不屈の悪魔   作:車道

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決戦は時の庭園でなの その②

「これが時の庭園……なんて広さなんだ」

 

 康一の口から漏れた一言は、一同の考えていることを見事に代弁していた。

 転移が終わったなのはたちは、中世の城や古代ギリシャの神殿を連想させる時の庭園の内装に唖然としていた。

 

 魔法という一種の科学技術が発達した世界の巨大建造物と聞いていた康一や音石はSF映画に出てくるような近未来的な光景を想像していたのだが、予想とは違い現実は立派な屋敷のような内装だった。

 時の庭園の中心部以外は、いささか規模は大きいものの地球の一般的な建造物となんら変わりない造りだ。

 康一の考えているような設備が備え付けてあるのは、プレシアが研究室として使っている最深部か魔力を発している駆動炉の設置されている動力室ぐらいだ。

 

「油断するんじゃないよ。鬼ババ(プレシア)のことだから傀儡兵の一つや二つ、平気で出してくるかもしれないからね」

 

 立ち位置的にはプレシア側のアルフだが、なのはたちの敵というわけではない。

 むしろフェイトのことを一人の人間としてみている音石や、仗助たちに協力したいとすら考えている。

 フェイトをオーバーキル気味な魔法で撃墜したのを根に持っているため、なのはのことはイマイチ苦手に思っているが、少なくともアルフはプレシアの味方ではない。

 

「康一、スタンドを先行させて安全を確認してもらえるかな」

「てめーのスタンドなら、不意打ちは防げるんじゃねーのか?」

「無敵のスタンドなんて存在しない。どんな能力にだって弱点はあるよ」

 

 音石の発した疑問に顔を前に向けたままなのはが答える。

 エピタフは十数秒後までの未来を自由に連続で予知できるが、不用心に過信し過ぎるのは危険だということをなのはは(わきま)えていた。

 

 危機を探知して未来の映像をプロジェクターのように映し出すエピタフは、完全無欠の予知能力のように思えるが欠点がある。

 予知した結果はどんなことをしても覆すことはできず、映像として見るため誤認する可能性があるのだ。

 キング・クリムゾンの真価は二つの能力を利用して、結果を取捨選択することができる点にある。

 どちらか一方の能力だけではあまり役に立たないが、二つの能力が合わさることで無敵の防御性能を生み出しているのだ。

 

「ぼくが襲われそうになったらちゃんと守ってくださいよ」

 

 フェイトの指示を聞きながら『エコーズACT1(アクトワン)』が、なのはたちの通るルートを先行して警戒に当たる。

 康一のスタンド、エコーズには三つの形態が存在しており、音に関係する能力を使い分けることができる。

 その中でも最も射程距離が長い形態がエコーズACT1だ。

 

 パワーやスピードこそ大したことないが、本体から50メートルほど離れて行動できる機動力は、警戒に最も向いている。

 単純な射程距離ならチリ・ペッパーのほうが長いが、時の庭園の大部分は電力の供給が止められていたためスタンドを引っ込めて節電している。

 時の庭園の動力源は魔力素を燃料にして駆動する魔導炉だ。

 発生させているエネルギーは魔力だが管理世界の多くは電力に変換して使用している。

 エネルギー源としては優秀な魔力だが一般的な機械を動かすのには向いていないのだ。

 

 10メートルは軽くある扉を開けて吹き抜けの円型のホールを抜けた一同は、そのまま何事もなく玉座の間へと辿り着いてしまった。

 神経を尖らせて不意打ちに警戒していたなのはは、あまりの呆気なさに警戒心を高めていた。

 

「よく来たわね、高町なのは」

「そういうあなたはプレシア・テスタロッサ」

 

 先端に水晶のような飾りの付いた杖を手に持ったプレシアが、玉座に座ってなのはたちを出迎えた。

 感情のこもっていない冷たい声は、歓迎しているとはとても思えない。

 

「早速で悪いけれど、あなたの集めているジュエルシードが私には必要なのよ。譲ってくれないかしら」

「おまえの目的が分からないかぎり、ハイそうですかとは言えないな。ジュエルシードを欲している理由、話してもらおうか」

 

 なのはとプレシアが睨み合うと同時に、我の強い二人の間に不穏な空気が漂い始める。

 なにも話す気のないプレシアと、話を聞かなければ動く気のないなのはを例えるなら油と水。

 お互いに妥協する気が全くないため話し合いにすら発展しない。

 

「待って!」

 

 しびれを切らした二人が杖を構えて臨戦態勢に入ろうとしたが、フェイトが間に割り込んたことで戦闘には発展しなかった。

 

「あなたの仕事はもう終わったのよ」

 

 眉をひそめたプレシアが下がるようにフェイトに言い聞かせる。

 庇うように前に出たアルフの後ろでフェイトは縋るように声を出した。

 

