『総員、捕縛魔法を
総勢三十名にのぼる武装局員に念話を通じてM・ティムから指令が下され、多種多様のバインドが暴れ狂う竜巻を封じ込めようと飛来する。
捕縛魔法に特化しているユーノと比べると束縛力に劣っているが、数が揃えばそれを補うことは容易である。
とっさにスタンドを解除するよりも早くバインドが竜巻を空間に固定する。
続けざまに暴走したジュエルシードを封印するため、クロノがデバイスをかざしながら封印魔法の準備を進めていた。
この場の管理局員の中で、単純な魔力量が最も多いのはクロノであるため、この選択は妥当だった。
「ヒ、ヒヒ! ヒヒヒヒヒ! この程度で勝った気になってるんじゃあねえ!」
問題があるとしたら、それはクロノたちがアンジェロを甘く見ていたことだ。
人間が次元干渉型ロストロギアに取り込まれ、暴走するケース自体はそれほど珍しくはない。
また、ジュエルシードそのものがロストロギアとしてはあまり危険性が高くない。
少なくとも普通ならば、武装局員一個小隊とニアSランクの執務官二名がいれば苦もなく封印できるのだ。
しかし相手は知性のない化物や竜巻という現象ではない。
本家本元のギャングですら吐き気を催す邪悪と評価するほどの凶悪犯罪者であり、IQ160という極めて高い知能指数を持った一種の天才なのだ。
その才能は誤った方面に使われており、ジュエルシードに取り込まれたことで思考はいつも以上に愚鈍なものになっているが、戦いの才能は少しも鈍ってはいない。
(音石のように電気に変化させるならまだしも、水と同化したスタンドがバインドから逃れる手段は無いはずだ。ならばあの自信はなんだ……ッ!?)
いつまでも抱き上げているM・ティムの手を引き剥がしながら思考していたなのはの眼前に、起こりうる未来の映像が映しだされる。
前髪がスクリーン代わりとなり投影される映像の長さは極僅かだが、なにが起こるかは容易に予想できた。
『今すぐこの場を離れろ! できるだけ上空に逃げるんだッ!』
無差別に放たれたなのはの念話が、その場に居た魔導師たちに響き渡る。
エピタフのことを知っているなのはの仲間たちは、咄嗟に意味を理解して上空へと撤退し始めた。
だが、武装局員たちはそうとはいかない。一介の民間協力者の忠告が真実であるかどうか判断できずにいたのだ。
それでもクロノとM・ティムは、なのはの警告を注意深く受け入れていた。
転移魔法で移動できる範囲に辿り着くまでの間、アースラのブリッジで戦いの様子を観戦していた二人は、なのはの危機回避能力の高さをよく理解している。
その正体がエピタフとスタンドにより高められた動体視力による結果だということまでは知らないが、クロノは魔導師としてM・ティムはスタンド使いとしてなのはのことを高く評価しているのだ。
彼女がここまで言うのならば何かあるのではないかという考えが二人の執務官の脳裏をよぎる。
ここは一つ彼女の考えに乗ってみようかとM・ティムが念話で命令しようとした瞬間、アンジェロの周りを取り囲むように膨大な魔力が膨れ上がった。
『総員退避──いや、全力で防御しろッ!』
逃げる時間が残っていないと判断したM・ティムの号令に従い、武装局員たちが各々に最大限の防御魔法を使い使い迫り来る攻撃に耐えようと行動した。
膨れ上がる魔力が一個の塊に凝縮され、ジュエルシードの影響でアンジェロが得ていた魔力変換資質により多量の水に変換される。
ただし変化したのは液体ではなく気体だった。
アンジェロの魔力変換資質は本来のものと比べると本質からして異なる。
フェイトの持っているような魔力変換資質は、術式を用いずに高効率で魔力を電気や氷、炎などといった物質に変換できる先天的な体質だが、アンジェロのそれはジュエルシードが擬似的に再現したものだ。
水を操ることに特化しているアクア・ネックレスは気体に同化することも出来る。
