ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第32話  君の名は勇者

 第32話

 君の名は勇者

 

 吸血魔獣 キュラノス 登場!

 

 

「わたし、ずっとあなたに会いたかった。また……来てくれたんですね。ウルトラマンコスモス」

「それは違う……私を呼んだのは、ティファニア、君だ。君のどんなときでもあきらめない勇気が、輝石を通して私を再び導いてくれたのだ」

 光の中での再会。それは運命でも偶然でもなく、未来を信じる強い心が呼んだ奇跡であった。

 そう、奇跡はあきらめない人間のところにしか降りてこない。しかし、心を強く持ち、どんな困難にも立ち向かう勇気があれば、新たな奇跡を呼び寄せることもできるのだ。

 ただし、奇跡はただ起こすだけではいけない。奇跡を糧にして、なにかをやりとげることが大事なのだ。ティファニアはコスモスの作り出した精神世界の中で、心からの願いを込めてコスモスに訴えた。

「お願いコスモス、力を貸して。わたしは守りたい! わたしの友達を、みんなが生きるこの世界を、みんなといっしょに! そのための力が、わたしは欲しいの!」

「しかしティファニア、君が戦いに身を投じるということは、君を戦いに巻き込むまいとしていた君の仲間たちの思いを裏切ることになる。その、覚悟はあるのかい?」

「それでもいい! わたしだけ安全なところにいても、言葉も思いも届かないもの。それにエルザ、わたしもマチルダ姉さんや子供たちがいなければ彼女のようになっていたかもしれない。だからわたしは伝えたい。どんなに悲しくても、人を信じる勇気があれば世界は明るくなるということを! わたしは、人の心に勇気を伝えられる、そんな”勇者”になりたい!」

 ティファニアの叫びは、この時の彼女の精一杯の願いと覚悟を込めてコスモスに届いた。そしてコスモスは静かにうなづき、ティファニアとコスモスのふたつの光がひとつとなる。

 

 

 闇に包まれたサビエラ村。そこに立ち昇った光の柱が村全体を照らし出し、その光を目の当たりにした者たちは顔を輝かせた。なぜなら、彼らは見たことがあったからだ、この優しくも力強い光を。

 そして、光の中から現れる、青い体の巨人の姿。その勇姿を目の当たりにしたとき、疲れ果てていたはずの彼らは一様に元気に満ち満ちた声で、彼の名を叫んだ。

 

「ウルトラマン、コスモス!」

 

 そうだ、彼こそはウルトラマンコスモス。かつてアディールでのヤプールの超獣軍団との戦いの時に現れ、エースとともにEXゴモラを倒した、エルフの伝説に伝わっているウルトラマンだ。アディールでの戦い以来、姿を現すことはなく、もしかしたらこの世界を去ったのかもと思われていたが、ついに彼が帰って来てくれたのだ。

 コスモスは見とれている水精霊騎士隊や銃士隊の前にひざを付くと、手を下ろして一行の前にひとりの少女を横たえた。それは、エルザによって昏倒させられていたメイナで、一行は見知らぬ少女に困惑したが、彼女が瀕死なことに気が付くとすぐにモンモランシーが治癒の魔法をかけていった。

 それだけではなく、屋敷の中に閉じ込められていた村の娘たちも、屍人鬼たちが全員倒れたことで屋敷から飛び出して駆け寄ってきた。

「アリス! アリス、無事でよかったぁっ。どこもケガしてない? 痛くない?」

「うん、リーシャちゃん。大丈夫だよ、みんなも無事でよかったけど、怖かったぁぁっ!」

「メイナ! メイナしっかりして! ああ、あなたが屍人鬼たちに無理矢理連れて行かれて、もう駄目だと思ってた。貴族様、どうかメイナを助けてください」

「うるっさいわね、気が散るから黙ってなさい。これだけ体の中の水を失った人を治すのは骨なのよ……心配いらないわ、わたしたちがあきらめない限り、未来も決してわたしたちを裏切らない。ほら、見てみなさい。アリスが必死につむいだ希望がめぐりめぐって、これから吸血鬼のバケモノをやっつけるところをね!」

 モンモランシーが叫ぶと、一行と村の娘たちは一様に視線を上げた。そこには、佇むコスモスと、コスモスへと威嚇するようにうなり声をあげるコウモリ型の怪獣キュラノスの姿がある。

 両者の激突はもはや不可避。このとき誰もがそう思ったに違いない。

 

 だが、睨み合い、一触即発かと見えたコスモスとキュラノスの間には、声なき声での対話が交わされていたのだ。

 

〔ウフフ、ティファニアおねえちゃぁん。とうとうおねえちゃんもそんな姿になって、ようやく私を殺したくなったみたいだねえ。いいよ、どっちが強いか、存分に殺し合おうよ〕

〔エルザ、それは違うわ。わたしは、あなたと対等になって話したかっただけ。ウルトラマンコスモスは、わたしに戦う力をくれたんじゃない。わたしが望んだのは、みんなを守るための力。そして同時に、エルザ、あなたも救いたい。もう、暴力に身を任せるのはやめて、光を恐れるのではなくて、あなた自身の中にある光を信じて!〕

 テレパシーで、キュラノスの中にいるエルザと、コスモスの中にいるティファニアは言葉をぶつけあった。

 しかし、エルザの変身したキュラノスは、きれいごとはもうたくさんだと言わんばかりにうなり声をあげ、地響きを立ててコスモスに向かってきた。対してコスモスも片手の手のひらを相手に向け、アディールのときと同じように迎え撃つ。

「セアァッ!」

 鋭い爪の攻撃を手刀で受け止め、すかさずコスモスは両手のひらを使ってキュラノスを押し返す。しかしキュラノスは巨体に反して意外に素早い動きで再度コスモスを狙ってくる。

 しかし、単に力任せの攻撃であるのならば見切るのは容易だ。今のコスモスはティファニアと同化してはいるが、格闘の経験など皆無のティファニアのために、コスモスが直接戦っている。キュラノスの攻撃の先を読み、右に左に攻撃をさばいていく。

「シゥワァッ!」

 コスモスは、相手を押し返すだけの加減した蹴り『ルナ・キック』でキュラノスとの距離をとり、次いで仕掛けてきたキュラノスの攻撃の勢いを利用して、キュラノスの翼を掴むと、投げ技『ルナ・ホイッパー』で一本背負いのようにして投げ飛ばした。

