ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第37話  シルフィを返して!! (後編) ヒマラワールドをぶっ潰せ!!

 第37話

 シルフィを返して!! (後編) ヒマラワールドをぶっ潰せ!!

 

 宇宙超人 スチール星人

 怪宇宙人 ヒマラ 登場!

 

 

「へ……変身、できない」

 才人は焦っていた。ルイズと分断され、訳も分からない異次元空間に一人っきり、しかも目の前には巨大化した宇宙人、これは非常にやばい。

 懐には秘蔵しているガッツブラスターがあるが、巨大化した星人相手にどこまで役に立つか。もちろんデルフは論外だ。

「おいいっ!! そういうことはせめて抜いてから言ってくれよ!!」

 何やらやかましい声が聞こえるような気がするが、今はそれどころではない。

 だが、才人を見下ろすヒマラは余裕たっぷりな様子でこう言った。

「ふふふ、まあそんなに緊張しなくてもいいだろう。言っただろう、私は野蛮なことは嫌いでね。君には私が引き上げるときまでここにいてもらう。なあに、ここには君の仲間達もいるから、寂しくはないだろう。では、はっはっはっはっ」

 笑い声とともにヒマラの姿は消えていった。

 残された才人はがっくりと芝生の上に腰を降ろす。

「なんてこった……」

 まんまとヒマラの思う壺にはめられてしまった。ルイズがいっしょにいなければウルトラマンAになることはできない。あのときヒマラはルイズを狙ったんだろうが、才人が飛ばされても結局は同じことだ。

 だが、正々堂々と戦ってやられるならまだしも、あんなアホ共のいいようにされるのは我慢ならない。

 とにかく、今は現状を把握しなければ。ヒマラの言った通りならば、ここには消された街にいた人々や行方不明になった使い魔達もいるはずだ。何はともあれ情報収集は戦術の基本だと、才人は自分を励ましながら学院の中へと入っていった。

 

 

 一方そのころ、元の世界に残されたルイズ達四人は突然才人が消されて大パニックに陥っていたが、そこへ再びヒマラが現れて、一行を見下ろして悠然と話しかけてきた。

「やあ諸君、ごきげんよう」

「ああっ、あんた、サイトを、サイトをどこにやったのよ!!」

 いきり立ってヒマラに杖を向けるルイズだったけれど、こいつを倒しても才人が戻ってくるわけではない。今はともかく少しでも情報を引き出さなければと、キュルケとタバサが必死に止める。ヒマラも、それが分かっているのだろう。まったく恐れる様子もなく平然と目の前に浮いている。

「あははは、そんなに心配しなくても、私は野蛮なことは好まないよ。怪盗ではあっても強盗ではないからね。彼も他の者達もかすり傷ひとつ無いよ」

「ふざけてないで、さっさとみんなを返しなさいよ!!」

「うーん、それはできないね。集めたものは私達の大事なコレクションになるのだから、まあ余計なものは後で返還してあげてもいいけど、今はだめだね」

 チッチッと指を振りながらヒマラは首を振った。

 だが、大切な使い魔達をさらわれたルイズ達がそれで納得するはずもない。遂にキレていっせいに杖をヒマラに向けた。

「いいのかな、私を倒してしまっては彼らを元に戻せなくなるよ?」

「くっ!!」

 ギリギリのところで彼女達は踏みとどまった。悔しいが、杖を下ろすしかない。

 だが、タバサは杖を向けたままでヒマラに質問をぶつけた。

「シルフィードをさらっていった奴は、どうしたの?」

 そのときのタバサの声は、小柄な彼女の喉から出たとは思えないほど重く、キュルケでさえ一瞬びくりとしてしまったほどドスが効いていた。

「ん? スチール星人かね。さあ今頃はまたどこかで新しいものを探しに行っているんじゃないかな。彼は足が速いからもうどこに行ってしまったのやら」

 どうやらヒマラとスチール星人はそれぞれ勝手に欲しいものを探し回っているらしい。そして気が向いたら集まってコレクションを自慢しあう。本人達は楽しんでいるだけなのだろうが、こっちからしてみれば本当に迷惑としか言いようがない。

「では、そろそろ失敬するよ。私達にはまだまだ欲しいものがあるのでね。アッハハハ」

「まっ、待て、待ちなさい!!」

 高らかな笑い声を残して、ヒマラは夕闇の中に消えていった。

 

「サイト……」

 どうしようもなく、肩を落として四人は何もなくなってしまった草原の中に立ち尽くした。

「シルフィード……」

「元気を出して、みんなまだ殺されたわけじゃないんだから、助け出す術は必ずあるわよ!」

 キュルケがなんとか励まそうとして大きな声を出すものの、彼女もまた空元気だということは声色から察することができた。

 これからどうすればいいのか、まったく見当もつかない。

 けれど、皆が希望を失いかけたそのときだった。ちょうどヒマラが浮いていたところの真下で、何かがそろそろ顔を見せてきた月明かりに反射してキラリと光り、ルイズは草むらに隠れたそれを手にとって拾い上げてみた。

「……? 宝石入れ?」

 それは細やかな装飾が施されたアンティーク趣味の小さな木の小箱であった。それだけならどこにでもあるようなありふれた品物に見えるが、何気なく箱のふたを開けてみてルイズは驚いた。

