第85話
蒼月の激闘
高次元捕食体 ボガールモンス
宇宙大怪獣 ベムスター
ウルトラマンジャスティス 登場
月にはウサギがいて餅をついていると、昔の日本の人々は夜空にロマンを追い求めた。
そして近代になって月が岩と砂ばかりの荒涼たる世界であると知っても、その強い思念は消えずに受け継がれていったのは誰もが知っている。それは、時には多少はた迷惑な怪獣を生み出すこともあったけれども、人々の月に対する愛は変わらず、宇宙の銀世界にひときわ美しく輝く地球の兄弟星に思いを寄せてきた。
そうした人間の思いは、時空を超えたハルケギニアの人間にも同じように宿っている。彼らから見れば夜空に美しく映える青と赤の月は、むしろ余計な科学的知識がない分、見上げた人々はそこに神秘と敬意を抱き、はるか天上の神の世界に思いをはせていった。
だが、いまや美と神秘の象徴であった月は、宇宙正義と宇宙悪とが雌雄を決する血みどろの死闘場と化そうとしていた。
「ヘヤッ!」
右腕を引き、左拳を前に突き出すファイティングポーズをとって油断なく構えるウルトラマンジャスティスの目の前には、二匹の大怪獣が立ちはだかって隙を狙っていた。
一匹は、高次元捕食体ボガールの進化体ボガールモンス。ヤプールによって再生され、ハルケギニアを餌場として着々と力をつけてきたボガールは、捕食活動を妨害し続けるジャスティスを倒すために第二形態に進化して挑んだが、ジャスティスの実力はその想像をはるかに超えており、宇宙のかなたから新たな怪獣を呼び寄せた。そのもう一体の異形の鳥形怪獣こそ、かつてウルトラ兄弟を数度にわたって苦しめ続けた、宇宙大怪獣ベムスターだ。
「シュワッ!」
しかし、相手が何であろうと先手必勝を旨とするのがジャスティスだ。見たことのない相手であろうと、反撃をさせずに倒してしまえばよいと、ベムスターへ向かって高速移動で距離をつめて先制攻撃のパンチを繰り出した。
「ゼワッ!」
掛け声とともにベムスターの左肩付近に命中したパンチが火花を上げる。それでも、かつてMATの大型ミサイル攻撃にもまったくダメージを負わなかったベムスターの堅固な皮膚は、ジャスティスの一撃をも衝撃を緩和して受け取め、反撃として鋭い一本爪のついた腕を振り下ろしてきた。
(防御力、パワーともにかなりのものだ。だが、恐れるほどではない)
打撃を受け止めたジャスティスは、冷静にベムスターの力量を分析していた。防御力に打撃力、いずれも決して低くはない。しかし今のところは、これまでに戦った敵をしのぐほどではないと判断して、警戒は続けながら打撃戦を続けていく。
「ヘヤアッ!」
ボディに連続でパンチを打ち込み、かと思えば足払いを食らわせて月面上に転がして、背中から抱えて投げ飛ばす。その隙をついてボガールモンスが破壊光線を撃ってきても見切って回避し、反撃に放った光弾が奴の翼の一部を抉り取って爆発する。
もちろん、二体の怪獣は怒りに燃えて反撃するが、ジャスティスは正面から力でねじ伏せた。ウルトラ戦士にも戦うスタイルがあり、ウルトラマンのような万能タイプをはじめとして、セブンのようなテクニカルファイター、タロウのようなパワーファイターと様々だが、ジャスティスはまぎれもなく重量級の戦いを得意とするヘビー級のストロングファイターであった。
「デヤアッ!」
渾身の力を込めたダブルパンチが六万一千トンのベムスターの体を、木の葉のように軽々と吹き飛ばす。
「デリャァッ!」
間髪いれずにボガールモンスにも反撃や逃げる隙も与えずに、急速に間合いを詰めてジャスティススマッシュの至近距離からの連射で痛めつけて、ふらついたところで強烈な回し蹴りをくわえてなぎ倒した。
この、あまりにも一方的な展開をもしジャックやメビウスが見ていたら、その強さに唖然としていただろう。それほどに異世界の存在であるジャスティスは、戦闘能力にかけて飛び抜けていた。
青い星と赤い月を背にして悠然と立ち、ジャスティスは一見ダンスを踊るようにふらふらと起き上がってくるボガールモンスを見据えると、両腕を上げて躊躇なく必殺光線のエネルギー充填の体勢に入った。
「アレハ……」
ボガールモンスは、一度食らって九死に一生を得た破壊光線の威力を思い出して戦慄した。あのときは、かろうじて脱皮に成功して離脱できたが、まともに直撃されていたらひとたまりもなかったであろう。それは進化体となった今でもそうは変わらないが、だからこそ奴はこの怪獣を呼び寄せたのだ。
空間移動する隙を与えまいと睨みつけるジャスティスの前で、ボガールモンスは同じようにふらついているベムスターの後ろに隠れるように回りこんだ。
(ぬ? 手下を盾にするつもりか)
別に珍しいことではない。追い詰められて仲間を見捨てたり、身代わりにしようとする宇宙人や怪獣などは人間に限らずごまんといる。そんな共通の醜悪な心根を持つ破壊者たちをジャスティスは全宇宙で見てきており、だからこそ容赦などする気は毛頭なく、丸ごと吹き飛ばすべく全力で一撃を放った!