 きりもみして宙を舞い、背中から地面に叩きつけられるキュラノス。しかし、キュラノスは紅い目をさらに血のように輝かせ、腹いせのように手近にあった家を踏み壊しながら起き上がってくる。

 さすがしぶとい。だが、奴も無闇に突っ込んでも無駄だということは理解したようで、村の段々畑を踏み荒らしながら機会をうかがっている。

〔クフフ、おねえちゃん、そいつ強いねぇ。でも、私も少しずつこの体に慣れてきたんだよ。たとえば、まずはこれを受けてみてよ!〕

 エルザがそう言ったとたん、キュラノスはコウモリのような巨大な翼を羽ばたかせて猛烈な突風を浴びせてきた。たちまち村の家々の屋根が吹っ飛び、荷車が宙に舞い、木々がへし折れる。

 村は一瞬にして、キュラノスが作り出した人工的な台風に呑まれたように暴風に遊ばれる。コスモスは足を踏ん張って耐えているが、人間たちはそうはいかない。ミシェルやギーシュたちは慌てて全員を地面に伏せさせて、ひたすら暴風から身を守った。

「くぅっ! なんて風だ」

「うわぁぁぁーっ! 飛ばされるぅーっ」

「ギーシュ! どさくさに紛れてひっつかないでよ!」

 体を起こしたとたんに木の葉のように飛ばされそうな突風に、一行は懸命に耐えた。見ると、村の娘たちも伏せながら必死に草を掴んで震えており、倒れていた屍人鬼たちが紙くずのように転がっていく。さらに、村長の家も引き裂くような音とともに屋根が飛ばされたのを皮切りに三階が吹っ飛ばされて、もしあそこに人が残っていたらと思うとぞっとさせられた。

 このままだと村が全滅してしまう。そう感じたティファニアは、コスモスに願った。

「セアァッ!」

 コスモスは、キュラノスの羽ばたきで一瞬風が弱まる瞬間を狙ってジャンプした。宙を舞い、キュラノスの頭上を飛び越えて反対側に着地する。キュラノスも、背後に跳んだコスモスを追って羽ばたきをやめて振り返る。

 今だ、今ならキュラノスの注意は完全にこちらに向いている。コスモスは真っ直ぐにキュラノスを見据えると、光のエネルギーを集めて両手を斜めに上げ、光の粒子を右手のひらから解き放った。

 

『フルムーンレクト』

 

 輝く光の粒がキュラノスの全身に浴びせられ、キュラノスの動きが止まった。

 沈静と抑制の作用を持ち、荒ぶる心を静めるコスモス・ルナモードを象徴する慈愛の光線。過去に多くの怪獣たちの命を救い、アディールでの戦いでも暴走するゴモラを静めたこの光が、エルザの心も落ち着かせてくれるとティファニアは信じた。

 だが。

〔クアハッハハァ! なにかなぁ今のは? そんなまやかしが、私に効くとでも思ったぁ?〕

 なんとキュラノスは沈静する気配もなく、牙の奥から聞き苦しい声をあげながら笑っているではないか。

「フルムーンレクトが効かない!?」

 戦いを見守っているギーシュたちから愕然とした声が漏れた。なぜだ? あの荒れ狂っていたゴモラも静めたコスモスの力がなぜ通じない?

 だが焦っている暇もなく、キュラノスはコスモスへと攻撃をかけてくる。爪だけでなく、翼が鞭のようにしなってコスモスを襲い、また奴はコウモリばりの身軽さを活かして、巨体に似合わないキック攻撃もかけてくる。エルザが、キュラノスの体に慣れ始めているというのは本当のようだ。

 コスモスはキュラノスの攻撃をさばき、隙を見ては押し返す。が、コスモスはキュラノスを倒すのが目的ではない。戦いをコスモスに任せつつ、ティファニアは必死でエルザに向かって呼びかけた。

〔エルザ待って! わたしの話を聞いて〕

 しかしティファニアの必死の呼びかけにも、キュラノスからはエルザの声は返ってこない。

 なぜなの! ティファニアは、自分の声が届いていないかと焦ったが、そこにコスモスが忠告してくれた。

〔今は呼びかけても無理だ。彼女は、自分の手に入れた力に完全に呑まれてしまっている。このままでは、君の声も彼女には届かない〕

〔そんな、それじゃどうすればいいの!〕

〔彼女が、自分自身だけが絶対だと思い込んでいるうちは、私の力も及ばないし、誰の言葉にも耳を貸さないだろう……自分が全てと、思い込んでいるうちは〕

 それ以上は、ティファニアにも言われなくてもわかった。彼女にも、だだを捏ねて言うことを聞かない子供を躾けるにはどうしなければならないかはわかっている。

 手を上げることは好まない……だけども、その相手を放置する限り、他者に被害を出し続けるのだとしたら、誰かがそれを止めなければならない。そうしなければ、何よりもその相手が救われない。暖かい言葉だけでは誰も救われない。傷つくことも、傷つけられることも恐れては、結局なにも守れはしない。

 ティファニアはコスモスの言葉を受けて、決断した。

〔コスモス、エルザを止めよう。わたしも、戦う!〕

 自分はこのために力を求めた、エルザと最後まで向き合って救うために。そのために、絶対に後ろに下がらない!

 コスモスはティファニアの意志を受け取ると、キュラノスとの間合いをとった。そして、気合を込めて右手を高く掲げる。

 

 刹那、コスモスの体を赤い炎のような光がまとった。さらに、燃え上がる恒星のコロナリングのような真紅の輪が無数にコスモスを中心に光り輝く。

 なんという熱く明るい光だ。世界は闇に包まれているというのに、まるでサビエラ村だけが真昼になったようだと誰もが思った。

 人々の見守る前で、コスモスの体が光の中で青から赤へと変わっていく。頭部も鋭角になり、戦いの力をつかさどるサニースポットが現れた。そして、光が完全に消えたとき、コスモスは優しさのルナモードから、強さをつかさどる第二の姿へとチェンジしたのだ。

 

『ウルトラマンコスモス・コロナモード』

 

 その身に燃え盛る炎のような真紅をまとわせ、戦うために拳を握り締めてコスモスは構えた。

「ハアッ!」

 勇ましさをかね揃え、戦いに望もうとするコスモスの精悍な姿に、ギーシュやミシェルたちは、あのアディールでの激闘の記憶を蘇らせた。ヤプールの超獣軍団とも戦えたコスモスなら、あの吸血怪獣も倒してくれるに違いない。頼むぞ、ウルトラマンコスモス!