「え? 何これ、学院が見える……あ、あれはサイト!?」

 なんと、箱の中にはヒマラワールドの風景が上空から映したテレビ画面のように映し出されていたのだ。それを聞いたキュルケやタバサ、モンモランシーも我勝ちに小箱の中を覗き込んで、フレイムやシルフィードの姿を捜し求める。まあロビンは小さすぎて無理だが、それでも学院が無事な姿を見れてうれしいことに変わりは無い。

「よかった……みんな無事みたいね。けど、この箱の中にみんなが閉じ込められてるのかしら?」

「よーし、そうと分かれば、さっそくぶっ壊して」

 ルイズは短絡的に考えて小箱に杖を向けたとき、タバサが箱のふたに紙切れがはさまれているのを見つけて、それを取り上げると書いてあったことを読みあげた。

 

「……君達が無茶なことを考えないように、お友達の姿を映し出す道具を残しておいてあげよう。多分、こんなこともあろうかと用意しておいたのだが役に立ってよかった。なお、その箱はただ風景を映し出すだけで、本物は私が大事に保管してあるから箱を壊したりしても無駄だよ。ヒマラ」

 

 ……けっこう親切な奴なのかもしれない。もしくは、コレクションをとにかく見せびらかしたかったのか。けれど、こういう状況ではとにかくムカつくだけだ。

「くーっ!! 馬鹿にしてくれちゃってえ!!」

 思わず地団太を踏むルイズだが、かといってせっかく才人の様子を見れるアイテムなので捨てるわけにもいかない。なんとか怒りを押し殺しながら、皆で箱の中を覗き込んだ。

「サイト……無事なのね。もう、心配かけるんじゃないわよ、馬鹿」

「あっ、フレイム……やっぱりそこにいたのね」

 心配していた者の元気な姿を見つけて、ルイズとキュルケはほっと胸をなでおろした。

「この様子なら、他の使い魔や生徒達も無事ね。こうなったら絶対にあのこそ泥達を捕まえてみんなを元に戻させましょう!!」

「ええ!!」

 希望は見えた。こうなれば何が何でも奪われたものを取り返してやると、ルイズとキュルケは普段のいざこざも忘れて手を取り合った。

 だが……

「んで、どこにいるんでしょうね。そいつら」

「わからない……」

 水と風の使い手の冷たい言葉が、氷雪となって炎のような情熱に降りかかった。

 

 

 けれども、ヒマラワールドに閉じ込められていた才人達も手をこまねいていたわけではなかった。

「とにかく、みんな無事でよかった」

 学院にはギーシュ達や使い魔ら、ヒマラとスチール星人に盗まれてきたものたちがごっそりあって、とりあえず才人は安心した。

 消されたトリスタニアの街もざっと見たが、住民達は皆無事で、それに出張に出ていて巻き込まれたのであろうミス・ロングビルの姿もそこにあった。

 もっとも、みんな軽い催眠状態に置かれていたらしく、空を見上げながらぼおっとしていた。おかげでパニックが起こることはなかったようだが、そこは非常事態につきさっさと起きてもらわねばならない。

 まずはギムリとレイナールには目覚ましの常套手段。

「おらおらおら、さっさと目を覚まさんかい!!」

 と怒鳴りながらほっぺたを往復びんたして覚醒させ、ギーシュに対しては。

「あっ、あんなところに裸の女が!!」

「なに!? どこだ、どこだい!!」

 モンモランシーの苦労が忍ばれて涙が出てくる。

 あとはとりあえず中庭で寝かされていたフレイムやヴェルダンデの頭を小突いて起こした。他の生徒や教師達は騒ぎを起こされると面倒なのでそのままにしてある。

 

「あいてぇ、少しは手加減しろよサイト」

「貴族にこんな真似して、本来なら手打ちにされても文句は言えないぞお前」

 レイナールとギムリは頬を赤くしてぶつくさと言うが、そこに憎しみはない。そんな心の狭い奴ならば始めから才人と友人にはなれないし、ずっと共に戦ってきた戦友としての友情が彼らの心をつないでいた。

「で、裸の女はどこだいサイト」

「……」

 この馬鹿は、根っから馬鹿のようだ。頭が痛くなるのをなんとか抑えて状況を丁寧かつ分かりやすくギーシュに説明してやるのに、またいらん時間を喰ってしまった。

「なるほど、事情はよくわかったよ。つまりぼく達は奴のおもちゃ箱の中に閉じ込められちゃったってことだね」

「ま、平たく言えばそんなとこだ。いずれ出すとは言ってたけど、そのときにはハルケギニア中のあらゆるものが盗まれた後で、使い魔達も根こそぎ分捕られるだろうな。俺はいらないみたいだが」

 最後のところをやや自嘲的に言った才人に、そりゃそうだろうと三人は思った。才人みたいなのを欲しがる物好きな人間はルイズやシエスタ、キュルケ……あれ? けっこういるな。しかも美少女ばっかり、こいつ自分がどれだけ恵まれた境遇にいるのか自覚してないんじゃないのか。

「ま、まあそれはいいとして……このまま手をこまねいている訳にはいかないということだろ。学院を盗むなんて、これは我らトリステイン貴族に対する挑戦だ。断じて許すわけにはいかない!」

