【凍結中】ペルソナ4 ~静寂なる癒しを施すもの~   作:ウルハーツ

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辰姫 零 誘われる

 5月2日。放課後。この日、周りの生徒達は喜び半分悲しみ半分であった。喜びは明日から数日間の連休、ゴールデンウィークが始まるからである。何処か遠くに出かける者もいる様だ。対する悲しみは来週、中間テストという学生にとって非常に地獄の連日が待っているからである。勉強が出来る者にとっては自分の力を確認する良いチャンスだが、出来ない人間にとっては非常に辛い行事である。

 

 零は放課後になると決まって屋上に行く習慣がついていた。そこが非常に落ち着くというのが主な理由である。だがこの日は雨が降ってしまっており、地面は確実に濡れている事だろう。そうなればシートか何かを引かなければ濡れてしまう。だが零はその様な物を用意していない為、この日は真っ直ぐ帰る事にした。

 

 教室を出て階段を下りる。そして下駄箱まで歩こうとした時、零は突然呼び止められた。呼んだのは……雪子だ。

 

「姫ちゃん。帰るの?」

 

 雪子の言葉に零は頷く。すると雪子は何かを考える様に一度顔を伏せ、何かを思い付いた様にその顔を上げて「明日からゴールデンウィークだよね?」と零に続けて話し掛けた。その通りのため、零は頷いて返す。その様子を見て雪子は笑顔になった。

 

「どこかで遊ぼうよ。友達も紹介するから、ね?」

 

 遊びの誘い。どうやら雪子の方は既に予定が出来ているのか、遊べる日がある様だ。零はその言葉に少し黙った後、ポケットから何かを取り出す。それはメモ帳であった。

 

 零は同じポケットにボールペンを入れており、そこに何かを書くと千切って雪子へ渡す。そこには綺麗な字で『何時でも、平気』と書かれていた。雪子はそれを見て一瞬不思議そうな顔をするも、すぐに「それじゃあね」と言って離れていく。零はそんな雪子を見送り、今度こそ学校を出て家へと向かう。

 

 零と別れた雪子は渡された紙を見てとある疑問に首を傾げていた。そんな時、ちょうど悠が通りかかる。悠は何かを考えている雪子に気付くと、声を掛けた。

 

「どうした?」

 

「あ、鳴上君。……ねぇ、鳴上君は姫ちゃんと電車ですれ違ったんだよね?」

 

「あぁ。……俺の不注意でその時、ぶつかったんだ」

 

 雪子は目の前に現れた悠に驚くも、今度は思い出した様に悠へ質問する。思い出したのは転入してきた日、悠が話していた内容だ。雪子が何かを確かめようと必死な姿に悠はその時の事を思い出す。そしてそれを聞いた雪子は「その時姫ちゃん、何か言わなかった? どんな言葉でも良いの」と続けて質問。悠は言われてあの時の事を思い出す。

 

『怪我は無いか?』

 

『……ん』

 

 ふと思い出したのは怪我が無いかを確かめるために聞いた時、小さく鳴く様な声で頷きながら言った返事。こんなことでも良いのか? と考えながら、悠はそれを雪子に告げる。雪子はそれを聞いて持っていた紙を見つめ始め、悠も釣られてそれを覗き込む。

 

「姫ちゃんに遊べる日を聞いたんだけど、紙に書いて答えたの。喋れないって思ったんだけど、違うんだね。……ならどうして」

 

 雪子の疑問に対する答えを悠は持っていなかった。その後、雪子は「ごめんね、突然聞いちゃって」と答えて去り、悠もやることがあったのか学校の外へ出る事にした。ゴールデンウィークは明日からだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 5月3日。昼間。零は何時も通りに巫女服で境内の外を掃いていた。憲法記念日で学校は休みであり、その翌日と翌々日も休みである。計3日間の連休。零は何も無ければ今の様な生活を送る事だろう。だが幸か不幸か、何も無い休みとはならない様だ。

 

「おはよう、姫ちゃん」

 

 零の目の前に私服の雪子が現れる。零は箒で掃いていた地面から雪子へと視線を動かしていくと、雪子は少し驚いた様な表情で「み、巫女さんの服なんだ」と顔を伏せながら呟いて黙ってしまう。が、黙ってしまった雪子を見て零は再び掃除を始めてしまう。どうやらしっかりと用件を伝えなければ、自分の作業に零は戻ってしまう様だ。

