ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第98話  日常、それは大切な日々

 第98話

 日常、それは大切な日々

 

 古代怪獣 ゴモラ 登場!

 

 

 才人たち、東方号の一行がエルフの国ネフテスへとやってきて、早くも一週間の時が流れた。

 

 瓦礫の山だったアディールには、一日目から道が引かれ、二日目には区画整理がなされ、三日目には仮設住宅が建てられ始めた。

 そして、七日が過ぎた今日には、洋上に停泊する東方号から望むアディールの光景は一週間前と激変していた。元には及ばないにしても、すでに立派な街並みが並び始め、街は街としての機能を完全に取り戻している。その復興のスピードとエルフの驚異的な土木技術には、見学していたコルベールやエレオノールもただただ驚嘆するばかりであった。

 

「はぁー、たった一週間でこれだけの街を作り上げるとは、エルフの力とは、ほとほととてつもないものですねえ。このレベルでいけば、トリスタニア程度の街ならば、半月もあれば完全にコピーしてしまうでしょうね」

「あまり自信をなくすようなこと言わないでよね、ミスタ・コルベール……まあ、何百回も戦争やっても勝てないのも当然よねえ。軍事力うんぬん以前に、基礎技術力が違いすぎるわ」

 

 トリステイン屈指の奇想科学者と、魔法アカデミーの英才が揃ってため息をつかねばならないほど、現実に見るエルフの力は人間のそれと隔絶していた。百聞は一見にしかず、井の中の蛙大海を知らずとはよく言ったもので、たとえばかつてのレコン・キスタの「エルフ討つべし」と気勢をあげていた貴族などがこれを見たら、一瞬で信念が折れるのは間違いないであろう。

  

 が、そうした差を見せ付けられながらも、洋上の東方号はさすが別格の存在感を持って、巨体を悠然と浮かべていた。

 

「そういえばミスタ・コルベール、船体の修復工事のほうはどうなったの?」

「ああ、もうほとんど終了している。あとは両翼の水蒸気機関のテスト運転しだいだが、それが終われば飛びたてるだろう」

 コルベールは自信たっぷりに、現在ではほぼ修復が完了し、外見からでは見分けがつかないくらいに直された東方号を見渡して笑った。

 超獣軍団との激戦で損傷した東方号。船体の半分が黒焦げになるくらいに火災を起こし、ハルケギニアの船の常識ではもうだめかと思われたこの船の修復が、これほど短期間で完了した訳は、東方号の元となった船の絶大な頑丈さによるものであった。

 戦闘後の調査の結果、コルベールたちは見た目の損傷の激しさとは裏腹に、東方号そのもののダメージが極めて軽微であったことに驚いた。

 戦闘中、落雷などによって激しい火災を起こしはしたものの、燃えたのは木製甲板やトリステインの工房で塗られた塗料によるものが大半で、船体を覆う分厚い鉄の鎧は大部分が健在だった。

 壊れたのも、主翼をはじめとするトリステインでの工事で取り付けられた部分が大半。それも、トリステインの最高の冶金技術がつぎ込まれ、さらに固定化の魔法で保護されていたのにである。城郭のような主砲塔は完全に無傷。船底も調べたが、浸水箇所は皆無であった。元々の装備で壊れたのは、機関砲やマストなどのもろい部分ばかりだったという始末である。

「サイトくんの世界には、空を飛ぶ船はないというが、東方号のベースになったヤマトという船はとてつもない技術の結晶だ。ああ、できることなら作った人に会ってみたい! 教えを乞いたい! この世にはまだまだ勉強することが山のようにあるんだなあ」

 東方号の修理の際、コルベールは興奮してそう叫んだ。彼にとっては、未知に触れて知れるという『勉強』がなによりも楽しいものなのだろう。

「修理にはエルフの船舶技師たちも手伝ってくれたが、彼らの技術もすごいものだ。水蒸気機関はともかく、大破した主翼の修繕は彼らの手がなければ無理だったろう。まったく、学びたいことが多すぎる。決めたぞ、わたしはいつかネフテスにも留学する! そしてこのすばらしい技術をハルケギニアに広めるのだ」

 子供のように夢をはせるコルベールを、エレオノールは呆れながら見ていた。

 しかし実際、正しい目的で使用すれば技術はすばらしいものだ。物は分ければ少なくなるが、技術はいくら分けても減ることはない。ある意味では技術や知識は無限の資源なのである。何度でも繰り返すが、要はその使い道次第、活用するか悪用するかの違いだけなのだ。

 

 東方号の甲板では、今日も多くのエルフたちが散策している。超獣軍団との戦いの後、東方号の船室は負傷者や地上に仮設住居を作れない人々のために解放された。そして今日まで、東方号は修復工事を妨害しない範囲でエルフたちが制限なく出入りしていた。

 砲塔の上は子供たちのいい遊び場になっていて、現在では排煙の用がなくなっている煙突の上では物好きなカップルが地獄の穴のような底を物珍しげに見下ろしている。その後方の大和型戦艦特有の三本マストは戦闘中に倒壊したが、これは単純に折れただけだったので『錬金』の魔法を使って溶接のようにすぐに立て直された。

