人的被害もなく無事にジュエルシードの封印に成功したなのはは、士郎と合流してサイレン音から逃げるように現場を後にした。
なのはたちの住んでいる町、M県海鳴市杜王町は不可解な出来事が度々起きることで有名だ。
一部のオカルトマニアからは、多くの霊能力者が隠れ住んでいるとまことしやかに
杜王町には数多くのスタンド使いが住んでおり、石を投げればスタンド使いに当たるとまではいかないが、意図せずスタンド使い同士が顔を合わせることぐらいはよくある。
それだけ多くのスタンド使いが住んでいれば、不可解な事件のひとつやふたつ、起きてもおかしくない。
今日のことも表向きには杜王町ではよくある事件のひとつとして処理されるだろう。
門を開けた先には、黒髪の青年と腰まで伸びた黒髪を三つ編みにしている少女が待ち構えていた。
士郎にどことなく似た顔立ちをしているこの二人は、なのはの腹違いの兄と姉だ。
「二人ともおかえり。無事なようでよかった」
「いきなり飛び出していったときは、何事かと思ったけどね。あら、かわいい。この子が例の森で怪我してたフェレット?」
大学生と思わしき短髪の青年──高町
二人の無事を確認し終えた丸いメガネをかけた高校生ぐらいの年頃の少女──高町
「うん、とりあえずここで立ち話もなんだし中に入ろうよ」
「そうだな、怪我をしているユーノ君を夜風に晒すのはあまりよくないだろう」
「あ、怪我は大丈夫です。なのはさんが僕のかわりに戦ってくれたおかげで、残った魔力を治療にまわせましたから」
そう言いながらユーノが身震いすると、胴体に巻かれていた包帯がはらりと解けて、金色に近い茶色の毛並みが現れた。
なのはと士郎はユーノが人語を話せるフェレットだと知っているため特に驚きはしなかったが、恭也と美由希はいきなり近くから聞こえてきた少年の声に目を見開いた。
「まさか、そのフェレットが喋ったのか……?」
「フェレットが喋るだなんて非現実的なこと、あるわけないでしょ。ファンタジーやメルヘンじゃないんだよ」
二人して現実から目を背けているが、どうあがいても喋るフェレットが消えてなくなりはしない。
二人が正気を取り戻したのは、なのはと士郎が家の中へ消えていった後だった。
リビングのソファに腰掛けて、テーブルを囲んでいる高町家の面々の視線の先には、机の上で二本の足を使って器用に立っているユーノの姿があった。
全身をせわしなく使ってボディランゲージを交えながら、ジュエルシードが地球にばら撒かれるきっかけや、自分がこの世界に来た経緯を話すユーノの姿は非常に愛くるしかったが、話自体は笑い話では済まないような内容だった。
「つまりユーノは地球の人々を守るために、ジュエルシードを回収しに来たんだね」
「はい、その通りです。管理局の人たちが来るのを待っていたら、確実に犠牲者が出てしまう。それだけはどうにかしないと駄目だと思って、いてもたってもいられず飛び出してきてしまったんです」
話を頭の中でまとめ終えたなのはは、自分の解釈があっているかどうか問いかけた。そしてユーノの無謀とも勇敢ともとれる行動に感心していた。
かつて自分を打ち倒した裏切り者たちや、この街の平和を守るために立ち上がったスタンド使いたちと同じように、自分の身を顧みず他人を助けるために、命をかけて行動することができる人を思いやる黄金の精神が彼の中に宿っていることを感じ取っていた。
「パパ、ユーノのジュエルシード集めを手伝ってあげてもかまわないよね」