「で、具体的にはどうしようか?」

「う……」

 と、レイナールに冷静に突っ込まれて見事にギーシュは意気をくじかれた。戦意旺盛なのはけっこうだが、それだけでは早死にするぞ。まずは落ち着いて作戦を立てて行動するのが勝利への近道だ。

「よし、まずは情報を整理してみよう。その、ヒマラとスチール星人ってやつは、美しいものや珍しい生き物をコレクションするつもりで、こんな騒ぎを起こしたんだな」

「まあな、侵略する気はないようだけど、果てしなく迷惑な連中だよ」

 とあるTVアニメで見た、もみ上げ猿顔の怪盗に振り回されるトレンチコートの警部の気持ちが少し分かったような気がする。

 まあそれはいいとして、あの怪盗きどりの馬鹿二人は何が何でも捕まえる。そして元の世界にみんなを戻させて、あわよくばぶっ飛ばす。いや絶対にぶっ飛ばす。

「しかし、そんなに何もかも持っていかれたらトリステインはめちゃめちゃになっちまうぞ。まったく、見境無くなんでもかんでも欲しがる奴ってのは迷惑だよなあ……そう思わないか、ギーシュ?」

「へ? なんでぼくを見るんだね君達」

 ギムリにそう言われて怪訝な顔をするギーシュだったが、才人とレイナールはその意図をすぐに読み取った。可愛い娘と見ればすぐに口説こうとするギーシュも似たようなものだと、そういうことだ。

 それにようやく気づいたギーシュはプライドを傷つけられて、顔を真っ赤にして怒った。

「し、失礼だね君達!! ぼくが女性を愛するのは万人が美しい薔薇を愛でるのと同じ、至極当然のことなのだ。そこにやましい気持ちはない!! もしぼくの愛する花たちを傷つけようなどというものがいたら、ぼくは命を懸けて戦うだろうよ」

 違う、そういうことを考えるのはお前だけだ。というか後でモンモランシーに言ってやったら面白いかもしれない。

 しかし、そのギーシュのアホらしい主張の中に、状況を打開できるかもしれないヒントが隠されていた。

「ん、ちょっと待ってくれ……ギーシュ、今の台詞もう一度言ってみてくれないか?」

「なに? えーと、もしぼくの愛する花たちを傷つけようなどというものがいたら、ぼくは命を懸けて戦うだろう……」

「そうか、もしかしたら」

 何か思いついたらしいレイナールに、三人の期待する視線が集中する。

 そして考えをまとめた彼は、いかにも賢そうに眼鏡をくいっと上げて見せて話し始めた。

「いいかい、彼らは物を集めるのが目的のコレクターだと名乗った。だから、自分のものへの執着心は人一倍強いはずだ。例えばギーシュ、君が自分の好きな子、そうだな、モンモランシーにサイトが手を出したらどうする?」

「なにぃ!? サイト、君はいつの間にモンモランシーと付き合っていたんだね!! ゆ、許せん、今すぐ決闘だ!!」

 いきり立ったギーシュは才人に飛び掛った。

「バカ!! 例えだって言ってただろうが……だけど、おかげで言いたいことがよーく分かったぜ」

「なるほど、ここは奴らのコレクションルームだって言ってたからな。そーいうことなら話が早い」

 レイナールの考えを読んだ才人とギムリもニヤリと笑う。彼は大人しそうな見た目に反して、意外と強引でダークな面も持っていた。典型的な軍師タイプといえるだろう。

 一人、ギーシュだけが話に付いていけずに、ぽつんとやり場の無くなった怒りを空振りさせて立ち尽くしていたが、才人が耳打ちして教えてやると、ぱあっと晴れ上がった青空のような笑顔を見せた。

「素晴らしいレイナール、君は天才だ!!」

「ようし、作戦は決まった。人手を集めてさっそく決行だ!!」

「おおーっ!!」

 右手を高く上げて意気を上げると、四人は作戦を決行するための人手を集めるために学院のほうぼうへ散っていった。

 

 

 それからしばらく経って、ヒマラとスチール星人の姿は、トリスタニアの一角、街を見下ろせる教会の尖塔の上にあった。

 街ではすでにあちこちの区画が丸ごと消し去られてしまって大混乱に陥っている。もちろんヒマラの仕業だが、奴はトリステインでの最後の標的として、国の象徴であるトリステイン王宮を狙っていた。

「うーむ、夕焼けの風景もいいが、二つの月を背にした城もまた美しい……この国の最後の獲物はこれにして、次はガリアの火竜山脈でもいただこうかな?」

「ふよふよ、ガリアは豊かな国だから、使い魔もさぞ珍しいものがいるだろう。楽しみだ、ささ早く盗ってしまいなさいよ」

「ぬはは、そう焦るな。物事には段取りというものが……ぬ、なに?」

 ヒマラは街を転送させるための赤いフィルム型の空間移動アイテムを、ヒマラワールドに通じている箱から取り出そうとして、その中の様子に愕然とした。

 なんと、後で整理しようと置いておいた魔法学院の建物の周りで爆発や火の手があがり、彼のコレクションが次々と壊されていっていた。

「ああっ! 私の大切なコレクションが!」

 それだけではない。スチール星人が盗んできた使い魔達もそれに加わってヒマラワールドの中で好き放題に暴れていた。

「わ、私の動物達もみんな逃げ出して……おのれ、あの小僧たちめ!!」

「ああっ、私の二宮金次郎像が……おのれ、もう許さんぞ!」

 怒りが頂点に達した二人は四次元小箱の中へと飛び込んでいった。

 

