【凍結中】ペルソナ4 ~静寂なる癒しを施すもの~   作:ウルハーツ

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辰姫 零 勉強会に参加する

 7月13日。朝。天候は生憎の雨であり、零はやはり片手には本を持って読みながら通学路を歩いていた。周りには生徒も多く、1人で歩く零の姿は非常に浮いている。と、

 

「あ、姫ちゃん! 入れて!」

 

 突然零の背後から雪子の声が聞こえ、その後零の真横に雪子が並ぶようにして歩いき始めた。どうやら雪子は傘を持っていなかった様で、少し肩等が濡れている。零は視線を移さずにそれに気づくと雪子が濡れない様にと少し傘を雪子側に移動させた。その行動に雪子は笑顔でお礼を言う。

 

「折り畳み傘、無くしちゃって。ごめんね? 勝手に入って。帰りまでには止むと良いんだけど……」

 

 雪子は傘を持っていない説明をすると傘の中から空を見上げて呟く。行きは同じ場所のためこうして一緒に登校できるも、帰りとなれば途中で分かれるしかない。そうなれば雨が降っていた場合、雪子は濡れてしまうことになるのだ。零は持っていた傘を突然雪子に渡す。理由も分からず受け取る雪子。と、零は突然その場で立ち止まって鞄に手を入れ始めた。突然停止したために一瞬傘から零が外に出てしまい、雪子は驚くと急いで戻る。と、零は鞄から一本の小さな丸めた様な何かを取り出した。そしてそれを開けば、

 

「もう1本あったんだ」

 

 小さめな傘となる。実は零が使っていた傘は少し大きめの物。その理由は本を読んでいるからだ。だが今開いた傘は小さめのため、残念ながら本を読んで歩くのは難しかった。

 

 鞄に手を入れた時に本はしまっていたため、零は珍しくこの日本を読まずに通学路を歩くことになる。零は傘の中に入ると雪子を一度見る。雪子は既に零の使っていた傘を持っているため、濡れることは無いだろう。それを確認すると零は歩き始めた。雪子も急いでその後を追う。その後、2人は濡れる事無く無事に並んで登校する事が出来た。が、何故か雪子は少し残念そうな表情だったのに零が気づくことは無い。そして

 

「姫ちゃん、朝はありがとう。でも雨は上がったみたいだから帰りは傘、無くても大丈夫だよ」

 

 昼休みになると既に雨は上がっており、それを見て雪子は零に言う。もしも雨が降っていたのであれば、先程使った傘を借してくれるのだろうと話をしなくても分かっていた雪子。が、雨は無事に上がったので借りる必要はなくなったのだ。雪子は『帰る時は貸してくれた傘を持って帰ってね』と言う意味を込めて言うと零は頷いた。と、背後の扉が開く。そして入ってきた2人の人物にクラスは半分恐怖し、半分感激していた。

 

「ちぃーす。ちょっと良いっすか?」

 

「実はお願いがあって……」

 

 恐怖の対象は完二。感激の対象はりせである。りせは今月の11日から八十神高校の1年生として入った。そのため零や悠達の後輩であり、完二とは同じ学年のために入ってくるときなどは一緒に居ることが多いのだ。稀に『もしかしたら2人は』みたいな話が出てくるかも知れないと普通は思う。が、その疑問は初日の昼休みにりせが教室に入ってきた時。とある出来事が起こり、それは無いと全員は分かっていた。

 

 りせはアイドル。学校にアイドルが居るだけでも学生達には凄い事だ。そしてりせは男子達に取ってある意味憧れの存在と言っても間違いではないため、雪子同様に非常にモテている。そして最初2-2の教室に入ってきた時、りせに話しかけたのは非常に緊張している様子の男子。『な、何の用でございましょう』とりせに聞いた男子。そしてりせの答えは『姫先輩は居る?』であった。そしてその一言で一斉にクラスの全員が零に視線を向けた。雪子が零のことを姫と呼んでいるのは既にクラスの中では当たり前になっている。が、まさかりせまでそう呼ぶとは誰も思って居なかったのだろう。

 

 一斉に視線が向いたことでりせは零の存在を確認できた。零は本を静かに読んでおり、今の騒ぎには一切見向きもしていない。そしてそんな零の横にある陽介の席には雪子が座っている。雪子は今の現状に当然気づいていた。席の主である陽介は悠の席の横に立っており、悠の横には千枝が座っている。そして3人は今の様子を静かに伺っていた。