「どうして、どうして母さんは本当のことを話してくれないの」

「……あなたはどこまでも私の期待を裏切るのね。いいわ、知りたいのなら教えてあげる」

 

 フェイトの悲痛な叫びを退屈そうな顔で聞いていたプレシアが手を掲げると、空中に巨大な映像が表示された。一同の視線が映像に釘付けになる。

 映っていたのは、液体で満たされた円柱型の容器の中で膝を抱えて浮かんでいるフェイトによく似た金髪の少女だった。

 

「フェイト、あなたはこの子の身代わりの人形にすぎないのよ」

「……え?」

 

 現実を受け入れられないで呆然としているフェイトに畳み掛けるようにプレシアがしゃべり続ける。

 

「せっかくアリシアの記憶をあげたのにそっくりなのは見た目だけ。役立たずでちっとも使えない私のお人形」

「まさか……フェイトはその子のクローンなのか!?」

「よく分かったわね。使い魔を超える人造生命の生成技術、そして死者蘇生の技術『プロジェクトF.A.T.E』の産物があなたなのよ、フェイト」

 

 ユーノの推測は当たっていた。

 地球においても遺伝子情報から人間のクローンを作り出す技術は存在するが、プレシアが作り上げた技術はそれをはるかに凌駕している。

 人工的に優れたリンカーコアを持つクローン体を生成して、予め取り出しておいた記憶を書き込む技術。

 それこそがプレシアの行っていた研究の正体だった。

 

「だけど駄目ね。ちっとも上手くいかなかった。作り物の命は所詮、作り物。失ったものの代わりにはならない。アリシアはもっと優しく笑ってくれたわ。アリシアは時々わがままも言ったけど、私の言うことをよく聞いてくれた」

「……黙れ。てめーにフェイトのなにがわかるってんだ」

 

 怒りのあまり、音石はスタンドで殴りかかっていた。

 しかし、見えない壁に阻まれ攻撃はプレシアには届かない。

 スタンドによる攻撃を気にすることもなく、プレシアは映しだされているアリシアの顔を撫でるように手を動かしながら口を動かし続ける。

 

「アリシアはいつでも私に優しかった……フェイト、あなたはやっぱりアリシアの偽物よ。せっかくあげたアリシアの記憶もあなたじゃ駄目だった」

「その口を閉じろって言ってんのが聞こえねえのかッ! レッド・ホット・チリ・ペッパーッ!」

 

 チリ・ペッパーから迸る金色の電光がプレシアに向かって突き刺さる。

 しかし、電気を地面に逸らされてしまい攻撃は一向に通らない。

 電気を失い赤茶けた錆色に変色していったチリ・ペッパーは、姿を保てなくなり音石の元に戻った。

 

「アリシアを蘇らせるまでの間に私が慰みに使うだけのお人形。あなたはもう用済みなのよ」

 

 俯いて涙を流すフェイトをアルフが黙って抱きしめる。

 アルフの形相は怒りの色に染まっており、今にも噛み付きそうなほどの殺気をプレシアに向けている。

 

「私はこの場にある十個と海の七個のジュエルシードを集めてアルハザードに行く。そしてアリシアとの時間を取り戻すのよ」

「忘れられし都、アルハザード。伝承でしか残っていない伝説の都市が実在するわけがない」

 

 ロストロギア発掘を仕事としているユーノは、考古学的な知識としてアルハザードを知っていた。

 だが、実在していたという確たる証拠は未だに見つかってはいない。

 卓越した技術と魔法文化を持ち、辿り着けばありとあらゆる望みが叶う理想郷(ユートピア)としての噂がひとり歩きしているに過ぎないのだ。

 

「アルハザードへの道は次元の狭間にある。時間と空間が砕かれる時、その狭間に滑落してゆく輝き。道は確かにそこにある」

「まさか……あなたは故意に次元断層を引き起こすつもりなのか! そんなことをすれば、地球や周辺の世界がどうなるかわかっているのかッ!」

 

 次元断層とは高次元における災害レベルの異常事態の一つだ。

 プレシアは高い魔力を秘めたジュエルシードを同時に暴走させて、次元空間に亀裂を作り虚数空間を剥き出しにしようとしているのだ。

 

「そんなものどうでもいい。アリシアが生き返るのなら世界を敵に回したって構わない。最後にいいことを教えてあげるわ、フェイト。あなたを創りだしてからずっと私はあなたのことが──」

「キング・クリムゾン」

 

 プレシアの最後の一言がフェイトの耳に届くことはなかった。

 宮殿に一度飲み込まれれば、いかなる言葉であろうと虚空に消え去る。

 デバイスをカノンモードに切り替えたなのはは、プレシアの頭上に回り込み魔力を集束させる。

 それに合わせて四つの循環魔法陣がレイジングハートを取り巻く。

 普通ならば砲撃魔法は発射時間の兼ね合いから、中距離以上で運用しなければならない。

 だが、発射までの時間を無視することの出来るなのはには、距離を取る必要など一切なかった。

 

