ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第13話  シェフィールド侵攻兵団全滅! 怒りに焦げる正邪の攻防

 第13話

 シェフィールド侵攻兵団全滅! 怒りに焦げる正邪の攻防

 

 再生怪獣 サラマンドラ 登場!

 

 

 ロマリアを壊滅させようとするガリア軍は、すでに聖都のすぐそばまで迫ってきていた。

 破壊と殺戮を振りまきながら進軍する、悪魔のようなガリア軍と、それを先導し扇動するシェフィールド。

 銃士隊・水精霊騎士隊は、避難民が逃げ延びるまでの足止めをするため、地雷による作戦を図った。

 しかし、細心の注意をはらって待ち伏せたはずの作戦は、最新の魔法技術を組み込んで作られたヨルムンガントの前に敗れてしまう。

 捕らわれ、なぶり殺しにされようとしているギーシュとミシェル。だが彼らを、死の淵から異形の超兵器が救った。

 

 

 六六式メーサー殺獣光線車。陸上自衛隊が開発した対怪獣用決戦兵器。地球ではすでに伝説と化しているこの車両をロマリアの地下墓地より蘇らせ、急行してきた才人は圧倒的な力で九体のヨルムンガントを葬り去った。

 だが、執念に燃えるシェフィールドは最後の切り札として、怪獣サラマンドラを差し向けた。

 メーサー車とはいえ、容易に倒せない強敵を相手に気を引き締める才人。その一方で、ルイズは答えを見出せないまま無理を続ける才人に、一抹の危うさを感じていた。

 地球人の生み出した英知と才人の怒りが勝つか、宇宙怪獣を操るシェフィールドの忠誠が勝つか。

 今、決戦がはじまる。

 

「サイト! 怪獣が来るわ。距離はええと、およそ千メイル!」

「千メートルな。メイルとメートルの単位がほとんどいっしょで助かったぜ。全車ターゲット・ロックオン! メーサー放射!」

 四両のメーサー車のパラボラから、いっせいに白色の収束マイクロ波が放たれてサラマンドラに突き刺さる。その威力はすさまじく、猛然と前進していたサラマンドラの巨体が押し返され、全身に走るスパークが、注ぎ込まれたエネルギーの膨大さを物語っていた。

「やったの?」

 ルイズが集中したメーサーの砲火を見て叫んだ。ヨルムンガントを一撃で破壊した、あのメーサーの照射を、しかも四両同時に浴びたのでは、少なくともただではすまないだろうと期待を持ったのも無理はない。しかし、才人は少しも楽観を持ってはいなかった。

「無理だろうな」

「えっ」

 そのとおりだった。メーサーによる照射が停止すると、サラマンドラはほとんどダメージを受けた様子もなく立っていたからだ。

「ええっ! なんて頑丈なやつなのよ」

「やっぱりダメか。くそっ、メーサー砲でも通用しねえかよ」

 予想はしていたが、やはり悔しかった。サラマンドラの外皮は極めて厚く頑丈で、スーパーハードネスボディーと呼ばれる、地球上のあらゆる物質よりも強固な性質で成り立っているといわれている。

 その防御力は伊達ではなく、UGMの主力戦闘機シルバーガルやスカイハイヤーの攻撃になんらひるむことなく破壊活動を続けた。驚くべきことにウルトラマン80のサクシウム光線の直撃にも耐えている。GUYSと戦った二代目にしても強力で、ウルトラマンヒカリのナイトビームブレードで体を両断されてはいるが、逆にいえばそこまでの力を使わねば倒せないということでもある。

 しかも、サラマンドラの恐るべき点はそれではない。

「サイト、奴が来るわよ! 撃つのをやめたらやられるわ」

「っくしょお!」

 接近してくるサラマンドラへ向け、メーサー攻撃を再開した。四条の光線が再びサラマンドラに集中し、火花とスパークが乱れ飛ぶ。さらに、逸れたメーサーが森の木々を燃やして、炎に包まれたサラマンドラはその名の示すとおりの火竜のように猛々しくも恐ろしい姿となって、才人とルイズを恐れさせた。

「サイト! もっとパワーは上げられないの?」

「これでいっぱいだ。ルイズ、ここはいったん……しまった!」

 森の火災による照準モニターの乱れが、才人の視覚を幻惑して反応を一瞬遅れさせた。サラマンドラの突き出した鼻先から、摂氏千三百度の火炎放射が飛んできて才人たちの乗るメーサー車を狙う。メーサー車の防御はないに等しく、火炎を受けたらひとたまりもない。

 才人はとっさにルイズを押し倒して伏せさせようと思った。だが、ルイズは牽引車の窓から身を乗り出すと、早口で数節の詠唱を唱えて杖を振りかざした。

「『エクスプロージョン!』」

 ルイズの唱えた虚無の『爆発』の魔法、その効果は任意の場所に自由な規模と威力の爆発を引き起こすことができる。今回は詠唱が中途であったために威力も半減していたが、ルイズが必要とした効果には十分であった。念じた虚空が爆発し、生じた乱気流と真空が壁となって火炎を食い止め、メーサー車に届く前に拡散させて無力化してしまったのである。

