不屈の悪魔   作:車道

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杜王町は危険がいっぱいなの? その②

 不可解な出来事には慣れていた仗助たちも、人語を話すフェレットと対面したときは、おもわず口をあんぐりと開けてしまった。

 そして続いて見せられたなのはの魔法で、三人はユーノの話を信じざるを得なくなった。

 スタンドも月までぶっ飛ぶこの衝撃に襲われた仗助たちは、口々に愚痴をこぼし始めた。

 

「こいつはグレートだぜ……」

「おれは馬鹿だからよォ、細かい話はよくわからなかったが、そのジュエルシードってのがヤベー力を持ってるってのは理解できたぜ」

「ぼくたちの暮らす杜王町に、そんな危ないものが散らばっていたなんて……」

 

 ジュエルシードは単体でもかなりの危険物で暴走した場合、次元断層を起こす恐れを秘めている。

 もし次元断層が起こったら地球は跡形もなく崩れ去ってしまうだろう。

 話のスケールが大きすぎて仗助たちにはイマイチピンとこなかったが、とんでもない危険物だということは理解した。

 

「僕の話に嘘偽りはありません。仗助さん、億泰さん、康一さん、お願いします。ジュエルシードの捜索を手伝っていただけないでしょうか」

 

 ユーノは頭を垂れて仗助たちにできるかぎりの誠意を表した。

 スタンドという特殊な能力を持っているとはいえ、仗助たちに魔法の才能はない。

 地球に住む人々の多くは、魔法を使うための器官が発達していないのだ。

 地球出身の有名な魔導師にギル・グレアムという男がいるが、彼以外に有力な魔導師が地球から輩出されていないことからもその事実がうかがえる。

 なのはのように魔力を湯水のごとく扱える才能の持ち主は、地球にはほとんどいないのだ。

 

「ユーノ、おめーの覚悟はよくわかった。その時空管理局ってのが来るまでの間、手伝わせてもらうぜ」

「おれらのスタンドは戦闘向きだからな。よぉし、早速探しに行こうぜ!」

「でも昨日みたいに町が壊されたらヤバイんじゃあないかな。警察の人が巡回し始めたら、探しにくくなりそうだし」

 

 スタンド使いが引き起こした事件ではないため仗助たちに協力する義理はないのだが、海鳴市や杜王町に危険が迫っているとなると話は別だ。

 

「それなら心配ありません。ジュエルシードの位置さえ確認できたら、封時結界を張って隔離することができます」

「封時結界?」

「空間をズラして、結界内を実際には影響の受けないようにする魔法です。現実の建物を傷つけることのない人のいない空間を作れるので、町の被害を気にせずに戦うことができます」

「……どうしてそれを昨日使ってくれなかったのかな」

「き、昨日は魔力がほとんど残ってなくて、結界を張る余裕がなかったんだ」

 

 封時結界は維持にはほとんど魔力を消費しないが、展開にはそれなりの量の魔力を消費する。

 ユーノは本来なら魔導師の平均を上回る量の魔力を持っているのだが、地球の環境が邪魔をして全力を出せていない。

 

 魔導師には魔力を扱うための器官がある。

 実体を持たないその器官の名はリンカーコア。

 大気中に含まれる魔力素を吸収することで、魔力を運用できる形に変換する変換器で、人間の臓器で例えるなら心臓と肺の機能を兼ね備えている。

 ユーノが魔力不足に陥っている原因は地球の魔力素にある。

 アレルギーを持つ人間がいるように、魔力素が体に合わず体調を崩す人間がいる。

 滅多なことでは起きない現象なのだが、ユーノは運悪く地球の魔力素が体に合わなかったのだ。

 

「…………」

「…………」

 

 なのはとユーノの間に沈黙が流れる。

 仗助たちは口を閉ざして成り行きを眺めている。

 好き好んで藪をつついて蛇を出すようなマヌケはいないのだ。

 億泰ならいらぬことを口に出したかもしれないが、先ほど痛い目にあったばかりなので、なにも言うつもりはなかった。

 

