異世界より”超高校級”が参戦するようですよ! 作:ヤッサイモッサイ
少年日向は未来を見る
こういう言い方はおかしいが日向創と言う人間は普通だ。
容姿とか性格とかそういった話ではなくその中身がどうしようもなく普通なのだ。
成績はかなり良い方だったし体格も運動神経も良い。容姿だって悪くなかったし性格だって忌避されるようなものではなかったと思う。どちらかといえば真面目だったしノリも悪いというわけではなかったはずだ。
一般的にいえば十分満たされていると呼べる存在だっただろう。
でも事実俺は満たされていなかった。
周りからの視線は鋭く俺に突き刺さったし俺はそんな自分に納得がいかなかった。
テレビで踊るアイドルがいた。有名な球児がいた。すごい料理人が、写真家が、舞踊家が、ミュージシャンが、マネージャーがいた。
俺がなんでそう思ったのかなんてわからない。ひょっとすればそれは向上心だったのかもしれないしそうでなければならないという強迫観念だったのかもしれない。
はたまた自分にはそれがないという虚無感だったかもしれない。
『俺は自分に胸が張れるようになりたかった』
今となっては理由すらわからない。そう思ったからただひたすらにそれを追い求めた。
自分に胸の張れる要素を求めて悩んで追って希望ヶ峰にすがった。
強いて言うならば唯一普通じゃなかったその一点が希望ヶ峰の目にとまったのだろう……才能を作り出すには才能を持たないものを用意しなければならない。縋りついたその先で俺はその計画の被験者として白羽の矢が立てられ……俺は気がつけば自分を捨ててその実験に頷いていた。
カムクライズルプロジェクト……希望ヶ峰学園創設者の名前を付けられたその計画は希望ヶ峰学園の本気を伺わせた。
何せ希望ヶ峰の本来の存在理由は人工的に希望と呼ばれる存在を作り出すこと……この計画がなればその目的に確実に近づくというもの……そうして希望ヶ峰の誇る技術、才人を駆使して行われたロボトミー手術の先に完成したものは超高校級の希望と呼ばれた。
俺は全てを捨てた
心も
意思も
記憶も
感情も───その人間性の全てを捨てた
その末に希望は誕生した
でもその選択こそが……悪夢の始まりだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
──暗い。
光がないんじゃない……何かが光を遮って……髪?
長い髪が垂れ幕の如く光を遮る。除けようと手を伸ばそうと脳が働きかけるがまるで自分の腕ではないかのように力なく下がったまま動きやしない。
ただただ虚ろな瞳で垂れ幕越しに光を見つめるのみ。
「……ツマラナイ。」
自分の口が自然とそう口ずさんだ事に心の中で目を見開いて精一杯に驚く。
まるで自分が自分じゃないかのように……
──光の奥に見えるのは連れ去られる少女の石像。それを前にして打ちひしがれる黒ウサギの姿。
あの光景を作ったのは俺だ。
どうにかできたのも俺だった。わかってて放置したのもまた自分なのだ。
光が暗闇に飲まれていく。黒ウサギは一人闇の中に取り残されていた。
「……ツマラナイ。」
あぁつまらない。そんな状況を俺は作った。自分の味わった絶望程ではないからと絶望を過小評価し絶望に付け込む隙を与えた
「……ツマラナイですが……絶望程じゃない。」
……何を言って────
「─────絶望に染まれ」
自分の声に俺の意識は暗転した。
「───君……。」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「──うわぁぁぁぁっ!!」
かかっていた布団を跳ね除け飛び起きる。
汗を拭うように顔に手を当てる……そこに鬱陶しい前髪は存在しない。
「……夢……なのか?」
自分で言っておきながらそれは違うとわかってしまう。
カムクラが希望を捨てかけた俺を絶望に飲み込もうとして来たのだ。……なるほど、これが真の超高校級の絶望が言っていた『希望だの才能だのあこがれにしがみつくやつほど脆い』ってことか。
でも……
「……取り戻せばいい。失ったのなら……取り戻すまでだ!」
それが俺の希望……砕かせない。誰が来ようが何があろうが……俺は未来を見失わない!