「炎には爆風が一番だって、誰が言った台詞だったかしらね」

「ル、ルイズ? すげぇ、魔法で火炎を止めちまったのかよ!」

「バカ、びっくりしてないで早くなんとかしなさい。私の精神力だって限りがあるのよ。こんな止めかた、あと何度も通用するわけないじゃない」

 ほっとしたのもつかの間だった。サラマンドラは火炎をほぼ無尽蔵に吐けるが、ルイズの使える魔法には限りがある。ただでさえ虚無の魔法は強力な分、消耗が著しい代物なのだ。それにサラマンドラとて火炎が効かないとなれば当然別の攻撃を仕掛けてくるだろう。

 メーサー車の移動速度はあまり速くない。移動砲台としては優秀であるが、戦車のような戦い方はできないのだ。もしも八十年代や九十年代までメーサー車が現役でいたら、メーサータンクなどが開発されていたかもしれないが、それはあくまでもしもの世界の話だ。

「負けるかよ。ドラゴンは人間の剣で倒されるって相場が決まってるんだ。ファンタジーの王道をなめるんじゃねえぞ」

 才人はやるっきゃないと腹をくくった。そうだ、化け物を倒すのはいつだって人間だ、人間でなければならないのだ。ルイズの作ってくれたチャンス、無駄にしたら男じゃない。

 メーサー砲の最大出力集中砲火。その猛攻の前にさしものサラマンドラも少しずつ皮膚の耐久力の限界を超え、体の中に浸透してくるダメージに苦悶の声をあげはじめる。そして、一度防御を貫通すると、体内に分子振動で引き起こされる異常高熱が襲い掛かった。

「効いてる? 効き始めてるわ!」

 外からの攻撃には鉄壁の怪獣でも、体内への攻撃には大概もろい。これに耐えられるとなると、よほどの大怪獣しかいないがサラマンドラの耐久力はギリギリその壁を超えていなかったらしい。

 断末魔の咆哮をあげて、ゆっくりと倒れるサラマンドラ。水精霊騎士隊の大歓声があがり、ルイズも手を叩いて喜びの声をあげる。

 ガリア艦隊の将兵たちは、力の免罪符であったヨルムンガントと怪獣がいっぺんに倒されてしまったことで浮き足立ち、シェフィールドもまた、最後の切り札の喪失に蒼白となった。

 だが、誰もが戦いの終焉を確信する中で、才人だけは厳しい顔のままでいた。

「再充電開始、メーサー砲及び原子炉急冷」

「どうしたのサイト、怪獣はあのとおり黒焦げになっちゃったじゃない。あんたらしくパーっと喜んだらどう?」

「できればな。サラマンドラが、こんなもんで……見ろ!」

「なによ、ええっ!?」

 ルイズは、そしてその光景を目の当たりにした才人以外の人間は皆一様に驚愕した。

 なんと、メーサーによって全身を焼き尽くされて倒れたはずのサラマンドラが起き上がり、まるでダメージなどなかったかのように力強く咆哮したではないか。

「どど、どういうことよ。今、確かに死んでたのに」

「まだ言ってなかったな。サラマンドラの異名は『再生怪獣』だ。たとえ木っ端微塵にしたとしても、生き返ってくるような奴なんだよ」

 才人自身、このままくたばってほしいと思っていたが、どうやらそうはいってくれないようだ。怪獣にもいろいろな種類がいるが、なかでも特に手のかかる奴が再生能力を持つ奴だ。ただ強いだけなら対抗のしようはいくらでもあるが、殺しても死なない奴ほど始末に困るものはない。

「どど、どうするのよ。死なない怪獣なんて、それじゃいくら強力な武器を持ってても意味がないじゃないの!」

「いや、奴にも弱点はある。サラマンドラは、死ぬ直前に再生酵素を分泌して、それで体を再生させてるんだが、その再生酵素を出す器官があるのが喉だ!」

 才人は断言した。そう、唯一喉こそ不死身の怪獣であるサラマンドラの急所なのである。喉の再生器官さえつぶしてしまえば二度と再生はできなくなり、サラマンドラは平凡な怪獣でしかなくなる。

 けれども、サラマンドラの一番やっかいな点はまさにこの弱点にあった。

「なんだ、弱点がわかってるなら早く言いなさいよ。それならさっさと喉を撃てばいいじゃない」

「だから、それができればとっくにやってんだって。よく見てみろ、あいつはそんな簡単なやつじゃない」

 才人は叫び、ルイズは気づいてはっとした。サラマンドラは首を下げて頭部でメーサー部隊からちょうど喉が隠れるようにしている。

「あいつ、自分の弱点を知ってるのね」

 まさしくそういうことであった。サラマンドラのやっかいさ、それは才人も様々な怪獣の知識を頭に叩き込むときに、できればこいつとは戦いたくないと思ったくらいである。

 サラマンドラは、自分が喉を狙われたらまずいことを理解している。そのため、絶対に自分から敵に向かって喉を見せることはない。けれども、サラマンドラは喉以外のどこを攻撃したとしても必ず再生してくる。特定の弱点を持つ怪獣というものは、たいていはそれ以外の部分は非常に強固にできていることが多く、総じてしぶとい。

