ソードアート・オンライン リング・オブ・ハート   作:木野下ねっこ

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27:蛇の"ごめんなさい"

「デイドさん、なにしてるの?」

 

 安全地帯から離れ過ぎず、かつデイドも監視できる距離での見回りが終わり、再び焚き火の前に腰を下ろした時のことだった。

 戻ってきた時にはデイドは縛っていたクセのある長髪を降ろし、手に乳鉢と乳棒を持って何かを擦り混ぜていた。さらに焚き火の上には脚台が設置され、その上では丸底フラスコの中でコバルトブルーの液体がコポコポと沸騰していた。よく見ると、中には何なのかよく分からない謎の顆粒状の固形物も入っている。

 

「見るのは初めてか、閃光? 見ての通り、薬の調合だ」

 

 そう言う反対側に腰掛けているデイドの傍らには、試験管やシリンダーなどの実験器具や様々な素材も転がっていた。

 

「アスナでいいわよ。……ふーむ、料理よりもまだ複雑そうな手順だね。料理は現実と比べて簡略化され過ぎてるから羨ましいなぁ」

「慣れればそうでもねーよ。オレももっと緻密な調合でさらに複雑な効能の薬を作ってみたいんだが……ま、その点は隣の芝生は青く見えるってヤツだろーな」

 

 そう言いながらデイドはフラスコを取り上げ、中の青の液体をビーカーに移し、乳鉢の中の粉末をその中に入れてガラス棒で慎重にかき混ぜている。すると不思議な事に、色が徐々に薄まっていき、透き通る空色へと変化した。

 

「……あの、デイドさん。デイドさんは何で、ユニコーンを狙っているの?」

「あ? ンだよ、(やぶ)から棒だな……」

 

 今度は試験管と幾つかの小さな瓶を取り出し、スポイトで数滴ずつ慎重に試験管の中に薬品を注いでいた。

 

「いえ、デイドさんはあたし達以外の三人の中でも一番レベルが高いソロだし、わざわざ誰もが狙うユニコーンを狙わなくても、ここより上の層の人が少ない場所でモブをじっくり狩っていったほうが着実で実りもあるかなーって思って……」

「ハッ、無理すんな。オレに犯人かどうかの探りを入れたいってのが、顔に書いてあるぜ」

「……バレましたか」

 

 デイドは軽く失笑、わたしも軽く苦笑を漏らした。

 

「……ま、いいぜ。オレは死神なんかじゃねーしな。隠す事でもねぇ」

 

 試験管に栓をして軽く振り、鮮やかな緑色になった中の液体を眺めながら、デイドは話し始めた。

 

 

「――オレはよ……テメーみてーになりてーんだ」

 

 

「え?」

 

 首を傾げると、デイドは勘違いをするな、と言いたいばかりにわたしを軽く睨んだ。

 

「オレは早く有力ギルドに入って《攻略組》になりてぇって言ってんだ。その為には、ここでユニコーンを狩るのが一番手っ取り早い」

 

 試験管立てにそのガラス管を置き、ビーカーの空色の液体と見比べながらデイドは言う。

 

「今、最前線の攻略に携わる大手ギルドの入団に必要な最低ラインは、ほとんどがレベル80以上だ。オレのレベルは79。……オレはユニコーンを倒し、その莫大な経験値で一気にレベルアップする。さらに討伐した暁に得た名声は、オレの実力を示す一端になってくれるだろーからな。入団面接の際に、有利な材料になってくれるだろーさ」

「でも、なんでそんなに急ぐ必要が……」

「……フン。急ぐ、か」

 

 わたしの言葉に、デイドは顔を苦渋に(しか)めた。ただでさえ厳つい顔立ちに、深い皺が刻まれる。

 

「オレはな、このクソみてぇなデスゲームが始まってからは、特に抜きんでてレベルが高いわけでもない中層ゾーンのソロだった。高効率な狩り場やレアアイテムの情報も得られず、ただ一人でバカみてーに泥だらけになりながら、ひたすらに雑魚モブを狩ってレベルを下積みしている毎日を送ってきたんだ。……言ってみればオレは、優秀なテメーらとは違う、地道な努力だけでなんとか上の下ぐらいにまでのし上がれた凡才ソロプレイヤーなんだよ」

 

 たしかに彼の装備は槍こそ中々にレアだが、他の身に纏う軽鎧などはレベルの割りに地味でポピュラーなものだった。

 

「……だが、それも限界だ。ソロはもう……疲れた。このレベルにもなると、たった1上げるのにオレだと一週間は掛かっちまう。オレの見立てだと、その間に攻略組の入団最低ラインはまた上がるだろうよ。今も刻一刻と迷宮区とボスは攻略され、最前線の数字は上がってるんだからな。……オレが攻略組になりえるのは、このタイミングが最後のチャンスなんだよ」

