【凍結中】ペルソナ4 ~静寂なる癒しを施すもの~   作:ウルハーツ

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辰姫 零 本の恨みを晴らす

 6月21日。朝。りせは目を覚ました。最初はぼんやりしていた思考も徐々に正常に戻り、昨晩は零と再会した事や零の家に泊まった事を思い出す。そして布団で一緒に眠る約束をしていた事も思い出したりせは隣を見た。そこには既に零の姿は無いものの、本が頭上付近に置かれている。それは彼女がそこで寝ていた痕跡であり、りせは少し残念そうな顔をした。

 

「多分一緒に寝たんだろうけど……実感も無く終わっちゃったな~」

 

 りせが眠った後に布団へ入り、起きる前に出てしまった零。結局りせが『一緒に寝た』と感じる事は出来ぬまま、朝を迎えてしまう。小さくため息をついたりせは立ち上がる。そして食事をした部屋に入れば、既にテーブルの上にはサラダが置かれていた。キッチンの場所には零の姿があり、彼女はりせを見てから今度はテーブルへ視線を向ける。恐らく座る様に言っているのだろう。それを理解したりせは「おはよう、姫先輩」と挨拶をしてからそこへ座った。すると目の前に焼けたパン1枚と、卵1個分の目玉焼きが盛られた皿が置かれた。

 

 りせと向かい合うようにして零も座り、手を合わせて何も言わずにお辞儀をしてから彼女は食事を始めた。りせもその光景に少し慌てて同じ様にして、食べ始める。

 

「姫先輩が学校に行く時、私も戻るね? あ、姫先輩って家の店に来てる?」

 

 食べ初めて少しした頃、りせはこの後についての話を始める。そして思い出した様に零へ質問すれば、彼女は頷いて肯定した。それを見て「どのくらい来るの?」とりせが再び質問すると、紙に『明日行く。週、2回程度』と書いて答える。りせはその紙の最初の部分、『明日』に食いついた。

 

「明日来るの!? じゃあしっかり準備しなきゃ。えっと……何時も何買うか決まってる?」

 

 零は頷き、買う物を紙に書いてりせへ渡す。そこでちょうど食事を終えた零は、先程と同じ様に無言で手を合わせてお辞儀。使っていた食器を洗うため、再びキッチンの方に行ってしまった。殆ど会話と言える会話が出来ていないりせは先程の様にため息をつくと、早々に食べて手伝いをする事にした。

 

 そして数十分後。外は生憎の雨が降っていた。零は制服を着て鞄を持ち、傘を差す。りせは私服サングラスの姿で大きな荷物を持ちながら一緒にその傘の中へ入り、神社の前に立っていた。神社の鳥居まで行くと、少し遠いが肉眼でりせの家である丸久豆腐店が見える。店の前に現在、人だかりは無かった。天候が雨という事もあり、退散したのだろう。2人はその光景に見合うと、静かに頷いてから急ぎ足で移動を始めた。店の前に着いても人影は無い。りせはそれを確認してから、零の傘を抜けて屋根の下へ移動する。

 

「昨日はありがとう。明日、待ってるからね!」

 

 りせは笑顔でお礼を言ってから店の中へ。零はそれを見送った後、学校に向かって歩き始めた。

 

 今の時間は7時。通学路に余り学生の姿は無い。実はりせが帰る時に学生が通っていては不味いと思い、しかし零が居ない時間を勝手に神社の中で残っているのも気が引けたりせ。その結果、零の提案で少し早めに神社を出る事になったのだ。最初は学校に早くついてもやる事が無いのでは? と思ったりせだが、零は本を見せるだけで『大丈夫』と伝えた。そして外へ出れば生憎の雨。りせは傘を持っておらず、距離も近い事から結果的にりせは零に甘える事にしたのだ。

 

 零はかなり早く学校へ到着した。例え早くても先生達は早めに来ているためか、校門は開いている。だが零が最初の様で、教室へ入ってもクラスメイトの姿は誰1人見当たらない。しかし零は気にせず、真っ直ぐに席へ座ると本を読み始めた。

 

「あ、おはよう。姫ちゃん、今日は早いんだね」

 

 少し時間が経った後、後ろ側の扉が開いた。そしてそこから雪子が姿を見せる。雪子は零の姿を見つけると、驚いた後に笑顔で零の傍へ近づいて声を掛ける。そして「何かあったの?」と零に聞くが、『アイドルを送るために早く登校した』とは流石に教えられない。故に零は首を横に振ると、『早く起きた』と紙に書いて見せる。雪子はそれを信じて「そっか」と納得した。

 

「私も今日は朝の手伝いが早く終わっちゃって。家に居てもする事が無かったから。でも、早く来て正解だったみたい」

 

