ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第69話  東方号爆破指令

 第69話

 東方号爆破指令

 

 甲冑星人 ボーグ星人 登場!

 

 

 幻のような夜が明けて、その日も太陽は当たり前のように東の空から現れた。

「朝……ね」

 造船所にある、艦長のような高級士官が宿泊する宿。その一室で、ベアトリスは窓から差し込む光で目を覚ました。

 シングルのベッドルームで、自分の手でカーテンを開けると、刺すような陽光が全身を照らして眠気を覚ましていく。続いて呼び鈴を鳴らすと、メイドがやってきて着替えを手伝わせてダイニングルームにやっていくと、エーコたちがすでに起きて待っていた。

「おはようございます。姫殿下」

「ええ、おはよう」

 テーブルの上にはすでに朝食が用意されていて、四人はそれぞれの席に着いた。

 それはいつものとおりの、当たり前の風景。

 だが、今日の風景はいつもとは違っていた。祈りの言葉を唱える前に、ベアトリスの目に入ってきたのは、額を白い包帯で痛々しく巻いたシーコの顔だった。

「シーコ、怪我の具合はいいの?」

「えっ? はい、昨晩寝る前に宿の医者に診せましたら、水の秘薬に頼るよりも自然に治るのを待ったほうが傷口が小さくなるそうです。もう痛みもありませんし、大丈夫です」

「そう、よかったわね」

 そう言ったものの、ベアトリスは複雑な思いだった。目が覚めたときは夢かと思ったものの、昨日のことはやはり現実だった。

 気まぐれで立ち寄った酒場での平民たちとのいさかい、その窮地を救ってくれた不思議な風来坊。

 そして……彼との話の中で聞いた、自分の中の価値観が崩れていく音。

 疲労と心労から、ベッドに崩れ落ちて睡魔に身をゆだねる直前、一晩ぐっすり眠れば忘れているかもと思ったが、やはりそうはいかなかったようだ。

「姫殿下? 具合でもお悪いのですか」

「いえ、なんでもないわ」

 知らないうちに顔に出ていたらしい。ベアトリスは、ごまかすように首を振って朝食をはじめた。

 とはいっても、本来ならば軍官僚が滞在する宿なので、昨晩の酒場に比べたら味気ないおかずしかない。軍人は質実剛健をむねとせよ……が、一応は建前であり、最近は軍費捻出のために建前が厳しく守らされているために、外から持ち込むことも示しがつかないからと断られた。

 ところが、今日は少しだけベアトリスの気分を明るくさせる材料があった。

「姫殿下、気分が乗らないときは少しだけ飲むのが一番ですよ。ビーコ、昨日のあれ出してよ」

「え? あ、わかったわ」

 シーコがビーコに言って出させたのは、一本のワインの瓶だった。それは、昨晩に寄った酒場で出されたもののひとつである。開けられずに飲み残されたそれを、ベアトリスが一人だけいっしょに飲めなかったビーコに「おみやげよ」と言って手渡したのだ。

 そのとき、ビーコは一瞬あっけにとられ、次いで目をむいて驚いた。

「えっ! わ、わたくしのためにわざわざ? ええっ!」

「なによ、せっかく人がプレゼント持って帰ったのにその態度。いらないならいいわよ」

「いっ、いえそんなことはありません。ありがたく、ちょうだいいたします」

 驚いたのも無理はない。いろいろとまかせてくれる腹心という自負はあっても、厳然たる身分の差は変わらない。せいぜい、お気に入りの部下という認識がせいぜいだろうと思っていた彼女にとって、それは大きな衝撃であった。

 だが実は、内心でベアトリスも大きく驚いていた。本当のことを言えば、ベアトリスにビーコのために手土産を用意するつもりなどはなかった。このワインは、ミシェルがこっそりと用意していて、別れ際にベアトリスにビーコに渡すように言って手渡していたのだ。

 当初はベアトリスは乗り気ではなかったが、確かにビーコの労をねぎらうのに無駄になるまいと言うとおりにした。それが、たかがワイン一本でここまで大きな反応を呼ぶとは思わなかった。ものはささやかでも、細かな相手への気配りが喜ばれることを、ベアトリスは学んだのだった。

 小さなワイン瓶の中身は、四人で分け合うとからっぽになった。しかし一杯ずつとはいえ、黒パンと、栄養価は高いが調味料のたいして使われていないスープという、年頃の少女の口にはどうしたって合わない食卓にいろどりを与えてくれた。

 

 食事を終えてしばらくし、身なりを整えた四人は宿の外に出た。そこには、昨日と同じようにミシェルが銃士隊員たちと待っていた。

「おはようございます。ミス・クルデンホルフ」

「ええ、おはよう」

 規則正しく敬礼するミシェルは、ベアトリスに覇気がないなと思った。やはり昨日のことがまだ響いているらしい。あれだけのショックをいっぺんに与えられれば当然といえば当然だ。自尊心と高慢さが美麗な人形に宿ったかのような彼女が、視線を足元に下げて考え込んでいる様は、ともすれば肩を叩いてはげましてやりたい欲求にかられる。

