ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第99話  故郷への帰還! 砂漠に舞う神秘の雪

 第99話

 第二部最終回

 故郷への帰還! 砂漠に舞う神秘の雪

 

 神秘群獣 スノースター 登場

 

 

「全速前進! ヨーソーローヨー!」

「燃やせ燃やせ! おーいもっと罐を焚け。もっと速く、もっと早く飛べ、進め進め! 鳥のように風のように」

「走れ走れ、おれたちの東方号、目指すはハルケギニア。待ってろ、我らのトリステイン王国よ!」

 

 轟音を上げて真っ赤な石炭の炎をうねらせ、巨大な四基のプロペラを回転させるコルベール製水蒸気機関。

 歌うように叫びながら、罐に石炭をくべる少年たちの表情は明るい。

 砂漠の白色の大地に黒い影を投げかけ、東方号は一路西を目指して航行を続けていた。

 

「おーいギーシュ、石炭が足りないぞ! もっとじゃんじゃん持って来いよ」

「ぼくのワルキューレは人夫じゃないぞ。あーあ、せっかくの美しい造形がすすまみれになってしまった。こら! 火のメイジはさぼるんじゃない。火力が落ちてるぞ」

「だからそのために石炭持って来いって言ってるんだよ。さすが、エルフの技術と魔法で作り直された罐は違うぜ。これだけぼんぼん炊いてもちっとも壊れる気配がねえ」

「わかったよ。みんな、力を惜しむなよ。一刻も早くトリステインへ帰って姫さまに……いいや、女王陛下に我々の大殊勲をご報告申し上げるんだ!」

 

 水精霊騎士隊の、割れんばかりの大歓声が東方号の機関室に響き渡った。

 来るときは、何人が生きて戻れるかという悲壮な決意を固めていたからろくに笑う余裕もなかったが、帰りは意気揚々の極みである。ギーシュたちはすっかり舞い上がり、今からすっかり英雄気分であった。

「やれやれ、うちの男どもときたら、女王陛下に拝謁がかなうとなると舞い上がっちゃって。その後が大変だってこと、わかってるのかしら?」

 積荷のチェックをしていたモンモランシーが、広い艦内を通り抜けて響いてきた男子の歓声に呆れた声を出した。

「でも、やっとお国に帰れるんですよ。うれしいのは仕方ないんじゃないですか」

 手伝っているティファニアも、鉄の壁に反響してうっとおしく響いてくる大声に苦笑いしながら答える。

 船舶の仕事は、外からの補充要員が効かないためにひとりで複数個所を兼任するのが普通だ。増して、人手不足の東方号に遊ばせておく頭数なんてあるわけがない。女生徒だろうと誰であろうと、立っている者は親でも使わせられる。今、彼女たちは急いで積み込まれた物品のリストを作成しようと紙とペンを手に、倉庫の中を行ったり来たりしていた。

「まったく、いくらスペースがあるからって積み込みすぎよ。ほんとに、男のやることってのは適当なんだから!」

「まあまあ、またネフテスに行けるのがいつになるかなんてわからないんですし。それに、ルクシャナさんたちエルフの皆さんの、トリステインでの生活道具もあるんですから」

「だからよ! あの女、最近調子に乗りすぎじゃない。正式にネフテス代表に選ばれたからって、我が世の春とばかりにやりたい放題言いたい放題! ほんと腹立つっ!」

「あはは……」

 雑用を押し付けられて、貴族らしからぬ仕事ばかりさせられているストレスもあって、モンモランシーは思いっきり怒鳴った。

 ティファニアは、とても人目にはさらせない友達のそんな姿に乾いた笑いをするしかなかった。が、内心ではまたルクシャナがトリステインにやってきてくれることや、エルフの仲間が増えることがうれしかった。以前は人に対してはどこかよそよそしくて、他人行儀だったところがすっかり変わって、皆に自然と溶け込めるようになっている。

 トリステインに帰ったら、マチルダ姉さんに預けている子供たちに会いに行こう。みんな元気にしているだろうか、大仕事をやり遂げた自分を早く見せてあげたい。そして、いつか隠れることなくハルケギニアでエルフが過ごせる世界を作る。それはもう夢物語ではないのだ。

「コスモス、わたし、がんばるからね」

 ペンダントにして首から下げている輝石を握り締め、ティファニアは誓った。

 期待に胸を膨らませているのは少年たちだけではない。ティファニアも、自信という新しい力を手に入れて力強く前へ足を踏み出そうとしている。皆が、この旅で得たものはそれぞれ形は違えど、誰しも大きかった。

 

 故郷への帰還に沸く人間たち。彼らの無邪気な騒ぎはやむことはない。

 一方で、未知の世界へと足を踏み入れようとしているエルフたちは、一室を与えられながらもうかない表情が続いていた。

「なにをみんな深刻そうな顔をしてるの? 全ネフテスの代表なんて名誉をもらったのに、蛮人の朝食は口に合わなかった?」

「ルクシャナ、君はいいかげん自分が特別なんだって自覚したまえよ。確かに、蛮人の中にもいい奴がいるんだってことはわかってるよ。でも、彼らの国には我らを敵視する者のほうが圧倒的に多いだろう。正直、戦争に行くほうがまだ気楽だよ」

