ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第32話  伝説を受け継いだルイズ

 第32話

 伝説を受け継いだルイズ

 

 幽霊船怪獣 ゾンバイユ

 ミイラ怪人 ミイラ人間 登場!

 

 

 ウェールズは、信じられないような光景を目にしていた。

 今まさにウルトラマンにとどめを刺そうとしていた怪獣の傍らに、ぽつりと小さな光球が現れた。

「あれは……」

 なんだ? という言葉をつぶやく前に、光は自らの存在感を変えていった。はじめ夜空の星のような儚げな点であったものが、みるみるうちに真昼の太陽のように膨れ上がって、瞬く間に怪獣の巨体を覆いつくしたのである。

 白の世界、そのときに彼らが見たものを表現するとしたらその言葉しかないであろう。

 とどまることなく膨張する光は、本物の太陽以上の輝きを持って人々の網膜を焼く。

 とても目を開けていられなくなったウェールズや、艦隊の将兵たちは目をつぶり、手のひらで目を覆った。それでも太陽の中に投げ込まれたような錯覚が襲い……唐突に、光は消滅した。 

 まぶたを開けたとき、目の前の景色は一変していた。

 怪獣の体の半分……光に包まれた部分が、溶岩に触れた大木のように焼け焦げていたのだ。

 悲鳴をあげて、怪獣はがくりと地面に崩れ落ちた。砂塵が舞い上がって、一呼吸遅れて地響きが鳴り響いてくる。

「やった……のか?」

 ウェールズは、目の前で見たものをそのまま言っただけのつもりだったが、自分で自分の言ったことが信じられなかった。あれだけ傍若無人を尽くした、悪魔のような怪獣が、ほんの一分前には考えられなかったような無残な姿をさらしている。いったい何が……? その疑問に答えられるものはいなかった。

 

 一方、ゾンバイユがダメージを受けたことにより、同時にウルトラマンヒカリを拘束していたビームも解除されて、解放されたヒカリはかろうじて着地して、苦しそうにひざをついた。カラータイマーは限界で、全身に激しいダメージがあるが、どうやらギリギリのところで助かったようだ。

 ヒカリが無事だったことで、艦隊から離れたところでことの推移を見守っていたキュルケたちも、シルフィードの上で胸をなでおろした。が、ルイズはただ一人、杖を振り下ろした姿勢のままで立ち尽くし、その視線を怪獣へと向けている。ルイズの目的は、まだ果たされていないからだ。

 ゾンバイユの、城砦のような胴体の左側に直径十数メートルの大穴が開き、そこから煙が噴き出していた。中には、生体に埋まるようにしてメカがのぞいて火花を散らしている。あれは、ゾンバイユがどこかの星の宇宙船だったころの名残だろうか。

 そのとき、もだえていたゾンバイユの様子が変わった。まるで食べすぎた人間が、胃袋の反動を受けたときのように、短い腕で腹をかきむしって苦しみだした。そして、ついに耐え切れなくなったとき、傷口から蛍のように輝く光が大量に漏れ出しはじめたではないか。

「あの光は、まさか!?」

 周囲一帯へと散らばっていく光を見て、タバサははっと気がついた。光はそれ自体が意思を持っているかのように、それぞれがゾンバイユに襲われた街のほうへと飛んでいく。そうして、タバサが予想したとおり、光は魂を奪われた人々の体へと吸い込まれていった。

「う……」

「あれ……わしは」

「ど、どうしたのかしら」

 思ったとおり、光を得た人々は次々に意識を取り戻していった。

 当然、街の人々だけではなく、魂を奪われていた学院の生徒たちも皆蘇生している。

「あ、あれ。俺?」

「なんか、すげえ冷たいところに行ってたような」

「ギーシュ! ギーシュ目を覚まして」

「う、ううん今行くよレディたち……あれ、モンモランシー? おかしいな、きれいな川の向こうにたくさんの美女たちが待ってたはずなのに」

「こんのぉ、やっぱり地獄に落ちなさい!」

 約一名、生き返ったはずなのに死に掛けている者がいるが、生徒たちは誰一人欠けることなく現世に舞い戻ってきた。

 そして、シルフィードの上にやってきた光が才人の体に宿ったとき、蝋人形のように血色を失っていた彼の肉体に肌色が戻った。同時に、固く閉ざされていた瞳が動き、喉からうめくような声が漏れる。