『ビクトリューム光線!』
サボテンダーやレッサーボガールを欠片も残さず粉砕した金色のエネルギー流が一直線にベムスターに向かう。だが、ベムスターがなぜ宇宙大怪獣と呼ばれるのか、その由縁をまだジャスティスは知らなかった。
奴は、真正面から来るビクトリューム光線に対して避けるどころか、五角形が連なった模様をした腹を突き出すと、その中央部に開いた口に、エネルギー流をまるで換気扇に吸い込まれていく煙のように軌道を変えて飲み込んでしまったのだ。
(なにっ!?)
光線を避けたりバリアで跳ね返すならともかく、吸収してしまったことにはジャスティスも驚いた。だがこれこそがベムスター最大の特徴であり、歴代のウルトラ戦士や防衛チームに恐れられた理由なのだ。
ベムスターは頭についている特殊合金をも食いちぎる口のほかにも、腹についている五角形の吸引アトラクタースパウトという口からあらゆる物体や、エネルギーさえも吸い取ってしまう。そして飲み込んだ物体やエネルギーは体内にあるベムストマックと呼ばれる強力な胃袋で瞬時に消化して自らのエネルギーに転換してしまう機能を持っており、この吸収能力のすさまじさは、ジャックのスペシウム光線やメビウスのメビュームシュートさえも飲み込んでしまったことから証明されている。
そして、それはすなわち光線技が戦いの決め手であるウルトラ戦士にとって、まさに天敵ともいえるほどの封じ手になるということだ。今ビクトリューム光線を吸収したベムスターは、そのエネルギーを変換することによって宇宙空間を長期間飛んできて消耗した分を補給し、元気いっぱいとなってジャスティスに反撃を開始した!
「ヌウォッ!」
口ばしを突きたてながら突進してきたベムスターを受け止めきれずに、月面にこすった足跡をつけながらジャスティスは後退した。しかも、ベムスターはこれまでの恨みを晴らすかのように、防御のあいだをかいくぐって打撃を入れてきて、たまらず距離をとろうとすると奴の頭部に生えている一本角からの破壊光線、『ベムスタービーム』がジャスティスを吹き飛ばした。
(……やってくれる)
ダメージを受けながらも、ジャスティスは冷静さを失わずに立ち上がり、目の前の怪獣を見据えた。まさか、ビクトリューム光線を吸収してしまうとは思わなかった上に、そのエネルギーが付加された奴のパワーは先程より跳ね上がっている。
(こんな怪獣がいたとは……!)
ベムスターは爪を振り上げて、ジャスティスが与えたダメージがなかったかのように威嚇のポーズをとってくる。最初に見たときに感じた、この怪獣の自信の理由はこれだったのかとジャスティスは理解した。おそらくは光線だけではなく、火炎や冷凍ガス、カッター光線などの、通常は決め手とされる武器はことごとく吸収できるのだろう。これならば、どんな怪獣や宇宙人が相手でも、最初からきわめて有利に戦える。
その証拠に、ベムスターの種族は地球をはじめ、宇宙のあちこちに度々出現しているのが知られている。その最初の一匹がウルトラマンジャックと戦ったのを皮切りに、その後ウルトラマンタロウ、メビウス、ヒカリとも同種族が戦っているが、どれも人間の援護やほかのウルトラマンの助力を得てようやく勝てていて、ウルトラマンが単独で勝利できた例は、ナックル星人が再生させて、初代とまったく同じシチュエーションでジャックにぶつけた一体を例外として、実はただの一回も存在しないのである。なにせ、こちらの武器も必殺技も、なにもかも吸収してエネルギーにしてしまうために手の出しようがないのだ。
必殺光線を連射し、エネルギーを消耗したジャスティスに対して、エネルギーを吸収したベムスターは元気を増してジャスティスに襲い掛かる。
「ヌワッ、ヌォォッ!」
鋼鉄をも噛み砕くベムスターの口ばしがジャスティスをつつき、隙を見て鋭い爪がわき腹や腰を刺し貫こうと狙ってくる。
