不屈の悪魔   作:車道

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イエローテンパランスは誰よりも強し その①

 日が暮れて街灯と家から漏れ出す明かりだけが照らしている道路の中央で、4人の男たちがそれぞれ睨み合っていた。十代後半の年若い青年の二人組──ミスタとナランチャは明らかに手練であろう四十歳前後と思わしき二人組が言動通りの手ぬるい相手ではないと判断していた。

 ディアボロがドッピオの名義で雇った二人組──ホル・ホースとラバーソールは『矢』によってスタンド使いになったわけではない。ポルナレフや花京院と同じく幼少期からスタンドが発現していた生まれついてのスタンド使いだ。

 それゆえ、彼らは自身の能力を深く把握している。すでに肉体のピークは過ぎているが、長く付き添ってきた半身(スタンド)の能力は欠片も鈍ってはいない。最初に動き出したのは、口元にタバコを咥えたままミスタにエンペラーの銃口を向けていたホル・ホースだった。

 

「雇い主から聞いたんだがよォ……拳銃使いのグイード・ミスタ。おめーは『4』って数のつくものが嫌いなんだってな」

「気安くオレの名前を呼ぶんじゃあねえッ! 言っておくがな、オメーらが()十代のオッサンだからといって、オレは弱気になったりはしねーぜ? そんな細かいことまで気にしてたら、オレは自動車にすら乗れなくなっちまう」

 

 馴れ馴れしい態度で接してくるホル・ホースに対して、ミスタは拳銃を構えたまま思考を重ねる。僅かにでも妙な動きをしたら、セックス・ピストルズを乗せた銃弾を発射する準備は整っている。

 ミスタは『4』という数字が絡むと、途端に普段の楽天的な性格が反転して消極的になってしまう。だからといって、何が何でも『4』が混ざっていたら避けるというわけではない。さすがに()()()自動車に乗るぐらいは耐えられる。

 なお、ミスタは知らなかったが移動に使っていたハンヴィーは()輪駆動車である。口ではこんなことを言っているが、もしそれを知っていたら絶対にハンヴィーに乗ろうとはしなかっただろう。

 飛行機のときの一件でミスタの面倒な性格は把握していたので、本人が知らないならいいかと承太郎たちは黙っていた。……何はともあれ、過去に『4』が関わるとろくなことにならなかったというジンクスから縁起が悪いと思いつつも、ミスタはやるべきことは必ずこなすのだ。

 

「そうか、それじゃあ()()()()を教えてやるよ。おれのスタンドはな、タロットカードの大アルカナ()()()のカード──皇帝(エンペラー)を暗示するスタンドなんだぜッ! あんさんとオレの相性は最悪ってことさあ、イヒヒヒヒ」

「……だったらよォ────ッ! 縁起が悪いテメーは、さっさと消しちまわなきゃあならねえよなァ! 行け、セックス・ピストルズッ!」

「イイイ────ッ ハァァァ────ッ」

 

 ミスタが手に持った拳銃──M49ボディーガード・カスタムの引き金を一瞬の内に3回引いた。瞬く間に発射された3発の銃弾の上には、それぞれ一人ずつ黄色い小人が乗っている。これがミスタのスタンド──セックス・ピストルズたちだ。

 彼らは六人一組の群体型スタンドだ。それぞれが自我を持っており、性格も全員異なっている。また、本体が意識を失っていても自発的に行動できる半自動操縦型ともいえる性質も持っている。ピストルズを乗せた銃弾の行方は、すでにピストルズの手に委ねられていた。

 甲高い声を上げているピストルズたちが乗った銃弾を明後日の方向に撃ったミスタの攻撃に、ホル・ホースは咥えていたタバコを空に向けて捨てながら立ち向かった。ミスタの拳銃よりも重々しい銃声を立ててエンペラーから3発の銃弾が発射される。

 そのまま両者の銃弾が対決するかに思えたが、事態はミスタの予想とは違う方向に進んだ。

 

「その歳で物怖じせずに立ち向かってくる覚悟は認めるが……()()()()()()()()。おれはコンビを組んでるんだぜ。律儀にてめーの銃弾を、おれのエンペラーで撃ち落とすと思ったのか?」

「やっ、野郎ッ! オレを狙ってきやがった! エアロスミス! 機銃で銃弾を撃ち落せッ!」

 

 エンペラーの銃弾が自分めがけて飛んできたことに驚きながらも、ナランチャは自分の周囲を旋回させていたエアロスミスの機銃を掃射した。この場には銃弾が攻撃手段のスタンド使いが3人いるが、純粋な銃弾の威力は単発では全員大差ない。

