ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第84話  守護鳥獣VS三億年超獣

 第84話

 守護鳥獣VS三億年超獣

 

 怪魚超獣 ガラン

 高原竜 ヒドラ

 友好巨鳥 リドリアス 登場!

 

 

 ヤプールは、らしくもなくうろたえていた。

「うぉのれぇぇ! あと一息でつぶせたというものを、なんだあの怪獣どもは。なぜ人間どもに味方するのだ!」

 マイナスエネルギーの波動を振りまきながら、ヤプールの怒号が響き渡る。

 東方号を破壊せんものと、その眼前にまで迫っていたガランを跳ね飛ばし、挟み撃ちにして吼える二匹の怪獣。

 一匹は、ワシのような頭部と屈強な四肢を持つ、鳥人にも似た容姿を持つ土色の大鳥。

 もう一匹は赤いとさかと骨翼のような細長い翼を持つ、青い鳥の怪獣。

 その二匹が東方号と、人間たちとエルフたちを守るように現われ、今、超獣へと立ち向かおうとしている。

 

”これはいったいどういうことなのだ?”

 

 さしものヤプールの想定も大きく超える出来事に、同じことを人間たちもエルフたちも思った。

 あの二匹の怪獣は、自分たちを守ってくれるというのか? なぜ? いったい何ものなのだと?

 しかし、テュリュークは現れた二匹の怪獣を見て、感動にふけるように目を潤ませていた。

「おお……あれこそ、古に聖者アヌビスとともにあったという……大いなる意志よ。やはり、伝説は本当だったのですな」

 代々、ネフテスの統領しか閲覧することを許されない古文書。それに記された絵に出てくるうちの一匹の怪獣と、遺跡の入り口にあった石像、そして砂漠から現れた怪獣の姿が一致する。

 古文書にはこうある。再び、世界に大厄災の兆しが現れるとき、地に眠れる守護者たちは目覚めて、心ある者たちを助けると。

 

 そしてそのころ、ようやく遺跡から地上に上がってきた才人たちも、眼前に広がる壮絶な光景に息を呑んでいた。

「ええっ! か、怪獣が、三体!?」

「あれは、ヤプールの怪魚超獣ガラン! それに、あっちのは確か……高原竜・ヒドラ!」

 頭の中に叩き込んであった怪獣と超獣のデータを引き出して、才人は叫んだ。

 超獣がいるということは、やっぱりヤプールは東方号をつけていたのか。しかし、どうしてヒドラがここに……?

 高原竜ヒドラ、科学特捜隊の時代に伊豆の大室山火口から出現した怪獣で、テロチルスやバードンなどと同じく日本に有史以前に生息していた古代翼竜の生き残りとも言われている怪獣だ。だが、その生態には謎が多く、はっきりとした正体はわかっておらず、初代ウルトラマンとの交戦中に逃亡後消息不明となり、現在なお幻だったのではという説さえある。

 さらに、もう一匹の怪獣……GUYSアーカイブドキュメントにもデータのない、名も知らない怪獣だが、才人とルイズはその怪獣に確かに見覚えがあった。

「ルイズ、あの怪獣、覚えてるよな!」

「ええ……祈祷書のビジョンに出てきた、始祖ブリミルたちといっしょに戦っていた怪獣! まさか、生きていたの」

 夢でも幻でもない。その怪獣こそ、エギンハイム村の森の地下に眠っていて、翼人たちに守られていた、友好巨鳥リドリアス。ムザン星人とガギとの戦いの後、どこかに飛び去っていたはずなのに、不思議な力に導かれてここにやってきた。そう、彼らがかつて共に戦った大切な仲間と同じ、かけがえないものを持つ者たちを守るために。

 

 驚くルイズたちの見守る前で、怪獣たちは何も答えず、戦いは待たずに始まった。

 

 ヒドラ&リドリアス対ガラン。

 怪獣と超獣のバトルは、まずはヒドラがくちばしでガランをつつきまわした。鋭いくちばしでの乱打で、ガランの無数に生えているうろこがちぎられて落ちていく。

 苦痛で吠え立てるガラン、さらに怒りを増すヤプールの怒声が響き渡る。

「おのれぇぇっ! あくまで邪魔しようというのか。許さんぞ! ならばガランよ、先に目障りなそいつらから始末してしまえ!」

 命令を受けるまでは棒立ちに近かったガランだが、命令を受けると素早くそれを実行した。異常に発達した腕を振るい、ヒドラを弾き飛ばすと、向かってきたリドリアスに破壊フラッシュを放った。爆発が起こり、ひるまされるリドリアス、しかしその後方から再びヒドラがぶつかってきて、強靭な腕でガランと格闘戦にはいった。

 体長八十五メートルと、ウルトラマンAをさえ大きく上回る巨躯を誇るガランに対してヒドラは六十メートル。鋭い爪でガランをひっかいてウロコを傷つけ、ガランが体躯を活かして上から攻撃をかけてこようとすると、素早く動いて背中についているヒレを引きちぎろうとする。

