不屈の悪魔   作:車道

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高町なのはの新しい事情 その⑤

「待たせてしまって悪かったのォ~」

 

 赤ん坊がすぐに泣き止んだのかジョセフは意外と早く帰ってきた。

 泣き疲れて寝てしまった赤ん坊をベビーベッドに横にしたジョセフはそのまま席につくと、背筋をピンと伸ばして腕を組んだ。

 そこにいるのは激動の時代を生き抜いた老練な戦士だ。めっきり老け込んで覇気がなくなったように見えたが、競争社会のアメリカで不動産王にまで上り詰めた男は(いま)だ健在ということか。

 

「わしらは対等な関係を築きたいと考えておる。承太郎が先走ってしもうたが、最初からリターン(報酬)に見合わないリスク(危険)を負わせるつもりはなかった。

 表と裏の違いはあれど大規模な取引の経験があるきみには馴染み深い話じゃろう?」

 

 ニヤリと老人らしからぬいたずらっぽい笑みを浮かべるジョセフの姿を見て、わたしは判断ミスを悟った。

 てっきりわたしのことを子供扱いしている腑抜けとばかり思っていたが、腑抜けていたのはわたしのほうだった。

 承太郎との世間話にうつつを抜かしていないで、ジョセフがいないうちにさっさと最低限の内容で交渉をまとめておくべきだったのだ。

 対等な関係と対等な取引は必ずしも両立するわけではない。内心では『あからさまに不利だと思われない限界ギリギリまで搾り取ってやるもんね』と考えているに違いないッ!

 

「さて、まずはそちらのスタンス(考え)を聞かせてはもらえんじゃろうか」

 

 まずい、このまま会話の主導権を握られたら非があるわたしが不利だ。

 なんだかんだで情に訴えかけたら効果はありそうだが、わたしがどういう性格をしているのか既に把握されているので効果があるか怪しい。

 どう答えるべきか思い悩んでいると、わたしより先に父が口を開いた。

 

「なのはが空条さんと広瀬さんたちに怪我をさせた償いをしなければならないのは納得している。それに、なのはが苦しんでいたのに止められなかった俺にも責任はある。

 親としては切った張ったの(暴力が支配する)世界ではなく、陽のあたる場所(平和な世界)を生きてほしいが、俺の考えを押し付けるつもりはない。

 もしも、なのはがイタリアの裏社会を率いなければならないと本気で考えていて、何も知らない弱者を踏みにじるような間違った道を歩まないのなら、俺は止めはしない」

 

 ……比べるのもおこがましいが、わたしの父は人でなしで父親失格だったオレ(ディアボロ)と違い、本当に(わたし)のことをよく考えている。

 先日から時折見せる険しい表情を見れば嫌でも察せられる。本当はスタンド使いとの争いや裏社会との接触なんてしてほしくないのだろう。

 だが、力あるものにはそれ相応の責務がつきまとう。腕のほどは分からないが父もこちら側の人間だ。それは重々承知だろう。

 世界の頂点すら狙える絶対的なスタンド能力は、帝王としてのプライドを失った今のわたしには過ぎた力だが消えてなくなりはしない。

 

「わたしはパッショーネに未練なんてない。協力は惜しまないけれど、再びボスになるなんて死んでもごめんだ」

 

 そもそも純粋な日本人のわたしでは、年齢は無視したとしても絶対にボスにはなれないだろう。

 パッショーネはギャングや組織と呼ばれているが基礎的なシステムはイタリア・マフィアを参考にしている。

 ヨーロッパ系の人種(コーカソイド)でなければ下っ端の構成員にすら食い込めない。

 それに妙に裏社会に詳しいアジア系の人種(モンゴロイド)がパッショーネにちょっかいをかけたら、真っ先にフランスからやって来た三合会(トライアド)系列の組織の構成員かと疑われるはずだ。

 

「そちらの考えは分かった。さっきはすまなかったな。ディアボロに取って代わってパッショーネのボスになってくれなんて無茶な要求はしない。

 代わりにこちらに協力的でボスの代役を任せられる信頼できる人物がいたら教えてほしい」

 

 承太郎の要望に合致する人間か。ボスの座を任せられるだけの才覚と組織内の立場を持っている人物となると、第一候補はヴラディミール・コカキかヌンツィオ・ペリーコロになるが……いや、やはり難しいな。

 コカキは身内には優しいが敵や裏切り者には容赦ないという典型的なマフィアで、カタギ(一般人)には手を出さないが麻薬チームのリーダーなだけあって麻薬取引に忌避感を抱いていない。