「まったく、あなたたち男はすーぐ深刻に考えるから、物事を悪いほうに持っていくのよ。あなたたちの半分も生きてない子供たちがネフテスに乗り込んできたのに比べたら、楽なものだと思わない? アリィー、そんな意気地なしとは婚約解消して、人間の男でいいの探そうかなあ」

 と、何度目になるか数えるのもめんどくさい挑発をルクシャナがして、それにアリィーが反応してむきになるという、このふたりの間では定番のやり取りがおこなわれ、それを仲間のエルフたちは嘆息しながら見ていた。

「おれたちは人生の選択を誤ったんじゃないだろうか」

「言うなイドリス。どのみち、我らはアリィーの婚約者どのに命をゆだねるしかないんだ。しかし、実際彼女はすごいよ。もしも彼女がいなかったとしたら、我らの歴史はアディールとともに終わっていたかもしれん」

 アリィーの仲間たちは、ルクシャナの型破りな異端さを敬遠しながらも、彼女の実績を否定できない複雑な気分だった。

「それがわかってるなら、ちゃんと責任を自覚しなさいよ!」

「うわっ! ルクシャナ、いつの間に」

 気づくと、怖い顔をしたルクシャナが彼らの後ろに立って睨んでいた。

「ヤプールみたいに世界規模で侵略してくる相手に国だの種族だの言ってられないの。いつまでもウルトラマンが来てくれるとは限らないし、世界が一丸とならなきゃ大厄災の繰り返しなのよ。あなたたちにはほんとに危機感ってものが欠落してるわね。いーい? かっこばかりつけて働かない男なんて最低よ。わかった!」

「わ、わかったわかった!」

 ビダーシャルが来られないので、今回の実質的なリーダーとなっているルクシャナの威勢はすごかった。男たちも、これから行く土地では右も左もわからないので、ルクシャナには頭が上がらない。

 

 

 それぞれの思いを乗せて、東方号はひたはしる。

 そして、その後部航空機格納庫にて、物語の主人公たる少年は愛機ゼロ戦を磨きながら思っていた。

「みんな張り切ってるなあ。よっしゃ、おれも気合いれてやるかっ! これからも頼むぜ、相棒!」

「なあ相棒、その相棒っておれっちのことだよな? そんな鉄の塊じゃねえよな。な、な?」

「女々しいぞデルフ。別に、相棒はひとりじゃないといけないってことはないだろ。こいつは日本人にとっちゃ特別な代物なんだよ。年中背負われてるお前は先輩らしく後輩にゆずりやがれっ」

 と、今回出番らしい出番がなかったデルフをからかいつつ、才人はボロ布でジュラルミンの機体を磨いている。

 だけども、影の薄いことを気にするデルフの心配など、本当は無用なものであった。単に武器の扱いやすさでいえば、デルフよりいいものはいくらでもある。なんだかんだいっても、どちらも短くない付き合いの戦友として互いを信頼している。憎まれ口はいわば愛情の裏返し、些少の悪意はコミュニケーションの手段なのである。

「なあデルフ」

「なんだい、相棒?」

「お前は、簡単に壊れてくれるなよ」

「どうかね。おれっちには寿命はねえが、物はいつか壊れてなくなるもんだ。そういうところは人間といっしょだな。だから、大切にしてくれよね」

「はいはいわかったよ。ところで……刃物って研いでくと少しずつ減ってくよな」

「へっ? おま、何を。あっ、アーーーッ!」

 万事がこんな調子のふたりである。からかって、からかわれて、どちらにとっても気楽な話し相手。

 人間と剣なのだから、それ以上もそれ以下もない。才人にとっては気楽に話せる年上の相手、デルフにとっては長い人生で久しぶりに出会えたおもしろい持ち主。それでいいのだから、無理に変えることはない。

 いつか、この関係が壊れるのだとしても、それはそのときのこと。戦いの中に生きる者にとって、それは無価値な心配だ。

 奇妙なコンビは、今日も変わらず、明日もそうだと願ってのんびりと語り合う。

 

 

 やがて日は沈んで、砂漠にも夜がやってきた。

「ぶるるっ、やっぱり砂漠の夜はいちだんとこたえるな」

 防空艦橋の露天で見張りをしている才人が、防寒の毛布の上からでも響いてくる寒風に身を凍えさせてつぶやいた。

 すでに時刻は地球時間の午前一時をまわり、気温は零下へ達している。昼の灼熱と真逆の極寒を作り出すのが、砂漠という不思議な世界なのである。

 くるりと首を動かせば、下には黒く塗りつぶされた砂漠。地平線を挟んでその上には、名も知らぬ星星が無限の輝きを放つ宇宙がどこまでも続いている。その大自然の芸術とさえいえる光景は、サハラに来てもう何度も見ているものの、いまだに日本育ちの才人を圧倒してあまりあった。

「すげえな自然って、デジカメあったらぴゅーりっつぁ賞ってのも夢じゃ……って、おれの腕じゃ無駄か」

 くだらない独り言を言って、才人はくすくすと笑った。ほんと、写真なんてもので伝えられることはたかが知れている。どんなにうまく撮られたプロの写真でも、こうしてじかで見た感動には到底及ぶものではない。それはつまり、人間の技術なんて、自然の前にはまだまだ遠く及ばないということだろう。