 人々の声援を背に浴びるコスモス。対してエルザは、キュラノスはどこまでも孤独だ。しかし、ただひとりだけエルザを救おうとしている者の意志があったからこそ、コスモスはここに来た。

 皆の期待を背負って、コスモスは新たな戦いに望もうとしていた。その視線と拳の先にあるものは当然キュラノス。しかし、エルザは吸血鬼がもっとも忌み嫌うものを模したコスモスの姿に、果てしない憎悪を込めて叫んだ。

〔グゥゥゥ、太陽、太陽、太陽ォォォ! どこまでも、どこまでも私を愚弄する気なんだねぇ! いいよ、そいつもろともギタギタに切り刻んでやるぅぅぅ!〕

 怒りと憎しみのあまり、吼え猛るキュラノスの牙の間から唾液が飛び散る。すでにエルザは力に酔うがために、心もキュラノスと同化し始めていた。

 過ぎた力は人を狂わせる。宇宙のどこでも、そうして自ら破滅していった生命体は数知れない。ティファニアは、正気を失ってひたすらに力のみを求めるエルザに、彼女の精神の未熟さを感じた。

〔あなたは確かにわたしよりも長く生きてきた。けど、誰とも深く関わらなかったから、自分勝手さだけを育ててきてしまったのね。誰にも、大人になる方法を教えてもらえなかったから、自分しか信じれるものがなかったのね。エルザ、終わらせましょう。どんなに長生きしたって、それじゃずっとあなたは乾き続けるだけだよ。あなたが力という闇に引きこもり続けるなら、わたしはその闇を壊して光を届けてみせる!〕

 ティファニアも決意し、戦闘態勢をとったコスモスとキュラノスはついに激突した。

 地響きをあげて村の芝生を踏み荒らし、砂煙をあげながら両者はぶつかり合う。

「フゥン! デヤァァァッ!」

 一瞬の硬直、しかしコスモスは自分よりも体格で勝るキュラノスと組み合ったままで押し返していく。

 すごいパワーだ。さらにコスモスは容赦せず、村人たちから十分に距離をとったのを確認すると反撃に打って出た。

「ハアッ!」

 気合を込めた声とともに、コスモスのコロナ・キックがキュラノスの胴体を打ってよろめかせる。さらに、下から突き上げたコロナ・パンチがキュラノスの頭を叩くことで、キュラノスの思考を一瞬停止させた。

”こいつ! さっきまでの青い奴とはまるで違う!?”

 たった二発だけなのに、キュラノスは受けた攻撃の重さからコロナモードに変わったコスモスの強さを見誤っていたことを悟った。

 が、その動揺した一瞬の隙をコスモスは見逃さない。キュラノスの腕を掴むと、そのままひねるようにして投げ飛ばしたのだ。

「トアァァッ!」

 腕を軸に縦に一回転させられ、キュラノスは平行の感覚を奪われたまま地面に叩きつけられた。

 投げ技は格闘技の中でも強力なひとつだ。普通の打撃には動じない頑丈な奴でも、投げ技は相手の体そのものが武器となる上に、衝撃が体内に響き渡るために無事ではいられない。

 その強烈な一撃に、キュラノスの視界が一瞬白く染められる。だがキュラノスは、地に投げ出されながらも、仰ぎ見た空が自分のもっとも愛する色に染められているのを見ると、執念深く起き上がってきた。

〔グウゥゥ、夜、ヨル、闇、ヤミ。この暗く閉ざされた世界こそ、私たちの故郷、私たちの楽園、太陽なんてイラナイ! 全部黒く染めてやるゥ!〕

 闇への執着と太陽への憎しみを込めて、起き上がってきたキュラノスは大きく翼を広げた。

 また突風攻撃を仕掛けてくるつもりか? だがコスモスは素早く反応すると、投げつけるようにして指先から矢尻型の光弾を発射した。

『ハンドドラフト!』

 右手、左手と交互に発射された光弾は、キュラノスが突風を起こすよりも早く左の翼、次いで右の翼に命中して火花をあげた。自慢の翼を傷つけられて苦悶の声をあげるキュラノス。だが、キュラノスの翼は痛みは覚えはしたもののダメージは少なく耐え、それならばとジャンプして空中から翼で滑空してコスモスに迫ってきた。

「ショワッ!」

 間一髪、コスモスはバック転して空中からの突進をかわした。だがかわされたキュラノスの、その余った風圧だけで小屋が飛び、翼がかすっただけで家が吹っ飛んだ。

 なんて奴だ、あんなのに体当たりされたらコスモスもただじゃすまないぞと、ギーシュがその威力の高さに驚いて叫んだ。実際、空中からの攻撃はかなり有効な攻撃手段であり、キュラノスと同じく吸血怪獣であるこうもり怪獣バットンも、翼で空中を自在に飛びまわってウルトラマンレオを翻弄している。翼は単なる飛行するための道具ではなく、様々に応用が利く強力な武器であり、それを羽ばたかせることのできる筋力を持つ怪獣が弱いはずはない道理だ。

 もちろんコスモスも空中戦はできる。しかしコスモスはうかつに動き回れば村に被害が出てしまうので持ち前のフットワークを十分に活かすことができない。

〔アハハハ! 飛べるっていいねえ、誰かを見下ろすっていいねえ。受けてみてよ、私の熱いベーゼをさぁ!〕

 急降下で突撃してくるキュラノス。その攻撃がついにコスモスを捉えた。

「ノゥオオッ!」

 強烈な蹴りを受けてコスモスは地面に投げ出された。そこへキュラノスは馬乗りになって、今度は逃がさないとばかりに乱打を加えてくる。キュラノスの体重は四万六千トン、コスモスにとって決して跳ね飛ばせない重さではないが、狂ったように殴りかけてくるキュラノスの攻撃にさらされては思うようにいかない。

 まるでエルザの憎悪がそのまま噴出しているかのようだ。さらにキュラノスは巨大なかぎ爪状になっている手でコスモスの頭をわしづかみにして起き上がらせると、鋭い牙の生えた口を大きく開いてコスモスの肩に噛み付いてきた。

「フゥオオッ!」

 キュラノスの牙はコスモスの肩に食い込み、逃れようとしてもキュラノスはがっちりとコスモスの体を捕らえていて離れることができない。

 まさに、吸血鬼そのものの様相に、それを見ていた人間たちは一様に寒気を覚えた。しかし、単に噛み付くだけの攻撃ならば見た目が怖いだけだが、相手は吸血鬼だ、それで済むわけがない。苦しむコスモスと連動するように、カラータイマーが点滅を始めたのだ。