「……それじゃあしょうがないね」

「よ、よかった……保健所送りにされなくてよかった……」

 

 出会って二日目で、すでになのはが上でユーノが下という力関係が生まれていた。

 こういうやりとりもなのはからしてみれば冗談のうちの一つなのだが、体から発せられる凄みや威圧感が凄まじいため、傍目には本気なのか冗談なのか区別がつかない。

 

「なのは、あまりユーノをいじめるんじゃないぞ」

「わかってるよ、お兄ちゃん」

(絶対わかってないだろうなぁ。というか、さっきのもわざとだろうし)

 

 恭也の忠告に素直に頷くなのはを見ながら、康一は心のなかでぼやいていた。

 日本語で喋っているときの口調は比較的穏やかななのはだが、イタリア語で喋るととんでもなく口が悪いことを康一は知っている。

 以前、康一がイタリアに住んでいるとある少年を調べに行く際に、露伴のスタンドで叩きこまれたイタリア語の知識が通用するかどうか、なのはに確かめてもらったことがある。

 それが切っ掛けで知ったのだが、そのときの衝撃は大きかった。

 その年の四月から小学一年生になる少女が、卑猥な単語やすさまじい罵倒の言葉を嬉々とした表情で教えてくるのだ。

 康一の脳裏には、そのときの光景がコールタールのようにこびり付いていた。

 

「そんなことより、ジュエルシードが発動しちまったらどうするんだ?」

「ジュエルシードが発動すると大きな魔力が発せられるので、僕やなのはなら発動を感じ取れるはずです」

 

 首を傾げている億泰にユーノが簡単に説明した。

 地球には魔力を発するものがほとんどないため、局所的に発せられる魔力は魔導師なら簡単に感じ取ることができる。

 レイジングハートに触れたことにより魔力を体感したなのはも、魔力の流れを感じ取ることができるようになっている。

 

「ただ、僕が地球に来るよりも前に発動してしまったジュエルシードがあるかもしれません。皆さん、最近身の回りでなにか変わった事件は起きませんでしたか?」

「そういえば帰ってる途中で、アンジェロ岩がなくなってたって話を聞いたよ。……仗助、どうかした?」

「アンジェロ岩が……なくなったのか……? それはマジで言ってるのか、なのは」

 

 唐突に席を立ち近寄ってきた仗助に、訝しげな表情を向けたなのは。

 そんななのはの様子を一切無視して仗助はなのはに詰め寄る。

 普段は見せない仗助の鬼気迫る表情に、なのはも深い事情があることを察した。

 

「実際に見たわけじゃあないから本当かどうかまではわからないけど、少なくとも嘘ではなさそうだったよ」

「落ち着け、仗助。お前が慌てるなんてらしくないぞ。急にどうしたんだ?」

 

 恭也の言葉で落ち着きを取り戻した仗助がソファに腰掛けて、深い溜息をついた後に言葉を紡ぎ始めた。

 

「……恭也センパイとなのはには話してなかったが、数年前におれは片桐安十郎(かたぎりあんじゅうろう)っつうスタンド使いを岩に埋め込んだんだ」

「数年前に脱獄したあと、行方不明になった死刑囚だったよね」

 

 片桐安十郎──通称アンジェロとは『日本犯罪史上最低の殺人鬼』と言われている殺人犯だ。

 数多くの犯罪者や社会のクズを目にしてきたことのあるなのはですら、アンジェロの犯罪経歴を聞いたときには「便器にはき出されたタンカス以下の存在」と言い切ってしまったほどの凶悪犯で、今でも彼には多額の懸賞金がかけられている。

 

「あいつは、おれのじいちゃんを殺しやがった。だが普通の刑務所じゃあ、あいつを閉じ込めておくことはできねえ。だから岩と同化させて放置しておいたんだ」

「アンジェロ岩が消えたのと、ジュエルシードが地球に落ちたのはほぼ同時期。なにか関係があるとしか思えないよ」

「アンジェロを放っていたらまた被害者が出ちまう。一刻も早く居場所を突き止めねえとヤベえぜ」

「了解した。ひとまず俺と康一、仗助と億泰、なのはとユーノに分かれて探すとしよう。みんな、それで異存はないな?」

 