 寒風に耐えながら交代時間を待つ才人。そこへ、ポットを片手にしたルイズがやってきた。

「寒そうね、テファが東方のお茶を淹れてくれたんだけど、飲むかしら?」

「うひょーっ! もちろん! ……熱っちーっ!」

 熱湯で舌を焼いた才人は、ひいひい言いながら手のひらで舌をあおいで冷まし、ルイズは呆れた笑いを返した。

「あんた猫舌だったかしら? 慌てて飲むからそんなことになるのよ」

「だって、お茶なんて久しぶりだからうれしくってさ。ああ、このカフェインの芳醇な香りときたら」

「バカ?」

「うるせ、おれの国じゃ未成年飲酒禁止って言ったろ。おれんちでは飲み物は基本お茶だったんだよ。父さんはコーヒー党だったんだけど、母さんが味噌汁にコーヒーは合わないって譲らなくてな」

「そう」

 故郷の思い出話を始めた才人を、ルイズは暖かい眼差しで、自分も冷ました茶を飲みながら聞いていた。

「親父が紅茶なんて気取ったもの飲めるかなんて言うと、お袋はコーヒーなんて泥水よって、しょっちゅう張り合ってた。おれはどーでもよくて一人でテレビ見ながらオレンジジュース飲んでたな。とにかく、うちの両親は普段はおとなしいくせに飲み物に関しては妥協しなくてなあ。で、中立で緑茶を基本にしてたわけさ」

「あんたのお父さまとお母さまだもんね。愉快そうなご一家だわ」

「そういうこと、ほかにも焼酎とウィスキーはどっちがうまいかとか、酒の好みも全然合わねえの。で、呆れたことにおれに意見を求めてくるんだな。で、おれは言ってやったよ。「そのグラスの中身がバーボンだろうが泥水だろうがおれには関係ない。警察に捕まって罰金取られるか、病院に担ぎ込まれて治療費取られるかの違いしかないんだから」ってな」

「あははは! ほんと、あんたのご両親っておもしろいわね。まるで、魔法学院の日常みたいじゃない」

 言葉の意味の半分以上はわからなくても、情景は簡単に想像できてルイズは笑った。

 堅苦しい貴族の生活とはまったく違う、ささやかでもくだらなくても本音で語り合える家族。ルイズは、そこに優劣が存在するとは思わなくても、そんなふうな触れ合いをおこなえる才人をうらやましいと思った。

「笑うなよ。そういえば魔法学院か、もうけっこう長い間まともに帰ってないけど……みんな、元気でやってるかな」

 才人は、ハルケギニアでの家ともいえる魔法学院の風景と、お世話になった人たちのことを思い出した。

 メイドや使用人の人たちは最初の頃、右も左もわからなかった自分にいろいろ気を使ってくれた。いつもうまい飯を食べさせてくれたマルトー料理長、飛び入りで働き出したリュリュの作ってくれたデザートもどれも絶品だった。

 それに、お茶といえばシエスタの淹れてくれたお茶もしばらく飲んでない。ここのところ、大事件が続いて学院でのんびりする暇なんてまったくなかったから、すっかり疎遠になってしまっていた。元気のよさは人一倍で、少々押しが強すぎるところが玉に瑕ではあるが悪い子ではなかった。

「なあ、トリステインでのいろいろが片付いたら、また学院が始まるんだよな。シエスタにいっぱい土産話もできたし、この自然の美しさも、早く教えてやりたいぜ」

「ねえサイト……あんた、なにかというと自然がどうたらって言うけど、あんたの故郷には自然はないの?」

「ないことはないさ。むしろ、おれの国は自然の豊かなところだって言われてる。ただ、おれの世界は技術はすげえと思うけど、エルフたちほど自然の扱いはうまくなくってな」

 才人はルイズに、地球で起きた環境破壊や公害、それによって起きた問題などを噛み砕いて教えた。要は、人の住むところ、物を作るところを確保するために山を崩し、見境なく毒を撒き散らして多くの人が苦しんだこと。今では多少はましになってきているが、それでも世界には命ない荒野になってしまったところが山ほどあることなどを……

「あんたの世界も、理想郷じゃないのね」

 ルイズは、ハルケギニアよりもずっと優れているであろう才人の世界にも、だからこそハルケギニアにはない問題を抱えていることを認識して表情を曇らせた。

「コルベール先生は、進歩することが世の中をよくすることだって信じてるけど、これを知ったらどう思うかしら」

「だから、無闇に地球を真似してくれないでくれって頼んでる。コルベール先生はいい人だけど、他の人間はどうか知らないしな」

 世界各国で環境保護を叫ばれているが、いまだに決定的なものはない。それどころか、自然保護を金儲けに利用しようとする卑怯者もいる始末だ。ハルケギニアを地球の二の舞にしてはいけない。

 一説では、地球上の人間がいなくなったら東京は百年かそこらでジャングルに戻るという。つまりは、自然保護だのなんだのと偉そうに言ったところで、人間の文明なぞ地球規模の自然と時間の前ではたいしたものではない。人間がいなくなれば適当な生物が取って代わるだけ、地球環境保護というものはあくまで『人間に都合のいい環境の保護』というものだということを勘違いしてはならない。