「血の代わりにエネルギーを吸ってるぞ」

 銃士隊員のひとりが戦慄してつぶやいた。

 まさに吸血怪獣の本領発揮。さらにキュラノスは十分にエネルギーを吸ったと判断したのか、コスモスを離すと、赤い目を輝かせてリング状の光線をコスモスに浴びせた。するとなんと、コスモスが酔っ払っているかのようにフラフラとよろめきだし、キュラノスが翼を振るに吊られるように右に左にと動かされているではないか。

「あいつ、屍人鬼のようにウルトラマンも操る気か!」

 まさにそのとおりだった。キュラノスはその牙で噛んだ相手を目から放つ催眠光線で操る能力を持ち、その力で持ってコスモスにとどめを刺そうとしていたのだ。

 いけない! いくらウルトラマンが強くても、自滅させられたのではたまらない。そう思ったとき、銃士隊や水精霊騎士隊の皆の口は考えるよりも早くその言葉をつむいでいた。

 

「がんばれー! ウルトラマーン!」

「負けるな、コスモス!」

「おれたちがついてるぞーっ! 気をしっかり持てーっ!」

 

 十数人の、がなりたてるのにも似た大声が暗闇の村に響き渡った。

 

「コスモスー、しっかりしてー!」

「あと少しだ! 気合入れろ!」

「がんばれー! 負けるなー!」

 

 誰もが、ウルトラマンを信じていた。そして、共に戦うことの大切さをよく知っていた。

 確かに自分たちには怪獣と直接戦う力はない。しかし、ウルトラマンを応援し、励ますことならできる。それもまた、立派な戦いなのだ。

 声をはりあげるミシェルやギーシュたち。対してキュラノスは、そんな彼らの声援を軽くせせら笑う。

〔バカな人間たち、ただ叫ぶだけでいったい何になるというの?〕

 催眠光線でコスモスを操り、転倒させてダメージを与えながらキュラノスは思った。

 だがそれでも、コスモスを応援する声は止まらない。いやむしろ熱を増して叫ばれる。

 それはなにもコスモスに対してだけではない。最初はコスモスがやられた姿を見て絶望感に震えていた村の娘たちも、声を張り上げる一行の姿を見ているうちにしだいに恐怖が和らいでいくのを感じて、そして戸惑っていたアリスに、ミシェルは優しくも力強い声で言った。

「さあアリス、いっしょにウルトラマンを応援しよう。ウルトラマン、がんばれって」

「おねえちゃん……?」

「ウルトラマンは、わたしたちのために頑張ってくれている。アリス、君はお父さんやお母さんがお仕事を頑張ってたら偉いなと思うだろう。その気持ちを伝えるだけでいい、ウルトラマンはきっと答えてくれる」

「うん……ウルトラマーン、がんばれーっ!」

 大きく息を吸って、吐き出すと同時にアリスの声援が加わった。小さな体で声を張り上げて、自分たちを守ってくれるもののために叫ぶ。

 さらに、そうしているうちに、ひとり、またひとりと村の娘たちも声援に加わっていった。皆が肩を並べて、ウルトラマンがんばれ、コスモスがんばれと声をあげている。気を失っていたメイナもその声で目覚めて、か細い声ながらも応援の輪に加わる。彼女も夢うつつの中で見ていたのだ。ティファニアが必死で自分のために戦ってくれたことと、彼女に与えられた大きな光を。

 

「がんばれーっ! 負けるなーっ! ウルトラマンコスモス!」

 

 数十人の声援が村に響き渡り、コスモスの背中を押す。

 その声を、ティファニアはコスモスの中から聞いていた。

〔みんなが、みんなが応援してくれている。みんなが希望を、未来を信じてる。コスモス、聞こえてるよね〕

 自分はひとりではない。どんなときでも仲間たちと、勇気ある人たちとともに戦っている。だから孤独じゃない、苦しくても仲間たちが力を貸してくれる。だからくじけない!

 そう、自分たちの信じてきたものは、決して間違ってはいなかった!

 新たな勇気を湧き起こしながら、コスモスの体に力が戻ってくる。

 

 だが、自分だけを頼みに人と交わらなかったエルザに向けられる声はひとつたりとてない。

 最初は無力な人間たちの愚かなあがきだと冷笑していたが、声は枯れるどころか益々強く大きくなっていく。しだいにエルザは苛立ちを感じ始め、それは心の中で大きくなっていった。

”なんなのよこいつらは? なんでこんなことを続けられるっていうの。バカじゃないの、バカ! 勝ってるのは私よ。お前たちも、この後すぐに八つ裂きにしてやるというのに、もっと恐怖したらどうなのよ!”

 自分は今、無敵の存在になった。これだけの力があればもはや敵はなく、唯一恐れる太陽も今や自分自身の力だけで闇を呼んで逃れることができる。まさに最強、しかも今この戦いに自分は勝利しつつある。

 そう、奴らに希望なんか残っているはずはない。にも関わらずに、この元気さはなんなんだ? しかも、さっきまで怯える一方だったアリスや村の娘たちまでもが表情を輝かせて叫んでいる。

 今までに血を吸い殺してきた人間たちは、死に直面すると恐怖し泣き喚き、それを眺めるのが最高の楽しみだった。だがこいつらは、逆に追い詰めれば追い詰めるほどに気力を増してくる。わからない、わからない、わからない。

「うるさい黙れぇぇぇ! お前たちから殺すぞぉ!」

 ついに耐え切れずにエルザは叫んだ。個性のない激情にまかせた怒鳴り声は、キュラノスの牙だらけの口から放たれることによって歪んだ不気味な声となって、声援を続けていた一行や村娘たちの喉を凍らせ、背筋に霜を降らせた。

 しかし、怒りにまかせて叫んだ一瞬の隙に、キュラノスはコスモスに向けていた催眠光線を切ってしまったのだ。それはまさに一瞬の断絶、だがコスモスにはその一瞬で十分だった。