「なんで、そこまでして攻略組に……?」

「……………」

 

 恐る恐る問うと、しばしの沈黙が返ってくる。

 デイドは黙ったまま手に取った試験管の栓を開け、フラスコの中へと注ぎガラス棒でかき混ぜた。すると色が一気に乳白色に変化した。そしてもう一つ空のビーカーを取り出し、その上にろ紙を敷いてから乳白色の液体を注ぎ、ろ過し始めた。不純物を取り除かれて純白になった液体が、重力に従って徐々にビーカーの底へと溜まっていく。

 

「……さっき、オレはテメーやキリトと違うって言ったが……ある意味では、テメーらと同じでもあるんだぜ?」

「どういうこと?」

「なに、難しい事じゃないぜ。答えは簡単だ」

 

 デイドは一度、垂れる前髪をかきあげ……

 

「――オレもテメーらも……骨の髄まで、ネトゲ中毒のMMOプレイヤーってだけなんだよ」

 

 流れていく液体を眺めながら、フッと自嘲的に笑った。

 

「命懸けこそではあるがな、結局オレもこの世界で……高レベルになって、レア武器を手に取って、最前線に立って、頼もしいヤツらと共に、アホみたいに強ェボスに挑んでみてぇ……そんだけのこった。その為なら、オレは……」

「……デイドさん?」

 

 ふと、デイドが再び黙り込む。わたしが声をかけると、顔を上げた。

 

「……そういやこの事件、もしかしたら《笑う棺桶(ラフコフ)》が絡む可能性があるんだってな? オレがユニコーンの情報を仕入れた情報屋から聞いていたが」

 

 突然の突拍子も無い別の話題に少々戸惑いつつも、ラフコフという単語に恐怖と悪寒を抱きながら頷く。それを見たデイドは、シッシッと手を振りながら嘆息した。

 

「勘違いすんな。オレもあのマジキチPKギルドの連中は腹の底から嫌いだが…………だが、たった一つだけ賛同できることがある」

「……賛同、ですって? それは、なんなの……?」

「……………」

 

 恐る恐る尋ねたわたしに、デイドは一度伏せた目を猛禽類めいた輝きでギラリと細め、長い舌で口の端をペロリと舐めた。

 

 

「――目的の為には、手段を選ばないところだ」

 

 

 それにわたしは思わずこくりと息を呑んだ。

 

「あなたは……ラフコフに興味があるの?」

 

「……あぁ? 冗談じゃねぇ!」

 

 デイドは肉食獣の顔から一転、驚きそれに変え、すぐに苦虫を噛んだかのように嫌悪感を隠さぬ顔をしてペッと唾を吐いた。

 

「だから違うっつってンだろ? 俺が評価してるのは、あくまであの貪欲でひたむきな姿勢だけだ。だが、その目的が殺人とかマジで頭狂ってるとしか言いようがねぇよ、マジで。殺人者になっちまったら……これからの人生を生き残るも、ゲームを楽しむも、攻略もクソもねぇからな。ハッ!」

 

 最後にデイドは大きく失笑した。

 ……どうやら本当に彼もわたし達と同じく、ラフコフを毛嫌いしているようだった。

 

「そういや、ひたむきな姿勢といえば――……おっ?」

 

 言葉の途中、ポーンというシステム音が響きデイドの口の動きを中断させた。

 恐らく手元の薬品がろ過し終わり、調合が完了したみたいだった。

 デイドはポーション用の小さな薬瓶を取り出して中に薬品を注ぎ始め、三本分満たしたところでビーカーは空になった。デイドがその小瓶を指先でタップしてシステムウィンドウを表示させる。たぶん、完成した薬品の効能を確認しているのだろう。

 

「……チッ」

 

 が、結果は意外。どうやら芳しくなかったようだ。舌打ちと共に、再びその顔が苦虫を噛んだかのように顰められる。

 その途端、その手に持っていた三本の小瓶がこちらに放られた。

 

「わあっ!?」

 

 慌てて反射的に、宙を飛ぶ三本全てを受け取れたことに、自分でびっくりしてしまった。

 

「な、なにするのよっ?」

「アスナ、テメーにくれてやるよ」

「ど、毒なんて、わたしいらないよー……」

「毒じゃねぇよ! よく見てみな」

 

 わたしは言われるがままに指で小瓶をタップして効能を見てみる。

 それはHPが回復する、見慣れた効能のただのポーションだった。

 だが、その回復量が……わずか5ポイントだった。

 それは完膚なきまでに失敗作であった。あれだけ手間をかけた調合だったのに、なんとも物悲しい結果である。

 