「ミス・ミラン、わたくしの顔になにかついているのかしら?」

「いいえ、それでは本日も我らが護衛つかまつります。よろしくお願いいたします」

 内心でどう思っても、それを顔に出さない経験は積んでいる。人から見たらお堅い騎士のイメージを崩さずに、ミシェルは部下たちを連れて、昨日と同じようにベアトリスの護衛について出発した。

 

 造船所は、昨日と同じように賑わっていた。人々の波は昨日見たときと変わらず、新・東方号こと戦艦大和も、城郭のごとき偉容を変わらずにそびえ立たせていた。

 だが、そこを歩くベアトリスたちの足取りは違っていた。昨日は道行く人を押しのけて、邪魔だとばかりに轟然と進んでいたのと一転して、道のすみを遠慮しているようにゆっくりと歩んでいた。

 それに、各所を視察するときの態度も昨日とは豹変していた。どことなく落ち着かず、スケジュールと遅れている箇所があっても、せいぜい急いでねと言うくらいで居丈高に急がせていた昨日とは打って変わっている。そのため、昨日彼女からクビを宣告された工場長などはミシェルに小声で「姫殿下には双子の妹がおられたのですか?」などと、本気で問いかけてきたほどであった。

 存在しない別人の出現を、ある者には本気で信じさせたほどのベアトリスの変貌。昨日までは、少女が虚勢と恫喝を駆使して精一杯背伸びをしようとしていたのが、今日はそれがなくなったことで、元々幼い容姿をしていることもあいまって、幼児のようにさえ小さく見えた。

 むろん、それは理由がないものではない。視察中の、常にまわりを気にするような態度、それにミシェルへの頻繁な問いかけが、それを物語っていた。

「ミ、ミス・ミラン、ここは……?」

「大丈夫です。昨日の酒場の客はいませんよ」

 必死で強がってはいるものの、おびえを隠せない様子のベアトリスにミシェルは言った。昨晩の、殺気立った平民たちに襲われたときの記憶が、外に出て平民たちに囲まれたとたんに一気に噴出してきたのだ。

 恐れを知らなかった彼女にとって、死の恐怖に直面した体験は大きかった。以前にも、パンドラ親子の事件の際に責任を問いかける生徒たちに囲まれているが、このときは相手も貴族であったし、大事にもいたらなかった。まったく未知の体験、特に恐怖は人間の記憶に強く残る。自転車に自在に乗れるようになった子供は、よく坂道で遊ぶけれども、一度こけてひざこぞうをすりむけばぴたりとやめる。

 現在でもベアトリスは別に平民をさげすむ姿勢は変えていない。しかし、平民が貴族の前では必ずしもおびえる羊ではないということを知った今では、彼らの隠した牙がいつ自分に突き立てられるかとどうしても考えてしまう。

 もしも、街中の平民が自分に敵対したら……それに、昨日酒場にいた平民の口から昨晩のことが知れ渡っていたら? 

 隠れて誰かが笑っているような、どこかで誰かが仕返しをしようと狙っているような……考えるまいとするほど気にしてしまう。

 そんな様子がさすがに見て置けなくなったのだろう。シーコが心配そうに彼女に言った。

「姫殿下、顔色がよくないですよ。宿に戻って大事をとられますか?」

「い、いえ大丈夫よ。心配しないで」

 プレッシャーに負けて引き下がるのは嫌だというプライドだけが、かろうじて今のベアトリスを支えていた。しかしそれでも、心労からか冷や汗がすごいのは傍目でわかる。すると今度は、ビーコが少し迷った様子を見せた後にベアトリスに進言した。

「そうだ殿下! でしたら、公務が終わった後に街の外に出かけませんか? この川を下ったところに絶景地があるそうですよ」

「え?」

「ちょっとビーコ! あなた急になにを言い出すのよ?」

 唐突なビーコの進言に、ベアトリスより先にエーコが口を挟んだ。しかしビーコは構わずに言う。

「きっと人の多いところにずっといて疲れてしまったんですわ。馬乗りをして、人のいないところで気晴らしすれば治りますよ。

夕方になる前に出かけましょう。ねっ! そういたしましょう」

「え、ええ。それもいいかもしれないわね」

「ビーコ、あなた……」

 街から離れれば、確かに気分も少しは晴れるかもしれないと、ベアトリスはビーコの進言を受け入れた。

 シーコが収まりの悪い緑髪を揺らして、では出発は工員の勤務の交代時間が来てごったがえす前に出かけましょうと、妙にうれしそうに予定を決めた。しかし、ビーコはなぜか厳しい目つきで睨んでくるエーコから、垂れ目を伏せて逃げるように視線を反らしている。その三人の奇妙な態度の違いに、平静でないベアトリスは気づくことができなかった。

 

 視察は続き、新・東方号の建造は多少の遅れはあれども、許容範囲であることがわかってきた。

 だが相変わらず、ベアトリスの元気はない。まるで抜け殻のような、そんな印象さえある。

 そんなときであった。ある工場で、昨日酒場でベアトリスを襲った男とよく似た工員がいた。その顔を見たとたんに、なんとか気力で抑えていたベアトリスの心のたがが一気に外れてしまったのだ。