「ヌゥン! デャアッ!」

〔し、しまった!〕

 コスモスは催眠から解き放たれて完全復活し、エルザは慌てるがもう遅かった。

 拳を握り締めて構えるコスモス。対してエルザは焦ってどうするべきか迷った。再び空中戦を挑むか、それともこのまま地上戦で相手をするべきか。

 半瞬ほどの葛藤の後、エルザは空中戦を選んだ。キュラノスは翼を広げて空へと飛び上がろうと羽ばたく。だが、その迷ったわずかな隙がキュラノスの反撃の機会を奪っていた。キュラノスが空中に飛び上がるよりも早く、コスモスは一気に助走をつけてキュラノスに向かって跳び上がると、エネルギーで全身を覆った状態でキュラノスの眼前で空中に静止、そのまま一瞬のうちに連続キックを叩き込んだのだ。

 

『コロナサスペンドキック!』

 

 右キック、左キック、左蹴り、右ストレートキックが一瞬のうちに叩き込まれ、キュラノスは大きなダメージを受けて地面になぎ倒された。

〔ウガァ! イダァ、イダァァイィ!〕

 巨体がまるで丸太のように転がされ、激しい痛みがキュラノスを襲い、エルザは苦痛にのたうった。

 なんて攻撃だ、いままでの攻撃とはまるで違う。まさか、いままではまだ本気を出していなかったというのか!?

 屈辱感がエルザの胸を焼く。なぜだ、自分はこの世のどんな吸血鬼にも勝る力を手に入れたはずだ。なのになぜ勝てない? 自問するエルザの心に、ミシェルから告げられた言葉が蘇ってきた。

「強さなんて空しいものだ。どんなに上げても自分より強い奴はいる。どんなに勝ち続けても、いつかは負けるときが来る。お前はそうなったとき、強者に自分の命を差し出して笑ってられるのか?」

 それはこれまで常に獲物を狩る側、強者として生きてきたエルザが、狩られる弱者の立場に追い込まれた瞬間だった。

〔私が、ワタシが弱い? そんなはずがないわ。私は無敵の力を手に入れたはず、どんな奴にだって負けるわけないのよ!〕

 焦燥に狩られてエルザは自分に言い聞かせるものの、誰もエルザのことを肯定してくれる者はいない。孤独を愛し、孤独と共に生きてきたエルザだったが、今や唯一の友である孤独でさえもエルザの味方ではなかった。

 だがそれでも、エルザは引くわけにはいかなかった。狩人として生きてきたエルザにとって、負けることは死を意味する。また、吸血鬼として、選ばれた者だというプライドや、人間ごときに負けたくないという意地、それらががんじがらめになってエルザの足を封じ、閉じた心は誰にも開かれない。

 求めるのはただ勝利のみ、それを得るために、エルザは理性を持たぬ獣に堕ちたかのように吼える。

 翼を広げ、キュラノスは再び突風を起こす体勢に入った。赤い目はさらに狂気の真紅に染まり、今度は村ごとなにもかも破壊してしまおうという自棄の意思が満ちている。

 

 しかし、もうこれ以上の破壊は許されない。確かにエルザの境遇に対して同情の余地はあるものの、自分の不幸を理由に他人を傷つけることは許されない。

 コスモスは両手にエネルギーを溜め、そのエネルギーを自分の体の前で巨大なエネルギーの玉へと収束させた。片足を上げて拳を握るコスモスの前で、エネルギーの玉は赤々と燃える太陽のように輝いている。

 これがこの戦いの最後の一撃だ。エルザ、君がすがる吸血王国の幻想を、この一撃で打ち砕く。コスモスはキュラノスの放つ風をものともせずに、地上の太陽のように輝くエネルギー球をそのままキュラノスに向かって投げつけた。

 

『プロミネンスボール!』

 

 エネルギー球は風を切り裂いてキュラノスに殺到し、逃れる間も与えずに炸裂してその身を紅蓮の炎で包み込んだ。

〔グアァァァッ! 太陽、タイヨウォォォォォ!〕

 決して日を浴びることのできない身が、太陽の灼熱の業火に焼かれる。その苦しみの中でエルザは悟った。

”クハハハ……しょせん吸血鬼は、太陽には勝てない定めなのね”

 どんなに夜に潜もうと、どんなに空を闇に包もうと、それは結局は太陽からの逃避でしかなかった。吸血鬼とはしょせん、その程度の存在でしかなかったのか。

 いままで頼ってきたものを打ち砕かれて、心が折れる音をエルザは聞いたようが気がした。なぜ自分がこんな目にあわなければならない? なぜ、どいつもこいつも人間ごときの味方をするんだ?

 ワカラナイ……自分はこのままここで燃え尽きて終わるのかと、エルザは思った。

 しかし、キュラノスが焼き尽くされる前に、エネルギーの炎は消えてなくなった。

 耐え切ったのか……? いや、そうじゃないわとエルザは気づいた。そして静かに立って、自分を見つめているコスモスを睨んで言った。

〔おねえちゃん……また、手加減したんだね〕

〔エルザ、もうこれで終わりにしましょう。暴力ですべてを解決しようなんて間違ってる。どんなにすごい力を手に入れても、あなたひとりでどうにかなるほど世界は小さくなんてない。奪い合うのではなくて、分かち合いましょう。あなたにもきっと、それができるわ〕

〔この期に及んで、まだ私に情けをかけようっていうの? 甘い、甘すぎるよおねえちゃん。いえ、今じゃおねえちゃんのほうがすごい力を手に入れたんだものねえ。どう? 勝者の気分は、いいものでしょう?〕

 荒い息をキュラノスはつきながら、中のエルザは吐き捨てるように言った。しかしティファニアは悲しげに答える。

〔よくないよ、わたしはあなたを傷つけたくはなかった。けど、あなたに話を聞いてもらうにはこれしかなかったの。それにわたしは……エルザ、あなただけを救いたいわけじゃない。この世界には、あなたと同じ吸血鬼がまだ大勢いるんでしょう? わたしは、その人たちともお友達になりたい。どんな種族でも、仲良くいっしょに暮らせる世界を作る、それがわたしの夢だから! だからエルザ、わたしはあなたとお友達になりたい〕

 一転して強くティファニアは訴えた。思いを、夢を、自分の気持ちを偽らずに素直な気持ちをエルザにぶつけた。

〔……くふふ、本当にどこまでも、バカのつくお人よしだねおねえちゃんは。あーあ、なんか本気で怒ってたのがバカみたいじゃない〕

 エルザは気が抜けたように、敵意を失った声で言った。キュラノスもだらりと腕と翼を下げ、攻撃態勢を解いた無防備状態でじっとしている。その落ち着いた様子に、ティファニアはようやく自分の声がエルザに届いたのかとほっとした。