「なにをしている! そんな怪獣ごとき、超獣のパワーで叩き潰せぇぃ!」

 ヤプールは激昂し、ガランは豪腕をふるうがヒドラはひるまない。くちばしと爪の攻撃で食い下がり、ガランに傷を与え続けている。しかもガランがパワーで圧倒しようとすると、リドリアスが空から体当たりしてガランの姿勢を崩させて援護するではないか。

 超獣は怪獣よりも強いはずなのにとヤプールは怒り、見守っている人間やエルフからは喜びの声があがり始めた。

「あの怪獣たち。強いじゃないか!」

「ああ、いいぞ! やっちまえ!」

 しだいに、ヒドラとリドリアスを応援する声が増え始めた。その中にはギーシュたち水精霊騎士隊や、大勢のエルフも混じっている。わずか数分の間とはいえ、ともに戦ったことが彼らを戦友の間柄へと変えていた。

 一進一退の攻防が続き、体当たりをかけるヒドラ、尻尾でなぎ払うガラン、攻撃の余波から人間たちを守ろうとするリドリアスが大地を踏み鳴らすたびに砂漠が震え、雄たけびが大気に悲鳴をあげさせる。

 ガランが口を大きく開いた。その喉の奥から真っ白い煙が吹き出してヒドラを襲う。

「ガランガスだ!」

 才人が悲鳴のように叫んだ。ガランの吐き出すガスは、別名をデボンエアガスともいい、浴びた物体を分解してガランガスとまったく同じ成分にした上で吸い込んでしまうという恐るべきものなのだ。コンクリートのビルでさえ一瞬で消滅させ、エースも苦しめたそれがヒドラに向かう。

 が、鳥怪獣に対してガス攻撃が効かないのは誰が考えてもわかることだろう。ヒドラは背中の翼を大きく羽ばたかせ、ガランガスをあっさりと吹き飛ばしてしまった。

 さらに、突風でよろめいたところにヒドラは口から火炎を吐いて攻撃する。すると、元々は魚のガランに対しての威力は抜群で、背びれが焼け焦げて苦しげな声を出した。

 

 ほぼ五分の戦い。いや、攻撃の勢いではヒドラが押し始めている。

 

 超獣の強さを知ってるルイズは、善戦するヒドラとリドリアスに感心しながらも才人に尋ねた。

「ねえサイト、あのサカナモドキの超獣って弱いの?」

「いいや……ありゃたぶん、相性の問題だろうぜ」

 才人は確信げに答える。ガランは確かに強豪とまで言える超獣ではないが、それでも豊富な武器を備えていて決してあなどれる相手ではないはずだ。それなのに怪獣に押されているのは、ガランとヒドラの性質の違いが大きいと思われる。

 簡単に言うと、自己の意識が希薄でテレパシーでの命令に従って暴れるガランと、自分自身の意思で戦うヒドラとの差だ。ガランは命令を受けるために、どうしても行動がワンテンポ遅れる上に機械的な行動になってしまう。元が魚だったのだから知性が乏しいのは仕方がないといえば仕方ないが、これは大きな差だ。なにせ、ヒドラはウルトラ兄弟の中でも格闘戦に秀でている初代ウルトラマンを、スペシウム光線を使われるまでほぼ圧倒していたほど猛烈な攻撃をするのだ。

 それに、今見たとおりガランガスは風を起こせるヒドラに対しては極端に相性が悪い。卑怯な手を使って東方号やエルフたちを狙おうとしてもリドリアスに邪魔される。リドリアスは、ガランの攻撃が人間やエルフに向かおうとする度に、身を挺して彼らを守っていた。

「やっぱりあの怪獣は、六千年前に始祖ブリミルと……その当時のガンダールヴといっしょに戦っていた、あの怪獣なのね」

 ルイズが、人々を守りながら戦うリドリアスの姿に始祖の祈祷書のビジョンで見た、怪獣たちすら傷つけまいとしながら戦うブリミルと仲間たちの記憶を呼び起こしながらつぶやいた。すると、才人がファーティマを背負っているためにルイズに預けられていたデルフリンガーが言った。

「懐かしいな……リドリアス、またお前に会えるとは夢みたいだぜ。お前さん、もう目覚めてたのかい」

「リドリアス? あの怪獣はリドリアスっていうの?」

「そうさ、六千年ぶりだぜ。ガンダールヴの翼として、大空を駆けたあいつの勇姿をもう一度見れるたぁな。変わってねえな、俺も生まれてすぐにあいつの背で振られるようになったが、あんときは楽しかったな。ま、おれはだいたい敵の攻撃を受けるのに使われてばっかしだったんだが」

 しみじみと語るデルフの言葉を、才人とルイズは黙って聞いていた。またどうせ、今になって思い出したというのだろうから突き詰めて聞くだけ無駄だということはわかっているし、デルフにはデルフの心情があったのだろう。しかし、あの太古のビジョンの当人がまだ生きていたとは本当に驚きだ。