 そしてテンパランスは耐久力や持続力は優れているが破壊力は高くない。よって、この場においては連射力で勝るエアロスミスが最も破壊力の高いスタンドになる。

 ホル・ホースの操作する銃弾は直角に曲がりながら隙間を抜けようとするが、精密な動作はあまり得意ではないのか機銃の雨を抜けることはできなかった。しかし、同じようにミスタの攻撃もホル・ホースには届いていなかった。

 ピストルズは可能なかぎり角度をつけて銃弾の軌道を操作したが、ラバーソールがテンパランスを操作してあっという間に絡め取ってしまったのだ。幸いにもピストルズたちは無事だったが、ラバーソールの予想外なまでの反応速度にミスタは純粋に驚いている。

 

「おれのテンパランスに弱点はねーんだぜッ! おれのスタンドは自動的に攻撃を防ぐ()()のよろいだ。承太郎のスタープラチナにすら反応できたテンパランスが、そんなチャチな銃弾程度防げないわけがねーだろーがッ!」

「……おいおい、ラバーソールの旦那よォ。こいつらはおれたちの半分も生きてねえガキだが、ナメてかかるのはよくねーぜ。あんたのテンパランスは間違いなくこの場にいる誰よりも強いだろうさ。

 だけどな……()()なんてものは無いんだぜ。銃は剣よりも強いが、()()()使()()()()()()()()()ことだってあるんだ。普段相手してるチンケな連中とはワケが違う……って、オイッ! おれの話聞いてねーだろッ!」

「こちとら、てめーと組むたびに同じこと言われてんだ。聞き飽きちまって、真面目に聞く気も起きねえよ」

 

 得意げな顔で自分のスタンド能力について語っているラバーソールに対して、くるくると回転しながら落ちてきたタバコを口でキャッチしたホル・ホースが自身の人生哲学を言い聞かせている。

 非スタンド使い(高町士郎)にエンペラーの銃弾を刀で弾き飛ばされた経験はホル・ホースの中で今も生きている。

 スタンド能力の大まかな内容がバレていたとはいえ、目に見えず音も聞こえない銃弾を防ぐ普通の人間がいるという事実はホル・ホースを()()()()()()()()()()()()

 元より慎重派だったホル・ホースだが、今の彼は例え相手が幼い子供や赤ん坊だったとしても油断しないだろう。もっとも、相手が女性だった場合は戦おうとはしない部分は変わっていない。

 そんな実体験を交えたホル・ホースのアドバイスを、ラバーソールは耳くそをほじりながら完全に聞き流している。そもそも、この程度の話で性格が変わるのならホル・ホースはラバーソールの扱いで苦労していない。

 強力なスタンドのおかげで裏社会で生き残っているラバーソールの自意識過剰な性格は、それこそ死ぬまで変わることはないだろう。

 

「小難しいことを考える必要はない! おれのテンパランスをくっつけて消化しちまえばいいだけだ。じわじわとてめーらを食らいつくしてやるッ! ホル・ホース、おまえもさっさとおれを援護しろ!」

「まだ色々と言いたいことはあるが……アイアイサー(承った)! No.2(ナンバーツー)らしく援護をしてやるぜ!」

 

 ミスタたちとの距離を詰めるラバーソールに合わせてホル・ホースがエンペラーを乱射する。エンペラーの銃弾は自分の意志で操作するため、ミスタのように複数の銃弾を同時に精密に動かしたりはできない。

 ホル・ホースも訓練は積んでいるが、マルチタスクが可能な魔道士のように同時にいくつも思考を走らせられるほど卓越した技術は持っていない。そのため、エンペラーは弾数を増やせば増やすほど操作の精度が落ちていく欠点がある。

 だが、普通の拳銃と同じように真っ直ぐ飛ばすだけなら何の問題もない。一度撃った弾丸をそのまま飛ばすか曲げるかはホル・ホースが好きなタイミングで選べるため、単純ながらに厄介な攻撃だった。

 

「数撃ちゃ当たるとでも思ってんのか? 読めるんだよ、マヌケッ! てめーが弾丸を曲げる方向はよォ────ッ!」

「あんさんが銃の天才だということは理解してるさ。だけどよォ、おれとてめーには決定的な差があることを忘れてるようだな。そっちは6発撃ち尽くしちまったが、こっちは拳銃(ハジキ)もスタンドなんだ。弾切れなんてないんだぜ」

 

 ミスタは射撃に対して天才的な才能を持つ。その才能はスタンドに目覚めていなかったころから顕著に現れていた。彼は常人離れした『静かなる集中力』を持っている。その集中力を使ってピストルズに弾道を操作させ、()()()()()()()()()()()という神業を披露している。

