不屈の悪魔   作:車道

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※第二部はなのはの一人称によって進行しますが、戦闘描写などの兼ね合いで三人称に切り替わる部分があります。
※ジョジョ要素が濃くなる代わりにリリなの要素が薄くなります。作中で簡単な説明はしていますが、ジョジョの知識が必要となる部分が多くなります。


第二部『二一世紀の精神異常者』
そいつの名は高町なのは その①


 ジョルノのスタンド攻撃を食らったオレはティベレ川に叩き落とされたものの、かろうじて生き残り排水溝にしがみつくことができた。

 まだ生きていることに安堵を覚えながら、残った力を振り絞りよじ登ったそのとき、前触れもなく壁面に叩きつけられた。

 

 突然のことに混乱しているオレの前に現れたのは、排水溝に住み着いたヤク中のゴロツキだった。

 立ち上がって反撃しようと手足に力を込めるが思うように体が動かない。

 それどころか口からは止めどなく血液が溢れてくる。

 数瞬遅れて気がついた。オレはこの頭がおかしくなったゴロツキに刺されていたのだ。

 悪あがきも虚しく、底なし沼に沈むような感覚と共に意識が薄れていく。

 

 こんなところで小汚いヤク中に殺されて終わるのか。

 目を開けていることすら難しくなり、オレの意識が暗闇に飲まれる。

 

 

 

 死んだと思った次の瞬間、オレは病院の死体置き場に寝かされていた。

 横に立っている女医に話しかけるが、聞こえていないのか無視して作業を進めている。

 

 しびれを切らして腕をつかもうと手に力を込めたが、糸が切れたマリオネットのようにピクリともしない。

 それに加えて内蔵をかき乱されるような痛みが走る。

 ドサアッと音を立てて取り出された自分の腎臓を視界に捉えると同時に再び意識が途絶えた。

 

 

 

 全身から多量の汗を垂らしながらオレは無意識に叫び声をあげていた。

 立っていることすら難しくなり、コンクリートで舗装された歩道に倒れこむ。

 

 そして背後から犬に吠えられたオレは、いつの間にか車道に飛び出していた。

 クラクションを鳴らしながら迫る乗用車に全身の骨が砕かれる感覚を味わいながら、オレはまたもや死を体験した。

 

 

 

「うずくまって█████、オナカ痛いの?」

 

 全てに怯えて草原のど真ん中でうずくまっているオレに、5歳前後と思わしき子供が話しかけてきた。

 茶色い髪と藍色の瞳をしたどこかで見たことのある少女。

 束ねていない後ろ髪の長さはオレと同じぐらいだろうか。

 

 後ずさりをしながら必死に逃げようとするオレをあざ笑うかのように、冷たい眼差しで射抜いてくる。

 

 待て、この子供はオレのことを何と呼んだ?

 

 それ以前にオレの手はこんなに小さかったか?

 

 オレの髪は茶色だったか?

 

 抵抗をやめ困惑するオレの背後から聞き覚えのある声が囁かれた。

 

「自分を知れ……そんなオイシイ話が……あると思うのか? おまえの様な人間が、平穏に暮らせるはずがない。その報いは、いずれ周囲の人間に降り掛かってくる」

 

 オレを無限に続く死の迷宮に送り込んだヤツが、少女と同じ眼差しでオレを見下ろす。

 

 やめろ、そんな目でオレを見るな。

 

 そんな目でわたしを見るな。

 

 オレは、わたしは──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 跳ねるように飛び起きたわたしは、胸元に手を当てながら周囲を見渡した。

 視界に入ってくる風景は、寝る前と何も変わらない自分の部屋だった。

 

 わかっている、あれは夢だ、夢にすぎない。

 寝汗で肌に張り付いた寝間着に気持ち悪さを感じつつ、わたしは布団から這い出た。

 

 こうして悪夢にうなされて飛び起きるのは何度目だろうか。

 絶え間なく続いていた死の迷宮での記憶は、未だ心の奥深くに刻まれている。

 

 すでに迷宮からは解放されているにもかかわらず、週に一度は必ず夢であの頃の体験を思い出してしまう。

 情けないことに一時期は外にでることすら怯えていたほどだ。

 今でこそエピタフは使えないにしろ時を飛ばせるようになっているが、当時はスタンドすら出せないほど精神的に参っていた。

 

 ベッドから降りたわたしは、ひとまず汗を洗い流すために風呂場に向かうことにした。

 二階にある自室からゆっくりとした足取りで階段を降りて、風呂場の手前にある洗面所に置かれた台に昇り、鏡で自分の姿を改めて確認する。

 