「怪獣って、長生きなのね」

「いいや……やっこさんでも、さすがに六千年も生きられやしないよ。思い出したぜ……あの戦いが終わった後、リドリアスはほかの生き残った仲間たちといっしょに深い眠りについた。ブリミルたちが一命を賭してさえ、解決し切れなかった危機が未来に蘇ったときのために」

「自らを、封印? そこまでして備えるって、解決し切れなかった危機ってなんなのよ?」

「……思い出せねえ」

 やっぱりね、ルイズと才人はため息をついた。デルフは魔法で作られた精神体が剣に寄生している、いわば岩石宇宙人アンノンのようなものらしいので、記憶構造も人間とは異なっているらしい。もしかしたら、特定のタイミングで記憶が蘇るか、特定のタイミングが来なければ記憶が再生しないようになっているのかもしれないが、確証はない。

 ガランとヒドラは激闘を続け、ときたまリドリアスが援護をかけている。

「けど、だったらどうしてあの二匹は今現れたの? わたしたちのピンチを、どう知ったっていうの?」

「野生の勘……いや、ハーフエルフの嬢ちゃん、あの子が呼んだんだろうな」

「ティファニアが? どういうこと?」

「……自覚はまだねえだろうけど、あの子はよく似てるんだよ……俺をふるって、救えないものまで救いたがった、不器用で危なっかしいくらい優しい、あの娘とな」

 デルフの心にぼんやりと、ティファニアのシルエットが槍を握って勇敢に戦うエルフの少女と重なる。

 そのとき、リドリアスがティファニアのほうを向いて鳴いた。それは、巨体でありながら小鳥や子犬のように優しい声で、歌うようなその音色は、殺伐としかかっていた人間とエルフたちの心に落ち着きを取り戻させた。

「えっ! なに、わたしを呼んでるの?」

 リドリアスの視線を感じて、ティファニアは手にずっと握り締めていた輝石を見つめた。輝石は静かにまたたき続けており、まるで生きているような感じを受けた。

 けど、ぼっと見つめてる時間はなかった。リドリアスのなにかを訴えるような視線から、ティファニアは今自分がすべきことを思い出した。

「そうだ! サイト、はやくその人を手当しないと!」

「あっ! そうだった。今なら東方号に乗り込めるぞ、急ごう」

 東方号にはクルデンホルフの用意した最新の医療設備が搭載されている。後に数千人単位での搭乗も想定されているので、現在は満載ではないものの医薬品や水の秘薬の備蓄も多い。エルフの魔法で傷だけは治せても、失血や体力の消耗などは治療が必要だ。

 ウルトラマンAになってヒドラとリドリアスを援護しようかと思いかけていた才人とルイズは、東方号へと急いだ。大丈夫、あの二匹は強い! そもそも鳥が魚に負けるものか、魔法で足を貸してもらいながら彼らは急ぐ。

 

 守るために自ら蘇った伝説と、壊すために無理矢理太古の時代から引きずり出されてきた化石の戦いは佳境に入っていた。

 激闘で疲労し、羽根を舞い散らせながらも果敢に戦うヒドラ。ガランは破壊フラッシュでヒドラを苦しめながらも、ヒドラも負けずに突風と火炎攻撃で渡り合い、リドリアスも破壊光弾を放ってガランを追い詰めていく。

 そしてついに、ガランが弱って砂漠に倒れこんだ。ここぞとばかりに、ヒドラはガランの上を取ってくちばしでつついていく。

「どうしたガランよ! 立て、立ってひねりつぶせ!」

 怒りを最大限に燃え上がらせたヤプールの叫びがガランを叱咤する。しかし、もはやガランには命令を実行するだけの余力は残っていなかった。冷静さを取り戻したコルベールが、ヤプールに冷たく言い放つ。

「無駄だヤプール、あの超獣はもう戦えまい」

「なんだとぉ!」

「いくら改造を施したとはいえ、砂漠の熱気の中でいつまでも魚が平然としていられるとでも思っていたのか? 我々でさえ、エルフたちの大気の精霊の加護がなければ一時間と持たない酷暑だ。貴様もそれを承知していて、砂漠の地下水を出現と同時に噴出させて冷やさせていたんだろうが、戦いが長引きすぎたな」

「うぬぬぬぬ……」

 遊ばずに、さっさと東方号を破壊しておけばよかったとヤプールは後悔した。まさか、見下していた人間にこうまで冷静に指摘されるとは、ヤプールにとっては憤怒以外の何物でもない。

 ガランも、環境が整えば強かったのだろうが、今回はあまりにもガランにとって不利な条件が過ぎていた。抵抗力の衰えたガランを、ヒドラとリドリアスが後ろ足で掴んで空へと飛び上がる。翼を大きく羽ばたかせ、クリーム色の竜巻を巻き起こしながらの急速上昇、みるみるうちに高度数千、数万メートルの高高度へと達していく。

「すげぇ……」

 恐るべき上昇力、風竜を見慣れたエルフたちも飛翔力のあまりの速さに舌を巻いた。もし彼らが地球人であれば、ロケットのようだと評したに違いないが、あいにくとこの世界には匹敵するほどのものがなかった。