その為にもまずは考えなくちゃならない。今回のことで間違いなく俺たちは不利になった。
相手に意図を悟られていようが実際行動に起こすのと起こさないのとでは相手の対応も変わる。
何よりも今回のことはノーネームの弱みになり兼ねない。
こうなれば相手が食いつかなければおかしい餌を用意するという手は使えない。
出来れば白夜叉にでもペルセウスの状況を聞きに行きたいところだが……あいにくと空はまだ暗い。
「レティシアを取り返すにはまず何があってもギフトゲームしかないよな。それ以外の方法だと少なくとも俺たちは何かを対価として失う羽目になるだろうしそれは今後のノーネームに手痛いでは済まないものだ。」
……かといってペルセウスが俺たちのギフトゲームを飲まなければならない状況というのもまた無い。周りの目を気にする状況に追い込むにはさっきのレティシアの脱走があるし真正面からならば雑魚を相手にするまでもないと逃げられる。
黒ウサギへの対応を見るに向こうからこちらに激昴して向かってくることもないだろう。
「……ゲームだからこそ取れる手は少ない……か。なら探すべきは……”裏ワザ”。」
真正面から挑むのを変えることはできなくとも挑むことができるように変えることはできるはず。
大きな商談ではあるのだろうがこんな対応を取るようなコミュニティが英雄の名を冠することも、また生き残ることもできる筈がない。
そこには必ず何かがある……付け入るのならばそこしかない。
……待てよ?神話に則しているのならそこに何か情報が……ってダメだ俺はそんなに詳しくない。いや、図書室があったか……
「よし、行こう。」
俺はいつもの制服に着替え月明かり以外照らすもののない廊下を歩いて図書室へと向かった。
これほどでかい館なだけあって蔵書量はジャバウォック島の図書館に引けを取らないかもしれない……とは流石に言い過ぎだがかなりの量の本があることは確かだ。
その中にはもちろん歴史や神話の本もある。多過ぎて逆に見つけるのには苦労したがその分の価値があるのだと自分に納得してようやく見つけた一冊目を開く。
この本に書いてあるのは英雄ペルセウスの最もポピュラーな話……祖父に捨てられ流れ着いた先で領主に命じられた化物、『メデューサ』の討伐のお話。
もともとこの話はペルセウスの祖父が神託で「娘の息子が貴様を殺す」と言われたことが始まり……恐れた祖父はそれでも娘や孫を殺すことはできず川に流すことで自身から遠ざける事にした。
その先で二人を拾った漁師とともに過ごした数年後、その漁師の兄で領主の男がペルセウスの母に恋をしてしまった。
領主はその恋次に邪魔なペルセウスに無謀な『メデューサ』の討伐を命じ間接的に邪魔者を排除しようとした。
これが英雄ペルセウスの始まり……
「出てくる道具は主に三つ……ヘルメスの靴、ハデスの兜、アテナの盾……か。」
ヘルメスの靴は空を飛ぶ羽のついた靴……ハデスの兜は通称隠れ兜、文字通り被った者の気配を消す。
アテナの盾は……いろいろと話があるのか。他の本を見れば青銅鏡の盾だのアイギスだのと書いてある。あと黒ウサギがいうにはハルパーだったか?鎌だかを持っているとも言ってたな。
「ヘルメスとアテナの力を借りその三つの武器を持ったペルセウスはまずメデューサの場所を知るためにあるところへと向かった……」
それがグランアイと呼ばれる化物。三人の老婆の化物で三人で一つの歯と一つの目しか持たない……ってさすが神話だな。
グランアイはメデューサの姉妹らしくペルセウスはその瞳と歯を奪い脅して居場所を聞き出したらしい。
……必死だったのかもしれないが意外と英雄っぽくないな。いや、相手が化物だからある意味英雄らしいといえばらしいのか……何にせよペルセウスは無事メデューサの位置を突き止めたわけだ。
「……ここから先は俺でも知ってるな。首を切って帰りがけに女の子を助けて領主を石にして道具と頭をアテナに返した……っと最後には星座になってたのか。」
と言うことは俺が見ていた星空の中にもペルセウス座があったのかもしれないな
…………ってそんなこと考えてる場合じゃ無い。
連中は間違いなくヘルメスの靴、ハデスの兜……そしてゴルゴンの瞳を持ってる、この目で確認したしそれは間違いない。他の装備がどうかは知らないがこれだけでも十分な脅威だ。
ペルセウスというコミュニティが仮に神話のコミュニティならばひょっとしたらこのグランアイやペガサス、クラーケンなんていうのも出てくるのもしれない。
ヘルメスの靴は単に移動能力が優れるだけで身体能力の高い二人や移動の必要のない久遠には問題がないはずだ。だがほかの二つ……特にゴルゴンの瞳はどうしようもない。対処は神話の中でもただ見ないこととされていた。……いやでもそれなら俺は今頃石像か。
レティシアを石に変えたのはあの赤褐色の光だ。当たらなければどうということはないいう事ならばやっぱり頼みの綱は十六夜と春日部……
となるとハデスの兜の気配を消すというものの度合いも気になる。
ただ見えなくなるのかはたまた見えない上に文字通り気配がないのか……こういった本だけじゃわからない。
先日見たのだって透明になって消える様子だけだ。
動物の五感をもつ春日部で捉えられるのならば……ってそう考えると春日部のギフトってかなり便利だな。
「……対処法は見えず新しい発見は特になし……厳しいな。」
だが気になることがないわけじゃない。
ヘルメスの靴は確かに靴だったしハデスの兜は確かに兜だった。……だが石化に関しては盾こそあったものの生首なんて持っていなかった。
そもそも首を盾につけたのはアテナであってペルセウスとは何の関係もない。
……ひょっとしてあの石化はゴルゴンの瞳じゃないのか?
なんにせよ時間的にそろそろみんなが起き始める頃だ。調べものもいいがこれ以上はあまり効率的とは言えない……一回やめることにしよう。
ずっと座りっぱなしだった椅子から体を話して少し伸びれば体の凝り固まった部分が小気味よくパキパキと音を響かせる。
箱庭三日目の朝がやってきた。俺たちの箱庭入りを出迎えるかのような怒涛の日々最後の演目が……始まろうとしている。