ソードアート・オンライン リング・オブ・ハート   作:木野下ねっこ

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※7/20 作中の挿絵を一枚追加しました。


17:male

「……じゃあ、女性陣はまだ準備中なのだね?」

「ああ。もうそろそろだと思うんだけど……」

 

 今はパーティ集合の約束の時間まで、あと五分を切ったところだ。

 彼女達は集合まで十分前になっても、ユミルをあちこちへと引っ張り回しながらのドタバタ劇を続かせていた。

 俺は先に皆に断わった上で、集合場所であるもう一方のNPC経営の宿へと足を運ばせてた。

 そのドアの前には既にハーラインとデイドの二人が待っており、事情を説明するとハーラインは苦笑いを一つ、デイドは舌打ちを一つのリアクションを寄越した、という所で今に至る。

 

「まぁ、女性はそういうのに時間をかけるものだからね。紳士たるもの、ここは気長に、かつ優雅に待とうではないか」

「うぜぇ……」

 

 ちなみに、二人にユミルのことはまだ一切話していない。理由は彼らの驚くところが見たい半分、ユミルが本当に一緒に来てくれるかまだ怪しいので黙っているという気持ちが半分という心境から来ている。

 

「そういや、先にユニコーン捜索に出かけてた連中、みんな帰ってきてたぜ」

 

 デイドが背後の宿屋のドアを肩越しに親指で指差す。

 

「テメェの予想通り、先鋒だった奴らはマッピングに難航してたようだな。森の道がかなり入り組んでるらしい。モンスターもエンカウント率こそ少ないが、階層の割りに強ぇモンスターが群れで襲ってくるタイプのアルゴリズムなんだとさ。トレジャーボックスも新ダンジョンもさっぱり見つからねぇとかボヤいてて、まだ半日なのに随分と疲弊(ひへい)してたな。少し前に数チームいた奴らの内の一組が早くも諦めて帰ってった。ハッ、性根の欠片もねぇ奴らだ」

 

 やれやれと肩をすくめつつ、鼻で笑う。それに俺も苦笑しながら、

 

「仕方ないさ。時間が経てば経つほど、情報を掴んだ他のライバル連中もこの地へとやって来るかも知れない。そんな焦りを覚えながらの捜索は案外疲労が溜まるもんだ。まぁ、俺達は気楽に行こうぜ」

 

 俺としては、これ以上この村に人が増えても特に問題は無い。……既にこの地に居て、かつ条件を満たしている死神容疑者は、もう四人から増える事はないのだから。

 

「まぁ、諦めて帰っていった彼らも()()め、今の内にと先程キリト君が公開したばかりのユニコーンの情報を売りにでも行って素寒貧(すかんぴん)(ふところ)(なぐさ)めているのだろうね。……ふふ、この狩りが終わったら、ユニコーンの(たてがみ)を彼らの眼前で見せびらかせるとしようかね?」

「ッハハ、そりゃいいな。そん時ぁ、オレも(ひづめ)を持って見下してやるとするぜ」

「意地悪いなぁ、お前ら……」

 

 俺の一言に二人は揃って笑いに肩を揺らす。

 ……まったく、この二人も短い間によくここまで馴染んだものだ。

 

「……ああ、そういやすっかり忘れていたんだがよ」

 

 デイドが何かを思い出したかのように、ふと顔を上げ、手を俺へと差し出した。何かを求めるように指先をクイクイさせている。

 

「ユニコーンの情報、オレ達にも教えろよ。他の奴らに見せてたろ? ちょうど今のうちに読んでおきてぇ」

「ああ……そうだったな。俺も忘れてたよ」

 

 犯人捜索と呼ぶには(いささ)か騒がしすぎた一連もあって、彼らへの調査協力の報酬である情報提供の事は、すっかり脳の端へと追いやられていた。すぐに羊皮紙をオブジェクト化して、彼らへと引き渡す。

 

 それからは男三人で、ユニコーンを発見した際の注意事項や作戦などの意見交換をしながら時間を潰すことしばらくして。

 マーブルの宿の方向から女性陣の集団と、相変わらず半ば宙を浮きながら引きずられているユミルが走ってくる姿が見えた。

 

「――間ぁに合ったよー!」

「――ぁぁぁぁぁあああっ」

 

 遠方からのゴキゲンなアスナの声と泡を喰った風なユミルの悲鳴が徐々に大きくなり、そして俺達の元で駆け足と共に停止する。

 

