ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第87話  二大超獣エースに迫る!

 第87話

 二大超獣エースに迫る!

 

 変身超獣 ブロッケン

 一角超獣 バキシム 登場!

 

 

 このハルケギニアという世界には、誰もが知っている伝説がある。

 六千年の昔、まだ人も獣も混じって暮らす、混沌とした地であったハルケギニアに、どこからかやってきた神の使い、始祖ブリミルが降り立ち、この地に平和と四系統の魔法をもたらして、四つの国の基礎をおつくりになったという。

 しかし、始祖ブリミルがどんな人であったのかについては、あまりにも昔のことすぎて諸説入り乱れ、信頼できる資料は残されていない。

 ただ、その第一の使い魔にして、生涯その傍らにあって始祖を支え続けたという伝説のガンダールヴが召喚されたという、数十年に一度の日食の日のことを、人々は『神の左手の降臨祭』もしくは『日食の降臨祭』と呼び、遠い昔から祝い続けていた。

 そしてくしくも、今年はその日食の日であり、ハルケギニア中の人々は、一日限り仕事を忘れて欠けた太陽に祈りを捧げ、その後は飲めや歌えと狂奔する。半月前に怪獣ザラガスに襲われたトリスタニアの街も、今ではほぼ完全に復興をとげて、その下町のチクトンネ街にある一番の居酒屋である魅惑の妖精亭でも、今日は特別であった。正午近くに予想されている日食に合わせて、この日だけは日中に店を開くために、店員の女の子たちがジェシカの威勢のいい声に叱咤されながら走り回っていたのだ。

「さあ、みんな! 今日は真昼間からチップをかせげるまたとない掻き入れ時よ、これを逃したら一生後悔するからね」

「おーっ!」

 才人たちを見送って後も、魅惑の妖精亭は営業を休まずに続け、看板娘のジェシカを筆頭に、その父のスカロンのパワーにも引っ張られて集客を増やしていた。この日も明るい笑顔とともに、目指しているのはもちろん大もうけである。

「さあ妖精さんたち、夜の花は昼間でも輝けるってことを見せてあげましょ。ウドちゃんカマちゃーん、ドルちゃんがサボった分はお給金から引いておくわよ、早く呼んでいらっしゃーい。みんな、時間がないから頑張ってね!」

「はい! ミ・マドモワゼル!」

 もとより大半の子たちは行くべきところもないところをスカロンに拾われて、その器量に惚れこんで少しでも恩を返せればと頑張っている努力家たちだ。大きく明るく返事をして、開店の準備に精を出していく。

「この調子なら間に合いそうね。けど残念ね、正式には聖堂で王族の方々がそろって祈りを捧げるのに合わせて全国民がお祈りするのに、肝心のアンリエッタ王女が外征に出ていてお留守だなんて」

「仕方ないわよお父さん。お姫さまにはこの国を守る大切なお仕事があるんだし、アルビオンが平和になったら、向こうの国からもお客さんがトリステインに来てくれるかもしれないじゃない」

 相変わらず、初見の人間には到底親子とは映らないほどギャップの大きいスカロンとジェシカは、外で特別開店の飾りつけをしながら会話に花を咲かせていた。

「あっそうだ、平和になったらいっそアルビオンへ営業へ行きましょうか?」

「あっ、それいいかも! 国の復興のときにはお金も大きく動くしね。それどころか魅惑の妖精亭アルビオン支店なんてやってみてもいいんじゃない。店の子も増えて、みんな経験も積んできたからいい機会かもよ!」

「やーん、ジェシカちゃん天才! さすがわたしの娘」

 なんともたくましく、雑草の花はそれだからこそ美しく輝いて広がっていく。だがそれも、平和な世の中であればこそで、今おこなわれているアルビオン内乱が、もし王党派の敗北で終わるようなことがあれば、ここも安全に商売をしてはいられなくなるだろう。

 立ち話に区切りをつけたスカロンとジェシカは、あらためて空を見上げて、奇跡を呼ぶという太陽の欠けるときに思いを寄せた。

「もうすぐよね、待ち遠しいわ……それにしても奇跡か……そんな大それたものはなくてもいいけれど、誰もがこうしてお日様を見上げられる日が来るといいわね。こんなささやかなお願い、神様に届くかしら」

「大丈夫よ。こんな世の中だって、神様も今日ぐらいはチップを落としていってくれるわよ。それにしても暑いわねえ、アルビオンに行ったシエスタたち、楽しくやってるかしら……」

