頃――彼女達曰く、偏屈な役人(とのがた)達を相手している故か、複数回のやり取りの後、完全に会話の主導権を彼女達に握られ、困惑する。

「ベナウィ様と、付き合っているんですか?」

 単刀直入な質問に、コゥーハは目を丸くした。

 馬鹿な。多くの魅力ある女性達を無残に打ち()()()続けているあの朴念仁が惚れた女傑の顔を、こっちが拝んで頭を下げたい位だ。という叫びを心中の奥底へとしずめ、コゥーハはやんわりと否定した。が、女官達は納得できないような表情で、更に質問を続ける。

「ベナウィ様と、どういう関係なんですか」

 怒気を含む声と刺々しい視線に気圧されながらも、コゥーハは顔を引き攣りつつも微笑し、当たり障りのない――明日から正式に上官と部下の関係になることを伝えた。想像通り「そういうことじゃありません」と返って来たため、更に笑いながら、今日初めて会ったのだと、申し訳ないと思いつつも嘘を吐く。

 からかっているんですか? と言いたげに頬を膨らます彼女達に、頬から人差し指を離し、コゥーハは半歩下がった。

(これ以上の関係悪化は、避けたいのですが)

 愛想笑いを浮かべながら、何か打開策はないものか、とコゥーハは女官達を観察する。

 全体が黒よりの朱色で、衿と袖が白、袖の先端と丈の下の一部、(トゥパイ)が落ち着いた灰色の服。皇城で働く女官達の服装は一様であるものの、額に巻いている黒い布に描かれた白い模様が部署によって違う。その模様を注視した後、彼女達が両手に持つ盆の上に目を向け、朱色の紐で巻かれた書簡を確認する。

(皇城内の書庫を管理している方々ですか。なれば尚更、彼女達とは悪い関係を築きたくありませんね)

 どうしたものか、とコゥーハは数拍考え。一刻も経たぬ前のベナウィとのやり取りを思い出し、あぁ、と如何にもわざとらしい声を上げた。

「そうでした。本日の夕刻に、ベナウィ侍大将から必要な資料を部屋に運ぶように仰せつかったのですが……」

 女官達は丸くした目を互いに合わせつつ、相手の言葉を待つように口を噤んだ。

 緊急の任務が入ったために資料を運べないため、代わりに資料を運んで欲しいこと、その旨をベナウィ侍大将に伝えて欲しい、とコゥーハが事情を説明し終えた直後。廊下は黄色い歓声で揺れ動いた。三者三様に目をキラキラと輝かせ、先程の剣幕は何処へ行ってしまったのだろうと相手が呆けたくなるような笑顔で、コゥーハの手をひしりと握る。どんな内容の資料を持っていけばいいか、といった問いではなく、三人の中で誰がベナウィの部屋に行けばいいのかという質問をコゥーハに投げ掛け「自分に行かせて下さい」という強い意志を宿した瞳でコゥーハを見つめ始めた。

 資料の数は多いので、三人全員で行けば良いと思いますが、とコゥーハは提案するが「それは当然のことです」と却下された。彼女達曰く、誰がコゥーハの伝言をベナウィに伝えるのかをコゥーハに決めて欲しいらしく、コゥーハの表情はますます困惑で引き攣った。

「で……では。エルルゥ様が現在いらっしゃる場所を教えて頂いた方、ということで」

 コゥーハにとっては幸いにも。三人の中の一人、一番背の低い、ぱっちりした目を持つ可愛らしい女官だけがエルルゥの居場所を知っていたため、彼女達の問題は解決した。エルルゥの居場所を丁寧に話し、ベナウィに持っていく資料の一覧が書かれた書簡を恭しく受け取り、感謝の意を並べた後に意気揚々と廊下を駆けて行った女官達を見送った直後、ふらつく身体を柱に押しつけた。

(しかし。人の口に戸は立てられぬ、とは申しますが)

 一刻も経っていないというのに、早いものだ。女官同士の繋がりの広さと速度に感心さえ覚える、とコゥーハは両耳を垂らした。こんな事が続くのだろうか、と物思いに耽るのも束の間。槍で突くような視線がコゥーハの背中に突き刺さった。

 振り返った先。廊下の端には一人の若い兵士が突っ立っており、コゥーハが話していた女官達の背中を哀愁漂う表情で見つめ、溜め息を吐く。やがてコゥーハの方へ目をやり、無言のままじっと睨みつけた後に、その場を去った。

 彼らを見送りつつ、コゥーハは微笑する。

(若いって、良いですね)

 ふっと湧いた感想に苦笑し。首元の額当てを触りながら、コゥーハは女官達に教えて貰った場所へと足を進め始めた。

 

 

 

 

 

