不屈の悪魔   作:車道

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第一部『ジュエルシード・トゥルーパーズ』
それは奇妙な出会いなの? その①


 夜の(とばり)が下り静まり返った住宅街を二人の男女が駆け抜ける。

 男性が少女に合わせて走るペースを落としているため、手荷物がなければランニングしているように見えなくもない。

 だが、それは成人男性が手に持ったジュラルミンケースと二人の纏っている雰囲気を見ればすぐに間違いだとわかる。

 成人男性と小学校中学年の少女の二人組は物々しい空気を纏いながら足早に目的地に向かっていた。

 目的地である動物病院までもう少しの距離に差し掛かったそのとき、黒い影が二人を追い越し動物病院へと飛び去っていった。

 

「なのは、あれが例の()()()()かい?」

「パパが見えるってことは、物質同化型のスタンドみたいだね。打ち合わせ通り、パパは周囲の警戒。わたしはあのスタンドと戦うってことでいい?」

 

 栗色の髪の毛を短めのツインテールで纏めている少女──高町なのはは、つり目気味の瞳を細めながらスタンド能力をいつでも発動できるように気を配りつつ、動物病院へと歩を進めた。

 黒髪の短髪の男性──高町士郎もジュラルミンケースから二本の小太刀を取り出して臨戦態勢に入る。

 スタンドはスタンドを使える人間──スタンド使いの目にしか映らず、実体化していないスタンドはスタンドでしか傷つけることはできない。

 それを士郎は以前の仕事で何度も体験してきた。

 その経験から、スタンドは本体さえ分かっていればスタンド使いにしか倒せないわけではないことを理解している。

 しかし、本体を特定できていない状況では彼は無力であった。

 

「悔しいがスタンド相手では、正面切って戦うのが難しいのはわかっている。なのはも危ないと思ったらすぐ逃げるんだぞ」

「スタンド相手なら、わたしはパパよりも戦闘経験は豊富だからね。餅は餅屋、スタンドはスタンド使いにまかせてよ」

 

 実の娘の発言に頷きながら、士郎はコンクリート製の塀の上を経由して民家の屋根の上に飛び乗った。

 なのはもそれに合わせて動物病院の敷地に忍び込む。

 月明かりに照らされて姿があらわとなった黒い影の正体は、文字通り影のような黒い怪物だった。

 ゆらゆらと(うごめ)く影のような四足のない怪物は地球上の生き物とは到底思えない。

 なのははすっかり変わり果てた動物病院の敷地を眺めながら、黒い怪物の戦力を判断していた。

 力と素早さに特化した単純な思考しかできない物質同化型と自動操縦型の性質を合わせ持った『スタンド』もしくはそれに準じる未知のなにか。

 なのはの見立てでは、そのほかに特筆すべき点は特に見受けられなかった。

 

 建物の影からなのはは、己の半身を背後に携えながら黒い怪物と緑眼のフェレット──ユーノ・スクライアの争いの様子を観察していた。

 スタンドとは、一部の例外もあるが原則としてスタンド使いにしか見えない、力を持った不可視のヴィジョンである。

 生命力と精神エネルギーが特殊な能力をもって姿を成した存在だ。

 守護霊のように使い手の『傍に立ち(Stand by me)』敵や困難に『立ち向かう (Stand up to)』ための闘争心の表れ。

 これこそが、なのはが生まれる前から持っていた異能の正体である。

 

(戦況は怪物が優勢、フェレットは避けるので精一杯か。これだけではフェレットがスタンド使いかは判断できないな)

 

 右目に少し被るように整えられている前髪を弄りながら、なのははどう動くべきか考えていた。

 彼女はユーノを助けるために、わざわざ貴重な睡眠時間を割いてまで動物病院に訪れたわけではない。

 昨夜、夢で見た光景が現実でも起きたことを知り、家族や仲間、知り合いに火の粉が降りかかる前に鎮火しに来たに過ぎないのだ。

 

 しばし悩んだ後、なのははユーノに助太刀することを選んだ。このままユーノがなぶり殺されるのを待っていてもよかったが、それではあの怪物の本体を調べる術が無くなってしまう可能性が高い。

 なのはが客観的に見るかぎり、ユーノは怪物に反撃する余裕も無く、切羽詰まっているようだった。

 だが、物質と同化して活動する物質同化型スタンドはスタンド使い以外でも見えるため、現状の判断要素だけではユーノがスタンド使いかどうかは判別できない。

 なのはは仮にフェレットがスタンド使いだったとしても、自分の持つスタンドなら始末することは難しくないだろうと踏んで、ユーノと怪物の間に割りこむように躍り出た。

 突然現れた少女の姿に目を丸くしながらも、ユーノは精一杯の声量で警告を発する。

 

「危ない!」

 

 咄嗟にユーノは、アルファベットを変形させたような文字が刻まれた若草色の円形の魔法陣を展開するも、効力が発揮されるよりも早くなのはが怪物に襲われるのは誰が見ても明らかだった。

 

(僕は見ず知らずの女の子一人すら助けられないのか!)