 雪子の言葉に零は首を傾げる。しかし雪子は口元を隠す様に小さく笑うと、「なんでもないよ」と言って自分の席に荷物を下ろした。そして零の隣、陽介の席に座る。まだ時間は早い。生徒達はしばらく来ないだろう。雪子は零に話し掛け、零はそれに頷く等して対応。そんな時間が数十分間、続くのだった。

 

 

 

 

 6月22日。放課後。零は学校が終わると同時に素早く神社へ帰り、買い物に行く準備を始める。何時も丸久豆腐店へは最後に行くため、南側の商店街へは向かわずに北側のジュネスに向かう。そこで数十分買い物をした後、荷物を肩に掛けて本を読みながら今度は南側の商店街へ。ぐるっと一周回る形の順路で買い物をするのだ。

 

 最初に四目内堂書店にて本を確認し、気になった物を購入。その時に明日発売の本があるのに気づいた零は明日も来る事を決める。そして最後となる丸久豆腐店に向かった。しかし先日と同様に人だかりが出来ていた。アイドルのりせを見たいがために沢山の人が集まっているのだ。あの日、朝早くに帰ったのは正解とだったのだろう。だがその人だかりは何故か突然捌けて行く。その際に『婆さんだけしか居ない』と呟く声が聞こえた事から、りせは見つからなかったのだろう。

 

 人が居なくなると、その人だかりの中に悠・陽介・完二の男子3人の姿があるのに零は気付いた。どうやら悠達も零の存在に気づいた様で、零に近づき始める。

 

「え、何? 辰姫さんも『りせちー』を確かめに来たのか?」

 

「んな訳ねぇっすよ。姫先輩、そう言うの興味無さそうっすから」

 

「……買い物か?」

 

 陽介の質問に零では無く完二が答える。完二の答えは最もであり、前回完二を見張る時に話をしていた悠は答えが分かった様に質問する。零はそれに頷き、店の中へ。陽介達もそれぞれ顔を見合わせると、零について行く形で中へ入る事にした。

 

 中に入ってまず最初に誰かの後姿が見える。顔は見えないものの腰は低く、三角巾を被っているその姿はお婆ちゃんにしか見えない。そして他に人の姿は無く、陽介はその光景に少し残念そうな表情で「マジで婆さんしか居ねぇ」と呟いた。だが零は彼の言葉を聞いて首を横に振りながら否定。当然訳の分からない3人は零を見る。すると零は先程から姿勢を低くしている誰かを指差した。

 

「は? どう見ても婆さんじゃん」

 

「おや、お客さんかい?」

 

「!?」

 

 陽介は零を見て呆れた様子で顔の前で手を振る。だが突然横から本物のお婆ちゃんが出て来て4人へ話しかけた事で、陽介は固まった。そして顔の見えない誰かとお婆ちゃんを交互に見比べる。そこで顔の見えなかった誰かは遂に顔を上げて振り返った。……その顔は紛れも無くりせ。何処か疲れた様子だが、間違いようが無かった。

 

「あ~りせってお前?」

 

「何で呼び捨て? あ、姫先輩! 用意は出来てるよ!」

 

 完二の質問に心底不機嫌そうな様子で答えたりせ。しかしその横に居る零を見た瞬間、まるで別人の様な笑顔になった彼女は用意していたであろうがんもどきと豆腐を渡す。その時に陽介が「え!? 辰姫さんとりせちーって知り合い!?」と驚いていたが、零は気にせずにお金を渡して3人へ視線を移した。りせもそれに釣られて3人に視線を向ける。

 

「……で、何の用?」

 

「辰姫さんと俺達の対応、全然違くね!? 俺ら客! 客だから!」

 

 先程の笑顔と違い、まるで面倒とでも言うかの様な表情で話し掛けたりせ。それを見て陽介は余りの違いに突っ込みを入れると、客であると伝えた。しかし買う物は決まっていなかったのか、焦りながら完二へ何かを頼めと指示を出す。完二はそれを見て「さっき決めたでしょうが」と呆れながら言い、がんもどきを3つ頼んだ。

 

 陽介がテレビで見るアイドル、久慈川 りせとの違いに少しばかり驚いていると、「本題がまだじゃん!」と言って話し掛けようとする。だが悠はそれを止めた。彼の視線の先には零がおり、それを見て陽介は今の状況を改めて理解して「どうすっかな」と悩み始める。零はそんな2人に首を傾げるも、完二が意を決したように零へ近づいて声を掛けた。

 

「姫先輩。悪いんですけど外してもらえないっすか?」

 

 完二の行動に陽介は「お前、勇気あんな」と呟くが、完二はそれに「姫先輩なら分かってくれるっすよ」と答える。そして零へ視線を戻した。零は既に買い物を終わらせており、後は帰るだけ。ここに長居する理由は既に無かった。

 

