第22話
踊れ! 怪獣大舞踏会 (後編)
カンガルー怪獣 パンドラ、チンペ
歌好き怪獣 オルフィ
風船怪獣 バンゴ
玉好き怪獣 ガラキング 登場!
「怪獣が、四匹!?」
いまや、トリステイン魔法学院は上に下にの大騒ぎになっていた。
現れた怪獣は、パンドラ、オルフィ、バンゴ、ガラキング、際立った凶暴性を持つものはいないが、魔法学院の十個や二十個軽く破壊してありあまるほどパワフルな連中ばかりだ。
才人は、それらの怪獣達の記録を脳内の怪獣図鑑から探し出した。幸い、どれも見たことのある奴ばかりだ。
まずパンドラ、オルフィ、ガラキングはどれもZATの時代に出現した怪獣で、パンドラは山で遭難した人間を助けてくれる優しい怪獣。
オルフィは現在でも出現し、音楽が好きで、年に一度近隣の村人に一曲披露する気のいい奴。
ガラキングは多少やっかいだが、人間とバレーボールで勝負するなどなかなかの知能を持った面白い奴。いずれも倒されずにウルトラマンタロウやZATによって棲み家に帰されている。
残るバンゴはMACの時代に出現した奴で、暴れはするが、凶暴というよりも幼児が面白がって遊んでいるだけのような奴で、ウルトラマンレオに宇宙のかなたに飛ばされている。
総じて、こちらから手を出さなければ危険性の低い奴ばかり、特にパンドラとオルフィは人間の味方といってもよかったが、なぜ好んで人間に危害を加える気のない怪獣がこんなところに現れたのか? あのパンドラとオルフィは地球のものと同じくおとなしいのか? 才人は迷っていた。
だが、その知識を持っているのは当然才人だけで、他の人間には、怪獣が四匹という脅威のみが映っていた。
明確な指揮官がおらず、その場のノリと勢いでやってきていたギーシュ達WEKCの面々は、どうしていいか分からずに、早々に便宜上戦術的撤退に追い込まれていた。
それは当然、彼らだけではなかったが。
「ひ、姫殿下、いったいどうすれば……」
精強を持ってなる空中装甲騎士団も、さすがにこれにはどうすべきかわからなくなっていた。
しかし彼らには幸か不幸か命令を下してくれる上官がいた。
「ひ、ひるむんじゃないわよ。二匹が四匹になったくらい大したことないわ! 攻撃続行!」
ベアトリスはなかばやけくそ気味に命令した。団員達は、そんな無茶なと思ったが、指揮官の命令は絶対である。覚悟を決めて、ほぼ絶望的な戦いに挑んでいった。
だが、いざその気になると彼らもトリステイン屈指の実力者達である。大きさの程度こそ違え、トロールやオークなど、人間よりはるかに大きな相手との戦い方も心得ている。表皮の分厚そうな胴体などは避け、目や鼻など急所に攻撃を集中した。
これは一見地味に見えるが、地球でも、かつて科特隊が怪獣バニラの目をつぶしてアボラスに倒させたり、MATがツインテールの目をつぶしてグドンに倒させたり、またMACが鉄壁の防御を誇る怪獣ベキラの目を集中攻撃して打撃を与えたりと、かなりの戦果をあげてきた戦法でもある。人間でも、目の前をハエやアブに飛び回られたらうるさいのと同じことである。
二十騎の竜騎士に顔を連打されて、驚くべきことに四匹の怪獣の進撃は学院の外壁の手前でぴたりと止まった。
「おお、止まった!?」
恐らくはまったく敵わずに、早々に蹴散らされて終わると思っていた才人は思わずびっくりして叫んだ。
そうなると現金なもので、浮き足立っていた生徒や教師達も、逃げることを忘れて声援をあげ始めた。
「がんばれー空中装甲騎士団ー!」
「すてきよー、ほれぼれしちゃう」
黄色い声援が飛んで、空中装甲騎士団の男達はがぜんやる気になった。まったく男という奴はこの世でもっとも救いがたい生き物である。
「ほーっほっほっほ!! 全隊、正面から集中攻撃! クルデンホルフの力を見せ付けておあげなさい」
ベアトリスも、調子に乗ってさらなる攻勢の強化を命じる。
だが、女生徒の声援に、余計な対抗意識を燃やして、よせばいいのに身の程をわきまえずに怪獣に突進していく一団があった。言うまでもなくギーシュ達である。
「我らも負けるな! みんな突撃だ!」
さっきまで尻に帆かけて逃げ出していたというのに調子のいいものだ。しかし、以前王宮で初めて戦ったときには、まがりなりにもアニエスという指揮官がいたが、今回は気持ちのおもむくまま、各人が好き勝手に戦っているものだから、攻撃というより、また空中装甲騎士団の邪魔をすることになって、戦場を引っ掻き回すことになってしまった。