 この日、アルビオンを含むハルケギニア全土は雲ひとつない快晴。絶好の日食日和で、大都市から地方の小村まで、誰もが太陽が欠けるという奇跡のときを心待ちにしていた。

 魔法学院では使用人たちにまで特別休暇が与えられた。ハルケギニアの各地でも、ラグドリアン湖の湖畔では、モンモランシーの実家に彼女を送っていく途中のギーシュとリュリュの三人が湖面に映った太陽を見つめ、タルブ村ではレリアが佐々木の墓に祝いの酒をかけながら娘たちの無事を祈り、遠く離れたガリアでも、ホテルの屋上でイザベラが日傘の影でメイドに扇であおがせて涼みながらその時を待ち、エギンハイム村では巨木のてっぺんに作った展望台に翼人と村人が立って、翼人と人間の両方の作法で祈りを捧げている。

 そして、ハルケギニアを見下ろす、ここアルビオンでも、町々では人々が神の奇跡に内乱の終わりを願い、おごそかに空を見上げて祈っていた。豊かでなくとも、ただ平和な日々に戻って欲しいと。そんな戦火を避けてきた人たちが集まるある町に、ティファニアと子供たち、そして彼女たちの身を案じて来たロングビルの姿もあった。

「マチルダ姉さん、奇跡って本当かな……?」

「さてねえ、教会の連中は声高に触れ回ってるし、以前にあったときはわたしも赤ん坊だったから……おっと、そんな悲しそうな顔しないでおくれよ! そうだね、起きるんじゃないかい」

 ロングビルからマチルダの口調に戻った彼女は、うっかり蓮っ葉な態度をとってしまったことを慌てて謝った。とはいえ、奇跡にすがりたいのは彼女とて同じなのだ。このアルビオンを覆う悪意のパワーはすさまじく、とてもではないが魔法の力すら失った自分などではどうこうすることはできない。

「奇跡、起きるよね?」

 もう一度同じ問いをかけてきたティファニアに、ロングビルは彼女の目と、その後ろで落ち着かずに遊んでいる子供たちを見渡して、自嘲気味に笑うと優しく口を開いた。

「あたしの望む奇跡は、あんたたち全員がすこやかにたくましい大人に育ってくれることだけだよ。でもさ、神様ってやつがどんなやつかは知らないけど、あたしはほとんど一回死んでから帰ってくることができた。だから、案外粋なところがあるのかもね」

「え? 一度、何?」

「ああ!! 今のなし、なんにもなかった! なかったからね!」

「はい?」

 危なかった。自分が盗賊をしていて、毎日命の危険に身をさらしていたというのはティファニアたちには秘密だったのだ。しかし、こうもあっさりと秘密を口にしそうになるとは、やっぱり自分には盗賊の素質などはなかったのかもしれない。速めに足を洗えたのは本当に正解だった。

「ごほん、ああ……まあ、奇跡なんて大げさなことを言ってもさ、別にお前はそんな大それたことを望んでるわけじゃないんだろ。だったらさ、遠慮せずに神様にお願いしてみな。今日だったら、神様もよく聞いてくれるかもしれないしさ」

「うん、そうだね。ありがとう姉さん、わたし精一杯祈ってみるよ」

 泊まっている宿屋の窓を開けて、ティファニアはエルフであることを隠す帽子を深々とかぶったまま、両手を合わせて、目をつぶって太陽のほうへと祈った。

「神様お願いです。みんなをどうか無事に帰してきてください。もうこの子たちから大切な人を奪わないであげてください……」

 ティファニアと子供たちの祈りが天に届くかは、すでに罪深き身となってしまったロングビルにはわからなかった。

 

 彼女たちの見上げる空には、太陽と、青と赤の月が輝いている。それらの三つの影はゆっくりと一つに近づき、ハルケギニアの全ての民が待ちわびる、その瞬間へと近づいていた。

 

 が、日食が蒼天にこぼれた染みだと悪意で表現するのならば、ただ一箇所、天の陽気とは裏腹に殺意と邪気で満たされ、今まさに全世界の趨勢を決する戦いが始まろうとしている場所は確かにある。しかもそれは彼女たちが無事を願う者たちのいるところであった。