また、当たり前のことだがボガールモンスも見物に徹しているわけはなかった。雷型の破壊光線がベムスタービームと共同でジャスティスに炸裂し、たまらずによろめいたところで、ベムスターと挟み撃ちにする形で太い腕を振りかざして接近戦を挑んできた。
「ヌグゥゥッ!」
万全の状態ならばこの二体を相手でもジャスティスは問題なく戦えただろうが、ビクトリューム光線二発の消耗は少なくはなかった。そしてとうとう、これまでのハルケギニアでの戦いでは、一度も点滅することのなかったカラータイマーが赤く鳴り始めてしまった。
「ソロソロアブナイヨウダナ?」
赤く輝くカラータイマーの点滅が、ウルトラマンの命の灯であることは地球人に限らず多くの宇宙人に知られている。ジャスティスのエネルギーが残りわずかだということをそれで知ったボガールモンスは恨みを込めてほくそえんで、さらに嬉々としてジャスティスを痛めつける。
「……」
だが、それとてもジャスティスの闘志を折ることはできていなかった。二大怪獣の猛攻にさらされながらも、じっとその攻撃を耐え、受け流しつつ、エネルギーの消耗を抑えながら逆転のチャンスを狙い続けていた。
むろん、ウルトラマンといえども痛みも苦しみも人間同様に存在するので、その、強靭な精神力は、「さすが」の一言では到底言い表せないほどだった。二匹の怪獣は水に落ちた犬に石をぶつけて遊ぶ残忍な子供のように、一方的にジャスティスをなぶることに狂奔し、はさみ打って抵抗ができないようにしながら、爪で、牙で、角で、さらに光線を撃ちまくる。煮え湯を飲まされ続けた憎しみと、本来持っていた残忍性、そしてもう一つの目的を達せられそうだという興奮が、ボガールモンスを駆り立てていた。
「オマエ、ワタシノゴチソウニナレ」
ボガールモンスの背中についている翼状の器官が巨大化し、食肉植物の葉のように大きく広がる。そのグロテスクな姿には、それがなんであるかを知らなくても、少しでも想像力を持つものであれば、その目的と用途を戦慄と共に悟っただろう。ボガールの目的は、その始まりから帰結にいたるまで食事をすること以外にはない。その対象は怪獣にとどまらず、生物であるのなら一切の差別なく食いつくし、はてはウルトラマンとてその例外ではない。
(私を食う気か……)
以前の戦いでウルトラマンAを捕食しかけた奴の捕食器官も、本体と同じく進化を遂げて巨大化していた。いまやウルトラマンすら簡単に飲み込んでしまえるくらいに開いて、背中からジャスティスを食い殺そうと迫ってくる。
「オマエ、ウマソウ、ズットタベタカッタ」
鞭のように自在に動く尻尾でジャスティスの体を捕獲し、捕食器官で覆いつくすようにボガールモンスは迫った。かつて地球に出現したときはメビウスに目をつけて、ツインテールを囮に使ってまでおびき出し、その後も執念深く狙い続けてついに果たせなかっただけに、捕食対象としてのウルトラマンにはまだ強い執着を持っていた。これでジャスティスを食えば、奴は次にベムスターをも捕食しにかかり、あとはハルケギニアはおろか、あらゆる星々の生命という生命を滅ぼしにかかるだろう。まさに、宇宙の全てを食い尽くすまで収まらない食欲の権化。
そしてついに、ジャスティスの体が引きずり込まれるようにして捕食器官に挟み込まれてしまうと、ボガールモンスは勝利と食事にありつける喜びに、歓喜の叫びをあげた。だが、奴は食欲に忠実なあまりに、自らの敵が何者であるかを破壊の快楽の向こうに忘れ去ってしまっていた。
「ヌゥン! デヤァァッ!!」
突然、収縮しかけたボガールモンスの捕食器官が膨れ上がったかと思うと、水素ガスを詰め込んだ気球に火がついたかのように、猛烈という言葉すら生ぬるい大爆発をあげて吹き飛んだ!
