不屈の悪魔   作:車道

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裏切り者のレクイエム その③

 なのはとジョルノがディアボロに立ち向かっている頃、康一と士郎はもう一人の仲間と合流してコロッセオの様子をアーチの下から確認していた。彼らはディアボロとは戦わずに、コロッセオの内部にいるノトーリアスによる被害を食い止めるため援護しようとしている。

 そんな彼らを車のヘッドライトが照らし出す。康一たちが振り返ると、そこには銀色の車体をした一般的なファミリーカーが停車していた。フロントガラス越しに見える人影は士郎が少しの間だけ顔を合わしたことのある相手だった。

 

「アンタはたしか、飛行機を操縦していたSPW財団のエージェントだな。それに……ッ!? そうか……おまえも立ち向かうことを選んだのか」

「戻ってくるのが(おせ)えんだよ。テメーがいたら、こんな怪我をせずにすんだかもしれねーのによォ」

「フーゴ! フーゴじゃあねーかッ! もしかしてオレたちを助けに来たのかッ!?」

 

 穴の空いたスーツを着ている男──パンナコッタ・フーゴは気まずそうに苦笑しながら、後部座席からミスタに肩を貸しながら出てきたアバッキオと運転席から飛び出してきたナランチャを見つめている。

 遅れて助手席に座っていたトリッシュが、ゆっくりと車から降りながらディアボロとなのはたちが戦っているであろう方角を眺めつつ険しい表情を浮かべている。彼女はディアボロが自分の近くにいる場合に限り、血の繋がりからか居場所を感じ取ることができる。

 姿こそ見えていないが、コロッセオを外周沿いに少し進んだ先にディアボロがいるのをトリッシュは感じ取ったのだ。それと同時に希薄ながらも、もう一つの気配が感じられた。すぐにでもディアボロの下へ向かおうとしたトリッシュだが、誰かに腕を掴まれて引き止められた。

 

「動くんじゃあない、トリッシュ・ウナ。ディアボロの相手は、なのはとジョルノに任せるんだ。おれたちはヤツの相手をしなければならない」

 

 トリッシュを引き止めたのは時間を止めてコロッセオの外まで移動してきた承太郎だった。承太郎が指差す方向を見たトリッシュは口元を手で押さえながら目を見開いた。薄暗いコロッセオの内部で、巨大な肉の塊がのたうち回っているのだ。

 承太郎は時間を止めて物を投擲することでノトーリアスがコロッセオから脱出するのを防いでいた。ノトーリアスの探知範囲はあまり広くないが、放置していれば風の動きを追いかけて外へと向かってしまう。そのため、足止め役に(てっ)していた承太郎はディアボロを追いかけることができなかった。

 

「ヤツを放置したら、いずれ手がつけられなくなる。()()()()()()()()()()()()()が……どちらにしても、今は自由に身動きできないように封印する必要がある。作戦はすでに考えている。虫のいい話かもしれないが……ぼくの言葉を信じてはもらえないだろうか」

 

 一度ブチャラティチームを離れているフーゴは自分の提案が受け入れられない可能性を考えながらも、真摯(しんし)に頭を下げて頼み込んだ。自分には愚直なまでの生真面目さぐらいしか取り柄がないとフーゴは思っている。

 アバッキオたちは、頭を下げたまま動かないフーゴを黙って見ている。そんなフーゴの肩を一人の男が軽く叩いた。それでも顔を上げずにいるフーゴに肩を叩いた男が言葉を投げかける。

 

「オレたちは誰もおまえがチームを離れたことを恨んではいない。むしろ、こうして再び会えたことに感謝しているぐらいだ。よく戻ってきてくれたな、フーゴ」

「ありがとう、ブチャラティ……ぼくは、正しい馬鹿にはなれなかった。可能性があると知って、それでようやく一歩前に進むことができた臆病者だ。それでも……たとえ(ののし)られようが、ぼくもブチャラティのチームの一員でいたかったんだ」

 