 アルビオン大陸中央部、サウスゴータ地方に聳え立つ小さな古城。それを踏み壊し、その巨体を現した超獣にウルトラマンAが立ち向かい、幾年にも渡ってウルトラ兄弟への怨念を蓄えつつけてきたヤプールは、その邪念を呪いに変えて吐き出した。

 

「ついに現れたなウルトラマンAよ! さあ、闇の底から蘇った悪魔の化身よ。今こそ復讐を果たすのだぁぁぁっ!」

 

 ヤプールの怨念に満ちた声を受けて、崩れ去った古城の瓦礫を踏みつけながら、ヤプールのしもべがウルトラマンAをめがけて、雄たけびをあげながら驀進していく。

 奴の名は変身超獣ブロッケン。ヤプールの超獣合成機によって鰐と宇宙怪獣が合成されて誕生した、身長六五メートル、体重八万三千トンにも及ぶ、超獣の中でも最大級のボリュームを誇る怪物だ。

「シュワッ!」

 だが、ついに正体を現したブロッケンに対して、エースも構えをとって向かえ、手裏剣を投げつけるように突き出した指先から先制攻撃の光線を放った。

『ハンディシュート!』

 連続発射される小型光線がブロッケンの正面から当たって爆発するが、巨躯を誇るブロッケンには大して効かない。どころか、怒りに燃えたブロッケンは両腕の爪の先から破壊光線を撃ち返しながら、うなり声をあげて迫ってくる。しかし、それがエースの狙いであった。

(そうだ、ついてこい)

 このまま戦えば大勢の人々を踏み潰してしまうだけに、エースは光線を回避しつつ、慎重に奴を牽制しながら人のごったがえしている戦場から、反対側の平原へと誘導していく。けれども、いつもとは違って、その心境は決して穏やかではなかった。

(やはり、こいつだったか)

 ブロッケンを前にしたエースの心に、以前戦ったブロッケンとの記憶が蘇る。ワルドの手にあった目と口から、十中八九と予測をつけていたが、的中したことに喜びなどはまったくない。なぜなら、こいつはヤプールの操る超獣の中でも、特にエースがピンチに追い込まれた相手だからだ。

 正面から見据えるだけでも、普通の超獣の二倍はある体格は軽くエースを見下ろすほどあり、人馬形態の体格と超獣屈指の体重から生み出されるパワーは、それだけでも充分すぎるほど脅威となる。

 しかも、以前はブロッケンは右腕を失っているというハンデを背負っていたが、今度は万全な状態な上に、ヤプールによってさらに強化されているのに違いない。

 

”はたして勝てるか”

 

 そんな、不吉な考えがエースの心にさしたとき、それを晴らしたのは恐れを知らない若い声であった。

(ブロッケンか、やっぱりな。ヤプールもとんでもないやつを切り札に出してきやがったぜ。やっぱ、実際見てみるととんでもない迫力だな。けど、こいつを倒せばこんなくだらない戦争も終わるんだよな)

(腕にまで目と口があるなんて。まるで、ケンタウロスの体を持つ三頭のドラゴンね。それに、よくも姫さまたちを手にかけようとしたわね。もう絶対にゆるさないんだから!)

 ブロッケンを見て、その威圧感に圧されながらもやる気を出している才人とルイズの勇気が、エースの心にも闘志をよみがえらせてくる。

 そうだ、例え相手がなんであろうと逃げることはできない。そういえば、自分も北斗星司だったころには猪突猛進くらいで生きてきたが、知らないうちに心に白髪が増えていたようだ。

(ようし、いくぞ!)

 恨みを込めた遠吠えをあげて迫るブロッケンを、エースは正面から受け止めて、そのボディに渾身のパンチを打ち込む。避けられない戦いはついに本格的にその火蓋を切った。

「ヘヤァッ!」

 ブロッケンの鼻から吹き出される高熱火炎をかいくぐり、ブロッケンの左腕を掴んだエースは、もぎとれるくらいの力を込めてひねり上げ、悲鳴をあげた奴の頭をあごの下から殴りつける。

 並の怪獣ならばこれだけで軽く脳震盪を起こすだろうが、ブロッケンはそんな生易しい相手ではない。奴は睨みつけるようにエースを見下ろすと、鞭のように長く伸びた二本の尻尾を振りかざしてエースの首を絞めようと狙ってきて、チョップで跳ね返したエースに、今度は鋭い牙の生えた口がついた腕で噛み付こうとしてくる。

「ヌワァッ!」

 かといって距離をとろうとすれば、爪の先や尻尾の先からの破壊光線で狙い撃たれ、かわしても至近での爆発がエースを包み込む。

(なんて火力だよ!?)