 そのてっぺんにはトリステインとネフテスの旗が仲良く揺らめいている。

 大和ホテル、武蔵旅館、この船がかつてそんな蔑称をつけられていたことをむろん知る者はいない。しかし今は、その名前がよい意味に働いていた。住めばこれほど安心できる客船はほかにないだろう。

 

 ただし、それも今日までである。コルベールとエレオノールのいる艦橋に、息せき切って飛び込んできたギムリの言葉がそれを決定した。

「コルベール先生、第一から第四までの水蒸気機関。すべて動作正常です。テストは至極良好に完了しました!」

「ご苦労様、よくやってくれたね。さて、これで帰れるね……我々の故郷、トリステインに」

 

 

 東方号の発進準備完了、それは彼らがこのエルフの国に別れを告げる時がやってきたのだということを示すものであった。

 

 ようやく慣れ始めてきたアディールの生活も、今日で終わり。名残は惜しいが、彼らはいつまでもここにいるわけにはいかない。東方号のネフテスに来た目的である『エルフとの停戦』は、当初の予想をはるかに超えたレベルで成功した。最悪、ルクシャナに親書を渡して逃げ帰るくらいになるのが現実的だと考えていたのに比べたら、現在のこの状況は奇跡に近い。ならば、機を逃すことなくトリステインへ戻り、人間世界側を変えていくことに尽力しなくてはならない。

 ヤプールの戦力は、超獣軍団が全滅したことで大幅にダウンしているはずだ。今ならば、現状を維持するだけでハルケギニアやネフテスへ侵攻する余裕はないはず。回復を図るにしても、一朝一夕にというわけにはいかない……まして、地球側でもこの次元への救援をあきらめてはいないだろうから、今無闇に行動を起こす余裕はないと断言していい。

 が、ヤプールは姦計をなによりも得意としている。またどんな汚い手を仕掛けてくるか想像はするが、奴はいつもその上をいってきた。しかも奴は人間側が聖地、エルフ側がシャイターンの門と呼ぶ龍の巣を占領している。それがどういう意味を持つのか、研究中ではあるが、ヤプールが無意味なことをするとは考えられないので、その対策を練る必要もある。

 まったく、考えれば考えるほど難題が次々と際限なく湧いてくる。だが、ヤプールが体勢を立て直す前に、人間とエルフが過去のしがらみを捨てて共同戦線を張れれば、この世界に充満する異種族への憎悪を食い物にしてきたヤプールにとって大きな痛手となる。

 そうなれば、あと一回、あと一回の決戦でヤプールの脅威をこの世界から拭い去ることができるかもしれない。そうすれば、この世界の人々が数千年のあいだ願い続けてきた真の平和が訪れる。人間もエルフも、ほかのどんな種族も、支配したり支配されたりすることもなく、互いを恐れあったり奪い合ったりしなくてもすむ、そんな世界を作るための一歩を踏み出せる。

 

 そのために、時間を無駄にするわけにはいかないのだ。トリステインに帰ってからも難題は山積みだが、帰らなければ難題に取り組むこともできない。自分たちが行っているあいだに向こうがどうなっているかもわからないのだし、後のことは、帰ってから考えればそれでいい。

 

「出港準備! 関係者以外は全員を退船させたまえ。さて、この景色ももうすぐ見納めだね」

 感慨深くコルベールは指示を出した後につぶやいた。出港準備、とは言っても各種の準備があるために、始めてから実際に発進することができるようになるまでには数時間が必要になる。増して、東方号は空中戦艦なのだから、飛び上がってから異常が発生しても、停船して修理と簡単にはいかない。トラブルの元を徹底的に排除するために、飛びたてるのはまだ何時間も必要なのはわかっていた。

「さて、ミス・エレオノール、ここは私が預かろう。埠頭にテュリューク統領が見送りに来ているそうだ。皆をまとめて最後のあいさつをしてきてもらえるかな」

「当然のことね。あなたでは一国を預かる大使というには風格がなさすぎるもの、窓から外交大使というもののありさまを見学してなさいな。ヴァリエール家長女の名が伊達ではないこと、見せてあげるわ」

 胸を張って艦橋を出て行ったエレオノールを、コルベールは微笑しながら見送った。相変わらずの高飛車加減だが、怒ってはいない。自分の容貌が人並み以下というのはいまさら変えようがないし、人柄は自画自賛して誠実なほうだと思いたいものの、外交手腕などというものがあるとはどう自分を過大評価しても出てきはしない。いいところ研究費用を捻出させるのに口八丁をめぐらせる貧乏教授がせいぜいであろう。

 そこへいくと、エレオノールは申し分はなかった。彼女の美貌に文句をつけられる者はそうはいないだろうし、ヴァリエール家の長女としてふさわしい教育を受けてきたので、振舞い方も知っている。ルイズがそうであったように、公私の切り替え方もきちんとわきまえているので、ドレスに身を包めば別人のように変わるだろう。