 つまり、弱点さえ突かれなければ容易に負けることはないということであり、弱点を守るという動作をとる怪獣が危険視されるのも理解していただけるだろう。サラマンドラ以外の実例としては、ウルトラマンレオと戦った暴れん坊怪獣ベキラは頑丈な体を持っており、わずかに背中が急所ではあったが、戦いの中では絶対に敵に背中を向けようとはせずMACやレオを苦戦させた。

「いくらメーサーでも、急所に当たらなければ致命傷にはならない。野郎、やっぱあの手しかないのか」

 才人は、ここに来るまでに考えたサラマンドラ撃滅の方法を思い返した。不死身の怪獣にとどめを刺す方法、あまりまわらない頭で考えるだけ考えたが、結局思いついたのは相当な危険をともなう奇策しかなかった。

「ルイズ、走ってるときにお前に頼んだよな。難しいと思うけど、アレできるか?」

「できないことはないと思うけど、相当に集中しないと難しいと思う。それに、タイミングを誤れば私もあなたもひとたまりもないわよ。第一、相手は不死身の怪獣なんでしょう? それで倒せなかったら、今度こそ打つ手がないわよ」

 ルイズは慎重だった。やはり、いざというときの冷静さではルイズのほうが才人より勝る。どんなときでもすっくと肝が据わっている。

 が、才人もそれくらいはわかっていた。わかっていて、打てる手がこれしかなかったのだ。何度シミュレートを頭の中で繰り返しても、メーサー車四両でできることは限られている。ルイズの虚無でサポートしたとしても、そう細かいことができるわけではない。

「けっきょく、肉を切らせて骨を絶つしかないか。こんなとき……」

 才人は指のウルトラリングを見つめて首を振った。

 だめだ、今のおれではエースの力を引き出すことはできない。戦いにのぞむことができるようになったとはいっても、それは前のように平和を守るためとかいうのではなく、仲間たちだけを救いたいという利己的な思いから無理矢理自分を奮い立たせているだけだ。

 まだ才人のなかでは黒い気持ちがぐるぐると渦を巻いている。人間に対する不信感といってもいい。キリエルとの戦いで人間たちの利己的で捨て鉢な様を見て以来、彼の中での正義の基準が大きく揺らぎ、その反動で守ってきたはずの人間たちに対して憎しみのようなものさえ感じ出していた。

 よくも悪くも才人は十八歳になったばかりで、大人になりはじめたばかりの純粋な少年だということだった。ただ、強い信念を持っていた人間は、それが否定されたときに自傷行為をおこなったり極端な攻撃性を外に向けたりすることがあるが、才人にはそれがなかった。才人は自分が感情のままに暴れたら、ルイズをはじめ周りの皆がどれだけ悲しむかをよく理解していたからだ。

 自己の存在理由を否定され、悲しみと憎しみのあまりに自己破壊寸前まで自分を追い詰めてしまった人を才人は知っている。ゆえに、同じ過ちを犯すわけにはいかない。なにより、そんな無様な姿をあの人にだけは見せられないと、心の中で戦っていた。

 その決着がつくまでは才人はウルトラマンにはなれない。それはルイズも同様で、才人とは別の意味で、ブリミル教徒の総本山であるロマリアの腐敗への失望と、それにともなうハルケギニア全体の国々への不信で、世界を守るということへの疑問の答えを探していたのである。

 そしてこれは、シェフィールドにとって非常な幸運であったと言える。このとき才人とルイズが万全ならば、メーサー車でヨルムンガントが全滅させられた後にサラマンドラを出したとしても、ウルトラマンAに撃破されて終わっていただろう。才人たちは、あえて最強の切り札なしで挑まなければならない。

「仕方ないよな。昔の人は、ウルトラマンなしでも立派に戦ってたんだから」

 才人は覚悟を決めた。自分ひとりだけなら投げ出して逃げ出してもよかったが、隣にはルイズがいる。

 メーサー砲の照準を、才人はすべてサラマンドラに向けた。

「さあこい、全車刺し違えてもお前はここで倒してやる!」

 

 その一方で、一転して有利になった状況に歓喜する者もいる。

「うふふ、ははは、先ほどは肝を冷やしたけど、まさか不死身の怪物だったとはうれしい誤算だったわね。どうやら運はまだ私にあるようね。だが、もう油断はしない。トリステインの虚無め、ロマリアはいつでもつぶせるが、お前たちだけはなんとしてでもこの場で始末してやる!」

 チャンスを確信して、シェフィールドはヨルムンガントとの視界共有のために使っていたモノクルを握りつぶして独白した。奴らは復活した怪獣に気をとられている。その隙に……もうひとつ、残されたこの駒で奴らを倒す。