 美しい風景。しかし、この光景の中で人間は邪魔者でしかないのだろうか。

 ふたりがそんなふうに物思いにふけっていると、そこに三人目の声が響いた。

「どうした? 先客がいたから気を使って帰ろうかと思ったが、ずいぶんと暗い様子じゃないか」

「あらまあお邪魔虫のご登場ね。副長殿、仕事はどうしたの?」

「心配するな、今は休憩時間だ。仮眠をとろうかと思ったが、うちのうるさい連中がサイトの手伝いに行けと騒いで眠れたものじゃなくてね」

 やれやれとルイズは肩をすくめた。同時にミシェルも苦笑してみせる。銃士隊のおせっかい焼きも遠慮がなくなってきた。

 

 実は、一週間前の戦いが終わった日、ルイズとミシェルで誓いを立てた夜からしばらく経って、ある日こんなことがあった。

 アディールのあちこちから呼ばれ、誰もが忙しく駆け回っている頃。ある夕食会のこと。才人がいないときに、その一幕で、ルイズとミシェルはすれ違いざまに視線を合わせた。

「……」

「……」

 互いに視線のみを合わせて、一言も発することはなかった。いまやふたりは戦友であると同時にライバル同士、下手な馴れ合いをするつもりはなかった。日常こそがふたりの戦場、そこは孤独で、何人にも邪魔されない聖戦の場……

 と、思っていたのだが。

「副長! 我ら一同、全力を持って副長をサポートさせていただきます! あんなちんちくりんがどんなもんですか! 大丈夫です。副長のほうが魅力じゃ全然上なんですから絶対勝てますって」

「ルイズ、話は聞いたわよ。いいこと、最近はばをきかせてきてるあの女どもに勝ち誇らせるなんて絶対あっちゃだめよ。わたしたちも全力で応援するから、死んでもサイトをものにしなさいよね」

 と、どこで気配を察したのかミシェルには例によって銃士隊一同。ルイズにはモンモランシーほか女生徒が応援団について、当人たちの意思とはまったく関係なく全面抗争の様相を見せてきてしまった。結局、どの歳になろうと女子の最大の関心事は他人の色恋沙汰ということなのか。

 本人たちより外野が盛り上がるあたり、ありがた迷惑としか言いようがないのだが、もはや止めようがなさそうだった。

 ルイズとミシェルは顔を見合わせあって、今度は仲良くため息をつきあった。

「はぁ……」

 前途多難は覚悟していたが、こんな斜め上の方向から来るとは完全に想定外だった。今からこんな調子では、トリステインに帰った後ではどこまで火の手が広がることやら。頭が痛くなってしょうがない……ただ、どちらが勝つことになろうと結婚式は非常ににぎやかなものになるのだけは確実だろう。喜んでいいのか、悲しんでいいのやら。

 そんな様子を、男子は遠巻きに眺めていたが、ギーシュは親友の多難を予感してせめて祈った。

「サイト、君は幸せなのか不幸なのか。正義の味方といえど、こればかりはウルトラマンもどうしようもしてくれないだろうしな。せいぜいがんばりたまえよ。愚痴くらいは聞いてやるさ」

 もっとも、そのウルトラマンの先人たちも恋や愛に悩んだのを彼らは知る由もない。どんな宇宙のどんな時代でも、男と女がいる限り、惚れた腫れたの問題からは永遠に逃れることはできないようだ。

 

 が、恋に関してはキュルケのようなタイプはともかくとして、大半の者がいざとなったら尻込みしてしまうものだ。ミシェルも自分のそういう方面での臆病さを自覚しているので、尻を蹴っ飛ばしてくれる部下の存在に一面では感謝していた。

「思ったとおり凍えているようだな。これを飲め、あったまるぞ」

「あ、ありがとう」

 ミシェルの持ってきた水筒の中身を注いだカップを、才人はルイズといっしょに受け取った。中身は無色無臭の液体で、ルイズの持ってきたお茶のように熱くなかったことから、ふたりはそのまま口に運んだ。

 ところが、口内に強烈なアルコールの味がしたかと思ったときには遅かった。喉を通った液体はそのまま喉を焼き、吐き出す暇もなく飲み込んだ後で、ふたりは激しく咳き込んだ。

「こ、これ! 酒じゃないの!」

 しかも度数は並でなく高かった。先日飲んだエルフの酒よりも強烈な刺激がして、口の中がしびれて痛い。しかしミシェルは悪びれるでもなく、いたずらっぽく笑って言った。

「火酒というやつだ。アルビオンでは冬季作戦用に常備していて、銃士隊でも冬場はこれを持ち歩く。まずいだろうが、体は焚き火をしたりするよりもずっと温まるぞ」

「やってくれたわね。この、性悪女!」

「で、でも、確かに体はポカポカしてきたな。さすが、現場の知恵ってことか」

 才人はしてやられたと思いながらも、さっきまでの凍える感覚が遠のいて、代わりに熱がこもってくるのを感じていた。

 アルコールは体内の血流を活発にし、体温を上昇させる。それは寒冷地において暖房の代わりとなることは地球でも実証されている。低体温症や凍傷防止にも効果があり、山岳救助犬がブランデーを首輪につけているのもこの一例であるし、ロシア人がウォッカを飲むのも単なる嗜好の問題だけではない。