 コルベールは、魔法学院に講師としてやってきた当初のエレオノールを思い出した。あのときの彼女は、あまりにも縁談が運ばないことに業を煮やした母親の命令によって、通常の性格とは百八十度変わった猫をかむらされていた。結局、性格を変えることはできなかったけれど、あのままだったらほんとうに生徒か教師の誰かと交際をはじめられていたかもしれない。

 ともかく、東方号に彼女が乗り込んでいたことは僥倖だったというしかない。この計画自体、軍にも王政府にも秘密の極秘指令だったのだから専門家を乗せる余裕などなかった。ともかく、来ることだけでさえ精一杯で、交渉の席が成立する確率さえも極めて低かった。

「さて、私は水蒸気機関の調整にはいるか。しかし、せめて私にもう少し髪の毛が残っていればなあ……若い頃は気にもしなかったが、失ってわかる長い友よ、か」

 コルベールは、私に嫁が来るのはいつの日かと深々とため息をついた。

 

 その頃、エレオノールは艦橋のラッタルをタンタンと鉄の足音を響かせながら降りていた。見渡せば、東方号の巨大で雄大な姿と、復興途上のアディールが見える。街のあちこちで立ち上っている煙は炊飯のものか、廃材を焚き火で焼いているのかわからないけれど、ほんの一週間前に街の燃え尽きる光景を目に焼き付けた者としては、エルフの国にもこんな牧歌的な光景もあるのだなと、不思議な感心を覚えたりした。

「こんな光景、どんな書物を読んでも知ることはできないでしょう。図書館にこもるのではなくて、実際に目の当たりにしないとわからない知識もある。この光景ひとつだけでも、ルイズには感謝するべきかもしれないわね」

 もちろん本人に向かっては絶対に言わないが、エレオノールは自身がハルケギニアで一番恵まれた環境にいる学者なのではないかと思った。

 今なら、危険を承知でハルケギニアにやってきたルクシャナの気持ちもよくわかる。つかみどころがなく、手に余る行動力の持ち主ではあるけれど、彼女は象牙の塔にこもりきりの自分たちにはない、研究者としての非常な貪欲さを持っていた。後輩から先輩が学ぶこともある。たいしたものだ、いまでは正直にすごいと認めている。

 

 思えば、この一週間もあっという間だったが、いろいろなことがあった。エレオノールはラッタルを下りながら、その記憶をひとつひとつ思い出していった。

 

 

 超獣軍団との死闘ののち、一夜を明かしてからの人間たちの日々は多忙を極めた。

 一躍、蛮人扱いから英雄になってしまった東方号のクルーたち。彼らはアディール中から引く手あまたとなり、ハルケギニアのことを知りたいというエルフたちのあいだを駆け回って、親善に全力を尽くすことになった。

 中心人物であるティファニアはもちろんのこと、奮闘した水精霊騎士隊を称えたいと申し込んできたり、海中から救出してくれた銃士隊に礼をしたいと述べてくる人たちなど、一部の例をあげるだけでも人間たちと直接話したいというエルフは絶えることはなかった。

「私、蛮人ってちっさいオーク鬼みたいなのと思ってたけど、ほんとはすっごくかっこよかったのね。お願い、蛮人の世界って……ごめんなさい。ハルケギニアってどんなとこ? 教えておしえて!」

 とあるエルフの少女の言葉の抜粋である。なにせ、国境付近で空賊と戦う軍属や、その近辺で交易する商人を除けば内陸地のエルフには一生人間と会わずに過ごす者も少なくはない。当然、伝えられる情報も曲解されたものが多く、彼女の偏見に満ちた言葉も無理からぬところであった。

 それが一気に逆転した。逆転するだけのことをしてしまった。案ずるより生むがやすしということわざがあるが、その百倍くらいが実現した。

 三日後にはアディール外からも話を聞きつけた、外部の街や村からのエルフも集まってきて、お祭り騒ぎとなっていった。そうなると最初はいい気分だったギーシュなども、休む間もない過密スケジュールに悲鳴をあげていったのは当然であろう。

「おれたちは動物園のパンダかよ」

 才人がぼやいた台詞である。ブームが到来して動物園に見物客が押し寄せすぎると、あまりのストレスに動物も体調を崩すというが、それがよく実感できた。

 ただ、要望の多かった、人間たちがネフテスのほかの町や村に行くという案は、安全が確保しきれないということで却下された。まだ鉄血団結党の残党がいないとも限らないし、そうでなくとも人間への恨みや偏見を根強く持っているエルフもまだ多い。のこのこと出かけていって袋のネズミとされることだけは絶対避けるべきであった。

 その後、さすがに四日後にはテュリューク統領が規制をかけてくれたので人心地つけたのだが、一堂は親善訪問も楽じゃないと心底思った。

 

 

 しかし、大変だった中にも心からよかったと思える出来事もいくつかあった。

 

 才人たち数人が、アディール市内でかろうじて戦火を逃れていた学校を訪れたときのことである。まだ舗装が元通りになりきっていない道路を通り、トリステイン魔法学院よりも壮麗なつくりの校舎に一行は息を呑んだ。