それは、その瞬間をハルケギニアから見上げたならば、一瞬月が光ったように見えたであろう。それほどの火炎を吹き上げ、その火炎の中心部から炎をまとって現れた戦士の姿を見たとき、背中を丸ごと粉砕されてもだえるボガールモンスは、狩る者と、狩られる者の立場が逆転したことを知った。
月面を力強く踏みしめ、何人にも屈しない絶対正義の使徒は今、その胸を覆うプロテクターを通常の銀色から、邪悪を焼き尽くす太陽の光のようなまばゆい金色に輝かせた、新たな形態にチェンジしていたのだ。
『ウルトラマンジャスティス・クラッシャーモード』
それは、ジャスティスが基本形態のスタンダードモードから、本気での戦いを決意したときにのみ見せる最強の戦闘形態。この二大怪獣を宇宙に逃せば、また数え切れないほどの命が犠牲になる。それを防ぐために、通常は封印し、宇宙を荒らしまわった異形生命体サンドロスとの戦いのときでさえ使わなかった、この力を解き放ったのだ。
「ハアッ!」
二匹の怪獣を見据え、両腕を左右に大きく開いたジャスティスの腕の先から光が漏れて、一瞬ジャスティスが光の十字架となったかのように思われた。さらに、ジャスティスが両腕を下回りにゆっくりと回していくにつれ、金色に輝くエネルギーが頭上に光の玉となって収束し始めたではないか。
「コレハ……!?」
本能的にボガールモンスは、これがビクトリューム光線さえはるかにしのぐほどの超エネルギーを秘めた一撃の前兆だと予知して戦慄した。そして、再びベムスターを盾にしようとその背後に身を隠し、ベムスターはさらなるエサを得られる興奮から、捕食者がすぐそばにいることも知らずに、腹の口を開いて待ち構える。これでは、むざむざとエネルギーを食われるだけだが、ジャスティスはそんなものは見えていないといわんばかりに、エネルギーの集中をやめない。
「シュワッ……」
膨大なエネルギーがジャスティスの頭上で、まるで真夏の太陽のように赤々と燃え上がりながら収束し、解放のときを待っている。
ここは、一人のウルトラマンと、二匹の怪獣のほかは生命の兆しも見えない荒涼たる月の世界。誰一人見守る者もなく、見届ける何者もない世界で、ジャスティスはその身に背負う使命を果たすべく、収束した全エネルギーを腕を振り下ろすと同時に、煮えたぎる太陽のプロミネンスのような光線に変えて解き放った!
『ダグリューム光線!!』
光の竜のような光芒は狙いたがわずに立ちはだかるベムスターの腹の口に命中して、吸引アトラクタースパウトに吸い込まれていく。
「グフフ……バカメ」
同じ失敗を二度するとはと、ボガールモンスはせせら笑った。ベムスターは注ぎ込まれ続けるエネルギーを着々と吸い込み続けて、歓喜の叫びを高らかにあげている。
しかし、ジャスティスはカラータイマーの点滅が上がっていってもダグリューム光線を発射する手を止めない。それは、正義は悪に対しては絶対に背を向けてはならないからだ!
「ヌォォォォォッ!」
全身の力を込めたダグリューム光線がなおもベムスターに注ぎ込まれ続けると、やがてベムスターの体に変化が現れ始めた。その体にわずかな亀裂が生じて木漏れ日のように光が漏れ出したかと思うと、それは一筋、二筋とベムスターの全身に広がっていき、その後ろに隠れていたボガールモンスをも明るく照らし始めたのだ。
「コ、コレハッ!?」
ベムスターを倒す方法は大きく分けて三つある。一つは吸収されることのない物理的な攻撃で攻めることで、ウルトラマンジャックがウルトラセブンから与えられた新兵器・ウルトラブレスレットの光の剣、ウルトラスパークで切り裂いたことがこれに当たる。
二つ目は、吸収する隙を与えずに一気に大威力の攻撃を叩き込むことで、GUYSが粘着弾で腹の口を封じようとした作戦や、ウルトラマンヒカリがホットロードシュートで倒したときがそれだ。
そして最後の一つは、ZATがウルトラマンタロウをも倒したベムスターを完全撃破したエネルギー爆弾作戦のときのように、吸収しきれないようなエネルギーを叩き込んで内部から吹き飛ばすことだ!
「ヌォォッッッ!!」
さらに力を増したダグリューム光線が吸引アトラクタースパウトに吸い込まれたとき、とうとうベムストマックの許容量をも超えたエネルギーは、さしずめ凝縮されたウラニウムが臨界点を超えたときのように、白光となってすべてを覆い尽くした。
「…………」
ベムスターが溜め込んだジャスティスのエネルギーと、ボガールモンスが溜め込んできた怪獣たちの膨大なエネルギーは一つとなり、無音の世界を光速で駆け巡った。そして次の瞬間、月面の1/3を、この星が悠久の時の中で刻んできた無数のクレーターをすら、形も残さないほどの大爆発となった。
二大怪獣も、ジャスティスも炎は厚くて姿は見えない。この大爆発のことは、ハルケギニアでも肉眼ではっきりと確認できており、翌日の日食のこととも合わせて、神が見せた奇跡の前兆ではないかと、しばらく人々の口を騒がせることになる。しかし、月の地形をも変えてしまうほどの爆発の中で、ジャスティスは二大怪獣といっしょに吹き飛んでしまったのだろうか?