 しかし彼が使っている拳銃は6発しか弾丸を装填できない。一方のホル・ホースは銃本体と弾丸、どちらもスタンドのため精神力が続くかぎり無尽蔵に撃つことができる。

 それはナランチャも同じだが、エアロスミスの機銃掃射はラバーソールの妨害でホル・ホースには届いていない。

 

「邪魔だぜ、テメーッ! 撃ち殺せッ! エアロスミス!」

「ブンブンとうるさい羽虫だなァ、おい? そんな豆鉄砲がおれに効くと思ってんのかよ。このビチクソがァ! ガァハハハハハーハハハハ────ッ!」

「なにィ!? ちくしょうッ! やつのスタンドが飛び散りやがった!」

 

 仁王立ちしているラバーソールにエアロスミスの弾丸が降り注ぐ。しかし、その攻撃はラバーソールに少しも届いていなかった。テンパランスが受け流せる衝撃はスタンド攻撃も含まれる。銃弾に含まれる熱でテンパランスが飛び散るが、その程度では防御壁は薄くはならない。

 むしろ、ナランチャの攻撃は逆効果だった。飛び散ったテンパランスの欠片がナランチャの顔にめがけて飛んできたのだ。咄嗟に両腕で顔をかばったことで最悪の事態は防げたが、代償に右腕の前腕部にテンパランスが張り付いてしまった。

 ウジュルウジュルと嫌な音を立てながら、テンパランスがゆっくりとナランチャの腕を侵食する。自分たちの方に流れが向いていることにラバーソールは気を良くする。一方のホル・ホースはミスタの銃撃が終わらないことに怪訝な顔をしている。

 

「テメーに言われなくても、自分の欠点ぐらい把握してるさ。それによォ……リロード(再装填)の隙なんてもんは銃を持ち替えりゃ無くせるんだぜ?」

「どうなってんだ、こりゃあ……てめー、どこにそれだけの拳銃を隠し持ってやがったんだッ!?」

「自分から手の内を明かすのはマヌケのやることだぜ? オレが親切丁寧に教えてやるわけねーだろ」

 

 ミスタの両手には、それぞれ別々の拳銃が握られていた。右手には種類の違うリボルバーを、左手には大容量のドラムマガジンが装填された自動拳銃を握っている。装填されている弾が切れたら帽子の隙間から銃弾を落として弾倉(シリンダー)に込めている。

 それでも間に合わない場合は拳銃を地面に落として、ズボンのポケットから銃弾が装填された新しい拳銃を取り出している。この大量の拳銃は、全て承太郎たちから預かっているシロモノだ。彼らは護身用とミスタの武器を兼ねて、拳銃を含めた銃器を『紙』に入れてアメリカから持ち込んでいた。

 ポケットの中に隠し持っていた『紙』から、ミスタは拳銃を取り出していたのだ。ムーロロは『亀』の中の会話を盗聴していたので『紙』の存在は把握していたが、何を持ち込んでいるかまでは把握していなかった。

 ムーロロの集めた情報を基に行動しているディアボロも、承太郎たちが武器のたぐいまで持ち込んでいるとは予想していなかったのだ。

 

 空中に待機させているピストルズたちに弾道を操作させながら、口調はそのままにミスタはホル・ホースに冷たい眼差しを向けている。

 そんなミスタの様子に言い知れぬ悪寒を感じたホル・ホースは、一旦攻撃を止めると咥えていたタバコを地面に落として、ブーツで踏み消しながらエンペラーを構えなおした。

 ホル・ホースの纏う気配が変わったことに気がついたミスタは、ピストルズを手元に戻しつつ拳銃の弾を込めはじめた。リロードを終えると、前を向いたままテンパランスの攻撃を食らったナランチャに声をかけた。

 

「おい、ナランチャ。敵の攻撃を食らったようだが、このまま戦えそうか?」

「肉が溶かされてるような感じはするけど、全身にすぐに広がるわけじゃあなさそうだ。だけど、大量に食らったらヤバイかもしれねーぜ、これは」

「……あのスタンド(テンパランス)の性質を見て、ひとつ思いついた作戦がある。成功すれば、ラバーソールのほうは排除できるはずだ。オレはホル・ホースの注意を引く。そっちは任せても構わないか?」

 

 小声でミスタがナランチャに作戦を伝える。その内容に聞いたナランチャは、危険が伴うがやるだけの価値はあると思ったのか静かにうなずいた。ナランチャがテンパランスに取り付かれた以上、長期戦は不利になる一方である。

 ホル・ホースたちはここで足止めしていればいいが、ミスタたちは早急にブチャラティたちを援護しに行かなければならない。地面に散らばっている拳銃を腰のベルトやポケットにねじ込みながら、ミスタはホル・ホースに立ち向かっていった。

 