「う……ああ」

 うっすらと目を開いた才人は、陽の光のまぶしさに思わず眉をひそめた。それでも、光をさえぎっている影から、自分を見下ろしている誰かがいることにだけは気がつくと、見慣れた髪型から無意識にその名をつぶやいていた。

「ルイズ?」

「サイト! サイトぉ、生き返ったのね。よかった、よかったあ!」

「わっ! お、おいどうしたんだ」

 突然抱きついてきたルイズに、才人は目を白黒させるばかりであった。そりゃ、何があったのかなど知っているわけはないので当たり前ではある。でも、一部始終を知っているキュルケとタバサは、ほっとして顔を見合わせていた。

「ほんとに、見てるこっちの寿命が縮むカップルなんだから」

「昔から……それと、あっちも」

 タバサが杖で指し示した先を見て、キュルケも息を呑んだ。

 怪獣ゾンバイユは、どてっぱらに風穴を開けられただけでなく、エネルギー源として取り込んだすべての魂を解放されて、明らかに弱体化していた。鋭い爪を生やした太い腕はだらりと垂れ下がり、四本の足は酔っ払いのようにおぼつかない。飛行能力も失ったと見えて、致命的なダメージを受けたというのに逃げる気配も見せない。

 これを、ルイズの……あのルイズの魔法がやったのかと、二人は信じられない思いだった。確かにルイズの魔法はすべて爆発する。しかし、軍艦の砲撃やウルトラマンの打撃でさえ大きなダメージを負わなかった怪獣の体をえぐるとは、いくらなんでも度を越えすぎている。

 だが、今が奴を倒す最大のチャンスなことに変わりはない!

 死に体のゾンバイユに向かって、ウルトラマンヒカリは最後の力を振り絞ると、右手を空に向かってかざした。

「ムゥン!」

 気合とともに、ナイトブレスにエネルギーが稲妻のようにスパークし、スペシウムエネルギーがチャージされる。

 とどめだ! ヒカリは片ひざをついたまま、腕を十字に組んでエネルギーを解き放った。

 

『ナイトシュート!』

 

 青い光芒がゾンバイユを撃ち、単眼を打ち抜いて体内でエネルギーが荒れ狂う。

 断末魔の遠吠えをあげ、倒れこんだゾンバイユは次の瞬間、巨大な爆炎をあげて吹き飛んだ。

「や……やった!」

 炎が立ち上がり、火花が舞い散る噴火口のような光景に、艦隊から、街中からいっせいに人々の歓声が轟いた。ゾンバイユは、もうあとかたもなく、煙となって炎の中へと消え去っている。宇宙を荒らし、魂を貪り歩いて恐れられた伝説の怪獣は、異世界の土となって本当の伝説のかなたへと消えたのだ。

 被害を受けた人々も皆回復し、火災を発生させている市街地も、早くも銃士隊や衛士隊が避難誘導から消火活動に切り替えつつある。それに、フェヴィス艦長の進言でラ・ラメー提督は護衛艦数隻を降下させていった。バラストや飲料水タンクの水を放水すれば、消火にはかなり助けになることだろう。

 ウルトラマンヒカリは、そんな人間たちのたくましさを見届けると、ぐっと力を込めて立ち上がった。それだけで目がくらみ、よろめきそうになるけれど、なんとか体を支える。そして、視線をめぐらせてシルフィードのほうを見、才人の無事を確認すると、視線をルイズに移した。

「……」

 時間にしたら、多くて二秒というところだろう。そのときのヒカリは、結局最後まで何も言うことは無く、ただじっと才人の無事を喜んでいるルイズを見つめると、やがて無言のままで空に飛び立った。

「ショワッ!」

 あっというまに艦隊の上空を飛び越え、雲のかなたへとヒカリは飛び去っていった。

 人々は、ウルトラマンを初めて見る人もそうでない人も、大きく手を振って見送った。

 街の火災も艦隊の応援を得て急速に鎮火に向かい、ラ・ロシェールは危うく壊滅の危機から救われた。

 戦艦『レゾリューション』は再び桟橋に接岸し、ウェールズ王は世界樹に降り立った。これから、誤射の件も含めてしばらくは事後処理に当たらねばならないだろう。悪くすれば、結婚式の予定も数日遅れることになるかもしれない。