その影響と持ち前の発想力からアンジェロは魔力を意図的に気体に変化させる術を獲得していた。
一瞬のうちに膨れ上がった多量の水蒸気が高温の熱波になってアンジェロから放たれる。
当の本人は水と同化することで被害を防いでいるが武装局員たちまではそうもいかず、バインドの制御を手放して防御と姿勢制御に気を取られてしまった。
高高度の飛行にも耐えうる性能を持っている防護服に包まれているため高温の水蒸気の影響はほとんど受けないが、視界が塞がれたことにより武装隊員たちは竜巻が再出現したことを探知できず、何人かの局員が竜巻に巻き上げられた。
水蒸気爆発にて生じた白煙が消え去ると、すぐさまクロノは戦況を確認するため周囲を見渡した。
局員の大半は乱雑なアンジェロの攻撃に巻き込まれたのか、息も途絶え途絶えに現状の報告を行っている。
幸いにも重症を負った人間は一人もいなかったが、このまま戦闘を続行できる局員は両手で数えられるほどしか残っていない。
もう一人の執務官と民間協力者、そしてその仲間たちが無事だったのが唯一の幸いだった。
信じられない光景に顔をこわばらせていたクロノだが、すぐさまアースラに通信を飛ばし戦闘続行が不可能な局員を転移魔法で撤退させ始めた。
その一方、M・ティムを宮殿に引きずり込みアンジェロの攻撃を上空に逃れることでかわし切ったなのはは、ユーノたちと合流して作戦を練っていた。
「あなたたちには、わたしがスターライトブレイカーを撃つまでの時間を稼いで欲しい。束縛と砲撃を同時にやればアイツの防御を打ち破れるはずだ」
「あの爆発を起こさせる前に本体を叩くということか。本来は民間人に任せるわけにはいかないが事は一刻を争う。負傷している君を頼るようで悪いが我々も協力させてもらおう」
肩を撃ちぬかれた際の傷はすでにユーノによって治癒されているが、表面が塞がっているだけで無理は禁物である。
しかし、この場で最も威力の高い魔法を使えるのは、
魔力の放出・集束は特に優れており、制御においてはプレシアには劣るが光るものを持っている。
圧縮・縮小が苦手なため魔力を固めるのには向いていないが、周囲に散らばった魔力を集める事に長けているなのはにとってスターライトブレイカーは正しく専用の魔法なのだ。
「民間人を危険な目に合わせるのは不本意だが、マウンテン・ティム執務官の言うとおり、僕たちだけでは手に負えない。どうか力を貸してくれないだろうか」
負傷者の撤退を終わらせたクロノはM・ティムの回答に難色を示したが、切羽詰まった状況を前に四の五の言う暇はない。
最初から手伝う気でいたユーノたちが頷くと同時に、全員がなのはを守るように散開した。
《マスターの体はすでに限界です。その状態で動ける精神力には感服いたします》
「スタンド使いにとってこの程度の怪我や疲労は問題ないよ。さあ、始めようか。レイジングハート!」
《All right, My master!》
カノンモードに変形したレイジングハートを構えたなのはに、様々な色の魔力が集まり始める。
それは武装隊員達の魔法の残照やジュエルシードから漏れでている魔力が元となっている。
以前のスターライトブレイカーとは比べ物にならない量の魔力が集まり始めたことに感づいたアンジェロが、チャージを妨害するために竜巻をなのはにけしかけようと腕を振るう。
「てめーの相手はオレらが引き受けてるんでな。ロデオはオレの得意分野だぜ」
《Load Cartridge.》
M・ティムの手に握られたリボルバー型のデバイスから女性の人工音声が流れ弾倉が二発分回転する。
そして彼の足元にミッドチルダ式とは異なる三角形の魔法陣が現れた。
頂点と中心に小さな円形の魔法陣が描かれた独特な形の魔法陣は、ミッドチルダ式とは全く異なる形式を持った魔法だった。
