不屈の悪魔   作:車道

37 / 75
エピタフの少女 その①

 本日の日付は7月15日──あの話し合いから2週間近くが経過したが吉良吉影の足取りは(いま)だに掴めていない。

 その間にも吉良吉廣が生み出した新たなスタンド使い2人──ジャンケンに妙な哲学を持っている子供『大柳賢(おおやなぎけん)』と、バイク事故で入院していた高校生『噴上裕也(ふんがみゆうや)』に露伴と仗助が襲撃されたものの無事に切り抜けている。

 わたしや家族は襲撃されることもなく、特筆すべき事態は起こっていない。

 

 ちなみに康一の母親への謝罪は話し合いの翌日に済ませている。

 さすがにスタンドやわたしの正体を気軽には明かせないので謝る流れまでもっていくのにかなり苦労したが、なんとか心からの謝罪には成功した。

 彼女が康一の言葉を信じてくれなければ上手くいかなかっただろう。……謝りに行ったのに嘘をついては元も子もない気がしなくもないが、こういうのはお互いの気持ちが重要なのだ。

 

 情報収集は承太郎や露伴、SPW財団の人間に任せて、仗助たち学生組は夏休みが始まるまではいつもどおりの生活を続けてもらうことになった。

 本人たちは納得いかない態度を見せていたが、承太郎(いわ)く学生は学生の生活をしていればいいそうだ。

 わたしも承太郎の判断に賛成した。素人の学生が放課後の数時間地道に捜索しても見つかる可能性は低いだろう。それなら普通に生活してもらってスタンド使いを引き寄せる引力(運命)に任せるほうがいい。

 

 わたしは何度か承太郎と会って、犯罪者の観点から吉良吉影のプロファイリングを進めている。

 吉良吉影は典型的なサイコパスである。サイコパスを一言で言い表すなら、反社会的な精神異常者といったところか。

 反社会的だからといってサイコパスと診断された者が全員凶悪な殺人鬼になるわけではない。そういうイメージが根強いのは、サイコパスについてのデータを取ったときに犯罪歴のあるものを多く集めたからに過ぎない。

 むしろ一部の分野の成功者には典型的とまでは言わないが、サイコパス的特徴を備えた人物がそれなりの割り合いでいるはずだ。

 サイコパスだって自らの異常さや倫理と相反する嗜好に悩みを感じることはある。殺人すら手段の一つとして選べるわたしも、日々どうあるべきか思い悩んでいるのだ。吉良吉影にもヤツにしか理解できない悩みを抱えて生きているのだろう。

 ……もっとも自制できずにサイコパスを飛び越えてサイコキラーとなっている吉良吉影を生かしておくつもりはないが。

 結局のところ、最終的な意見は承太郎と一致しているため、有効に時間を使えているとはいい難い。

 

 父も数日前から翠屋の仕事に復帰しており、わたしも翠屋の手伝いを再開した。

 父は連絡を受けたらすぐに動けるように二振りの黒塗りの小太刀──八景(やかげ)をジュラルミンケースに入れて持ち歩いている。

 銃刀法違反ではないのかと思うが許可は得ているらしい。どこで知り合ったのかよく分からないコネを持っていたり、大抵の乗り物の免許を持っているという多彩な才能といい、父の語られていない過去はオレよりも波乱万丈だったのではないだろうか。

 

 

 

 12時過ぎ、わたしが従業員用のスペースで取り急ぎ用意してもらったノートパソコンを使ってパッショーネに関する資料を作成していると、ゆっくりとドアが開けられた。

 顔を見せた父の顔色はあまり良くない。エプロンを脱いで片手には小太刀の入ったジェラルミンケースを持っているということは、なにか火急な要件なのだろう。

 

「パパ、どうしたの?」

「さっき仗助君から連絡があった。今朝方、康一君が行方不明になったらしい」

 

 2週間ちょっとの間でわたしを含めて3回もスタンド使いに襲われるとは、康一はつくづくめぐり合わせの悪い男だ。

 

「今は仗助君が噴上裕也というスタンド使いと一緒に康一君が普段使っている通学路を捜索してるようだ。場所は聞いておいたから今から手伝いに行きたいんだが、ついて来てくれるか?」

「うん、わかった」

 

