【凍結中】ペルソナ4 ~静寂なる癒しを施すもの~   作:ウルハーツ

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辰姫 零 林間学校を終える

 6月18日。早朝。狭く寝苦しいテントの中で千枝は寝返りを打つ。だがもう朝であり、狭い事もあって意識が起きてしまう。そしてゆっくりと目を開けて、

 

「っ!」

 

 目の前に逆さの顔が存在した事で驚いてしまう。普段自分の部屋で何時も寝ている千枝にとって、誰かと寝るのは久々な事。しかも普段とは違って狭苦しいテントの中では目の前に顔があっても不思議では無いため、千枝は突然の事で声を上げそうになる。が、咄嗟に口を押さえてそれは止めた。

 

 千枝は目の前に居る人物を見る。何時もは見れない寝顔。それは当然珍しい物であり、その相手が零だった事で千枝は貴重な物を見れているのだと実感する。普段は無表情な零の顔が眠っている時は安心しているのか、少し柔らかくなっている。滅多に見れない表情のため、千枝はしっかりと見ておく事にした。

 

「雪子もそうだけど、辰姫さんも可愛いんだよね。……はぁ~」

 

 千枝は目の前の顔を見ながらため息をついた。雪子はその容姿もあって非常に学校で人気があり、告白も多い。それでも雪子は常に断るため、告白の成功を男子達の間では『天城越え』と呼んでいた。そしてそんな雪子と非常に仲が良い千枝は雪子と自分に大きな差を感じていた。最近の事件で例え乗り越えたとしても、忘れる事は出来ない思いだ。

 

 目の前に居る零の顔は非常に穏やかだ。何時も無表情とは思えない程に。もしもこんな彼女が笑ったら、千枝は想像する。そして思い浮かべた顔に千枝は思わず赤面してしまった。普段から笑っているのならまた違うのだが、笑っている姿を1度も見た事が無い零が笑った光景は言ってしまえばギャップが凄かった。が、見てみたいとも思ってしまう。

 

「何であたしの周りはこんなレベルが高いのかな~……うわっ、モッチモチ。気持ち良いかも」

 

 千枝は徐に寝ている零の頬を突く。するとその感触に一瞬手を引っ込めて少し考えた後、再びその頬を突き始めた。突く度に柔らかな頬の感触を感じながら指が沈み、微かな弾力に跳ね返される。それは癖になってしまいそうな感覚であり、千枝は無意識に何度も同じ行為を繰り返していた。

 

「……ん」

 

「え……今」

 

 しばらく続けていると流石に鬱陶しいと感じたのか、零は僅かに『声を出して』顔を動かした。千枝はその光景に2つの意味で固まってしまう。起こしてしまったのかという焦りと、零が声を出したという事実についてだ。普段筆談で喋る零に千枝は声が出せないとずっと思い込んでいた。だが確かに今、零は声を出したのだ。その事に千枝は悩み固まってしまう。

 

「姫ちゃんは、喋れるよ」

 

「! 雪子、起きてたの? ……何時から?」

 

「『うわっ、モッチモチ。気持ち良いかも』って所から」

 

 考えていた千枝は突然掛けられた声に再度驚いた。実は零の顔の向こう側に雪子が横になっており、千枝の位置からでは逆さであった。そしてその瞳は既に開かれており、千枝は何時から起きていたのかを質問。出来れば言葉や行動が見られていない事を願って。しかし帰ってきた言葉に千枝は半分安心し、半分焦る。零の頬を突いていたところは全部見られていたのだろう。雪子は少し焦っている千枝の表情に「ふふ」っと笑う。

 

「別に千枝は可笑しく無いよ。私も同じ事した事あるから」

 

「雪子もやった事あるんだ……ところで雪子、なんで辰姫さんに抱きついてるの?」

 

 雪子の言葉に千枝は少し安心する。そして同時に雪子を認識した時から気になっていた事を聞いた。千枝から見ると雪子と零の顔は逆さだ。それはつまり横たわる体の方向も逆。そして零の後ろには雪子がおり、今現在零の顔は千枝に向いている。テントはかなり狭いが、細い2人では縦に真っ直ぐ寝れば一応場所はある。なのに現在、雪子は後ろに空間を少し残して零に背後から抱き着いていた。零の二の腕辺りを上から覆う様にして。