◆◇

 

 

 

 

 

 コゥーハがエルルゥを捜しながら廊下を歩きはじめる半刻程前――ひどく疲れたような表情をしたクロウが部屋を出ていった直後。首元に額当てを付けつつ、コゥーハは次なる任の内容について話すベナウィの言葉に耳を傾けていた。

「エルルゥ様を覚えていますか」

 はい、とコゥーハは首を縦に振り、上着に袖を通した。腰近くある身丈の長さを確認し、左腰に何度も右手を入れる。

「皇女様には大変お世話になりましたから」

「エルルゥ様を補佐し、宮廷の作法を教えて差し上げて下さい」

 それは、と言葉を詰まらせ、コゥーハは衿を正した。

「それは。隊長か、文官の誰かが適任かと思われますが」

「エルルゥ様の護衛も兼ねると考えて下さい。それに、私も何かと忙しいのですよ」

「聖上を書斎に閉じこめておくことに?」

「ええ――……いえ。厳密には違います」

 慌てて言い直した、しかしはっきりと否定しないベナウィの正面で、コゥーハは目を瞑った。堆く積まれた木簡の山に挟まれ、机に突っ伏し、呻く(オゥルォ)の姿が浮かび、思わず言葉を漏らす。

「……聖上に同情します」

「文官の数も先の戦で数が半数以下になり、何処も人員が不足しています。増員は行っていますが、そのほとんどはすぐに仕事ができる状態ではありません」

 現時点ではそちらに人が回せない、と呟いたコゥーハに「ええ」とベナウィは肯定し、新たな書簡を開く。

「それに。エルルゥ様と貴女は、例の一件で打ち解けた様子。初対面の文官を据えるよりは、何かと良いのではと判断しました」

 剣を佩きつつ、コゥーハは舌を巻いた。

 皇女エルルゥへの――女性への配慮を忘れないベナウィ。女性を見ていないようで、見ているところはきちんと見ており、なおかつ彼女達が気持ち良く過ごせる気配りを当然のように実行する彼に世の女性は好感を抱くのだろうな、とコゥーハは小さく息を吐く。

 溜め息を肯定と受け取ったのか、真剣な眼差しでベナウィは部下に釘を刺した。

「エルルゥ様は聖上の大切な御方。くれぐれも無礼のないように」

 御意に、と頭を下げた後。コゥーハはゆっくりと立ち上がり、書簡へ向かって溜め息を吐く上官に視線を向けた。

 何か? と、面倒であるかのように、あからさまに目を細めるベナウィに、いえ、とコゥーハは口を開く。

「いえ。きちんと装備するように注意されると思ったものでして」

「私が注意をすれば。貴女はきちんと付け直すのですか?」

 尤もなお言葉で、とコゥーハは苦笑し、部屋の入り口で一礼した。速やかに次なる任務へと赴きたい訳ではなく、早々に立ち去りたい一心で踵を返した彼女の背中に、言い忘れていましたが、というベナウィの声が掛った。

 くん、と、コゥーハの長い耳が上がった。その根元を、ゆっくりとした速さで一筋の汗が流れ下りる。

「書簡をしかるべき場所へと戻しておいて下さい。エルルゥ様の補佐は、それからです」

 剣の柄に手を伸ばし、今にも相手を斬りたい激情を抑えつつ、コゥーハは精一杯の微笑を作る。女官達に()()()頼めばやってくれるのでは? と、部下が視線を送る先。部屋の隅、書簡の山を指したまま、ベナウィは眉を上げる。

「命令です」

 

 

 

 

 

◇◆

 

 

 

 

 

 ベナウィが額当ての件について注意しなかった理由を、道中でエルルゥの居場所を確認するために呼び止めた数人の女官達の口から、コゥーハは知った。

「やっぱり。頭に額当てをしない方が、素敵です」

「重たいですもんね。アレ」

 同じ言葉を口にする彼女達に疑問を抱き、額当てが重いことについては同意しつつ、どういうことなのか、とコゥーハは訊ねた。

 コゥーハが床に伏せた状態であった数日前。兵士登用に関する法の改正案――女性兵士登用可能兵種が、薬師(くすし)である治療専門の兵、衛生兵のみであったが、今回の法改正により、全ての兵種で登用可能になった。ただし、各衆の一般兵士に求められる実力を有した者のみ登用するものとする――が成立し、同時に女性兵士の軍服についての議題が持ち上がった。最初は衛生兵の軍服を採用する案が上がっていたが、在籍する衛生兵の半数から服装に関する問題点が前々から指摘されていることや、その場にいたエルルゥを始めとする女性陣全員が断固として反対した事が背景にあり、女性兵士のための新しい軍服が考案される運びとなった。