《Divine Buster》

 

 強力なバリア貫通能力を持った直射型砲撃魔法がプレシアを飲み込む。

 循環魔法陣で増大・加速された桜色の魔力の柱は、フェイトに放たれた時よりも力強く突き進む。

 

 時間が吹き飛んだことを察知したプレシアは即座になのはのいる方向に手を掲げ、事前に準備されていた不可視の防御魔法を発動させた。

 駆動炉の膨大な魔力で練り上げられた魔法を前に、ディバインバスターは拮抗を続けたが貫くまでには至らなかった。

 

「あなたのスタンド能力はお見通しよ。単純な力技では私に攻撃は届かない。未来が見えたとしても意味はない。さあ、どうするのかしら」

「我がキング・クリムゾンの能力を暴いた程度で図に乗るんじゃあない」

 

 レイジングハートを槍のように構えて魔力刃を展開したなのはが、プレシアに刃を突き立てる。

 魔力と魔力がせめぎ合うことで紫電が飛び散るが、やはり防御魔法を突破するには火力が足りない。

 

 だが、なのはの狙いは魔法による拮抗ではない。

 スタンドが見えていないプレシアの背後に、キング・クリムゾンを回りこませて意識を刈り取るのが目的だ。

 

 プレシアの展開している防御魔法は耐久度に優れるシールドタイプ。

 ドーム状のバリアとは違い指定した部分しか防御はできない。

 キング・クリムゾンが拳を振りかぶったそのとき、プレシアがその場から姿を消した。

 魔力と設備に物を言わせた短距離転移魔法で攻撃を回避したのだ。

 

「馬鹿な! あれは完全に死角からの攻撃だったぞッ!」

「まさか……プレシアもスタンド使いなのか!?」

「いいえ、私はスタンド使いではないわ。攻撃を見破った正体はこれよ」

 

 戦況をうかがっていた露伴と康一は驚愕を隠せないでいた。

 そんな二人に見せつけるようにプレシアが出したのは、紫色の球体だった。

 

「スタンドはスタンド使いにしか見えない。そしてスタンドでしかダメージを与えられない。

 けれど攻撃するときは物理的に干渉するのでしょう? この部屋のあらゆる動きはサーチャーが監視して解析しているのよ。

 攻撃する際に引き裂かれる空気の動きも、私には手に取るようにわかる」

 

 スタンドは物体をすり抜けることができるが、攻撃するときは本体の意思で物質に干渉させなければならない。

 非スタンド使いでもスタンドに触れられた感覚はわかるのだ。

 レポートに記されていたスタンドの特性を利用して、プレシアは対スタンド用の防御魔法を用意していた。

 時の庭園の限られた場所でしか運用できず、プレシアにしか使いこなせない専用の魔法だが、その効果は絶大だった。

 

「母さん」

 

 アルフによって戦いに巻き込まれないように後方に下げられたフェイトが、弱々しい声色でプレシアに呼びかける。しかし返事は返ってこない。

 フェイトが虐げられても頑なにプレシアのことを信じ続けていたのは、認めてもらいたかったからだ。

 自分のことを娘と認めて、そして記憶の中にしか残っていない優しい笑みを取り戻して欲しかったからだった。

 

 フェイトの生きがいはただそれだけだった。

 プレシアしか知らないフェイトにとって、生きる意味などそれしかないと今まで思っていた。

 だが今のフェイトはもう独りではない。

 フェイトのことを認めて、本気で怒ってくれる人がいる。

 言葉では語らないが、フェイトの心が傷つかないように守ってくれた人がいる。

 

「行くよ、バルディッシュ」

《yes sir.》

 

 こぼれ落ちた涙を手で拭いながらフェイトは立ち上がった。

 母親に認めてもらうためではなく、母親の間違いを正すためにフェイトはバルディッシュを握りしめた。

 

「アルフ、アキラ……私は母さんを止めたい。そのために力を貸して欲しいんだ」

「あたしはフェイトの使い魔だ。フェイトが望むならどんなことでも手伝うよ」

「丁度、あのババアをぶん殴りてえと思ってたところだ。電気さえあれば、何度だって立ち向かってやるぜ」

 

 フェイトの電気に変換された魔力で充電を済ませたチリ・ペッパーと、手のひらに拳を打ち合わし気合いを入れたアルフがプレシアに立ち向かう。

 先陣を切って近づいたフェイトがプレシアに斬りかかった。

 

「母さん、私はあなたの娘だ。だから、あなたが間違いを犯す前に私が止めさせてもらいます」

「……どうやら小娘共々、再起不能にされたいようね」

 

 フェイトの裏切りを予想していたかのように、プレシアは動揺することなく迎撃のために杖を高らかに構えて魔法陣を作り上げた。

 それはフェイトがなのはに対して使ったフォトンランサー・ファランクスシフトと全く同じ構成の魔法陣だった。


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