月は猛火に包まれて、その火炎の中にはまったく生命のきざしは見えない。けれど、今は青い月が赤い光で照らすハルケギニアの、どことも知れない森の一角に、亜空間から光粒子が漏れ出したのに続いて、ジュリが次元の穴からワープアウトしてきた。
「はあ、はぁ……どうやら、成功したようだな」
地面の上に降り立ったジュリは、呼吸を整えると、一本の大きな木の根元に疲れきった体を横たえた。
あの、二大怪獣が大爆発したタイミングで、火炎はジャスティスが飛んで逃げても逃げ切れないほどの勢いで広がっていた。しかし、間一髪のところで、彼女は残ったエネルギーを使って、ハルケギニアまで瞬間移動することに成功したのだ。
ただし、そのために消耗したエネルギーは大きく、ジャスティスはウルトラマンの姿を保っていることさえ不可能になってしまった。ワープアウトした時点でジュリの姿に戻り、さらにワープした地点もアルビオンからは大きくずれて、トリステインかゲルマニアか、ガリアかすらわからなかった。
「少し、無理をしすぎたか……ここまで消耗するとは」
強大な力には、それに見合った代償が必要になる。ジャスティスにとってもそれは変わりはなく、圧倒的な強さを誇るクラッシャーモードやダグリューム光線も、通常は封印されて使わないのは、その強さと引き換えにエネルギーの消耗は莫大で、多用すればジャスティス自身の生命にも関わるためだ。
「回復には、最低四、五日はかかるか。それまでは戦えないな」
エネルギーを使いすぎたウルトラマンは、時間が経てば回復するが、かつてダメージが溜まりすぎて死亡しかけたセブンのように、無理をすればそれだけ命を削ってしまう。周りは静まり返った森で、人間の気配はなく、人里から大きく離れているということだけはわかった。ただ、この星には危険な生物が地球以上にあふれており、人間の盗賊程度だったら今の状態でも問題ないけれど、オーク鬼などの大群にでも襲われたらさすがに危ない。
ジュリは、ともかく今は下手に動き回らずに回復を待つべきだと、目をつぶろうと思った。が、悪い予感というものはほとんど予知に近い的中率を持つらしく、人間の匂いを嗅ぎ取ったらしい狼の群れが闇の中からうなり声をあげて現れた。
「やれやれ……」
ため息をついてジュリは立ち上がると、相当に飢えているらしくよだれを垂らしながら近づいてくる狼の群れを見下ろした。見たところ、数は三十匹前後、いつもであれば相手にもならないが、人間でいえばフルマラソンの後にも匹敵するほどに疲れきった今では、寿命が削れる程度の無茶をしなければ切り抜けられまい。
が、無理を押して立ち向かおうとしたジュリの前で、狼たちの反対方向から闇を裂いて小さな赤い光が飛んできたかと思うと、群れの中で特に大きな狼に突き刺さった。
「矢か……いや」
その赤い光の正体が、矢に取り付けられた導火線の火だとわかったときには、突き刺さった矢は真っ赤な炎をあげて爆発し、その狼を尻尾の先などのわずかな肉片を残して粉砕していた。さらにそいつがこの群れのボスだったようで、ほかの狼たちも一気に散を乱して逃げ出していった。
「おいあんた、そんなところで何してるんだい?」
振り返ってみると、そこには革の胴着やよれた綿のズボンなどのみすぼらしい……いや、この森の中では機動性と保護色をかねているのだろうと思われる服を着た女が、今使ったと思われる弓を持って立っていた。
「人間か……」
「おいおい、助けてやったのに第一声がそれかい。まあこんなところじゃ亜人と間違えても無理はないけどさ、確かにあたしは人間さ、それで満足かい?」
黒い髪を短く刈りそろえて顔にわずかにかけたその女性は、興味と警戒心を半分ずつ込めた目でこちらを見ていた。しかし、ジュリはそれがヤプールの刺客や、知能の低い亜人種ではなく、本当に単なる人間だとわかるとほっと息をついた。
「すまないな、おかげで助かった」
「なあに、たまたま通りすがっただけさ。それにしても、あんたこそこんなところに何の用だい。このファンガスの森は今でこそ落ち着いてるけど、それでも狼や熊が頻繁にうろついてるんだよ」
月明かりの中を歩いてくるにつれて、その女性の容姿も詳しくわかってきた。先の服装や髪の色に加えて、よく日焼けした顔立ちにはわずかに少女っぽさが残っており、見るところまだ十代の後半から二十代の前半あたりだろう。だがそれよりも、彼女が手に持った弓につがえられた矢の先端部には、火薬筒と思われる円筒が取り付けられており、見かけに不釣合いなほどの重装備がジュリの目を引いた。これならば重さで射程距離は落ちたとしても、命中すれば熊であろうと一発で仕留められるだろう。
