不屈の悪魔   作:車道

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決戦は時の庭園でなの その①

 つまらないことで再起不能になりかけた音石だったが、ぶん殴ったことで冷静になった仗助のおかげですぐに意識を取り戻した。

 文句の一つでも言おうと思ったがまた殴られては堪らないので、音石は黙ってフェイトの(もと)へと向かった。

 

 リビングから客間に場所を移したなのはたちは、主にアルフから、なにがあったのか伝えられた。

 虐待としか言いようのない仕打ちに、一同は眉をひそめながらプレシアという人間の一面を理解した。

 

「それでフェイトのお母さんはなんて言ってた?」

「母さんはなのはを連れてくるようにって……」

 

 見え透いた罠を前になのはは腕を組んで目を閉じながら、プレシアの誘いに乗るかどうか考えた。

 現在、なのはの手元には九個のジュエルシードが集まっている。

 一方、フェイトは音石から受け取った一個しか持っていない。

 現状で一番ジュエルシードを集めているなのはから、プレシアが奪い取ろうとするのは明白だ。

 

 問題はプレシアがなにを仕出かすのか分からないところにある。

 なにせ相手は次元を超えて魔法で攻撃できるような魔導師だ。

 やろうと思えばなのはの家族や仲間を人質に取ることなど容易いだろう。

 

 今はまだ、それほど追い詰められていないためそういった外道な行為はしてきていないが、マトモな精神状態ではない相手が黙って見ているとは思えない。

 面倒なことになる前に管理局に連絡して捕らえてもらうのが最も簡単な方法だが、現状ではプレシアは管理局の定めた法律をほとんど破っていない。

 精々、管理外世界で無断に魔法を使ったことぐらいだ。

 むしろ許可を取らずに転移魔法や探索魔法を使っているフェイトのほうが犯している罪の量は多い。

 もしも管理局員を攻撃していたりすれば、すぐさま武装局員を送り込まれていただろうが、現状で管理局が迅速に動くことは無きに等しい。

 

「わかった。プレシアの誘いに乗るよ」

 

 悩んだ末になのははプレシアの誘いを受けることにした。

 なにをしてくるのかわからない相手なら、なにかする前に手を打つことにしたのだ。

 行方しれずのアンジェロと違いプレシアの居場所はわかっている。

 少しの間とはいえ地球から離れるのは得策とはいえないが、なのはは目先の障害を排除することを選んだ。

 

「……僕は反対だ」

 

 フェレットの姿ではなく、人間の姿に戻って話を聞いていたユーノがなのはの意見を切り捨てた。

 

「魔法とスタンドを組み合わせて戦えば、なのはには並大抵の相手を苦もなく倒せる実力がある。

 でも、なのはは魔法を使い始めて一ヶ月も経っていない初心者なんだ。次元跳躍攻撃みたいなSランクオーバーの魔法を使いこなす魔導師と戦って、絶対に勝てるとは思えない」

 

 それはなのはの身を案じての言葉だった。なのはのことを信頼しているからこそ、ユーノはその言葉を受け入れられなかった。

 時折(ときおり)見せる冷酷な一面に怯えることもあるが、なのはの不器用な優しさをユーノは一ヶ月近い付き合いの中で何度も見てきた。

 

 例えばフェイトとの初戦で、なのははわざと手を抜いていた。

 フェイトに敵意はあっても殺意はないことを感じていたのもあるが、それだけなら魔法ではなくスタンドを使って無理やり無力化すればよかったのだ。

 ユーノと出会った日の翌日、なのはは自分は善人ではないと告げていた。

 その言葉に今まで疑問を覚えていたのだが、ようやくユーノは理由を理解した。

 

 なのはの行動の根底には、家族と仲間を守るという意思がある。

 今回の場合はそれが善の行動として現れているが、もし人を殺さなければ解決できない状況ならば、なのはは躊躇(ちゅうちょ)せずに障害を始末するだろう。 

 そしてそこには(みずか)らの保身が含まれていない。

 ユーノの目には、まるで己のせいで自分を取り巻く環境が破壊されるのを恐れているように映った。

 

「でもわたしが行かないで誰がプレシアを止めるの? 現状でプレシアと戦えるのはわたしぐらいしかいないんだよ」

 

 やっぱりだ、とユーノは内心で独りごちた。

 ユーノの予想通り、なのはは一人でプレシアの元に向かうつもりだった。

 罠だと分かっていて敵陣に(おもむ)くような真似を、仲間に強要させるつもりなど端からなかったのだ。

 

「それでも僕は、なのはを一人でプレシアの元に行かせたくない。どうしても行くっていうのなら僕もついていくよ」

「……まったく、とんだお人好しだね。着いて来たいなら勝手にしたらいいよ」

 

