ミスタとナランチャが戦いを終えた頃、トリッシュとアバッキオは車から飛び降りて、親衛隊の追っ手が乗った消防車を無力化するために立ちふさがっていた。二人の目の前に停まっている消防車は一般的に見かけるものとは少しばかり見た目が異なっていた。
車体の運転席上部に放水用のノズルが取り付けられており、車外に出ずとも直接放水ができる仕組みになっているこの消防車は、空港での消火活動に使われている特殊車両だった。
スクアーロとティッツァーノはローマからほど近い場所にあるフィウミチーノ空港から、パッショーネの権力を使って特殊な消防車を持ち出していたのだ。これは水辺があまり多くない場所で有利に戦うためにティッツァーノが考えた策だった。
「どうする、ティッツァ。こいつらは無視してコロッセオへ向かうか?」
「いや……まずはトリッシュとアバッキオの排除を優先しましょう。
消防車の運転席に座ってハンドルを握っているスクアーロが、助手席で計画を練っているティッツァーノに話しかける。彼らはディアボロに始末対象の優先度を伝えられていた。理由までは聞かされていないが、彼らはそれでも構わなかった。
ボスに忠誠を誓っている以上、余計な詮索はしないのだ。もっとも、聡明なティッツァーノは大方の理由を把握していた。アバッキオについては、過去をリプレイできるスタンド能力がボスの邪魔になったのだろうと考えている。
よく分からないのが一般人のトリッシュだが、ブチャラティがボスの娘を護衛していたという情報はティッツァーノも独自に掴んでいる。
ブチャラティチームに同行している人物の内、女性は二人しかいない。高町なのはは明らかに東洋人である以上、ボスの娘はトリッシュなのだろう。
これらの考察をティッツァーノはスクアーロには教えていない。状況を整理するために推理しただけであって、ボスに懐疑心を抱いているわけではないからだ。口を閉じたティッツァーノは、アバッキオたちに鋭い目つきでにらみながら助手席に取り付けられたレバーを操作した。
「あの顔……情報にあった親衛隊のメンバーで間違いなさそうだな。……大丈夫か、トリッシュ?」
「ええ、大丈夫よ。あたしは自分の意志でここに残ったんだもの。今更ビビったりなんてしないわ」
覚悟を決めたとはいえ、トリッシュは数日前まで喧嘩はおろか暴力沙汰を直接見たこともない普通の少女だった。無意識の内にトリッシュは恐怖心から来る震えを抑えるため、右腕を左手で握っていた。
それを見かねたアバッキオがトリッシュを心配して声をかける。しかし、アバッキオの心配は杞憂だった。大きく深呼吸をしたトリッシュは恐怖を覚悟でねじ伏せて、決意に満ちた表情でアバッキオを見つめ返している。
会話をしながらトリッシュとアバッキオが相手の出方をうかがっていると、消防車のノズルが向きを変えて狙いを定めてきた。有無を言わさず攻撃してこようとしている敵に対して、アバッキオは焦りの表情を浮かべながらトリッシュに話しかけた。
「まずいぜ! ここにいるのはまずいッ! 連中はこのまま放水しておれたちの周囲を濡らすつもりだッ! ひとまず距離を開けるぞ、来いッ!」
車から飛び降りる際、なのはから手渡されていた『紙』を広げてバイクを取り出したアバッキオがトリッシュを急かす。バイクに二人乗りして急発進すると同時に消防車から放水が始まった。
アバッキオが運転するバイクを消防車は執拗に追いかけてくる。アバッキオの操縦は見事なもので、左右に蛇行しながら器用に放水を避けている。
車体が大きく大量の水をタンクに溜めている消防車ではバイクには追いつけない。放水も射程が足りていないので、バイクの進行方向に水を撒くことはできない。しかし、乗り物を使って逃げ回られるのもティッツァーノは計算に入れていた。
「おかしい、妙に工事中の道が多いぞ。細い脇道を抜けようにも、通り抜けできないように物が置かれている。どういうことだ、これは?」
サイドミラーに映っている消防車を警戒しながら、アバッキオは消防車を対処するために距離を開けようとしていた。だが、アバッキオは消防車を振りきれずにいる。