「……遅ぇ」

 

 そんなデイドの苛立ちを帯びた第一声に、アスナは眉を吊り上げて頬を膨らます。

 

「なによ、ちゃんと二時前でしょう? ……一分前だけど」

「アスナ、デイド達は十分以上前から待ってたんだぜ? そう言わずに少しは謝ってやれ。そこの変態紳士さんだってな……って、ん?」

「――――――。」

 

 俺がふとハーラインを見てみれば、彼は爽やかに笑って許しながら彼女達を迎え入れるのかと思っていたのだが。

 

「……どうした、ハーライン?」

 

 彼は目を点にして、ポカンと一箇所を見つめて静止していた。

 もしかしてラグっているのだろうか。

 

「…………キリト君」

「なんだよ」

「――そこの、新たな金髪美少女は誰だいっ!?」

「ん? あぁー……」

 

 まだ目を少し白黒させながら振り回されたショックから抜け出せないでいるユミルを、ハーラインは鼻息荒く指差して言った。

 そういえば、このリアクションも考えれば当然の事だった。今のユミルはフードを被っていないのだ。

 そして、四十分前には服屋から購入してそのままだった衣服も、今では細やかなカスタマイズが施された戦闘服に完成されており、さらにその上にはしっかりとライトアーマーも装着されている。

 

「……ア、アスナッ! ボク、ちゃんとスカートだけはやめてって言ったよね!?」

「えー? たしかにわたし達は絶対スカートが似合うってずっと言って聞かせてたけど……そこはユミルちゃん、頑なに拒否するから仕方なくちゃんとズボンに仕立ててるよー? ホラ、下はどう見てもショートパンツでしょう?」

 

 アスナはグッと親指を立て、これ見よがしにドヤ顔で胸を張る。

 

「だったらコレはなんだよっ!?」

 

 それに対し、涙目に(いきどお)ったユミルが腰から太腿半ば程までを巻く、一見スカートに似た布を指で摘んで持ち上げた。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 俺はその姿を改めてまじまじと観察する。

 

 衣装全体の基調は、武器に合わせての白。次いで襟首や装飾、服の線などはアクアブルーで彩っておりユミルの容姿ととてもマッチしている。くびれのあるウェストと丸く小さい肩を大胆に剥き出しにしたデザインが特徴的だ。どこか騎士風な意匠の仕上がりで、白と青が基調な点はどこかアスナのKoB制服の影響を受けた感じが見受けられる。背には腰まである純白のフード付きハーフマントに、先程までは腰の布に隠れていた太腿付け根までのデニム風のパンツ。手には両手武器使いには嬉しい革製の指抜きグローブ、そして腰には投擲用ナイフが並んでセットされている革ベルトが装着されているなど、仔細に手が込んでいる。

 

「それはスカートじゃなくて、ウェストスカーフのサブ装備よ。見た目はその服と一緒の白布みたいだけど、マントと同じく《アリアドネの銀糸》で編んでる立派な防具よ、防具。流石に鉄板程じゃないけど、鎖帷子(くさりかたびら)と同じくらいの強度を持ってるんだから! あたし特製の防具なんだから信頼しなさい!」

 

 リズベットも仕事をやり遂げた誇らしい顔で、これでもかと胸を張る。

 俺から見てもユミルの身に着ける軽鎧など数々の防具は、その体型や衣服の色彩に非常にマッチしている。とても一時間の間にこなしたとは到底思えない仕事っぷりで、彼女のその自慢げな仕草にもそぐわぬ仕上がりだ。

 まずは、恐らく斧と同じ素材《月鉱石》で作ったと思われる胸部を守る白いブレストアーマー。極めてなだらかな胸部のラインを硬質な白色の表面が滑らかに写し出しているが、それは武器同様に極めて軽量なのだろう。さらにグローブには簡素ながらカスタマイズ追加された手甲、爪先や踵を金属で補強されたレッグブーツなど。

 

「どれも敏捷値を無駄にマイナス補正することなく、かつ限界まで防御値を上げられるラインナップにしてみたんだから! これで一撃や二撃程度なら、さっきみたいに危険域まで落ちることはない位には硬くなれたはずよ」

「だけどこんなのあんまりだよっ! 降ろしたらズボンがほとんど隠れて……ああっ、本当にスカートみたいにっ……!」

「それがいいんじゃないですかっ。半分ワガママの要望を聞きつつ作ってたら、全体的にボーイッシュに仕上がっちゃったから、せめてアクセントくらい欲しいかなーって思いまして……」

