不屈の悪魔   作:車道

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キング・クリムゾンv.s.(バーサス)スタープラチナ その②

 反射的に能力を発動させた承太郎は、両手をズボンのポケットに突っ込んだまま時が止まった世界をぐるりと見渡した。

 奇妙な感覚を感じ取った時には、すでに姿を消していた少女──高町なのはの不意打ちに反応するために、反射的に時間を止めざるを得なかったのだ。

 

 強烈な海風が吹いてるとはいえ、気化したガソリンは車内に充満したままだ。

 康一を守るため車の側から動こうとしない承太郎は、スタンドと自分の視界を共有しながらコンテナやフォークリフトが置かれている辺りをじっと見つめつつ、自分の置かれている状況を分析していた。

 

(あの子供は少なくとも二回、スタンド能力を発動させている。どういう能力かハッキリとは分からんが、風を切る音もなく火炎瓶を投げたり姿を消すことができるのは分かった)

 

 承太郎が仲間内や敵から最強のスタンド使いと呼ばれている理由は、時を止められるからではない。

 人並み外れた洞察力と冷静さ、そして並大抵のことでは揺るがない度胸こそが最強のスタンド使いと呼ばれる所以(ゆえん)なのだ。

 

 能力をマトモに受けると一撃で再起不能になる可能性が付きまとっているスタンド使い同士の戦いでは、単純な頭の良さよりも瞬間的な発想力の有無がものをいう。

 その点においては、なのはもディアボロの頃から培ってきた経験から優れた洞察力を持っている。

 スタンドの矢を取り込んだポルナレフのシルバーチャリオッツ・レクイエムの弱点をすぐさま見抜いてみせたこともあるのだ。

 承太郎と比べると劣って見えるが、彼女も一流のスタンド使いと言えるだろう。

 

 一方、なのはは最初に隠れていたものとは異なるコンテナに身を潜めながら、次なる攻撃のための準備を進めていた。

 

(やはりヤツは時を止めている間でも自由に物に触れられるようだ。だが仲間を車から連れ出さなかったことから察するに、あまり長く時を止めることはできないのだろう。止められる時間は長く見積もっても五秒程度か)

 

 多数のスタンド使いを構成員として抱え込んでいた関係上、なのはは承太郎と同等かそれ以上の交戦経験を持っている。

 

 良くも悪くもスタンド使いは我が強い。

 己のスタンド能力を過信して反逆を試みる構成員も(おの)ずと出てくる。

 そんな連中を始末するために親衛隊を構成していたが、真に自分の正体に迫っている人物は必ず自らの手で殺している。

 彼は病的なまでの臆病さから、ごく僅かでも正体がバレる可能性を減らそうとしていたのだ。

 

 その経験から、なのはは時止めの性質を推測してみせた。

 彼女の推測の通り、承太郎の止められる時間は非常に短い。

 十年前にDIOと戦ったときは体感時間で五秒ほど時を止めることが出来たが、現在では二秒しか時を止められない。

 

 承太郎は止められる時間を伸ばそうとしなかった。

 それは戦いから身を引いて学業に勤しんでいたという理由もあるが、鍛えたところで無駄だと分かっていたからだ。

 

 承太郎の体は既に全盛期を過ぎている。

 鍛えれば全盛期と同等の時間を止められるだろうが、それ以上伸ばすのは非常に難しい。

 

 スタンドの性能は本体の肉体や精神力によって左右する。

 精神が昂ぶれば一時的に性能や能力が強化されることがあるが、それでも限界は存在する。

 

 肉体的なピークを過ぎた今、全盛期と同じだけ時間を止められるようになったとしても、それよりも長い時間を止められるようにはなれないのだ。

 衰えることのない不老不死の肉体ならば無限に能力を鍛えることもできるだろうが、承太郎も一介の人間に過ぎない。

 老いは誰しもが平等に訪れるのだ。

 

(先ほどの一手でヤツの能力の性質は理解できたが……念には念を入れさせてもらう。ジョルノのときのように、しくじるわけにはいかないからな)

 

 なのはのとった戦法は承太郎を殺すためのものではない。

 時飛ばしからの不意打ちで仕留められるほど単純な相手なら、そもそも康一を囮にするような真似はしなかった。

 あの火炎瓶は承太郎が一瞬の時飛ばしにも反応するかどうかと、どれぐらいの時を止められるか測る為の一手だったのだ。

 

 客観的に見ればスタープラチナの総合的な能力は、未来を読めない現在のキング・クリムゾンよりも優れている。

 なのはの体力では瞬間的なスタンドパワーで拮抗することはできても、すぐにスタミナ切れを起こしてしまう。

 時を飛ばして背後をとったとしても、承太郎を再起不能にする前に時を止められ反撃されるだろう。

 