「邪魔だ! 学生の騎士ごっこは引っ込んでろ!」
「なにを! お前らこそ人の学院で好き勝手するな!」
とまあ、こんな調子であるから、助け合いなど思いもよらない。
しかし、彼らは功を争うのに夢中になって大事なことを忘れていた。
自分達が戦っているのは、怪獣だということを。
突然、空中装甲騎士団に攻撃を受けていたガラキングが口から火花を吹き出した。
「うわぁ!?」
顔に寄っていた騎士数人が、まるでナイアガラの花火に巻き込まれたかのように撃ち落される。全身を覆う鎧のおかげでかろうじて軽傷ですんだが、騎乗していた竜は翼をやられてもう飛べない。
さらに、パンドラもうなり声をあげると、口から真赤な火炎を吐き出した。なぎはらうように炎の帯が右に左にと振り回され、調子に乗っていた空中装甲騎士団も生徒達もあっという間に散り散りにされる。
「バカ! とうとう怒らせちまったか」
人間だって目の前を虫が飛び回れば不快になり、やがて怒り出す。
その有様に、とうとうキュルケとタバサも腰を上げた。
「もう見てられないわ。うちのバカ男達を連れ帰ってくる!」
ふたりはシルフィードに乗って、飛び出していった。それと同時にコルベールをはじめとする教師達も、生徒達の窮状を救わんと、おのおの飛んでいく。
才人とルイズも、今度こそ飛び出そうと思ったが、やはりリングは光らない。
(エース、なにが足りないっていうんだ?)
今にも踏み潰されそうなギーシュ達を見るにつけ、才人は拳を握り締めて、その戦いを見守っていた。
怪獣達は怒って空中装甲騎士団とWEKCを追い回している。ガラキングとパンドラの火炎はさして威力の高いものではなかったのが幸いしたが、オルフィやバンゴも怪力の持ち主であり、歩き回って腕をぶんぶん振り回すだけで充分武器になる。
生徒達や竜を失った空中装甲騎士団は必死になって逃げていく。だが、暴れるオルフィの行く先に、出していたワルキューレをすべて踏み潰され、精神力の切れ果てたギーシュが根尽きて倒れこんでいた。
「危ない!!」
思わず才人は叫んだ。キュルケやコルベールも気づいたようだが、足が振り下ろされようとしている今、もう間に合わない。
しかし、思わず目を覆いかけたとき、オルフィは下ろしかけていた足を地面スレスレのところでぴたりと止めて、とっさに後ろに重心をかけたためにバランスを崩して倒れてしまった。
だが、そのおかげでギーシュはなんとかつぶされずに助かり、それを見ていた才人は、彼らが暴れるためにやってきたわけではないことを確信した。
「人間を踏み潰さないように気を使った……やっぱり、あいつらは暴れるために来たんじゃない」
「だったら、なんでこんなところに来るの? なんでこの魔法学院に?」
ふたりにも、エースが言おうとしたことがわかってきた。怪獣だって生き物だ、行動にはなにかしら理由がある。ならば、この学院に、怪獣を呼び寄せるような何かがあるということ、それが何かを突き止めることが、ただ怪獣と戦うよりも大事なのだと。
あいつらのうち、少なくともパンドラとオルフィは魔法学院に用があるのは間違いない。だが、それが何なのか。
才人とルイズは考えた、必死に考えて、そしてかつて才人はパンドラが暴れたときの事件の概要を、ルイズは先程ベアトリスが言った台詞を思い出した。
『ではここで我が空中装甲騎士団の武を披露したいと思います……さあ、獲物をこれに!!』
「……もしかして!」
同時にそう言ったふたりは、それぞれの考えを話すと、すぐに避難誘導に当たっていたロングビルを探し出して話しかけた。
「ロングビルさん!」
「なに? あなたたちも早く逃げなさい。学院の裏手からなら安全に逃げられるわ」
「それよりも、あの空中装甲騎士団の連中、ここに何か持ち込みませんでしたか?」
思わぬ問いに、ロングビルは一瞬きょとんとしたが、すぐに記憶の泉の浅いところからその答えを探しだしてきた。
「ええ、なにやら大きな物をひとつ運び込んでたわね。幕がかけられてたから何かはわからなかったけど、かなり大きな物だったわよ。それがどうかしたの?」
「やっぱり、すぐにそれを探してきてください。恐らく、あいつらを呼び寄せたのはそれです!」
「えっ!? なに、どういうこと?」
「とにかくお願いします。学院がつぶされるかどうかの瀬戸際なんですから」