 講堂に集められた生徒たちは数百名、しかしエルフの例に漏れずに全員が美少年・美少女だったために、才人たちはのっけから圧倒されて萎縮してしまっていた。もとより、人前で演説や講演などできる性質ではなく、才人といっしょに来た数人の少年たちも、来たはいいがなにを言っていいかわからず、別の場所に行ったギーシュたちを恨んでいた。

 緊張しすぎて凍り付いてしまう才人たち、仕方なく才人についてきたルイズが代わりに口を開こうとしたときである。ひとりのエルフの少女が思いもかけないことを尋ねてきたのだ。

 

「トリステインの皆さん、えっと……ウルトラマンさんに会えませんか!」

 

 えっ? と、才人とルイズを含む全員が固まった。数秒たち、思考が再稼動してきた才人が動悸を抑えながら恐る恐る尋ね返すと、彼女ははじめて話す人間にやはり緊張しながらも目を輝かせて答えた。

「わたし、このあいだの戦いで危ないところをウルトラマンさんに助けていただいて……それで、ぜひお礼を言いたいんですけど、お願いできませんか?」

 才人はやっと合点がいった。そして思い出した、彼女は超獣軍団との戦いのときにアリブンタに捕食されかけていた、あの少女だった。

 そういえば、ガチガチに緊張していて気づかなかったが、ここはゼロ戦で空から見たあの学校だ。あのとき、校庭に蟻地獄を作って生徒たちを狙ったアリブンタを、とっさにウルトラマンAに変身して助けたのはよく覚えている。しかし貪欲なアリブンタに追い立てられ、逃げ遅れた彼女を救い出した後で、その行方は混戦に紛れてわからなかった。

 

”そうか、無事でいてくれたのか”

 

 もちろん自分たちがそのウルトラマンだと明かすことはできないが、才人とルイズは自分たちがひとつの命を確かに守り通すことができていたのだと実感できて、胸を熱くした。

 しかし、ウルトラマンに会いたいとは大胆な……いや、人間と違って大いなる意志を解してエルフは他の種族とも差別なく交流することができる。同種族としか交流を持たない人間のほうが異常で、エルフたちにとっては、人間を除く他の種族とのコンタクトなどなんでもないことなのかもしれない。

 が、とはいってもこれは少々無理難題である。

「えーっと、残念だけどそれは無理なんだ」

「なんで? ウルトラマンさんはあなたたちが呼んだんじゃないの?」

「いや、ウルトラマンがどこから来た何者なのかは誰も知らないんだ。ただ、彼らは怪獣が現れて平和が乱されたとき、どこからともなくやってきて助けてくれる不思議な存在なんだ」

「へえ、そうなんだ。それって、あなたたちの世界で言う神様みたいなものなの?」

 エルフの少女は首をかしげながら問いかけてきた。しかし才人は首を横に振り。

「いいや、ウルトラマンは神様じゃないよ。ハルケギニアにもこれまでいろんな怪獣や超獣が現れたけど、その全部にウルトラマンがやってきたわけじゃない。ウルトラマンは、おれたちが全力で戦って、それでもどうしようもなかったときにはじめて手を貸してくれるんだ」

「なんか……気難しいんですね。ウルトラマンさんって」

 才人は、見た目では十歳くらいの少女の大人びた口調に少々気圧されながらも答えようとした。

「うーん、そう見えるかもしれないな。けど、ウルトラマンは自分がいるからみんなが努力しなくならないように気を使ってるんだよ。だから、気難しいようにも思えるけど、ほんとうに危ないときには必ず来てくれるんだ!」

「厳しいけど……優しいんですねウルトラマンさんって!」

 少女の脳裏には、アリブンタから身を張って助けてくれたエースの姿がありありと蘇っていた。その、理解してくれた笑顔が、才人にうれしさと勇気を与えてくれた。

「ああ! 本当にすげえさ。誰よりも強いのに、自分のためには戦わない。自分を必要としてもらうんじゃなくて、逆に誰にも自分を必要とされないようにするために戦う……だからこそ、おれたちはウルトラマンを……ヒーローって呼ぶのさ!」

「ヒーロー……」

 少女だけでなく、講堂にいたエルフたち全員に才人の大声が行き渡った。

 ヒーロー、それはエルフたちにとっては未知の概念であり、新鮮な衝撃であった。

 自然そのものである大いなる意志を至高の存在とするエルフたちにとっては、世界は完成されたものであって、自分たちはその中の一部でしかないという意識が強い。そのため、エルフたちの書物は記録が中心であり、人間のフィクションを中心にした英雄譚などの娯楽ものはない。

 が、ウルトラマンはまさに現実を超えた現実の英雄譚であった。それは自分たちの想像をはるかに超えた次元の存在であるが、決して理解不能な神ではない。なぜならウルトラマンは完全無欠ではなく、傷つき苦しみ、負けそうになる。しかしそれでもなお立ち上がる姿が人々の心を打つ。