「前に、薬師(くすし)の友達から聞いていましたが……本当だとは思いませんでした。男性と全く同じ服装なんですよ?! あり得ないですよっ! ホント! 友達も『通って良かった』って言っていましたし。本当に、良く耐えてたなーって」

「尻尾を出せるようにすればいいとか出たんですが、そういう問題じゃないですよっ! 全く! 聖上もベナウィ様も、それで納得しちゃいかけますし……正直、信じられなくて。開いた口が塞がらなかったですよ」

 自身が服装に無頓着であるため、別に前の服装でも、とコゥーハは口にしかけるが、彼女達の真剣な――有無を言わせぬ鋭い眼差しに口を噤んだ。

「それでそれで。女官と衛生兵の皆さんとで新しい服装を考えることになったんですよ。しかもエルルゥ様の計らいで、女性の服は全部私達に任せてくれることになって」

「大丈夫ですよ。殿方には、一切関わらせませんし、文句も言わせません!」

「その時に『頭の額当てって重いよね』『肩当てと胸当ても格好悪いよね』って話になったんです」

「やっぱり無い方が良いですよね」

 笑顔を弾けさせる彼女達に「そう、ですかね」とコゥーハは苦笑した。

「ええ。もう、仕事そっちのけで考えていたんですよ。動きやすいようにしてみたんですが、どうですか?」

 率直に問われ、動きやすいですよ、とコゥーハは返す。

「剣を使用する分には、十分過ぎる位に動きやすいです。ただ、自分の場合は槍を主に使用する予定であることと、ウマ(ウォプタル)に騎乗する機会が多くなるかと思いますので、その時にまた、感想を述べさせて頂きたいのですが」

 あぁ、なるほど。と、微笑した女官達であったが「ウマ(ウォプタル)に……騎兵衆(ラクシャライ)……」と呟き、眉を寄せた。雲行きが怪しくなってきたことを察知したコゥーハはその場を後にしようと踵を返すが、がっちりと手首を掴まれ、歩くことができない状態に陥った。

「ところで。ベナウィ様との関係は――」

 恐ろしく目の据わった女官達に、人差し指で頬を突きつつ、コゥーハは呻いた。

 

 

 

 

 

 ひどく疲れた身体に鞭を打ちつつ階段を登った後、コゥーハは皇城の中層にある廊下を歩いていた。

 昼下がりの現在。この時間帯は、(オゥルォ)が政務の大方を終え、休憩を取ると共にエルルゥの淹れた茶を啜っている時間帯であると、資料には書かれていた。しかし今日は政務が滞ったためハクオロが休憩する時間も遅くなる予定となり、それに伴いエルルゥは現在ハクオロのために茶を淹れる算段をしているのだろうと、女官達の話を総合した上で、コゥーハは結論付けた。故にコゥーハは厨へ足を運んだが、そこにエルルゥの姿は無く、忙しなく夕餉の下拵えをする庖丁師や大量の皿を運ぶ給仕に「確かにエルルゥ様は此処へいらしたが、すぐに行ってしまわれた。基本的には朝餉と夕餉の時にしか来ない」「邪魔だから出て行って下さい」と追い出される形となった。

(皇女自らお食事をお作りになるとは聞いていましたが)

 まさか本当だったとは、とコゥーハは開きかけた口を閉じた。ではエルルゥは何処で茶を淹れているのだろうかと考えつつ、再び女官達に訊ね歩いた。紆余曲折があったものの、ようやく目的の情報へ辿り付き、ほっと息を吐く。

(自分としたことが。エルルゥ様のお部屋とは、何故考えつかなったのか)

 皇城の上層、日当たりの良い南側にエルルゥ達の部屋は存在する。その部屋の真上、最上階にはハクオロの部屋――禁裏があるため、茶を冷ますことなくハクオロの元へ運べる利点があるのだろう、とコゥーハは推測する。

 下層には無い、ぴりりとした緊張が廊下の一面に貼り付き、コゥーハは背筋を伸ばす。一歩踏みしめるごとに軋む音が床を走り、複数の衛士の、興味や関心とは違う鋭い視線がコゥーハを監視する。

 不審人物だと見られて当然だ、むしろ見ない方が不自然だとコゥーハは息を呑む。一介の兵士――ましてや未だ正式に配属されていない者が、皇族の住まう場所の真下であり、かつ現在は使節団の滞在されている部屋がある中層を歩いて良いはずがない。仮に用事がある場合でも、しかるべき立場の人間に取り次ぎを願い出るものである。捕縛されて当然、しかしそれを承知でコゥーハは歩いていた。

 

 

 

 

 

◆◇

 

 

 

 

 