 それでも、民間人への被害だけは最低限に抑えることはできた。これで犠牲者が多数出るような事態になっていたら、婚儀の中断もあったかもしれない。ウルトラマンだけでなく、艦隊や地上で人々を逃がすために奔走した、大勢の勇敢な人たちがいてくれたおかげなのだ。

 

 地上の騒ぎが一段落したことを確認したルイズたちは、やっと力を抜くとシルフィードの上にへたりこんだ。

 疲れた……今回は、本当に疲れた。体だけでなく、心の底から力をしぼりつくしてしまったように思える。

 このまま、ホテルに帰って寝てしまいたいと思ったくらいだ。しかし、今ごろは魂の戻ったギーシュたちが心配しているかもしれない。まだ少々くたびれるが、帰ろうか。ルイズにそう言われたタバサは、シルフィードを世界樹に向けさせた。

 

 だが、すべてこれで終わったと思いかけていたルイズの元に、突然暗い女の声が響いた。

「ふっふふふ、見たわ、確かに見せてもらったわよ。偉大なる虚無の担い手殿」

「っ! 誰!?」

 聞き覚えの無い声に、ルイズたちは周りを見渡したけれど何も見つけることはできなかった。すると、ルイズの目の前にひらひらと一羽の蝶が飛んできた。

「蝶?」

「違うわ、これはガーゴイルの一種よ」

 怪訝な顔をするキュルケに、ルイズは落ち着いた様子で指摘してみせた。形はどこにでもいる蝶そのものだが、今は真冬。それに蝶がこんな高度にまで来るはずがない。それを裏付けるように、蝶から先程の女の声が、今度は抑揚を下げて響いた。

「ご明察、なかなか賢いわね。とりあえず、はじめましてと言っておきましょうか」

「あなた、誰?」

「ふふふ、そうね。呼び名がなくては不便だから、とりあえずはシェフィールドとでも呼んでもらおうかしら」

「っ! ふざけないで」

 明らかに本名ではない名を告げた相手に、ルイズは怒鳴り返した。キュルケとタバサは周囲を見渡しているが、まず無駄だろう。恐らくここから見下ろせる一帯のどこかに相手はいる。けれども、地上には何万もの人があふれていて、とても見つけ出すのは不可能だ。

 ルイズは、怒りをおさめると目の前の蝶のガーゴイルに問いかけた。

「わたしに何の用? わたしが、虚無の担い手ですって」

「そうよ。すでに気づいているはずでしょう? あなたは始祖の指輪を身につけ、始祖の祈祷書を読んだはず。それは、虚無の担い手しか読むことはできないのだから」

 その言葉に、ルイズは手の中の祈祷書と風のルビーを見つめた。

 気が落ち着いてくると、漠然とした不安がルイズの中に生まれてきた。先程は、才人を助けるために一心不乱で、手段のことなどは気にも止めていなかったが、自分が使ったのは……

「虚無……虚無って」

 始祖が使ったという伝説の系統ではないか。授業をまじめに受けていたルイズは、それが失われた伝説の魔法であることを知っていた。それを自分が? あらためて思うと実感はないけれど、そういえば才人の使い魔としてのルーンは、伝説の使い魔ガンダールヴのものであった。ならば、その主人であった自分も……明晰なルイズの知性は、彼女の意思とは無関係にパズルのピースを組み上げていく。

 戸惑うルイズに、才人もキュルケもタバサも話しかけることができずにいる。いらだったルイズは、その激情を、ガーゴイルの向こうの女に向けた。

「それで! わたしが虚無の担い手だからどうだっていうのよ」

「ふふふ、怒らない怒らない。可愛い顔が台無しよ。今日は、ただあなたにあいさつをしたいだけよ。わたしはね、さる高貴なお方に仕えているのだけれども、そのお方があなたとお友達になられたいとおっしゃられているの」