 

 いくら急いだところで、魔法の発動は早くはならない。

 彼の扱う『魔法』とは魔力というエネルギーの運用方法を、科学的に分析して効率化したものだ。

 呪文 (プログラム)によって魔力を消費して物理現象を引き起こす魔法は、設定された時間よりも早く詠唱が完了することなど起こりえない。

 駄目だ、間に合わない。心の中で諦めかけていたユーノは、次の瞬間あり得ないものを目にした。

 凄まじい勢いで突進を仕掛けていた怪物の顔にあたる部分が、粉々に消し飛んだのだ。

 

 ものすごい力を一点から受けたかのように裏路地目掛けて吹き飛ばされていった怪物と、顔色ひとつ変えずに立っているなのはを交互に見ながら、ユーノは冷や汗を流した。

 彼女は一体何者なんだ。魔法陣はおろか魔力光すら見えなかった。まさかレアスキル持ちなのか?

 ユーノの脳裏に次々と新たな疑問が生まれ消えていく。そんなユーノをよそ目に、なのはは訝しげな表情でブロック塀に埋まっている怪物を眺めている。

 バラバラになった怪物は、体を繋ぎあわせてゆっくりと回復し始めていた。

 なのはのような殴る蹴るといった攻撃方法が主体のスタンド使いは、この手の能力を持つ相手に対してあまり相性が良くない。

 戦いの中で弱点を見つけるか、本体を見つけ出すしか倒す手段がないからだ。

 戦場は目まぐるしく変化する。ゆっくりと考える時間は残されていない。なのははオロオロしているユーノをスタンドを使って持ち上げ、自らの顔を近づけた。

 

「え?」

 

 見えない何かに掴まれたユーノが、マヌケな声を上げながらなのはと目を合わせた。

 目に飛び込んできた一筋の光を宿した暗く淀んだ藍色の瞳に、思わずフェレットは息を呑んだ。

 可愛らしい少女が発したものとは思えない凄みに、ユーノはケツの穴にツララを突っ込まれたような気分になってしまったのだ。

 

「わたしが何本、指を立てているのか答えろ」

「さ、三本です」

 

 意味のわからない質問だったが、ユーノは即答せざるを得なかった。

 もしここで答えるのを渋っていたら、問答無用で頭部を破壊されていたような、そんな予感がしたからだ。

 ユーノが(ほう)けている間に、なのはは彼がスタンド使いであるかどうかのチェックを終わらせていた。

 頭をスタンドで鷲掴みにして視界を塞いでいる状態で、スタンド使いがなのはの指の本数を数えられるはずがない。

 彼がシロだと確信したなのはは、危険性はないと判断して自らの手でユーノを抱き上げた。

 

「さて、あなたは何者なのかな。フェレットさん?」

 

 服を着た喋る猫の話をうわさで聞いたことがあったなのはも、喋るフェレットの話は聞いたことがない。

 妖怪の類が実在していることは、父親や知り合いの漫画家から聞いたことがあったためその線を疑っていたが、返ってきた答えはある意味なのはを呆れさせるものだった。

 

「僕の名前はユーノ・スクライアと言います。信じられないかもしれないけど、僕は外の世界から来た魔導師なんだ」

「……このわたしが本当にそんな話を信じると思ったの? 子供だからって見くびるのは良くないと思うよ」

 

 可愛らしく微笑みながら、なのははユーノの首元を握りしめた。

 ユーノは息苦しさよりも先に、なのはの目に寒気を覚えた。まるで保健所の捨て犬でもみるかのような冷たい目だったのだ。

 今にも『かわいそうだけど、明日の朝にはガス室で処分される運命なのね』と語りかけてきそうな、そんな雰囲気が漂っていた。

 

「ほ、本当なんです。僕の首にかけられている赤い球体を手にとってください。そうすれば、あなたにもよくわかるはずです」

 