 真摯な目で見つめてくるユーノの意思を断ることができずに、なのはは呆れ気味に申し出を受け入れた。

 

「だけどパパたちが来るのは許可しない。下手に頭数を増やしても、人質に取られる可能性が高くなるだけだからね」

 

 士郎たちは不服そうだったが、魔法を防ぐ手段が無いため着いて行ったところで足手まといのは目に見えている。

 フォトンランサー程度ならかわすことはできるが、アルフのような接近戦主体の相手ではないかぎり、対等に戦うのは非常に難しいだろう。

 

「スタンドの射程距離が長い康一、電気を吸収できる音石、防御を無視して無力化できる露伴の三人に絞って連れて行く。残りはアンジェロの警戒をしててもらえるかな」

 

 露伴はこの場にはいないが、ヘブンズ・ドアーは射程距離内なら視線さえ通っていれば防御魔法越しでも能力が通用する。

 戦闘が得意なわけではないが、一度首を突っ込んだのが露伴の運の尽きだった。

 むしろ運がいいと言いながら嬉々として着いて来そうだ。

 

 なのはの判断に士郎たちは黙って従った。

 この手の合理的な戦況判断になのはが優れていることは周知の事実であるからだ。

 

「フェイト、念の為に言っておくけどわたしたちはあなたのお母さんを倒すために行くわけではないよ。話し合いで済むならそれでいいけど、不測の事態があったら困るからね」

「ありがとう、なのは」

 

 張り詰めた空気を感じて不安になっているフェイトを落ち着けるために優しい言葉で誤魔化したが、十中八九戦闘になるだろうとなのはは考えている。

 そもそも話し合いで終わらせるつもりがあるのなら、フェイトとの戦いにプレシアが干渉してくるわけがない。

 恐らくプレシアは譲れないなにかのためにジュエルシードを求めているのだろうが、なのはも黙って見過ごすつもりはなかった。

 

 

 

 

 

 同時刻、地球付近の次元空間内を航行中の巡航L級8番艦『アースラ』のブリッジは平穏そのものだった。

 近未来的な外観を持つこの戦艦は、高次元内と宇宙空間の航行を目的として建造された戦艦だ。

 アースラの主な任務は哨戒任務で、普段は一定のルートを通り管理世界や管理外世界を警邏(けいら)して回っている。

 

 管理局の主な仕事は管理世界の治安維持だが、管理外世界に逃げ込む犯罪者を取り締まるために魔力反応をサーチして回るのも主な任務の一つだ。

 また巡航中に近隣の世界で魔法が関わる事件が発生したときは、すぐさま駆けつけられるように一定の戦力が保持されている。

 アースラには武装局員三十名と執務官二名、非常時には提督も動けるような体制がとられている。

 静けさに包まれているブリッジの扉が開き、青い管理局の制服を着た緑髪の女性が席についた。

 彼女がアースラで最も高い権限を持つ女性、リンディ・ハラオウン提督だ。

 

「みんな、どうかしら。今回の旅は順調?」

「はい、現在第三戦速にて航行中です。目標次元には今からおよそ六時間後に到達の予定です」

「計測によると推定ランクSの魔法が使用された形跡があります。どうやら二組の捜索者が戦闘を行った際に使用したようです」

 

 二名のオペレーターがリンディに現状の報告を行った。

 リンディの手元には近隣の次元空間に設置された測定器からの観測結果が、視覚的にわかりやすいように映像化されて映しだされている。

 

「失礼します、リンディ艦長」

「ありがとね、エイミィ」

 

 そのデータを確認しながら短く返事を返したリンディの元に、執務官補佐兼管制官のエイミィ・リミエッタが紅茶の淹れられたカップを差し出した。

 

「それにしても物凄い魔力量ねぇ。純粋な総量だけならクロノよりも多いんじゃないかしら」

「魔導師の実力は魔力だけでは決まりませんよ、艦長。とはいえ、魔導師の少ない地球にこれほどの才能の持ち主がいるとは」

 

 エイミィの近くでデータを眺めていた全身黒ずくめの小柄な少年──クロノ・ハラオウンがリンディの発言に一般論を付け加えながら唸り始めた。

 彼はわずか11歳で筆記試験、実技試験ともに合格率15%にも満たない執務官試験を、たった二度の挑戦でくぐり抜けた秀才である。

 それは天性の才能もあったが、なによりも幼い頃から努力を重ねていたことが大きい。

 

 クロノを秀才とするならば、なのはは天才だろう。

 天性の感覚で魔法を構成して持ち前の戦闘センスでそれを生かす戦い方は、スタンドを使わなくとも一般的な武装局員をはるかに上回っている。

 空戦魔導士で編成された武装局員たちの魔導師ランクは決して低くはない。

 分隊長なら最低でAランク、隊員でもBランク以上の魔導師が揃っているのだ。

 