トリガーを引くとともに現出した乾燥した荒野の土を思わせる色のロープバインドが三つの竜巻を縛り上げ、一切の身動きができないように空間に固定する。
ジュエルシード三個分の魔力を含んだ塊の動きを封じれるほどM・ティムの魔力量は多くはない。
単純な魔力量はユーノよりは多いもののクロノには劣る程度しか持っていないのだ。
それを補っているのが先ほど装填した二発の弾丸だ。
拳銃弾とほぼ同口径のそれに詰まっているのは無煙火薬ではなく魔力だ。
弾頭を打ち出すためではなく魔力を術式に補充するための役割を持った弾丸と、装填するための機構を管理世界では一纏めにカートリッジシステムと呼んでいる。
それに続くように若草色と夕焼け色のチェーンバインドが一本ずつ竜巻を縛り上げた。
ユーノとアルフのバインドがそれぞれ一本の竜巻を担当し、残った竜巻もフェイトとクロノ、管理局員が手を回して動きを封じた。
「ば、馬鹿な、このおれが……こんなところで負けるはずが……」
「キサマのようなゲスには海の底がお似合いだ。もう一度、岩に戻って反省し直してこい」
《Starlight Breaker》
集束された魔力が光の筋となってアンジェロの体を覆い包む。
逃げようと足掻くアンジェロの抵抗むなしく、膨大な魔力の塊が海水を蒸発させ一時的に海上に大穴を開けた。
モーゼの奇跡のごとく海底まで割れた海の底には、不細工な形状の岩が顔を見せていた。
海上にポッカリと空いた穴が元に戻りアンジェロ岩が海中に飲み込まれたのを確認したなのはは、ジュエルシードをレイジングハートの格納領域に保管した。
これでなのはの手元に19個、フェイトの手元に1個のジュエルシードが集まった。
「戦闘が終わったばかりで悪いが、君たちの事情を聞かせてもらいたい。ユーノ・スクライアの申告はこちらにも通っているが、現地協力者の話も詳しく聞かせて欲しいんだ。それと彼女は急いで医務室に連れて行ったほうがいいだろう」
クロノの言う通り、青い顔でふらついた飛行をしているなのはが限界なのは、素人目から見ても明らかだった。
ユーノとフェイトに支えられてなんとか空を漂っているが、体力と魔力はすでに底をつきかけている。
唯一残っている精神力でなんとか意識を保っているが、それも限界が近い。
うつらうつらとし始めた頭を必死に回転させながら、なのはは考えを巡らせていた。
見る限り執務官と名乗っている二人に敵意は感じられず、罠にかけようとしているような姑息な相手ではないことも見て取れた。
だが、M・ティムの視線がなのはは気になっていた。どんなに訓練していようとも、目に見えるものに反応しないでいることは難しい。
上手くごまかしているようだが、M・ティムの目の動きはキング・クリムゾンを視界の端に入れていた。
(この男、マウンテン・ティムがどこの出身かはわからんが……どうやらスタンドが見えているようだ。矢で目覚めたのか、自然に使えるようになったのか……どちらにせよ、なにやらきな臭くなってきたな)
積極的に入団試験と称してスタンド使いを量産していたパッショーネですらスタンド使いの比率はあまり高くはない。
パッショーネ直属の構成員は千人にも満たなかったが、下部組織も合わせると数千人、関係者を含めたら数十万にも膨れ上がるほどの規模を持った組織にもかかわらずだ。
時空管理局の規模がパッショーネとは比べ物にならないとはいえ、たまたま地球に来た次元航行船にスタンド使いが搭乗していたと思うほどなのはは楽観主義ではない。
「構わないよ。ただし何人か事情を知ってる人も同行してもらうけどいいかな?」
しかしスタンド使いはスタンド使いと引かれ合う。M・ティムとの遭遇はスタンド使い故の奇妙な運命により導かれたという可能性も捨てきれない。
悩んだ末になのはが出した結論は、最低限の関係者を引き連れてクロノたちに着いて行くという選択だった。