【凍結中】ペルソナ4 ~静寂なる癒しを施すもの~   作:ウルハーツ

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辰姫 零 皆で食事をする

 6月5日。昼間。神社で子供が零に笑顔で「ありがとう!」と言って物を受け取ると、走り始める。子供の手には虫取り網があり、子供はそれで虫を捕まえようと走り出したのだ。そしてそんな少年の後姿を見送り、零は箒を横に動かして地面を掃き始める。

 

 少年の持っている虫取り網。それは零の渡した物であった。実は先程まで、少年は虫取り網が無くなって困っていたのだ。どうして無くしたかは分らないが、零はそれを見て虫取り網を神社の中から取り出して少年にあげたのだ。何故持っていたかは分らない。が、かなり奥にそれはしまいこまれていた。恐らく昔使っていた物なのだろう。

 

 子供は場所を変えようと思ったのか、神社を去る。結果神社に残ったのは零のみ。すると、それを見計らった様に零の後ろへ何かが着地する。……キツネだ。

 

『コン!』

 

 キツネは零の周りを少し歩いた後、賽銭箱の近くに移動して座り込む。零以外に人が居なくなった神社には頻繁に出没するキツネ。零はキツネが自分の周囲を回っていた間は箒を履く手は止めていたものの、賽銭箱の傍へ移動した後は何事も無い様に掃除を再開する。

 

 突然キツネが賽銭箱の場所から移動して神社の入り口へ走り出した。零の真横をかなりのスピードで通過したため、零は無意識に目でキツネを追う。するとキツネの目の前に誰かが立った。キツネが向かって行った事から、零にはそれが誰だかすぐに分かる。悠だ。

 

「おはよう、辰姫」

 

 零に向かって挨拶をする悠。そして彼はキツネに願い事を上手く叶えて来た事を報告した。この神社に住んでいる零は既に普段入らない賽銭箱に賽銭が入ると言う形で彼がしている事が分かっていた。キツネも同様の様で、喜ぶ様な仕草をすると悠の周りを走り回る。

 

 キツネは当然喋れない。零は普段から喋らない。神社の中は零の箒の音のみが聞こえていた。やはり神社に来たのだから報告だけではと思う悠だが、零を相手に何を話して良いか分からない。神社は非常に居心地の悪い雰囲気に包まれてしまう。

 

「ん? おう、相棒! なにやって……辰姫さん? え、なにこれ? ってか何で巫女服? いや似合ってるけど」

 

 そんな雰囲気は突然現れた陽介によって破壊される。陽介は最初に悠が居たのを見て声を掛けるが、近づいた事で悠の向こう側に居た零にも気付いた。余りに突然の出来事に固まった後、雰囲気や零の服装を見て彼は困惑しながらも質問する。

 

 悠は心の中で少し助かったと感じて陽介に挨拶する。陽介は「お、おう」とぎこちなく返事をすると、零へ視線を向けた。やはり本物の『巫女』が居るというのは異常な事なのだろう。巫女の存在はお話ぐらいでしか聞かない。見るとしても恐らくはコスプレぐらいだ。現実で出会うなんてそうそう無い事である。陽介は最初コスプレだと思うが、零がその様な事をする人物じゃ無い事はすぐに分かった。そしてふと、零が箒を持っている事に気がつく。……流石の陽介も、すぐに答えが出た。

 

「辰姫さんって、まさかここに住んでんのか!?」

 

 陽介の言葉に零は頷く。それを見て「本物の巫女……初めて見たぜっ!」と少し嬉しそうに言う。悠も男だ。陽介の考えている事は何となく分かる。千枝や雪子もそうだが、零も容姿のレベルは非常に高い女子だ。無表情だが整った顔立ちに、綺麗な水色の長い髪。そして制服でも若者の様な私服でもなく、巫女服を着ている。側にキツネが居る事もあり、中々見れない光景だ。

 

「俺てっきりここは無人だと思ってたんだが……そっか、じゃあここが辰姫さんが前に住んでた場所なのか」

 

 雪子から前にこの町に零が住んで居た事を聞いていた陽介は、神社と零を交互に見て頷きながら納得する。陽介のお陰でいつの間にか居心地の悪さは無くなり、心底悠は安心した。

 