 右手を差し出してきたブチャラティに応えるように、フーゴも右手を差し出して握り返す。再びフーゴをチームに迎え入れた一同は、再会の言葉を重ねることなく足早にコロッセオの中へと向かっていった。

 

 

 

 コロッセオ内部へと移動した一同は、手早く説明された作戦を実行に移した。ブチャラティとトリッシュは特に重要な役割を与えられているため、即座に移動して指定された場所へと向かっていった。

 駆け出した二人を追いかけようと移動を開始したノトーリアスを引きつけるため、ナランチャが浮遊させていたエアロスミスの機銃を掃射する。壁に直撃した銃弾を追尾したノトーリアスが壁面に叩きつけられたが、ダメージを受けるどころか衝突した壁を突き破ってしまった。

 多少は(こた)えたのか、ぶつかった部分には瓦礫が食い込んでいて周囲には肉片が飛び散っている。血も吹き出しているが、すぐさま肉が盛り上がり再生してしまった。全体の大きさはほんの僅かに縮んだようにも見えるが、誤差の範囲内であった。

 

「マジで攻撃が効いてねーな。どうすんだよ、フーゴ」

「待ってくれ、ナランチャ……試してみたいことがある。ジョータローさん、これをノトーリアスの肉片にぶつけてみてください」

 

 バイザーのついたヘルメットを頭に被っている紫と白で彩られたひし形の格子模様が全身に刻まれた人型のスタンド──パープルヘイズの拳から取り外した『カプセル』をフーゴが承太郎に手渡す。その『カプセル』が何を意味しているのか、この場にいる人間で把握していないのはポルナレフだけだった。

 パープルヘイズの『カプセル』には、触れた生物を内部から腐らせてドロドロに溶かしてしまう『殺人ウィルス』が封じ込められている。日光や照明を当てれば十数秒で殺菌されてしまうという性質があるが、まだ夜明けまで6時間以上ある。

 コロッセオ内部の照明も最低限しか存在しないため、一度(ひとたび)『殺人ウィルス』が広がってしまうと、フーゴでも止められなくなる。『殺人ウィルス』そのものはスタンド能力から独立しているため、本体が能力を解除したとしてもグリーン・デイの『カビ』のように解除されたりはしないのだ。

 

「な、なるほど……おまえのスタンドがあいつに効くか試すのか」

 

 パープルヘイズの能力を聞いたポルナレフは納得しながらも顔を青ざめさせて、ゆっくりと後ずさりながらフーゴと承太郎から距離を置いている。歳を重ねることで落ち着いていたポルナレフの性格は、承太郎と再会したことでDIOを倒すために旅をしていた頃に戻りかけていた。

 義足を器用に使いこなしてジリジリと離れていくポルナレフを横目に、承太郎は時間を止めて一際大きなノトーリアスの肉片に『カプセル』を投げつけた。時間が動き出したことで空中で静止していた『カプセル』が動き出す肉片に触れた瞬間、『カプセル』は砕けて『殺人ウィルス』を周囲にばら撒いた。

 固唾(かたず)を呑んでフーゴは『殺人ウィルス』の動きを見ていた。承太郎が『カプセル』を当ててから10秒が経過し、20秒が過ぎてもノトーリアスの肉片に変化は現れない。その間にも承太郎は遠距離攻撃が得意なナランチャや拳銃を持っているミスタやアバッキオと協力して、ノトーリアスを誘導している。

 

 30秒が経過しそうになったそのとき、ノトーリアスの肉片に変化が起きた。『殺人ウィルス』を内部に取り込んで吸収したかに見えたノトーリアスの肉片がいきなり腐り始めたのだ。フーゴと()()()()()()()()()()()の予想していた通り、ノトーリアスにパープルヘイズは効果を現した。

 ノトーリアスは物質同化型のスタンドである。ゴールド・エクスペリエンスでも生命エネルギーは探知できないが、肉体そのものは物質化しているためパープルヘイズの『殺人ウィルス』が発動したのだ。これがただの遠隔操作型スタンドだった場合、パープルヘイズは発動しなかっただろう。