 

「遊ぼうって約束覚えてる? この後私大丈夫だし、駄目かな? 友達も皆居るし、どう?」

 

 作業に戻ってしまった零を見て少々慌てながら遊びに誘った雪子。零は掃いていた箒を止めて少し黙った後、頷いてから一度境内に入る。雪子は入ってしまった事に一瞬驚いてしまうも、待つこと数分。私服姿の零が雪子の前に現れた。そして雪子の前に立ち、ジッと視線を向ける。『準備は良い』という意味だろう。雪子はそれを理解すると、待ち合わせ場所であるジュネスのフードコートに向かって歩き始める。そしてそれに零もついて行くのだった。

 

 同時刻、ジュネスのフードコートに向かって悠と千枝。そして悠の従妹である堂島 菜々子は歩いていた。普段誰かと外に出る事の無い菜々子はご機嫌な様子である。そんな姿を見て千枝は微笑むと「あ、そうだ」と思い出した様に悠へ話し掛けた。

 

「辰姫さん、覚えてる?」

 

「あぁ」

 

「雪子が誘いたいって言ってたから、多分一緒に来るよ。だからさ、どうにかして友達になろうよ! 辰姫さん、友達あんまり居なさそうだからさ」

 

 千枝の言葉に悠は頷く。自分のいない場所で自分に関する事が起きていると、零は知る由も無い。そしてこの行動がやがて、彼女の心を大きく揺らす事を悠達は知る由も無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジュネスのフードコートにて、陽介を含めた6人は合流していた。どうやら雪子と零が最後だった様で、到着した時に何故か菜々子以外の3人が緊張した表情をしている。それは話し難そうなオーラを出している零のせいなのだが、本人は一切その気が無いので分かっていなかった。

 

「い、一応全員揃ったな。ってかさ、ゴールデンウィークだってのにこんな店じゃ菜々子ちゃん可哀想だろ」

 

「だって他に無いじゃん」

 

「ジュネス、大好き!」

 

 緊張を解く為か、陽介が千枝に話し掛ける。別に悪い場所という訳でもないのだが、どうやら陽介としては余り良い場所では無いらしい。だが千枝の頭の中には他に良い場所も思いつかなかった様で、そんな中菜々子が非常に良い笑顔でジュネスが好きだと告げる。その言葉に陽介が菜々子を天使の様に見つめた。嬉しかった様だ。

 

 だがその後に菜々子は少し残念そうに、本当は旅行に行く予定だった事を話す。その時の楽しみの1つに『お弁当を持っていく』という内容があり、作るのが悠だと聞いて千枝が悠をお兄ちゃんと呼んだ。その言葉に誰よりも菜々子が驚いた様な表情で悠を見つめる。どうやら今この時、菜々子の中で悠が自分に取って『お兄ちゃん』の様な存在だと確立された様だ。

 

 千枝が自分も料理が作れると告げ、陽介がそれを否定する。そしてそれに雪子も賛同した。すると雪子が入った事により、1人会話に参加していない人物を思い出す。

 

「……」

 

「い、何時も通りだな」

 

 零は話に参加せず、1人静かに本を読んでいた。そんな光景に陽介は非常に引き攣った表情を浮かべながら話す。まさかこの状況でも本を読むとは微塵も思っていなかったのだろう。しかし雪子が「今日は駄~目」とまるで子供を叱る様に零の持っていた本を取り上げてしまう。零はその行動に顔を上げて雪子を見た後、ため息を付いて栞を取り出した。雪子がそれを見て本を返せば、栞を挟んで鞄にしまう。

 

「ね、ねぇ。辰姫さんは料理出来るの?」

 

 話をしようと千枝が零に質問をする。だが零は喋らずに頷いて答えるため、陽介が「うわ、会話にならねぇ」と焦った様な表情を浮かべた。それを見て、今度は悠が少し考えた後に質問をする。

 

「辰姫はどうして引っ越して来たんだ?」

 

 それは頷いたりするだけでは答えられない質問。陽介は目で『良くやった!』と称賛の視線を送り、雪子は興味があるのか零を見ている。すると零はポケットから昨日と同じ様にメモ帳とボールペンを取り出した。その行動に陽介と千枝は驚き、雪子は心配そうに見つめる。

 

「わぁ! 書くの早い!」

 

 菜々子が零の書くスピードを見て驚きの声を上げる。零は速筆であり、達筆でもあった事でメモ帳には誰もが読める綺麗な字が書かれる。

 