 

「小僧ども!!」

「おっ、来たぞ!!」

 ヒマラワールドのど真ん中、学院の正面門のちょっと先あたりに巨大化したヒマラとスチール星人が降り立ってきた。

「お前達、もう許さんぞ!!」

 どうやら、思いっきり怒っている様なのは表情のない星人の顔からもはっきりと分かった。

「作戦成功、みんな撤退だ!!」

 両者が現れたと見た瞬間、破壊活動を楽しんでいた生徒達は一斉に学院に撤退を始めた。

 そう、レイナールの立てた作戦とはヒマラワールドに展示されているコレクション品を壊すことで両者を怒らせ、こっちの前に引きずり出そうというものだった。

「踏み潰してくれる!!」

 完全にいきり立った二人の星人は巨大な足を振り下ろして生徒達に向かってくる。魔法で応戦する者もいるが、当然ほとんど効果はない。しかし、彼らが学院の中に逃げこんでしまうと、奴らはまったく手出しをしてこなくなってしまった。

「くっ、卑怯だぞ」

「どっちがだ、俺たちを捕まえたかったら学院を壊すしかないよな、ざまーみろ」

 ヒマラにとって、魔法学院もまた大切なコレクション候補の一つだ、それを自分から壊すなどできるわけがない。生徒達は口々にヒマラとスチール星人に向かって言いたいことを言った。

 その様子を、才人は学院から少し離れた巨大な招き猫の陰からこっそりと見ていた。

「こんなところに俺達を閉じ込めたのがそもそも間違いだったんだよ。さてと、あとはあいつらに俺達を戻させるだけだが……ここが正念場だな」

 奴らをこの世界に来させることには成功した。これで手助けしてくれた生徒達はもう充分だ、後は少数で姿を隠しながら移動して、コレクションを壊されたくなければみんなを元に戻せと交渉していくわけだが、さてうまくいくかどうか。

「おーい、ヒマラ聞こえるか?」

「うぬ、その声は……そうかお前達の差し金だな!!」

「そーだ、これ以上コレクションを壊されたくなかったら、とっとと盗んだものを元に戻せ!! さもないともっとめちゃくちゃにしてやるぞ」

 位置を知られないようにして脅しをかける才人だったが、正直ばれたらどうしようかと内心冷や冷やしていた。しかし、あんな奴らの贅沢な横暴に負けるわけにはいかない。

 だが、ヒマラだけならともかくスチール星人の目までごまかし続けるのはやはり無理だったようで、隠れていた場所をついに見つけられてしまった。

「見つけたぞ、小僧!!」

「んなっ!? まずい」

 スチール星人の場合、どこに目がついているのか分からない頭つきをしているから、うっかり顔を出しすぎてしまった。ヒマラはまだしも紳士ぶっているが、こいつは堪忍してくれそうもない。

「サイト、逃げろ!!」

 別のところに隠れていたギーシュたちが叫ぶと同時に才人は招き猫の影から飛び出した。次の瞬間スチール星人の頭の三つのランプから赤色のスチール光線が放たれて、才人のいた場所を吹き飛ばし、慌ててガンダールヴを発動して逃げる才人へ向けて、頭からの二万度の火炎放射が襲い掛かる。

「ち、ちっくしょおーっ!!」

 普段ルイズのおかげで逃げ足が鍛えられていなければ、とっくに燃えカスにされていただろう。ガッツブラスターを撃つ為に振り向く余裕すらない。学院に逃げこもうにも、そちらに逃げられないように攻撃を振ってくる。このままでは本当に黒焦げにされてしまうだろうが、どうしようもなかった。

 

 

 そして、そんな様子を彼らの頭上からルイズ達は必死の様相で見ていた。

「サイト!! サイト、あの馬鹿。無茶するんじゃないわよ!!」

 開いた小箱の中で繰り広げられている惨劇に焦るルイズだったが、いくら叫ぼうとも異次元にいる才人にはその声は届かない。仮に届いたとしても意味は無いだろうが、今にも才人が焼き殺されようとしている状況では叫んででもいないと気が狂いそうだ。

「落ち着いてルイズ、ここで焦っても仕方が無いわ」

「離してよキュルケ、サイトが、サイトが死んじゃう!!」

 暴れるルイズをモンモランシーと二人がかりで押さえつけるけれど、必死のルイズは手足をばたつかせて、今にも手のひらサイズの小箱の中に頭を突っ込もうとする。

 だが、焦っているのはルイズだけではない、気持ちはみんな同じなのだ。

「タバサ、何か方法ないの?」

「……」

 と、言われてもタバサも異次元に突入する方法など知っているはずもない。平民からは神のごとく思われているメイジの四系統魔法も、この状況を打開する力はなかった。

「サイト!! サイト早く逃げて」

 ルイズの見ている前で、スチール星人の火炎が才人を追い詰めていく。

 そして、とうとう真赤に燃える炎が才人の姿を包み込んでしまった。

 

「ああっ……サイ、ト……あっ、う……」

 