「お前、兵士か?」
「ん? ああ、これのことかい。あいにくと、わたしはただの狩人さ。昔ここじゃちょいと面倒な獲物を狩ってたから、ないと落ち着かなくてね。それよりも、いいかげんこっちの質問にも答えなよ。変わったかっこだけど、一番近い街からも十リーグ以上離れたこんな辺ぴな場所に何のようだい?」
「……旅の途中で、どうやら道を間違えたらしくてな」
あながち嘘でもない答えを返すと、若い女は愉快そうに笑った。
「あっはっはっは! それでこんなところまで迷い込んでくるとは、たいした方向オンチだねえ。けどまあ、ここにはわざわざ物取りが狙いにくるようなもんは何にもないし、信じてやるよ。で、お前さんこれからどうするんだい?」
「……今は特に目的はない。また、足のままに旅するだけだ」
これは嘘ではない。当面の目的であるボガールの撃破はなったものの、まだこの星は異次元人ヤプールの侵略対象にされている以上、見過ごすわけにはいかないのだ。
しかし、そう言って立ち去ろうとしたジュリを、女は呼び止めて言った。
「待ちなよ、今この森を無理に抜けようとすれば、また獣どもがわんさかと集まってくるよ。見たところ、体調もよくなさそうだし、この近くにわたしの家があるから休んでいきなよ」
「お前は、こんなところに住んでいるのか?」
「まあね、話せば長いが、誰にだって事情ってものはあるだろ。んで、どうするかい? 小さいとこだが、メシと寝床くらいは用意してやるよ」
その申し出を、ジュリは受けるか否かと考えたが、受ける以外に今は安全な選択肢はないと判断した。どのみち変身もままならない今の状態では無理に出回ったとしても何もできないだろう。休めるうちに休んで、体調を万全にするのもまた戦いのうち、無理をするにも時と場合がある。
「わかった、やっかいになろう」
「そうかい、じゃあついてきな。こっちだ」
若い女は了承を得たことで軽く笑うと、指を立てて方向を示して、先に立って歩き始めた。森の下草や木の葉、腐葉土が踏み鳴らされて特有の音を立てる。しかし、いくらか歩く中でジュリは女の足音が右と左でわずかに違うことに気づき、足首を見てみると、彼女の左足のズボンのすそからは、足首の代わりに木の棒が伸びていて、それが義足だとわかった。
「お前、その足は?」
「ん? へえ、これに気づくとはあんたもなかなかだねえ。なに、昔大物とやりあったときにね……」
失われた左足に視線をそそぐ彼女の目に、一瞬感傷めいた光が浮かんだ。
「おっと、そういえば、さっきからお前だのあんただのと、まだ名前も聞いてなかったね」
「……ジュリ」
「そうかい、よろしくな。わたしの名は……」
そのとき、再び一陣の風が流れ去り、森の木々と木の葉を揺らしていった。
ファンガスの森は静まり返り、この森の唯一の住人と、その客人をじっと見守る。
ガリアの辺境に位置し、今やその名を知る者も少ないこの森に、名乗りあった二人は立ち、やがてまた歩き始める。やがて青い月の炎も薄まり、双月も沈み行く中で、ウルトラマンジャスティスの戦いは、この日一つの終わりを迎えた。
だが、そんな激闘があったことなどはハルケギニアの誰一人として知る者はいない。大部分の人々にとって、その夜はいつもと変わらず月が照り、被災したロンディニウムもしだいに混乱から静けさへと移り変わり、やがて時間が日付を一日進ませる頃には、あわただしすぎる一日に疲れきった人々は、安らぎの世界へと落ちていっていた。
けれども、安らぎを与える宵闇も、この世界を滅ぼそうとする悪の胎動を止めることはできなかった。
王党派のこもった小城から北に五十リーグ離れたところに、戦艦レキシントンをはじめとしたレコン・キスタ艦隊はいた。給弾艦から最後の補給を受けて、貴族は在りし日の甘い夢に逃げ込み、平民たちはどうやって勝ち目のないこの戦いから逃げ出そうかと、密談や、脱出の準備をひそかに進めて、それをする気もない者は惰眠にすべてを預けて眠っていた。
そんな中で、いまや千名強にまで落ち込んでしまったレコン・キスタを率いる立場にあるクロムウェルは、自室にシェフィールドを招いて密約を交わしていた。
「おお、それは本当ですか! でしたら、間違いなく勝利することができましょう」
「そうよ、あのお方はすでに全軍に出撃を命じたわ。計画が成功した暁には、約束どおりこの大陸はあなたのもの、ですからはげむことね。これがお前に与える最後のチャンスよ」