「飲みすぎるもよくないが、そういう奴のために火酒はわざと無味無臭に作ってある。軍の冬季訓練では、こいつだけで寒さをしのぎながら一晩耐えるというのもある。そのうち、水精霊騎士隊の連中にもやらせてやろうかな」

「やめてあげてくださいよ。ギーシュたちなら、なにも考えずに酔いつぶれて、そのまま凍死コースまっしぐらしか思い浮かばない」

 勇敢さはあっても狡猾さとか思慮ぶかさに欠けるトリステイン軍人の欠点を見事に受け継いでいるギーシュたちに、下手に冬季訓練なんかさせたものなら、有名な八甲田山みたいに悲惨な末路が簡単に想像できてしまう。才人自身だって、寒いのは大の苦手だ。

 とはいえ、一応は火酒は体温を一気に取り戻してくれた。さすがにそのまま飲むのはふたりとも耐えられないので、ルイズのお茶で適当に薄めて口に運ぶと、酔う手前で寒さを忘れることが出来た。

「ところで、ふたりで深刻な顔をしてなにを話していたんだ?」

「たいしたことじゃないですよ」

 才人は、さっきまでのルイズとの会話の内容を簡単に説明した。

「そうか、難しいものだな。しかし、言わせてもらうなら、あまり考えないほうがいいと思うぞ」

「なぜですか?」

 思いもかけないミシェルの一言に、才人は思わず尋ね返した。

「今、それを考えたところでどうなるかってことさ。確かに、お前の言ってることは重要だろうけど、今それが必要なときじゃない。サイト、お前はいい奴だけど、いい奴すぎるところがある。もっと、感情のままに素直に行動したほうがいい。初めて会ったときのお前はうだうだ考え込むような、暗いやつじゃなかったぞ」

 ぱんと肩を叩かれて、才人ははっとしたような気分になった。

 言われてみたら、ここ最近はなにかと考え込むようなことが多かった気がする。世界の危機、それは間違いなく重大なことだけども、才人ひとりで考え込んだってどうにかなるわけがない。ハルケギニアと地球の未来についても同様だ。ひとりの頭で出た考えなどは、ひとつが優れていても次々とやってくる問題にはすぐ対処できなくなる。

 考えてくれる人ならたくさんいる。自分は、必要なときに意見をひとつ言えればそれでいい。サルは一匹のボス猿が群れを支配するが、人間は助け合ってこそ人間たる意義がある。才人は、肩の荷が下りたようなさっぱりした気持ちになった。

「ありがとう。おかげで、気持ちが楽になった気がします」

「なんてことはないさ。姉が悩んでる弟を助けるのは当たり前のことだ……なんて、適当な名目を言えるように作ってくれた姫さまには感謝だが、そろそろ必要ないな。サイト、わたしはお前の元気な顔が好きだ。それだけだよ」

 にこりと笑顔を見せたミシェルに、才人は酒精とは違う意味で顔を赤くした。ルイズは、またこの女にポイント稼がせてやっちゃったかと内心で舌打ったが、こればかりは年の功というやつかで真似できない。地球には、年上の女房はなんとかということわざがあることをルイズは知る由もないが、なかなかに的を射ているといえよう。

 

 星空の下、三人に増えた見張りはそれぞれ空と地上を見下ろした。

 風の音だけがする世界は、地平線のかなたまでなにもなく、ひたすら同じ風景が続いている。このあたりはエルフの生活圏内からもかなり離れていて、すでに村やオアシスの類もなく、国境警備のネフテス空軍の駐屯所が広範囲に点在するにすぎない。

 しかし、見張りは欠かすわけにはいかない。行きのときのように、なんの前触れもなく怪獣の襲撃を受ける可能性は常につきまとっている。東方号はどんな遠方からでも発見は容易なほどの巨大船だ。ほとんどが視力のいいことで共通する鳥型の怪獣にとっては、見逃すわけもない目標と映るだろう。万一、バードンのような化け物クラスの相手に奇襲を受けたら東方号とてひとたまりもない。

 ただ、それは大幅に精神力を削る集中力と、なにより退屈に耐える根気がいる作業であった。寒風に耐えつつ、何もない空間を凝視し続けるのは、時間の経ち方を遅く感じてしょうがない苦行である。才人は、最初のときこそルイズやミシェルとたわいもない会話で気を紛らわせたが、すぐに無言になって虚空に目をやるだけの作業に戻ってしまった。

 時折、火酒や茶で寒さを紛らわせ、目を凝らし続けるだけの時間が無限のように過ぎていく。

 

 そんなとき、才人の目に東方号の前方に低く垂れ込める巨大な雲塊が映りこんできて、彼は伝声管に向けて叫んだ。

「艦橋、進路方向に雷雲を発見! 避けられたし、どうぞ!」

「了解した。高度を上げてやりすごす。今よりさらに冷えるから気をつけたまえ」

 コルベールの声が聞こえてきてから少したって、東方号は上げ舵をとって艦首を空に向けた。

 ぐんぐんと、プロペラ出力にものを言わせて上昇していく東方号。前方に壁のように立ちふさがる黒雲に挑戦するかのごとく、その頭上をとった東方号が水平飛行に戻ったとき、そこには海が広がっていた。