 書きかけの資料を保存してノートパソコンを閉じると、()ろしていた髪をツーサイドアップに纏め上げる。

 噴上裕也……承太郎からまた聞きした情報によると、匂いを記憶した相手を時速60kmで追跡して養分を吸い取る自動操縦型と遠隔操作型の特徴を(あわ)せ持ったスタンド──ハイウェイ・スターの使い手だったか。

 スタンドに強い弱いの概念などないという意見もあるだろうが、特定の条件下においてならば優劣を決めることはできる。かつてオレがミスタのスタンドを下っ端のカス能力といい切ったのは、キング・クリムゾンに対して有効打を与える(すべ)が存在しないからだ。

 人探しにおいてならば嗅覚を頼って追跡できる噴上の能力はこの上なくベストな選択だろう。杜王町に住むスタンド使いの層の厚さをこの世界のオレが見たら唖然(あぜん)とするに違いない。

 杜王町にいる友好的か中立の立場のスタンド使いの情報は把握しているが一筋縄ではいかない能力の持ち主が多い。特に仗助や億泰、露伴のスタンド能力はブッ飛んでいる。汎用性の高さでは康一も優秀と言えるだろう。

 しかしどれだけ強力なスタンド能力でも本体が不意をつかれればあっけなく敗北してしまう。できるだけ早く合流して迎え撃つべきだな。

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、東方仗助と噴上裕也は窮地に陥っていた。

 敵対しているスタンド使い──エニグマの少年こと宮本輝之輔(みやもとてるのすけ)は、広瀬康一と仗助の母親──東方朋子(ひがしかたともこ)をスタンド能力で人質にとり仗助をワナにかけた。

 彼のスタンド能力はどんな対象でも『紙』に封じ込めるという力だ。無機物なら無条件に、生物(せいぶつ)なら個別に特有の『恐怖のサイン』を本体が見極めることで『紙』にすることができる。

 はっきり言って格闘能力は皆無で一般人相手でも殴り殺せないほどひ弱だが、本体が卑劣な手段すら迷わず実行できる性格というのも相まって悪用を繰り返していた。

 

 人質に取るという一点では、なのはも康一や承太郎に対して同様の行動を起こしているがエニグマの少年とは方向性が異なっていた。

 なのはは突発的な事故や対象をおびき寄せるための道具──つまり戦闘を有利に運ぶため二人を人質にとったが、エニグマの少年は自らの欲望を満たすために一般人の朋子に手を出した。

 エニグマの少年は他人の恐怖する姿を眺めることに喜びを覚えるという歪んだ趣味を持っている。

 他人の死にゆく様を観察することに楽しみを見出していたチョコラータ(最低のゲス)ほどではないが、無差別にスタンド能力を行使して『紙』をファイルしている彼もゲスと呼称されるだけの邪悪さを兼ね備えていた。

 

「仗助! 康一ィ────ッ!」

 

 噴上は声を張り上げながらシュレッダーに飲み込まれていく『紙』を必死につかもうとしていた。

 今にも裁断されそうな『紙』の中には仗助と康一が閉じ込められている。『紙』が破かれたら中身もバラバラになってしまうとさきほど実演されている以上、黙って見ているなんて選択は噴上にはなかった。

 ハイウェイ・スターにシュレッダーを破壊できるほどのパワーはなく、改造されているのか電源スイッチや非常停止ボタンを押しても止まる気配はない。

 焦った噴上の右手は無意識に顎先に触れていた。それこそが噴上の『恐怖のサイン』だった。

 

「ついにさわったな……噴上裕也。アゴにさわって怖がって、カッコ悪いぜ……その姿……」

 

 恐怖のサインに目をつけていたエニグマの少年がその姿を見逃すはずもなく、彼のスタンド──エニグマが能力を発動させる。

 決して物理的に防御することのできない攻撃が噴上を襲う。彼は抵抗する間もなく一瞬のうちに一枚の大きな『紙』に閉じ込められてしまった。

 

「おまえをビビらせるなんてスゴク簡単なんだよ、噴上裕也。

 『エニグマ』が『紙』にできない者なんて誰もいない……誰だろうと簡単になあ────ッ!」

「簡単? だからこそいいんだぜ。瞬間的に『紙』にしてくれるからこそ……()()()()()……」

 