 恭也の言葉に一同は無言で頷いた。お互いに定期的に携帯電話で連絡を取り合うことを決めた後に、なのはたちは別々の方向に駆け出した。

 

 

 

 

 

 ユーノを抱きかかえたなのはは、バスに乗ってアンジェロ岩のある広場に向かっていた。

 魔力の残照がどの程度残っているかで、発動してからどれぐらい経ったのかを把握するためだ。

 

『ごめん、なのは。まさかこんなことになるなんて』

『ユーノのせいじゃあないよ。でもどうやってアンジェロは岩から抜けだしたんだろ?』

『たぶんジュエルシードが、アンジェロって人の願いを歪んだ形で叶えたんだと思う』

『それで岩から逃げ出せたんだね。魔力を辿ってどこにいるか突き止めたりはできないの?』

『今は魔力がほとんど漏れだしてなくて居場所がわからないんだ。高度な機器か専用に組まれた魔法なら見つけられるかもしれないけど……』

『じゃあしらみ潰しに歩きまわるしかないね。仗助の家に現れてくれれば楽なんだけど、狙い通りに現れてくれるとは限らないし』

 

 しょんぼりしているユーノの額を軽く小突きながら、なのははもしアンジェロを見つけたらどうするか考えていた。

 

(仗助は動きを封じてくれれば、それでいいと言っていたが……)

 

 仗助や億泰、康一の考え方は、なのはからしてみれば甘っちょろかった。

 その考え方は彼らの美点なので、とやかく言うつもりはないが従うつもりもない。

 

(アンジェロが罪を認めて、素直に法の裁きを受けるのなら殺しはしない。だが、そうでない場合は──)

 

 なのはの心の奥底からドス黒い感情が沸き起こってくる。役に立たないものは始末しろ。

 絶頂を脅かすものは始末しろ。かつての記憶が、なのはに帝王としての力を使えと囁きかけてくる。

 

(──始末する必要は、ない。ジュエルシードを封印すれば取り込まれた生き物はもとに戻ると、ユーノが言っていたじゃあないか。そうだ、なにも殺すことはない)

 

 頭を左右に振って燃え上がった漆黒の意思を追い払う。

 なのはが視線を下ろすと、心配そうに見つめてくるユーノと目があった。

 

『ゆっくりしてると晩御飯に間に合わなくなっちゃうから、急いで調べないとね』

 

 誤魔化すためにつぶやいた緊張感のない言葉に苦笑しながら、なのははバスから降りて広場へと歩を進めた。

 

 

 

 

 

 一方その頃、仗助と億泰は愛用のバイクに乗って仗助の実家に向かっていた。

 

「わりいな、億泰。わざわざついてきてもらってよ。本来はおれとあいつの問題だってのに」

「つれねえなあ、仗助。おれも仗助のお袋さんには世話になってんだから、気にすんなって」

 

 億泰は仗助と知り合ってからというもの、たびたび彼の家で夕飯を食べさせてもらっている。

 

「さっき家を出る前に説明してたけどよ、ヤツのスタンドは水分と同化する能力なんだな?」

「ああ、そのとおりだ。前に襲われた時は、水蒸気に同化して体の中から引き裂こうとしてきやがったな」

「つまり、おれの『ザ・ハンド』なら一方的に削り取れるっつーことだな」

 

 億泰のザ・ハンドは右手で空間を削り取る能力を持っている。

 不定形の相手でも問答無用で攻撃できるザ・ハンドはアンジェロのスタンド、アクア・ネックレスの天敵とも言えるスタンドだ。

 

「大人しく捕まってくれるやつとも思えねーからな。少しぐらい削り取っちまっても問題ないぜ」

「にしても妙な話だよな。アンジェロ岩が無くなってどれぐらい経ってるかは分からねーが、仗助に襲いかかってきてねーなんてよォ」

 