「エルルゥ様なら、ついさっきここを上がられましたよ」

 人が三人並んでも余裕がある広さの、中層へ繋がる階段の一つを守る若い衛士の回答に、コゥーハの口元が微かに緩んだ。

「左様ですか」

「ですです。ささ、どうぞどうぞ、上がって下さい」

 は? と口を開いたコゥーハに、衛士は背後の階段を示した。

「大丈夫ですよ。コゥーハ殿のことは伺っているので」

 あっけらかんとした一言に、コゥーハは面食らった。あー……とこめかみを擦り、ずっと抱えていた疑問を相手にぶつけた。

「自分の事をどの点で、皆様は噂の人物だと断定しているでしょうか」

「一番は服装じゃないですかねぇ。俺もそれで判断しましたし。本人でしょ?」

 えぇ、と肯定するコゥーハに衛士は嬉しそうに指を鳴らした。

「ちなみに服は俺の好みですよ。いやぁ、イイい仕事してくれましたよ~。女官の皆様に感謝カンシャ」

 祈るように両手を組み、頭を下げた相手にコゥーハは半歩下がった。その足を見下ろすように視線を動かしつつ、衛士は鼻の下を伸ばす。

「できればもっと露出を高くして頂ければ、なーんて」

「そう伝えておきましょうか?」

「はっ。お心遣い、感謝致しまーす!」

「お名前と所属部隊を聞かせて頂いたら、ですが」

 それは勘弁してください、と、衛士は慌てて手を振った。ずれ落ちた額当てを外し、布のように垂れ下がった灰色の耳を手拭いでふきつつ、それにですね、と話題を戻した。

「それにですね。文官武官共に噂好きは増えたみたいで、噂が広がるのは早いんすよ。細かい内容も――見た目とかもね、色々伝わっていて。逆に伝わっている間に変な情報へと変化しちゃってる場合もあって、気を付けた方がイイかな、なーんて。例えば、性別に疑惑ありとか。胸が無いとか。全く、誰が流したんだか。俺にしてみたら十分ありますもん」

「……ありますか?」

 首を傾げるコゥーハに、あるある、と衛士は断言した。

「エルルゥ様よりはないですけど。俺の中ではエルルゥ様がこの國の女性の平均かつ最高なんで。コゥーハ殿もそこそこですよ。ソコだけは」

「はぁ」

友人(ダチ)とは趣味が合わないんすけどね。同じ皇女様でも、この前ちらーっと見た、オンカミヤムカイのウルトリィ皇女はそりゃあもう誰もが認めて俺も納得な美人ですけど。アレがあり過ぎってのは、どうも俺には。程々ってのは大切なんだよ、うん。あいつはソコんとこ分かっていない」

「はぁ……」

 流すように相槌を打っていたコゥーハだったが。しばしの間に話を整理した後、眉を吊り上げ、剣の鍔に手を乗せた。

「お待ち下さい。つまり? 貴方は()()()目でエルルゥ様とウルトリィ様を」

「ちょちょちょっ! 見てません、みてませんって! だからそんな血走った眼で睨まないで下さいって!!」

 本当ですか? と確認を取るコゥーハに対して、涙と鼻水を垂らしながら否定し、上官には言わないでくれと頭を下げる衛士。同じやり取りを数度交わした後。床に頭を付ける行為へと走りかけた衛士を静止し、コゥーハは溜め息を吐いた。

「分かりました。貴方の良心に期待しましょう」

「はっ! しっかり応えさせて頂きまーす!」

 真っ直ぐ背筋を伸ばし直立する衛士の隣で。話を戻しましょう、とコゥーハはこめかみを掻いた。

「中層に、できればエルルゥ様に取り次いで頂きたいのですが」

 小さな目を一瞬丸くした後、ニコニコと衛士は笑った。

「だーかーらー。大丈夫ですって。中層の人達は仕事熱心でちいーっと頭固くて色々疑われるかもしれないですけど、聖上やエルルゥ様が大好きな人達ですから、お二人に会っちゃえば何て事ないですって。此処より狭いですし直ぐ会えますって。というのも、聖上も、エルルゥ様も、正直驚き呆れる位に寛大な御方ですし。許してくれますよ、きっと」

「きっと……」

 柔和な顔で笑う相手の言葉に「確かにエルルゥ様なら」という考えがコゥーハの頭を過ぎるが、すぐに我に返り、くっと眉を上げた。

「い、いえ。駄目なものは駄目かと思いますが。オンカミヤムカイの使節団の方々が滞在されているということも鑑みて――」

 大丈夫ですって、と衛士は口を尖らせた。

「それに、そんな固くなっちゃあ、この先やっていけないと思いますよ? この辺を普通にエルルゥ様は通ってますし。あー、そう思うと固いまんまの侍大将はキレないで良くやっているような気が」