「わたしと?」

「そうよ、かつてはエルフとさえ対等に渡り合ったという伝説の魔法、それが虚無の系統。そんなすごい人と、友好を結びたいというのは当然でしょう?」

「ふざけるんじゃないわよ!」

 ルイズはシェフィールドの言葉が終わらないうちから、自分の歯を噛み潰してしまいそうなほどに激昂した。

 なんのことはない、こいつらは自分を利用しようとしているのだ。そんなこと、断じて認めるわけにはいかない。経過を見守っていた才人たちも、口々に武器を手にして言う。

「おい、シェフィールドだかなんだかしらねえが、ルイズに手を出したらただじゃおかねえぞ」

「誰だか知りませんが、あなたはわたくしたちの敵なのだけは間違いないようですわね」

「……帰れ」

 今にも木っ端微塵にしそうな敵意がガーゴイルに向けられる。しかし、シェフィールドは軽い口調を崩さずに、むしろ楽しげに言った。

「うふふふ、よいお友達をたくさんお持ちでうらやましいですわね。では、今日のところはそろそろおいとますることにしましょう。あなたという虚無の担い手を探し出すという、本日の目的は充分に達成できましたからね。今日のサプライズはお気にめしたかしら?」

「なんですって!? まさか、あなたがあの怪獣を……まさか、ヤプールの手先!?」

「失礼ね。わたしをそんなものといっしょにされては迷惑ですわ。わたしはれっきとしたハルケギニアの人間よ。ふふ、でもそれなりのことをできる手段は有していることだけはお教えしておきましょう。では、近いうちにまたお話にまいりますわ」

「あっ! ま、待て!」

 叫んだ瞬間、ガーゴイルは自爆して粉々の塵となった。破片を捕まえるまでもなく、残骸はあっという間に風に吹かれて消えていき、後には何も残らなかった。

「逃げられた……」

 これで、もうシェフィールドを追跡する手がかりはなくなってしまった。

 もはや、誰の声もなくなってしまった空の上で、憮然としてルイズはつぶやいた。

「シェフィールド……いったい、何者なの」

 それに答えることができるものは誰もいなかった。わかっていることは、ヤプールとは別の新たな敵が現れたということだ。それも、ハルケギニアの人間だという。そう、自分たちと同じ人間だと。

「わたしたちは、人間とまで戦わなくてはいけないの……?」

 これまで、自分たちが命をかけて戦ってきたのは人間のためではなかったのか? なのに、その人間が自分たちの敵となる? なぜ……? どうしようもない脱力感がルイズの全身を包んだ。そして、抗うこともできないままで、ルイズは才人の腕の中にくずおれていった。

「ルイズ!? どうした!」

「ごめんサイト……すっごく、眠いの……」

 激しい睡魔に襲われて、ルイズは意識を深い闇の中へと沈めていった。

 ゆるやかな寝息をたてはじめたルイズを見て、才人はほっとしたようにルイズを優しく抱きかかえた。

 しかし、キュルケとタバサは、気を失ったルイズと、彼女の指にはめられた風のルビー、そしてただの古書に戻った始祖の祈祷書を見て、自分自身に確認するように憮然とつぶやいていた。

「虚無の系統……ルイズが……」

 

 

 翌日、ルイズと才人、それにキュルケとタバサはトリスタニアの王宮に姿を見せていた。

 すでに、ラ・ロシェールでの事件のあらましはアンリエッタの元へと報告がされていた。ガリア艦『シャルル・オルレアン』から怪獣が出現し、ラ・ロシェールの街を破壊し、駐留艦隊やウルトラマンの迎撃も撃退して暴れまわったが、正体不明の謎の光によって倒された。

「その、光を作り出したのがあなただというのですか、ルイズ?」

 アンリエッタの、テーブルの上に置いた報告書から視線を移しての質問に、ルイズは深くうなずいた。

 緊急の用があると、謁見を申し込んできたルイズを、アンリエッタは公務を中断させてまで招きいれた。だが、人払いをさせた上で親友の口から語られた話は、覚悟していたはずのアンリエッタの想像をはるかに超える内容だったのだ。

「信じられないと思いますが、そのとおりなのです。わたしは、この始祖の祈祷書に書いてあった文字を読むことができました。これには、始祖ブリミルが直筆で、後世にあてた文書が残されていたのです」

 どこまでも真面目な顔で驚くべきことを告げるルイズに、アンリエッタはただうなづいた。ルイズは、自分の知る限り、こんな嘘をつく人間ではない。それに、同行してきたゲルマニアの大家ツェルプストー家の子息と、公言はしていないがガリア王家に由来する青い髪を持つ少女も証人と言っている。

 ルイズは、一呼吸をおくと、一気に続きの用件を伝えた。

「むろん、これはわたしたちにとっても晴天の霹靂でした。ですが、虚無といえば伝説上の系統……容易に調べるわけにも他言するわけにもいかず、考えました結果、始祖の祈祷書と始祖のルビーが伝わってきた王家になら、なにか手がかりがあるかもと愚考いたした次第です」