 鏡に映っていたのは、夢で出てきた少女に瓜二つの人物だった。

 

 わたしには誰にも明かしていない秘密が二つある。

 一つはスタンドと呼ばれる超能力のようなものが使えること。

 そしてもう一つは前世の記憶があるということだ。

 

 死ぬ前の世界がこの世界と同じ世界かは定かではないが、わたしはディアボロという男として33年もの歳月を生きていた記憶がある。

 神は信じていないもののキリスト教の信者だったわたしが生まれ変わるというのもおかしな話だが、こうして新たな生を謳歌している。

 

 これで性別が男なら文句なしだったのだが、GERの呪縛から解放され普通に生きていけるだけで十分だろう。

 あの生き地獄をもう一度味わうぐらいなら、ミジンコに生まれ変わるほうが遥かにマシだ。

 

 人目がないのを確認してスタンドを使い寝間着を脱いだわたしは、シャワーを浴びながら物思いにふけっていた。

 もしかしたらこうして何事も無く過ごしている今の環境こそ、夢なのではないかと時々思ってしまうことがある。

 死に続けることに慣れてしまったオレ(ディアボロ)が、頭の中に作り上げた妄想の世界なのではないかと疑ってしまうほど、わたしの家庭環境は恵まれている。

 

 わたしはオレの父親の顔を知らない。

 看守も含めて女性しか収容されていない刑務所に二年間放り込まれていた母親が、いつの間にか妊娠したという話を育ての親から聞かされただけだ。

 刑務所では赤ん坊を育てることができないため、身近な親戚もいなかったオレはサルディニア島の神父に引き取られ、その際にディアボロという名を与えられた。

 

 イタリア語で悪魔を意味する名前を養子につける神父がマトモな筈もなく、外面こそ良かったものの到底父親と呼べるような男ではなかった。

 

 そんな環境で育ったオレの精神は歪んでいた。

 いや、オレは環境で悪になったのではない。

 きっと生まれついての悪なのだろう。

 

 歪んだ愛情と憎しみを持っていたオレは出所した母親の口を縫い合わせて教会の地下に隠し、その事実が神父にバレたら村を焼き払い証拠を隠滅した。

 

 逃げるように生まれ故郷から離れたオレはエジプトで偶然、スタンドを目覚めさせる矢を発掘してスタンド使いになった。

 この力(スタンド)に目覚めたときからオレの精神は完全に二つにわかれた。

 だがオレたちは二人で一人だったわけではない。

 

 ドッピオはオレの隠れ蓑に過ぎなかったが、心から信用できる唯一の人物だった。

 それは自分自身しか信用出来ないという心の表れだったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 シャワーを浴びて体の汗を流したわたしは浴室を出てリビングに移動した。

 壁に掛けられた時計の針は6時を示している。

 普通の家庭がどうなのかは知らないが、わたしの家族は規則正しい生活を心がけているため、この時間には全員が起きている。

 白色のソファに腰掛けコーヒー片手に新聞を読んでいる黒髪の男性が、タオルで髪を拭きながら部屋に入ってきたわたしに話しかけてきた。

 

「おはよう、なのは」

「おはよー」

 

 新聞から目を離してわたしの方に顔を向けて、黒髪黒目の短髪の男性が笑顔を浮かべている。

 彼こそが今世における実の父親──高町士郎(たかまちしろう)だ。

 

 客観的に見ても誠実で家族にやさしい理想的な父親で、新婚気分が抜けきっていないのか、わたしの母と甘い雰囲気を無差別にばら撒くのが玉に瑕だが、それ以外は非の打ち所がない人だ。

 父の隣に座り新聞を横から眺めていると、朝食の用意をしていた女性がキッチンから出てきた。

 

「こら、なのは。ちゃんと乾かさないと髪が痛むわよ」

「んー」

 

 途中で髪を拭くのが面倒になって半乾きで放置していたのを見かねてたのか、ドライヤー片手に背中の中ほどまで髪を伸ばした茶髪の女性が近寄ってきた。

 

 彼女がわたしの母親──高町桃子(ももこ)だ。

 もうすぐ30歳になるはずなのだが、20歳と言われても通ってしまうほど若々しい美女だ。

 

 わたしは母親似らしく、彼女と顔つきが非常によく似ている。

 性格の違いによるものなのか、わたしは母と比べると目つきが少し鋭いが、それ以外は子供の頃の母にそっくりらしい。

 このまま成長するとわたしも母のような容姿になるのだろうか。

 ……深くは考えないようにするとしよう。

 