 急変した態度に、ユーノはなりふり構わず唯一の武装であったレイジングハートを手放した。

 元より性能の三割も引き出せていなかったが、有るのと無いのとでは天と地ほどの差がある。

 しかしレイジングハートを起動してもらい、少しでも魔法に触れてもらえば彼女も魔法のことを信じてくれると、ユーノは思ったのだ。

 

「それを手に目を閉じて心を澄ませて、僕の言うとおりに繰り返してください」

「……うん、わかった」

 

 警戒心の強そうな少女がいうことを聞いてくれるか怪しいところではあったが、ユーノの心配は杞憂に終わった。

 少しの間、俯いて視線を前髪の辺りに向けながら黙りこんでいたなのはから返ってきた返事は、ユーノの願ったものだったからだ。

 なのはの雰囲気が和らいだのと同時に、ユーノは安堵の溜息を漏らした。これで断られていたら、ユーノは残り少ない魔力で魔法を実演する羽目になっていた。

 なのはとレイジングハートの相性がどれほどのものかわからないため、ユーノは最悪でも彼女を逃すだけの魔力は確保しておきたかった。

 今の魔力でも厳しいのに、これ以上無駄に魔力を消費したくはなかったのだ。

 

「じゃあ、行きます!」

 

 レイジングハートを握りしめ、ユーノの声に合わせてなのはが起動のためのキーワードを繰り返す。

 

「「我、使命を受けし者なり」」

 

「「契約の下、その力を解き放て」」

 

「「風は空に、星は天に」」

 

「「そして、不屈の心はこの胸に」」

 

「「この手に魔法を」」

 

「「レイジングハート、セット・アップ!」」

 

《Stand by ready. set up.》

 

 レイジングハートが、なのはの余剰魔力を体外へと放出する。

 雲を突き破り天まで伸びた赤みを帯びた桜色の魔力光は、なのはにとって馴染み深い色彩だった。

 

「なんて魔力……」

 

 完全に魔力が回復していたとしても、遠く及ばないであろう魔力量にユーノはしばしの間、呆然としていた。

 あまりの魔力量に、回復し終え反撃しようとしていた化物までもが後退りしている。

 

ピアチェーレ(はじめまして)、新たな使用者さん》

ピ、ピアチェーレミーオ(は、はじめまして)

 

 ミッドチルダ語が描かれたリング状の魔法陣に包まれながら空中に漂っていたなのはは、イタリア語の挨拶を投げかけてきたレイジングハートに驚いてどもりつつも感覚を研ぎ澄ましていた。

 空からは機をうかがっている怪物と、突然の光の奔流に驚いている父親の姿がよく見える。

 

《あなたの魔力資質を確認しました。デバイス・防護服ともに、最適な形状を自動選択しますが、よろしいですか?》

 

「何かわからないけど、はい!」

《All right.》

 

 自分でもわかっているのか、わかっていないのかよくわからない返事をしながら、なのはは目を閉じる。

 数呼吸おいてなのはが目を開けると、いつの間にか赤い球体とそれを取り囲む金色の金属製のパーツが先端に配置された機械的な白い杖が左手に握られていた。

 服装も袖口と胸部に青色と金色の金属質のパーツが取り付けられた純白の防護服(バリアジャケット)へと変貌している。

 

「成功だ!」

 

 ユーノが歓喜の声を上げる。相性の問題で正常に起動できるかどうかは賭けだったのだが、思いの外レイジングハートとなのはの相性はよかったようだ。

 デバイスの展開が終わり、ユーノのもとに降りてきたなのはが、レイジングハートとバリアジャケットを交互に見ながらうろたえだした。

 いきなり服装が変わり妙に機械的な杖を手にしていたら誰だって混乱する。百戦錬磨のスタンド使いだって混乱する。

 

「す……」

「す?」

「スタンド攻撃!? 新手のスタンド使いなの!?」

「スタンドって何ですか……っ!? 攻撃が来ます、備えて──」

 

 ユーノが言い切るよりも前に、なのははスタンド能力を発動させる準備を整えていた。

 既になのはの傍らには、血のような紅色の表皮の上に白銀の網目模様を持つ、人間離れした外見の大男が立っていた。

 額にもう一つの小さな顔を持つこの人型こそ、なのはの持つスタンドのヴィジョン!