シェフィールドは突っ伏して土下座するクロムウェルに、自らの指にはめた『アンドバリの指輪』をかざして、その指輪の宝石が放つ光を照らすと、クロムウェルは大仰に喜んだしぐさを見せて、何度もひれ伏して見せた。
「いいこと? もう一度確認するけど、この世にある四つの系統の魔法の中で、水の力は生命の活動をつかさどるわ。普通はそれを人体の治療などに役立てるものだけど、水の力にはさらなる奥があるわ、それは何?」
「ははあ、禁術とされていますが、水魔法には人間の精神に作用し、感情を操作したり、記憶を書き換えたりするものがあります」
模範解答をいただいたシェフィールドは、口元をゆがめてクロムウェルを見下ろしながら、アンドバリの指輪を軽くなでた。彼の言った禁術とは、簡単な例をあげれば、以前モンモランシーが製造に失敗して大事件を巻き起こした惚れ薬のように、人間の心を操ってしまう魔法や魔法薬のことを言う。これは実際的に麻薬にも等しい危険物なために、世界中で厳しく規制されている代物であるが、シェフィールドの考えていることはその程度の生易しいものではなかった。
「そう、ご名答。そしてこのアンドバリの指輪に込められている水の魔力は、人間の扱うそれとは比較にならないほどのパワーを秘めてるわ。これを、これから私が王党派の城の水源に使って、その水を飲んだ人間を狂わせて暴れさせるから、あなたはその混乱をついて我らの艦隊と挟み撃ちで一気に王党派を殲滅なさい。いいわね?」
「ははあ、重ね重ねのご温情、決して無駄にはいたしませぬ」
「期待しているわよ」
とは言ったものの、シェフィールドの目はすでにクロムウェルを見てはいなかった。あの激戦で、いったいなにがどうなったのか理解を超えたことが続いたが、とにもかくにも戦いを引き分けに持ち込んだクロムウェルに、ジョゼフは最後の利用価値を見出しただけだった。
「もうレコン・キスタを動かすのも飽きた。そんな国の行く末などに最初から興味もないし、そろそろ広げたおもちゃは行儀よくおもちゃ箱に戻すとしようか」
あくびをしそうな様子で、ジョゼフは無駄に状況がややこしくなって、死に石ばかりでこれ以上盤を動かしにくくなったアルビオンをさっさと片付けようと、シェフィールドにアルビオンでの最後の仕事をさせるとともに、ガリアの一個艦隊にすでに出撃を命じていた。ただし、シェフィールドの言葉どおりにレコン・キスタを勝たせるつもりはなかった。
「アンドバリの指輪の効果で、小僧と小娘の軍が混乱して、じじいの艦隊が喜んで攻撃しているときに、我が艦隊が割って入ってレキシントンを沈めれば、アルビオンとトリステインに同時に恩を売れる。どうやらトリステインの小娘は侮れぬ才覚の持ち主らしいからな。俺の差し手に充分になる前に死なれては、後がゲルマニアの成り金やロマリアの坊主だけでは面白くないからな」
自分が世界を盤にしてのゲームを楽しむにしても、相手がそれなりにいなくては張り合いがない。腕に自信のある差し手ほど、強い敵を求める。どこの世界に、幼児を殴り飛ばして喜ぶ格闘家や、サルを相手に知識を披露する学者がいるか、より楽しいゲームのために、まず敵を育てる。クロムウェルは、そのための捨て石でしかなかった。
けれども、相手を捨て駒と思っているのはなにもシェフィールドだけではなかった。彼女が計略を実行に移すために立ち去った後で、クロムウェルは大きく口元を歪めて、ふっとせせら笑っていた。
「ふふ……愚かな人間め」
人形遣いの優越感に浸っている者は、自らも操り人形に過ぎないとは考えもしないものだ。これまでシェフィールドの優越感をくすぐりながら、あの手この手で時間を引き延ばし、レコン・キスタを動かしてきたが、アルビオン全土を壊滅させる作戦も失敗した今、それも終わりに近づいてきている。
「しかし、この期に及んでアンドバリの指輪か、さてどうしたものかな」
アンドバリの指輪のことは、クロムウェルもよく知っている。元々水の精霊の有していた秘宝であるあれは、普通の人間が使っても上級の水魔法に匹敵するくらいの真似ができるが、どういうわけかあの女が使えばノーバやブラックテリナの規模には及ばなくても、多数の人間を操作することができるようだ。だが、アンドバリの指輪の効力を多少惜しいと思うクロムウェルを一喝するようにヤプールの声が響いた。
「何を迷っているのだ! 我らの目的を忘れたのかぁ!」
瞬間的に個室は異次元空間となり、ヤプール人は自らの計略のために邪魔になったシェフィールドを排除するために、クロムウェルに命令を与える。