 近、中距離での攻撃力ではベロクロンさえ上回る破壊力を発揮するブロッケンの力は、知っていたはずの才人の予測もはるかに超えていた。しかし、エースの闘志は一人だけのものではない。

(鞭って自分で使うのはいいけど、他人に使われると、どうしてこうむかつくのかしらね)

(だったらお前、おれを殴るのをやめろ)

(いやよ、犬のしつけには鞭が一番だもの。けど、あんたも最近すばしっこくなってきたから、振りかぶろうとしたらすぐに逃げるから困ったものよ)

 ふっと笑いかけたルイズの言いたいことを、エースは乱暴なたとえだなと内心苦笑しながらも理解して、もう一度ブロッケンに接近戦を挑んでいった。

 むろん、飛び道具にも増して現在の地球上で最強の爬虫類である鰐の力を受け継ぐブロッケンにとって接近戦は望むところである。至近距離での火炎放射と三つの口で猛然と噛み付いてくるが、エースは正面を避けて奴の側面に回りこむ。しかし、普通なら死角になる場所さえ、ブロッケンは自由自在に動く二本の鞭状の尻尾で補っていた。それらは、まるで蛇になっているという伝説の怪物キマイラの尾のように動いて、エースを打ち据えようと振りかぶった。その瞬間。

(今だ!)

 このタイミングを見計らって、エースは奴の尻尾の付け根に渾身のチョップを打ち込んだ。するとたちまち付け根にある神経節が衝撃で麻痺して尻尾の動きが止まり、できた隙を逃さずに横から思い切り蹴り飛ばした。

「テェーイ!」

 いくら打たれ強いといっても、生物である以上強いところもあれば弱いところもある。横合いからキックを決められたブロッケンは勢いよく吹っ飛ばされて、土煙を巻き上げながら倒れこんだ。ルイズの与えたヒント、鞭は相手に叩きつけるためには一度振りかぶらなければならないから、その隙をつけという答えが見事的中したのだ。

(ようし、今がチャンスだ!)

 巨体をもてあましたブロッケンは一度倒されると簡単には起き上がれず、溝にはまった馬のようにもがいている。今ならいけるとエースは横倒しになった奴の上にのしかかり、マウントポジションからパンチを連続で浴びせかけた。

「デャッ、ダァッ!」

 けれどブロッケンも、痛みを怒りに変えてエースを跳ね飛ばしながら無理矢理起き上がってきた。尻尾の先から放つスネーク光線をエースに放ち、当たりはしなかったが間合いを外し、戦いをもう一度振り出しに戻した。

(さすが、一筋縄でいく相手ではないな)

 態勢を立て直した両者がにらみ合う戦場を、天空に燃える太陽と、その傍らに並ぶ二つの月がひときわ熱く、明るく照らし出していた。

 

 そして、今や両者の戦いは、すべての人間たちにも注目されていた。

「ようし、そこよ。いけーっ!」

「危ない! 後ろから触手がくるぞ」

 離れた丘の上から子供のように声援を送るキュルケと、ブロッケンの動きを読んで警告を叫ぶアニエスだけではなく、アンリエッタとウェールズが風の魔法で声を増幅して、全軍に向かって演説していた。

「アルビオンのすべての兵士たち、今、目の前でおこなわれている戦いは現実です! 聞いてください。このアルビオンで起きている様々な異変や長引く戦争は、ヤプールが裏で糸を引いていたのです。奴は、わたしたちを抹殺することで、アルビオンはおろか、ハルケギニア全体に終わることのない戦争を広げようと画策していました」

「諸君、私も気づかされた。これまでの戦いすべてが、敵に仕組まれていたことを。我々も、そしてレコン・キスタの貴族たちも、最初から争いを好む者たちによって利用されていたのだ。だから、本来我々が争わなければならない理由などは何もない。我々が無意味に争って、限りなく生まれる悲嘆と憎悪こそが敵の狙いだったのだ。だからもう、終わらせよう。そして平和な国を取り戻し、自分たちの家へ、家族の下へ帰ろうではないか!」