 そして……成層圏。彼らは掴んでいたガランを放した。

 後は重力の赴くまま、飛行能力を有しないガランは対抗できない星の力によって奈落の淵へと落ちていく。

 落下加速度、毎秒9.8mとすれば、落下のエネルギーは速度と質量に比例するから、六万トン×落下の終末速度となる。わざわざ計算などしなくとも、誰にでも莫大なエネルギーが墜落と同時に放出されることがわかるだろう。そしてこの場合、その事実がわかるだけで十分であった。

 星の引力という強大なパワーによって、隕石と化しつつあるガラン。ヤプールは、怒りに燃えながら空に手をかざした。

 青空が割れて、異次元ゲートが不気味な口を開く。

「やむを得ん。今回は敗北を認めてやるわ。だが覚えていろ! 次はさらにパワーアップしたガランを持って、貴様らを必ず叩き潰してくれるわ!」

 落下中にガランをゲートで受け止めて撤退させようというのか。ヤプールは自らの作戦の不備を認めて、後日の報復を宣言した。

 だが、異次元へと通じる地獄の門へ向けて、東方号の甲板から青い矢のような閃光がほとばしった。

 

「リージョン・リストラクター!」

 

 閃光は異次元ゲートに突き刺さり、次の瞬間ゲートは水溜りが蒸発するように縮んで消滅してしまったではないか。

「なにいっ!?」

 ヤプールの絶叫がこだまし、ガランはなにもない空間を素通りして落ちていく。

 異次元ゲートを消滅させた光。東方号の甲板では、ガッツブラスターを構えた才人が不敵に笑っていた。

「ざまあみろヤプール。お前の思うとおりにさせるかってんだ!」

 ガッツブラスターの先端には、キャプチャーキューブとは違った緑色のアタッチメントパーツが取り付けられていた。

 これこそ、対異次元人ヤプール用のメテオール、リージョン・リストラクター。異次元空間封印用メテオール、ディメンショナル・ディゾルバーのプロトタイプといえる兵器で、同じようにヤプールの異次元ゲートを強制的に閉鎖させることができる。効果は短時間であるのが欠点だが、携帯できるくらいの大きさなのが大きな利点だ。

 背負っていたファーティマを銃士隊に渡して、甲板にルイズとともに残った才人は、ガッツブラスターの引き金のリングに指を入れてくるくると回して、この改造ガッツブラスターを誇らしげに握り締めた。

 才人のガッツブラスターが特別なのは、このアタッチメントパーツで自由にメテオールを使い分けられることにある。一般隊員のトライガーショットがGUYSメモリーディスプレイを使い、隊長の許可で一分間だけ使えるのに対し、才人は別世界で単独行動が主になることから、特例中の特例ということで携帯武器に関してのみメテオールの自由使用が認められていたのだ。

 むろん、これはメテオールの使用実績が増えて、運用の安全性が増したということも関わっている。だが、それを考慮しても、入隊試験も受けていない高校生にメテオールの全面使用許可を出すというのは前代未聞。それだけ、リュウ隊長やサコミズ総監の才人への期待が大きいしるしであろう。

 逃げ道を塞がれ、ガランは背中から真っ逆さまに砂漠に墜落した。これだけの高速と質量では、いかに砂で出来た砂漠でも衝撃緩和の役にはまったく立たない。皮膚を思い切り叩かれるような衝撃が空気を伝わって才人たちの体をしびれさせる。エースリフターで投げ飛ばされるよりも強烈な衝撃を受けて、ガランは体をわずかにけいれんさせた後で、両腕を上げようとした。しかし、そこで力尽きて断末魔の鳴き声とともに、内部から大爆発を起こして消滅した。

「いよっしゃあ!」

「ガ、ガラーン! お、おのれぇぇぇーっ!」

 才人のガッツポーズと、苦悶の表情で叫ぶヤプールの姿が対極的に砂漠という無地のキャンパスに映えた。

 木っ端微塵に吹き飛んだガランの破片は砂漠に舞い散り、砂に埋もれて消えていく。古代魚から作られた、破壊することのみを生存の目的とする操り人形は、その上空を飛ぶ、己の意思で生きる者たちにはかなわずに敗れさったのだった。

 

 東方号は無事で、水精霊騎士隊、銃士隊は全員無傷。エルフたちもテュリューク統領以下、ビダーシャルをはじめほとんどが傷つかずに残ることが出来た。しかも、ウルトラマンの助力を借りずにである。

 それを成し遂げた、ヒドラとリドリアスは東方号の上を旋回しつつ、まるで再会を喜び合っているように鳴いている。

 勝利……砂漠から立ち上るガランの残骸からの煙もしだいに薄れていき、大気に満ちていたマイナスエネルギーの不快な波動も消えていく。

 しかし、世界が元に戻ろうとする中で、決して消えない黒い一点が砂漠に残っていた。

「……」

「ヤプール! 超獣は倒された。お前の負けだ! 我々は、お前の暴力に決して屈したりはしないぞ!」

 背中を向けたまま立ち尽くすヤプールの人間体へ向かって、コルベールは叫んだ。隣ではテュリューク統領が、少し離れた場所では水精霊騎士隊やエルフの騎士たちが遠巻きにヤプールを睨みつけている。いっせいに攻撃を仕掛ける好機ではあるのだが、いまなおヤプールの放つ絶大な負のエネルギーが彼らが近づくことを拒ませていた。