「うわぁ……」

「これは、まるで神の世界だ」

 感嘆し、つぶやきの声が風に流れていく。

 高く飛び上がり、雲の上の世界に出た東方号を待っていたのは、一面の雲に埋め尽くされた光景だった。

 すべての方向を見渡しても、下界に広がるのは雲のみ。その雲が月光を反射して明るく輝き、まるで海のようにうねりながらどこまでも広がっていた。

「空の上の、海……ね」

 それは、まさしく雲海。神話の世界で、神や天使が歩くとされる天上界の風景を、そのままここに再現したような幻想的な世界。東方号は、その海の上をゆっくりと航海している。

「船乗りの間では、幸運の印として語り継がれているそうだが、これほどまでとはな」

 ミシェルも圧倒されたようにつぶやいた。

 この星の赤と青の月光は、それを浴びる雲海にえもいわれぬ彩を加えて、反射光は真昼のように明るく雲上を照らしている。さらに、雲上なので頭の上にはさえぎるものはなにもなく、ふたつの月が輝く大宇宙が広がっていた。

 まさに、ハルケギニアならではの大絶景。地球ではありえない自然の大芸術に、才人だけでなくルイズやミシェル、そのとき起きていた面々すべてが圧倒されて息を呑んだ。

「ミス・エレオノール、すまないが全員を起こしてくれないか」

 艦橋で、眼鏡のくもりをふき取ってかけなおしたコルベールが言った。エレオノールもうなづいて、手すきの者は甲板に上がるようにと艦内に伝える。

 寝ぼけ眼をこすったギーシュたち、なにごとかと身構えた銃士隊が甲板に上がってくる。

 寒風が目を覚まし、次いで眼に入ってきたのは、この世のものとは思えない美しい光景。その絶景には、エルフたちすら目を見張った。

「おい、こりゃあ……」

「きれい、おとぎ話の世界みたい」

 魔法でも、科学でも作り出すことは不可能な光の世界。東方号は、その大いなる海の上を粛々と進んでいく。

「この船に乗った、すべての人たちへ」

 コルベールの声が魔法で増幅されて甲板に響いた。ギーシュたち男子や、ティファニアやモンモランシーら女子たち、ルクシャナたちエルフたちや銃士隊も思わず月明かりに輝く艦橋を見上げた。

 

「この船に乗った、すべての人たちへ。突然呼び出してすまない……しかし、その理由はもうわかってもらえたと思う。諸君、我々のこの世界は美しい。しかし、ヤプールの跳梁を許せば、この美しい世界は汚されて、二度と元には戻らなくなってしまうだろう……諸君、君たちは、それぞれに戦う理由を胸に秘めていることと思う。それでも、君たちは皆、この美しくてかけがえのない世界に守られて生きているのだということを、忘れないでほしい」

 

 コルベールの願いは、人間とエルフたちの胸に刻まれた。

 我々が、なにげなく生きているこの世界は、こんなにも儚く美しい。自分たちは、この世界を守らなくてはならない義務がある。

 名誉とか、意地とか、そんなものと引き換えにはできない、あって当たり前だが大切なもの。これを、ヤプールなどに、絶対に渡してはいけない。

 

 決意を新たにする若者たち。彼らの瞳は、今は曇りなく前を見据えている。

 

 だが、世界を背負っても、その手に掴みたいものも確かにあった。

 コルベールの言葉を聞き、身の引き締まる想いをした才人は、その想いをルイズに伝えようとした。

「先生、いいこと言うぜ。なあルイズ、おれたちはなにがあってもこの世界を……っと!?」

 才人の言葉は、右腕に抱きついてきたルイズにさえぎられた。なんのつもりかと問い返す暇もなく、ルイズは才人をきっと鋭い目つきで見上げて、こう告げた。

「サイト、あんたの志の高さは大切だと思うわ。でもね、それって進んで危険に突っ込んでいくってことよね? たとえ世界が救えても、あんたがいない世界なんてわたしにはなんの意味もないわ。あんたのぶんまで生きてやろうなんて思わない。あんたが天国に行くならわたしも行く。覚えておきなさい」

「ルイズ……」

 説得する余地など欠片もない、命をかけたルイズの意志の固さは才人の言葉を凍らせた。

 するとミシェルも。

「そうだな。わたしも今さらサイトのいない世界で生きたいとは思わないな……なあサイト、お前が自分より世界を大切に思っているように、世界よりお前を愛している女が少なくともふたりいることを、覚えておけ」

 誰よりもなによりも、あなただけを愛する。それは利己的だが、逆に宇宙でもっとも尊い利己心であろう。

 愛とは決して、一言で語りつくせるような単純なものではない。けれど、ひとつだけ確かなことがあるとしたら、愛とは理屈ではないということだろう。

「サイト、今なら何度でも言える。好きだよ、わたしはお前といっしょのときに一番幸せになれる」

 ミシェルはそう言うと、才人の左半身にぴったりと体を寄せて抱きしめた。

「ひ、え!? ミ、ミシェルさ!」

「酒の勢いだ。気にするな」

 そんなことを言われたって、鎧にまとっていてもトップモデルなみにスタイルのいい彼女に密着されたら、健康な男子がなにも感じないわけがない。さらに、甘えた表情を見せられると、大人の魅力と少女の弱弱しさが絶妙な割合で合わさっていて、庇護欲まで感じるようになってしまう。