『叔母の世話になっていた。叔母が亡くなった。前の家に帰ってきた』

 

 それは箇条書きの説明だった。そしてそれを見て陽介が先程とは真逆の『なんて事聞いたんだよ!』と非難の視線を悠に向ける。『叔母が亡くなった』の部分で不味いと思ったのだろう。悠が「悪かった」と言うと、零は首を横に振った。

 

「よ、よし! 奈々子ちゃん。一緒にジュース買いに行くか!」

 

「うん!」

 

「え、えっと……あたしも菜々子ちゃんになんか奢ってあげよ!」

 

 最初に陽介が元気良く菜々子にジュースを買いに行くと言ってその場を去る。その行動に非常に小さい声で千枝が「逃げやがった」と言うと、まったく同じ様に何かを奈々子に奢ろうと彼女もその場を去った。結果、残ったのは零と雪子と悠の3人だけ。

 

「姫ちゃん。少しお店の中を見てみない?」

 

 雪子が零に話し掛けて立ち上がる。零もその言葉に頷いて立ち上がると、2人はこの場から去って行った。そうして取り残された悠は菜々子から声を掛けられ、ほのかな絆を感じながら菜々子の元に向かって歩き出すのだった。

 

 その後。零は喋る事は殆ど無かったが、悠は菜々子と仲間達と共に楽しい時間を過ごすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 5月5日。こどもの日。学校は休みである。毎日欠かさず零は神社の前を掃除しているため、すっかり子供達からもこの神社の住人だと認識される様になっていた。それでいて騒いでも何も言わないため、子供達は頻繁に神社の前で遊んでいる。が、何故か今日に限っては子供達の姿が何処にも無かった。

 

 静寂が包む神社。すると突然、キツネが零の前に現れる。そして零を見て一度鳴くと、その周囲を駆け回り始めた。キツネの口には何かが加えられており、首には袋の様な物がぶら下がっている。

 

「辰姫?」

 

 突然掛けられた声に零は顔を向ける。そこには悠が立っており、どうやら零の今の状況と格好を見て驚いている様だった。クラスメイト、しかも一緒に転入してきた零が巫女服で神社を掃除しているとは普通思わないからだろう。そしてキツネがすぐ傍に居る事にも驚いていた。

 

 零は悠に軽く頭を下げると、キツネを一回止まらせて加えている物を触る。するとキツネはそれを零の手の上に置いた。それは絵馬であり、『おじいちゃんの足が良くなりますように けいた』と書かれている。そしてその絵馬の裏には1枚の葉っぱ。零はそれを受け取ると、キツネに頷いた。

 

 キツネは次に悠の目の前へ移動すると、袋を悠に見せる様な行動をする。悠はそれを見て一度不思議そうな顔をするが、意味が分かったのか袋をキツネから受け取って中を確認した。その中には非常に沢山の葉。何故か悠はその葉を徐に一枚口に入れる。何故やったのかは、悠自身も分からない。だがその行為は悠を更に驚かせた。今日1日の疲れが嘘の様に消えたのだ。

 

 悠は驚いた様子で葉を見た後、今度はキツネに視線を向ける。悠は『テレビの中』でキツネの様な助っ人が居てくれたら、と想像した。するとキツネはそれが分かったかの様に賽銭箱の方へ走り、中に入れる様に催促した。悠はその意味が分かり、再び近寄って来たキツネを撫でる。悠の事情を知らない零はキツネの行った行為の意味を当然分からず、首を傾げる。そんな彼女を見て、悠は零の思考を逸らす事にした。

 

「さっきのは何だ?」

 

『願い事。叶える』

 

 悠の質問に零はメモを取り出して書き、見せる。どうやら先程絵馬に書かれていたお願いを零が解決するつもりらしい。今のならば『おじいちゃん』を探して葉っぱを渡せば良いのだろう。悠は少し考えた後、零に『手伝うか?』と聞く。その言葉に零は少し黙った後、首を横に振った。だが悠には心なしか零の表情が少し嬉しそうに見えた。と同時に悠は零とキツネとの間にほのかな絆の芽生えを感じ、その後悠は明日学校で会う事を零に約束して帰宅する。

 

 悠が居なくなった神社で、零は再び掃除を開始する。何故かキツネは帰らずに零の近くに居り、しばらくこの状態は続くのだった。


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