 言葉を語りかけてくることは少なくとも、命をかけて戦う様がすべてを語る。ウルトラマンを見た者は、ウルトラマンが内面は自分たちにとても近いことを感じる。なによりも、とほうもなく強いが、それを私利には使わずに弱きを助け強きをくじく! その勇姿に人はあこがれを抱き、英雄を超えた存在……ヒーローと呼ぶのだ。

「ヒーロー……なんかそれって、すっごくかっこいい響き……ねえ! 教えてよ。あなたたちの国で、ウルトラマンがどんな活躍をしたのかを!」

 かつて地球でも、ウルトラマンがはじめて姿を現したときには大人たちは驚き、子供たちはそのかっこよさに夢中になったという。実際、ウルトラマンの活躍をテレビで見て将来の仕事を決めた人も数多い、むろん才人もそのひとりである。メビウスの活躍を目の当たりにした中学生の頃、彼の人生は大きな転換点を迎えた。

”ウルトラマンみたいに、どんなときにも、どんな敵にも負けない強い男になりたい!”

 その憧れが、ハルケギニアに来ても強く才人を支えていた。ウルトラマンたちが身を持って教えてくれた、勇気、優しさ、あきらめないことで生まれる希望……それはどんな超科学よりも強く、どんな魔法よりもすばらしい。

 そして、そのすばらしさを誰かに伝えたいという願いも切にあった。

「よおっし! じゃあお前らにハルケギニアでのウルトラマンたちの活躍を、たっぷり聞かせてやるぜ! 止まらないからよおっく聞いておけよ!」

 才人の叫び声が講堂にこだまし、続いて生徒たちの喜びに満ちた大合唱がこだました。

 新鮮な刺激に飢えているのはどこの子供たちも同じだった。誰でも、幼い頃に布団の中で父親や母親に聞かされた昔話に胸をときめかせたことがあるだろう。ましてテレビもインターネットもないこの世界。昭和の昔には、紙芝居の親父がやってくるたびに子供たちが我先にと集まった。

 ウルトラマンから才人へ、次に才人からエルフの少年少女たちへと、物語は受け継がれていき、魂のリレーがつながっていく。バトンは夢とロマンと愛と勇気。人が人としてあるための大切なものを込めて、ウルトラマンの戦いはこうして語り継がれていくのだ。

 

 

 エルフの知らなかったものを人間が教える。それは互いに憎しみあっていてはできないことだ。

 もちろん、その逆もしかりである。時間を見て、人間たちはエルフからこれだけは知っていてほしいということを教わった。

 その最たるものは、大いなる意志とはなんたるかである。

「お前たちが我らと対等に付き合いたいというのはわかった。しかし、我らは大いなる意志をないがしろにする者たちを認めることはできない。これは我々の譲れない条件だ」

 エルフを含め、亜人種(これも人間側から見た蔑称であるが)が人間を蛮人と呼ぶ理由の大なるものは、彼らが信奉する大いなる意志と表現される自然界の力を感じられないことにある。オークなどの知能薄弱なモンスターを除き、彼ら亜人種はこの意志を尊重し、自然界の精霊と語り合うことによって自然と調和し、時に精霊の力を借りることによって、人間が先住魔法と呼ぶ超常的な力をも行使する。

 そのため、亜人たちの多くは自分たちが当たり前に聞くことの出来る精霊の声を無視して、自分勝手にふるまう人間をよく思わずに見下している。

 だが、人間たちからすれば聞こえないものは聞こえない。そのように生まれつきできているのだからしょうがない。例えば、元より色盲で目ができている牛に色を理解させようとしてもできないのと同じようなものだ。

 ただ、人間は動物と違って、自分の知覚を超えたものを感じることはできなくとも『想像』することはできる。時間を見ての、ビダーシャルなどによる人間たちへの大いなる意志、精霊の講義はみっちりとおこなわれた。その結果、基本の基本というレベルでの話であるが、コルベールとエレオノールを中心に、人間たちはある程度の知識を得ることができた。特に、エルフの前でしてはいけないこと……精霊への禁忌については徹底的に学ばされた。

 その最後の講義の後で、ビダーシャルは彼らに言った。

「これで、おおまかなことは終わりだ。本来なら、説明して理解できることではないのだが、お前たちが精霊の声を聞けない以上はやむをえん」

「いえ、ハルケギニアではこうした講義すら聴くことができないでしょうから、それだけでも十分価値はありました。これで少なくとも、なにが精霊への侮辱行為となるのかはわかりました。それだけでも、じゅうぶんすぎるほどの成果です」

 コルベールの返答に、ビダーシャルは表情を変えないままうなづいた。

 異種族間で対立が生じるとき、その原因には大きく無知がからんでくる。片方にとっての常識が片方にとっての非常識、それを意識しないで交流しようとすると当たり前のように軋轢が生まれる。日本の小学校でも、ヒンズー教徒は牛を食べてはいけないなどを早期に学ばせるのはそのためだ。