 

 正念場、という言葉で状況を表すならば、今このときがそれであったろう。

 シェフィールドのコントロールか、それとも一度殺された恨みからかメーサー車に向かっていくサラマンドラ。近づいてくるサラマンドラへ向けて、少しでも時間稼ぎをしようとメーサーを照射する才人とルイズ。そして、憎しみをあらわにして動き出したシェフィールド。

 それぞれの思惑を胸に、いったい誰が勝つのだろうか。客観的に状況を判断すれば、追い詰められているのは才人たちだといえるだろう。それほど、サラマンドラの”不死身”というアドバンテージは大きかった。

 死なない敵ほど恐ろしいものはない。どんな攻撃も、対象の死を目的としている以上、それが完全に無意味と化すのだから。

「フルパワーのエクスプロージョンなら、灰のカケラも残さずに消し去れるかもしれないけど。ごめん、今のわたしじゃそこまでのを撃てそうもないわ」

「いいさ、逆にそんなものを撃てたとしたらルイズのほうがまいっちまうだろ。やってやるさ、今のおれに価値があるとしたらこれくらいだ。だがシェフィールド、てめえだけはおれの目の前から叩き出してやる」

 ルイズと才人、ふたりが敗れればロマリアは壊滅する。対峙するメーサー車とサラマンドラ。

 メーサー車へ向けて、サラマンドラが櫛のように枝分かれした尾で木々を蹴散らしながら迫る。両者の距離はさらに縮まっていき、サラマンドラの口から火花のようにミサイルが放たれてメーサー車部隊の回りに爆炎が吹き上がる。

「サ、サイトぉ!」

「大丈夫だ。こっちも食らえ!」

 反撃にメーサー砲の集中砲火が放たれる。しかし、四両のうち二両は数秒で照射が途切れてしまった。どうやらエネルギーバイパスのどこかに異常が起きて、オーバーヒートする前に自動停止してしまったらしい。メーサー車はエネルギー源を原子炉に頼っている以上、車体各所に過剰なくらいの冷却装置を備えているが、それでも安全装置は働くようになっている。

 メーサー車二両の火力ではサラマンドラを圧倒することはできず、逆襲のミサイル攻撃を受けてついに一両のメーサー車が被弾擱座させられてしまった。車体中央に被弾し、爆発炎上することはなかったが、タイヤが外れてパラボラがあらぬ方向を向いたまま動かなくなってしまったその車両はもう使えそうもない。

 残るは三両。才人は、大破した車両からたなびいてくる煙を窓外に見、次はおれたちかと悲壮な決意を抱いた。 

 

 人間だけの力で怪獣に立ち向かう。口で言うのはたやすいが、実際にやってみるとなんと難しいことだろうか。

 

 だが、追い詰められていく才人たちを見て、黙っていられない無謀な連中がここにいた。

「サイト! まずいな。雷を吐く車が一台やられちまったぞ。あれでも倒しきれないなんて、なんて恐ろしいドラゴンなんだ」

「これじゃすぐにやられちまう。ギーシュ、なんとかしないと!」

「わかってるさ。今、動けるのは何人いる?」

「ぼくとギムリとでふたり……いや、あとひとりで三人か」

 才人の苦境を、彼の仲間たちは見過ごしてはいなかった。圧倒的な力を見せ付けられ、傷も癒えぬ苦境にありながらも、なお彼を見捨てるわけにはいかないと立ち上がろうとしていたのだ。

 まだ身動きできないギーシュは、仲間たちの中から動ける者を名乗りださせると頼んだ。

「みんな、サイトとルイズが危ない。奴を攻撃して、サイトたちへの注意をそらすんだ」

「わかった。けどギーシュ、ちょっとやそっと引きつけるだけで、あの不死身の怪獣をどうするつもりなんだい?」

「ばっかだな、そんなことぼくの頭で思いつくわけないだろ。そんなことより、仲間がふたりピンチなんだってのが大事なんじゃないか。その後のことは、その後で考えようさ」

 ギーシュはもちまえの気楽さで皆を鼓舞した。皆も、それほど簡単なことではないとわかってはいるが、なぜかギーシュの軽口を聞くと勇気がわいてくるから不思議だ。それだけ彼がリーダーとして信頼されていることなのか、はたまた投げやりの境地なのかはわからない。

 しかし、蛮勇に近い攻撃を、そのまま黙って見送るわけにはいかないと、大人たちは釘を刺す。いまにも『フライ』で飛び立ちそうな彼らに、ミシェルは治療を受けながら苦しい息を吐いて告げた。

「待て、お前たちが考えなしに怪獣のまわりをうろついてもサイトの邪魔になるだけだ。やるなら、少しは頭を使え」

「ふ、副長どのっ! お体は? ああいや! 大丈夫です。あの車の雷に巻き込まれるなんてごめんですから、かく乱だけにつとめます」

 まだ血のりをぬぐえてもいない中でのミシェルの叱咤が、彼女の教え子たちの中に適度な緊張感を蘇らせた。そうだ、敵は人の命なんかなんとも思っていない凶悪な連中なのだ。英雄気取りで出て行って殺されたら、それこそ愚者の鏡でしかない。