ふたりは、ロングビルにそう頼むと、再びバルコニーに戻ってきた。
怪獣達はといえば、バンゴとガラキングはドタドタ走り回りながら空中装甲騎士団を追い回している。こいつらは暴れているというよりただ遊んでいるだけだろう。だが、パンドラとオルフィは妨害を受けながらも、一心に学院の方向を目指してやってくる。
そのとき、ついにウルトラリングが光を放ち、ふたりはバルコニーから身を躍らせた。
「「ウルトラ・ターッチ!!」」
夜空を赤い光が裂き、光の戦士が光臨する。
「ウルトラマンAだ!!」
着地の勢いで高々と土煙を巻き上げて、エースは中庭に降り立った。
ギーシュ達以外の生徒達にはベロクロン戦以来となるエースの登場に、いくつもの歓声があがる。
「シュワッ!!」
エースは突進してくるオルフィとパンドラを正面からがっしりと受け止めると、そのまま外壁の外の草原にまで押し返した。
「ダアッ!」
二匹を押し戻し、エースは外壁の裂け目の前に、両手を広げて通せんぼをするように仁王立ちした。
それでも、オルフィとパンドラはなおもエースを押しのけてでも通ろうと突っ込んでくる。特にオルフィは攻撃能力こそ持たず、性質もおとなしいものの、宇宙怪人カーン星人がZAT全滅のために利用しようとしたことさえあるほどの怪力の持ち主のため、エースも苦戦する。
「セアッ!」
オルフィを相手に真っ向から力比べをしては不利だと、エースは力をうまく受け流し、巴投げをかけて吹っ飛ばした。
だがそこへパンドラの放った火炎攻撃が来たからたまらない。
「ヌォォッ!!」
直撃を受けてしまったエースは高熱に焼かれて苦しんだ。
さらにそこへ起き上がってきたオルフィに体当たりされ、エースは外壁を破壊しながら、背中から倒れこんだ。
(くそっ、殺すわけにはいかないから光線技は使えないし、こいつら相手に時間稼ぎはきついか)
学院を守りながら、怪獣達を傷つけないように戦うという、背反する目的を抱えながらではエースといえども苦しい。
しかしそこへ思いも寄らぬところから援軍がやってきた。
「WEKC全軍、ウルトラマンAを援護しろ!」
なんと、散り散りになったと思っていたギーシュやギムリ達WEKCの生徒達が再び集結して、オルフィやパンドラの後ろから魔法をぶつけて気を引いていた。
しかもそれだけではない、これまで戦闘に参加していなかった男子生徒達が精神力の尽きたWEKCの生徒達と代わり、さらに女子生徒達が精神力の尽きたり負傷した生徒や空中装甲騎士団の手当てをしている。それは完全に統制がとれており、先程まで好き勝手に戦っていた者達とは思えない。
いったいどうして? とルイズや才人は思ったが、それは生徒達の中心に立って、全員を指揮している赤髪の少女と頭上が寂しい一教師によって成り立つものだった。
「カリム、クルス、リッツォーはファイヤーボールで後方から攻撃! ルパート達はウィンドカッターで火炎をそらして! いい、怪獣を倒そうなんて大それたことは考えないで、学院を守ることだけ考えて行動しなさい! あとはエースがなんとかしてくれるわ!」
「ミス・モンモランシー、そちらの彼のほうが火傷がひどい、優先して治療してくれ。痛いだろうがもうしばらく我慢するんだ、男だろう? ケティ君、この騎士殿に水を頼む。みんな、どちらの者でも関係なく治療するんだ、いいね!」
キュルケ、そしてコルベールが生徒達を見事に指揮して、まるで一級の軍隊のように見事に行動させていた。
それを見てルイズは思った。そうか、ツェルプストー家は何代にも渡ってヴァリエールと戦ってきた家柄、キュルケも恐らくは将来ヴァリエールと戦うときのために指揮官としての修練を積んできたのかもしれない。しかし、それが知らないこととはいえ、エースと同化したルイズを助けるために使われるとは、たいした皮肉だ。
一方のコルベールも、負傷した者を集めて適切な処置を施してゆく手腕は見事なものだった。彼の昔の素性はほとんど知られていないが、どこかで指揮者として活躍していたのは容易に想像できた。
パンドラとオルフィは後ろからちくちくと撃たれるのにいらだってぐるぐる回りながらもだえている。その隙にエースは起き上がって構えをとったが、よく見たら攻撃を受けているのはその二匹だけで、あとの二匹の姿がいつの間にか見えなくなっているのに気がついた。
(あれ? ガラキングとバンゴはどこに行った?)