「ひ、ひぅぅっ」

 殺されかけたときの恐怖がフラッシュバックし、気を失いかけたところをビーコとシーコにかろうじて支えられた。

 あとは、ほとんど形式的な挨拶しかできずに、逃げるように外に出てくるしかできなかった。

 そのとき、ミシェルが彼女の肩を叩いて、穏やかな声色で言ったのだ。

「姫君、少し静かなところで休憩いたしましょうか」

 ミシェルはそう言い、工場の休憩室にベアトリスを誘った。業務時間中なので人はほとんどおらず、ひっそりとしている。

 ベアトリスはそこで、普段なら毛嫌いする粗末な椅子とテーブルにつき、使い込まれたコップに注がれた、ただの水をもらって飲んだ。

「ふぅ……」

「落ち着かれましたか?」

「ええ、少しは」

 人のいないところに来たおかげで、張り裂けそうだった胸の動悸も少し収まっていた。

 まったく、情けない……ただの平民を恐れてのこの有様、昨日までの自分ならば考えられもしなかった。

 ベアトリスは、自分で自分のふがいなさ、無様さを呪った。相手はたかが平民、頭ではわかっていても心が言うことを聞いてくれない。

 こんな有様では、父と母に顔向けもできない。社交界に噂が流れれば、それこそ身の破滅だ。

 どうすればいいのよ! どうすれば……

 自分の心の傷をどう癒したらいいのかわからずに、ベアトリスは頭を抱えて苦悩した。

 そこへ、じっと見守っていたミシェルが静かに声をかけた。

「姫君、平民が怖くなりましたか?」

「なっ! なにを無礼な。わたくしを誰だと」

「私は没落貴族の出身でしてね。姫君より、五歳ばかり幼いときに天涯孤独の身になりました。突然豪華な邸宅から、路上に放り出されたときの、平民たちの目つきは忘れません。ですから、姫君の気持ちはわかるつもりです」

「……」

 ベアトリスはまさかと沈黙し、エーコたちも驚いた様子で息を呑んだ。

「たぶん、今の姫君には平民たちが得体の知れない怪物に見えているんでしょうね。いつ恐ろしい武器を持って、襲い掛かってくるかもしれない怖い相手だと……でもね、それは平民たちも同じなんですよ。彼らには、貴族はいつ恐ろしい魔法を使って襲ってくるかわからない怖い相手なんです」

「それは、貴族は平民を統治するものだから……」

「平民たちはそうは思いませんよ。熊や狼に襲われて、黙って身を差し出す羊がいますか? それと同じことです。弱い平民にとって、強い貴族は畏怖と敬意だけでなく、恐怖と憎しみの象徴なんです。姫君は、昨日はじめて強者から弱者の立場に立たされた。だから、その感情をどう扱ったらいいのか、わからないんですよ」

 確かにそうかも知れないと、ベアトリスは思った。平民の立場、弱者の立場、考えたことも無かったが、強制的にそこに立たされた今ならばわかる気がする。

 ちらりと顔を上げてエーコたちを見る。彼女たちも、こんな恐怖を味わったのだろうか?

 記憶を掘り返してみる……自分が魔法学院でさらしものにした怪獣の子供にも、こんな恐怖を味わわせてしまったのか?

 しかし、あの怪獣の子はそんな自分を許してくれた。もし自分ならば……

 ベアトリスは、自分の器のせまさが情けなくなった。こんな簡単なことにも気づかずにいた自分が、呆れるほど間抜けにしか思えない。

 自己嫌悪の泥沼の中で、ベアトリスは足をとられて立ち尽くしていた。なんとなしに記憶の底にしまいこんできたことが、時間が過ぎてから思い出して恥ずかしくなることはよくある。しかしそれは、当人が成長して視野が広くなったから起こることなのだ。それは当人にとって、悪いことではない。

 ミシェルは、ベアトリスが自分と向き合っていることに、この子もちゃんとした大人になろうとしているのだなと思った。

「なにかほかにも思うこともあるようですね。でも、それは聞かないでおきましょう。たぶん、言いたくないことでしょうから」

「……ねえ、ミス・ミラン」

「なんですか?」

「あの風来坊は言ったわ、君は子供だって。悔しいけど、今はそのとおりだと思う。じゃあいったい、どうすれば大人になれるの?」

 それは冗談でもなんでもなく、彼女なりの真剣な問いかけだった。十代の中ごろは、大人と子供の境目で、それぞれが自分がどちらに位置するのか悩んで右往左往する。しかし、大人びるやつはたいてい子供なのだ。それがわかったベアトリスに、ミシェルは答えた。

「さあ、それには明確な境界線というものはありませんから、一概には言えません。というよりも、そんな方法なんかないと言ってしまっていいと思いますよ。ただ、強いて言えば方法はひとつです」

「それは?」

「いろんな人間を見て、聞いて、感じることです。姫君はまだ、あなたを姫殿下としてしか見ない人間としか触れ合ったことがありませんから、姫としての自分しかない。けれど、いつかあなたが父君から独り立ちするときにはそれでは足りません。男でも女でも、大人でも子供でも、貴族でも平民でもいいから、人間を見ることです」

「人間を……見る?」

「ええ、この世に同じ人間はふたりといません。そうして、悪い人間ならばそうならないように、良い人間ならば見習って、少しずつあなた自身を組み上げていけばいい。特に、あなたが付き合ってこなかった人間たち、つまり平民とね」