 やるなら確実に、才人たちの助けにならなくてはやらないほうがましだ。ミシェルは、まだ経験の浅い少年たちに、簡単だが確実に効果が見込めそうな策を授けた。

「ならば、怪獣の目を狙え。どんな生き物でも、目だけは守りようもない急所だ」

 そう、卑怯なようだが、目を狙うことは相手が生物であるなら極めて有効な手段だ。格闘技の試合でわざわざ目潰しが禁じ手にされているように、最大の情報源であり、かつ脆弱な目への攻撃は肉体への打撃の何倍も効く。地球で暴れたバニラやドドンゴも目への攻撃が有効打になっている。

 むろんミシェルはそんなことを知るはずもないが、銃士隊の任務としておこなったオークなどの大型害獣退治の経験が活きていた。

 作戦を授け、飛んでいく少年たちを横目に、ミシェルは再び横になった。と、同時に咳き込んだ口のはしから血が流れて、治癒の魔法を施しているルクシャナが慌てたように言った。

「無理しないでよ。わたしの魔法はそう強くないって何度言えばわかるの? あんたは普通ならとっくに棺桶に入っていておかしくない重体なのよ。せめてじっとしていて」

「すまん。しかし、まだ半人前のあいつらにまかせておけんものでな。やつらにとっては口やかましかろうが、あいにくわたしは隊長譲りで不器用な育て方しかできんようだ」

 自嘲するミシェルに、ルクシャナも呆れたようにため息をつく。そしてハンカチでミシェルの口元の血をぬぐった。

「まったく、あなたたちといると心臓がいくつあっても足りないわね。私もずいぶん好き勝手やってきたつもりだったけど、ここのところ常識人みたいな気になるわ。どうしてこう、蛮人って論理が欠落しているのばっかりなのかしら」

「お前が言うな。だがしかし、やつらはあれでいいのさ。あいつらには、頭の固い我々にない意外性と運のよさがある。百年かかってじっくり考え抜いた作戦が、ぱっとひらめいた適当な思いつきに負けることもある。知識や常識なんて、便利ではあるが万能ではないよ」

「道理を無理で切り開くというわけ? 一兵卒ならまだしも、とても、騎士団の副長の言う台詞とは思えないわね」

 まったくな。と、ミシェルは心の中で笑った。

 銃士隊も、結成当初はまじめでお堅い一団だったのに、いつのまにやらなにをやっているのか、ずいぶんと軽い集団になってしまった。今のこんな始末を昔の自分が見たら、烈火のごとく怒るだろうが、昔の自分はそれだからダメだった。目的のためには感情を捨てて戦う鉄の女といえば聞こえはいいが、そんな自分に超えられなかった壁を、能天気な子供たちはやすやすと超えていってしまう。

 人が人であるということはなによりも大事だ。人は、何かである前にまず人であるべきだ。目的のために人であることをやめたら、それはもう機械でしかない。そして機械では、決められた力は発揮できても限界を超えることはできない。単純な力が及ばなくても、意志の強さによって不可能が可能になることはある。

 以前に才人は技量で圧倒的に負けているにも関わらずにアニエスと引き分けた。ギーシュたちも、功績を省みれば普通の貴族の一生分以上の手柄を立てていると見ることも出来る。いずれも、どんな苦境の中でも決してあきらめない強い意志があったからこそ力量以上の活躍をすることができたのだ。

「人間の可能性というものは、いくらでも広げることができる。あとはまかせたぞ。あいつに目にものを見せてやれ」

 怪獣に生身で向かっていく。危険このうえない仕事を年少の者に任せるのは心苦しいが、あいつらならやってくれるはずだ。

 

 激震を響かせ、メーサー車部隊に迫るサラマンドラ。迎え撃つメーサー砲の攻撃も次第に乏しくなり、才人たちが苦悩している姿が目に浮かぶようである。

 かつて場所は違えど、サラマンドラは地球防衛軍の戦闘機をハエのように叩き落し、シルバーガルやスカイハイヤーを持ってしても足止めにさえならず、戦いを見守る市民を絶望させたことがある。ウルトラマン80が戦った怪獣たちの中でも、間違いなく上位に入るであろう強さで、科学も魔法もものの数ではないと暴れる。

 鼻から吹き出す火炎がメーサー車を才人たちごと焼き尽くそうと迫る。

「『エクスプロージョン!』」

 ルイズの爆発が火焔の軌道を逸らし、メーサー車はまた丸焼きを免れた。しかし、至近距離に迫っているだけに威力を殺ぎきれずに熱量のかなりがメーサー車本体へも襲い掛かる。