 テーブルの上には、艦隊から届けられた映像の記録水晶が置かれている。それには報告書のとおりに、怪獣の出現から撃破までの一部始終が映し出されており、荒唐無稽な話だと退けるわけにはいかなかった。

 しかし、いくら幼少からの親友とはいえ、確証もないことをおいそれと信じるわけにはいかない。

「言っていることはわかりました。しかし、わたくしにはその始祖の祈祷書は、ただの白紙の本にしか見えませんが……」

「ごもっともです。では、これより証拠をお見せいたします」

 そう言うとルイズは風のルビーをはめ、始祖の祈祷書を開いた。すると、風のルビーと祈祷書が、あのときと同じように神秘的な光を放ちだし、アンリエッタは息を呑んだ。

 そして、ルイズは最初のページに記された輝く古代文字を読み上げていった。

 

『序文。これより、我が知りし真理をこの書に記す。この世のすべての物質は、小さな粒よりなる。四の系統は、それらの粒に干渉し、影響を与え、かつ変化せしめる呪文なり。その四つの系統を『土』『風』『水』『火』と為す』

 

 光に照らされて、憑かれたように朗読を続けるルイズを、一同は無言で見守った。

 

『さらに、これらの四にあてはまらざる系統の力を我は持った。四の系統が影響せし粒は、より小さき粒より成り立つものである。我が系統は、この極小の粒に影響を与え、変化させし呪文なり。四にあらざればそれすなわち『零』、よって我はこの力を『虚無の系統』として後世に伝えるものなり』

 

 そこには疑いようも無く、虚無の系統と明記されていた。誰とも無くつばを飲み込む音が鳴る中で、ルイズはさらにページをめくり、読み進める。

 

『我と、我の同胞がなし得なかった目標を、我はここに書き残す。我の果てる地を、『ハルケギニア』と名づけて我は逝く。我の唯一の心残りは、『ハルケギニア』のはるかな東方、『聖地』を取り戻すことが叶わなかったことにあり。これを読みし者は、我の『虚無』の力を受け継ぐ資格を持つ。その力は強大なり、そして『聖地』を目指す鍵である。ただし、汝にその意思なくばそれもよし。『虚無』は詠唱は長きにわたり、多大な精神力を消耗する。時として命すら削る諸刃の刃、我の理想と目標を受け継ぐもののみが、この力を手にするがよし。そのため、我はこの書の読み手を選ぶ。たとえ資格なきものが指輪をはめてもこの書は開かれぬ。選ばれし読み手は『四の系統』の指輪をはめよ。されば、この書は開かれん』

 

 ページをめくり、ルイズは深く息を吸って読み上げた。

 

『最後に、我の目標を受け継ぐものが後世に現れることを切に願う。我の子たちは、我が第二の故郷にそれぞれ国を作った。将来、我の力を受け継ぐものたちはその血筋より現れるだろう。しかし、我は同時に子孫たちに詫びねばならない。我と、我の同胞の犯した罪は『聖地』より、いずれこの地にまで厄災をもたらすやもしれぬ。その日が未来永劫来ないことを願い、万一のときに備えてこれを残すものとする。我が末裔よ、意思あらば書を開き続けよ。時いたらば、すべてを語ろう。

 

 ブリミル・ル・ルミル・ユリ・ヴィリ・ヴェー・ヴァルトリ

 

 以下に、我が扱いし『虚無』の呪文を記す。

 初歩の初歩の初歩。『エクスプロージョン』』

 

 読み終えたルイズは祈祷書を閉じた。アンリエッタは唖然として言葉もない。

 半信半疑だったアンリエッタも、国宝の祈祷書と、アルビオンの秘宝が放つ光を目の当たりにしては考え込まざるをえなかった。ルイズが虚無? 幼馴染であり、今でも姉妹のように思っている親友が伝説の系統の担い手だというのか。

「わかりました。正直、わたしも気持ちの整理がつきませんが、事実に間違いないようですわね。ですが、虚無とは……いいえ、考えてみたら当然かもしれませんわね。世界が危機に陥り、破滅へと突き進んでいるこの時、始祖の力を受け継ぐものが目覚めるのは……かつて、始祖ブリミルは三人の子供に王家を作らせ、指輪と秘宝を残した。それらの一つがその祈祷書とルビー」