 その光景を見てしまったとき、ルイズの中で何かがはじけた。世界が急に静かになり、急速に心が落ち着いていき、やがて心の中から聞いたことも無いような、不思議な魔法のルーンが浮かんできて、ルイズの体は何かに操られているかのように杖を構えて、詠唱を始めていた。

 

「ユル・イル・ナウシズ・ゲーボ・シル・マリ……」

 

 なぜだろう、才人が死んだかもしれないというのに、この呪文を唱えていると気持ちが落ち着いてくる。いや、この呪文に才人は無事だと教えられているような気さえする。

「ちょっと、ルイズ、どうしちゃったの!?」

「ねえ、ルイズったら目が変よ、まさかおかしくなっちゃったの!?」

 キュルケやモンモランシーの心配する声も、聞こえるが頭に入らない。

 ただ、今はこの呪文を完成させる。そうすればサイトに会える。その思いだけがルイズを動かしていた。

 

「ハガス・エオルー・ペオース!!」

 

 そこでルイズは心のおもむくままに杖を振り下ろした。

 すると、ルイズの足元に小さな一点の光が現れたと思った瞬間、それは瞬間的に膨張して半径五メイルほどの巨大な銀色の鏡のようになり、驚く間もなく落とし穴のように彼女達を引きずりこんだ。

「え!?」

「き、きゃああーっ!!」

 『フライ』で飛び上がる余裕もなく、四人はルイズの作り出した光の鏡に吸い込まれて、鏡はそれを見届けたかのように宙に薄れて消えてしまった。

 

 

 一方、ヒマラワールドではルイズ達からは死んだかと思われていた才人が、どうにか生き残っていた。

「あっちぃ、危なかったぜ」

 あのとき、火炎に呑まれる寸前に偶然あった日本庭園の池に飛び込んで助かった。見渡せばウルトラセブンとビラ星人が戦ったときのような風景が広がっている。本当にヒマラの趣味はどうなっているのか分からないが、何はともあれ命拾いした。

 けれども、スチール星人はなおも迫ってくる。

「くっそぉ、こんな奴に……」

 池の中でもがく才人に向かって巨大な足が、一歩、また一歩と近づいてくる。あきらめるつもりはなくても、そろそろ体力も限界に近い。

 だがそのとき、信じられない出来事が起きた。

 突然、才人の目の前が光ったかと思うと、そこに光り輝く大きな鏡のようなものが現れたではないか!!

 こいつはあのときの!?

 才人の脳裏にルイズに召喚されたときのサモンサーヴァントのゲートの姿が蘇る。だが、見とれている暇も無く、その中から見慣れた桃色の髪の毛と鳶色の瞳が現れた。

「んなっ!? ええっ!!」

 その事態は才人の脳の情報処理能力をはるかに超えていた。だが落ちてくるルイズに向かってとにかく受け止めようと手を伸ばす。

 

「サイトー!!」

「ルイズー!!」

 

 二人の伸ばした手と手が引かれあい、二人の顔と顔が一瞬で近づく。

 そして、距離がゼロとなった瞬間……にぶい音がして、目から火花が出た。

「だっ!?」

「いっ!??」

 疲労していた才人はルイズを受け止めきれず、見事に二人のおでことおでこがごっつんこしたのだった。

 派手な水しぶきを上げて、二人は目をナルトのようにぐるぐると回しながら池の中に沈んでいく。

 そんな、せっかくのロマンチックなムードを間抜けなものに変えてしまった二人を見て、デルフはしみじみとつぶやいた。

「ほんと、どうしていまいち肝心なところで決まらないかねえ、こいつらは……」

 だめだこりゃ、としか言い様がない。

 ぶくぶくと泡を出して轟沈していく二人の周りで、光る鏡の中からまだ残っていた面々が、ぼとぼとと落ちてきて水しぶきをあげた。

「きゃーっ!!」

「あーれーっ!!」

「……」

 もう何がなんだか……

 しかし、そんなよく分からない状況の中、沈んでいく才人とルイズの手が偶然にも触れ合った。

 その瞬間、待ってましたとばかりに二人のリングが光を放ち、二人の姿が光に変わる!!

 

「デヤァッ!!」

 調子に乗って近づいてきたスチール星人をふっとばし、合体変身、真打ち登場!!

 

「ウルトラマンAだ!!」

「よっしゃあ、そんな奴らやっつけろ!!」

 エースの登場に、学院の生徒達から一斉に歓声が上がった。

 

「ショワッ!!」

 ヒマラワールドに満ちている人工の夕日を浴びて、その身を紅く染めながらエースは二大怪盗宇宙人に向かって構えをとった。

「ぬぬ、ウルトラマンA……どうやってここに!?」

「ヘヤッ!!」

 ヒマラも突如現れたエースに驚くが、実際一番驚いているのはエースだろう。説明できる人がいるなら是非来てもらいたい。なお、才人とルイズはまだ気を失ったままなので、今のエースは北斗単独の意思で活動している。

 しかし、経過はどうあれ来れた以上やることは一つ、この宇宙のこそ泥二人をやっつけるのみ!!