「ルイズ、窓から離れろ!」

 熱線が車体を焼き、車内にいてもかなりの熱さを感じた。その証拠に、車体は熱く焼け、塗装の一部は変色して剥げ落ちている。卵を落とせば一瞬で目玉焼きができるだろう。砲の機構そのものは冷却装置が働いて機能に支障はないが、次は直撃が来るに違いない。

「くそっ、ここまでか。ルイズ! 脱出するぜ」

「待ってサイト! みんなが」

「なんだって!? ええっ!」

 やむを得ずメーサー車を捨てようとした才人はルイズの声に窓を見て驚いた。

 すぐそこまで迫ってきているサラマンドラを相手に、『フライ』の魔法で空を飛んでいる仲間たちが魔法を撃って攻撃しているではないか。

「なにやってんだあいつら! 死にたいのかよ」

「いいえ、戦えてる。あの怪獣、かく乱されてるわよ。信じられない」

 ルイズは比較的冷静に見ていたが、やはり驚いていた。いつもギーシュとふざけているギムリと、あと数人がたくみに空を飛んで魔法を飛ばし、巨大な怪獣を四方から絶え間なく攻撃して振り回しているではないか。

 それはまるで、顔の周りをうっとおしく飛び回るハエのように才人には見えた。ときおり飛び出していく火の玉や氷の矢がサラマンドラの顔に当たり、傷つけることはできなくともサラマンドラはうっとおしげに頭を振る。むろん、追い払おうとしているようだが、怪獣のサイズで人間を捕まえるのは難しい。怖いのは火焔やミサイルだが、それもサラマンドラの正面に出なければ恐れることはない。彼らは、一見無秩序に飛んでいるように見えて、その実は計算された軌道で見事に渡り合っていたのだった。

 あいつら、いつの間にあんな戦い方を。才人はルイズとともに感心し、心中で称えた。一見すると、たいした戦い方をしてはいないように見えるけれど、二つ以上の魔法を併用して戦うにはかなりの熟練がいる。端的に言えば『フライ』の魔法で飛びながら別の魔法で攻撃を仕掛けるには、宙空でいったん『フライ』を解除して、墜落するまでのあいだに別の魔法を使って、再度『フライ』を唱えるという手順が必要になる。

 手順を口で言えば簡単だが、実戦で敵に狙われている状態で身動きできない浮遊状態になって攻撃し、元の軌道に戻るためには詠唱の速さやタイミングを計る決断力、なにより度胸が必要となる。彼らの同年代でこんな真似をできるのはタバサぐらいだったといえばすごさがわかるであろう。

 彼らはむろん、タバサのような飛行の速さやキレのよさはまだない。しかし、チームワークで互いの隙を補い合い、サラマンドラに狙いをつけさせない。しかし持久力で人間が怪獣に歯が立つわけがない。リーダー格を担っているギムリが、運転席から身を乗り出している才人に向かって叫んだ。

「サイト! あと一分くらいならおれたちがなんとかするから倒すなり逃げるなり早くしろ! だけどできれば助けてくれ!」

「お前らはなにしに来たんだ! ったく、だがおかげで目が覚めたぜ。みんな! なんとかしてそいつの頭を上に上げさせてくれ! そいつは、喉が弱点なんだ」

「わ、わかった!」

 声が届いただけ奇跡。いやそれだけメーサー車とサラマンドラの距離が近づいているという証拠だ。あと一回ミサイル攻撃を受けたら間違いなく全滅する。猶予は一分もない。

 才人は全神経を研ぎ澄ませて照準機を覗く。一瞬でもサラマンドラが急所を見せたら狙い撃つ!

 ルイズも才人に寄り添い、最悪の事態が起きたときに備える。ここまできたら、もう互いに選択肢はほとんどない。

 

 だが、才人がメーサーを放とうとしたその瞬間だった。森の影から突如として巨大な人影が立ち上がり、泥と枝葉をふるい落としながらメーサー車部隊に襲い掛かってきたのだ。

「はははは! 虚無の小娘にガンダールヴ。まさか私のことを忘れたわけじゃないよねえ!」

「シェフィールド!? あなた、まだいたの」

「逃げたと思ったかい? あいにく私にもプライドというものがあってね。私にこれだけの恥をかかせてくれたお前たちを生かしたままで、帰るわけにはいかないのよ」

 最後に一体だけ残ったヨルムンガントを使った、シェフィールドの決死の逆襲であった。サラマンドラが気をひきつけてるうちに森の中を見つからないように這いずってきて、今この時とばかりに襲い掛かったのだ。

「ここまで来ればそのやっかいな砲も役に立たないでしょう。私をコケにした報い、死んでつぐなってもらいましょうか!」

 至近距離にいきなり出現したヨルムンガントにはメーサー車といえども対抗できなかった。体当たりを食らわされ、最後尾にいた一両が横転転覆させられた。シェフィールドは高笑いし、次のメーサー車を狙ってヨルムンガントを襲い掛からせる。