「はい」

「そして、王家には、こんな言い伝えがあります。始祖の力を受け継ぐものは、王家に現れると。今、ルイズが読み上げた内容とも一致しています」

「わたしは王族ではありませんわ」

「いいえ、ラ・ヴァリエール公爵家は王家の庶子。あなたにも王家の血は流れているのですよ」

 はっとしたルイズに、アンリエッタはうなづいてみせた。

「話してくれますね。わたくしにすべて」

「はい」

 ルイズは迷うことなくすべてを告白した。

 昨日、意識を失ったルイズが意識を取り戻したのはすでに日も落ちた時刻になってからであった。それでも、自分のやったことについてはしっかりと覚えていた彼女は、気持ちを整理するとまず才人に、続いて才人の勧めでキュルケとタバサに相談した。

 いくつかの憶測と仮説が提示され、実験を重ねた結果、少しだがわかったこともあった。

 まず、祈祷書に注意書きされていたとおり、文字は風のルビーをはめたときでないと読めないこと。

 ルイズ以外の人間には、祈祷書が発光するのまでは見えるが、文字は見えないこと。

 エクスプロージョン以外のページは、どうやっても白紙のままなこと。

 また、もう一度、実験のためにエクスプロージョンを唱えてみようとしたのだが、途中で意識を失って唱えきることができなかった。

「推測ですが、虚無の魔法は使用する精神力が膨大なために、あの一撃で力を使いきってしまったというのが、まず正解だと思います」

「と、いうことは回復するまではしばらくは虚無の魔法は使えないということですか?」

 無言でうなづいたルイズに、アンリエッタはほっとした様子を見せた。

「そうですか、それはかえって幸いだったかもしれませんね」

「どういうことですか?」

「よいですかルイズ、過ぎたる力は心を狂わせ、身を滅ぼします。今のあなたにその気が無くても、必要に迫られれば力を行使せざるをえないことにもなるでしょう。人は、よくも悪くも『慣れ』やすい生き物です。そして慣れは、警戒や恐怖を薄れさせます。なにが言いたいのか、わかってくれますね?」

「はい、わかります。いえ、わかっているつもりです」

 ルイズは、もしもあの力が行使することに失敗し、トリスタニアの真ん中や魔法学院で炸裂させてしまったときにはどうなるのかを想像して身震いした。あのときは、相手が怪獣であったからよい。しかし、あの魔法はその気になったら数万の人命をも一瞬で消滅させてしまうような凶悪なことにも使用できてしまうのだ。

 アンリエッタは、手に入れてしまった強すぎる力におびえるルイズの肩を抱き、優しく話しかけた。

「次に、虚無の魔法を使えるようになるのにどのくらいかかるかわかりませんが、それまでのあいだにじっくりと考えておくことです。わたしとしては、あなたにはその力を二度と使ってほしくありませんけれど、これが始祖のお導きならば、あなたが担い手になったのは、きっと何か意味があることなのでしょう。悩みなさい。自分に問いかけ続けなさい。その苦しみがある限り、あなたは自分を見失うことはないでしょう」

 あえて、迷いをぬぐうことをアンリエッタはしなかった。悩みの無い人間を人はうらやましがるけれど、実はそういう人間は、ほかの人間にとって大変危険なのである。なぜなら、例え誤った考えを持っていたとしても、自分のやることを疑わないから過ちに気づかない。正確には、自分を妄信するというべきであろう。確かに悩みはないだろうけれど、自分の正義のためなら他のすべてを犠牲にして平気な最悪の人間となってしまう。

「姫さま、ですがわたしはご存知のとおり、すべての魔法を失敗させてきました。嘲りと侮蔑の中、ついた二つ名は『ゼロ』。姫さまと祖国のために尽くしたいと考えてもなにもできぬ口惜しさに、常に身を震わせてまいりました。運命が、わたしに力を与えてくれた今、この力を正義のために、姫さまのためにもお役に立てたいと考えます」

「ルイズ、結論を急いではいけません。虚無には、まだ謎が多すぎます。あなたは、いわば初めて自分の足で立った幼児のようなもの。いきなり跳んだり駆けたりすることができますか? 第一、あなたのその力を狙っている敵がいるとのこと。なによりもまず、自分を守ることを考えなさい。これは主君としての命令です」