 兵士たちの間から、いっせいに天も割れよといわんばかりの大歓声が沸きあがった。それを受けてアンリエッタとウェールズは叫ぶ。

「あの戦いを見てください。今、この世界は異世界からの侵略者に襲われています。ですが、異世界からは救世主もやってきてくれました。こうして戦ってくれている彼、ウルトラマンがそうです。彼はこれまでも、ヤプールの超獣からわたしたちを守ってくれました。けれど、わたしたちが愚かな争いを続ける限りヤプールは無尽蔵に力を得ることができます。わたしたちの敵は、わたしたちの生み出す邪悪な心そのものなのです。そしてこれ以上、悲劇を繰り返さないためにトリステインとアルビオンは、これから手に手をとりあって、争いのない平和な世の中を作ることを神と始祖に制約します」

「戦争は、今日で終わりにしよう。さあ、みんな、悪魔どもに、もう人間はお前たちの思惑どおりにはならないということを、教えてやろうじゃないか!」

 大地を揺るがす大歓声がそれに応えた。アンリエッタとウェールズは先頭に立って、最後までこの戦いを見届けようと恐怖心をねじ伏せて、震えそうになるひざを押さえて立つ。そして後は、飾り物の自分にできるのはこれぐらいしかないと、アンリエッタは両手を合わせて一心に祈り、その肩を彼女の愛しい人が支えた。

「神よ、どうか悪魔の手からこの世界をお守りください」

 人間の心の光と心の闇、ウルトラマンAとブロッケンの戦いはまさにそれを現実に顕現したものであった。大地を揺るがし、大気を震わせ、光が舞って炎が猛る。そんな中でも、大宇宙の神秘はウルトラマンAとヤプールの戦いをさえ小さいものとあざ笑うように、数十年の長い時を超えて、本来出会うことのない太陽と月が重なる時を、今ここに作り出した。

「殿下! 太陽が……欠け始めました!」

 気象観測を任務とする兵士のたった一言の叫び。それが戦いに心を奪われていた人々に、はるかな時を超えて起こる最大級の天体現象が、ここにその瞬間を迎えたことを伝えた。 

「日食が、始まった……」

 昼を照らす太陽と、夜を照らす月が交わるときに生まれる闇の時間、日食。ハルケギニアの歴史では、始祖の降臨祭に次いで聖なる日と言われ、平和と幸福を人々が祈るこの日を、戦塵に汚して荒れ狂い、血と死のカーニバルと化する悪魔を倒すために、その心に光を宿す者たちはあえて剣をとる。

 そして人間たちも、心を持たない臆病者や卑怯者はとうに逃げ去り、残った勇気ある兵士たちは戦いを終わらせる最後の戦いを見守り、エースの勝利を願い続けた。

「がんばれーっ! ウルトラマーン!」

「化けもんをやっつけてくれーっ! 俺たちが応援しているぞ」

 月に覆われ始めたとはいえ、なお強烈な光を持つ太陽は変わらずにハルケギニアを照らし続けている。祈りをささげるアンリエッタと彼女を守るウェールズを先頭に、二人を救ってくれたエースの勝利を願う人々を、太陽はじっと見守っていた。

 

 

 だが、世界に光が満ちようとも悪魔の邪悪な野望の影が晴れることはない。

”フッフッフフフ……今のうちに喜んでおくがいい、愚かな人間どもよ。希望に満ち満ちたところから突き落とされたときにこそ、その絶望は何倍にも増加する。さあ、そろそろ第二幕をあげてやろうではないか!”

 ヤプールの暗黒の想念がアルビオンの大気の中を毒の煙のように流れていき、その怨念の命令を今や遅しと待ちわびていた者は、冷ややかな目ではるかな天空から戦いを見守っていた。そこは、すでに撃沈寸前になって誰からも忘れ去られているレキシントン号。すべての砲門を失い、生き残った乗員は総員退艦の末に、船を見捨てて脱出していった。ボーウッドは戦闘のさなかに負傷して運ばれていってからは、二度と艦橋に戻ってくることはなかった。

 ……だが、幽霊船のように、ただ浮くだけの無意味な木の塊となったレキシントン。この廃船の艦橋で、たった一人残っていたクロムウェルは、眼下を見下ろしながら薄い笑みを浮かべて、思わぬ来客を迎えていた。