 

 静まった教室を入るりせ。そして零の真横。雪子とは反対の場所に立つと零に笑顔で『私、今日からここの生徒だからよろしくね! 姫先輩!』と言った。そしてその声に零はやっと顔を上げるとりせを見て静かに頷き、再び本に視線を戻してしまう。零はりせが泊まった時にこの学校に入ると話を聞いていたため、言われたことが現実になったとしか思って居なかったのだ。が、それを余りりせは良く思わなかった様で『もう少し何か反応してくれても良いのにな~』と口を尖らせて呟いた。そして何を思ったのか、

 

『姫先輩! お祝いに1つ、【キス】して!』

 

 一瞬クラスに居る全ての人間が固まる。その中には当然悠達も含まれていた。静寂が包む2-2の教室。しかし少し立つとまるで合わせているかの様に全員が一斉に叫び、その声は上下の階にまで聞こえてしまう。そして結果、先生が来てお叱りを受けることとなった。

 

 結局りせの言った【キス】は無かった事になった物の、りせは【同性愛者】と言う噂が流れる様になる。が、りせのファンである女子がアタックをしてもりせはまったく見向きもしなかったことでその噂はすぐに無くなった。しかし1人にだけは普通と違う対応のため、【久慈川 りせには既に好きな人が居る】と言う噂だけが学校に広まることとなった。

 

 時を戻し、りせと完二は何か思いつめた表情で雪子と零を見る。悠達も2人に気づくと集まり、結果1箇所に7人と言う大人数が集まることになった。

 

「来週。テストッすよね。その……勉強教えて欲しいっす!」

 

 完二は手を合わせて頭を下げながら言う。そしてその言葉の中に含まれていた【テスト】と言う言葉に陽介と千枝は非常に嫌そうな顔をした。

 

 そう。完二の言うとおり、来週は期末テストがある。中間テスト同様、学生には地獄の日々が始まるのだ。頭が良いとは決して言えない陽介・千枝・完二の3人はそのことに頭を悩ませていた。だが残念ながら逃げることは出来ないため、諦めて勉強をするしかないのだ。幸い学年でトップの雪子と零。そして上位の悠がこの場に入る。りせはどれ程頭が良いのか分からないが、頭の良い人物が3人も居るのは凄い事だ。そしてそれに気づいた陽介はため息をつくと提案する。

 

「1人だと違うことしちまうからな。なぁ、ここに居る全員で勉強会やらねぇか?」

 

「あ、良いかも。雪子とか教えるの上手いし」

 

 その提案に千枝も賛成し、全員で今日の放課後。図書室にて【勉強会】をすることが決定したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同日。放課後。零と悠達は図書室に集まっていた。一番端の席に椅子を増やすことで7人が全員座れる様にする。教えるのは悠が陽介と完二の2人を教え、零と雪子が千枝とりせを教える事にした。男女で分けたのだ。

 

 男子側は非常にスムーズに進んでいる。が、女子側はその真逆で非常に空気が重かった。男子の方は3人で1人が教えるために何も問題は無い。だが女子側は教えるのが2人で教わるのも2人。だったら当然1対1が丁度良いのだ。そしてそうなった時、ペアを当然決める事になる。

 

「はい! 私、姫先輩に教わるね!」

 

 決めることになった瞬間、りせはそう言って零の腕に自分の腕を組んだ。千枝は苦笑いしながら教えてくれる親友に視線を向ける。そして恐怖した。雪子の表情は何時もと変わらず、それどころか微笑んでいる。だが親友であるが故に千枝はすぐに分かる。目が笑っておらず、全然納得していないのだと。

 

 雪子の笑わぬ笑顔に恐怖しながら勉強が始まる。りせは笑顔で零に分からないところを質問し、零はそれに紙で答える。そしてそんな光景を睨む様に雪子は見ながら千枝に勉強を教える。千枝は教えられているが、雪子が余りにも零とりせの2人に気を取られ続けているために勉強どころではなかった。それどころか雪子のその変化に頭に内容なんて一切入らない。と、突然千枝に頭の上に豆電球が付く程の閃きが起きた。

 

「雪子、辰姫さんと交代すれば?」

 

「え? あ、ごめん千枝。……」

 

「ほら雪子、向こうが気になって勉強になってないんだって。2人の仲が気になるならさ、雪子が交代すれば良いんじゃない? それなら心配無いでしょ?」

 