 だからこそ、なのはは康一を手元におかずに車の中に閉じ込めて放置した。

 直接的に康一を人質にしたとしても承太郎を倒せるわけではない。

 一人しかいない人質を使ってできることなど、時間稼ぎぐらいしかないのだから。

 

 時間を稼いだところでなのはに援護してくれる仲間などいないが、承太郎には少なくとも仗助という仲間がいる。

 だからこそ早急に承太郎を倒して、スタンド使いとして再起不能にしなければならないのだ。

 

 なのははあらかじめ準備していた灰色のポリタンクに向けて、キング・クリムゾンの手刀を横一文字で叩き込む。

 成人男性の体を一発で肩から胸にかけて切り裂ける手刀の斬撃は、豆腐に包丁を通すかのようにあっさりとポリタンクの上面を切り飛ばした。

 

「これでキサマの能力の性質を見極めさせてもらうぞ」

 

 宮殿の性質の一つとして、一度(ひとたび)持ち込まれたものは本体やスタンドの手を離れても、取り込まれたものには干渉できないというものがある。

 もし仮に時を飛ばしてナイフを投擲したとしても、当たる直前に宮殿を解除しなければすり抜けてしまうのだ。

 

 無論、途中で時を再始動させれば当てることはできる。

 しかし宮殿に取り込まれたものは静止しているわけではないため、正確に急所を狙えはしない。

 キング・クリムゾンの精密動作性が高ければそれも可能だろうが、()()()()人間の域を超えない程度の器用さしか持ち合わせていないのだ。

 ナイフ投げで10メートル以上離れた相手の頭部を破壊するなどという器用な真似はエピタフを併用しなければできない。今のキング・クリムゾンでは、せいぜい胴体を狙うのが限界だ。

 

 時を飛ばしながらスタンドで地面を蹴ったなのはは、火炎瓶を投擲したときのようにコンテナの壁をすり抜けた。

 そして間髪入れずにポリタンクの中身を承太郎に向かってぶち撒ける。

 

 この液体もこのままでは承太郎をすり抜けて地面のシミになってしまうだろう。

 そこでなのはは液体が承太郎の体に触れる直前で、背後に向かって飛びながら時を再始動させた。

 

「時よ止まれッ!」

 

 当然のごとく、承太郎は目の前に現れた液体に反応して時を止めようとする。

 しかしすでに体にかかる直前だったため、タイミングがズレて少しだけ液体が顔や体にかかってしまった。

 厚手の上着を着ていたため地肌にはほとんど触れなかったが、右の頬にかかった少量の液体が承太郎の肌を蝕む。

 焼けるような痛みに承太郎は表情を歪めた。

 

 なのはが承太郎にぶち撒けたのは高濃度の硫酸だった。

 ポリタンク一杯分、約二十リットルの硫酸が液体の壁となって承太郎の逃げ場を塞いでいる。

 

 時の止まった世界ではありとあらゆる物質が動きを止める。

 どれだけの勢いでナイフを投げようが本体から離れれば自然に空中で静止し、銃の撃鉄を下ろしたとしても弾丸は時が動き出すまで発射されない。

 そして液体も同じように動きを止める。

 たとえ承太郎が触れても手につくことはなく、形を変えることもない。

 逆に言えば、一度(ひとたび)体に張り付いてしまうと剥がせないということでもある。

 

 承太郎はすぐさま硫酸が張り付いた上着を脱いで顔と体を守るために前面に広げながら、スタープラチナで大まかな硫酸の塊を安全な方向に移動させた。

 それらの行動が終わるとともに時が動き出す。

 

 空中を漂っていた硫酸のほとんどは明後日の方向に飛んでいった。

 残った硫酸もスタープラチナの精密な動きで弾き飛ばし、それでも防ぎきれなかった部分は上着で受け止める。

 結果的に承太郎は頬を僅かに焼かれるだけで済んだ。

 被害としては微々たるもので、高濃度とはいえこの程度の量の硫酸がかかったところで戦闘に支障はない。

 

 客観的に見ればなのはの攻撃は失敗に終わったように見えるだろう。

 不意打ちの火炎瓶は防がれ、硫酸のシャワーも意に介さなかったのだから。

 しかし承太郎はそうは思わなかった。

 

「最初は瞬間移動かなにかだと思っていたが、どうやらてめーのスタンドは時を吹っ飛ばす能力を持ってるようだな。

 それでいて相手の能力を探るような戦い方までして来やがる。……てめーは一体、何者なんだ?」

 

 手に持っていた上着を地面に放り投げた承太郎は、帽子の(ひさし)に右手を添えてかぶり直しながら試すように言葉を発する。

 

 三度に渡り能力が発動する瞬間を体感したことで、承太郎はキング・クリムゾンの能力を把握していた。

 これまでの状況だけでは判断しきれなかったが、なのはが硫酸を使ったことで承太郎は何が起こっているか把握できた。

 もし彼がDIOと戦っておらず、自身が時を止めるという能力を使えなければ、この程度の判断材料で理解することはできなかっただろう。

 