「固い固くないの問題ではないでしょう。確かに聖上とエルルゥ様は寛大な御方ですが、だからといって為すべきことを為さないことの言い訳にはならない訳でありまして」

 あー。と衛士はあからさまに不満そうな、面倒な物を押しつけられたかのような表情で口を細くする。

「まあ。それでも俺は構わないですけどね。時間がすっごい掛りますけど、お望みならば取り次ぎますよ。けど、このままエルルゥ様のところへ行かないで、任務――事情を聞く限り、護衛でしたっけ? しないで此処で待っているってのは、コゥーハ殿御自身として、まずいんじゃないですか? 暇で暇で、それはもう死にそうな程に暇な俺としては、上の了承を待つ間、話し相手ができて嬉しですがね。その様子を何処かの、暇で暇でそれはそれは暇過ぎて死にそうな奴が、暇潰しと称して多少の尾ひれをつけた……例えば『任務を放棄して世間話に勤しんでいる』とかいう感じの噂を流して、噂好きの面々を伝って、それがベナウィ侍大将の耳にでも入ったら」

 一旦言葉を切り。誰もこの場にいないことを確認した後、衛士はコゥーハの耳元で囁いた。

「……『説教』。きっついんでしょ?」

 コゥーハの顔が、さっと青くなった。カタカタと振動し始めた全身を力で押し止め、ぐらつく視界を止めるように息を呑んだ。

(確かに。上官(アレ)説教(アレ)だけは――)

 過去に……自身が成人と呼ばれる年齢に達していない頃、ベナウィの説教というものを、何度もコゥーハは経験していた。原因は九割九分九厘においてコゥーハに非があったと自覚しているとはいえ、数刻もの間続いた壮絶に長いベナウィの説教はコゥーハの心に一種の蟠りを残した。普段の無口ぶりは何処へいったのだろうか、と問いたくなる程に淀みなく浴びせられた言葉は、どちらが年上なのか全く判らないとコゥーハの養父に苦笑される程に、大人としては納得できる内容。しかし、当人が幼かったためか、はたまた性格に起因するのか、時折『重箱の隅をつつく』点や、長くなればなるほど本筋と全く関係ない内容の説教を始める点、そして何よりも、それらで完膚なきまで叩きのめ終えた相手に向かって、すっきりした――若干嬉しそうな表情で「今日はこれ位に」「言い足りないので明日も」と口にし、翌日その通りに話を始める点は、コゥーハの心を確実にへし折った。以来『説教』と聞くと当時の記憶が鮮明に思い起こされ、軽い眩暈と足の痺れをもよおすようになっていた。

 後ろに回した左手で震える太腿を擦り、右手で額を押さえるコゥーハの肩を、同情するように――否、追い打ちをかけるように衛士は叩く。

「俺は歩兵衆(クリリャライ)なんで、詳しくないんですけど。騎兵衆(ラクシャライ)友人(ダチ)が言うには、一刻で終わればイイ方で。言っている事がまとも過ぎで、その間は絶対に正座なもんだから、心に足にと相当堪えるとか」

「……上がっても、宜しいですか?」

 どうぞどうぞ、と衛士は手摺りに手を掛けた相手に頭を下げた。コゥーハが階を上り終えたと同時に頭を上げ、クククと笑いつつ、独り呟く。

「いやぁ。噂の女傑も、大したことないのかねぇ。それともベナウィ侍大将の説教というのは、それほど恐ろしいのか……まあ、いずれにしても仕事が無くなったことは、運が良い。侍大将様々ですなぁ、アハハ」

 コゥーハの右手が握られた手摺りが、ぎしりと悲鳴を上げた。

 

 

 

 

 

◇◆

 

 

 

 

 

 常に緊張を強いられる中。己の私情で此処を歩いていることを棚に上げ、例の衛士に対する文句をコゥーハは心中で並べていた。廊下を足早に歩き、踏みしめる度に鳴る音が茶色の耳を弄る。考え過ぎなのか、頭痛と耳鳴りがすることを自覚し、コゥーハは足を止めた。

(そういえば。あそこの警備は常に二人が基本だったはず)

 無数の記憶を起こし、点と線を繋げるように一つの報復案を組み立てていく。完成した瞬間。にやりと、怪しいと自覚した笑みを浮かべた。

 刹那。衛士達の手に力が入り、殺気に近い視線が一点に集中する。

「い、いえ」

 びくん、とコゥーハの身体が硬直した。

「決して怪しい事を考えていた訳では」

 明らかに怪しい言葉を発したことを自覚し、うっ、とコゥーハは押し黙った。相手に歪な笑みを浮かべて廊下の隅へと後ずさること数歩、柱に背中を擦り付け、尚も――最初よりも苛烈に向けられる視線に耐えかね、両手を上げた。