むしろ速度は勝っているはずなのに、両者の距離は離れるどころか徐々に縮まっていた。その理由は助手席に座ってインターネットに繋がったノートパソコンを操作しながら、スクアーロをナビゲートしているティッツァーノによる交通規制のせいだった。
彼は情報分析チームを通して、パッショーネの支配下にある建設会社や警察機関に根回しをしていた。パッショーネの構成員以外の人間にも手を回して、アバッキオの行き先を誘導していたのだ。
彼らは親衛隊の一員だが、所属している戦闘向きのスタンド使いとは別の役割が与えられている。有事の際は親衛隊として邪魔者を始末するために動くこともあるが、普段は別の仕事をして過ごしているのだ。
彼らの表向きの立場──それは情報操作や敵対組織を内部崩壊させるために動く情報分析チームの諜報員という役割だ。もっとも諜報員としての実務能力が実際にあるのはティッツァーノだけだ。
スクアーロは直接的な戦闘能力を持たないティッツァーノの護衛と、彼のスタンド──トーキング・ヘッドを対象に移動させるためのサポート役としてコンビを組んでいることになっている。
ティッツァーノのトーキング・ヘッドは対象の舌に取りつかせて嘘をつかせるという戦闘向きではない能力だが、戦闘以外では非常に重宝されていた。
彼はトーキング・ヘッドの能力でボスの邪魔になった組織の幹部級の人物を利用して、いくつもの裏社会の組織を内部崩壊させてきた実績を持つ。
ディアボロが彼らを親衛隊として手元に置いているのは、ティッツァーノを諜報員として非常に高く評価しているというのが大きい。いわば、彼らはボスの勅命で動く専属の諜報員である。
パッショーネがこれほどまでに勢力を伸ばしているのはディアボロの手腕によるものだが、ティッツァーノの働きも助けになっていた。
邪魔になった組織を内部から破壊させることで、パッショーネは他の組織の人材や縄張りを乗っ取ってきたのだ。親衛隊はボスのために存在するチームだが、全員が戦闘向きのスタンド使いで構成されているわけではない。
「──ッ! アバッキオ、前を見て! 警察が道を通行止めにしているわッ!」
「クソ……このままじゃあパトカーの横っ腹に突っ込んじまうが、かといって引き返すわけにもいかねえ。どうする……どうすればいいッ!」
トリッシュが指差す先には3台のパトカーが停まっていた。車体を横に向けて並んでいて、バイクでもすり抜けられそうな隙間は開いていない。後ろからはスクアーロたちが乗っている消防車が迫っている。
このままぶつかるよりは停まって迎え撃ったほうがマシかとアクセルを緩めかけたアバッキオの手に、トリッシュの手が重ねられる。加速をうながすトリッシュの行動に驚いたアバッキオは、思わず振り返りそうになった。
「速度を緩めちゃダメ! アクセルを回してこのまま突っ込んでッ!」
「……なにか考えがあるんだな? 分かったぜ……このまま加速するから、しっかり掴まってろよッ!」
アクセルを吹かしたバイクは更に加速する。停まる気配もなく突っ込んできたバイクを見て、停車させようとしていた警察官たちが散り散りになって逃げていく。
後続から追いかけているスクアーロたちは自暴自棄になって突っ込んだのかと思ったが、予想とかけ離れた結果に驚くこととなる。
「な、なんだと!?」
「スタンドでパトカーを柔らかくして飛び越えやがった!?」
バイクがパトカーに直撃する瞬間、トリッシュはスパイス・ガールの能力を発動させていた。道路の中央を陣取っていたパトカーの側面を殴って、車体の斜め半分だけを柔らかくして踏み台にしたのだ。
着地の瞬間に地面を柔らかくして衝撃を逃したバイクはそのまま走り去っていく。続けざまに追いかけようにも、足止めするために用意していたパトカーが逆にスクアーロたちを邪魔してしまっていた。
「この先にクラッシュを出せそうな水面はない……このままでは取り逃がしてしまうぞッ!」
「焦らないで、スクアーロ。すでにあの道の先にも部下を待機させています。しかし、トリッシュがあのようなスタンド能力を持っているとは……クラッシュの攻撃を防いだのも彼女の能力だったのか」