 前にはサラマンドラ、後ろにはヨルムンガント。まさしく絶体絶命の挟み撃ち。だがそれでも照準機から目を離さない才人にルイズが言った。

「サイト、もうやられるわよ。脱出しましょう!」

「だめだ。今しか、今しかサラマンドラの急所を撃てるチャンスはねえ。一瞬だ、一瞬でいいんだ」

 このチャンスを逃せばサラマンドラを倒せる機会は永遠に巡ってこない。それに、元はといえば自分の責任なのだ。みんなに散々迷惑をかけたあげくに助けられ、最後に逃げ出したとあっては、今度こそ自分で自分を許せなくなってしまう。

 二両目のメーサー車も転倒させられた。白煙を噴き、パラボラを曲げた車体を踏みつけてヨルムンガントが迫る。さらにほんの数十メートル先にはサラマンドラが火炎とミサイルの同時攻撃を仕掛けようとしている。もうエクスプロージョンでもここまで近かったら相殺しきれない。

 これでも喉を見せないサラマンドラに、才人もこれまでかとあきらめかけた。喉以外を撃ってもサラマンドラは倒せない。

 だがそのときだった。サラマンドラのかく乱を続けていたギムリが、サラマンドラの目の前である呪文を使ったのだ。

『ライト』

 それは、杖の先にわずかな発光体を作るだけの初歩的な呪文だった。本来なら、夜や暗所で懐中電灯のように使うためで、戦闘に用いられることはまずない。しかし、目の前に飛び出してきたギムリを直視し、さらに空を覆う暗雲によって目が暗さに慣れていたサラマンドラにとっては、そのわずかな光も太陽のように明るく見えた。

「いまだ!」

 視界をつぶされてしまったサラマンドラが反射的に首をひねる。その隙を見て、ギムリはほくそ笑み、才人は歓喜して叫んだ。

「ひっかかりやがったな。目は、どんな奴でも鍛えようがない急所。そうですよね、副長どの」

「みんなぁーっ! 離れろ、撃つぞぉーっ!!」

 才人の絶叫にギムリたちは蜘蛛の子を散らすように飛び去る。そして、才人は照準機の中にピタリと収まった、サラマンドラの赤い喉へと向けて、最後の一撃を解き放った。

「くたばれぇぇぇぇっ!」

 三両目のメーサー車が蹴りとばされた瞬間、才人たちの乗る最後のメーサー車のパラポラから最大出力のメーサーが太く青白い光線となって放たれた。至近距離からのそれは、ロシアンルーレットの弾丸のごとく直撃し、サラマンドラ唯一の急所の全細胞を瞬時に焼き尽くした。

「やった! これで奴はもう復活できないぜ!」

 喉の再生器官からの酵素がなければ復活能力は働かない。もうサラマンドラはただの怪獣にすぎないのだ。

 

 だが、急所を焼かれて怒り狂うサラマンドラと、復讐に燃えるシェフィールドのヨルムンガントが迫る。

 もう、車から降りて逃げている時間はない。窓外いっぱいに迫るふたつの巨大な敵が、メーサー車ごと押しつぶしてしまおうと眼前だ。ルイズは才人の手を取り、杖をかざして呪文を唱えた。

『テレポート』

 瞬間、才人とルイズの姿が車内から掻き消え、次いで操縦席が火花をあげて押しつぶされた。

 大破する最後のメーサー車。しかしふたりの姿は、そこから少し離れた空の上に転移して現れ、落ちかけたところを仲間にキャッチされた。

「うわぉっ!? ルイズ、サイト! どっから出て来るんだよ」

「ごめん! 急いでたもんだから飛ぶ座標のイメージがズレたみたいね。ともかく助かったわ。今回は貸しより借りが高くついちゃったわね」

 ギムリたちに支えられ、ルイズと才人はさっきまで自分たちがいた場所を見下ろした。

 メーサー車はサラマンドラとヨルムンガントに破壊されて炎上している。ルイズのテレポートが一瞬でも遅れたら二人とも助からなかっただろう。

 そして、シェフィールドも破壊した車両の中にふたりの死体がないのを確認すると、周囲を見渡して宙に浮いているルイズたちを見つけた。

「いつのまにそんなところに。それも、虚無の力なのかしら?」

「あなたに教える必要はないわ」

「そう。まあさすがに伝説にうたわれる始祖の系統。私ごときの常識では推し量れるわけもないわね。お前のような小娘が、この私と互角にやりあえるのだから」

「そうね。確かに、虚無のないわたしはただの無力な小娘だわ。けれど、あなたもたいしたものね。そのゴーレムといい、それを自在に操ってロマリア軍やわたし達とひとりで渡り合う手腕と度胸といい、それを正しいことに使っていたらどれほど有益なことだったか」