「いいか、人間どもを追い詰めれば必ずウルトラマンAは現れてくるだろうが、ここで余計な真似をされて、いらぬ混乱が起きては面倒だ。あの女を始末しろ」
「はっ、しかしあの女の策を用いれば、この世界にさらなる混乱をもたらす火種とすることもできましょうが?」
「エースへの復讐に比べれば、人間の世界のことなど二の次だ! 積もり積もった我らヤプールの怨念を、今こそ晴らすのだぁー!」
ヤプールの怨讐がこもった声とともに異次元空間は掻き消え、クロムウェルは元の部屋の中に立っていた。ただし、そこにはさっきまではいなかった、もう一人の長身の男の影が現れていた。
「戻ったか、傷の具合はどうだ?」
「ふ、人間の体を修復するなど造作もないこと。ただ、この体の元の人格は、役に立たないので封じ込めてあるがな」
「そうか、ならさっそくだがウォーミングアップをかねて仕事に行ってきてもらおうか」
月光のみが明かりとなる部屋の中に、二人の男の影が揺れて、一つが消えた。
そして、それから数時間後。王党派陣営の拠点である城に流れ込む、地下水脈の源泉となる深山の湧き水に、シェフィールドの姿はあった。
「ここね」
そこは、平時であれば清らかな山水を求めて人々が集うであろうが、戦時である今は誰もいない。というより、水源であるここに万一毒が投げ込まれたときのために、一個小隊分の兵士が駐留していたが、シェフィールドがアンドバリの指輪の光を向けると、全員が一瞬にして倒されていた。
しかし、そのまま水源に向かおうとしたシェフィールドは、闇夜の中から染み出るように姿を現した男に阻まれて立ち止まった。
「お前は……ワルド子爵」
「こんばんわ、ミス・シェフィールド」
不敵な笑いを浮かべながら、ゆるやかに両手を広げて立ちはだかるワルドの姿は、すでにカリーヌにやられた外傷は完全に消え去り、以前となんら変わらぬ様相でそこに存在していた。
「なんのご用ですの?」
口元にだけは笑みを浮かべ、親密そうに、かつ目にだけは警戒心を宿らせながら問いかけるシェフィールドに対して、ワルドは喉を鳴らして笑った。
「いえいえ、私の主はもうあなた様に大変お世話になりましたが、そろそろ男らしく独立独歩していこうと決意されましてね。それで、ごあいさつにと参ったしだい」
そのとき、シェフィールドの目の下の筋肉が微妙に震えたが、夜闇のせいでワルドには見えなかった。
「へえ、あのクロムウェルがねえ。それで、私の助けはもういらないということなのかしら?」
「はい、ですからここはお引取りいただきたく存じます。あなた様と主様には……」
「その必要はないわ!」
ワルドが言い終える前に、シェフィールドの額に魔法文字のルーンが輝いたかと思った瞬間、彼女はアンドバリの指輪をワルドに向けて、その光を放っていた。
「うぉぉっ……」
ワルドの体が倒れこみ、にぶい音を立てるとシェフィールドはせせら笑った。
「フン、メイジ風情が楯突こうなどと百年早いわ。最初から杖を持っていなかったのがあなたの敗因ね。さて、あの小心者が裏切るとは思わなかったけど、お前なら手駒としてそこそこ優秀でしょうから、しばらくは私の道具にしてあげるわ」
シェフィールドはつまらなさそうにつぶやくと、ワルドを使って裏切り者を始末させるために、再びアンドバリの指輪を向けた。だが、彼女が指輪の効力を使う前に、倒れていたワルドが起き上がって笑った。
「ふむ、生体組織を遠隔操作する類の道具か、確かに中々強力ではあるようだな」
「な……なんだと!?」
シェフィールドは、首を鳴らしながら平然としているワルドに、初めて平静を乱して後ずさり、手の中の指輪を見つめた。
「ば、馬鹿な……この、アンドバリの指輪で操れない人間などいるわけが……」
「ふっふっふ。そう、確かに人間なら操れるだろうが、あいにく私には効かないようだね」
「なにっ!? ま、まさか!」
人間になら効果がある。しかし、このワルドには通用しないということは、彼女の脳裏に不吉な仮説を立てさせた。
「ふふふ。さて、ではご苦労をかけさせましたお詫びにそろそろお休みいただきましょうか。永遠に、ね」
ワルドが笑い、両手にはめられていた手袋に手をかけたとき、泉に一陣の風が吹いて木の葉を巻き上げ、かなたの空へと運び去っていった。
善も悪も関係なく、人々の運命の糸はねじれ、からまりながら、切れなかったものは前へ前へと伸びていく。その先にある何かを求めて。
そして、宵闇の封印が太陽によって破られた、いつもと何も変わらない快晴の夏の日の朝が訪れた。この日、二年近くに渡ったアルビオン王国の内乱は、最後の戦いの幕を上げたのである。
続く