 むろん、エルフにもそうしたタブーはある。こうしたことを知っているのは、平時ではサハラ境界部で取引をおこなう商人たちなど少数に限られて、一般の人間はほとんど知ることはない。それを知っているだけでも、無用な誤解を避けることができるので、交流はずっと穏やかなものになるだろう。

 

 

 その他にも、東方号のクルーたちは軍事などエルフたちの神経に触れない範囲で、学べるだけの知識を詰め込んだ。

「まさか、こんなところにまで来て勉強する羽目になるとは……せっかく国に残った奴らより楽できると思ったのに……」

 水精霊騎士隊の少年のひとりの愚痴である。もとより、こんなことに首を進んで突っ込んでくる彼らのことだから、頭よりも体を動かすほうが性分に合っているという者が多い。コルベールの頭の痛いところであるが、子供というものは大抵が勉強が嫌いである。

 ちなみに、銃士隊は王族親衛隊であるために平民出身ばかりの印象に反して学がある。ここでも水精霊騎士隊は一人前の騎士になるためには様々な苦労が必要なんだなと、ため息を吐きつつサボれない授業にいそしんだ。

 だが、一見すると地味に見えるこの積み重ねが、後々に大きな意味を持ってくるのである。

 ハルケギニアの多くの民にとって、まったく未知であるネフテスの姿。たとえたわいもないものでも、それは謎という恐怖のカーテンをおろして、エルフは怪物ではないということを人々に教えることが出来る。むしろ、他愛もないもののほうがいい。

 ありったけの時間を利用して、学べるだけのことを学び取る。一週間という時間はあまりにも短く、あっというまに過ぎていった。

 

 

 一方で、物理的な面でも帰り支度はおこなわれている。

 六日目には、東方号の貨物室にはハルケギニアに持ち帰る荷物が山積みになっていた。見渡せば、工芸品、美術品、生活雑貨と、よくもこれだけ手当たり次第に集めたなといわんばかりである。

 まあ、実際には倒壊した建物から掘り起こされた粗大ゴミを、この際だからネフテスの文化を伝えるために有効活用しようという用途の、みやげ物の山である。武器、および書物の類の積み込みは認められなかったが、普通なら希少品のエルフの品々をタダでもらえるのは大いなる得である。

 しかし、積み込まれていく様々な品物を検分していたコルベールやエレオノールは、見れば見るほど、子供用の玩具や部屋の飾りの花瓶ひとつにさえトリステインでは到底不可能なほどの細工を施すエルフの技術力に感服し、彼らを敵としてきた事実に寒気を覚えていた。

「よくも、これほどの力を持っていながら六千年ものあいだハルケギニアに攻め込んできてくれなかったものね。あの鉄血団結党みたいなのがもっと早くできてたら、人間は一年も持たずに全滅してたかもと思うとぞっとするわ」

「結局は、我々は獅子の慈悲によって生かされていただけのことだったのさ。が、それも過去のことにせねばならん。先人たちの負の遺産は、我々の代で帳消しにしなくてはな」

 しみじみと感じ入るようにコルベールは言った。自分たちが、どれだけ狭い世界の中にいたのかということが、ハルケギニアという卵の殻から出てみてやっと実感できた。しかし、コルベールは劣等感を感じたのはもちろんだが、この過ちをハルケギニアの人々にもわかってもらいたいと、漠然とではなく真剣に思い始めていた。

 むろん、難しいというよりは不可能に近いことはわかっている。ハルケギニアに染み付いたエルフへの偏見は簡単に拭い去れるものではないだろうし、自分たち全員が敵として追われる事態のほうがはるかに現実味が高いだろう。が、知ってしまった以上は口を封じて安全を決め込むのは罪だ。

 聞いてもらえるかどうかは関係ない。まずは、固定観念という分厚い氷に覆われたハルケギニアの人々の心にくさびを打ち込む。例えわずかなひびでも、その上から何度も叩けば、湖全体を覆う氷も叩き割ることができるかもしれない。いや、しなければいつの日か、今度こそエルフと人間は破滅的な最終戦争を起こしてしまうだろう。

 

 

 自分たちは、歴史上最大の異端者として悪名を残すかもしれない。いや、そうなればハルケギニアの歴史そのものが終わるだろうからどっちみち同じことだ。

 滅亡か、前進か、この星の歴史が閉じるか開くかは、この星の人々にかかっている。恐竜は環境に安穏としすぎ、変化を忘れたがために運命を閉じた。極端な例と笑うのは勝手だが、歩まずに眠り続けたら先にあるのは化石となることだけだ。

 

 たった一週間であったが、これらの例のほかにもいろいろなことがあった。それらは皆の心に記憶として刻まれ、時が経って必要になったときに思い出されることになるだろう。

 

 