 

 千枝の質問に雪子は首を傾げた後、「安心するから、かな」と答える。昔に居なくなった友達が帰って来て嬉しいと思い、同時にまた居なくなるんじゃないか? と不安に思う雪子の気持ちは千枝にも分からなくはない。だが、それで抱きしめる行為までする雪子の思考はどうにも分からなかった。他人から見れば確実にそっちの毛がある人に見えてしまう。そして千枝は完全に零の喋れる事実について、目の前の光景に気を取られてしまったせいで忘れてしまった。

 

 親友の新たな一面に困惑しながらも、千枝は時間を確認する。1時間もすれば、先生達も起きるであろう時間。千枝は雪子に「そろそろ戻ろう」と言い、静かに立ち上がる。今現在千枝達のテントには完二も寝ているため、戻って彼も運び出さなくてはいけないのだ。どうせ戻って来るのだからと、眠る零はそのままにして千枝と雪子はテントから出ようとする。その時、悠も2人の気配に目が覚めたのか、声を掛けて立ち上がる。そして3人で完二と花子の眠るテントへ行くと、花子の足で顔面を蹴られている完二を見つけてテントまで運ぶ。

 

「さて、そろそろ私達も戻ろっか? 流石にここに居たら不味いしね」

 

「そうだね。……姫ちゃん、起きて」

 

 千枝の言葉に雪子はしゃがみ込んで零の肩を揺する。数回揺れたところで零は眠そうに目を開けた。そして起き上がると、猫の様に目を擦って立っていた雪子と千枝を見上げる。……現在、2人は零から顔を背けていた。

 

「やばい、今キュンって来た私」

 

「姫ちゃん、無意識にああいう事するから。油断しちゃ駄目だよ?」

 

 小声で話をする2人。何とか落ち着いて零の顔を見れば、寝起きの零は再び船を漕ぎ始めていた。このままでは不味いと思った2人は零を何とか起こし、悠に完二を運ぶのに手伝ってくれたお礼を告げて男子のテントから自分達のテントへと戻るのだった。

 

 

 

 

 同日。午前。林間学校は早くに現地解散となった。そのため暇になった6人は河原へと足を運んでいた。去年遊んだという千枝の話を聞いた陽介の提案だ。

 

 河原には現在、誰も居なかった。陽介はそれを確認すると、横で様子のおかしい完二に話し掛ける。完二はどうやら昨日の夜の記憶が曖昧になっている様で、テントから飛び出した後……つまり千枝達のテントに入った事などの記憶が曖昧になっていたのだ。その事に疑問を抱いていた完二だが、千枝は急いで「夢だって、うん。夢夢」と言って夢だと思い込ませる事にした。

 

 完二は納得していないが、取り敢えず考える事を止める。すると陽介は大きく「泳ぐぞ!」と言った。しかし完二は気乗りしない様で、パスするとの事。陽介は横に居た千枝と雪子、そして後ろの木に背中を預けて本を読んでいた零の3人を見る。見られている事に気づいた千枝は陽介に「あんたらだけで入ればいいじゃん」と言うが、陽介は突然「貸しがあったよな」と言い出した。嫌な予感を感じた千枝は急いで『水着が無い』と言う理由で泳ぐのをパスしようとする。雪子もそれに同意した。だが、それを聞いた陽介はニヤリと笑った。

 

 突然陽介は何処からともなく3着の水着を取り出す。そんな陽介に千枝と雪子は冷たい視線を送るが、陽介は先程の『水着が無い』と言う言葉を狙っていたのか、理由が解消された事で2人が断れない状況を作り出す。終いには「昨日、酷いの食わされたよな~」等と言い始める。それでも渋る千枝も夜にテントへ逃げ込んだ話まで出されてしまい、結果的に折れてしまった。

 

「って訳で辰姫さんも『嫌』……でもほら、昨日の夜『夕飯、作った。皆、食べた。貸し借り、無し』ぐっ!」

 