 部外者の言うことを聞くとは思えないし面倒事を避けるためパッショーネに見切りをつけて、さっさと足抜けしてしまうだろう。

 ペリーコロはディアボロに絶対的な忠誠を誓っている。麻薬取引から手を引かせることはできるかもしれないが、何かの拍子に組織を乗っ取った事実が露呈したら、どう転ぶか予想できない。

 ボスの座を狙っていたリゾット・ネエロを焚きつけるのもナンセンスだ。暗殺者としては有能だが、パッショーネほどの規模の組織をまとめられるカリスマ性を持っているか不明瞭である。

 まっとうな手段でパッショーネをまとめ上げるには、人を引きつける何かが必要不可欠だが、パッショーネ立ち上げ当時から在籍していて今も健在な古株の幹部でもオレを超える才覚の持ち主はいなかった。

 ……クソッ! それでいて善寄りの思考をしている人物など、あいつらしかいないじゃあないかッ!

 

「その条件に当てはまる適任者は2人いる。

 ひとりは麻薬取引を目撃した父親を守るため売人を返り討ちにして殺した結果、組織に入団することとなった麻薬を嫌っている男、ブローノ・ブチャラティ。今はまだ十八歳だが、補佐さえ付ければ組織の運営は可能だろう。

 もうひとりは……わたしとしてはあまり……いや、非常にオススメしたくはないけど、ジョルノ・ジョバァーナには光るものを感じた。もっとも現時点ではパッショーネに入団すらしていない十四歳の一般人だけどね」

 

 余裕がなくなってきて口調が素に近くなっている自覚はある。しかしジョルノはわたしにとっては、まだ乗り越えられていない過去の象徴なのだ。名前なんて口にしたくもないし、顔を思い出したらゲロを吐きそうになる。

 ……わたしのトラウマはともかく、ブチャラティチームにはジョルノを除く全員が抜き差しならない状況で仕方がなく組織に入ったという共通点がある。

 ギャングになりたくてなったわけではないという過去があるためか、あのチームにはいい意味でギャングらしくない連中が集まっているのだ。

 私怨を抜きに考えると2001年の時点でも二十歳と少し若すぎるきらいがあるもののブチャラティが適任で、将来性を含めるとジョルノも選択肢に入らなくはない。

 決して認めているわけではないが、ヤツからは僅かながらに王者の風格のようなものを感じた。

 

「ディアボロとの戦いを制した二人か。しかし現時点ではパッショーネと縁もゆかりもないジョルノ・ジョバァーナに頼るのは現実的ではないな」

「ブチャラティも麻薬にいい感情は抱いていないが、組織の職務には忠実な男だ。ディアボロに関する情報を伝えたとして、確実に組織を裏切るかと言われると自信はない」

 

 不平不満を感じているからといって簡単に裏切ろうと思うほどパッショーネは小さな組織ではない。

 電話、郵便、インターネット、交通、マスコミ、政治……イタリアの社会を取り巻く要素の全てにパッショーネの手は伸びているのだ。

 組織の幹部なら地元警察や国際警察(インターポール)のデータベースへのアクセスコードすら容易く入手できると言えば、その手広さは子供でも理解できるだろう。

 

「じゃが案はあるんじゃろう?」

「あるにはある。ブチャラティチームと暗殺チームが動き出すまで待てるのなら、確実にポルナレフと接触はできるはずなんだけど……」

「問題は接触する時期か」

 

 コロッセオにポルナレフが居たという結果から逆説的に推測すると、サルディニア島でレオーネ・アバッキオがスタンド能力を使って見つけ出した何か(ディアボロの情報)が鍵になっているはずだ。

 それがなんなのかさえ分かればこちらからポルナレフと接触できるのだが、過去を確認できるスタンド使いなど都合よく見つかるとは思えない。

 アバッキオの力を借りるにはブチャラティの信用を得る必要がある以上、できるだけ怪しまれないように接触する必要がある。

 

「あのときと同じ行動をするのが前提となってしまうが、ブチャラティチームと友好的に接触できるチャンスは大きく分けて3つある。

 第一にコロッセオでディアボロとポルナレフが対峙するとき。

 第二にサルディニア島でディアボロの過去を探っているとき。

 第三にヴェネツィアのサン・ジョルジョ・マジョーレ島でトリッシュをディアボロに引き渡すとき。

 この3つは詳しい所在地と時間を把握できているタイミングでもある」

「どうしてその3つだけなんだ? ディアボロの娘さんを護衛している最中でも問題はなさそうだが」

 

 父の質問はもっともだが理由はもちろんある。

 