 そのすぐ側、コゥーハの肩の隣を、小さな黒い影が横切った。

 ぴこぴこぴこ……。

 軽快な高音かつ、足音に近い節奏。聞き間違いかと一旦はコゥーハも認識するも、進行方向へ駆けていく影が出す音は、間違い無く、ソレ。

 黒い髪、先端が薄茶の白い耳と同様の長い尻尾の彼女は、軽快な足取りでコゥーハが向かっていた先へと、やや蛇行しながら走っていく。

「え……エルルゥ、殿? にしては背が低いですし、服の色や髪の長さが違うような」

 コゥーハは彼女の背中を凝視する。柱にある木目から、確実にエルルゥよりも身長が低いこと、紅色の(トゥパイ)や明るい紺色を基調とした白い服、髪の長さがエルルゥよりも短いことから、エルルゥではないとコゥーハは判断した。

 そのすぐ側。コゥーハの口元の隣を、大きな黒い影が通過した。

(なっ――)

 のっそのっそ。

 荘重な低音かつ、先程の音を辿る足音。聞き間違いなどではないとコゥーハは口を結び見据えた先には、彼女の後を追う影が、その場に音を残す。

 白い体毛に走る黒の縞模様、同様の尻尾を揺らし四足歩行する獣は、軽妙な足取りで彼女の背中を、彼女が通った全く同じ道を確実に追いかけていく。

(アレは)

 幼い頃に聞いた、カカエラユラの森の言い伝えに出てくる森の主と、前方を歩く獣の姿が、コゥーハの頭の中で一致した。

「アレは、ムティカパ? いえ、しかし――」

 森に住まう森の主(ムティカパ)が、何故この皇城に? 持てる力を総動員し、全力で謎の解明に臨むコゥーハだったが、視界に入ってきた光景に思考を奪われた。

 コゥーハの前を通過した彼女が、上層へ繋がる階段の前で立ち止った。階段の先を見上げる彼女に近づくは、一匹の獣。ムティパカのみである。

 加速する思考、高鳴る鼓動。眉間に皺を寄せ、剣の柄に手を乗せ、コゥーハは振り返る。が、コゥーハの緊張は衛士達に伝わることはなく。綺麗な放物線を描き、手前の床へと落下した。

「あ~……どうも慣れんな。アレは」

「だな~。身体が固まっちまう」

「今期はずっとアレを経験するのか。はぁ……」

 各々弱音をこぼす彼らに思考が吹き飛び、コゥーハは絶句した。が、すぐに気を取り直し、現状の把握と一刻半前に頭へ叩きこんだモノを思い出す作業へ着手する。

 必ず理由がある。資料の中に書いてあったはずだ、と。だが、考えている暇はない、とコゥーハは左手で鞘を握る。万が一という可能性がある以上、その万が一に備える必要はある。たとえ杞憂だったとしても、その時は笑い飛ばせば良いだけの話。手遅れとなることが問題である。

 獣が彼女に危害を加える様子は現在のところ見当たらないことをコゥーハは確認する。極力、気配を殺し。踏み出したコゥーハの一歩が地を離れた瞬間。コゥーハの名を呼ぶ女性の声が廊下に響いた。