 陽介は千枝と雪子に水着を渡すと、離れていた零にも話し掛ける。だが途中で拒否の意を書いた紙を出されてしまった。それでも諦めずに千枝達と同じ様にしようとする陽介だが、予想していたかの様に別のメモを見せる。千枝と雪子の場合、昨晩の夕食とテントの件で借りが2つあった。しかし零は例えテントに匿われて借りが1つ出来たとしても、夕食の時に自分の作ったカレーを皆が食べた事で貸しも1つ出来ていた。陽介も食べた者の1人であるため、言い返せなくなってしまう。

 

「でも水着もあるし『言ったのは2人。私は何も言ってない』……く、くそっ! 勝てねぇ!」

 

 それでも粘る陽介に、これまた予想していたのか零は書かずに違う紙を見せた。その光景に陽介は完全に勝てないと悟り、地面に四つん這いの体勢となってしまう。そんな彼を見て完二は「どんだけ姫先輩に着せたいんすか」と呆れ、悠は黙って見ていた。

 

 その後、木の向こうで千枝と雪子は水着に着替えて出てくる。その間に陽介と悠も着替えており、完二は零の前に立つ事で壁となった。だが零は興味無さげに本を読み続けていた。

 

 やがて出て来た千枝と雪子の水着姿に陽介は驚いた。同級生の女子の水着姿。陽介が思っていたよりも可愛かった様だ。悠は2人に『可愛い』と率直な感想を告げ、陽介も見立てが良かったと話すが、その後が良くなかった。『ガキっぽい』と言ったのだ。まさかの悠もそれに少し同意してしまい、2人の怒りを買って河原の水の中に落とされてしまう。そして水着姿の2人を見て鼻血を出していた完二も落とされた。非常に行動が過激で、一歩間違えれば怪我をするだろう。だが奇跡的に落とされた3人は無傷であった。

 

「あれ、何か聞こえない?」

 

 雪子は下で陽介が文句を言っているのを無視して千枝に言う。そして千枝もそれが聞こえたのか、上を見上げた。そこには昨晩酔っていた担任の諸岡。彼は現在、河原の上で吐いていた。恐らく朝になって気持ち悪くなってしまったのだろう。そして上から流れた水は当然、下に流れる。そして今そこには悠達3人。彼らは今の状況を知った。知ってしまった。

 

「だからあたしらしか居なかったんだ」

 

 千枝は上の光景を見て納得する。下では現在の状況が理解し、先程まで騒いでいた陽介達が完全に黙っていた。それを見て雪子は「少し可哀想かも」と同情するが、「自業自得でしょ」と千枝はバッサリだった。そして雪子と共に元の服に戻るため、再び着替えようと森の方へ。しかしその途中、雪子が突然足を止めると零の前に立った。

 

「その、似合う……かな?」

 

「ゆ、雪子?」

 

 突然雪子は自分の姿を零に見せて質問する。千枝はその光景に驚きながら声を掛けた。今の雪子の行動や表情は、どう見ても好いた相手に聞いている様にしか千枝には見えなかったからだ。それが男ならおかしくないのだが、相手は同性の零。朝から少し疑ってしまっていた千枝の中で、雪子のあっち系疑惑が再び濃くなってしまった。

 

 零は本から目を離すと、雪子を見て静かに頷いてから本に視線を戻す。そんなある意味一瞬の出来事でも、雪子は「そっか」と少し嬉しそうに納得してから千枝に「着替えよっか」と言って森の中に入って行った。そんな姿を千枝は見続けた後、零に視線を向けた。

 

 静かに本を読む零の姿は普段、学校で非常に浮いている。だが今、零の背後には沢山の木々が。そんな光景は学校での浮いている零とは違い、自然の中に静かに佇む美少女であった。無表情だが儚げな印象もあるため、何処となく守るべき存在の様に見える。今現在この町で起きている事を考えると、余計にそう思えてしまう千枝。自然と『彼女は私が守らなければ』と千枝は思った。

 

「……って何考えてんだあたし!」

 

 そこで我に返った千枝は首を強く横に振る。かなり大きな仕草のため、零は本から視線を外して千枝へ視線を向けた。少し気恥しくなった千枝は「何でもないから!」とだけ答え、雪子が入った森の中へ。そして着替えてから再び出て来た。その頃には陽介達も既に河原から上がっており、彼らは何か大事な物でも失った様な表情で隠れて着替えをすると、全員は帰る事に。こうして一泊二日の林間学校は終了したのだった。


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