 

 (まぶた)に溜まる雫を膨らませつつある彼女のところに、さらにシリカが割り込んだ。

 

「いやー、あの時のシリカの発想は天啓だったわね。防御力もキュートさも割増になったわ」

「えへ、やめてくださいよリズさん~」

 

 リズベットがシリカの頭をポンポンと撫でている。

 

「いらないよっ、この腰巻さえなかったらまだギリギリ許せたのにっ……!」

「腰巻でもスカートでもないわよ、ウェストスカーフ。お分かりかしら?(ドゥー・ユー・アンダスタン?)

「どれも大して変わらないよ! バカッ!」

 

 反してユミルはひたすら涙目で羞恥に耐えている。

 が……

 

 ――ザザザザザァーッ!

 

「うわっ!?」

 

 その目が、突如驚きに見開かれる。無理も無い。

 ……さっきまで俺の隣に居たナンパ師が、目前へと片膝をつきながらのスライディングで迫ってきたのだから。

 

「――突然の無礼をお許し頂きたい。一つ、貴女にお聞きしたいことが」

 

 すっかりナンパモードとなったハーラインはユミルの手をそっと取り、軽く頭を垂れた。端から見ればそれは実に紳士的なそれだが、中身は下心満載という事を知っているアスナ達は青い顔で彼から一歩引いていた。俺とデイドも揃って汚物を見るかのような目線を彼に浴びせる。

 

「……………」

 

 対して、驚いた顔から一瞬で不機嫌モードになったらしいユミルも、無言で片膝をつくハーラインを冷めた目で見下していた。

 

「プリンセス。あなたの、お名前をお伺いしたい」

「…………ユミル」

 

 彼女は機嫌の悪さを微塵も隠さず、静かに答えた。

 

「ユミル……美しい名だ。それに、ああ……その可愛らしく、かつ冷ややかな翠の瞳もまた格別」

 

 その言葉にユミルの目が一段と不愉快さに顰められる。

 が、そこの真性ドMには、ただの御褒美(ごほうび)にしかならないようだった。

 

「………で?」

「では、単刀直入に。……この私め、ハーラインと……」

 

 ハーラインがウィンドウを操作し、ユミルの目の前に小さな告知タブが表示される。

 結婚申請タブ……プロポーズメッセージだった。

 

「どうかこの、婚姻の誓いを……」

 

 ユミルは表情をピクリとも変えず、タブとハーラインを交互に見ていた。

 その沈黙がやや長く、俺が無視していいぞ、と助言をしようとしたその時……

 

 誰かが背後から歩み寄ってくる気配を感じた。それと同時に口も開かれる気配も。

 

「――あなた、さっぱり懲りてないのね」

「……一体誰だね、興が削がれるね。この大事な求婚の時に――って!?」

 

 げんなりと振り返りながら言ったハーラインの顔が瞬く間に青くなり、腰を抜かして尻餅をつく。

 

「きっ、君はあの宿屋のっ……!!」

 

 参入して来たのはマーブルだった。

 彼女は俺の前へと進み出、ハーラインの前に立つと呆れた風に溜息と共に腰に手を当てた。

 

「いけない人。よりにもよって、今度はユミルを困らせてるのね」

「しっ、しないがね! もう諦めるよ!」

 

 すっかりへっぴり腰になったナンパ師は、青い顔のままシュバッと起立して俺の後ろへとダッシュして俺を盾に隠れた。不愉快ことこの上ない。

 

「マーブル、どうしてここに?」

 

 告知タブをじっと見ていたユミルは、傍に立つマーブルを見上げた。

 

「ううん、べつにー? ただ、あなた達の見送りに来ただけよ? ……ま、来てよかったとは思ってるけど、ね」

 

 マーブルはチラリともう一度、少しだけハーラインを振り返る。それだけで俺の背後のハーラインはビクリと跳ね上がり、俺の肩に両手を置いてガタガタ震えている。不愉快ことこの上ない。

 

「……おい、黒の剣士」

 

 デイドも怪訝な顔で声を潜めつつ歩み寄ってくる。

 

「キリトでいいよ。なんだ?」

「エプロン女の方は、そこのナンパ野郎の反応で誰だかは予想はついた。だが、あの白いガキは誰だ? 見たこと無ぇツラだが……」

「……ああ、紹介するよ」

 