 

「キング・クリムゾン」

 

 このとき、この瞬間から、なのはの周囲は他の誰にも認識できない世界へと変貌した。

 魔導師の使う封時結界とは似て非なる真紅の王が支配するこの空間では、何者もなのはに触れることはできない。

 地面や壁などといった静止しているものが消え失せ、動いているもののみが残った世界。

 色がついているのはなのはとキング・クリムゾン、そしてレイジングハートのみ。

 

《空間断層及び離散時間信号に異常発生。この現象は一体なんですか?》

 

 レイジングハートが周辺空間の異常を感知して警告を告げる。

 過去の記録から類似する情報を探すも、該当するデータは存在しなかった。

 判明したのはデバイスを(もち)いず、既存の魔法とは根本から異なる原理で不可思議な現象を引き起こしたのが、レイジングハートの新しい使用者だということだけだ。

 本来、キング・クリムゾンの時を吹き飛ばした空間(以降は宮殿と表記する)に持ち込まれたものは身につけているもの以外は、なのはが触れていたとしても機能を保つことはできないはずだった。

 しかし、レイジングハートには、なのはの魔力が流れ込んでいる。

 リンカーコアという魔力を生成する器官を通して体の一部と繋がっていたレイジングハートは、なのはの体の一部とみなされて宮殿の内部でも普段通りに動作していた。

 

「細かいことはあとで説明するから、力を貸して!」

 

 なのはの命令により、レイジングハートの処理の優先順位が、現状の把握から飛行魔法の補助へと切り替わる。

 それにより、軽く間合いを取るために行ったバックステップが、飛行魔法のアシストと合わさり近くのビルの屋上に飛び移る程の跳躍となった。

 過去のなのはの姿を捉えた化物が、地面へとめり込むのを確認して能力を解除する。

 キング・クリムゾンの能力でこの世の時間は消し飛び、なのは以外の何者もこの時間の中で動いた足跡(そくせき)を覚えていない。

 空の雲はちぎれ飛んだことに気づかず、消えた炎は消えた瞬間を炎自身さえも認識しない。

 この世には化物が地面に突っ込んだという結果だけが残った。

 

「い、いつの間に!?」

 

 吹っ飛んだ時間を認識できないユーノには、いつの間にか自分となのはが瞬間移動していたようにしか感じられない。

 ビルから飛び降り道路にユーノを下ろしたなのはは、彼を巻き込まないために早急にその場から離れた。

 

《魔法についての知識は?》

「まったくありません」

《では、全て教えます。私の指示通りに》

「はい!」

 

 生身で空を飛ぶという前代未聞な展開に動揺しながらも、化物との戦闘に集中する。

 予想の範疇を上回る事態が起きることなど、スタンド使いにとっては日常茶飯事なのだ。

 一時は混乱しかけたが、この程度でなのはの集中力が途切れたりはしない。

 

《Flier Fin.》

 

 空を飛びながら体の一部を伸ばしてなのはに食らい付こうとする化物を避けるため、レイジングハートがフライアーフィンを展開する。

 すると靴から桜色の光の羽根が生えて、なのはの体が加速し始めた。

 魔法に触れたばかりのなのはでは自分の意思だけでは浮かぶので精一杯だが、レイジングハートがアシストすることで飛行を可能としている。

 化物の執拗な攻撃を避けるため、上下左右になのはの体が振り回される。

 攻撃の合間を縫って別のビルの屋上に着地したなのは目掛けて、化物の攻撃は続く。

 屋根から屋根へと飛び移りながら、体の一部を砲弾のように射出してくる化物の攻撃をかわし続ける。

 

「なんてパワーとスピード……あれは……生き物……?」

生物(せいぶつ)ではありません。あれはロストロギアの異相体です》

 

 周辺への被害をなるべく減らすため、なのはは地上付近を離れて空中に移動した。

 魔力源を追いかけて喰らうことしか能がない異相体は、その動きを察知して接近するために後を追いかける。

 こちらに飛びかかってくる異相体を正面に見据えながら、なのははキング・クリムゾンのもう一つの能力を発動させた。

 キング・クリムゾンの額にあるもう一つの小さな顔がなのはの額に浮かび上がり、数秒後に起きる未来の光景が前髪に映し出される。

 これこそがキング・クリムゾンの持つもう一つの能力。エピタフと名付けられた第二の能力により、なのはは客観的な視点で十数秒後までの未来を確認することができるのだ。

 エピタフによって予知されたのは、半透明な桜色の障壁を展開して化け物の攻撃を防ぐ自分自身の姿だった。

 一度予知された未来は、キング・クリムゾンで時を吹き飛ばさない限り必ず現実のものとなる。

 予知の通りに杖の先端を頭上に掲げて、身を守る為の魔法を思い描く。

 時を吹き飛ばして回避することもできたが、魔法という未知の力を試すためにあえて本来と同じ選択肢を選んだ。

 