 千枝の言葉に最初雪子は教えることに集中しようとする。が、再び視線が2人に向かったのを見て千枝は行動に出る。零とりせの場所に行き、『雪子が集中出来てないから交代して』と説明をする。【交代】と言う単語にりせは「え~」と嫌そうな声を出した。が、千枝はそれを既に予想していたため、零に視線を向ける。そして目が合うと、零は頷いた。

 

 零は今座っていた席を立つと雪子の場所に向かう。千枝は雪子に手招きをしてりせに教える様に言うと自分の席に戻った。先程雪子が座っていた席には零が静かに座っている。向こうも零の相手が千枝ならば平気だと考えているのか、微妙な顔で勉強を始めている。

 

「えっと……『まずは勉強。分からなければ質問』あ、うん」

 

 どうしようかと話そうとした瞬間、零に紙を見せられて千枝は黙る。恐らくりせの時にも使っていたのか書いている仕草は一切無かった。

 

 千枝は取り合えず勉強を始める。前回のテストから今までの勉強を復習する形で勉強していき、分からない場所があれば零に質問をする。と、零は紙で答えではなくヒントを書いて千枝に見せる。分からなければ違うヒントを、それでも分からなければまた違うのを、と。答えを教えるのではなく、思い出すことが大事なのだ。結果的に分からなかった場合、少ししてから同じ物をもう1度やる様に紙で指示を出し、千枝はその通りにやる。会話こそ無い物の、千枝はかなり勉強できているのではと実感していた。

 

 ふと千枝のペンが止まる。そして顔を上げれば零が静かに本を読んでいる姿。千枝の知っている零の姿の殆どは今の様に本を読んでいる時だ。巫女服の時なども会ったが、やはりほぼ毎日本を読んでいる今の姿が一番印象に残る。そしてどうして2人が目の前の少女を好きになっているのかを考え始めた。

 

 青い綺麗な髪。可愛いが無表情な顔。細い腕に細い足。本を読んでいる姿は非常に似合っており、目の前の少女は世間で言う【美少女】なのだと千枝は思う。が、それだけで2人が彼女を好きになる訳が無い。きっと何か大きな理由がある。そう何となく確信する千枝。と、千枝がずっと見ているのに気づいた零が顔を上げる。そして首を傾げた。無表情で首を傾げるその姿は人によっては気持ち悪いと思うかも知れない。だが少しでも交流を持てばそんな感情は一切抱かない。それどころか可愛らしい、守りたいとすら感じるかも知れない。雪子やりせの様に非常に可愛い零が余り騒がれないのは無表情故に怖がり、周りが交流を持たずに遠ざかってしまうことが大きな原因なのだろう。

 

『何?』

 

「ねぇ、辰姫さん。雪子とりせちゃんの事。どう思ってるの?」

 

 千枝の質問に零は首を傾げる。どうして彼女はアイドルに。そして自分の親友にあんなにも好かれているのか。その理由は確実に見た目ではなく中身なのだろう。親友があそこまで惹かれる程の中身。少しでも良いから零の心を知ってみたいと千枝は思ったのだ。

 

 零はしばらく黙った後、『昔馴染み』と答える。千枝としては『友人』等と言う単語が書かれると思っていたため、少し驚いてしまった。そして一瞬まさかと思うと、確かめるべく千枝は質問をする。

 

「2人は昔からああなの?」

 

「?」

 

 千枝の【ああ】と言う意味は普通の人ならすぐに分かる事だろう。零を取り合っている2人。どう見ても【ああ】と言うのは取り合いの事だ。雪子は既にばれている物の頑張って隠しながらと言った感じだが、りせに関しては教室の真ん中で零に【キスして】と言った時点で丸分かりであり、本人も隠す気は一切無い様である。そしてその取り合いの相手である零はその現状を理解しているのか? そう言った確認を千枝はしたのだ。そしてその結果、零は質問に首を傾げる。つまり理解していないのだ。

 

 目の前で首を傾げる零に千枝は頭を抱えて「マジでか……」と呟く。と、学校のチャイムが図書室内に大きく響いた。それは放課後になる最終下校のチャイムであり、それが鳴った場合は全ての生徒が帰らなければ行けないのだ。つまり『残っている奴は帰れ』と言う意味のチャイムである。そしてそのチャイムを聞いた7人は勉強会を終了し、解散することになったのだった。


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