才人はエースの視覚を借りて周りを見渡すと、その二匹が学院から離れた草原の端で、何かを追いかけるようにどたどたと大量の砂煙をあげながら走っているのを見つけた。
なにをしているんだ? 不可思議な怪獣達の行動に才人とルイズとエースも首をかしげたが、二匹の走る先から蚊の羽音のような、か細く悲しげな声が聞こえてきて、そのわけを知った。
「たすけてくれー、なんでこの怪獣ぼくを追っかけてくるんだー!?」
なんと金髪で小太りな少年が、二匹の怪獣と必死になって鬼ごっこをやっていた。
(マリコルヌ……なーるほど、ガラキングは玉好き怪獣、あいつの丸っこい体が気に入られちゃったみたいだな)
どうやらガラキングには彼の体型がボールのように見えているのだろう。じゃれついておもちゃにしようとしているのだろうが、追われるほうからすればたまったものではない。
(変わったものが好きな怪獣もいるものねえ。じゃあ、あっちの緑色の怪獣はなんで追っかけてるの?)
(バンゴはなんでも面白そうなものを真似る習性があるらしいんだ。ガラキングが楽しそうだから自分も真似て追いかけてるんだろう)
(子供みたいな怪獣もいるのねえ。で、あれどうしましょうか?)
(ほっとこうぜ、二匹も怪獣を引き付けてくれるんなら大助かりだし、ダイエットにもなるだろ)
(そうね。こっちのほうが大事だし)
意外と薄情な奴らであるが、今はパンドラとオルフィを止めるほうが先決だ。
二匹は、火系統のメイジの作り出したフレイムボールの爆発の光、いわゆる閃光弾攻撃で視界を奪われて立ち往生している。やるなら今だ!!
(エース、今だ!)
才人のかけ声とともに、エースはキュルケ達に気をとられているオルフィを背中から担ぎ上げると、パンドラに向かって思いっきり投げつけた。
「テャァ!」
たちまち二匹がもつれあい、転がって学院から少し離れた。
オルフィは目を回したらしく、ふらふらよろめいて尻餅をついてへたり込んでしまったが、パンドラはなおもエースに向かって火炎を吹きかけてきた。
『ウルトラネオバリヤー!!』
だがエースは火炎をバリヤーで防ぎ、パンドラはやがて炎を吐き疲れて、ゴホゴホとむせた。
オルフィも、暴れ疲れたとみえて、地面に座り込んでゼイゼイと息を吐いていた。
「ようし、とどめを刺すなら今よ!」
二匹が弱ったのを見て取ったキュルケは全員に総攻撃を命じた。
しかし、生徒達が一斉に魔法攻撃を仕掛けようとしたとき、エースはその前に立ちふさがり、両手を大きく広げて二匹をかばい、そして殺してはいけないと言う様に、ゆっくり首を横に振った。
「エース……どうして」
キュルケ達は、杖を下ろしたが、なぜ怪獣をかばうのかと納得できない様子でエースを見上げていた。
だが、そのときロングビルがホールの奥から黒い幕で覆われた高さ三メイル、横幅およそ四メイルほどの大きな箱をオスマンに手伝ってもらいながら運んできた。
「みんな!! エースの言うとおり、そいつらは悪い奴じゃないわ。彼らは、この子を取り返そうとしていただけだったのよ!!」
そう皆に向かって叫ぶと、ロングビルは箱を覆っていた幕を勢いよく取り払った。
「あれは!? 怪獣の子供か!」
誰かがそう叫んだように、そこには鋼鉄の檻に、パンドラとそっくりの身長二メイル程度の小さな怪獣が閉じ込められていた。
パンドラはカンガルー怪獣というとおり、子育てをする怪獣だ。怪獣の中にも親子というのは意外に多く、どいつも親思い子思いなものばかりだ。地球でも当時パンドラにはチンペという子供がいたのだが、子供を勝手に連れて行かれてはそりゃあ親が怒って当たり前だ。
(やっぱり、チンペがさらわれたから、パンドラははるばるこんなところにまで取り返しにやってきたんだな。オルフィは気がいいから、パンドラを助けるためにいっしょに来たんだろう)
才人の言ったとおり、子供の姿を見つけると、それまで荒い息を吐いていたパンドラとオルフィはとたんに大人しくなり、檻の鍵が開けられてチンペが外に出てくると、エースは手のひらに乗せて優しくパンドラのもとに運んでやった。