 噴上は可能性にかけていた。『紙』にされても少しの間は動くことができる。その僅かな時間でシュレッダーの隙間にスタンドを入り込ませられる可能性にかけていたのだ。

 彼は賭けに勝った。『紙』のようにペラペラになったハイウェイ・スターをシュレッダーに潜り込ませ、機械の内側から『紙』になった仗助と康一を掴んで引っ張り出すことに成功したのだ。

 

「おれの負けだ……マジでびびったよ。だが、喜んで敗北するよ」

「……フフ……フフ、ハハ……そうだな。おまえの負けだよ。そしてぼくの勝ちだ」

 

 シュレッダーから二人を引っ張り出されてしまったにもかかわらずエニグマの少年は余裕の態度を崩さない。

 まるでシュレッダーから助け出されたとしても、初めから問題など一つもなかったかのような反応だった。

 

「ば、馬鹿な……どうして『紙』が開かないんだ……ッ!? これはッ!」

 

 エニグマの少年は言っていた。紙を開けば自動的に出てくると。噴上が目を凝らすとその理由は簡単に理解できた。

 

「ぼくは用心深い性格でね。東方仗助と広瀬康一の『紙』を、このセロテープであらかじめ開かないように固定しておいたのさ。

 ちょっぴり焦ったが保険をかけておいてよかった。噴上裕也……これが『賢い行い』を選ばなかった者の末路だよ」

 

 見せびらかすように指先で携帯用のテープカッターをつまんでいるエニグマの少年を『紙』の中から噴上が睨みつける。

 もはや体ほとんどが紙に封じ込められてしまっていて、無理やり『紙』をこじ開けられそうにもない。

 

「がらにもなくカッコつけてみたが、うまくいかねえもんだなァ……だが、時間稼ぎにはなったようだぜ」

「なに……ッ!?」

 

 パタンパタンと音を立て自動的に折り畳まれていく噴上の最後の一言に、エニグマの少年は慌てて振り返る。

 交通量の少ない道路を一台のミニバンが明らかに法定速度を無視してこちらに迫っているではないか。

 このまま突っ込んでくるかと思われたが、車体が横転しそうな勢いでドリフトを決めて急停車した。

 そのままスリップ痕から立ち昇る煙が消える間もなく、飛び出すように車内から二人の人影が姿を見せた。

 

「どうやら……なんとか間に合ったようだな」

「最短ルートで杜王グランドホテルに向かってくれていて助かった」

 

 小太刀を手に持った黒髪の男と真紅のスタンドを携えた茶髪の少女──高町士郎と高町なのはがエニグマの少年と相対する。

 

 二人がこの場にたどり着いたのは偶然ではない。機転を利かせた噴上がメッセージを残していたのだ。

 噴上はエニグマの少年と交戦する前に、仗助からスタンド使いの仲間とその親が合流すると聞かされていた。

 仗助を『紙』に封印したエニグマの少年がタクシーに乗って杜王グランドホテルへと向かった直後。

 匂いによる追跡を始める前に、噴上は『仗助が紙に閉じ込められた。恐怖のサインを2度見られると紙に閉じ込められる。敵は杜王グランドホテルに向かっている』とノートの切れ端に書き記して、その場に残しておいた。

 そばには仗助の母親と康一のカバンが転がっている。仗助が当てにした味方ならきっと気がついてくれるはずだと信じての行動だった。

 そのまま仗助の仲間が承太郎に連絡してくれれば上々。運良く戦っている最中(さいちゅう)に追いついてくれれば更に良しと思って残していた策が功を(せい)した。仗助と噴上は運に見放されてはいなかったのだ。

 

「さっき『紙』に閉じ込めた男と仗助と康一を返してもらおうか」

 

 スタンドを先行させてにじり寄ってくるなのはを前にエニグマの少年が取った行動は──逃亡ッ!