「あいにく私は、我が主の願い以外のなにものにも従うつもりはないわ」

 ルイズとシェフィールドは、空の上と下で舌戦を繰り広げた。

 互いに、知恵と力を絞りつくしての総力戦だったこの戦い。敵への敬意などというきれいなものではないが、互いにそれぞれの力量には感服していたのだ。

 しかししょせんは相容れない存在である。ルイズと、シェフィールドは互いに相手が自分にとって決して容認することのできない敵だということを確信した。

「フフフ、虚無の小娘とその仲間ども。よくも私の軍団をここまで痛めつけてくれたものね。素直にほめておくわ。けれども、私にはまだヨルムンガント一体と、手傷を負ったとはいえ怪獣一匹が残っている。どうやらこの勝負、私の勝ちのようだね」

 勝ち誇るシェフィールド。だが、ルイズは悲しげに目を伏せると、ゆっくりと杖を頭上にかかげた。

「いいえ、あなたの負けよ。危険な武器は、あなたのそれも、わたしたちのものもハルケギニアには残させない。ここで、二度と使えないように破壊する。そして、この戦争も止める」

 ルイズの流れるような呪文の後に、振り下ろされた杖の先が光る。

『エクスプロージョン』

 ルイズのもっとも得意とする爆発の魔法。しかし、それはヨルムンガントやサラマンドラを狙ったものではなかった。魔法の力がメーサー車に吸い込まれた瞬間、目もくらむような閃光とともに大爆発が巻き起こった。しかも、その規模は尋常ではなく、エクスプロージョンの威力をはるかに超えて、瞬く間に周辺のものを無差別に巻き込んで広がっていく。

 魔法の目標としたのは、四両のメーサー車に才人がそれぞれひとつずつ仕掛けていた小型爆弾。ただし、ただの爆弾ではなく、才人がマグマライザーの残骸から回収したウルトラ警備隊の特殊兵器『MS爆弾』である。これは、ほんの二個の使用で特殊合金製の扉を吹き飛ばし、十個程度入りのケースひとつぶんで地底ロボット・ユートムの警備していた地底都市を跡形もなく粉砕してしまうほどの破壊力を持っている。

 才人は、万一の場合の自爆用として、このMS爆弾を各車に仕掛けていた。ただしMS爆弾は時限式なので、ルイズのエクスプロージョンで誘爆させる。これが、才人の最後の切り札であり、シェフィールドへの引導だった。

 メーサー車四両の爆発のエネルギーが拡散するのにかかった時間はまさに刹那。至近距離でそれを食らったサラマンドラは再生能力を失った全身の細胞を焼き尽くされ、ヨルムンガントは泥人形のように粉々に粉砕される。そして、ヨルムンガントの肩に乗って操っていたシェフィールドもまた。

「ばかな……ジョ、ジョゼフさまぁぁーっ!」

 絶叫を残し、シェフィールドは爆発の炎の中に消えていった。

 爆発はメーサー車と、その周辺にあったものすべてを飲み込み。爆風は急激に周辺の大気を押し出し、近くの空にいたルイズたちを軽々と吹き飛ばす。

「うわぁーっ!」

 『フライ』の魔法の効果もなく、風に舞う木の葉のように才人やルイズたちは吹き飛ばされるままに森に落ち、木々の枝で衝撃を弱められた後で、クッションのようになった腐葉土の上に落ちた。

 

 爆発の炎は天を焦がし、爆音は数十キロの距離を越えて響き渡る。そして、その光景は、戦いの顛末を見守っていたガリア両用艦隊の将兵の士気を砕くにはじゅうぶんであった。

「うわぁぁ、鎧ゴーレムとドラゴンがやられた。おれたちは、いったいこれからどうなるんだ?」

「ロマリアにあの怪物を倒せるメイジがいたなんて。おれたちなんかで、勝てるわけがないじゃないか」

 元々、騙されていたのに加えて、恐怖と集団心理で操られていた将兵たちである。彼らに恐怖と、戦争に勝てるという幻想を見せていた源泉が失われれば、たやすく士気はくじかれる。もはやガリア艦隊は、図体だけはあっても、戦う意思を喪失したでくのぼうに過ぎなかった。

 進む意思もなくし、かといってガリアに帰ることもならない両用艦隊はとほうに暮れたようにその場に浮かび続けた。

 しかし、やがてロマリア方面から優美な容姿の一隻の船が現れると、将兵たちの目はその船に釘付けになった。

「あれは、教皇陛下のお召し艦『聖マルコー号』だぞ」

 どよめく両用艦隊の将兵たち。教皇陛下の船が、たった一隻でなにを?

 固唾を呑んで見守る両用艦隊の眼前で、その船は舵をきって側舷をさらし、続いて魔法で拡大された美しい声がすべての船の隅々にまで響き渡った。

 

「ガリア両用艦隊の将兵の皆さん。私はヴィットーリオ・セレヴァレ! 聖エイジス三十二世です。まことに不幸なことに、あなたがたはガリア王ジョゼフ一世の謀略に落ち、邪悪な陰謀の道具として戦わされました。しかし、神はすべての真実を見通しています。あなたがたには何の罪もなく、ロマリアは不幸な迷い子を決して見捨てません。始祖ブリミルの名において、ロマリアはあなたがたすべてを客人として迎えましょう!」

 

 

 続く


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