 しかし……

〔だから、大っキライだっていうのよ〕

〔え?〕

 すごみのある声でつぶやいたエルザに、ティファニアはなんのことかわからずに唖然とした。だがエルザは、次第に重みを増していく声で訥々と告げていく。

〔エルザはね、三十年さまよったんだよ? 長かったなあ、三十年。救ってくれるっていうなら、なんでもっと早く来てくれなかったの? なんでエルザのパパとママが殺されたときに来てくれなかったの? ねえ、なんで?〕

〔そ、それは〕

 ティファニアは困惑した。答えられない、いや答えられるわけがない。だがエルザはティファニアのそんな困惑を楽しんでいるように続けた。

〔私が三十年に、何人の人間を殺したかわかってるの? 人間の法律に照らせば何百回死刑になっても足りないよ。ほかの吸血鬼だってきっとそう、生きるために何百人と人間を食べてるわ。それが、いまさら切り替えて食べ物と仲良くなんてできるわけないじゃない。なんにも知らないくせに、上っ面だけ見て言わないで〕

 ティファニアは反論することができなかった。事実であるからだ。三十年間屍の山を築き続けてきた者に、百八十度の意識転換をしろというのである。エルフに人間に対する誤解と偏見を解かせたときすらこれに比べれば優しい。

 それでもティファニアはあきらめることはしなかった。あきらめたら救えるものはいなくなる。それが、ティファニアがこれまでの旅で学んできたことだからだ。

 しかし、ティファニアが口を開くよりも先に、エルザは哄笑しながら彼女に告げた。

〔くふふ、あっはは。でもね、私は負けた。強い者は弱い者を好きにすることが出来るって、私言っちゃったからねえ。ただ、私は私だけのために生きるって昔に決めたんだ……ウフフ、あっはっははは!〕

 エルザが笑い始めるのと同時に、キュラノスの体が青白い炎に包まれた。まるで人魂のような、熱を持っているようにはとても見えない不気味な炎だが、その炎はキュラノスの全身を焼き尽くすように激しく燃え上がっている。

 あれは! まさか! ティファニアはエルザの考えに気がついて背筋を凍らせた。

 いけない! それだけは、やってはいけない!

〔エルザ! まっ、待って!〕

〔アハハハハハハ! バイバイ、おねえちゃん……〕

 その言葉を最後に、キュラノスはがっくりとひざをつくと、そのまま前のめりに倒れて爆発した。本物の赤い炎が黒煙とともに舞い上がっていき、キュラノスの破片が舞い散っていく。

「自爆……したのか」

 呆然としながらミシェルが短くつぶやいた。彼女たちにはティファニアとエルザの間の会話は聞こえてはいない。しかし、コスモスの一撃で大ダメージは受けたものの命は救われた吸血怪獣が、それをよしとせずに自らの命を絶ったのだけはわかった。

 キュラノスの巨体はわずかな残骸を残して消え、サビエラ村から危機は去った。

 だが、ティファニアの心には悲しみが渦巻いていた。

〔エルザ……うっ、うぅっ。わたしは、あの子を助けてあげることができなかった〕

 確かにエルザは多くの罪のない人を殺した残酷な殺人鬼だったかもしれない。しかし、彼女にも歪まなくては生きていけない事情があったのだ。殺すまでのことはなかった、なんとか説得して、誰かを殺すのではなく生かす生き方もあるのだということを知ってほしかったのに。

 ティファニアは胸の痛みに苦しんで、嘆く。そこへ、コスモスが優しげな声で言った。

〔ティファニア、君のやろうとしたことは間違ってはいない。それ以上、自分を責めてはいけない〕

〔でも、わたしは彼女の悲しみがわかってた。わたしも、もしかしたらエルザのようになっていたかもしれない。わたしが、わたしが助けてあげなくちゃいけなかった……それなのに、わたしはコスモス、あなたの力まで借りたのに、エルザを説得することができなかった。わたしのせいだ〕

〔ティファニア、私とて神ではない。私にも、救おうとして救いきれなかった経験が数多くある。だが、それは確かに悲しいことだが、それだけに目を奪われていてはいけない。君はこの場で、数多くの命を救った。あれを見てみなさい〕

 コスモスに促されてティファニアが目を向けると、そこには手を振りながらコスモスを見上げてくる仲間たちや村の娘たちの姿があった。

 

「ありがとう、ウルトラマンコスモース!」

「みんなを助けてくれて、本当にありがとうー!」

 

 手を振って笑いかけてくるみんなの姿を指して、コスモスはあっけにとられているティファニアに向けて話す。

〔君が強い意志で私を呼んでくれたからこそ、彼らを助けることができた。彼らを救ったのは、君だよティファニア〕

〔そんな、わたしなんて何も〕

〔いいや、君の活躍だよ。君がいたからこそ、私は働けた。そして、君に尋ねよう。君はエルザを救えなかったかもしれない、しかしそれで君はもう誰も助けられないとあきらめるのか?〕

 コスモスのその言葉に、ティファニアははっとした。そして、嘆いていた自分を恥じて強く言った。

〔ううん! この世界には、まだエルザのように悲しい生き方を強いられている人がいっぱいいるはず。わたしは、その人たちのためにこれからも戦いたい〕

 そう、この世に全能などはない。ウルトラマンや防衛隊にだって、救いきれない命はある。消防やレスキューだって、間に合わずに犠牲者を出してしまうこともある。しかしそれでも彼らは悲しみを振り切って次の現場へと向かう。なぜならそこに、次は救えるかもしれない命があるからだ。

 コスモスはティファニアの決意を聞いて、ゆっくりとうなづいた。

〔そう、それこそが真に人を救うということだ。そしてティファニア、この星とこの星に住む命を守るために、君の力を貸してほしい。私はこのままの姿では、この星に長くとどまることができない。だから、私の命と力を君に預けたい〕

〔コスモス……わかった、いっしょに戦いましょう!〕

 ティファニアの決意をコスモスは受け取り、ここにティファニアはコスモスはひとつとなった。

 

 そして、この戦いの最後の仕事が待っている。コスモスは皆を見下ろすと、コロナモードのチェンジを解いた。

 

『ウルトラマンコスモス・ルナモード』

 

 優しさを体現する青い姿のコスモス。そしてコスモスは屍人鬼となったままで倒れている村の人々へと、手のひらに穏やかな光の力を集めて、彼らに向けて優しい光を浴びせていった。