 ふと零が時計を見た。悠と陽介も釣られて携帯で時間を確認。現在の時刻は11時50分。もう昼時だ。すると、微かに何かの音が鳴り響いた。悠が陽介に視線を向けると、陽介も聞こえた様子で「俺じゃないぜ?」と答える。となれば残るは1人。

 

 陽介と悠は零に視線を向ける。零は無表情のまま箒で何も無い足元を再び掃き始めていた。そして彼女の周りをキツネは走り回る。それを見て陽介は悠に視線を送り、少し笑うと零に近づいた。

 

「昼時だしよ、この際だから他の奴らも誘って愛家でも行かね?」

 

 笑顔で話し掛ける陽介。零は手を止めて陽介を見た後、その後ろに居る悠にも視線を送る。悠は何も言わずに頷き、彼は千枝と雪子に電話を掛ける事にした。

 

 

 

 

 

「いやぁ、いきなり誘われたから吃驚したよ。あ、あたし肉丼1つ! にしても雪子、手伝いは大丈夫なの?」

 

「うん。丁度作る前だったし、姫ちゃんの事を話したら行って良いって言われたから。姫ちゃん、肉丼頼んで分けない?」

 

 愛家。稲羽中央通り商店街の北側に位置する、結構な人気のある店だ。神社から徒歩で2分も掛からない場所にあり、現在ここには先程の3人に千枝と雪子の2人が加わっていた。悠が電話をした時、2人とも上手く時間が取れた様だ。

 

 4人様の四角いテーブルの一番奥で椅子を1つ通路側に用意して、5人は座っている。一番奥のため邪魔にはならない様にしっかりと気をつけているので、店の店主やお客に一切迷惑は掛かっていなかった。が、視線は集中している。

 

 奥の壁の方に右から雪子・零と言う順で並び、雪子の前には千枝。その横に陽介が座っている。悠は通路側に用意した席だ。そしてそれぞれに食べたい物を注文する。この店は日替わりでメニューが変わり、月・火は麻婆豆腐定食。水・木はパーコー麺。金・日は肉丼となっている。そしてこの日は学校の無い日曜日。メニューには肉丼が入っており、千枝は迷わずそれを注文する。そして雪子は少し考えた後に零と1つを分ける話をした。色々と気になるお年頃なのだ。零は元から小食のため、雪子の言葉に頷いて了承した。

 

「でさ、何で辰姫さんは巫女服な訳? 周りの視線、メッチャ集中してるんだけど」

 

「着替える時間、私達を呼んでから多分あったよね?」

 

「すぐに愛家へ辰姫は向かったからな。かなり速かった」

 

 千枝は注文をした後、斜め前に居る零の服装を見て流石に黙っていられなかったのか聞いた。そう、零は神社の時から着替えずにそのまま愛家に入ったのだ。そのため、巫女服を着た珍しい零は非常に目立っていた。どうやら愛家の主人は零が既に神社の巫女である事を知っている様で、特に何も言わない。が、お客は違う。

 

 悠は思い出す様に答える。あの時2人に電話をして集まる事が出来ると分かった悠は、当然陽介と零に報告する。すると零は箒を神社の中にしまって外に出ると、そのまま愛家に向かって直行したのだ。悠達も後を追って入れば既に今の位置に座っており、静かに何処からか取り出した本を読んで待っていた。余りの速さに悠と陽介は驚かずには居られなかったのと同時に、食べる事にはかなり素直な性格なのだと少し零の事を理解した。

 

「まぁ、お腹が鳴るくらい腹減ってたら仕方ないよな。っい!」

 

「あんたデリカシー無さ過ぎ。普通女子にお腹鳴ったなんて言う?」

 

「でも何か安心したよ。姫ちゃん。昔も何か食べる時とかは早かったから。あんまり変わって無いって少し嬉しい」

 

 陽介は言い切ると同時に机の下で千枝に蹴られる。そして話を聞いた雪子は零を見て微笑みながら言った。どうやら昔から食べ物には素直な様だ。

 

 少し時間が経つと、5人の目の前には注文した食べ物が置かれる。雪子と零の目の前には肉丼という名の通り、肉がご飯の上に盛られたどんぶりが。千枝の前にも同じのが置かれており、陽介と悠の目の前には肉丼とは違う定食が置かれていた。そして全員で手を合わせると、食事を始める。