 俺は肩に乗るハーラインの手を振り払ってから、彼らに紹介する。

 

「あの子の名前はユミル。これから俺達と行動を共にする仲間の斧使いだ。そして第三の容疑者……あのボロフードの中身の正体だよ」

「はァッ!? アレが!?」

「……い、いやはや。人は雰囲気によらないものだね……。あの中身があんな美少女だったなんて、私としたことが……」

 

 二人揃って目を剥いて驚いていた。俺は彼らの予想通りのリアクションに、内心満足する。

 と……

 

「……チッ」

「お、おいっ?」

 

 デイドが苛立たしげな舌打ちをしたかと思うと、ポケットに手を突っ込みながらユミルへと歩み寄っていった。すぐさまユミルもその視線を感じ取り、そちらも不愉快に鋭くさせた目を彼に送る。

 

「おい、テメェ」

「……………」

 

 たちまち二人の視殺戦が繰り広げられる。

 今回はユミルが素顔を晒しているのでデジャブこそ薄いが、もう何度目かの睨み合いだ。

 

「よォ、死神最有力候補さんよ。あの不気味でボロ臭ェ服の中身が、まさか……こんなガキだとは思わなかったぜ」

「……………」

「しかも、よりにもよって、そこのムカつくアイドル様みてーなツラ構えじゃねーか。ハッ、こんなガキがまた一人加わるなんてマジで気に喰わねぇ。オレらは子守でもアイドルプロデューサーでもねぇってのに……。テメェもオレらに媚びて、楽にレベルアップってクチじゃねーだろーな?」

「……………」

「おい……何とか言ってみろよ。まさか、今は顔を隠してないからって、ビビッてんのか? あ?」

「……汚い言葉。今ならよく見えるけど、その顔とおんなじだね」

「ンだとっ!?」

 

 額に血管を浮かばせたデイドはユミルの胸倉へと手を伸ばそうとする。

 が……

 

「よしなさい」

 

 その真横に居たマーブルの声がそれを遮った。

 

「今からあなた達はお互いに仲間なんでしょう? そんな事をするもんじゃないわ」

「……あァ? 他所(よそ)モンがうるせぇよ、ババアはすっこんでろ」

 

「――――――」

 

 途端。

 マーブルの、例の目だけが笑っていない毒の花のような笑みが咲いた。

 

「…………ふふ。確かにそうね、私は他所者よ。だけど――」

 

 その薄く開いた目が彼を射抜き、

 

「――あなたを、力尽くで矯正させてあげる程度の事はできてよ?」

「……………あ?」

 

 デイドはそれを聞いて、額に血管を浮かべたままピクピクと目の端を痙攣させた。

 

「……上等だテメェ。今ここで()ろうってのか」

「待った待った、騒ぎはゴメンだぜ」

「そうだよっ、マーブルさんもストップストーップ!」

 

 半分様子見、半分呆気に取られ静観していたが、もうここらが限界と感じた俺やアスナ達はその間に駆け寄る。

 

「マーブルさん……気持ちは分かりますが、あなたまで状況を悪化させてどうするんですか……」

「…………うふ、ごめんなさいね。ちょっと昔の血が騒いで、調子に乗っちゃった♪」

 

 するとマーブルさんはとぼけたように舌をぺろりとだしてコツンと自分の頭を軽く叩いた。それをみたアスナはやれやれと溜息をつく。

 

「デイド……お前も何度いざこざを起こせば気が済むんだ?」

 

 対して俺も同じ溜息をつきながらデイドを振り返るが、彼は行き場の無い消化不良の憤慨に(さいな)んでいるようだった。

 

「だってよ、気にくわねぇ! あっちからもケンカ吹っかけて来たんだぞ!? 買わずにいられるか!」

 

 それを俺はなんとか(たしな)める。

 

「子供みたいな事を言わないでくれ。……言っとくがな、今お前がケンカ売ってた二人は相当な手練れだぞ? 特にユミルの方はお前よりレベルが5も下だが、俺と良い競り合いが出来るくらいには強かった。確実に俺達の戦力になってくれるはずだ」

「…………チィッ!」

 

 一瞬、驚嘆する顔でユミルを見るも、すぐに大きな舌打ちをしてずかずかとその場を離れていってしまった。

 

「ユミルちゃん、大丈夫だった?」

 

 リズベットがユミルへと駆け寄る。

 

「別に、あんなのなんともない。……それより、これは?」

 