 目を白黒、顔を赤くしてうろたえる才人。口からは、あわわなどと頼りない言葉しか漏れてこないところから、相変わらず女性に対する免疫はたいして進歩していないことがうかがえる。

「ちょっとサイトぉ!」

 もちろん、ライバルにここまでされてルイズも黙っているはずがない。ただし、可愛いという点では右に出る者はいないルイズでも、女性的魅力という面に関しては同年代の女性たちから圧倒的に引き離されているのは周知のことである。彼女の名誉のために細かいことは避けても、世の中には向き不向きというものがあることを自覚すべきであった。

「おいおい、サイトたち、またやってるよ」

 気配をかぎつけたのか、甲板からギーシュたちが見上げて笑っていた。彼らのあいだでは、もうこの三人のことはなかば名物になってしまってきている。

「あんた! いいかげん離れなさいよ、仕事しなさい!」

「寒いんだ。もう少し、ぬくもっていたい」

 不肖の弟子を見るようなギーシュ、うらやましい奴だなと他人事のように言うギムリやレイナール。仲がよくてうらやましいですと言うティファニアはややずれている。そして、ルクシャナに「いい男ってのは見てくれじゃないのよ」と言われて、困惑するアリィーを情けなさそうに見るエルフの騎士仲間たちと、才人は心ならずも笑いを振りまいていた。

 

 ルイズとミシェルに熱烈に迫られて、うろたえるしかできない才人。全世界の平和を守るという志も、この相手にはまったく形無しだった。

〔もうこうなったら、怪獣でも超獣でも宇宙人でもいいから出てきてくれぇーっ!〕

 しまいには、正義の味方としてあるまじきことまで考えてしまう始末である。

 だが、意地悪な運命の女神様もさすがに勘弁してやろうと思ったのか、才人の願いは少々形を変えて叶えられることになった。

 将来の嫁候補ふたりに挟まれてもだえる才人の視界に、ふと映りこんできた白い小さなもの。

「ん……? お、おぉ! おい、まわりを見てみろよ!」

「なによ? え、わぁ!」

「これは……雪、雪か」

 なんと、いつのまにか東方号のまわりを、純白にきらきらと輝く雪が舞っていた。

 そう、それこそ春の桜の木の下を歩くように、手を伸ばせば届くようなところを無数に舞っているそれは、月光を浴びてダイヤモンドダストのように神秘的な光を東方号に降らせていた。

「きれい……宝石の海みたい」

「なんだこりゃ……すっげえ……」

 女性も男性も、驚き疲れるほどに美しすぎる光景に、目も心も奪われて見とれた。

 しかし、ここは雲の上、普通に考えて雪があるわけはない。おまけに、雪は上から降るのではなく、眼下の雲から空へと舞い上がろうとしている。

 ティファニアは、たまたま近くに寄ってきた雪の欠片をじっと見つめた。

「これ、雪じゃない。生き物だわ」

 なんと、雪に見えたひとつひとつの結晶は、すべてが小さな純白の生物だったのだ。

 蛍のように、光りながら東方号のまわりを舞う小さな不思議な生き物たち。その輝きを見て、ルクシャナははっとしてつぶやいた。

「これ、スノースターだわ」

「なんだい? それは」

「古い文献で読んだことがあるの。見たものに幸運をもたらすって言う、空に向かって降る雪があるって。ほとんど迷信だと思ってたけど、

実在したんだわ。すごい!」

 興奮するルクシャナの前で、スノースターは雲から現れては空に向かってゆっくりと飛んでいく。

 伝説を目の当たりにしているという充足感、そしてなによりも筆舌に尽くせない美しさに、人もエルフも問わずに見とれ続けた。

「伝説の、空に降る雪か。おれたちは、本当についてるのかもしれないな」

「そうかもしれないわね。そういえば、スノースターに願いを託せばかなうって言い伝えがあるそうよ。蛮人の伝承だけど、試してみる?」

 ルクシャナの一言に、少年少女たちはわっと空に向かって手を合わせて祈りのポーズをとった。

 願い事はそれぞれなんなのか、人には誰だって未来への希望があるだろう。一部の考えがあけすけな者たちを除けば、それらの内容を明かすのは無粋であろうけれども、祈りそのものは誰もが無邪気であった。

 

 少年少女、大人たちにエルフたち。誰もが世界に抱かれて、明日への希望を胸に秘めて生きている。

 そして、スノースターの輝きの中で、才人たちも、ひとつずつ願いをかけていた。

「なあ、ふたりとも。どんな願いをかけたんだ?」

「世界平和」

「同じく」

 百パーセント嘘だとわかる答えをミシェルとルイズは返した。

 が、才人もここまできてふたりの考えが読めないほどバカではない。聞いてみたのは一応で、少々うぬぼれかもしれないが少しいたずらっけを出してみようかと思った。

「で、サイトはなにをお願いしたの?」

「ん? かわいいお嫁さん」

 ただ、これは少々悪ノリが過ぎたようだ。ふたりそろって後頭部を、「調子に乗るな!」とこづかれてしまった。

 「あいてて」と、殴られた箇所を押さえて顔を上げる才人。今頃になって自分の発言の失敗を悟り、こういうところが日本で自分がもてなかった原因なのだろうなとあらためて反省する。