 そして、奴らもまたエースが現れたぐらいではあきらめるつもりはないらしい。

「どうやってここに来たかは知らんが、我々の計画をあくまで邪魔しようというなら消えてもらうぞ」

 戦闘が苦手なヒマラに代わってスチール星人が前に出てきて、エースはこれを迎え撃つ。

「ダァッ!!」

 有無を言わさずスチール星人に飛びかかり、そのボディにパンチ、キックの連撃を浴びせる。

 鎧超獣とも呼ばれるスチール星人の体は鋼鉄製の頑丈な鎧に覆われて、ちょっとやそっとの攻撃には動じないが、エースのパンチに砕けない物など無い!!

 よろめくスチール星人は、まともにやり合っては敵わないと、見た目に反して相当に軽い身のこなしを活かして間合いを取ろうとする。だが同族とやりあってスチール星人の癖を知っているエースはそうはさせじと連続攻撃を加えて、さらに背負い投げの要領で思いっきり投げ飛ばした。

「テヤァッ!!」

 地響きと砂煙をあげて、スチール星人の体がヒマラワールドの地面に叩き付けられる。

 

「やったあ、さっすがエース!」

 池からようやく上がって濡れネズミなままのキュルケが万歳をしながら叫んだ。散々馬鹿にされた相手だけに、そいつが一方的にぶちのめされているのは見ていてすっきりする。

 続いて、同じようにずぶぬれになりながらようやくモンモランシーが池から上がってきた。ちなみに、全身ずぶぬれになったというのに彼女の縦ロールはまったく崩れていない。どういうセットの仕方をしているのか気になるが、それはともかく、彼女は周りを見渡してルイズの姿が見えないのに気がついて言った。

「ねえ、ルイズの姿が見えないわよ」

「ええ? そんなに離れた場所に落ちたのかしら。けど、あの子のことだからきっとダーリンといっしょね。心配しなくても、ヴァリエールの人間はそんな簡単にくたばりゃしないわよ。執念深さと嫉妬深さでは昔からうちとやりあってきた仲なんだから」

 彼女達が落ちたときには才人とルイズは仲良く撃沈した後だったので、ギリギリの線で変身の瞬間を見られずにすんでいた。

「それよりも、シルフィード達を取り戻さないと」

「あ、そうだったわね。宇宙人たちはエースに任せて、今のうちに行きましょう」

 エースも、これなら苦戦するまいと思った彼女達は、落ちるときに一瞬見えた学院の方向へ向かって駆け出した。

 

「ぬぬぬ、さすがに強いなウルトラマンA。スチール星人よ、こうなったら、あの手でいくぞ」

 予想以上に強いエースに、ついにたまりかねたヒマラも動いた。

 彼らは、万一エースと戦うことになったときに備えて、とっておきの作戦を用意していたのだが。

「何、しかしテストがまだ」

「そんな暇あるか!」

 そう。本物のエースを相手に練習できるわけもないから、この作戦はぶっつけ本番だった。

 けれど、どのみちこのままではエースに負けるしかないと悟ったスチール星人は、一か八かヒマラの作戦に乗ることにした。

「ヘヤッ?」

 いきなりスチール星人の後ろにヒマラが立って、その肩を後ろからがっちりと掴んだ。

 なんのつもりだ? とエースはいぶかしんだ、あれではただ動きにくいだけではないか。奇妙に思ったが、見ているだけではハッタリか策略かも分からない。思い切ってスチール星人に向かって殴りかかっていった。

「テャァァッ!!」

「フッフッフッフ……」

 だが、パンチが当たる寸前にスチール星人の体はヒマラごと、かき消すように消えてしまったではないか。

 これは、テレポートか。

「ハッハハハハ……」

 何も無い空間から、ヒマラの笑い声だけが高らかに聞こえてくる。

 右か、それとも左か……油断無く周囲を見渡すが、気配はない。

「エース、後ろだ!!」

「!?」

 そのとき、飛び込んできた誰かの叫び声に従ってエースはとっさに真横に飛びのいた。

 そこへ、その声の通りに真後ろに現れていたスチール星人のスチール光線が殺到して、間一髪エースは助かった。

「セヤッ!!」

 さらに、振り向き様に反撃の光線を放つ。

『ハンディショット!!』

 矢尻型の光線はエースの指先から放たれると、そのままスチール星人に向かったが、命中直前にまたしても両者の姿はテレポートして掻き消えてしまった。

「あははは、ウルトラマンA、こんなこともあろうかと思って用意しておいた我々の作戦はどうだね。私の瞬間移動でどこに現れるか分からないスチール星人の攻撃を、いつまでかわせるかな?」

「クッ!!」

 まさかこんな手を用意していたとは、気配もなくいきなり現れる敵にはさすがに手出しできない。

 学院の生徒達も、一気に逆転してしまった形勢に焦り始める。

 

 だが、そのころようやく目を覚ました才人がエースに耳打ちした。

(大丈夫だ。あいつらには、致命的な弱点があるんだ……) 