「うーん……たった5ポイントぽっちじゃ、どの道いらないかな……」

「ンなことねーよ。お前が持ってるソイツは、あの腐ったレモンみてーなポーションの味を改善しようと、オレが独自に目下開発中の特製ポーションだ。まぁ、調合に失敗して回復量こそ激減しちまったが……味は問題無いはずだ。ジュース感覚で飲んでみな」

「えー……」

 

 と言いつつも、料理スキルと味覚再現エンジンに精通する身としては、興味が無いわけではなかったので、お言葉に甘えてキュポンと栓を開けて一口(あお)ってみる。

 仮に万が一、聞いたことも無いが……もし効能の表記とは違って毒の効能が現れたとしても、ここは安全地帯なので一切の影響を受けない。例え容疑者であるデイドの物でも、ここは特別警戒せず口に含んでみる。

 と……

 

「わ……あ、()()……!」

「だろ?」

 

 デイドが得意げにニヤリと笑う。

 喉に流し込んだ途端、現実世界で飲んだことのあるカルピスウォーターにそっくりな爽やかな甘みが口内を包み、さらりと喉を通っていくのだ。今までのポーション特有の、どこか喉に引っかかるエグイ後味も全く感じられない、実にあっさりとした飲み心地だった。

 

「す、すごいじゃないデイドさん! すごく自然な口当たりでびっくりしちゃった」

「おう、あとは回復薬素材の問題だな……リーフの粉末の分量を間違えたか……? ……まあいい、肝心の味は女にも好評だった、と。こりゃ将来の大儲けに期待がかかるな、ククククッ」

「うわぁ……腹黒さ丸見えだよー……。でも、コレは完成したらちょっと真剣に欲しいかも……」

「じゃあ完成して店を構えたら、一番にKoBに販売してやるよ。……値段は覚悟しとけよ?」

「え、えぇー……」

「クックック」

 

 デイドは笑いを噛み殺しながら、そのレシピと思われる洋紙にサラサラと結果を書き足しているようだった。

 

「そういえばデイドさん、さっき、何か言いかけたよね? ひたむきな姿勢がなんとか……」

「あ? ああ……そうだったな」

 

 デイドは手の動きを止め、頬をポリポリと掻き始めた。

 

「……アスナ、テメーに頼みがある」

「ん、なにかな?」

「――……あのガキ……シリカに、あとで代わりに謝っておいてくれないか?」

「………………へ?」

 

 今わたしは、彼の口からは出るはずが無い言葉を耳にした気がした。

 

「だからよっ、シリカと……あと、あのトカゲにもオレが悪かったっていう伝言を頼んでんだっ! ついでに、その特製甘味ポーションは、シリカへの詫びの分と、テメーへの頼みの報酬だ! どーだ、頼んでいいか!?」

 

 デイドはこちらに背を向け、ものすごいスピードで辺りの実験器具を片付け始めた。

 

「ど、どうしたのよ突然? いや、良いことだと思うけど……あんなに嫌ってたのに、なんで手の平返したように……」

「…………昨日の戦闘からずっと、あのガキのひたむきな姿勢が見て取れたからだよ」

 

 その手を休めず、ポツリと言う。

 

「オレは自分の手を汚さず楽をするヤツが大嫌いなだけだ。てっきりオレは、あのガキは、ああ言いつつも心の中では自分の事しか考えてない、調子に乗ってるただのアイドルプレイヤーかと思ってた。だが、あのガキは自分が安全マージン以下でも、俺達と並んで必死に戦っていやがった。どうやら……誤解していたのはオレの方だった。だから……すまなかった、と伝えてくれねぇか」

「……………」

 

 わたしはその言葉に心の底から驚き、開いた口が塞がらなかった。

 

「……おい」

「……………」

「オイなんとか言えよテメェ! オレをコケにしてんのかっ!?」

「わあ、ごめんごめん。信じられないものをみていた気分でポカンとしちゃって……」

 

 いつの間にか道具の片付けを終えていたデイドが、こちらを向いて額に血管を浮かべてわたしに怒鳴りつけていた。

 

「やっぱバカにしてんじゃねぇかッ!」

「だからごめんって……頼みは受けたげるから、ね?」

「チッ」

 

 舌打ちをしてそっぽを向かれた。

 

「ちゃんとこのポーションも渡しとくよ。でもさ、わたしに頼まなくても直接言えばいいのにー」

「言えるわきゃねーだろーがっ! それに、見直しはしたが、それでもオレは子供が嫌いだからな!」

「もう、声が大きいよ、デイドさん? シリカ達が起きちゃうよー?」

「っ……!? く、クソがッ……おちょくりやがって……!」

「あはははっ」

 

 

 ……どうやら、わたしも誤解していたようだ。

 デイドは、ううん……デイドも、思ってたよりもいい人……なのかも知れない。

 


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