 

「フーゴのパープルヘイズは効いてるみたいだが……抵抗してるのか効き目はよくないな。このままだと、殺しきる前に朝になっちまうぞ」

「そんなに待ってられねえよ。早いとこジョルノとナノハを援護しに行かねえと、ディアボロに『矢』を奪われちまうッ! ここはオレらだけで足止めして、ジョータローに『矢』を確保してもらうほうがいいんじゃあねーか?」

 

 拳銃を使って時間稼ぎをしているアバッキオとミスタはパープルヘイズの効き目が(かんば)しくないことを感じ取って焦っていた。パープルヘイズの『殺人ウィルス』は発動してしまえば、相手が人間であろうとあっという間に全身を腐らせて殺してしまう。

 だが、ノトーリアスは『殺人ウィルス』の増殖するエネルギーすら吸収していた。エネルギーを取り込んで増えるより『殺人ウィルス』が増殖して肉体を破壊する速度のほうが上回っているが、普段と比べると効き目は雲泥(うんでい)の差である。

 

「いや、パープルヘイズが効くことが分かっただけで十分だ。それにジョータローがいなければ、()()()()()()()()()()()()()()ことはできないッ! ブチャラティ、そちらはどうなっていますか?」

『……たった今、()()()()()まで繋がったところだ。預かっていた物もトリッシュが柔らかくした。こちらの準備はできている』

 

 フーゴはパープルヘイズの効き目の薄さを気にすることなく、手にしていた無線機を使ってブチャラティと連絡を取った。ブチャラティはトリッシュと共にノトーリアスを追い詰めるべく、とある場所に向かっていた。そして、たった今ブチャラティは『ジッパー』を繋ぎ終えた。

 連絡を受け取ったフーゴは承太郎に準備が完了したことを告げると同時に、残していた5つの『カプセル』を全て承太郎に手渡した。『カプセル』を慎重に握り込んだ承太郎は、目的の場所まで一気に駆け出した。

 すぐさまノトーリアスが承太郎を追いかけて攻撃を仕掛けた。だが、捕食される寸前で承太郎は時間を止めて回避した。そして、承太郎はブチャラティが地面に開けていた『ジッパー』の中に飛び込んだ。当然のように、ノトーリアスも『ジッパー』に飛び込んだ承太郎を追いかける。

 

 5mほどの高さと奥行きのあるノトーリアスは『ジッパー』に入りきれない。しかし、ノトーリアスが『ジッパー』に突っ込んだ瞬間、地面が大きく歪んだ。そのままノトーリアスは地面の中へと潜り込んで承太郎の追跡を続けた。

 スティッキィ・フィンガーズの『ジッパー』は切開できる範囲に限界がある。ノトーリアスを飲み込めるほどの大きさの『ジッパー』を展開し続けるのは難しかった。そこで、スパイス・ガールで『ジッパー』が取り付けられた地面を柔らかくすることで、擬似的に『ジッパー』を拡張したのだ。

 時間を止めてノトーリアスの攻撃をスタープラチナで弾き飛ばしながら、承太郎は落下し続ける。3秒もかからずに『ジッパー』で作られた穴を抜けて地下に広がる空間へとたどり着いた承太郎は、柔らかくなった地面に受け止められた。

 

「スパイス・ガール、柔らかくした地面を元に戻してッ!」

「アギィィィヤアアアアアア」

 

 承太郎が安全に着地できたことを確認したトリッシュがスパイス・ガールの能力を解除する。自由落下していたノトーリアスは勢いを緩められずに地面に衝突して、肉片と血液を飛び散らせながら砕け散った。だが、体積を減らしただけでノトーリアスは健在だった。

 落下で受けたダメージを物ともせず、ノトーリアスはこの場でもっとも速く動くものへと襲いかかろうと動き出した。先程まで動いていた承太郎を狙うかに思われたが──ノトーリアスは見当違いの方向へと向かっていった。

 