「ガラン……おのれ、バキシムに続いて今回もまた……きさまら、よくもこの私をコケにしてくれたな」

 太陽の光を斜めに受けて、砂丘に伸びるヤプールの影が巨大な悪魔の姿に変わる。とげとげしく、まさに悪魔と呼ぶにふさわしい、ヤプールの真の姿のシルエットに、見つめていた人間とエルフを問わずに背筋に冷たいものが走り去っていた。

 この広大な砂漠からしたら、ほんの一点のしみにしか過ぎないというのに、ヤプールの周りだけ寒波が襲っているかのように異様な空間と化してしまっている。

 はるか離れた東方号の甲板からも、ヤプールの絶大な怒りのマイナスエネルギーは感じられる。しかも、今までにない規模の、噴火寸前のマグマのようにドロドロと煮えたぎるすさまじいパワーが膨れ上がりつつあり、戦慄しながらもルイズはヤプールに向けて叫んだ。

「ま、負け惜しみはよしなさい! あなたの姑息な策は破れたわ。人間とエルフは相容れないものなんかじゃない、それが今証明されたわ。もう、これ以上ふたつの種族が憎みあうこともなくしてみせる。わたしたちの勝ちよ!」

「なにを……人間ごときが、きさまらごとき下等生命体が、我らを見下すか! 許さん、きさまら絶対に許さんぞぉ!」

 触れるものすべてが腐りはて溶けてしまうのではないかという、憎悪のマイナスエネルギーの波動がほとばしる。

 悪意、邪念、憎悪。ハルケギニアとサハラの人間とエルフの負の心を吸収し続けてきたヤプールから、人間の姿には収まりきれないほどの悪のパワーが吹き出し、ヤプールのそばの空間が割れて異次元ゲートが発生した。

「なにっ!? リージョンリストラクターで封じたから、しばらくはゲートを開けないはずじゃあ!」

「我らヤプールをなめるなよ! この世界で得たマイナスエネルギーの量はすでにじゅうぶん過ぎるほどに溜まっている。見るがいい! 我ら異次元人の悪魔の力を!」

 異次元ゲートの奥から、暗黒の中で揺らめく複数の異形の影が覗き見え、すさまじい音量の超獣の声が響き渡る。それはまさしく悪魔の軍勢のうなり声、戦慄と恐怖の中でルイズはつぶやいた。

「ち、超獣!? あ、あんなにたくさん……うそでしょう」

「ククク……なにを驚く? これらはみなお前たちの生み出したマイナスエネルギーによって育ったもの、いわばお前たちの子供のようなものだ。本来ならば、お前たち人間とエルフが殺しあうだけ殺しあった後に、一挙に殲滅してやるつもりであったが、きさまらが和解などをするようであれば話は別だ……手始めに、まずはエルフども、貴様らから滅ぼしてくれる!」

「な、なんだと!」

 ヤプールの恐るべき宣戦布告に、テュリュークらエルフたちの顔色が変わった。ヤプールはそれを愉快そうに眺め、高らかに笑いながら恐怖の計画を語り始める。

 

「クッハハハ! ここに我は予言しよう。今から三時間後、ネフテスの首都アディールは十体以上の超獣と怪獣の軍団に蹂躙されて、ひとりの生き残りもなく地上より姿を消すであろう!」

 

 今度は、怒りも驚愕の声も即座には流れなかった。それだけ、今のヤプールの宣言は悪夢じみたものであり、一切の否定の余地なく、それを実行可能な戦力があると誰の目にも思い知らされるだけのものが、そこに存在していたからだ。

 テュリュークだけでなく、無表情が常のビダーシャルも顔を引きつらせ、邪気に当てられて倒れかけたルクシャナはアリィーに支えられてかろうじて意識を保っている。ほかのエルフたちも、目の前にある否定のしようのない絶大な悪のパワーに、あるものは失神し、あるものは吐き気を覚えてうずくまる。

 さらにヤプールは、異次元ゲートを背にし、才人とルイズのほうを向いて言った。

「ふっふっふ、今度という今度は我々の勝ちだ。これこそ、宇宙警備隊との決戦のために、用意していた超獣軍団よ。まだ完全ではないが、それでもこのちっぽけな国を消し去るには十分な戦力だ。さらには、この地に眠っている怪獣たちをマイナスエネルギーで支配して我らの手駒と化させば、この世界にいるすべてのウルトラマンが集まったとしても太刀打ちできまい!」

「なんだと! ヤプール、てめえ!」

「くぁはっははは! いまさら後悔しても遅い。恐怖の中で自ら滅ぼしあっていれば、まだしも長生きできたものをな! マイナスエネルギーの供給源とならないなら用済みだ。死を目の前にした絶望の中で、断末魔をあげる数万の声となって最後の役に立ってもらおう」