「トリッシュの護衛任務中、ブチャラティに組織を裏切るつもりはこれっぽっちもなかったはず。

 ──今ならわかる。ブチャラティは何も知らない(トリッシュ)を自分の都合だけで始末しようとしたディアボロを人の親として許せなかったんだ」

 

 ブチャラティ、おまえは『きさまにオレの心は永遠にわかるまいッ!』と言っていたが、こんなわたしでも永遠にも等しい苦しみを味わったら理解ぐらいはできるようになったぞ。

 

「裏切りを決意する前のトリッシュを護衛しているブチャラティたちに接触して、暗殺チームではないかといらぬ疑いをかけられても困る。

 だから最低でも組織を裏切る決意を固めたブチャラティがディアボロと戦う直前までは接触を避けたほうがいい」

 

 非情と思われるだろうが、ブチャラティチームは一人も欠けることなく暗殺チームの大半を退けている。

 余計な真似をして警戒する対象を増やしてしまい誰かが再起不能になられては元も子もない。

 

「わたしとしては成功率が最も高いであろう第一の案を推したいんだが問題がある。ブチャラティとディアボロの戦いに割り込んで流れ(結果)を変えなければ、ジョルノにパッショーネを任せるしか道が残されない」

「そうか、ブチャラティはヴェネツィアで死んでいたはずなのに、コロッセオでの戦いまで生きているように動いていたんだったな」

「死体が意思をもって動く、じゃと……? ま、まさか吸血鬼に屍生人(ゾンビ)にされたんじゃあなかろうなッ!?」

 

 ジョセフの慌てようは真に迫っていた。それこそ吸血鬼やゾンビが実在するかのような反応である。

 まさか危険と判断して放棄したアレのことを知っているのか……?

 

「ジョースターさん、あなたはヴェネツィアにあるエア・サプレーナ島に住んでいる特殊な呼吸法の使い手たちについて心当たりはある?」

「……ああ、現代の使い手と直接会ったことはないが、あそこは今でも鮮明に思い出せるぐらいには覚えとるよ。じゃが、どうしてきみが波紋法について知っておるんじゃ?」

(いにしえ)の時代から権力者は不老不死を追い求めてきた。それはディアボロも同じだった。波紋法──仙道には老化を遅らせる効果があると知って一度だけ素性を隠して学びに行ったことがあったんだ。才能がないと言われて素直に諦めたけどね」

「わしの私財やSPW財団の予算を使って波紋の使い手の育成は続けておったが、まさかそんなニアミスがあったとはのォ~」

 

 文化保存の名目でSPW財団が資金を投じていたので、裏向きに隠れ家か基地を用意しているのかと思って調査させたのが発覚の理由なのだが……急に金の流れが変わったらそれはそれで怪しまれるだろうから今は黙っておくか。

 

「……もしかして吸血鬼になる手段も知っておったりはせんよな?」

「それが石でできた仮面のことを指しているなら把握してる」

「OH! MY! GOD! なんということじゃッ!」

 

 両手を頬に当てて英語と日本語で同じ意味の言葉を繰り返しているが、そんなに心配しなくともオレはあんなものに手を出したりしないだろう。思っていた展開ではないが、どうにか会話の主導権は奪えそうだ。

 

「ブチャラティは日光に当たっても平気そうだったから、精神力か何かで無理やり動いていただけで本来の意味のゾンビにはなってないと思う。

 それにディアボロは石仮面を手元に置いてないし、日中に活動できなくなると組織の運営が成り立たなくなるから使われる可能性は無きに等しい」

「どうやらじじいの危惧しているような事態にはならなさそうだが、危険であることに変わりはない。問題は山積みだな」

 

 承太郎から余計な手間を増やしやがってという意図の籠もった視線をヒシヒシと感じるが、元凶は全ての石仮面を処分しきれなかったナチス・ドイツのせいだろうに。

 言い争っても露伴に書き込まれている『空条承太郎と岸辺露伴の命令に逆らうことはできない』命令を行使されると徒労に終わるため口には出さないが後で覚えていろよ、空条承太郎。

 

「作戦と対策はこれから時間をかけて煮詰めていくとして、わたしとしてはそろそろ報酬と最低限必要な機器について話し合いたいんだが構わないな?」

 

 報酬について語る前に、まずはSPW財団とのやり取りに必要な物品を要求しておかねばならない。

 父はカメラが趣味でAV機器にも手を出しているがパソコンやインターネットにはあまり興味が無いようで、その手の機器は家に置いていない。

 オレは1990年台初頭から情報通信技術(ICT)の発達を予期して、IT企業を立ち上げて技術者を集めたりハッカーにクラッキング技術を研究させたりしていた。

 専門の技術者ほどではないが、オレも組織の運営業務にパソコンを使っていたので人並み以上には詳しい自信がある。

 欲を言えばデスクトップとラップトップを1台ずつと周辺機器を一揃え。それにオフィスソフト一式とネット回線の費用は報酬とは別に負担してもらいたい。

 