 億泰の疑問はもっともだった。

 ユーノが地球に来てから二日が経過しているが、アンジェロが仗助に襲いかかってくる気配はない。

 馬鹿正直に真正面から勝負を仕掛けてくるような相手ではないことは明らかなので、なにか策を練っているのだろうと仗助は考えた。

 

「もしかしたら雨を待ってるのかもしれねーな。前も雨が降るまで待ってから襲いかかってきたからな」

「なら心配する必要はねえぜ。なんせ天気予報じゃ、ここ一週間はずっと晴れらしいぜ」

「となると当面の心配は飲水だな。後でコンビニかスーパーで買いだめしとくか」

「……らしくねーな仗助。今のおめーには仲間が大勢いるんだぜ? だからあんま焦るんじゃあねえよ」

 

 仗助の後続を走っていた億泰が、アクセルを吹かして並走しながらまくし立てた。

 その言葉にハッとした仗助は、億泰を視界の端に捉えながら、思っていたよりも自分が熱くなっていたことに気がついた。

 

「ありがとよ、億泰。アンジェロの野郎がこの町に潜んでると思うと、いても立ってもいられなくなっちまってな」

「一度倒した相手なんだろ? 承太郎さんはいねえが、今回は犯罪者のプロがいるし大丈夫だろうよ」

「たしかになのはのスタンドは承太郎さんのスタープラチナ並みにヤベーが、油断するのはよくねえぜ。前回みたいにうまくいくとはかぎらねえからな」

 

 ジュエルシードという未知の力を手にしたアンジェロに対して、気楽に考えている億泰とは対照的に、仗助は言い知れぬ危機感を覚えていた。

 

 

 

 

 

 恭也と康一は、アンジェロ探しとジュエルシード探しを平行して行っていた。

 康一は自身のスタンドを三段階に切り替えることができる。

 その中でも、一段階目のスタンド『エコーズACT1(アクトワン)』は高いパワーこそ持っていないものの、射程距離が50メートルもある。

 その射程距離の長さを利用して、上空からアンジェロがいないかどうか見て回っているのだ。

 恭也は道行く人たちにジュエルシードの写真を見せて、アンジェロやジュエルシードを見かけなかったかどうか聞きまわっている。

 

「ぜんぜん見つかりませんねえ」

「ジュエルシードを見つけるには、発動するのを待ったほうが手っ取り早いかもしれないな」

 

 ジュエルシードは杜王町だけではなく、海鳴市全体に散らばっている。

 特定できたのは落ちたおおよその範囲のみで、細かい場所まではわかっていない。

 とはいえ、人が手にする可能性の場所にあるものさえ回収できれば、後は時空管理局に任せればいいので、探す範囲は自ずと絞られてくる。

 

「重ちーがいれば、すぐに見つけられたんだろうけどな……」

 

 康一は故人の名を呟きながら感傷的な気分になっていた。

 杜王町に潜んでいた殺人鬼に殺された少年、矢安宮重清(やんぐうしげきよ)

 重ちーと呼ばれ親しまれていた彼は、ハーヴェストというスタンドを持っていた。

 一体一体は大したパワーを持っていないが、杜王町全体に大量のヴィジョンを展開できる強力なスタンドだ。

 彼がもし生きていれば、ジュエルシードも難なく集めることができただろう。

 

「それは……ん? 電話か?」

 

 康一に恭也が声をかけようとした時、ポケットに入っていた携帯のコール音が鳴った。

 ディスプレイにはなのはの名前が記されていた。

 まだ定時連絡には早い時間で不審に思った恭也は、すぐになにかアクシデントが起きたのだと察した。

 

「なのは、一体なにが起こったんだ」

『お兄ちゃん、アンジェロはやっぱりジュエルシードを取り込んでた。スタンド能力が強化されてて──ッ!』

 

 携帯電話から発せられるなのはの声には、空を飛びながら話しているのか風切り音が混ざっていた。

 会話の途中で、なにかがうねるような音と共になのはの声が途切れた。

 

「なのは! なにがあったんだ!」

 

 恭也が呼びかけるも、なのはからの返事は一向に返ってこない。

 聞こえてくるのは通話が途切れたことを示す電子的な不通音のみだった。


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