最後の役に立ってもらおう」

「やめろ! 相手にならおれたちがなってやる。関係ない人たちに手を出すな」

「そうはいかん。ここで貴様らを屠ったところで我らの怒りは治まらん! 貴様らが、守ろうと志していたものが灰になっていくのを見て悔しがる様を見ない限りはなあ! 貴様らはせいぜい歯軋りしておけ。急いで追ってくるなら好きにするがいい、ネフテスの滅びる様をその目で見てから死ぬだけだがなぁ!」

 ヤプールは次元の裂け目に歩み去り、黒衣の人間体に代わって、異次元空間に揺らめく不明瞭な紫色の人型が多数現れた。

 あれが、ヤプール本来の姿……異次元空間に集まった悪意……生き物の負の心、誰もがなくてよいと思い、忌み嫌う感情が凝り固まった形である。見れば心には恐怖が芽生え、声を聞けば怖気が走る。

「さらばだ、人間にエルフども。お前たちは運がいい、この国のほかの連中よりも少しだけ長生きできるぞ。わしの情け深さに感謝しろ。ふはははは!」

「待て! 待ちやがれヤプール!」

 才人の叫びも虚しく、異次元ゲートは消滅し、ヤプールの哄笑の余韻だけが残った。

 

 砂漠には灼熱の太陽が戻り、陽炎がゆらめく自然の風景が戻る。

 しかし、茫然自失とする暇も、現実逃避する権利も彼らには与えられていなかった。

「あと三時間で、アディールは十匹以上の怪獣と超獣に襲われる……そうなったら、アディールは終わりだ!」

 あのヤプールの言葉がはったりだとはとても思えなかった。ベロクロン一体でさえ、かつてトリスタニアを焼け野原にし、トリステイン軍を壊滅させているのだ。いかなエルフといえどもかなうわけがない。増して、現在エルフの守りの要である空軍艦隊は半壊状態……とてもではないが、時間稼ぎすらできるかどうか。

 ならば、行くしかない。そこでなにができるかなど考える必要はない、行かないという選択肢はそもそも存在しない。

 東方号に人間たちはすべて乗り込み、乗艦を失ったエルフたちも全員同乗した。中にはまだ蛮人の船に嫌悪感を示す者も少なからずいたが、彼らも自分の嗜好を表現する場をわきまえていた。

 重力制御と水蒸気機関を全開にして、東方号は緊急発進する。さすが、本職のコルベールが指揮をとり、頭数が揃うと仕事が早いもので、銃士隊だけでやっていたときの半分程度の時間で砂を蹴立てて巨体が宙に舞い上がっていく。

 東方号のブリッジ、旧大和の昼戦艦橋にはコルベールとエレオノールのほかに、テュリュークとビダーシャルが招かれて進路を指示していた。

「北北西の方向へ、それでいいのですね?」

「そうだ。大気の精霊が方向を示してくれるから、万にひとつも間違いはない。それよりも、もっと速く飛べないのか? この船は」

「残念ながら、これが全速です……」

 焦った様子のテュリュークと、表情こそ変えずにいるが手足の動作に落ち着きがなくなっているビダーシャルに、コルベールはすまなそうに答えた。

 現在、東方号は可能な限りの速力を出している。蒸気釜の圧力は限界で、プロペラは千切れんばかりに回っている。恐らくはこの世界に存在するどんな乗り物はおろか、並の竜すら追いつくことは不可能な速度であろうが、それでも彼らの求める速さにはまったく足りていなかった。

「いくらヤプールでも、あの数の超獣を一度に動かすにはそれなりの時間が必要なはず。アディールが襲われる前に、市民に逃げるように勧告を出さなくては取り返しがつかないことになってしまう。すべてが終わってからついても……」

 ビダーシャルが、地平線しか見えない風景を睨みながらつぶやいた。彼も必死に冷静さを保とうとしているのだろう、いつもは立ったまま不動を保つ姿勢が何度も手足を組み替えて落ち着きがない。しかしそれも仕方がない、自分の故郷がこれから滅ぼされようとしているというのに、無感情でいられるような性格のものはそうそう多くはないものだ。

 けれど、もし風竜の一頭でも残っていたとしても無駄であったろう。風竜を休ませずに全速で飛んだとしても、渇きの大地からアディールまでは半日はかかる。前にアーハンブラ城から脱出に使った風石の装置は、携帯はしているもののごく短距離しか飛べない。あとあった非常用の魔法装置のほとんどは船といっしょにガランに壊されてしまった。

 いくら急いでも無駄……ヤプールの勝ち誇った笑みが浮かぶようだ。時間があるだけに、ヤプールの陰湿さがこの上なく憎らしく感じられてたまらない。

 だがそのとき、東方号の両翼にヒドラとリドリアスが現れた。

「うわっ! い、いつのまに」

 エレオノールが、窓外に現れた巨大な姿にびっくりして飛び上がった。だが、二匹の怪獣は襲ってくるわけでもなく、東方号と並行して飛んでいる。

 いったい、どういうつもりだ? 疑問の眼差しを向ける人間とエルフに見下ろされて、ヒドラとリドリアス、二匹の怪獣は東方号の左右について飛んでいる。その行動に、なにかの意味があるのだろうか……? 二匹は語ることはなく、しかし確かな意志を持ったその翼は、声なき言葉を語りかけながら風を切っている。