 それを聞いたエースは、なるほどとうなづくと、いきなり目の前にあったオランダ風の風車に向かって光線を放った。

『ブルーレーザー!!』

 光線の直撃を受けた風車は、根元から折れてばらばらになって砕け散る。

「ああっ、私の大事な風車がぁ!!」

 コレクションを破壊されたヒマラの悲鳴が響く。

 そして、今度は小高い丘に乱立したモアイ像の群れに狙いをつけたとき。

「やっ、やめろー!!」

 案の定、エースの目の前にのこのことヒマラはスチール星人ごと姿を現した。もちろん、こんな好機を逃すはずもなくエースのキックが飛ぶ。

「デヤッ!!」

「ウワァァッ!」

 見事スチール星人のどてっぱらに命中、後ろにいるヒマラも合わせて仲良く後ろに吹っ飛んだ。

 二人は折り重なってもだえながらも、なんとか起き上がろうとするものの、いきなり真正面から一発喰らってしまったスチール星人はヒマラに食って掛かった。

「何をするんだヒマラ、奴の死角に出ないと意味がないだろうが!」

「いや、コレクションが危なかったから、つい」

「もういい、後は私一人でやる!!」

 起き上がったスチール星人は、エースに向けてスチール光線を放とうとした。けれど、エースが寸前で足元に転がっていたタヌキの置物を盾にしようとすると。

「ああっ!! 大事なタヌキが!!」

 と、ヒマラが足元に飛びついて前のめりにこけてしまった。

「何をするんだ!!」

「いや、大事なタヌキが」

「あんなものどうだっていいだろうが!! 今はエースをやっつけるのが先決だろう」

 二度もヒマラのせいで痛い目を見て、スチール星人も怒り心頭に達して怒鳴るが、コレクションを馬鹿にされてヒマラも黙ってはいない。

「あんなものとはなんだ。私が長年かかって集めた美しいものだぞ」

「ふんっ、前々から思っていたが、お前の趣味はずれている。あんなものはみんなガラクタだ」

「なんだと!! この珍獣マニアが!!」

「なにお!!」

「なんだとお!!」

 もはや戦いをそっちのけで二人だけの争いになっている。

 学院の生徒達や、ギーシュやキュルケ達も、はじめて見る宇宙人同士のケンカに呆れ果てて、心底馬鹿馬鹿しそうに眺めていた。

「あいつら、アホか」

 それは、この場にいたもの全員の感想だったろう。これまで宇宙人といえば、漠然とバム星人やツルク星人のように恐ろしいものを連想していた彼らは、こんな奴らもいるんだなあと、新鮮な感動を覚えていた。

 

 が、そっちはよくてもこっちはよくない。

 顔をつき合わせて口論を続ける両者に向かって、エースは遠慮なく体を左にひねって、腕をL字に組んだ。

『メタリウム光線!!』

 光の帯は、二人のちょうど真ん中の地面に命中して、爆発で両者をまた仲良く吹き飛ばした。

「どわぁぁっ」

「ひよぉぉっ」

 あえなく尻餅をついてしまう両者を、エースは悠然と見下ろした。

 もはや、この二人のチームワークが戻ることはないだろう。単独でならば到底エースの敵ではない。勝負は決まった。

「全部まとめて吹き飛ばされたくなければ、さっさと盗んだものを返して帰れ」

 空を指差して警告するエースに、ヒマラはとうとうあきらめた。

「わ、わかった。わかったからもうこれ以上壊すのだけは勘弁してくれ」

 これ以上ヒマラワールドが荒らされては敵わないと、慌ててヒマラは降参した。

 だけども、スチール星人のほうはまだ少々往生際が悪かった。

「仕方ない、私も今回はあきらめる。では、さらば」

 そう言って、すごすごと逃げようとしたが、その後ろからタバサの声が引きとめた。

「待って!! シルフィードを、返して」

 ギクッと、思わず立ち止まるスチール星人、学院にはキュルケのフレイムやギーシュのヴェルダンデはいたが、シルフィードだけがどこを探してもいなかった。

「さ、さあ……どこかに紛れてるんじゃないか」

 白々しくごまかそうとしているが、そうは問屋がおろさない。ゆっくりとエースはスチール星人に向かって腕をL字に組んでいく。

「わっ、わわかった。返す、返すからそれはやめてくれ」

 メタリウム光線の体勢はいやいやよと、慌ててスチール星人は、自分の異空間に閉じ込めたままだったシルフィードを解放した。

「シルフィード……」

「きゅーい、きゅーい」

 やっと解放されたシルフィードは、すぐさまタバサの元へ飛んで、その顔に口先をこすり付けて喜び、タバサもシルフィードの頭を優しくなでた。やはり、本当の主人の下にいることが一番の幸せのようだ。

 そして、がっくりとうなだれているヒマラとスチール星人に、エースはもう一度言い放った。

「さあ、早く元に戻して帰れ」

「とほほ、また夕焼けの街を手に入れることはできなかったか。だが、ダイ……ではなくエース、私はあきらめたわけではないぞ。いつの日か、もっと美しいものを手に入れるために必ず戻ってくるぞ。楽しみにしていろ。ウワッハッハッハ!!」

「私もだ、次は絶対に負けないぞ。覚悟していろよ。フハハハハ」

 開き直って捨てゼリフを吐くこそ泥二人に、エースはもう一度メタリウム光線のポーズをとった。

「そうか、そんなにここで吹き飛ばされたいか」

「「いえ、何でもありません!!」」

 やっぱりこいつらでは、メフィラス星人のようには決まらない。

 こうして、トリステイン始まって以来の珍騒動は、ようやくと幕を下ろしたのだった。

 

 

 