速度を緩めてパトカーを押しのけながら、スクアーロはトリッシュたちを追いかけるために急ごうとしている。焦燥にかられて焦っているスクアーロを落ち着けるために、ティッツァーノは取り逃がすことはないといい含めている。
パトカーを押しのけ終えて、曲がり角の先にいるはずのトリッシュたちを追い詰めるためにスクアーロはハンドルを切った。曲がり角を越えて少し行った先では、トリッシュとアバッキオがバイクから降りて待ち構えていた。
「逃したと思ったが、バイクがぶっ壊れたのか? それとも……まさかオレたちを迎え撃つつもりじゃあないだろうな」
「……怪しいですね。スクアーロ、一旦ここは距離を取って──ッ!?」
着地の衝撃でバイクが故障したのか、それとも二人の内のどちらかが体を痛めたのか。罠の可能性があるとティッツァーノがスクアーロに忠告しようとしたが、それより前に何かが破裂した音と共に車体に大きな衝撃が走った。
音がした方向に視線を向けると、そこには車の前輪に先端の尖った鉄パイプを突き立てているアバッキオの姿が目に入った。先程まで離れた場所に立っていたはずのアバッキオが瞬間移動していたことに、スクアーロは驚き戸惑っている。
「なにィ!? い、いつの間にアバッキオが横まで来ていたんだッ!?」
「違う、トリッシュの横に立っているのはアバッキオじゃない。ムーディー・ブルースだ! あいつは過去の自分の姿をリプレイして囮にしたんだッ!」
スクアーロがアバッキオと見間違えたものの正体──それは過去の自分の姿をリプレイしたムーディー・ブルースだった。アバッキオはトリッシュの隣に一時停止させたムーディー・ブルースを立たせていたのだ。
リプレイ中に限り、ムーディー・ブルースの射程距離は非常に長くなる。その特性を利用して、本体のアバッキオは物陰に隠れて消防車を足止めするために不意打ちをしたのだ。
前輪に鉄パイプが突き刺さった上、異物を巻き込んでしまったせいでハンドルをとられた消防車が右に逸れて民家に突っ込んだ。白煙を上げながら停車した消防車を眺めているトリッシュの下にアバッキオが駆け寄った。
「どうやら、成功したようね。これで、あいつらが乗ってる消防車は使い物にならなくなったわ」
「そのようだな……さっさと近づいて、やつらを再起不能に──ッ!? クソ、まだ動かせるのかッ!?」
スクアーロたちに詰め寄って再起不能にしようと動いたアバッキオだったが、消防車のノズルが動いたことで歩みを止めた。てっきり事故らせたことで消防車を壊せたと思ったが、そううまくはいかなかったようだ。
急いで離れようとしたが、アバッキオたちが距離を取るよりも先に放水が始まってしまった。瞬く間に路面に水が広がっていく。死角を無くすためにトリッシュとアバッキオは背中合わせになって、スタンドを出したまま消防車から距離を取ろうとしていた。
そんな彼らを逃すまいと、そこら中に広がっている水たまりをクラッシュは目で追えない速度で瞬間移動し続けている。幸いにもそれほど大きな水たまりは無いのでハンヴィーに強襲されたときのような大きさではないが、クラッシュには水の中に引きずり込む能力がある。
「具体的な情報のないトリッシュのスタンドは厄介ですが……事前情報通りなら、彼女はただの一般人だ。アバッキオという仲間がいなくなれば、一気に戦意を削がれるはず。さあ! スクアーロ! まずはアバッキオを仕留めてください」
「ああ、やるぜッ! いけ、クラッシュッ!」
アバッキオの首元に食らいつくため、スクアーロはクラッシュに一際大きく跳躍をさせた。彼はアバッキオたちの死角からクラッシュを襲わせるつもりだった。足元の水たまりを注目している彼らは気がついていなかったが、両脇の民家にも水は飛び散っていたのだ。
ろくな反応もできていないアバッキオに向けて、クラッシュが頭上から降下する。確実に食らいつけたとスクアーロは確信したのだった。
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