『ルナエキストラクト』

 邪悪なものを分離させる光線が、吸血ウィルスに犯されていた村人たちからウィルスだけを取り除いていった。

 村人から牙が消え、ただの人間に戻ったことがわかる。アリスたち村の娘たちは自分の家族や友人が人間に戻って生きていることを知ると彼らに駆け寄って吐息や鼓動を確かめ、涙を流して喜びにむせび泣いた。

「ありがとうウルトラマン、ありがとう!」

 村の娘たちの心からのお礼を受けて、コスモスはこの村での自分の役割が終わったことを確信した。空を見上げて、コスモスは静かに飛び立つ。

「シュワッ」

 コスモスは空のかなたに光となって消えていき、こうしてサビエラ村での吸血鬼事件は終わりを告げた。

 

 

 ただ、この村の事件は終わっても、ミシェルたち一行の旅はまだ終わらない。次の刺客が来る前に、一刻も早くトリステインに帰らなくてはならないのだ。

 

 

「もう、行っちゃうの? おねえちゃん」

 村はずれで、休む間もなく旅立とうとしている一行を見送りに来たアリスがミシェルに向けて言った。

 あれからすぐに、戻ってきたティファニアとも合流した一行は、そのまま旅立つことを決めた。なごりは惜しいし疲れも癒したかったが、ここにいてはまたサビエラ村が戦いに巻き込まれるかもしれなかったからだ。

 村の男たちは、まだ気を失ったままでいる。それでも一行の旅立ちを、アリスだけでなく村の娘たちのほとんどが見送りに来てくれた。

 しかし急な別れに、せっかく仲良くなれたのにと、アリスは半泣きになっている。そんなアリスに対して、ミシェルは寂しそうにしながらも優しく笑いかけた。

「ごめんな、おねえちゃんたちは急ぎの旅の途中なんだ。でも、わたしたちは君のことを忘れない。サビエラ村を救うために力いっぱいがんばった、勇者アリスのことをね」

「勇者? わたしが、勇者?」

「そうさ、君だけじゃない。ここにいる者はみんな、勇気を振り絞って力の限り戦った勇者さ。君や、わたしたちみんなが頑張ったから吸血鬼をやっつけられた。紛れもなく、君たちは勇者さ」

 ミシェルの言葉に、アリスだけでなくメイナや村の娘たちも照れくさそうに笑った。

 皆が、勇者。その言葉は、自分たちが吸血鬼に狩られるだけの脆弱な生き物だと思っていた村の少女たちの胸に、新しい熱い炎を灯したのだ。

 ただそれでも、一行がいなくなることで不安を覚えるのも確かだ。重傷の身をおして見送りに来てくれていたメイナが、心細そうに言った。

「皆さん、本当にありがとうございました。けど、あなた方がいなくなった後で、またエルザのような奴がやってきたらと思うと……」

 その一言に、アリスや村の娘たちに戦慄が走った。無理もない、友達だと信じていたエルザに裏切られたアリスやメイナたちの心の傷は大きい。ティファニアは、エルザを救いたいとは思ったけれども、やはりエルザの悪行が残した爪痕の深さを思ってなにも言えず、その前で 村娘たちは顔を見合わせて不安をぶつけあった。

「どうしよう、もう一回あんな妖魔がやってきたら今度こそ村はおしまいだよ」

「これというのも、村長さんがよそ者の子なんかを連れ込んだからよ。やっぱり、身元の知れない奴なんかを入れちゃいけないのよ」

「そうね、男の人たちが起きたら、よそ者は絶対に入れないって決まりを作ってもらいましょう。よそ者なんか信用しちゃダメなのよ」

 村娘たちは不安と恐怖から、まるでカメが甲羅の中に閉じこもるように、冷たい壁を外に向かって張り巡らせようとしていた。

 だが彼女たちの閉鎖的な言葉は、それを聞くギーシュたちの胸にも寒風を吹かせた。気持ちはわかる、多くの犠牲者も出ているのだから、これ以上の犠牲を出さないためにも村の防備を固めたいと思うのは当然だ。しかしそれでは、いずれサビエラ村は外敵によらずとも、本当の意味で駄目になってしまうだろう。ギーシュたちはそのことを経験からなんとなく察したけれども、それをどう伝えればいいのかわからずに、口をもごもごさせることしかできない。

 アリスもまた、エルザから受けた心の傷と恐怖から顔を曇らせている。幼い彼女には、まだどうしていいのかわからなくても、殺気立つ村娘たちに共感しているところはあるようだ。

 そのときである。ミシェルが、アリスの両肩を持つと視線を合わせて、ほかのみんなにも聞こえるようにして穏やかに話しかけていったのだ。

 

「アリス、わたしたちが村から去る前に、ひとつだけおねえちゃんと約束してほしいことがあるんだ」

「約束……?」

 

 ミシェルはアリスがうなづいたのを見ると、ゆっくりと言葉をつむぎはじめた。

 

「優しさを失わないでくれ。弱いものを労わり、互いに助け合い。どこの国の人たちとも仲良くなろうとする気持ちを失わないでくれ……たとえその気持ちが、何百回裏切られようとも」

 

 ミシェルは語り終わると、アリスの小さな手を自分の両手で包み込むようにして握り締めた。

「優しさを、失わないで……?」

「そう、おねえちゃんの一番大切な人が教えてくれた言葉さ。なあアリス、今回、災いは村の外からやってきた。きっと、これからもやってくるだろう。だけど、わたしたちも外からやってきたんだ。外の世界には災いだけじゃなくて、喜びや、驚きや、新しい友達になれる人もいっぱいいるんだ」

「新しい、お友達? たとえば、おねえちゃんみたいな?」

「ああ、わたしとアリスは友達さ。だからね、村の中にいれば安全かもしれない。だけど、それじゃほら穴に隠れて過ごすアナグマといっしょだ。君たちは人間だろう? だから、どんなときでも人間らしく生きることを忘れないでくれ。そうすれば、また悪い奴が来たときでも、きっと君たちを助けてくれる人がやってくる」

「おねえちゃん……わかった。わたし約束する! どんなときでも、人間らしく生きるって」

 アリスはミシェルに誓い、ミシェルは力強く宣言したアリスを優しく抱きしめた。

 そして、ふたりの誓いは殺気立って村の鎖国化を考えていた村の娘たちの心にも深く刺さり、たった今までの自分たちの言動を恥じさせた。

「そうね、わたしたちは人間だもの。あの吸血鬼みたいに、見た目だけ取り繕った悪魔になっちゃいけないわ」

「ええ、考えてみたら、こんな小さな村で閉じこもっても、遠からず人が絶えて滅んでしまうわ。よそ者をよそつけないんじゃなくて、よそ者が悪い奴かどうかを見分けられるように、わたしたちが賢くならなきゃいけないのね」