《Protection.》

 

 レイジングハートから女性の合成音声が発せられ、思い描いた通りの魔法が現実となる。

 青色の紫電をまき散らしながら、アクティブプロテクションが運動エネルギーを受け流し、逆に魔力エネルギーを送り込み異相体をはじき返した。

 その衝撃に耐え切れなかった異相体は、伸ばしていた顔の一つが根本まで粉みじんになった。

 しかし、一瞬で異相体は崩れた体を再構築させる。核となるジュエルシードを封印しない限り、この怪物は無限に再生し続けるのだ。

 

《良い魔力をお持ちです》

「すごい、予想以上だ」

 

 地上から様子をうかがっていたユーノは、初心者とは思えない魔法の完成度と、凶暴な異相体を前にしても物怖じしないなのはの度量に驚いていた。

 

『あなたの魔力があればあれを止められます。レイジングハートと一緒に封印を!』

 

 空中戦を繰り広げているなのはに向けて、ユーノが思念通話を送る。そしてレイジングハートがユーノの言葉を引き継ぎ、なのはに封印方法の説明を行う。

 

《封印のためには、接近による封印魔法の発動か、大威力魔法が必要です》

 

 圧倒的な回避能力を誇るキング・クリムゾンでも、あれほどのパワーとスピードを兼ね備えた化物に近寄るのは、いささか骨が折れる。

 ならば取るべき方法は後者。大威力の魔法で遠距離から撃ち抜けば、リスクを犯さずに封印することができるとなのはは考えた。

 

《あなたの思い描く『強力な一撃』をイメージしてください》

「急に言われても、すぐには思い浮かばないよ」

 

 とはいえ、即興で考えるには難しいものがある。

 強力な一撃と言われても、なのはの記憶にある即死級の一撃はどれも物理的なものだ。

 しかも、それが()()()()()()()()()()()()()()のだから手に負えない。

 トラウマともいえるレクイエムの『無駄無駄ラッシュ』も遠距離攻撃には向かないだろう。

 ならば、いっそのこと新しい攻撃法を考えるかと思い悩んでいると、なのはの姿を見失った異相体が、矛先をユーノに向けようとしていた。

 

「キング・クリムゾンッ!」

 

 いち早く異相体の動きを察知したなのはが、キング・クリムゾンの能力を展開する。

 宮殿に取り込まれたものは、未来への軌道をなぞるようにゆっくりと動く。

 なのはの体感では、通常時の半分以下の速度で時間が流れているように感じられるのだ。

 素早く異相体を追い越してユーノの前に降り立ったなのはは、彼を守るためにプロテクションを発動すると同時に、レイジングハートに反撃の手があるか問いかけた。

 

「なにか攻撃する手段はある?」

《利き手を前に出してください》

 

 右手で杖を横に構えながら左手を前に突き出す。

 それに合わせて、袖口をぐるりと囲むようにリング状の魔法陣が展開される。

 

《Shoot Barret.》

「時は再び刻み始める!」

 

 シュートバレットの発射に合わせて宮殿が解除され、ユーノと異相体が意識を取り戻す。

 そしてプロテクションに突っ込んで動きの止まった異相体に、シュートバレットが突き刺さる。

 桜色の魔力の弾丸に貫かれた異相体は、体を三つに分けて繁華街方面に逃げ出しはじめた。

 本能のみで動く異相体も、勝てない相手から逃げ出すだけの知性は兼ね備えていたようだ。

 慌てて追いかけようとするも飛行に慣れていないなのはでは、普通に飛んだだけでは追いつけない。

 シュートバレットの火力では、異相体を完全に討ち滅ぼすのは難しいだろう。

 キング・クリムゾンで時間を吹き飛ばして追いかけたとしても、追いつく前に繁華街にたどり着いてしまう。

 

「さっきの光、もっと威力を出すことはできる?」

《あなたがそれを望むなら》

 

 ビルの屋上に降り立ったなのはが、異相体を撃ち落とすための魔法を想像する。

 同時に三体の異相体を狙い打つ、より高威力な魔法の弾丸を。

 

《そうです。胸の奥の熱い塊を、両腕に集めて》

 