 承太郎やブチャラティ、トリッシュを無視してノトーリアスが向かった先には、ひっくり返ったマイクロバスが鎮座していた。アクセルを踏んだ状態で固定されているのか、マイクロバスの後輪は回転し続けている。

 回転する後輪の動きに反応しているノトーリアスは、巨体を使ってマイクロバスを押しつぶそうとした。しかし、マイクロバスは破壊されることなく、ゴム製のオモチャのように歪みながらノトーリアスを受け止めた。変形しているにもかかわらず、マイクロバスの後輪は動きを止めていない。

 トリッシュはマイクロバスを柔らかくしてノトーリアスを引きつける囮にしたのだ。ノトーリアスに状況を判断できる知性は備わっていない。ただひたすらに、一番速く動くものを追いかけることしかできない。叫び声を上げながら、ノトーリアスは一心不乱にマイクロバスを攻撃し続けている。

 

「どうやら……うまくいったようね」

「ここならノトーリアスを放置していても人が立ち入ることはないだろう。しかし、コロッセオの地下にこんな空間があったとは……」

「おれも話で聞いていただけで実際に見たのは初めてだ。昔は柱の男とかいう化け物がここで冬眠していたそうだが、ノトーリアスを閉じ込めておくなら絶好の場所だろう」

 

 無事にノトーリアスを無力化できて安堵しているトリッシュをよそに、ブチャラティは驚いたような口ぶりで人の顔が掘られた石柱や古めかしい壁画を懐中電灯で照らして眺めている。そんなブチャラティの疑問に対して、承太郎が手短にこの場所のあらましを伝えた。

 承太郎は祖父であるジョセフからコロッセオには秘密の地下空間が広がっているという話を聞いたことがあった。今から半世紀以上前、ジョセフはコロッセオの地下で柱の男たちと戦ったことがあり、現在もこの場所はSPW財団と波紋の戦士たちが管理している。

 すでに隅々まで探索は終わっていて、『石仮面』のような危険物が残されていないことは確認されている。ディアボロが見つけて隠していたが、ムーロロによってチョコラータへと横流しされた『石仮面』も、元々はここにあった物である。

 最初はナチス・ドイツの軍人が確保していたのだが、第二次大戦時のどさくさで行方が分からなくなり、最終的にディアボロの手に渡ったのだ。同じ経緯で行方知れずとなった『石仮面』は多数存在すると言われている。

 

「ひとまず、これでしばらくはノトーリアスの動きを封じることができるはずだ。パープルヘイズで殺しきれなかったときは、レクイエムでどうにかするしかないが……これ以上おれたちにできることはない。さっさと地上に戻るとしよう」

「さっきから何度か時間が飛んでいる。急いだほうが良さそうだ……トリッシュ、きみはどうしたい?」

「あたしもついて行く。あいつが……ディアボロがどうしてあたしを殺そうとするのか、まだ直接聞いていないもの。それに、ディアボロから受け継いだ『運命』にビクついて逃げたりするつもりもないわ」

 

 フーゴから預かっていた『カプセル』を時間を止めてノトーリアスにぶつけた承太郎に合わせて、ブチャラティとトリッシュも地下まで繋げていた『ジッパー』と柔らかくしていた地面を解除した。これでコロッセオの地下は出入り口になっている真実の口を除けば完全に封鎖された状態になった。

 観光用に公開されているわけでもないため、コロッセオの地下に照明は設置されていない。地上に繋がっている部分は埋め固められているため、日光が入り込む心配もない。承太郎は無線機で地上に残った面々と連絡を取りながら、ブチャラティとトリッシュを引き連れて足早に階段を上っていった。

 

 吸血鬼となったチョコラータを取り込んだノトーリアスは、吸血鬼をこの世に生み出した男が眠っていた場所に封じ込められた。恨みの籠もった声を出しながら、ノトーリアスは全身を腐らせ続けるのだった。




誤字脱字、表記のぶれ、おかしな日本語、展開の矛盾を指摘していただける国語の先生をお待ちしております。

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