「はい……」

 命令という形をとられては、ルイズは貴族として従うしかなかった。アンリエッタとしても、こんな手段は使いたくはないのだが、親友ゆえにルイズの向こう見ずさはよく知っている。内心では、心配で仕方が無いけれど、それを知ればルイズは逆に強がるであろう。

「よろしい。それから、このことは当分のあいだはここにいる者だけの秘密としましょう。人は欲深い生き物……あなたのその力を知れば、よからぬことを考えるものも出てくるでしょう」

 ルイズは無言でうなづいた。才人は当然のこと、キュルケとタバサも異存のあろうはずもない。

 皆の意思を確認すると、アンリエッタは始祖の祈祷書をあらためてルイズに渡した。

「これは、しばらくあなたに預けておきましょう。虚無の謎を解くのには、欠かせないでしょうからね。それから、風のルビーはアルビオンに返還しなければいけませんから、代わりにわたしの水のルビーを預けておきます」

「姫さま! ですが、これらは姫さまの結婚式のために」

「式典用のイミテーションがありますから、それで代用することにいたします。ウェールズさまは、わたしが何とかごまかしておきましょう」

 軽くウィンクをして、まかせておけという仕草をしたアンリエッタの顔は、幼少のみぎりにルイズといたずらとしてまわったおてんば娘の、それそのものであった。

「ただし、あなたに頼んでおりました詔と巫女の役目は下りてもらわねばなりませんが、よいですね?」

 むろん、ルイズに異存のあろうはずはない。破格の配慮に比べれば、安すぎるくらいである。

「姫さま、何からなにまでありがとうございます」

「よいのです。誰よりもまず、わたくしに相談にきてくれたあなたの友情に、応えないわけにはまいりません。しかし、独力で虚無の謎を探るにも限界があるでしょう。誰か、優秀で信頼のおける学者に心当たりは……そういえばルイズ、あなたのお姉さまは王立アカデミーで主席研究員をしておられるとか」

「え゛っ」

 ルイズが露骨にいやそうな顔をするのも無理はない。本来の筋で言えば、真っ先に相談に行くべきなのは母のカリーヌか姉のエレオノールなのだけれど、パスしたのはこの二人が苦手だからだ。

「姫さま、それはちょっと……」

「なにか問題でも?」

「いえ、そういうわけではないのですが」

 苦手だから嫌だとはさすがに言えない。でも、秘密を厳守してくれて、且つ優秀な学者といえばほかに思いつかないのも事実だ。それはわかっているのだけれど、あの姉と四六時中顔を突き合わせて、でなくとも見張られたり観察されたりするのは、まるで牢屋に入れられてるような気がする。

 というより、小さいころにはヴァリエール家にもよく遊びに来ていたアンリエッタは、ルイズがエレオノールを苦手としていることは知っているはずだ。なのに、平然とエレオノールを推すとは。ルイズは、「どうしたのルイズ?」といわんばかりに微笑を浮かべているアンリエッタを見て、気づいてしまった。

”姫さま、わかってて楽しんでるわね”

 内心でルイズは、この方は幼い頃のままなのねと頭を抱えた。三つ子の魂百までとはよく言ったものだ。しかも昔に比べて知恵がついてるから、なお性質が悪い。背中に天使の羽がついてるけれど、スカートの中には先のとがった黒い尻尾があるらしい。

 それでも、どうせいつかは話さねばならないことだからとルイズは自分に言い聞かせた。

「わかりました。エレオノールお姉さまに頼ってみます」

「賢明ですわ。辞令のほうは、わたくしからアカデミーにまわしておきます。とはいえ、調査といっても古代の文献を調べたりするようなことが大部分でしょうから、あまり会う機会はないかもしれませんが。まあ、あなたの体を直接いじりまわすわけにはいきませんからね」

「姫さま、冗談になっていません」

 正直、ぞっとするのである。エレオノールは性格的にはもっとも強く母の血を受け継いでいると言っていいだろう。妹相手でも何をしでかすか、保障はどこにもない。

「カリーヌ殿には、ルイズの護衛をお願いいたしましょうか?」

「いえ、母に余計な心配をかけたくありません。今の母は、騎士として教師として重責を担う身、いずれ虚無のことが少しなりとてわかったときに、打ち明けることにいたしたほうがよいと思います」