 レイジングハートの切っ先を異相体の逃げた方向に向け、魔法に触れてから感じられるようになった力を両腕へと集める。

 すると、なのはの体が桜色の魔力光に包まれはじめた。

 

《Mode Change. Cannon Mode.》

 

 それに合わせてレイジングハートも形状を変化させる。

 杖の先端は丸みを帯びたフォルムから、二股の槍のような鋭利な形に、柄の部分からは銃のようなグリップとトリガーがせり出してきた。

 グリップを右に回転させ腰だめの姿勢で構えると、槍のような部分と柄の境目から桜色の羽根がX十字の形に展開された。

 

「まさか、封印砲!?」

 

 地上を走りながら後を追っていたユーノが、なのはの魔法の構えを見て唖然とする。

 封印魔法は誰しもが簡単に扱える魔法ではない。

 その上位互換である封印砲は、砲撃魔法の適性が高い魔導師しか使いこなせない難易度の高い魔法だ。

 魔法に触れたばかりの初心者に使いこなせる魔法ではないのだが、なのはの持つ高い魔力と砲撃魔法の適性、そして強靭な精神力が魔導師の常識を打ち破った。

 

《『直射砲』形態で発射します。ロックオンの瞬間に、トリガーを》

 

 なのはの眼前に現れた映像には、三つに別れて逃亡を図っている異相体と、それに追従して狙いを定めている照準が表示されている。

 数秒の間の後に、ロックオンが完了したことを知らせるアラーム音が鳴り響いた。それに合わせてトリガーを引く。

 それと同時になのはの体に大きな反動が押し寄せた。

 とっさにキング・クリムゾンで体を支えて体勢を維持したが、スタンドがなければ尻餅をついていただろう。

 弧を描きながら突き進む三本の桜色の光の柱が、次々と異相体を打ち抜いていく。

 最後の一体を粉みじんにし終えると、なのはの手元に封印の完了したジュエルシードが浮遊していた。

 

「これがジュエルシードです。レイジングハートで触れてください」

《Internalize No.18, 20, 21.》

 

 ユーノの言葉に従いなのはが杖の切っ先を浮かんでいるジュエルシードに向けると、吸い寄せられるように近づいてきた。

 そして杖の先端部分の赤い球体が桜色に輝き、ジュエルシードがレイジングハートの格納領域に収納された。

 起動状態から待機状態にレイジングハートが移行するのに合わせて展開されていた防護服が解除され、なのはの服装が元に戻る。

 

「お疲れ様、怪我はない?」

「うん、ちょっと疲れたけど怪我はしてないよ。……本当にあなたはスタンド使いじゃあないんだよね?」

 

 なのはが疑いの目をユーノに向ける。

 レイジングハートが実はスタンドだったという可能性もありえなくはないので、ユーノの言葉を信じ切れないのだ。

 

「僕はこの世界の住民じゃないから、現地の細かい言い回しまでは理解できないんだ。そのスタンドというのが何を意味しているのか、教えてもらえないかな」

「わたしもあなたに魔法について教えてもらうつもりだから構わないけど、説明するのは家に帰ってからだね」

 

 ユーノを抱きかかえたなのはは、ビルの階段を下りながら上着のポケットから携帯電話を取り出して、父親に電話しだした。

 

「もしもし、パパ? ……うん、大丈夫……あー、やっぱりそっちからも見えてたんだ……今帰ってるところだから……うん、わかった……もう、心配しすぎだってば……それじゃあ切るよ、じゃあね」

 

 電話を終えたなのはは苦笑しながら携帯を折りたたみ、上着のポケットへと戻した。

 わずかに漏れだしていた会話の内容を聞いたユーノが、なのはを見上げながら質問を述べた。

 

「あの、もしかして、魔法を使っているところを見られてしまったんですか?」

「途中まではパパと一緒に来たから、よく見えてたと思うよ。あれだけ派手に暴れまわっちゃったし、ほかに目撃者がいないとも言い切れないけど」

「ま、魔法の秘匿が……管理外世界では極力、魔法の存在は隠さないといけないのに」

「子供が空を飛びながら怪光線を撃ってたなんて話、信じる人いないだろうから心配ないと思うよ。

 それよりも建物とか派手に壊しちゃったから、明日にはニュースになってるだろうけど、そっちは大丈夫なの?」

「大丈夫じゃない……大問題です……」

 

 がっくりと肩を落としながらユーノは、これからの自分の行く末を考えて頭を悩ませ始めた。


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