親の元に戻ったチンペはパンドラに抱きしめられて、再会を喜び合い、オルフィもうれしそうに笑うような声をあげた。
「そういうことだったのね。やれやれ、これじゃあ、もう戦えないわね」
理由を悟ったキュルケ達は杖をしまい、楽しそうにじゃれあう親子の姿を見ていた。
しかし、そのどさくさに紛れて引き上げようとしていた、この事件の張本人を見逃してはいなかった。
「ところで、怪獣の子供をさらってきて、あげくこの学院に四匹も怪獣を招く結果になったのは、誰が原因なのかしらね?」
全員の視線が、後ろで小さくなっていたベアトリスに注がれた。
そうだ、そういえばこいつが余計なことをしなければ怪獣が学院を襲うことはなかったんじゃないか? 皆の視線は一様にそう言っていた。
その視線に、ベアトリスは何も言えずに冷や汗を流して後ずさったが、そうはさせじと生徒達に囲まれてしまった。
「さて、それじゃあ説明してもらいましょうか。あの怪獣の子供を連れてきたのはあなたの空中装甲騎士団ね? 大方かませ犬にでも使うつもりだったんでしょうけど、なんでまた怪獣の子供なんて危険なものを連れてきたの? ことと次第によっては、ゲルマニアのフォン・ツェルプストーが相手になるわよ」
キュルケに鋭い視線で睨まれて、進退窮まったと悟ったベアトリスは、ついに開き直って声高にしゃべりはじめた。
「そうよ! あいつはクルデンホルフ領内で、死の山に住む魔物と恐れられている奴。この空中装甲騎士団にとってはこの上ない獲物と思わない? 私はトリステイン貴族として、領民の害になりかねない獣の処理をしようとしていたのよ! なにか問題があって?」
「あれが魔物? どこに目をつけてそんなことが言えるわけ? 子供を取り返したとたんにおとなしくなったじゃない。それに、魔物というんだったら、これまで領民が被害にあったとでも言うの?」
ベアトリスは反論できなかった。当然だ、パンドラもオルフィも、人間の側から手を出さない限り、一切他者に危害を加えたりしない。魔物などという表現は、彼らの大きさと容姿から人間が勝手につけた実体のない幻にすぎない。
すると、周りの生徒達も口々にベアトリスに向かって非難の声をあげ始めた。
「そうだそうだ、危うく学院が壊されちまうところだったじゃないか!」
「トリステインの平和を守るが聞いてあきれるぜ、お前らが平和を乱してるじゃねえか」
「責任もってお前があいつらを連れて行けよな」
「そうだそうだ!」
一人が言い出すと、他の者もつられて次々に激しい非難をベアトリスにぶつける。その中にはこれまで彼女にこびへつらってきた者も大勢おり、空中装甲騎士団も全員戦闘不能になった今、ベアトリスは自分が孤立無援であることを思い知らされた。
そして、もはや吊るし上げられてもおかしくないほどに空気が殺気だってきたとき、母親と再会を喜んでいたチンペがとことこと生徒達の元へと歩いてきた。生徒達の何人かは、驚いて杖を向けたが、エースがその間に手をかざすと、彼らはそれを下ろした。
チンペは軽快な足取りでベアトリスの方へと歩いていき、彼女を囲んでいた人波がさあっと開かれた。
「ひっ!?」
小さくても怪獣である。ベアトリスは思わず後ずさったが、生徒達の壁に阻まれた。
周りを見渡しても、助けてくれる者は誰もいない。むしろ、いい気味だとこれまで見下してきた者達が冷たい視線を向けてくるのに、彼女は足を震わせて立ち尽くしていた。
そして、ついにチンペが目の前すぐにまでやってきたとき、彼女は復讐される!! と思って目を閉じたが、次の瞬間ベアトリスを襲ったのは、体を貫く痛みではなく、手のひらを包む温かい感触であった。
「え……?」
恐る恐る目を開いてみると、小さな怪獣は優しく彼女の手をとり、そしてきゃっきゃと笑いながら、その手を引いてステップのように足踏みを始めた。
「えっ!? なっ、なに、なに?」