「なっ! このわたくしに、平民と付き合えとおっしゃるの」

「そうしなければ、いつまで経ってもあなたは背中から迫る恐怖に悩まされ続けますよ。恐怖は忘れたつもりでも、記憶の底から消えることはありません。打ち消すには、根源と戦って勝つしかないんです」

 厳しいミシェルの言葉に、ベアトリスは気圧された。精神的外傷、いわゆるトラウマは忘れようと思うほど強く表れる。平民を見るたびに恐怖を蘇らせていたのでは、とても生きてはいけないだろう。

 しかし、怖いものは怖いのだ。勇気が出せずに苦悩する彼女に、ミシェルは今度は優しげに言った。

「ひとりで立ち向かえないなら、助けを求めればいいんですよ。私も以前は、ひとりで全部背負い込むつもりでしたが、人一人でできることなんてたかが知れてるんです。あの風来坊も言っていたでしょう? 人を頼ってみろと。あなたは、ひとりじゃない。すでに助けてくれる人がそばにいるじゃないですか」

 その言葉に、ベアトリスはエーコたちを見返した。彼女たちは、どことなく照れくさそうに視線を反らしたりしている。彼女たちも、年齢的にいえばベアトリスと差はない。話に参加してこなかったのも、彼女たちも自分が大人か子供か、はっきりとした自信が持てなかったからだ。

 主従ではない対等な存在……彼女たちはそれになってくれるのだろうか。

 だがそれでも、トラウマと向き合うのは並大抵の勇気では無理だ。他者から見れば、呼吸するように簡単なことも、それが人生の大壁であることもあるのである。

「でも、貴族と平民が対等に付き合うなんて、そんな常識はずれなことできるのかしら……」

「できますよ。どちらも同じ人間なんですから……でしたら、まず私があなたの四番目の友人になりましょうか?」

「あなたが? でも、あなたは銃士隊の副長でしょう」

「友人に立場の違いなんてありませんよ。それに私は、貴族の称号は持っていますが、心は平民のそれに近いです。仲間たちは皆平民、気心は知れてますからあなたに危害を加えるようなことはしません。ただし、友人として付き合うなら、命令をしても聞きませんけどね」

「……なぜ、あなたはわたくしにそうまでしてくださるのです?」

「昔の私を見ているようで、ほっておけなくなったからですよ。暗闇の中で行く先を見失い、さまよっているところが」

 言ってみて、ミシェルは自分が才人と同じことをしているんだなと気がついた。立場は違えど、人生で迷子になった者同士。暗闇の中での光、道しるべ、自分が誰かにとってのそれになれていることが、不思議な暖かさを胸の奥にともらせる。

 優しさとは、誰かから与えられるだけでなく、誰かに与えることでも暖かくなれる。与えられる者から、与える者へ、ミシェルは自分で言っておきながら、これが大人になるということなのかなと思った。

「まあ、私たちとあなたでは友人というよりも、歳の離れた姉妹のように見えるかもしれませんね。ふふふ」

「な! わたしが人より小さいって言いたいの! 黙って聞いてれば成り上がりのにわか貴族が、分をわきまえなさい」

「身分で言えば、私は王家の近衛の副隊長ですよ。まあ、そんなことはこの際どうでもいいです。単純な世の習い、年下は年上の言うことを聞くべきと教わりませんでしたか? ここはおとなしく、人生の先輩の言うことを聞いてなさい」

 未熟な恫喝などまったく通用しなかった。ミシェルの部下の隊員たちも、副長の妹ということは私たちの妹なのしらと、おもしろそうに笑いかけてくる。

 恐れるどころかかわいがられてしまい、ベアトリスはミシェルや銃士隊を平民あがりの騎士ごっことなめていたと気がついた。くぐってきた修羅場の数がそもそも違う、熊を噛み殺す狼が狐に吠え掛かられたところで、子犬にじゃれられているくらいにしか感じないだろう。

 クルデンホルフの権勢が通用しない相手が、この世にこんなにいるとは思わなかった。家を出てくるとき、彼女の父であるクルデンホルフ公爵は、この国には三つだけ喧嘩を売ってはいけない相手がいると厳命したのだ。

 ひとつはトリステイン王家、次に宰相マザリーニ、最後に伝統と格式に右に出るもののないラ・ヴァリエール公爵家。

 しかし現実はどうか? 平民たちの中にさえ、恐れない者、逆襲してくる者がいる。追い詰められたネズミは猫を噛む、そしてネズミの牙の毒は猫を殺すことさえある、さらにネズミの中には猫などひと噛みで殺す狼さえいると、体験からようやくベアトリスは悟ったのだった。

 だが、逆に考えれば、味方につければこんなに頼もしい存在はない。自分が世間知らずの弱者に過ぎないというのなら、必ず見返してやると、ベアトリスは負けん気を振り起こして決意した。

「ミ、ミス・ミラン……えっと」

「友達になりましょう」

「と、友達に、な、なりましょう」

「ええ、喜んで」

 ミシェルは笑い返すと、ベアトリスの手を取って握手をかわした。ベアトリスのほうは、緊張しているのか愛想笑いが引きつっている。

 まあ無理もない、彼女にとって身分を超えた対等の付き合いなど、今の今まで想像の範囲外だったのだ。

 それに、彼女はまだ友情というものを半分も理解してはいまい……だがそれでいい、はじめから百点満点を生徒に期待する教師は、自らこそが教師として零点だということに気づいていない真性の馬鹿者だ。