「コゥーハさん?」

 良く知る柔らかい手の感触が、硬直したコゥーハの右手を包んだ。

「エ、エルルゥ殿」

「どうしたんですか、そんな血相を変えて?」

 片手を添えて、やんわりと手を放し。コゥーハはひどく冷静に回答した。

「先程。エルルゥ殿に似た方が。その後ろをムティカパが……あれ?」

 キョロキョロと、誰もいない進行方向を見渡すコゥーハの隣で、エルルゥは考えるように片手を頬に当てる。

「私に似た人? ムティカパ――あぁ」

 エルルゥは合点がいったように両手を叩き、駆けだして行きそうな勢いのコゥーハに微笑んだ。

「大丈夫ですよ」

「し、しかし」

 大丈夫です、とエルルゥは笑顔で繰り返した。

「さっきコゥーハさんが見たのは、きっとアルルゥです」

 アルルゥ、という名前をしばし頭の中で探し、コゥーハは目を丸くした。

「ア、アルルゥ様、といいますと。以前お話を伺った折りに言われていた」

「はい。妹のアルルゥです。アルルゥを追いかけていたのは、ムックルです。前にお話しませんでしたか?」

「ムックル――殿。のことは伺っておりませんが」

「そうですか」

 はあ……。と、コゥーハは心を落ち着ける作業を行う中。エルルゥは眉を寄せ、やや赤い頬を膨らませた。

「全く……アルルゥったら、またハクオロさんの邪魔をしてなければ良いんだけど」

 ハクオロさんもハクオロさんですよ――と、話が始まり、まあまあ、とコゥーハが困惑した笑みを浮かべた、その時。

 落ち着きのある、澄んだ女性の声が、廊下全体に響いた。

「これは、エルルゥ様」

 振り返ったエルルゥは、相手の顔を見るや否や、恥ずかしそうに自身の顔を覆った。

「ウ、ウルトリィ様?!」

 エルルゥの一言に、振り返ったコゥーハの目は、大きく見開かれる。

 背はコゥーハと同じで、エルルゥよりはやや高い。両翼を有するは、オンカミヤリュー族最大の特徴である。ふわりとした羽は文字通りの純白であり、廊下から差し込む淡い光に照らされ、きめ細やかな肌や額にある装飾品、高い位置で括られているハチミツ色の長髪と共にキラキラと輝いている。深い緑を帯びた青い瞳や、左右に下ろされた横髪を長く細い指で持ち上げる仕草、エルルゥに頭を下げ微笑む表情はいずれも気品に溢れており、まるで芸術品を見ているような感覚を抱かせた。

 美しい。その言葉を体現させたかのような女性(ひと)だ、とコゥーハは息を呑んだ。

 会釈を忘れ呆然と立ち尽くすコゥーハの側で、エルルゥは顔を上げた。

「あの、失礼ですが、どちらに?」

「ハクオロ(オゥ)のいらっしゃる場所から、とてもよく知る波動を感じましたので。ご無礼を承知の上で、まかり越した次第です」

「よく知る波動……ですか?」

 はい、と肯定するウルトリィに、エルルゥは首を傾げるが、相手の質問に真っ直ぐ背筋を伸ばした。

「エルルゥ様も、ハクオロ様に御用がおありですか?」

「は、はい!」

「ご一緒させて頂いてもよろしいでしょうか?」

 はい、とエルルゥは返し。コゥーハに視線を向けるが、無反応な相手に眉を下げた。

「コゥーハさん?」

「……――は、はっ」

 エルルゥに肩を叩かれ、コゥーハは赤くなった顔を隠した。その様子にくすりとウルトリィは微笑し、エルルゥに向き直った。

「こちらの御方は?」

「こ、この人は。コゥーハさんです。ベナウィさんのところの。今日から私の護衛――ですよね? それとお仕事を手伝ってもらっているんです」

 はっ。と、コゥーハは一歩下がり、深々と頭を下げた。

 身体を小さくした護衛に「もしかして、私もしないといけないんですか?!」とエルルゥは耳元で囁き、相手の裾をくいくいっと引っ張った。焦りを隠せないエルルゥに微笑し、深呼吸してくださいと、コゥーハはそっとエルルゥの手を握る。コゥーハの提案通りに深呼吸をしたエルルゥの表情から焦りがとれたことを確認し、エルルゥの耳元でコゥーハはそっと呟いた。

「問題ありません。皇女様でいらっしゃるのですから、堂々としてくださいませ」

「でも!」

 エルルゥの声が廊下全体に響き、目を丸くしたコゥーハとウルトリィの目が同じ一点を向く。

 向けられた先で、エルルゥの尻尾がぴくっと上がった。

「あ~……」

 でも……。と俯くエルルゥだったが、数拍も経たぬ内に、何かを思いついたように、気を取り直すように、両手を打ち合わせた。

「そう! でも、護衛だなんて、大袈裟ですよね?」

「あ、はあ……」

 ええと……。とコゥーハはゆっくりとエルルゥから距離を取り、苦い笑いを浮かべた。

 大袈裟、だとは、コゥーハ自身は思っていない。むしろ(オゥルォ)や皇女に御側付――常に主君の側に控え、補佐や護衛を担う者がいない事の方が、たとえ官の絶対的不足の状況だとしても驚きを隠せない。

 樹立して間もない國には、得てして(オゥルォ)に仇名す者達が多く存在する。彼らが刺客を送りこみ、(オゥルォ)や皇族を殺害または人質に、といった事は、戦乱絶えない大陸では日常茶飯事。故にどの國の(オゥルォ)も、(オゥルォ)自身がよほどの豪傑でない限りは、御側付またはそれに匹敵する側近を常時付けているのだと聞くし、コゥーハもそうあるべきだという考えである。また、一瞬拝見したハクオロ(オゥ)の躰つきを見る限り――失礼極まりないことだと自覚しているが――腕が立つようには見えない、とコゥーハは思っていた。ほぼ同じ背丈のベナウィと比べると華奢な躰つきであり、ベナウィが武官であることを差し引いても、鍛えているとは言い難い。重い物を持つ機会が少ない――そう、例えば学者とか。そういった職種の人間に似た躰つきであるという印象をコゥーハは抱いた。なれば尚更、御側付は必要であり、何故ハクオロ(オゥ)は御側付を置かないのかと疑問は増すばかりである。