 並の人間なら対面しているだけで震え上がってしまうであろう威圧感を向けられているにもかかわらず、なのはは余計なことなど話すつもりはないと言わんばかりに口を閉ざして、深い蒼色の瞳で承太郎を見つめている。

 こんな小さな子供がどうしてこんなにも戦い慣れているのかという承太郎の問に答えるつもりは無いのだろう。

 敵意と怒りの篭った視線には、ハッキリとした意思が宿っていた。

 その中には黄金の精神とは似て非なるドス黒い何かが混じっている。

 

 時間にして数呼吸程度つづいた二人のにらみ合いは、なのはが先に動いたことで終わりを迎えた。

 なんとなのはは懐から折りたたみ式のナイフを取り出して、自分の手のひらを大きく切り裂いたのだ。

 鋭利な刃が毛細血管を傷つけてじんわりと血液が滴り落ちる。

 動脈を傷つけたわけではないため溢れ出る血液の量は多くないが、決して少なくもない。

 あっという間に血で赤く染まっていく右手を一瞥(いちべつ)したなのはは、拳を握りしめながら高らかに自身のスタンドの名を口にした。

 

「キング・クリムゾンッ!」

 

 その言葉が引き金となり帝王の宮殿は形成される。

 静止しているものが消え去った世界は、なのは以外の誰も受け入れずに孤独の時を刻み続ける。

 唯一の違いは指を伝って流れ落ちる血液が地面にシミを作っているところだ。

 宮殿の内部ではいかなるものも物体に干渉することはできない。

 しかし本体とものの中間である体外に流れ出た血液だけは、例外的に宮殿に取り込まれたものにも干渉することができるのだ。

 

 ゆっくりと承太郎の足元まで移動したなのはは、キング・クリムゾンの手に飛び乗った。

 そして承太郎の目に向けて血しぶきを飛ばす。

 これは正しくなのはの奥の手である。

 血の目潰しを行い背後から攻撃すれば、普通ならどんな相手でも葬ることができる。

 しかし、なのはは更に警戒を重ねた。

 このまま背後に回りこまずに、あえて車の影に隠れて距離をおいたのだ。

 

「時は再び刻み始めるッ!」

 

 宮殿が解除され承太郎の意識が現実に戻る。

 血の目潰しによって周囲を見ることはおろか目を開けることさえできないが、時を止めないという選択肢は無かった。

 硫酸の時と同様に、体に張り付いた血液はどんなことをしても動きはしない。

 承太郎は時を止めても目に入り込んだ血液を洗い流すことも拭い去ることもできないのだ。

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァ!」

 

 視界を奪われた承太郎にできることは、当てずっぽうにスタープラチナの殴打(ラッシュ)をブチかますことだけだった。

 背面に振り向き上から下に叩き潰すように放たれたラッシュは、コンクリートで舗装された埠頭の地面を扇状に粉々に破壊する。

 限界までラッシュを続けて車と自分の間の地面を破壊し終えた承太郎は、再び振り向き直して正面を向いた。

 

 そして時は動き出す。

 時が動き出したことで、吹き飛ばされて空中を漂っていたコンクリート片が地面に転がる。

 時が止まった世界で承太郎が何をしたのか察したなのはは、瞬時に承太郎が考えていることを推測した。

 

(足場を悪くして攻撃してくる方向を絞ろうとしているのか? そんなものただの悪あがきに過ぎんッ!)

 

 崩した地面に背を向けて攻撃を待ち受けている承太郎の姿は、なのはの目にはひどく滑稽に映った。

 五歳児相応の体格のなのはなら、コンクリート片を避けて音を立てないように承太郎の背後に近寄ることも十分に可能だ。

 そこでなのはは、あえて時飛ばしを行わずに承太郎の背後へと歩み寄る。

 

 今までの承太郎の反応から、時を飛ばせば必ず時を止めてくると予想がついた。

 防御用に能力を温存するのなら、時を飛ばさずに背後からスタンドの手刀を食らわせばそれで片がつく。

 

(これでオレの勝ちだッ! 空条承太郎!)

 

 このとき、なのはは自身の勝利を確信していた。

 承太郎が火炎瓶の投擲に気がつけたのは、投げる際になのはが時を飛ばしたからだ。

 

 承太郎は優れたスタンド使いだが、高町士郎のような武術の達人ではない。

 正面からの殴り合いならともかく、視覚に頼らず気配を読んで背後の敵に反撃できるわけがないのだ。

 ゆっくりとスタンドの拳を構え()()()()()()()承太郎の背後に回り込み手足に狙いを定めたなのはは、拳を叩き込もうと力を込めた。

 ──この判断がなのはと承太郎の命運を分けることになるとは知らずに。


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