「それはいいが、俺たちだけでは人手が足りないんじゃないか?」
士郎の意見はもっともだった。なのはは小学校に通っていて、昼間はジュエルシードを探しに行けない。
美由希も高校生なので、昼間から町を出歩くことはできないだろう。
士郎も喫茶店の仕事があるため、昼間から抜け出すことは難しい。
大学生の恭也なら、ある程度自由に時間をとることができるが、一人で闇雲に探しても見つかる可能性は低い。
そうなると、必然的に捜索に当たれるのは早朝か夕方以降になってしまう。
「仗助たちに手伝ってもらったらどうだ? 講義の入ってない時間なら、昼間でも探せるだろう」
恭也は同じ大学に通う友人たちの姿を思い浮かべた。
腹違いの妹と同じくスタンドを使える彼らなら、不測の事態にも対応できるはずだ。
きちんと事情を話せば、情に厚い彼らなら協力してくれるだろう。
「それはいいんだけど、あの漫画家まで出張ってきそうなんだよね」
「そういえば、なのはは
美由希はなのはが異様に毛嫌いしている男性──
独特な絵柄の漫画、ピンクダークの少年を描いている彼は杜王町の有名人だ。
なのはと露伴の間には色々と因縁があるのだが、スタンド使いではない美由希はあまり詳しい事情をしらない。
思い当たるフシが無いわけではないのだが、その件はすでに水に流しているはずだった。
よく露伴と共に歩いていたり、行きつけのイタリアン・レストランで一緒に食事をしている姿を見たことがあるので、「口ではああ言ってるけど、それほど嫌っているわけじゃないのかな?」と美由希は思っている。
その考えは間違いで、なのはが露伴とよく一緒にいるのは行動範囲が似ているからだ。
それともう一つ、
「今日はもう遅いし、連絡は明日にしましょうね。ところでユーノ君は食べられないものとかはあるかしら?」
今まで黙って話を聞いていた士郎の妻、もといこの家のヒエラルキーのトップに君臨している茶髪の女性──高町桃子がユーノを抱き上げながら微笑みかけた。
優しい手つきで背中を撫でられるのは心地よいはずなのだが、ユーノはなぜか寒気が止まらなかった。
「いえ、特にはないです。人間の食べられるものなら平気です」
「それは良かったわ。良かった……実に良いわね……」
ユーノは察した。このままこの人に抱かれていたら、なにかヤバイことが起きる。疑念は確信へと変わっていた。
だが既にユーノは、桃子の魔の手から逃れられなくなっていた。
ユーノはチェスや将棋でいう『
「ま、まずい! 早くユーノ君を母さんから引き剥がさないと!」
「もう手遅れだ、諦めろ美由希」
たしかに、この場でユーノを助けることはできる。
だが、その結果の代償はあまりにも大きすぎるのだ。
向こう一週間の食事とユーノの安否、天秤は食事に傾いた。
「良ぉお~~~~~~~しッ!
よしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよし
よしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよし
いい子よ、ユーノくぅ~~~~~ん」
「う、うわああああああ!?」
左手で体を支え安定させる! 右手は手首のスナップを利用して左右に動かす!
恐怖を感じていたユーノも、手のひらが一瞬巨大に見えるほどの撫で回しにはビビった!
そのふたつの手のひらの間に生じる優しさに溢れた空間は、まさに原初の宇宙の姿そのもの!