 

 

 その一方で、医務室に運び込まれたファーティマは、かろうじてその一命を取り留めていた。

 ファーティマの凶行は、すでにテュリューク統領も知るところとなっていた。本来であれば、重大な軍規違反で、そのまま処刑になってもおかしくはなかったが、被害者側からの助命嘆願で彼女は治療を受けられることとなった。

 死に掛けていたファーティマに施された、あらゆる手立ては幸か不幸か一応の成功を見た。容態は安定し、治療終了後に、ティファニアは病室に残されたファーティマを看病すると残ろうとした。だが、鉄血団結党のファーティマのそばにティファニアを残すことについてはほかが大反対した。それを彼女は。

「いいえ、だからわたしは残ります。この人がどれだけわたしのことが嫌いでも、わたしの中に流れる人の血は消せません。でも、どうせ嫌われるならわたしという人間を知ってもらえた上で嫌われたいんです」

 自分が理解されないのはなによりも悲しい。知った上で憎しみをぶつけられるなら、それと向き合っていくこともできるが、知られずにただ嫌われるだけというのはどうしようもなく虚しい。ハーフエルフのティファニアの感情の吐露を聞いた皆は、あくまで無理はしないでと言い残して、別の仕事に移っていった。

 しかし、やがて意識を取り戻したファーティマは、やはりティファニアを見て怒りをぶつけてきた。

「き、貴様、悪魔の末裔のひとり。ということはここは蛮人の船の中か。私を人質に、いいや悪魔の生け贄にでも使うつもりか!」

 とりつくしまもなく、ファーティマはわめきちらした。麻酔がまだ効いているおかげでベッドに寝かせられたまま動けず、暴れられこそしなかったものの、人と話すことがまだまだ苦手なティファニアでは落ち着かせることもできなかった。

 そこへ、助け舟に現れたのがルイズだった。ルイズは暴れるファーティマにめんどうくさげに近寄ると、壁にかけてあった鏡を外して、枕に頭を預けてあるファーティマの顔の前にかざした。

「なんだ悪魔め! 私に呪術でもかけるつもりか!」

「そんなご大層なものわたしは使えないわよ。はーい、ここで質問です。あなたの目の前にあるものはなんでしょうか?」

「……鏡だろう。それがどうした?」

「はい正解、その鏡に映ってる、青筋浮かべて目を血走らせたぶっさいくな顔した女は誰でしょうか?」

 ファーティマからの怒声はなかった。ルイズが鏡をどけると、彼女は怒りとは別の感情で顔を赤く染めている。

 ルイズは、ふぅと息を吐いた。人は悪事をする自分の姿を自分で見ることは出来ない、だから自分のおこないの醜愚を知らないままに他者を傷つけてしまう。ルイズは、妄信で己を見失っていたファーティマに、己自身を直接ぶつけたのだった。

 感情のままに醜く歪めていた自分の顔にショックを受けているファーティマを、ルイズはじっと見つめる。どうやら、まだ羞恥心は残っていたらしい。ほっとする、これでなおわめき続けるほど狂っていたとしたら、それこそ鎮静剤を叩き込むしかなかったところだった。

「大丈夫テファ、危ないことされなかった?」

「はい、ありがとうございますルイズさん。でも、ファーティマさんが……」

「ふぅ……あなた、甘いにも限度ってものがあるわよ。ミス・ファーティマ、わたしを悪魔と呼ぶのは勝手だけど、この子にぐらいはまともに対応しなさい。命の恩人なのよ」

「な、なに? それに、どうして私の名前を」

「そんなもの聞けばわかるわよ。一応言っておくけど、ぶっそうなものは全部預からせてもらってるわ。あと、わたしはテファほど優しくないから、魔法を使って悪いことをすればすぐに空のもくずにしてあげる。まあ、そんなことはどうでもいいわね。頭部裂傷、全身骨折箇所五箇所、内臓破裂、打撲箇所多数、その他もろもろで心肺停止状態。あんたがここに運び込まれてきたときの状態よ。正直、エルフの医者もさじを投げるような、ほぼ死人だったわ。そんなあんたがどうして助かったと思う?」

 ルイズの言葉に、ファーティマは感覚をたよりに自分の体を確かめた。麻酔で動かないけれど、全身の感覚は確かにある。思い出してみれば、かなり楽になったような気がした。普通では考えられないほどの治りの早さに怪訝とするファーティマは、ふとティファニアの指にはまった指輪を見て叫んだ。

「きさまっ! その指輪は」

「は、はいっ! えっと、これはわたしの母が故郷から持ってきたものだそうです。失われかけた命を呼び戻す力があるそうで。でも、傷まではふさげなかったので、すいません」