 

 雪子は肉丼を上手く半分に分けると、2人の中心に引き寄せる。そして同じ丼に2人で箸を入れた。普通どんぶりへ一緒に箸を入れるなど行わない行為のため、陽介と千枝は目の前の光景に驚いてしまう。そして何よりも

 

「姫ちゃん。あーん」

 

 目の前で雪子が零に食べさせている光景に陽介と千枝は箸を食べ物と口の間で止め、口を開けたまま固まってしまう。雪子のやっている行為は2人の中でカップルがやるイメージで定着していた。だが目の前で雪子が零にやっているため、想像と違う事に驚かずにはいられない。他にも零が食べた後の顔を見て雪子が微笑む姿が何処か母親の様に見える事や、餌付けに見えなくも無い事などから2人の頭は更に混乱してしまう。

 

「あ、天城、何やってんだ?」

 

「? 姫ちゃんに食べさせてるんだよ? 昔良くやってたんだぁ。ほら、噛んでる時の姫ちゃん、リスみたいで可愛くない?」

 

 陽介は我に返ると雪子に質問する。が、雪子は一切可笑しいとは思っていないのか当たり前の様な顔で答えると、昔を思い出しながら告げる。言われて視線を移せば、口の中の食べ物を噛む零の姿。だが非常に動きは小さく、小動物の様と言われれば納得出来てしまう光景であった。

 

「いやでも普通、あーんはしないって」

 

「でも姫ちゃんって昔はちゃんとした食事しないで簡単な物ばっかり……姫ちゃん、今日の朝は何食べたの?」

 

 千枝の言葉に雪子は言うも、途中で何かを思い出した様に零へ質問した。聞かれた零は雪子の質問に何時も通り、紙に書いて答える。『カロリーメイト』と。そしてその紙を見た瞬間、雪子の顔が笑顔から一転して怒った様な表情に変わる。

 

「そんなんじゃ体壊しちゃうって昔言ったよね? ちゃんとした物食べなきゃ駄目だって、言ったよね?」

 

「お、おい。何か急に変わったぞ?」

 

「あぁ、オカンになったな」

 

 突然変わった雪子に陽介は小さな声で悠に話し掛ける。悠はそれに頷いて今の雪子を『オカン』と呼んだ。千枝と陽介は悠の言葉に今の雪子を見て、確かに零を叱る姿がオカンの様に見えてしまった。

 

「定期的に確認した方が良いのかな? でも旅館もあるし……」

 

 雪子は考え始める。だが零はそんな雪子を放置して、肉丼に箸を向けた。雪子はそれを見て取り敢えず今は食べさせると考えたのか、自分の食べる分だった場所の一部を零に食べる様に言う。雪子の零に対する母親の様な対応に3人は少し驚きつつ、食事を続ける。そして

 

「ふぅ! 食った食った! 雪子はまた旅館?」

 

「え? あ、うん。夜の仕込みしなくちゃ」

 

「俺もこの後バイトだしな。お前はどうなんだ?」

 

「特に無い。菜々子は家で1人だから帰るだろうな」

 

 愛家の目の前で5人は並んでこの後について話す。雪子は旅館の手伝い。陽介はジュネスでのバイト。千枝と悠は予定が無い様だが、悠は家に居る菜々子が心配の様で帰る様だ。そして悠の言葉を聞いて「私も帰ろっかな」と千枝も言う。零も帰って掃除等をする気の様だ。

 

 最初に雪子、次に陽介が時間が近いと言う事で急ぎ足で去る。そして千枝も「また明日ね!」と言って笑顔で去って行った。残ったのは悠と零の2人。

 

「楽しかったか?」

 

 悠は零に聞いた。すると零は少し黙った後。静かに頷いて答える。殆ど食事中も喋らなかった零だが、悠は零が食事に素直なところや食生活を余り考えていない事を知る事が出来た。つまり今日1日で零の事がまた少し分かった気がしたのだ。そしてそれは零の知らないところで、悠の力となる。

 

 千枝と同じ様に悠は「また明日な」と零に告げる。それに零は頷いて、神社の方へと帰って行く。鳥居を潜り、見えなくなったのを確認した悠は残りの時間を大事な従妹(菜々子)と過ごす為に帰宅するのだった。


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