「外の世界か、そういえばわたしたちはサビエラ村からほとんど外に出たことはなかったわね。お父様たちが禁止してたからだけど、外にはあなた方みたいな素晴らしい人もいるのね」

 狭い村の中だけではなく、大きな外の世界へと目を向ける。それは若い娘たちにとって新鮮な驚きであり、喜びであった。

 すでにこの中には、家族を説得して村の外に出てみようと考え始めている者も多い。それらはきっと、大変な反対に合うだろうが、いずれ若く強い力が勝つに違いない。

 そうだ、人生は旅であり、旅とはより遠くへ、より多くのところへ行ってこそ価値がある。

 サビエラ村はいつしか歩くのを止め、旅をあきらめてきた。しかし歩かなければ疲れはしないが、食は細り、体は衰えて、やがて滅んで忘れられていく。だがサビエラ村にはまだ、遠くへと歩こうとする若い息吹が残っていた。この息吹が育っていけば、外から新しいものを持ち帰り、サビエラ村が活気を取り戻すことも不可能ではないだろう。

 

 アリスと村の娘たちの心に光の誓いを残し、とうとう一行が村を後にする時が来た。

 ギーシュたちは先に去っていき、最後にティファニアとミシェルが残って、アリスとメイナに別れを告げる。

「さようならティファニアさん。わたし、あなたに救われた命を大切にしていきますね」

「メイナさん、それはわたしも同じです。さようなら、わたしの新しいお友達。また、会いましょうね」

 ティファニアとメイナは最後に固く握手をかわし、ティファニアは小走りで皆の後を追いかけていった。その懐の中には、コスモスから預かったコスモプラックが静かに眠っている。

 そしてアリスとミシェルも。

「さようならおねえちゃん。また、会えるかな」

「ああ、信じれば叶わない夢なんかないさ。そうだ、これをアリスにあげよう」

 ミシェルはアリスの手をとると、その中にトリステイン王家の紋章をかたどったワッペンを握らせた。

「これって?」

「銃士隊、トリステイン王国軍の王家直属親衛隊の証だ。わたしは、その副長ミシェル。アリス、君の勇敢な働きに敬意を持って、これを預けていこう」

「トリステイン王国の……? お、おねえちゃんって、本当にすごい人だったんだね。ねえ、おねえちゃん……わたしも、おねえちゃんみたいに強くなれるかな?」

「それは、君の努力しだいだな。わたしたちも、最初からすごかったわけじゃない。いろんな戦いで武勲を立てて、それを女王さまが認めてくれるまでは長かった。だけど、今トリステインでは女王陛下が、実力さえあれば平民でも騎士にでも貴族にでもなれるようにしてくれている。実力と、努力しだいでね」

「平民でも、騎士や貴族さまになれるの!」

「ああ、これからは自分がなりたいものを決めるのは自分自身だ。もちろん、困難や挫折も数多い。しかし、夢を見て努力し続ければ、未来は決して人を裏切らない。覚えておけ」

「うん、わかったよ。おねえちゃん!」

 強く目を輝かせたアリスに、ミシェルは優しく微笑んだ。

 

 そして、ミシェルも踵を返してサビエラ村を去っていく。

 さようなら、小さいが勇敢な人々の住む村よ。ほんのわずかな間だったけれど、この村では多くのことを学ぶことができた。

 後ろ髪を引かれる思いをしながら、振り返るまいと自分に言い聞かせてミシェルは仲間たちを追っていく。

 ところが、ミシェルが村の入り口の門に差し掛かったときである。彼女の背中から、アリスの元気に溢れた声が響いてきたのだ。

 

「おねえちゃーん! わたし、毎日畑仕事を手伝って力をつける。そして大きくなったらトリステインへ行くから、じゅうしたいの仲間に入れて! わたしは強くなって、村を守れる騎士になりたい!」

 それは、辺境の平民の子に生まれて、決まりきった運命しかないと教えられてきたアリスが初めて自分の”夢”を叫んだ瞬間だった。

 だがミシェルは振り返らない。振り返ってしまえば、目じりから溢れるもので濡れた顔を見られてしまうから。その代わりに、ミシェルはアリスに負けないくらい大きな声で答えた。

「銃士隊の訓練は厳しいぞ! たくさん食べて、早く大きくなれ。待っているぞ、成長した勇者アリスの姿を見られる日をな!」

「はい! 必ず、必ず行くからねーっ!」

 アリスの誓いに見送られ、ミシェルはサビエラ村を後にした。

 

 村から離れ、街道に出ると、そこには仲間たちがミシェルを待っていた。

「待たせたな、さあ行くか」

 目指すはトリステイン王国トリスタニア。そこを目指す一行の先頭に立って、ミシェルは雄雄しく一歩を踏み出した。

 すでにその目に涙はなく、すがりついて甘える弱さもない。この事件が起きる前とでは別人のようになったミシェルがそこにいた。

 だが、ミシェルは本当に才人のことを振り切ることができたのだろうか? ひとりの銃士隊員が恐る恐るながら尋ねると。

「あの、副長。副長はその、サイトのことを……」

「生きてるさ」

「えっ?」

「サイトが、あいつが簡単にくたばるはずがない。地の果てか、違う世界か……どこにいようと、サイトは必ず帰ってくる」

 確信を込めてミシェルは言い放った。

 しかしどこにそんな根拠が? そう尋ねると、ミシェルは空を見上げて言うのだった。

「帰ってくるさ、だってサイトはウルトラマンなんだから。もし帰ってこないのなら追いかけるまでさ……わたしもウルトラマンになって、星のかなたまででもね!」

 胸を張って言い放ったミシェルの目には、必ずまた会えるという確信の炎が燃えていた。それは妄信? 狂信? いや、ただひたすらな愛だけが彼女の瞳には宿っている。

 皆は、そしてティファニアは、ひとりの人を一途に愛するということが、これほどまで人を強くするのかと思い、自分の胸も熱くした。

 

 

 勇者たちの活躍によってロマリアの野望の一端は砕かれた。だが、闇の勢力の手はまだハルケギニアに強くかかっている。急げ、勇敢な若者たちよ、君たちの故郷は君たちの帰りを待っている。

 

 

 続く


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