生徒達は、何が起きているのか分からずに、呆然とその様子を見ていたが、そのとき彼らの耳に、まるで南国のタンゴのように、明るく軽快なメロディが飛び込んできた。
「歌?」
チンペは、それを待っていたように、メロディに合わせてベアトリスの手をとりながら、楽しげに踊り始めた。
ベアトリスも、始めはとまどっていたが、陽気なメロディと軽快なステップに、やがて自分もステップを踏んで踊り始めた。
周りを取り囲んでいた生徒達も、その楽しそうな様子に、やがてこわばらせていた顔を緩めて、音楽に合わせてにこやかな顔になっていく。
「見ろよ、あの怪獣が歌ってるんだ」
そのメロディは、オルフィの喉から発せられていた。体を揺らしてリズムを取りながら、怪獣界の大音楽家は陽気な平和のメロディを奏でていく。
「なんて気持ちのいいリズム、まるで春の野原にいるみたい」
それは、今まで殺気立っていた生徒達や、空中装甲騎士団からも、戦意を急速に奪っていった。
そうして、踊っているうちに、これまで野薔薇のようにとげとげしく張り詰めていたベアトリスの顔からも、しだいに険が取れて野の花のように明るく美しくなっていく。
やがて、生徒達の中からも、ひとり、ふたりと、隣の人に手を差し出す者が現れてきた。
「なにか楽しくなってきたな。僕らも踊ろうか、モンモランシー」
「ギーシュ、ええ、いいわよ」
「タバサーっ、わたし達も踊りましょ。おら邪魔よ男ども!!」
「……まわるー」
踊りの輪は、しだいに大きく広がっていき、メロディも皆が共に歌う大合唱へと進化していった。
「ミス・ロングビル、その……」
「くす、よろしくてよ。ミスタ・コルベール」
皆、生徒も教師も、うまい下手など関係無しに、思い思いに体を動かしていた。
そのうち、学院からも、避難していた生徒やメイド達もやってきて踊りに加わり、空中装甲騎士団も鎧を脱ぎ捨てて、貴族も平民も共に手を取り合って、広大な草原は巨大なダンスホールになっていった。
見ると、ガラキングとバンゴも、音楽に合わせて体を右に左にと振り動かしている。
なお、追っかけまわされていた小太りの少年、名前はマリコルヌという彼はというと、いっしょに踊ってくれる相手を探していたが、ことごとく拒否をもらい、最後に壮年の女性教師といっしょにようやく輪に入れていた。
そして、それを見守っていたエースは、誰にも見られることなく、静かに変身を解いた。
「にぎやかだな」
「まったく、伝統あるフリッグの舞踏会がとんだことになったわね。これじゃ平民の村の夏祭りよ」
才人とルイズは皆を少し遠くから眺めていた。
そこには、ギーシュも、ギムリもレイナールもいる。シエスタもメイド仲間達や厨房のコック達と手をつないで踊っている、その中にはアイの姿もあった。また、オスマンがパチンコ玉のように女子生徒の間をはじかれて飛び回っているのも見える。
「夏祭りか、懐かしいな。なあルイズ、俺の世界には盆踊りっていって、夏になったらみんなでいっしょに踊る習慣があるんだ。ちょうど、こんなふうにさ」
「へえ、あんたの国にも……まぁ、どうせ平民の踊りなんだから、気品もなにもないんでしょうけど……よ、よかったら、あんたにも少し、貴族のたしなみってやつを、教授してあげてもよくてよ」
「え?」
ルイズはなぜか顔をうつむかせたまま、手を才人の前に差し出して、そして言った。
「わ、わたくしと踊っていただけますこと、ジェントルマン」
顔を赤らめてそう言うルイズの顔は、とても魅力的で可愛く見えた。
「俺、ダンスなんて踊れないぞ」
「わたしに合わせればいいわ。それより、どうするの」
「……喜んで」
ふたりも、皆の輪に入っていき、ドレスが泥で汚れるのも構わずに、へたくそなワンツーステップで踊り続けた。
そんななかで、楽しげな声にまざって、たった一言、目の前の相手にしか聞こえない声で、喉から搾り出すような声が流れていった。
「ごめんなさい……」
権威と虚栄の仮面がはがれて、少女がひとつ、大人への階段を登ったことを、一対の人ならぬ目だけが見守っていた。
続く