 ミシェルたちはそれから、エーコたちとも握手をかわして親交を深めていこうと願いあった。こちらは平民に近い生活をしていたから、決まってしまえばエーコやビーコは渋った顔をしていたものの、貴賎は少なかった。

 これからミシェルにとってもベアトリスにとっても、手探りで互いのことを探っていくことになる。

 ミシェルは才人にしてもらったように、ベアトリスが道を踏み外していかないよう道しるべとなりながら、そしてベアトリスは自分の知らない世界を勉強していくために。

 

 そうして、不器用な友情の第一歩を刻んだ大人と子供たちは、元気を取り戻して構内の視察巡回に戻った。

 しかし、東方号の水蒸気機関に使われる、特性の金属シャフトを試作中のある工場に立ち寄ったときのことである。そこでミシェルは、ここにいるはずのない人間を見つけて、思わず声をかけた。

「ん? おい、お前サリュアじゃないか! どうした? なぜここにいる」

 彼女はミシェルの部下の銃士隊員で、別のところで警備任務についているはずであった。ここは、彼女の担当区とは正反対の場所にある。持ち場を守ることが基本である軍人が、用もなく別の場所にいることなどありえない。

「副長……」

 ミシェルに呼び止められたサリュアという隊員は、工場から出ようとしていたところで立ち止まった。だが、振り返った彼女は、病人のように目つきのくぼんだ生気のない表情をしていて、驚いたミシェルは厳しく言いとがめた。

「持ち場はどうした? 異常が起きたら報告に来るのが規則だろう」

「たいしたことではありません……向こうが工事に入りましたので、その間ほかのところを見回っておこうと思っただけです。では……」

「おっ、おい!」

 サリュアはきびすを返すと足早に立ち去っていった。そのあまりにもそっけなく、無感情な態度に、見ていたベアトリスは呆れたように言った。

「ずいぶんと陰気な人ですわね。わたしへのあいさつもありませんでしたし、部下の教育がいきとどいていないんじゃありませんの?」

「いや、サリュアは隊内でも陽気な性格なのに……まるで別人だ」

 記憶にあるサリュアは、剣の腕は隊内では並のほうではあるが、明るくお人よしな性格の持ち主であった。困難な任務の途中で皆がくじけそうになっても、楽天的にはげましてまわり、誰からも好かれる陽気な子のはずなのに。

「あの目、まるで死人のそれだ……姫君、すいませんが予定を変えさせていただきます!」

「えっ! 突然、どこに行くっていうの」

「サリュアを追います。なにか、嫌な予感がする!」

 確証があったわけではないが、それは騎士として幾多の戦場を生き抜いて身につけた直感とでもいうべきものだった。ミシェルは走り出し、三人の部下も彼女を追う。ベアトリスは置いていかれそうになり、慌てて後を追って走り出した。

「まっ! 待って! わたしを置いていくんじゃないわよ」

「ひ、姫殿下! ま、待ってください」

 ベアトリスは小柄なぶん、人ごみの中では足が速い、エーコたちも必死で追うけれど、着いていくのだけで精一杯だった。

 そうして、ミシェルたちに追いついたベアトリスは、尾行に無理矢理同行することにした。むろんミシェルたちは、目立つベアトリスたちを連れて行きたくはなかったし、エーコたちもやめるように説得した。だが、ここでミシェルたちとはぐれることをベアトリスは絶対避けたかったので、がんとして了承しなかった。

 そうしているうちにも、サリュアはどんどん先へと行ってしまう。やむを得ず、ミシェルはベアトリスたちを連れたままで後を追ったが、やはり様子が変なことに隊員たちも気づいてきた。

「副長、あれは本当にサリュアなんでしょうか? 確かにあいつは腕の立つほうじゃありませんが、あまりに無警戒すぎますよ」

「ああ、こんな目立つ尾行に気づいた様子もない。それに、あいつどこへ行くつもりだ? この先は使われていない倉庫街しかないぞ」

 次第に疑惑が大きく膨らんでいく。普段と様子がまるで違う仲間、サリュアの身になにかが起きたのか?

 後を追いながら考えたのは、魔法で操られるか摩り替わられている点だ。水魔法には、ほぼ完全な洗脳を可能にする『ギアス』という禁術もあることだし、見た目だけなら『フェイスチェンジ』で真似できる。だが、どちらも考えてみたら可能性は低いといわざるを得ない。

 ギアスをかけられた人間は、親しい間柄ですら変異を見抜けないほど洗脳が完璧だというし、フェイスチェンジで成り代わるのならば元の性格に似せる努力はするものだ。

 あれでは、どちらにせよすぐに怪しまれてしまう。それでも構わないとしたら、なにが目的なのだ?