 ユミルは未だに眼前に小さく表示されているタブをじっと見つめている。

 ギルド退団申請やアイテム交換申請など、個人の影響が大きい一部の申請タブは表示限界時間が設定されていないと聞いていたが、どうやら結婚申請タブもその類に属するようだった。リズベットはそれを見て説明する。

 

「あー、知らない? プロポーズメッセージっていって、これをOKしちゃったら、これを申請している相手……つまりあの変態ドM野郎と結婚しちゃうってことなの。だから、迷わず今すぐ【NO】のボタンを押しちゃって問題ないわ。というか押しなさい」

「へぇ……」

 

 ユミルはその説明を興味深そうに聞いていたが、それから何故か俺やアスナ達、そしてハーラインを見て……

 

「――……ふぅん?」

 

 唇に指先を当てながら、一瞬だけ小さくニヤリと……イタズラを思いついた子供のような笑みを浮かべた……ように見えた。

 

 そして彼女はタブを表示させたままハーラインの所へ、臆することなく歩み寄っていく。

 

「ねぇ、キミ」

「え、わ、私かね……?」

 

 ハーラインはマーブルが現れてからというもの、ずっと青ざめた顔のままだった。そんな長身の彼を、ユミルはどうしたことか……いつになくふわりとした可憐な笑みで見上げていた。

 

「うん、キミ。――……キミは、ボクと結婚したいの?」

 

「「「は、はいっ!?」」」

 

 その問いはハーラインだけに留まらず、俺達全員の(きょ)を突いた。

 先程のリズベットの説明を聞いておいての、その言葉はまるで……『自分は結婚しても構わないから、相手の意志を再確認したい』というニュアンスが感じられてしまうではないか。

 ハーラインはチラチラとマーブルを見ながら、しどろもどろに答える。

 

「と、突然だねっ……。あ、いや……だがね、そこの女主人がだねっ……」

「そんなの関係ない。キミはボクと結婚したいの? したくないの?」

「そ、それはっ……え、ええとだねっ……」

 

 ハーラインはあたふたと片淵眼鏡を何度も掛けなおしながら、半分テンパりながらだが、紳士モードの再建をしはじめる。

 そして、

 

「しっ……しししたいですっ!!」

 

 キャラが盛大に崩壊気味だったが、ついに答えやがった。

 

「…………そ。分かった」

 

 それを聞いた満足そうなユミルは、その笑みが最高潮になる。

 

 ――ふわりと花びらが綻ぶような、そんな絵になる可憐な笑みだった。

 

 そして……次の言葉で、今度こそ俺達の度肝はブチ抜かれた。

 

 

 

「――じゃあ、ボクと結婚しよっか」

 

「「「ちょっと待って!?」」」

 

 

 

 この言葉はアスナ、リズベット、シリカの、最早悲鳴に近い制止の声である。危うく俺もそこに参入しかけたのは言うまでもない。

 

「ユミルちゃん!? 早まっちゃダメだよ!! そういうことはもっと慎重に考えようっ、ね!?」

「あんなナンパ野郎のどこがいいっていうの!? 少しだけマトモなのは顔だけよ!? 中身はもうサイテーなんだから!!」

「そうですよっ!? 女の子が簡単に結婚を決めていいものじゃありませんっ!! ユミルちゃんみたいな美少女なら尚更ですっ!!」

 

 口々にそう訴えるも、ユミルはその可愛らしい笑みのままくるりと此方を振り返り、

 

「それだよ。その……『女の子』っていうの」

「え……?」

 

 その突然の言葉の意味が分からず、俺達はただそう返すしかなかった。

 

「――ボクはさ、キミ達にボクのステータスを見せても驚いた様子を見せなかったから、てっきり『そうじゃない』って分かってて『女の子』みたいに接しているものかとずっと思ってた。まぁ……すごく不快だったけど、別に慣れてたから、さほど気にしなかった。けど……この服の件から確信したよ。キミ達は最初からずっと『そうじゃない』って知らずに、ボクに接してたことをね」

 

 意味深に続く言葉を一度区切り、そして……

 可憐だった笑みを……最大級に不機嫌そうなジト顔に変えた。

 

 ――うららかな春から一気に梅雨がやって来たかのような、そんな見事なジト目だった。

 

「……だから、ボクが『そうじゃない』っていうことを今、ここでハッキリと教えておいてあげる」

「い、一体なにを言ってるん――」

 