 他人に髪を乾かしてもらうというのは不思議と幸せな気分になる。

 母親というものがどんなものか知らないわたしにとって、家族とのふれあいはどれも新鮮なものだ。

 

 髪が乾き終わったので、今度は父の膝の上に移動した。

 今のわたしの身長は110センチほどしかなく、横から記事全体を読むにはスタンドを使って覗き込む必要がある。

 さすがに人目のあるところでスタンドを使うわけにもいかないため、普段通り父の膝の上に陣取ることにした。

 

 新聞を読んでいる主な目的は日本語を覚えるためだ。

 ドッピオを通して交渉をしていた経験から、母国語であるイタリア語に加えてドイツ語、フランス語、英語といったヨーロッパ圏内の言語ならある程度話したり読み書きすることはできるが、遠く離れた島国の言葉は専門外である。

 何しろオレが知っていた日本語はツナミ、カミカゼ、スシ、ニンジャなどの有名な単語程度だった。

 

 それでも5年も日本人として生きていると日常会話はそつなくこなせるようになる。

 イタリア語と日本語の発音はある程度似ているので、話せるようになるまでそう時間はかからなかったが、読み書きはそう簡単にはいかなかった。

 

 ひらがなやカタカナは苦もなく読み書きできるのだが、漢字が曲者なのだ。

 何しろ日常的に使う常用漢字だけで二千種類近くも存在するため、覚えるだけで一苦労だ。

 

 それに加えて社会情勢を調べるというのも目的の一つだ。

 杜王町立図書館──通称『茨の館』や『海鳴市立風芽丘図書館』に足を運んで過去の歴史などを調べたりもしたが、誰でも知っているような歴史に変化は無かった。

 細かい事件などは覚えていないが、イタリアの地名や地理に変化がないことから、わたしはオレが死ぬより前の時間軸の世界か、よく似た異なる世界にいるのだと推測している。

 

 原因はジョルノのスタンドか、わたしも知らない何者かのスタンド攻撃によるものだろう。

 少なくとも神のしわざではないことは明らかだ。

 もし神がいるのなら、わたしは確実に地獄に行っているはずだからな。

 

 そうなるとジョルノ・ジョバァーナがこの世界にいる可能性は非常に高い。

 そしてオレがこの世界にいる可能性もある。

 どちらもわたしには関係のないことだが気がかりなこともある。

 それはオレの娘『トリッシュ・ウナ』と、彼女の母親『ドナテラ・ウナ』の現状だ。

 

 わたしと彼女たちに接点は一切存在しない。

 過去はどうであれ今のわたし(高町なのは)オレ(ディアボロ)は別人なのだから当たり前だ。

 

 オレの代わりに謝りたいだとか罪を懺悔(ざんげ)したいという気持ちは微塵もない。

 過去はバラバラにしてやっても、石の下からミミズのようにはい出てくる。

 わたしは過去と決別するために、ドナテラとトリッシュがどうなっているのか知りたいだけだ。

 

 とはいえ、わたしはドナテラの連絡先など知らないし、入院している病院の住所なんて覚えていない。

 知っていたとしても下手に探りを入れればパッショーネに目をつけられる可能性がある。

 

 そうなると安全に接触できるのは、オレがジョルノに倒される2001年4月6日以降になってしまう。

 それでは遅いのだ。ドナテラは2001年の2月に病気でトリッシュを残してこの世を去る。

 それまでに何とか接触を試みたいのだが、わたしは海外に住んでいる人物に接触するコネなど持っていない。

 わたしに悪魔(ディアボロ)が宿っていることを家族に隠している以上、両親に頼ることもできない。

 

 わたしは何一つとして家族に秘密を明かしていない。

 キング・クリムゾンのことも、生まれながらに別の人間の人格が宿っていることも、家族に拒絶されるのが怖いという理由だけでひた隠しにしてきた。

 死を繰り返す中で思い描いていたささやかな温もりを壊すぐらいなら、わたしは嘘をつき続ける。

 

 わたしは昔から何一つ変わっていない。

 一歩前に踏み出すことを拒否して、現状を維持しようとしかしていない臆病な人間だ。未来(エピタフ)すら投げ捨てて、ただ流されるまま生きている。

 絶頂であり続けたいというちっぽけなプライドすら無くしたわたしには、一体何が残っているのだろう。

 偽りの姿を演じ続け、彼らを騙して愛情だけを受け取り続けて本当にいいのだろうか。

 