 サリュアはどんどんと人通りの少ない道に入っていき、ついにはほぼ無人の倉庫街にやってきた。

「こんな場所で、あいつなにを?」

「しっ、止まったぞ」

 なんの変哲もない、朽ち始めた材木が目立つ倉庫の前でサリュアは止まった。鉄製のさびた扉は、彼女の前に錠を下ろしたままで聳え立っている。

 鍵を開けるのか? 一行は物陰から息をひそめて様子をうかがった。

 だが、彼女たちの予想はまったく思いもかけない形で裏切られた。施錠されたままの鉄の扉に、何気なく歩み寄ったサリュアの姿が、扉の中に溶け込むように消えてしまったのだ。

「なっ! 消えた」

「馬鹿な! 人間が消えるなんて」

 目を疑ったが、全員が同じものを見ていた以上は錯覚ではなかった。

 しかしこれで、サリュアが正常でないことははっきりした。ミシェルは指揮官として、怒りを覚えるとともに、これからの判断を迫られた。すなわち、このまま突入するか、万全をきして応援を呼ぶかである。

「副長、ご指示を」

 二者択一、どちらかを選ぶならば足手まといもいることだし、ここは見張りをつけて引き返し、全部隊を持って突入するのが正解に思える。

 だがミシェルはあえてリスクを承知で打って出ることを選択した。こういう場合、時間をロスして機を逃すことがなによりも恐ろしい。もうすぐ工員の勤務交代の時間が来て構内がごったがえす中、部隊を集結させて動かすだけで大きく時間を食ってしまう。その間に逃げられてしまっては意味がない。

「突入する」

「了解!」

 戦闘配備の命令を受けて、三人の隊員たちも手持ちの銃をいつでも撃てるように準備する。危険な賭けだが、さいを振ったからには彼女たちは迷わなかった。

「姫殿下たちは、ここでお待ちください。いいと言うまで、決して動いてはいけませんよ」

「わ、わかったわ」

 ベアトリスたちを物陰に残して、ミシェルたち四人はサリュアの消えた倉庫の前に立った。

 扉を閉ざしている錠をミシェルの錬金で壊し、二人の隊員が扉に手をかける。

「いくぞ……開けろ!」

 さびた鉄がこすれる嫌な音を立てて扉が開く。口を開けた闇の中に、ミシェルは先頭を切って飛び込んでいった。

 

「サリュア! どこにいる」

 

 銃を油断なく構えて、広い倉庫の中を見渡す。入り口から差し込んでくる光が、中の闇を打ち消してゆく。

 サリュアはその中で、こちらをぼおっと見ながら立っていた。

「サリュア、こんなところでなにをしている? 説明してもらおうか」

「副長……」

 銃を突きつけられているというのに、まるで動じた様子がない。もう間違いはない、ミシェルはこのとき、相手がたとえ部下であろうと射殺する覚悟を決めた。しかしそれはあくまで最終手段だ。その前に、サリュアの後ろになにがいるのかを白状させなければならない。

「答えろ! お前はここになにをしに来た? 五秒以内に答えなければ撃つ」

「副長、よくぞ気づかれましたね。さすがです……ですが手遅れでしたね。あと十数分もすれば、この造船所は私の仕掛けた八つのプレート爆弾によって跡形もなく吹き飛んでしまうでしょう」

「なっ! なんだと!?」

 愕然とするミシェルたち。あと十数分で街が吹き飛ぶ? とてもじゃないが、知らせる時間も爆弾を探す暇もありはしない。

 しかも、血の気を失ったミシェルたちに、サリュアは剣を抜き放つと愉快そうな笑い声をあげた。

「ご心配なく、この場所にいれば爆発の被害からは免れられます。ですが、あなたがたは爆発を待たずにここで始末をつけてあげましょう」

 高速の斬撃がミシェルの首筋を狙った。

 速いっ! 反射的に身を引いてかわすものの、返す刀で銃が切り落とされてしまった。予備の銃や魔法を唱える余裕はない。

 抜剣して迎え撃つミシェル、銃士隊正規装備の鉄剣同士がぶつかって火花をあげた。

「ぐっ! 重い」

 一太刀ですさまじい剣圧だった。まるでオーク鬼のこんぼうを正面から受けたような衝撃、腕力では自分のほうが勝っているはずなのにはじきとばされてしまう。衝撃が強すぎたあまり、鋼鉄でできているはずの剣が二人とも大きく歯こぼれしてしまった。

 連続攻撃を仕掛けてくるサリュアを、ミシェルは持ちこたえるだけで精一杯だった。隊員たちは、ミシェルに当たる危険があるので銃での援護射撃はできない。しかし、ほっておくこともできないと剣を抜いた。

「副長、今助けます!」

「よせっ! お前たちじゃ無理だ」

 止める間もなかった。ミシェルを弾き飛ばしたサリュアは、一対三の状況にも関わらず、目にも止まらない剣技で瞬く間に三人を倒してしまったのだ。

「お前たちっ!」

 切り結ぶ余裕さえなかった。三人とも、はじかれた剣が床に落ちるよりも早く崩れ落ちた。

「うっ、ああぁっ!」

 恐らく三人は自分の身になにが起こったのかすら、まともに把握できなかったに違いない。制服を切り裂かれ、苦痛に耐えているものの、とても動ける傷ではない。いや、サリュアの剣がミシェルと切り結んで痛んでいなかったら、全員苦痛を感じる間もなく絶命していたに違いない。