 自身の過去の経験も含め、コゥーハが考え付いた理由は二つ。一つは『常時、誰かに見張られることが煩わしいと思うから』。

(もう一つは……。適度な休憩を取れなくなることを危惧しているのでしょうね。隊長の息のかかった御側付を置かれでもしたら最後。最悪の場合、休憩というものが存在しない日々を送ることになり兼ねません。一武官のこなす仕事量ならまだしも――いえ)

 ふいに。コゥーハの背筋に悪寒が走った。明日は我が身か、と身体が小刻みに震えるコゥーハの頭に、一つの疑問が過ぎった。

 視線が、笑顔を絶やさぬウルトリィ皇女の周囲を彷徨う。

(……。お待ちください? 何故ウルトリィ第一皇女が、護衛も付けずに御一人で廊下を歩いていらっしゃっるのですか?)

 大陸全土に根付くウィツァルネミテア信仰。その総本山であるオンカミヤムカイの使者に何かあったとすれば、オンカミヤムカイとは勿論のこと、信仰の篤い諸國――ひいては大陸全土と事を構える状態になる。使節団が来訪した時点から、万が一もあってはならないようにと、警護は厳重に、その更に上の厳しさで臨んでいるのだとコゥーハは聞いていた。

(しかし。ウルトリィ皇女の御越しは想定外だった、故に急遽警護の人数を増やしたものの、その弊害として各所の連携が取れていないということでしょうか)

 とにもかくにも、ウルトリィ皇女がお一人で散策されている現状は、決して良いものではない。

 コゥーハは衛士達に鋭い視線を送る。が、その視線はまたもや緊張は衛士達に伝わることはなく。綺麗な逆放物線を描き、高い天井へと突き刺さった。

「あ~……美しいな。ウルトリィ皇女」

「だな~。息をするのも忘れちまう程の美人だ」

「今期は滞在されるらしいからな。幸せだぁ……」

 各々感嘆の声を上げる彼らに唖然とし、コゥーハは立ち尽くす。が、すぐに意識を取り戻し、現状を把握した上で自分は何をするべきか、彼らの態度を隊長に報告するか否かを審議し始める。

 彼らの勤務態度についての『報告』をどうするかについては一旦隅へと押しやり、彼らの内誰かが護衛をする、という案が即座に浮かび――話の流れから察するに、ウルトリィはエルルゥと行動を共にすると考えられるため、コゥーハが二人の護衛をすれば良いのでは、という案が浮かぶが、何かあった場合にコゥーハ一人で対処できないため却下された――それとなく彼らに再度注視するものの、三者一様の視線と交わることはない。

(視線を避けていらっしゃるのは……わざと、ではありませんよね?)

 彼らがウルトリィに向ける視線は、美しい顔立ちでも、トゥスクルには馴染みの無い異國の白い服装でもなく。首から肩にかけて巻かれた濃い緑色の布の下――露出している肘から上の部分で寄せられた、コゥーハの数倍はあるソレ。

 コゥーハは己の、つるんとしたソレに左手を当てた。

 何故。一様に同じ箇所へ視線を向けるのだろうか。無視できない大きさ故か、偶々好みが一致したのか。無いモノを羨む気持ちは皆無だが、女として生を受けたためか、殿方の気持ちが理解できない場合があり、その度に歯がゆい気持ちに駆られる。

 彼らに協力を頼めない以上、他の案を考えるしかない、とコゥーハは心を切り替える。何か、ないのか。こめかみに手を当てようと胸から手を離れした刹那。ウルトリィの感嘆が耳を撫でた。

「まあ。女性の武官さんとは、珍しい」

 初めて知る艶やかな手の感触が、硬直したコゥーハの左手を包んだ。

 指輪を一瞥し、目を細めるウルトリィ。彼女の漏らした感想に「うーん」とエルルゥは呟き、頬に手を当てた。やがて何かを思い出したかのように耳を上げ、赤くなる頬と共に口元をくっと上げた。 

「そうですよね。コゥーハさんは女性ですよね!」

 はい、と頷いたウルトリィの隣、かしっとコゥーハの手を掴み、エルルゥは眉を上げた。その表情は、何処となく怒っているような気がする、とコゥーハは半歩後退した。

「コゥーハさん」

「は、はっ」

「ウルトリィ様を、ハクオロさんのところへ案内するので、一緒に来てください」

 断ることが出来る訳でもなく。コゥーハは頷いた。


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