「おれと相棒を分断しようって腹積もりなんだろうが……タイマンならおれに勝てるとでも思ってんのかァ? そいつは少しばかり、おれのことをナメ過ぎちゃあいねーか。それとも相打ち覚悟で捨て身の銃撃戦をやる気なのか?」

「もしかしてよォ、オレみたいなガキに負けるのが怖いのか? No.2にこだわるのは一番になれないから妥協してるだけなんだろ」

「……そこまで言われちゃあ、無視できねえな。いいぜ、撃ってきな。どっちが早いか勝負って奴だぜ」

 

 ホル・ホースが喋り終えた瞬間、ほぼ同時に互いの銃声が重なって響き渡った。直線上に飛び交う銃弾は互いに相殺し、曲線を描いて死角から襲いかかる銃弾は同じように弾丸を操作して撃ち落とす。

 ホル・ホースはスタンドの弾丸を物理的に干渉できないようにできるが、ミスタは巧妙に相殺しなければ直撃するであろう方向に銃弾を放っていた。その一方で自分に当たる可能性の高い銃弾だけは、ピストルズにスタンドパワーを込めさせた弾で対処している。

 真っ直ぐに撃った弾の精度にはホル・ホースも自信があった。だが、ミスタの腕前はホル・ホースのそれを完全に上回っていた。弾が有限という差こそあるが、少なくともこの戦いでは弾切れの心配はない。

 ミスタの手元にある『紙』の中にはダース単位で拳銃弾が用意されているからだ。用意周到な承太郎たちの手腕にミスタは内心で感謝していた。これならナランチャを援護することもできるかもしれないとミスタは思い始めていた。

 

「ほれほれ、どうした! 大口をたたいてた割に攻撃が緩くなってるぜ。暗殺者なんて引退して隠居したほうがいいんじゃあねーのか?」

「今回の依頼が終わったら引退して、世界中のガールフレンドの下を回らせてもらうさ。こっちはもうすぐケリがつきそうだしなァ」

「なに勝ったつもりになってやがるッ! 圧されてるのはテメーのほうだろう、が……?」

 

 銃を撃とうと右手の人差し指に力を込めようとするが、ピクリとも指が動かないことにミスタは首を傾げた。次の瞬間、遅れてやってきた激しい痛みで、ミスタは指が動かなくなった理由を察することとなる。

 

「ミ、ミスタァ──ッ!? 自分の手をヨク見テミロォ──ッ!」

「イツノ間に攻撃を受ケタンダッ! 全然見エナカッタゾ!」

「馬鹿な……ヤツのスタンドは拳銃のはずッ! どうやって、()()()()()()()()()()()んだッ!?」

 

 ズルリと音を立てて拳銃を握った形のまま、ミスタの拳が地面へと落ちていく。左手で血が滴り落ちる右腕を押さえながらミスタは驚愕していた。あまりにも鋭利な一撃だったため、ミスタは切断された瞬間に痛みを感じなかったのだ。

 ミスタの周囲を浮遊しているピストルズたちが警戒しているが、拳を切断したものの正体は見つからない。必死な形相で攻撃の正体を探っているミスタをよそに、ホル・ホースは新しいタバコを口に咥えて火をつけていた。

 

「てめーがいかに優れた拳銃使いだろうが、片手でできることは限られるよなァ? さあ、諦めて楽になっちまいな」

 

 余裕の態度を見せているホル・ホースの視線の先には、ナランチャを追い詰めているラバーソールの姿があった。必死にエアロスミスの機銃を使って抵抗しているナランチャだが、テンパランスの防御力を超えることはできていない。

 銃弾の熱によって飛び散ったテンパランスは、ナランチャの体のいたるところに喰らいついている。肉を吸収され、ナランチャの動きが徐々に鈍くなっていく。ナランチャとミスタは軽くない負傷をしている一方で、ホル・ホースとラバーソールは未だに無傷だった。

 

「弱点はねーといっとるだろーが、このド低脳がァ────ッ! ドゥーユゥーアンダスタンンンンドゥ(理解したか)!」

 

 性懲りもなく攻撃を続けるナランチャをラバーソールが見下しながら馬鹿にする。言い返すだけの体力も残っていないのか、ナランチャは口を閉じて黙り込んだままじっとラバーソールを睨み返すだけだ。

 ジリジリと追い詰められていくミスタとナランチャ。だが、彼らの瞳には揺るぎなき意思が宿っている。彼らの戦意はまだ潰えていない。逆転の一手を繰り出すために、ミスタとナランチャはじっと耐えながら反撃のタイミングを見計らうのだった。




誤字脱字、表記のぶれ、おかしな日本語、展開の矛盾を指摘していただける国語の先生をお待ちしております。

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