「……どうしたんだい?」

「この漢字、なんて読むのかわからなくって」

 

 ……どうやら今朝の夢のせいでセンチな気分になっているようだ。

 急に表情を曇らせたわたしを心配してか、父が声をかけてきた。

 

 数年前まで情緒が不安定だったわたしを心配しているのだろう。

 今は悪夢を見る回数も減っていて心配する必要はないのに、事あるごとに一緒に寝ようなどと言ってくる始末だ。

 これが親バカというやつなのだろうか。

 

 紙面に書かれている読めない単語や語句を父に説明してもらっていると、玄関からドアの開く音が聞こえてきた。

 ドタドタという足音とともに、父とよく似た顔立ちの黒髪黒目の短髪の青年と、腰のあたりまで伸ばした髪をうなじの辺りから三つ編みにしている黒髪黒目のメガネをかけた少女が顔を見せた。

 

 この二人──高町恭也(きょうや)と高町美由希(みゆき)はわたしの兄と姉である。

 わたしと母以外の家族は日課のトレーニングと称して、剣術修行をしている。

 

 父が『永全不動八門一派(えいぜんふどうはちもんいっぱ)御神真刀流(みかみしんとうりゅう)小太刀二刀術(こだちにとうじゅつ)』という長ったらしい名前の古武術の師範代で(普段は略して御神流と呼んでいる)、その影響か兄と姉はわたしが生まれる前から御神流を学んでいる。

 

 普段は家に併設された道場で鍛錬しているが、たまに野外に出かけることもあるそうだ。

 ちなみにわたしは御神流を習っていない。

 ものは試しにと修行を見学したこともあるのだが、ついていける気が全くしなかったからだ。

 

 日本にはニンジャの末裔が住んでいるという冗談めいた話を聞いたことがあるが、そうとしか思えないほど俊敏な動きを見せつけられた。

 後日、父にニンジャの末裔なのかと聞いてみると、笑いながらニンジャになるには国家試験を受けなければならないと教えられた。

 きっと冗談だろうが、ニンジャに国家資格が必要だなんて妙に現実味のある話だ。

 

「おかえりなさい、お兄ちゃん、お姉ちゃん」

「ああ、ただいま」

「ただいまー」

 

 挨拶もそこそこに、ジャージ生地のトレーニングウェアを脱ぎ捨てた姉は風呂場に向かっていった。

 目を覚ますのがもう少し遅くなっていたら、きっとわたしと鉢合わせていただろう。

 家族から一定の距離を置いているわたしに甘えて欲しいのか、精神的に少しばかり老成している兄とは違い、姉はよく物理的にスキンシップを取ろうとする。

 

 家族との距離感を掴みかねているわたしは、時々どう接したらいいのか戸惑ってしまうことがある。

 出来るだけ不信感を抱かせないように立ち振る舞っているつもりだが、無限に続く死の経験で擦り切れかけているわたしでは、子供の真似事を続けるのは無理があるのだ。

 

「みんなー、朝ご飯ができたわよー」

 

 兄と姉が体の汗を流し終えるのに合わせて朝食の準備が整った。

 高町家の朝食は日によって変わるが、今日は和食のようで茶碗に注がれた白米が白い湯気を立てている。

 

 家族と食卓を囲みながら食べる日本食も悪くはないが、ふとした拍子にピッツァやパスタといったイタリア料理を懐かしく思うときがある。

 そういえば母がイタリアとフランスでパティシエール修行をしていた際に知り合ったというイタリア人が、杜王町に店を構えたらしい。

 今度、家族総出で食事に行こうと話していた。

 店主の名前は確か、トニオ・トラサルディーという男だったか。

 

 トニオは愛称なので本名はアントニーオ・トラサルディーということになる。

 ……どこかで見たことのある名なのだが、どうにも思い出せない。

 まあ、アントニオという名前のイタリア人など掃いて捨てるほど居るので、誰かと混同しているだけだろう。

 

 トニオという男性に関して少しだけ引っ掛かりを覚えたものの、彼について深く考える意味は無いだろう。

 イタリアと比べると日本はとても平和な国だ。

 

 杜王町に限っての話だと行方不明者が全国平均と比べて少し多いものの、犯罪率自体はとても低い。

 常日頃、警戒心を維持する必要も無いだろう。

 もし何か良からぬことが起きたとしても、そのときはキング・クリムゾンで叩き潰してしまえばいいのだから。


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