 俺が言い終わらないうちに、ユミルは目の前の婚姻タブへと手を振り上げ……

 

「あっ」

 

 誰かの声と共に……ピッというボタンが押される簡素で短い音が響いた。

 

 そう。彼女の指先がタブのボタンを押していたのだ。

 

 

 【ハーライン から結婚を申請されました。許諾しますか?】 というタブの問いに、

 

 

 

 ――【YES】の方のボタンで。

 

 

『……………』

 

 一斉に静寂が訪れた。

 

「…………し、信じらんねー……あのガキ、マジで押しやがった……」

 

 この話では完全に外野だと思っていたデイドの息を飲む声がしてから、しばらくして。

 

「「き……き……」」

 

 ハーラインとリズベットが、肩を震わせながらそう呟き始めた。

 

「き……?」

 

 俺が恐る恐る二人にそう問うた瞬間、

 

「キタ――――――――――――――――――――ッ!!!!」

「きゃぁぁあああナニやってんのぉぉお!?」

 

 という、赤い顔のハーラインと青ざめた顔のリズベットの奇声が同時に響いた。

 ちなみに、アスナとシリカは青ざめた顔まではリズベットと同じだが、二人は霊魂を抜かれたかのようにポカンと突っ立っていた。

 

「ついに、ついに私はッ……生涯を共に寄り添ってくれる、美少女の伴侶と巡り合えたよッ……!!」

「ユミルちゃんっ、あんたっ、自分の純潔を何だと思ってんのッ!? ホントに自分が何やったか分かってんのーッ!?」

 

 ハーラインはその場で身震いしながら滂沱(ぼうだ)の感涙を流し、リズベットは青い顔のままユミルへと詰め寄り、掴んだ彼女の肩を揺さぶっていた。しかしユミルは至って平静に受け答えた。

 

「分かってるよ。だけど、もうじき返答が来ると思う……ホラ」

「へ……?」

 

 その言葉と同時に、ビビーッというシステム音が周囲に響き渡る。

 同時に、ユミルとハーライン両名の目の前に再び小さなタブが表示された。

 その文章はこう書いてあった。

 

 

【エラー:同性同士での結婚は出来ません。お互いのステータスを確認してください。】

 

 

『……………は?』

 

 

 一文字だけだったが、この時、俺達の言葉が完全にシンクロした。

 エラー。

 結婚は出来ません。

 そこまではいい。

 

 ……………………()()

 

 俺達が問いたげな目線をユミルへ一斉に送ると、ユミルはそれに答えずにステータス画面を俺達にも可視の設定にして見せる。

 

「……今度から他人のステータスを見るときは、よく見たほうがいいよ」

 

 それだけ言って右手を上げ、画面の最も上の一箇所を指差す。

 俺達が調べた能力値の欄よりも上部の、最も基本的な情報が記された箇所だ。

 そこには《Ymil》……ユミルという彼女の名前があり、その隣の欄には……

 

 

 ――《male》とあった。

 

 

 そこは確か、()()を表す箇所だったはずだ。

 

 そこに《male》という表記。

 

 《male》を日本語に訳すと。

 

 つまり……

 

 

 

 

 

「――――()()()()()()

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 降ろした手を腰に当て、呆れた目線を送りながら、そう簡潔に宣言した。

 表情こそ極めて不機嫌そうだが、可憐以外の何者でもない容姿を持つ、彼女が。

 ……いや、彼が。

 

 ………男の子、だと?

 

『―――――。』

 

 俺達は揃って終始絶句し、ここでユミルは再びハーラインへと振り返る。

 そのハーラインは、絶望的な表情で頭を抱えながら左右に振り、信じられないといった風に口をパクパクさせていた。

 

「……ということで、残念だったね。ものすごく不本意だけど、これからほんの少しの間だけ『仲間』として、よろしく」

 

 そう言って、もうあの可憐な笑みを浮かべることなく、イタズラが成功した嗜虐の笑みと不機嫌さのジト目が見事に合わさった器用な表情で彼を見上げ、

 

「――男に求婚した、最ッ低の、ド・ヘ・ン・タ・イ・さん?」

 

 そう、トドメを刺した。

 

 

 その数秒後、ハーラインの恐らく「嘘だ」と言ったと思われる、阿鼻叫喚の長い絶叫が村中に響き渡った。

 

 




らくがきです。ハルバードぶんぶんユミル。


【挿絵表示】


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