 時間を現代に戻し、東方号からボートの人になったエレオノールは、港で大量の荷物を抱えたルクシャナと鉢合わせした。

「おおー、先輩ご苦労様です」

「あなたはどんなときでもペースが変わらないわねえ。で、その大荷物ってことは、やっぱりあなたもまたトリステインに来るわけね?」

「もちろん! まだまだ研究途上なのに現場を離れるなんてできるわけないでしょ。それに、私ほど蛮人に友好的なエルフがほかにいるでしょうか?」

 どやっと、胸を張らせるルクシャナにエレオノールは含み笑いを見せた。

「私のエルフに対する警戒心というか偏見というか価値観を、ものの見事にぶち壊してくれたものねえ、あなたは……まあ、止めても来るでしょう。せいぜい、忘れ物しないようにね」

「大丈夫! そんなことがないように、うちのものをまとめてかき集めてきましたから。ちょうどアカデミーの研究室も狭いなーと思ってたんですよね。今度はスペースも有り余ってるし……ほらアリィー、ひとつでも落っことしたら婚約解消よ」

 ルクシャナが、後ろでうごめていてる荷物の塊に声をかけると、その中から若い男性の声が響いた。

「ま、待ってくれ。そんなこと言って、今度という今度は逃がさないぞ。蛮人の世界なんかのなにがいいか、君の目を覚まさせてやる」

 息も絶え絶えですれ違っていった荷物の塊を、エレオノールは無表情で見送った。どうやらすでにルクシャナの頭はハルケギニアに飛んでしまってるらしい。あんな性格で、よく男があきらめずついてくるものだ。私も、あれくらい根性のある男がほしいと、エレオノールはため息をつきながら思った。

「それにしても、あの子は東方号を移動研究所にするつもりなのかしら? いや、案外それもいいかもしれないわね。うるっさい古参教授どもはいないで、好きなように研究できてどこにでも行ける……ヴァレリーを誘って本気で考えてみましょうか」

 無意識に、エレオノールもルクシャナに影響されてきているのかもしれない。実際、東方号の中身はからっぽと言っていい状態でスペースは余りに余っているので、やろうと思えばできないものはない。これは意外と妙案かもと、トリステインに戻ってからのことに期待をはせた。

 

 

 そして、数々の未練と置き土産を残して、人間たちとエルフたちの別れのときはやってきた。

「もう行きなさるか、名残惜しいが仕方がないのう。短いあいだじゃったが、君たちとは昔からの友人だったような気がするよ。気をつけて行きなさい。次に来る日を、楽しみにしているよ」

 見送りに来てくれたテュリューク統領と、エレオノールは握手をかわした。

 見渡せば、テュリュークの後ろには見えるだけでも数千人のエルフが埠頭を埋め尽くしていた。別れを告げに来たエレオノールと、水精霊騎士隊、銃士隊の面々はその中に、見覚えのある顔が気づけば数え切れないほどあるのに気づいた。

 皆、自分たちとの別れを惜しんでくれている。見世物の動物や、安いアイドルのコンサートなどとは違う、直に語り合って触れ合ったからこそ生まれる魂の結びつきがそこにあった。

「この光景を、今回限りのものにしちゃいけないな」

 整列した水精霊騎士隊の中で、レイナールがぽつりとつぶやいた言葉に、聞いていた数人の仲間がうなづいた。

 見送りの式典は、華美さや仰々しさをはぶいた簡素な形で進み、代表者数人によるあいさつを中心にしたほかは目立ったイベントなどもなかった。テュリュークとエレオノールの元で、式典は儀礼に完璧に乗っ取った形で進行し、最後にビダーシャルがいつもどおりの真面目一辺倒な顔で、人間たちの前に立った。

「この一週間、ご苦労だった。言うべきことは、すでに皆によって言い尽くされているから私からは特にない。強いて言うとすれば、努力を怠るな。我々の今いる状況は安定したものではなく、非常にもろいガラス細工だということを忘れるな。本来ならば、使者として私も同行したいが、ネフテスの再建と安定も楽ではないからな」

 そこで口を閉じたビダーシャルの言いたい事はわかった。

 壊滅したアディールの街の形だけは直ったが、内部組織はテュリュークの手でかろうじて支えられている状態だ。超獣軍団の猛攻で軍が壊滅し、勝利は収めたものの人心はどんな小さなきっかけでも崩壊するかわからない。評議会はその象徴であった塔もろとも威厳を崩れ落ちさせ、役立たずを露呈した議員たちの代わりはまだ見つかっていない。

 それに、鉄血団結党の残党や、まだ人間に憎しみを燃やすエルフを抑えるために、その他の些事も含めるとビダーシャルがネフテスを離れるわけにはいかなかった。

「ただ、ひとつだけ願っておこう。我が姪と、勇敢な馬鹿者たちを頼む」

「わかりました。こちらこそ彼らには世話になるでしょうしね」

 東方号にはルクシャナのほか、数名のエルフが乗り込むことになっていた。ネフテスのことを、直接トリステインに伝えるための使者としてと、留学生としてである。また、反対に、こちらからも銃士隊員数名が残ることになっている。王家親衛隊である彼女たちならば、その資格はじゅうぶんにあるといえた。

 もっとも去り際に、「副長、今度来るときには花嫁衣裳見せてくださいよ」とか、「私たちもこっちで頑張りますから、いっしょに砂漠で合同結婚式なんてどうですか?」などと公私混同もはなはだしいことを平気で言っていたから先が思いやられる。トリステインの男にはろくなのがいないとかねてから言っていたが、ハーフエルフを量産するつもりなのだろうか?