「ほう、まだ生きていたのか。人間というものは、案外しぶといものだな」

「クロムウェル……貴様、よくも私を殺そうとしてくれたな」

 振り返りもせず、後ろ目で視線を流したクロムウェルの見る先には、ほんの昨晩まで彼がひざまずいて慈悲をこうていた女、シェフィールドがいた。あちこち引き裂かれた黒服と、浅からぬ深さを持った赤い傷を全身にまとわされながらも、憎悪に満ちた目でこちらを睨んでいる。どうやって戦場の中を空を飛んでいるこの船に来れたのかわからないが、いや、人間にしては神出鬼没なこの女のこと、なんらかの仕掛けをこの船にあらかじめ仕掛けていたのかもしれない。

「ふぅ……私は奴に、確実に仕留めろと言っておいたのだが、よく生きていられたものだな」

「あいにくと、手持ちの魔道具のほとんどを使ってしまったけど、やられる寸前にアンドバリの指輪で仮死状態になってやりすごしたのさ。死んだと思ってとどめを刺さずに行ってくれたのが幸運だったよ」

「ふっ、ならばそれも本体ではあるまい。我らを出し抜くとは、一応、さすがとだけは言っておこうか。だが、もうお前にも、愚かなお前の主にも用はない。これまでよく働いてくれた。礼を言おう」

 すると、シェフィールドの顔に明らかな怒気が浮かんだ。自分のことではなく、自分の主が侮辱されたことに反応したようだったが、かろうじてそれを押し殺し、尊大な態度をとる操り人形だと思っていた男を弾劾する。

「貴様、いったい何が貴様をそこまでに変えたのだ? ただの臆病な地方の一司教でしかなかったお前が! 答えろ、クロムウェル」

「クロムウェル? ふっふっふっ、お前の言うクロムウェルという男はとうの昔に死んでいるよ。ずいぶん前から入れ替わっていたが、気づかなかった己を呪うのだな」

「っ!……クロムウェルを殺して、成り代わっていたのか」

「そのとおり、お前たちのような愚か者を騙すのはなかなか楽しかったし、長引いた戦争のおかげでマイナスエネルギーもだいぶ補充できた。まったく感謝に耐えんよ。もっとも、お前もそこに転がっている愚か者たちのように、これから死ぬのだがな」

 そう言って、あごで床を指した先には、何人もの豪奢な服を着た死体が横たわっていた。それは、レコン・キスタ派の貴族たちの亡骸、だが戦闘で死亡したのではない。どの死体にもほとんど傷はなく、それぞれ喉に深々と突き刺さった鋭いダーツが致命傷となっていた。彼らはもはや敗北が必至だと知ると、よくもこれまで調子のいいことを言って我らをだましてくれたな、貴様には一足速く地獄へ行ってもらうぞと目を血走らせて艦橋へつめかけ、そして皆殺しの目にあったのだ。

「まったく、人間というものはつくづく愚かよ。見た目で相手を判断する。そこに大きな落とし穴があるとも知らずにな……さて、そろそろ私も行かねばならん。ちょうど太陽も隠れて、闇が濃いよい眺めになってきたことだ。だがその前に、貴様は消えてもらおうか!」

 クワッ! そう表現するふうにクロムウェルが目を見開いて、口が裂けるくらいに広げたかと思うと、奴の喉の奥から真っ赤な光がシェフィールドに向かって放たれた。

「くっ!?」

 シェフィールドは貴族たちの死に様から、とっさに腕を喉元にやって守ったが、赤い光に当てられた腕には、大降りのナイフほどもある巨大なロケットが突き刺さって打ち抜いていた。だが血は流れずに、シェフィールドの腕が無機質な人形のものに変わる。

「ほう、思ったとおり遠隔操作型の魔法人形か、さすが抜け目がないな。どうだ、愚か者の主人などは捨てて、我らと手を組まないか?」

「ふざけるな! 私の主人はジョゼフ様ただお一人だ!」

「それは残念、ならばジョゼフに伝えておけ。お前の作ったゲームはなかなか楽しかった。その礼に、今しばらくの命はくれておいてやる。せいぜい世界が燃え尽きるその日まで余生を楽しむのだな。フフフ、はーっはっはっは!」

 高笑いをしながら、クロムウェルは次第に不気味な異次元の光に包まれていく。シェフィールドは、だまされていたことと主を嘲笑されたことに激しい怒りと憎悪をこめて奴を睨みつけたが、壊れてどんどんただの人形に戻っていく魔法人形では何もすることができない。だが彼女は人形の口と耳を通して、最後の質問を奴にたたきつけた。

「言え! 貴様の本当の名を!」

 すると、クロムウェルは口元を悪魔のように大きく歪めて笑うと、床に崩れて倒れていく人形に向かって、人間ではない本当の声で答えた。

 