「ユーノ、あなたの黄金の精神はたしかに見届けたよ」
「ユーノ君、どうか頑張って耐えてくれ。君ならきっと耐え切れると俺は信じている」
なのはと恭也は助けてほしそうな目でこちらを見てくるユーノから目をそらしつつ、感動的なセリフでこの場をごまかそうとしていた。
スタンド使いと御神の剣士と言えど、胃袋を支配する者に逆らうことはできないのだ。
ユーノは風になった。なのはたちが無意識のうちにとっていたのは『敬礼』の姿であった。涙は流さなかったが、無言でユーノの無事を祈った。
「フゥ~~~、久しぶりにかわいい動物を撫でれてスッキリしたわ」
目を回しているユーノを、机の上に置かれたバスケットに戻した桃子は、ユーノが食べるための焼き菓子を作るためにキッチンに向かっていった。
全身を撫で回されるという今までにない体験をしたユーノが目を覚ますと、見覚えのない部屋に移されていた。
ピンク色のカーテンやクッションが置かれているが、部屋の主が寝ているはずのベッドには誰の姿もなかった。
ユーノが眠っていたバスケットが置かれた机の上には、教科書類や皿に盛られてラップがかけられたクッキー、無骨なノートパソコンなどと一緒にレイジングハートが置かれていた。
「レイジングハート、なのはさんがどこに行ったかわかるかい?」
《マスターならランニングに出かけていました。今は帰ってきてシャワーを浴びているようです》
そのとき、部屋のドアが開いて下着姿のなのはがスタンドを使って濡れた髪を拭きながら戻ってきた。
「な、なな、なのはさん! 何で服を着てないんですか!?」
「脱衣所に替えの服を持っていくの忘れちゃってね。それにしても昨日は災難だったね」
何事もないかのように話を続けるなのはだが、ユーノはそれどころではなかった。
ユーノはフェレットの姿をしているが、本来はなのはと同年代の少年だ。
正直言って、今のなのはの姿は目の毒にしかならない。
顔を真赤にしながら目をそらしてなのはの姿を見ないようにしているが、脳裏に焼き付いた映像は中々消えてくれない。
理性を総動員しながら悶えている珍妙なフェレットとは裏腹に、なのはは下着姿を見られたことに対して特に何も感じていなかった。
そもそもなのはには、男として30年以上過ごしてきた記憶がある。
自称人間のフェレットに下着姿を見られたところで、痛くも痒くもないのだ。
むしろ母親に笑顔で強要させられる女の子らしいファッションを誰かに見られる方が、精神的なダメージは大きい。
白を基調とした清楚なデザインの制服に着替え終えたなのはは、スタンドで髪を結いながらユーノの正面に椅子を持ってきて腰掛けた。
「なんというか、なのはさんのお母さんは個性的な人ですね」
「にゃはは、普段はおっとりしてて優しい人なんだけど、可愛い動物を見るとああなっちゃうんだ」
「そ、そうなんですか」
ユーノには苦笑いすることしかできなかった。
そして桃子の手の届く範囲には決して近づかないようにしようと心の中で固く誓った。
「もう少し話したかったけど、もう学校に行く時間だから。スタンドについて説明するのは帰ってからになっちゃうね」
「それなら大丈夫。魔導師には離れている相手と会話する手段があるんだ。昨日も戦闘中にそれを使って話しかけたんだけど、気が付かなかった?」
「そういえば戦ってる途中で、頭のなかにユーノの声が響いてきたね。あれが念話なの?」
『そうだよ。レイジングハートを手にとって、心で僕に話しかけてみて』
ユーノに言われるがまま、レイジングハートを握りこみ胸元辺りに近づけた。
かつて自分の中にもうひとつの人格があったころの感覚を思い出しながら、頭の中でユーノに囁きかける。
『もしもし、わたしの声が聞こえる?』
『うん、聞こえるよ。なのはさんが暇なときでいいので、好きに話しかけてきてくださいね』
「わかった。それとユーノ、わたしのことは呼び捨てでいいよ」
「え、でも……」
ユーノはなのはたちを巻き込んでしまった負い目から、無意識に敬称をつけて名前を呼んでいた。
そして現地の人たちに手伝ってもらわなければ、満足にジュエルシードを集めることができない自分のことを歯がゆく思っている。
「ユーノはさ、たしかにジュエルシードの封印を失敗しちゃったけど、それでもこうして遠く離れた地球までわざわざ来てくれた。
わたしからしてみれば、一向に来る気配のない管理局ってところの人たちよりも、ずっと頼もしく思えるよ。だからそうやって自分を
「……うん、わかった。これからよろしく、なのは」
「こちらこそよろしくね、ユーノ」
なのはの励ましを聞いて、ユーノは少しだけ救われたような気がした。
実際の年齢以上のなにかを感じさせるなのはの言葉だからこそ、すんなり受け入れられたのかもしれない。
机の上に置かれたクッキーに手を付けながら、ユーノはこれからどうやってジュエルシードの所在を突き止めるか模索し始めた。