 

 まだお互いに名残は尽きない。しかし、終わりは迎えなくてはいけない。

 

 最後に、ルイズとティファニアが前に出てテュリュークと向かい合った。

「お世話になりました。統領閣下、わたしたち人間を……そして虚無の担い手を、友として認めてくれてありがとうございました」

「わたしも、最初は怖かったですけど、ここに来て本当によかったです。ハーフエルフは中途半端なものじゃなくて、ふたつの種族の架け橋になれる大切なもの。今なら、自信を持ってそう言うことができます!」

 ルイズと、特にティファニアは見違えるほどたくましくなっていた。この地に来てから、彼女が自分の母についてなにを聞いたのか、それは誰にも語らないし、誰も聞こうとはしていないが、明らかに彼女のなにかが変わった。そんな雰囲気を漂わせていた。

 集まったエルフたちの視線は、ルイズと、多くはティファニアに集中していた。彼らも皆、ふたりがシャイターンの末裔だということを知っているが、そのまなざしは優しい。伝説などではなく、身を張って自分たちを救ってくれたティファニアの姿が、彼らの理解を得たというなによりの証拠であった。

 だが、使い手のうちふたりがエルフに敵対する意思がなくとも、シャイターンがエルフにとって潜在的な脅威であり恐怖であるのは変えようがない。そこで交わされたひとつの約束を、テュリュークは皆に聞こえるようにして言った。

「では、そなたたちの始祖の祈祷書はわしが確かに預かっておく。しかと見届けよ、よいな?」

 あの日の約束どおり、虚無の秘宝はエルフの手に渡った。これで、ほかの虚無の担い手が悪意を持ったとしても虚無魔法が完成することはない。代わりにルイズたちも新たな虚無魔法を得ることはできなくなったが、安い代償だとふたりとも思っていた。

「よろしくお願いします。もし、わたしたちを疑うようならば約束どおりに処分していただいてかまいません。けど、正直そんなもので友情のあかしになるなら、いくらでも持っていってくださいという気分ですよ」

 それは偽らざる本心だった。虚無魔法は惜しくないと言えば嘘になるが、それでエルフとの和解がかなうというのであれば答えは最初から決まっている。それに、始祖ブリミルが虚無魔法を残したのは、聖地を『取り戻すため』であり、『奪い返すため』ではない。虚無魔法と引き換えに平和が手に入るなら、それで役割は十分に果たせる。その点、誰にも一辺の後悔もなかった。

「シャイターンの……いや、もう小難しい感想を述べてもなにも変わらんの。そなたらのような者が、この時代に生まれておったことを大いなる意志の導きに感謝しよう。そして、またの出会いがあることを、ネフテスすべてを代表して願わせてもらおう。さらばじゃ、遠い国から来た友人たちよ!」

「皆さんも、お元気で」

 友人としてのあいさつを経て、別れの式は終わった。

 

 

 今こそ、旅立ちの時。涙ではなく笑顔で別れ、必ずここにまた来ると、誓いを込めて船は飛び立つ。

 

 

「反重力装置、動作正常。船体重量軽減に問題なし」

「水蒸気機関、一番から四番始動。各プロペラに動力伝達……いくぞ、東方号……発進!」

 轟音とともに水しぶきをあげて、東方号は再び大空にその巨体を浮かび上がらせた。

 全長四百五十メートルの巨体が、四基のプロペラを持った翼に風を受けて舞い上がり、アディールに巨大な影を投げかける。

 見下ろせば、手を振ってくる大勢のエルフたちがいる。東方号は一回アディールの上空をくるりと旋回しながら、眼下に色とりどりの紙ふぶきを降らせた。

 まるで春の桜吹雪にも似た美しい光景が、別れの置き土産。これを最後に、東方号は一転して西へと舵をきった。

 さようならエルフの国、目指すは皆の故郷ハルケギニア。

 

 そのとき、アディールの市内でいまだに眠っていた土色の巨竜が目を開いた。

 立ち上がり、空に向かって吼えるとゆっくりと歩き出す。しかし驚くエルフたちを尻目に、街には一切の破壊をおこなわずに郊外に出ると、西の空を仰いでから、あっというまに地底へと潜って消えた。

 その目の見ていた先は、ハルケギニア? それとも?

 

 ゴモラも立ち去り、アディールは一見すると一週間前と何一つ変わらない、何事もなかったかのような姿になった。

 しかし、街の形は同じでも、そこに生きる人々の心は大きく変わった。

 六千年の因習を超えて、新たな道を歩もうとしているネフテスの未来は光か闇か。大いなる意志さえも、なにも答えてはくれない。

 だが、自らの運命を力強く乗り越えていく船と、それに乗る人間たちの姿は、確かにエルフたちの胸に刻まれていた。

 

 

 続く


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