「私の名はバキシム……ヤプール人だ」

 

【挿絵表示】

 

 その瞬間、巨大戦艦レキシントン号は地上に落下して燃え上がり、そのどす黒い火炎の中から、悪魔がその雄たけびをあげた。

 

【挿絵表示】

 

「超獣だぁーっ!」

 兵士たちの間からあがったその悲鳴こそが、目の前の出来事を何よりも如実に表現し、そして恐怖と絶望の波が心を支配していく始まりであった。

 

「ゆけぇーバキシム! お前の力でエースを倒し、我らの同胞の悪霊が待つ地獄へと送り込むのだぁーっ!!」

 

 一角超獣バキシム。けたたましい鳴き声をあげて、太い二本の足に支えられた蛇腹状の胴体の上に、緑色の瞳のない目を爛々と輝かせたオレンジ色の頭と、鋭く天を突く一本角をそびえさせて現れたこいつこそが、宇宙怪獣の能力と地球のイモムシの体を与えられた破壊工作員にして、クロムウェルに成り代わってアルビオンの人々の運命をもてあそんだ悪魔の正体であり、ウルトラマンAへ復讐を果たすためのヤプールの切り札だった。

(そんな! ブロッケンに続いてバキシムだって!?)

 巨体ゆえの重量で、地面をへこませながら前進を開始したバキシムを見て、才人は愕然とした。今でもブロッケンとはやっと互角の勝負をしているというのに、ブロッケンに続いて超獣屈指の重量を誇るバキシムと戦う余裕などはエースに残っているはずもなかった。だが、だからこそといわんばかりにバキシムは、櫛状に鋭いとげの生えた両腕のあいだからミサイルを発射してエースを攻撃してきた。

「ヘヤァッ!」

 とっさにかわしたエースのいた場所を強烈な威力を持つミサイルが吹き飛ばし、土と石を草原ごと大量に王党派軍の頭上に降りかからせた。

「まずい! 全軍後退しろ、急げ!」

 ミサイルの破壊力から、離れていても爆風で被害を受けると判断したウェールズは全軍にそのままの姿勢で後ろに下がることを命じた。なまじきびすを返させると、急いで逃げようとするあまりに混乱が起きる危険性があったからだが、その判断は正しかった。バキシムのミサイルはベロクロンほどの数は撃てないものの弾頭は大型で、かつて襲った超獣攻撃隊TACの基地に大打撃を与えているのだが、彼を信頼する兵士たちは隊列を保ったまま数百メイル後退するのに成功した。

 しかし、バキシムにとっては人間たちなどはどうでもよく、ミサイルに続いて七万八千トンもある体重を活かしてエースに突進攻撃を仕掛けていった。もちろん、単純な突進ならばエースにとって避けるのは難しくはないが、華麗にかわしたと思った瞬間、ブロッケンのスネーク光線がエースの背を打った。

「フワァッ!?」

 死角からの攻撃を受けて、エースはよろけて倒れる。そして、それを見逃すバキシムではなかった。巨体に似合わずすばやく反転してくると、今度は鼻の穴からさっきよりも大型のミサイルを発射してきたのだ。

「グォォッ!」

 ミサイルの着弾の爆炎に包まれて、エースから苦悶の声が漏れる。

(いけない、守りに入ったらそのままやられるわ!)

(反撃だ、このままじゃやられる!)

 二大超獣を前に、ルイズも才人も完全に余裕を失って叫ぶが、エースもそれには同感であった。バキシムとブロッケン、超獣の中でも屈指の火力とパワーを誇るこの二体を相手に、守りに入ったところで防ぎきれるわけがない。

「トォォッ!」

 反撃に出たエースは空中高く飛び、バキシムへ向かって急降下キックをお見舞いし、蹴倒したところで反転するとブロッケンの首根っこを掴んで投げ捨て、草原を人工の巨大地震で揺さぶった。

「おおっ、すごい!」

 地面に伏す二匹を見て、兵士たちのあいだから歓声があがる。あんな巨大な超獣を投げ飛ばすとはやはりウルトラマンはすごい、これならば二匹が相手でも勝てるかもしれないと。

 だが、奴らは単に巨大で鈍重なだけの怪獣ではなく、その身に極限までの改造を施されて、全身を武器に作り変えた生きた要塞ともいうべき超獣だった。二匹は起き上がると、エースから受けた攻撃などはまるで最初からなかったというように、ミサイル、レーザーをSF映画の宇宙戦艦のように雨あられとエースに浴びせかけたのだ。