「末恐ろしい子供だが、まだまだ荒削りのようだな。見たところ飛行適性は高いが、随分と練度が低い──いや、その分を他の魔法に割り当てているのか」

 

 遅れて入室してきた二十代前半の男が、リンディとクロノと会話に割って入った。

 その服装は一般的な管理局員のものとは異なり、ヒョウ柄のダスターコートにジーンズ、そしてゼブラ模様のテンガロンハットを被ったカウボーイのような格好をしていた。

 ちなみにルックスもイケメンだ。

 

 二の腕の部分に金属製のトゲのようなものが装飾として付けられているクロノに負けず劣らない珍妙な服装をしているこの男がこそ、アースラに搭乗しているもう一人の執務官だ。

 

「しかし随分と妙な戦い方ですね。あなたはどう見ますか? マウンテン・ティム執務官」

「憶測にすぎないが、彼女はレアスキルの持ち主だろうな」

 

 (マウンテン)・ティムは、上空から見下ろす形で記録されている戦闘記録に映っている白衣の少女をじっと見つめていた。

 正確にはなのはを守護するように寄り添っている真紅の王を見ているのだが、アースラの搭乗員達は知る(よし)もない。

 

「つまりこの不可解な現象も、彼女のレアスキルによるものということね。どちらにせよ現地に着いたら一度、話を聞かなければならないわね」

 

 鉄砲水のように押し寄せる無数の射撃魔法がなのはの体をすり抜けているワンシーンを眺めながら、リンディはなのはのレアスキルについて推測していた。

 何種類かの可能性を考慮した上で、彼女は高性能な観測機すら(あざむ)く幻影という結論に行き着いた。それはクロノやM・ティムも同じだった。

 

「事前に申告のあった民間協力者の安否確認と被害状況の把握、更にはロストロギアの捜索もありますからね。仕事は山積みですよ」

「本来は僕たちが解決するべき仕事だ。一刻も早く被害が出る前に動かなくてはならない」

 

 エイミィの発言にクロノはにべもない態度で淡々と答えたが、内心では焦る気持ちを募らせていた。

 次元震こそ起こっていないものの、ロストロギアが管理外世界にばら撒かれるなどあってはならないことだ。

 

 現地にそれなりの数の魔導師が在住している管理世界ならともかく、自衛手段を持たない管理外世界ではどれほどの被害が出るかわかったものではない。

 だからこそ迅速に動くべきなのだが、近隣に動ける戦艦がおらず、たらい回しのようにアースラに仕事が回されてきたのだ。

 

 管理局が確認済みの管理世界だけで35、管理外世界は150以上存在している。

 もちろん管理局が全権を担っている訳ではない。

 原則として各々の管理世界の行政機関に協力する形で、現地機関が対応しきれない事件を取り扱っている。

 しかし危険な任務に対応できる優れた才能を持つ職員の数は限られており、優先度の低い事件はどうしても後回しにされてしまっている。

 クロノはそんな現状にやるせない気持ちを抑えきれないでいた。

 

「だが妙な話だな。ロストロギアの運搬事故なんて普通は起きないぞ」

 

 長い歴史の中で発展してきた次元航行船の安全度はかなり高い。

 民間での遭難事故など十年に一度、起きるか起きないかのレベルである。

 戦艦に至っては十一年前の事件以来、一隻も事故を起こしていないのだ。

 

 執務官になって五年、それなりに経験を積んできたM・ティムの勘が事件の異様さを感じ取っていた。

 クロノと同じく執務官という役職に誇りと信念を持っている彼は、なにか裏があるのではないかと疑い始めていた。

 

「運搬は管理局指定の企業に任されていたはずです。しかも手続きはスクライア一族が行っている。ただの事故とは思えませんね」

 

 事故の原因は人的要因とされているが、自動化が進んでいる時代にそんなものがピンポイントで起こるはずがない。

 そもそも定期的に監査が入っているのだから、そんな杜撰(ずさん)な管理をしているのならその企業はとっくに指定企業から外されている。

 

「これは一旦、調べ直してみる必要がありそうね」

「エイミィ、手伝ってくれるか」

「了解しましたー」

「やれやれ、もう少しはゆっくり出来ると思ったんだが、どうやら忙しくなりそうだ」

 

 リンディの一声により執務官二名と補佐官が管理局のデータベースにアクセスして、運搬事件に関する資料を改めて精査し始めた。

 結果として大したことは分からなかったが、M・ティムが感じ取った予感は確かに当たっていた。

 この件が事故ではなく事件であることがはっきりするのは、アースラが地球に着いてからのこととなる。




第7部(スティール・ボール・ラン)の登場人物は管理世界出身の人物として登場します。生まれた年代や過去設定、スタンド能力に改変が入る場合があります。

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