 りせに振り向き、軽くお辞儀をしてから零は店を出る。りせは去っていく零に「またね!」と笑顔で手を振るも、見えなくなって即座にその顔から笑顔が消えた。そして零を追い出したとも言える3人へ向ける視線は明らかに先程よりも不機嫌で敵意が籠っており、「で、何の用?」と棘のある言い方で再び質問。3人はそんな彼女に恐怖を感じながらも、話を始めるのだった。

 

 

 

 

 6月23日。放課後。屋上で本を読んだ後、零は神社ではなく真っ直ぐに四目内堂書店へと向かった。そこには今日発売の本があり、零はその本を購入して店の外へ。しかし出た瞬間、誰かが猛スピードで零に突撃した。突然の衝撃で零は後ろに転倒。買ったばかり本は横へ飛んでいってしまう。そして地面に落ちたと同時にぶつかった相手がその本を踏んで走り去ってしまい、そんな相手を追う様に悠達が走り去って行く。立ち上がって踏まれた本を確認すれば、大きな靴跡がついていた。原型は留めているものの、へこんでしまった表紙。土も付いており、非常に汚くなってしまっている。……これを読むのは恐らく止めた方が良いだろう。

 

 零は店の前で後方に向けて転倒したため、店の中に戻ってしまっていた。その結果、追い掛ける悠達の誰にも気付かれる事は無かった。零は駄目になった本を手に、ゆっくりと立ち上がる。そして店から出ると、彼らが走り去った方向へ視線を向けた。その先にはガソリンスタンドがあり、車の通りも激しい場所。そんな場所の前で、1人の男が明らかに車道へ飛び込もうとしていた。どうやらその男が本を踏んだ者の様だ。何があったのかは分からないが、悠達はどうにかして彼を捕まえようとしている様子で、だからと言って大怪我をさせる訳にも行かないために困惑していた。

 

 零は駄目になった本を手に、走り出した。その速度は余りにも速く、瞬く間に彼らとの距離が縮まる。

 

「お、おい、どうするって……は?」

 

 陽介は隣に居た悠に話し掛けるが、その向こう側に何かが走ったのを目撃した。そして全員は絶句する。何も居なかった男の背後に、いつの間にか零が立っていたのだ。陽介は辛うじて何かが走ったのは見えたものの、他の全員からすれば突然現れた様にしか見えなかった。

 

 汚くなった本を片手に無表情で背後に立つ零の存在を男は気付かないまま、ひたすらに自分の命を人質にして悠達へ「飛び込むぞ!」と叫んでいた。だがこの場に居た全員、そんな言葉などもう耳に入らない。

 

 零は静かに汚くなった本を持つ手を上へ。その光景に全員が『終わった』と悟る。そして零が迷い無く本を振り下ろすと、本の角が男の頭に直撃した。その威力は相当だった様で、男は訳も分からないままに気絶した。余りの出来事に全員が固まっていたが、やがて1人の男性が我に返ると「ご、ご協力感謝します」と言って男を引きずる様にして移動させる。男性の体は非常に細いため、男の重さを我慢する様に持ち上げて、悠達に苦しそうな表情で何かを言ってからその場を去って行った。

 

 陽介はそれを見て「これで終わったのか?」と呟き、零に視線を移した。全員も零を見る。彼女はボロボロになった本をジッと見つめていた。それを見て全員は彼女の行動に納得する。普段から本を読んでいる零にとって、本とは大事な物。それをボロボロにされたなら、怒りもするだろう。無表情だが怒っているのだと全員は感じたのだ。……本が駄目になった原因が自分達があの男を追い掛けたせいかも知れない事を、全員は絶対に言わないと心に決める。

 

 零は汚くなった本をしまい、再び四目内堂書店の中に入って行った。どうやらもう1冊、同じ本を買う様だ。

 

「辰姫さん、絶対に怒らせちゃ駄目だね」

 

「ああ。……にしても凄かったな。さっきの。な、完二?」

 

「いや、何で俺に聞くんすか?」

 

「だってお前、辰姫さんの事が「だぁ~! 何言ってんすか花村先輩!」別に隠さなくたってテレビの中で……あ、天城?」

 

「完二君は男の子が好きなんだよね?」

 

「はぁ? んなわけ「好・き・な・ん・だ・よ・ね」は、はい!」

 

 居なくなった零を見て、それぞれが話し始める。だがその顔は非常に安心している様であった。途中で完二が雪子に物凄い声音で言われてしまい、敬礼をして答える光景には流石に他の3人は苦笑いを通り越して引いてしまったが。

 

 歩いていた5人は丸久豆腐店の前で足を止める。陽介は『りせに一声掛けよう』と提案。全員が頷いて中へ入れば、そこにはお婆ちゃんの姿のみ。その後、話を聞けばりせは『黙って出て行った』との事。全員が嫌な予感を感じて辺りを探し始めるも、何処にもりせの姿は見当たらなかった。

 

 そしてこの日、りせは『行方不明』となった。


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