 みっともなく背中を見せながら大急ぎで運転手のいないタクシーの後部座席に乗り込んだ。

 逃げ場のない車内に隠れてどうするつもりなのかと思いながらも、なのはと士郎は警戒しながらタクシーへと近寄る。

 しかし予想とは違いタクシーには誰も乗っていなかった。

 

「あの少年はどこに隠れたんだ?」

「これ見よがしに仗助と康一、噴上の名前が書かれた紙が置かれてるのが気になるね」

 

 車外から中の様子を確認しているなのはと士郎をよそに、エニグマの少年は自分の体を紙にすることで僅かな隙間から抜け出して、離れた位置から二人の様子を注意深く観察していた。

 

(まさかこんなに早く援軍が来るとは思っていなかったが、これはこれで好都合だ。

 男の方はしらないが、あの子供……吉良のおやじから聞かされていた始末対象の一人だろう。空条承太郎と合流される前に、この場で始末させてもらうぜ)

 

 なのはたちは知る(よし)もないがタクシーの内部には、すでに『恐怖のサイン』を見極めるためのワナが仕掛けられてあった。

 噴上のときと同じように、なにも考えずにドアを開ければ『紙』が開き中身が飛び出すワナである。

 

「待て、なのは。よく見るとドアに『紙』がはさまっているぞ」

「……なるほど、そういうことか。ドアを開けるよ、パパ!」

 

 士郎がいち早く見つけたワナを確認したなのはは一瞬だけ黙り込むと、納得した表情で後部座席のドアの取っ手に手をかけて勢いよく開いた。

 

(フフ……しょせんはただの子供だ。ろくな推理もせずにドアを開けたな。このワナは噴上裕也のときのような、なまっちょろいものじゃないぞッ!)

 

 ドアが開かれるとともに紙が開き中から卵型の物体が転がり落ちる。車のシートに落ちそうになったが、タイミングよく手を伸ばしたなのはがキャッチした物体に士郎は目を見開いた。

 

「な……ッ!?」

 

 それは士郎が海外で仕事をしているときに何度も見たことのある物体──M26手榴弾が安全レバーの外れた状態で転がっているのである。

 陸上自衛隊でも正式採用されているこの手榴弾は安全ピンと安全レバーが外れると約5秒で爆発するように設計されている。

 爆発すれば半径15メートル圏内を殺傷できるだけの威力があり、半径3メートル以内ならたとえ伏せたとしても破片を食らってミンチのようになってしまう。

 

(『紙』の中にしまった物体は時間の流れを受けない。あの手榴弾は数秒と経たずに爆発するぞ!

 たとえ上手くスタンド能力を使って回避したとしても、絶対に『恐怖のサイン』を出すはずだ!)

 

 スタンドを使って放り投げたとしても致命傷は免れない。エニグマの少年は勝ち誇った表情を浮かべた。

 

「なのは! すぐにそれを投げ捨てて伏せるんだ!」

 

 父の叫びに無言で頷いたなのはは顔色一つ変えることなく腕を()()()()()()振りかぶる。

 

(バカめ、どこに向かって投げて──)

 

 次の瞬間、エニグマの少年は己の目を疑った。爆発するはずだった手榴弾はどこにも見当たらず、なのはや士郎はおろかタクシーすら傷一つ付いていないではないか。

 いや、それもおかしいがもっと異質な部分がある。

 恐怖を感じない人間などいない。怖いという態度や表情を押し隠しても普通は無意識の『サイン』を出すはず。それはエニグマの少年が十数年あまりの人生で見出(みいだ)した絶対的なルールであった。

 それなのに、なのはは一ミリたりとも『恐怖のサイン』を見せていない。戦闘のプロである士郎ですら恐怖まではいかずとも焦っていたにもかかわらずだ。

 

(吉良のおやじはヤツが時間を操作すると言っていたから、その能力で手榴弾の爆発をどうにかしたのは理解できる。

 だが……爆発寸前の手榴弾が突然現れて冷や汗一つ流さないのは理解できないッ!)

 

 このときエニグマの少年は意識こそしていなかったが片目をつぶってしまっていた。これこそが彼の『恐怖のサイン』だ。

 彼は知らず知らずのうちに、今まで一度も目にしたことのない理解の範囲外にいる人物と遭遇して恐怖を抱いてしまっていた。

 

(こ……これはなにかの間違いだ。我が『エニグマ』は絶対無敵……攻撃さえ成功すれば(のが)れられる者など誰もいないはずだッ!)

 

 自らの能力を信頼──いや、この場合は過信しているほうが近いだろう。

 杜王町という狭い範囲でしか過ごしたことのないエニグマの少年は、想像を絶する能力の持ち主と相対(あいたい)してしまった自覚なく、根拠のない自信を抱いたまま戦い続ける選択を選んでしまった。




誤字脱字、表記のぶれ、おかしな日本語、展開の矛盾を指摘していただける国語の先生をお待ちしております。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。