「これで残るは、あなただけ」

「きさまぁっ!」

 激怒したミシェルは全霊の力で剣を振り下ろした。下段からサリュアの振り上げた剣が激突し、疲労が重なっていた二人の剣は双方とも柄から乾いた音を立ててへし折れた。

 武器を失った二人は徒手空拳での戦いに即座に切り替えた。銃を取り出す一瞬の隙が命取りになるからだ。

 力では負けても、技ではミシェルに一日の長がある。先手をとったミシェルの拳が、サリュアのみぞおちに深く食い込んだ。だが、人体の急所に深く当たったはずなのにサリュアはびくともせずに、逆にミシェルの首筋を捕まえると、片手で持ち上げて締め上げてきた。

「そ、そんな馬鹿な。サリュア、お前いったい。ぐぁぁっ!」

 人間の力じゃないとミシェルは思った。宙吊りにされ、サリュアの指が首に食い込んでくる。最後の力で、隠し持っていた銃を取り出そうとしたが、それも払い飛ばされた。

「や、やめろサリュア……」

 呼びかけてもサリュアは眉ひとつ動かさない。

 そこへくぐもった女の笑い声が響いた。そして、倉庫の闇の中から銀色の鎧人間、ボーグ星人が現れてくる。

「くくく、いくら呼びかけても無駄だよ」

「き、貴様は何者だ」

「私はボーグ星人、よくぞこの場所を突き止めたとほめてやりたいが、遅かったな。お前の仲間は、すでに私の忠実なサイボーグへと改造してある。お前の命令など聞かんよ」

「サ、サイボーグ?」

「体の中に機械を埋め込んで、我々の思うように動くようにしたのだよ。身体能力も極限まで引き出し、痛みも感じない。人間ごときの力では太刀打ちできまい」

 あざ笑いながら説明するボーグ星人に、ミシェルは全身の血液が沸騰する感じを覚えた。

「貴様! よくも人間の体をおもちゃのように!」

「どのみちお前たち人間は皆死ぬんだ、気にすることはない。一足早く、仲間の手に掛かって死ぬなら本望だろう?」

 サリュアの締め上げる力が強まった。絞め殺すどころか、首の骨まで折れそうな強さだ。

 だめだ、意識が持たない。そう思いかけたときだった。

「ミス・ミラン! いったいなにが起きてっ! きゃぁぁっ!」

 なんと、絶対動くなと言い含めていたはずのベアトリスが、無謀にも様子を見に来てしまっていたのだ。

 逃げろ、と喉元まで声が出るが、それは口から放たれることはない。ベアトリスたちはとっさに杖を取り出したが、星人がそれを見逃すはずはなかった。

「まだネズミがいたか、蹴散らせ」

 サリュアはミシェルを無造作に投げ捨てると、ベアトリスたちが魔法を使う前になぎ倒していった。

 エーコもビーコもシーコも、戦士ではないので一発で動けなくなって悶絶する。

 ベアトリスも顔面をしたたかに殴りつけられ、転がって鼻と口から血を流した。

「痛い、痛い……あぅっ!?」

 うつぶせに倒れたベアトリスの背中を、ボーグ星人は足蹴にした。

「ほぅ、これはこれは……なにがどうなっているのかは知らないが、妙な客だ」

 そのときボーグ星人は、侵入者たちを見回して妙に怪訝な声を出した。しかしすぐに興味を失ったようで、隔靴のベアトリスを見下ろすと冷酷に言い放ったのだ。

「まだ子供か、おとなしく隠れていれば助かる可能性もあったかもしれないのに。自分の浅はかさを恨むがいい」

「やめ、助けてぇ」

「死ね、人間」

 哀願するベアトリスを一顧だにせず、ボーグ星人は体重をかけていった。等身大時でも一八十キログラムの体重を持つボーグ星人に踏みつけられては、ベアトリスの華奢な骨格はとても耐えられない。

 やめろというミシェルたちの叫びと、ベアトリスの断末魔の悲痛な声がこだまする。

 そのときだった。

 

「そこまでだ、ボーグ星人」

 

 突然男の声が響き、ボーグ星人とミシェルたちはその方向へ振り返った。

 乾いた靴音を立てて、一人の男が倉庫の入り口から悠然と入ってきた。床に伏しているミシェルからは、逆光になってよく見えないが、特徴のあるつば広の帽子をかぶっているのだけはわかった。

”あの帽子は……まさか”

 足を止めた男が、すっと帽子を脱いだ。

「久しぶりだな、ボーグ星人。相変わらず姑息な作戦が好みのようだな」

 そのつばの下から現れた顔は、まさしくミシェルやベアトリスのよく知ったものであった。

「ふ、風来坊……」

 信じられなかった。なぜ、彼がこんなところにいるのか。

 しかし、驚愕の声は彼女たちからではなく、ボーグ星人から発せられた。

「バカな! なぜだ、なぜ貴様がこの時空にいるのだ!」

「お前に答える義理はない。それよりも、お前の気になっているものはこれだろう?」

 そう言うと、風来坊はポケットからジャラジャラという音を立てて、小さな円盤状の装置を複数つかみ出した。

「そ、それは!」

「悪いが、お前の仕掛けたプレート爆弾はすべて回収させてもらった。これでもう、この街が危険にさらされることはない」

「お、おのれぇ」

 ボーグ星人はうろたえ狼狽した。と同時に恐怖も湧いてくる、ヤプールが作戦失敗者を生かしておくとは思えない。かつてUキラーザウルス復活のために貢献したナックル星人も用済みになれば抹殺し、サイモン星のように滅ぼされてしまった惑星文明もある。