「参考までに聞いておくが総額でどれぐらいになるんじゃ?」

「すべて揃えるなら最低でも6000米ドル(約50万円)はかかる。いいものを揃えるなら、その倍は必要になるかもしれないな」

「意外と高いんじゃな。それぐらいの額なら出せなくはないじゃろうが、本当に必要なのかのう」

「ジョセフ・ジョースター、まさかとは思うが、わたしに手書きでSPW財団に提出する資料を作れと言うんじゃあないだろうな?」

 

 資料作りに必要だというのは半分事実だが、残りの半分は単純にわたし個人で使用できるパソコンが欲しいだけである。

 安いものを選んでも10万円前後はする上に月々の通信料が別途必要になる。父と母に負担をかけてまで欲しいものではないがいい機会なので要求してみたのだ。

 

「……まあいいじゃろう。必要経費と思えば安いもんだ」

ベネ(良し)、それじゃあ続いて報酬の話だが────」

 

 わたしの語った内容に承太郎とジョセフは不可解な面持ちでこちらを見つめ返してきた。

 今朝から考えていたが、わたしの願いを叶えるにはSPW財団に協力して貰うのが一番の近道のはずなのだ。

 

「本当にそれだけでいいんだな?」

「未熟な過去に打ち勝つことで……人は成長できる……わたしは金や権力に興味なんてない。ただ、人として成長したいだけなんだ」

 

 わたしには正しい生き方がどういうものなのか分からない。過去の考え方が間違っていると理解はできるが……本当にわたしが本心から変われたのか自信がない。

 ブチャラティチームの連中は皆が皆、社会の闇に飲まれ裏の世界で生きていくしかなかった。だが、それでも己の信念を貫き通した。彼らのようになりたいわけではないしなれるとは思えないが、その気高き精神は尊敬に値する。

 だから、わたしは彼らを見習って一歩踏み出すことにした。自分の選択は正しかったと実感することでようやくわたしは過去を乗り越え、本当の意味で『高町なのは』になれる。

 

 机の上に広げられたイタリア全土の地図とにらめっこしながらブチャラティチームの軌跡(きせき)を再確認している承太郎とジョセフに口出ししつつ、ここ数日の出来事を振り返る。

 当初はどうなることかと思っていたが、承太郎たちとの出会いは幸運だったのだろう。こんな機会がなければ、わたしは永遠に変わることができなかったかもしれない。

 吉良吉影、おまえを再起不能にするのは変わりないし許すつもりはほんのちょっぴりもないが……承太郎たちとの(えん)を運んできたという一点だけは感謝しているぞ。

 

 

 

 その後も話し合いは長引いた。パッショーネに関する情報は語りきれないほど残っており本腰を入れるとなると何日もかかってしまう。

 情報の交換はやろうと思えばいつでもできるので重要と思わしき情報を伝えるだけで済ますことにした。続きは吉良吉影を捕まえるか再起不能にしたあとになるだろう。

 

 吉良吉影について分かっていることはそう多くなかった。生年月日や経歴といった個人情報は出てくるのだが、親しい友人が誰もいないのか個人的なエピソードはほとんど見つからなかったそうだ。

 現在は吉良吉影の父親──吉良吉廣(きらよしひろ)の経歴について探っている段階らしい。

 生前は海運会社を経営していたそうだが、吉良吉影が跡を継がなかったというところまでは突き止められている。

 会社そのものは吉良吉廣の親戚が継いでいるが吉良吉影は経営に関わっていなかったそうだ。

 

 ヤツはエンヤから矢を譲り受けたと言っていたが、替えの利かない貴重品をそう簡単に手放すとは思えない。

 しばし考えを巡らせたが、最後まで理由はわからずじまいで謎が残る結果となってしまった。

 

 

 

 日が暮れかけるまで口と頭を動かし続けていたせいか、わたしの体力は限界に近くなっていた。

 まだ大丈夫だと強がったが眠気には勝てず体が勝手に船を漕ぎ始めてはどうしようもない。

 気がついたら父に抱きかかえられていて、話し合いも終わりの流れになっていた。

 気を張っているのもバカバカしくなってきていたわたしは、父に体を預けたまま杜王グランドホテルを後にするのだった。




誤字脱字、表記のぶれ、おかしな日本語、展開の矛盾を指摘していただける国語の先生をお待ちしております。

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