「ウワァァッ!!」

 バリヤーを張る暇すらなかった。いや、最初にブロッケンと戦い始めて以来、消耗を続けていたエースはすでに大量のエネルギーを失っており、この攻撃で舞い上がる炎の中で、もはやエースのカラータイマーは青い輝きを保っていることは不可能になっていた。

(強いっ……)

 月面のように掘り起こされ、焼き尽くされた大地の上にエースはひざを突き、苦しげに頭を上げて二大超獣を見上げた。この、これがヤプールの切り札か、かつて戦ったときにも増して両方とも強力になっている。おそらくは、ハルケギニアで収集したマイナスエネルギーに加えて、かつて倒された奴ら自身の怨念によってパワーアップをとげたに違いない。

 

”怨念を晴らすまでは、幾度でも蘇る”

 

 それはまさに、ヤプールの本質そのもの。エースへの怨念を残して、怪獣墓場をさまよっていた超獣たちの魂は、ここに復讐の機会を得て歓喜に沸き、積み重ねた怨念を力に変えて、蘇ってきたのだ。

「ふはははっ! エースよ、我らの怨念の深さを思い知れ! そして兄弟たちもいないこの世界で、なんの助けにもならない非力な人間たちを恨みながらみじめに死んでいくがいい!」

 異次元空間から、ヤプールの狂喜に満ちた笑い声が響き渡る中で、二大超獣は力を失いつつあるエースへと向けてミサイルとレーザーの照準を合わせる。これをまともに受けたら、いかなエースでもひとたまりもない。

 さらに、それにも増して人間たちのあいだにも動揺とともに絶望感が伝染病のように速やかに拡大しつつあった。

「ああっ……怪物が、二匹も」

「ウルトラマンも歯が立たないなんて。終わりだ、アルビオンはもう終わりなんだ!」

 恐怖は何よりもたやすく人間の心を支配する。そして理性を麻痺させ、人間を本能のままに動く獣に変えてしまう。今はまだ、アンリエッタやウェールズが堤防となって決壊を抑えられているが、もしエースが倒されようものならば、七万の人間の恐怖はアルビオン全体へと拡散し、この大陸はヤプールの超獣の恐怖に支配される暗黒の地と化してしまうだろう。

「エース、頑張って」

「立て、立つんだ」

 アンリエッタやアニエスの声が届き、エースは苦しい身を起こして立ち上がる。だが、ブロッケンはそんなエースをあざ笑うかのようにレーザーを放つ。

「ヘヤァッ!」

 側転でかわしたエースのいた場所で連続した爆発が起こり、距離をおいては的になるだけと接近しようとしたエースを、バキシムの火炎放射が草原を焼きながら阻止してくる。

「グワァッ!!」

 七万度もの高熱火炎がエースをあぶり、敵を前にしてエースのひざが大地に着かれて、体が麻痺したように痙攣して動かなくなってしまう。

(くそっ、離れても近づいても駄目なのか。ちくしょう、おれはこんな大事なときに役に立てないなんて)

 この二体には死角らしいものが見当たらない。ましてや弱点などもないため、今回は才人も作戦の立てようがなく、無力感が彼の心を侵していった。そして無力感は絶望感となり、未来への希望をも黒く塗り込め始める。もしこの二匹がハルケギニア中で暴れたら……才人とルイズ、二人の脳裏によぎるのはあの時空間で見た、崩壊して死の街となったトリスタニアの記憶。

(そんな、そんなはずはない、あの未来は消滅したはずよ!)

 エアロヴァイパーによって連れて行かれたあの破滅した未来は、奴の死と同時に消え去ったはずだ。それに、未来が変えられるということは我夢が教えてくれたではないか。だがここで負けたら、あの未来へと続く破滅の道が新たに生まれてしまう。すべての命が滅ぼされ、漆黒の荒野と化したあの世界をヤプールに作り出させないためにも。

(ここで、ここで負けるわけにはいかない!)

 かつてをはるかに超える邪念を宿らせて迫るバキシムとブロッケンに、エースは消えない正義の火を胸のカラータイマーに宿して立ち上がる。しかし、月に侵食されて光を失っていく太陽のように、破滅の未来は確実に目の前にやってきていた。

 

 

 続く

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 


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