「間違えた。おれも世界平和」

「しらじらしい。わたしより可愛い女の子がほかにいるわけないでしょ、冗談にしたって笑えないわ」

 才人は、それは自意識過剰だろと思ったが、さすがに地雷を二回連続で踏んだりはしない。ぐっと口を抑えて、我慢した。

 でも、才人はうそはついていなかった。本当は、願い事はいろいろあって決められなかったから、一番基本に戻ることにした。世界の平和がなければみんなの幸せもない。けど、かわいいお嫁さんがほしいというのも本音ではあるところが、才人の才人らしさであろうか。

 しかし、このままふたりにやられっぱなしで終わるのは、男としてどうにも我慢できない。

 そろそろと、ルイズとミシェルの背中から肩に手を伸ばして。

「よーし……それっ!」

「きゃっ!」

「うわっ!」

 なんと、才人はふたりの首に手を回して自分のところに引き寄せた。すかさず、三人の顔が密着しそうなほど近づいて、ルイズとミシェルの顔がみるみる紅に染まっていく。

「サ、サイ!?」

「お、お前。なんの!」

「あー、さっき飲んだ酒が今になって回ってきたなあ。こりゃ、明日にはなにも覚えてないかもしれねーな。というわけで……言いたいことをズバッと言うぞ」

 ごくりと、ふたりがつばを飲み込む音が聞こえた。

「うんっ! まだ愛してるとは言えないけど、おれはルイズもミシェルも大好きだ! この戦いが終わるときまでには、おれも必ず答えを出す。そのときにもし、まだおれのことが好きだったら……おれと結婚してくれ!」

「なっ!」

「へうっ!?」

 いきなりの、嫁になってくれ宣言は、それまで主導権を握っていたふたりの意表を完全についた。

 そして最後に才人は、酒の勢いだとなかば自分に言い聞かせて、ふたりの頬に一回ずつ唇をつけた。

「ひぅ! サ、サイトトトト」

「あ、あわわわわわわ」

「ははっ、そういえばおれのほうからキスしたのは初めてだったかな。ようしっ、じゃあ後は……さらばっ!」

 この後、照れ隠しと逆ギレしたふたりがどういう行動に出るかが容易に想像できたため、才人はふたりを離すと即座に逃げ出した。

 なお、結論から言えば、このときの才人の読みは完全に当たっていた。

 

「サイトぉぉぉぉぉっ!」

「よーしっ! なにはともあれ一発殴らせろ! 安心しろ、一発ですませてやるから!」

「はーっはっはっは! 今日だけは死ぬ気で逃げ切らせてもらうぜぇーっ!」

 

 不器用で未熟な愛の表現。悩み、苦しみ、それでも若者たちは毎日を明るく楽しく生きようとする。

 艦橋からあっというまに甲板に降り、おっかけっこをする才人たちを見て、ギーシュたちはおかしそうに笑った。

「がんばれサイト! 男の意地を見せろぉ!」

「ルイズがんばれ! バカな男に女の怖さを教えてやるのよ」

「副長ファイト! 気絶させて部屋に連れ込んでしまえば勝利ですよ!」

 陳腐でこっけいな光景。しかし、人から見れば笑われるようなことでも、彼らはいっしょうけんめい前を見て生きている。

 逃げる才人に、追うルイズとミシェル。不器用な三人はなかなか進歩しないが、少なくとも今日、彼らは一歩未来へと進みだした。

 はてさて、将来才人の隣でウェディングドレスを着るのは誰か? 未来は無限の可能性を見せて、誰にも答えようとはしない。

 

 そして、彼らを静かに見守る者がもうひとり。

 ウルトラマンA、北斗星冶は才人とルイズの心の中から、彼らの姿に自分の若いころを重ねていた。

〔そうだ、笑顔を忘れるなよ。子供は元気が一番だ!〕

 北斗は、エースと一体化する前から子供好きだった。TACに入隊した後も、子供と触れ合うことは多かったし、孤児院に顔を出したこともよくあった。

 子供が笑えないことほど悲しいことはない。エースは、北斗はそれぞれ孤児だったから、その悲しみをよく知っていた。

 でも、才人とルイズは悩み、苦しみはしても、最後には笑って終わらせる。笑顔を忘れず、まわりにも笑顔を振りまく。

〔君たちなら、ヤプールにも決して負けまい。そして、いつかきっと必ず、戦いを終わらせられるだろう〕

 すべてに決着がつく日は、恐らく遠くはない。それまで、想像を絶する苦難が何度も立ちふさがってくるだろうが、彼らならばきっとそれらも乗り越えていけるはずだ。

 

 明日の戦いに備え、今日はひとときとはいえ平和を楽しむ。

 笑いながら走っていく才人たち。それを見守る人たちの笑い声が、寒空を暖めていく。

 空のかなたへと去っていくスノースターの輝きに照らされて、東方号は西へ西へと飛んでいく。

 双月に見守られた、宝石のように輝く星。それをもっとも美しく輝かせる光は、確かに今ここにあった。

 

 

 第三部へ……


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