 このままでは確実にヤプールに殺される。恐慌したボーグ星人は、唯一生き延びられるかもしれない道を選ぶしかなかった。

「やれ、殺せ!」

 ボーグ星人の命令に従い、サリュアが風来坊に襲い掛かっていく。ミシェルは思わず「逃げろ!」と叫んだ。

 ところがどうか! 風来坊は年齢を感じさせる容姿からは思いもつかない身軽さで、容易にサリュアの攻撃をさばいていくではないか。

 サリュアのパンチもキックも、空を切るばかりでまるでかすりもしない。掴みかかろうとしたら、逆に腕をとられて投げ飛ばされた。

 あれはとても素人の動きではない。正式な訓練を受けた、拳法を習得しているれっきとした戦士の呼吸だ。

 業を煮やしたサリュアは、拳銃を取り出そうと腰に手をやった。しかし、それよりも早く風来坊の取り出した青い銃がサリュアに向いていた。

”あの銃、サイトの持っていたやつに似ている”

 ミシェルがそう思った次の瞬間、風来坊の青い銃から光弾が放たれ、サリュアの胸を貫いた。

「ぐぁっ」

「サリュア!」

「心配するな。エネルギーをしぼって、しびれさせただけだ。さて、次はどうする? ボーグ星人」

 たいして息も切らしていない風来坊が呼びかけると、いよいよ進退きわまったボーグ星人と風来坊の戦いが始まった。

「こうなったらかつての恨み、ここで晴らしてくれる!」

「そう思うなら、かかってくるがいい」

 ボーグ星人は、肉弾戦を得意とする宇宙人の中でもストロング系に入る星人だ。全身が鎧に包まれているような外観に恥じずに、パワーはサイボーグ戦士のサリュアをも大きくしのぎ、パンチは太い樫の材木を砕き、キックは石材を粉々に打ち砕いた。

 が、それだけであった。ボーグ星人の攻撃は、打てど放てど風来坊にかすりもしない。

「くっ、なぜだ! なぜ当たらない!?」

「私が貴様が死んで四十年ものあいだ、とどまっていると思ったのか? 昨日の私しか知らんお前は、今日の私には勝てん!」

 その瞬間、合気術にも似た投げ技が炸裂し、ボーグ星人は猛烈な勢いで床に叩きつけられた。

「ぐわぁ!」

 いくら全身を鎧で固めているボーグ星人といえども、これではたまらない。大きなダメージを受けて、よろよろと立ち上がってくる。奴は悪あがきのように、頭部から放つ破壊光線・ボーグレーザー光線を放ってきたが、軽くかわした風来坊から逆に銃撃を受けて倒れこんだ。

「もう終わりだな、ボーグ星人」

「ま、まだだ……まだ死ぬわけにはいかない!」

 そう言うと、ボーグ星人は最後の力を振り絞った。等身大の姿から、身長四十メートルの本来の姿へと巨大化したのだ。

 踏み潰してくれると、ボーグ星人は大きな足を振り上げる。

 ミシェルとベアトリスたちは、倉庫の屋根が破れ、吹きさらしとなった倉庫の中でほこりを浴びながら、もうだめだと覚悟した。

 しかし、風来坊は慌てた様子もなくボーグ星人を見上げているだけだ。

 そして彼は、手元の時計をちらりと見ると星人に背を向けた。

 その瞬間、ボーグ星人の背中で大爆発が起こった。紅蓮の炎が吹き上がり、星人の背後にあった倉庫が爆風でつぶされて、ドミノ倒しのように崩れていく。

 むろん星人も無事ではいられなかった。背中に風穴を開けられて、ボーグ星人は事態を理解することすらできないまま、振り上げた足の行く先を冥府の門へと切り替えて、地響きをあげて崩れ落ちたのだった。

「投げられたときに、自分の体にプレート弾をつけられていたことに気づくべきだったな。平静ならば気づいたろうが、怒りに我を忘れていたことがお前の敗因だ。ともあれ、これでかつての借りは返したぞ」

 振り返った風来坊の視線の先で、倒れたボーグ星人は背中から煙を噴き上げて、もう動くことはなかった。

 

 あまりにもあっけないボーグ星人の最期。それをたった一人でやってのけた風来坊は、倒れているミシェルやベアトリスたちを介抱し、ひととおりの応急手当をすると、ミシェルに言った。

「幸い、命に別状のある者はいない。ここに来る前に、衛士隊に通報しておいたから、じきに助けが来るだろう。それから、サイボーグにされた君の仲間は腕のいい医者に診せるといい。頭の中に小さな機械が埋め込まれている、それを取り出せば元に戻るはずだ。では、私は行くところがあるので失礼するよ」

「ま、待て……お前はいったい何者なんだ? 私たちの、味方なのか?」

「すまないが、まだ君たちに名乗るわけにはいかない。しかし、君たちが勇気を持って悪に立ち向かう心を持ち続ける限り、私は君たちの友であり続けるだろう」

 テンガロンハットをかぶりなおし、風来坊は文字通り風のように消えていった……

 

 

 続く


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