「あー、なんか悪い夢を見ていたみたいね」

 すっかり日も暮れて、元通りの姿になった学院を仰ぎ見てキュルケがしみじみとそう言った。

 ヒマラとスチール星人はあれから盗んだ建物と使い魔達を返したら、ほうほうの体で宇宙に逃げていった。あのまま元の世界に戻っていくのかまでは分からないが、当分は大人しくしていることだろう。できれば二度と来て欲しくないが、全てが終わった後は、それこそ夢だったかのように何もかもそのままで、当事者の生徒達もまぶたをこすりながら、ふらふらと寮に帰っていった。

 きっと、明日からはまた以前と変わりない毎日がやってくるのだろう。けれど、あのことは決して夢ではない。その証拠に、彼女達の使い魔は以前より親しげに主人に懐いていた。

「きゅーい、きゅーい」

「ぐるるる」

「げろげろ」

 それぞれ、主人が本気になって取り戻そうとしてくれていたのがわかるのだろう。特にシルフィードなどはタバサの顔が唾液でべとべとになるくらいまで、うれしそうに舐めていた。

 なお、ギーシュのヴェルダンデの場合は喜び余ってギーシュが土中に引き込まれそうになって、ギムリとレイナールにかろうじて引き上げられて連れて行かれた。

 気がついてみればもうけっこうな深夜だ。

「まったく、大変な騒ぎだったわね。ふわぁーあ……今日はもうさっさと休みたいわ」

 モンモランシーは、ロビンを頭の上に乗せて、眠そうに帰っていった。

 残っているのは、才人とルイズ、キュルケとタバサだけ。

「そうね……ねえ、そういえばルイズ、あのときに使った光の鏡みたいなのを作る魔法、あれいったいなんなの?」

「え? なんのこと」

 だが、キュルケの質問にも、ルイズはきょとんとした様子で答えることができなかった。

「なんのことって、あんたがいきなり使ったヒマラの世界に入り込んだ魔法のことよ。すごいじゃない、あんな呪文も効果も聞いたこともないわよ!!」

「ちょ、ごめん。何のことだかわかんないんだけど、わたし、そんなすごい魔法使ったの!?」

「えっ……まさかあんた、あれだけのことを覚えてないっていうの? タバサ、あなたも見たわよね」

 タバサはこくりとうなづいた。

「異空間を移動する魔法……そんなものは四系統のどれにも存在しない。それに、あのときルイズの詠唱していたルーンは、わたしの知るあらゆる魔法に存在してない」

「……」

 ルイズは唖然とするしかなかった。確かに、あのとき才人が危ないと思った瞬間、胸がかあっと熱くなって、それから才人の顔が目の前にあって、それからしばらくの記憶がない。けれど、これまでいかなる魔法も使えずに『ゼロ』の蔑称まで与えられたわたしが、いきなりそんなとんでもない魔法を使った? 到底信じられないが、この二人がそんな意味の無い嘘をつくとは思えないし、そんな魔法でも使わないと異空間に転移するなどできるわけもない。

 四系統のいずれにも属さない魔法、そんなものがあるとすれば、それは伝説の……

 しかし、そこまで考えようとしたとき、突然ルイズを激しい頭痛が襲った。

「うっ、頭が……」

「ルイズ!? 頭が痛いの? 無理しなくてもいいわよ」

 考えようとすると、なぜかすごく頭が痛む。まさか、記憶にブロックがかかっているのか。

 けれど、その原因はタバサに指差されてすぐにわかった。

「すごいたんこぶ」

「あ、ほんとだ」

 そっと触ってみると、ルイズのおでこには見事なまでにまあるいたんこぶができてしまっていた。もちろん、あのとき才人とぶつかってできたものだ。

「……ああ、もうなんかどうでもよくなってきたわ。そういえばダーリンもすごいたんこぶじゃない、もうあなたたち早く医務室に行ってきなさいよ」

「ああ、そうするよ。しかし、なんでこんなこぶができたんだろうな。どうも記憶が一部飛んでんだが……まあいいか」

 才人はそう言うと、額のこぶを痛そうになでながらルイズといっしょに医務室のほうへと歩いていった。

 

 だが、ルイズ達を見送ってすぐに、キュルケはそれどころではないことになった。

 夜陰を縫って飛んできた一羽の梟がタバサの頭上を旋回すると、腹がぱくりと割れて、そこから一通の書簡がタバサの手に落ちてきた。

「……シルフィード」

 彼女はそれを一瞥すると、シルフィードを呼んで、その背にまたがろうとし、キュルケに呼び止められた。

「タバサ待って、わたしも行くわ」

「……今回は大丈夫、心配しないで」

 そう言うと、タバサはシルフィードを駆って、止める間もなく空の彼方に飛んでいった。

「あの子ったら。また強がっちゃって、けど、あたしも撒かれてばっかりじゃないわよ。ね、フレイム」

 キュルケの足元には、その使い魔のフレイムが喉を鳴らして伏せていた。

 使い魔と主人は感覚を共有できる。才人は例外だが、フレイムの見たものは主人であるキュルケも見ることができる。さっき、タバサが書簡を読んでいるときに、こっそり後ろから覗き見させていたのだ。詳しい内容までは読み取れなかったが、たった一つの地名だけは確認することができた。

 

「エギンハイム村、ね」

 

 

 続く

 

 

 

 

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