 うろたえながらティファニアは頭を下げた。その指輪は、三十年前にタルブ村で、吸血怪獣ギマイラとの戦いで命を落とした佐々木隊員を救った魔法の道具だった。母からこれを受け継いでいたティファニアは、あのときと同じように、これを使って絶命しかけていたファーティマを重傷の状態まで回復させていたのだ。

 しかし、指輪の力の源であった宝石はこれで力を使いきって消滅し、今ティファニアの指にはまっているのは台座だけにすぎない。それでもファーティマは、傷が開きかねない勢いでティファニアに怒鳴った。

「そんなことを言ってるんじゃない。お前がそれを持っているということはそうなんだな! シャジャルの指輪を」

「えっ! どうしてわたしの母の名前を……まさかあなた……母の一族」

 愕然とした様子でティファニアが言うと、ファーティマはそうだと怒鳴った。

 なるほど……ルイズは才人と同じく、ファーティマに感じていた違和感に気がついた。そう、この二人は他人の空似というには似すぎている……目つきこそファーティマのほうがやや幼げだが、それ以外の顔立ちはそっくりだ。

 ファーティマは、愕然としたままのティファニアに向かって怒りをそのままぶつけた。お前の母のシャジャルがハルケギニアに逃亡したせいで一族は裏切り者扱いされ、その日の食べ物にさえ事欠く日を送ってきたことを。

 しかし、怒りのたけをぶつけるファーティマとティファニアのあいだに、ルイズが突然割り込んできた。

「そこまで、もうそれぐらいにしておきなさい」

「貴様には関係ない、邪魔をするな!」

「わたしはテファの友人よ、理由ならそれでじゅうぶん。あなたこそ、不幸自慢大会はそろそろ見苦しいわよ」

「なんだと! 他人のくせに知ったような口をきくな!」

「不幸な目にあってきたのがあんただけだと思ってるの? あんた程度の労苦なんて別にめずらしいものでもないわ。テファだって、決して恵まれた育ち方をしてきたわけじゃない。天涯孤独で人目を避けて隠れ住む日々、むしろ苦難を分かち合う一族がいただけあんたのほうが恵まれてるわ。わたしはね、あんたみたいに自分の不幸を売り物にする奴がだいっ嫌いなのよ。なあにが選ばれた砂漠の民よ、あんたは誰かにかまってもらいたくてぐずる子供よ、いいざまだわ」

 容赦なく、見下しきった目のルイズの言葉がファーティマを叩いた。

 実際、ルイズはこういった輩が嫌いである。自分だって、ほかの貴族の子弟に比べたら、いい子供時代ではなかった。それでも、一度たりとてそれを他人のせいにしたことはないのだ。

 ファーティマは、ルイズの言葉に才人に言われたことも思い出した。あいつも同じことを言っていた。

 人間としての器の違いが、ファーティマにルイズに対抗する意思を奪っていた。ただ怒鳴り返すだけならできるが、それではルイズの見下した冷たい目を消し去ることはできない。

 そこへ、ティファニアがおずおずとながら、しかし強い決意を込めた目で入ってきた。

「ルイズさん、わたしにファーティマさんと話させてください」

「好きになさい。わたしはもう行くわ」

 ルイズは憮然として立ち去り、病室にはふたりだけが残された。

「……ファーティマさん」

「なんだ」

「母のこと、教えていただけませんか?」

「知ってどうする? お前にとって、不快になるだけだぞ」

「かまいません。わたしにとって、母の思い出は幼いときのわずかなものでしかありませんが、母はとても優しい人でした。その母が、そこまでのことを承知でハルケギニアまで来た訳……それを知らないと、わたしはずっと子供のままな気がするんです。それに、あなたの中の怒りや憎しみ、それがわたしを相手に吐き出せるなら、あなたを少しは楽にしてあげることができるかもしれません……ですから、わたしを憎んで怒ってください……それがあなたの生きる糧になるなら、わたしは受け入れます」

「……」

 悪魔と呼んでいた相手に、完膚なきまでに負けている。その屈辱が、ファーティマの心を焼いていた。

 

 人それぞれの人生と戦い……誰しもが、そのドラマの中では主役であり、脇役に下がることは許されない。

 

 すでに遺跡を飛び立ってから二時間が経ち、景色はまだ変わり映えを見せない。

 東方号の後部艦載機格納庫。才人はそこで、ゼロ戦をいつでも発進可能なようにエンジンを温めている。

「なにも起らねえはずはないと思ってたけど、悪い予感ってのはたいてい頼みもしないおまけを引き連れてやってくるよな。十匹以上の怪獣軍団か……さて、勝てるかな?」

 才人は、これから起きるであろう戦いが、間違いなくヤプールとの最大の激戦になるであろうことを予測していた。

 果たして、ウルトラマンAと未完の東方号でどこまで戦えるか。

 しかし、不思議と負けるとは思っていない。それは絶望を糧とするヤプールへの無意識の反抗か、才人にはわからない。

 

 だが決して、あきらめではない。

 死闘が待つアディールへ向けて、東方号はひた走る。

 

 

 続く


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