 暗に、護衛は才人がいるからほかにはいらないとルイズは言っていた。

 アンリエッタはうなづくと、ペンをとってテーブルの上の公文書用紙にサインを書き込んだ。

「ルイズ、あなたをわたくし直属の女官ということにいたします。この許可証で、王宮を含む、国内外におけるあらゆる場所への立ち入りと、公的機関の使用が可能です。万一のときには使いなさい。ただし、このようなものを一学生が持っていると不審を呼びますから、濫用してはいけませんよ」

「はい、お心遣いに感謝を返す術もありません」

「わたくしには、これしかできることはないだけですよ。でも、銃士隊準隊員の彼がいれば、大抵のことには困らないでしょう」

 アンリエッタに視線を向けられた才人は、どきりとすると姿勢を正した。

「本当は、そばでルイズを助けてあげたいのですが、わたしはこの国を背負う身、代わりにどうかわたくしの大切なお友達を守ってあげてくださいね」

「それはまあ、これまでもやってきたことですから」

 素直に「はい」と答えられないのが才人の未熟なところだろう。けれど、虚無だろうがなんだろうが、ルイズを守ろうという才人の決意はいささかも変わるところはない。すると、アンリエッタは声をひそめて、才人にだけ聞こえるようにつぶやいた。

「お気持ちはけっこうです。ただし、守るだけでなくて男性として責任は持たないといけませんよ。先のことだからと後回しにして、女の子を泣かせるような真似をしちゃいけませんからね」

 才人は、背中からいきなり氷の剣を刺されたように錯覚した。やっぱりこの人は、敵に回すと恐ろしい。

「き、肝に命じておきます」

「よろしい。女の子を泣かす男はアルビオン大陸につぶされて死ねばいいと母も言っておりました。忘れないでくださいね。女が男に惚れるということが、どれだけ重大なことなのかを」

 言葉は優しいが、アンリエッタの目は笑っていなかった。ルイズのことを親友というだけでなく、才人に関わったすべての人も、裏切ることは許さないと言っている。女性と付き合うとは、一介の高校生であった才人が想像していたような、甘く甘美なものばかりでは、ないようだ。

 それからアンリエッタは、控えていたキュルケとタバサに「これからも、どうかルイズを助けてあげてください」と、頼んだ。二人はそれぞれうなづくと、キュルケは「気の抜けたヴァリエールなんて見るに耐えないから」など、憎まれ口を少々口にし、タバサは無言のままで可能な限りの協力を約束した。

 

 そうして、ルイズたちはもうしばらく話し合いを続け、心配そうなアンリエッタに見送られながら王宮を出た。

 しかし、ルイズはずっと何かを考えているように押し黙ったままで、才人も今のルイズにどう話しかけたらよいのか思いつけない。

 怪獣にすら致命傷を負わせえる伝説の魔法『虚無』、それを担わされてしまった自分、なぜわたしが? わたしでなければならない理由があるのか? 始祖ブリミルは『聖地』を目指せと書き残していた。『聖地』にはいったい何がある? さらに、謎の女シェフィールドと、彼女の後ろで糸を引く『虚無』の力を狙う何者か。わからないことが多すぎる……解決の糸口すら見つからず、思考の迷路の中をルイズはさまよった。

 その途中、ルイズと才人に、テレパシーでウルトラマンヒカリが直接語りかけてきた。

(どうやら、ただならぬ事態が生まれてしまったようだな)

(セリザワさん……気づいていたんですか)

 精神世界で、ヒカリ・セリザワはうなづいてみせた。ルイズが実質怪獣を倒したことは、彼女たちの会話をウルトラヒアリングで聞いていたことで知っていたのである。二人は事情を説明すると、ヒカリは憮然としてつぶやいた。

(そうか、とうとう姿を現したのか。しかし、まさか君たちのもとへと現れるとは予想外だった)

(セリザワさん、なにか知ってるんですか?)

(うむ……)

 ヒカリは迷ったが、先日に水の精霊から語られた邪悪な存在のことを打ち明けた。

(アンドバリの指輪……思い出したわ)

 磨耗しかけていた記憶から、ルイズはラグドリアン湖での戦いを思い出した。そういえば、あのとき水の精霊は、アンドバリの指輪を盗んだやつはクロムウェルと呼ばれていたと言っていた。クロムウェルといえば、レコン・キスタの指導者だった男の名前だ。あのときは、まさかと思い同名の別人と考えたけれど、シェフィールドの黒幕の強大さを想像すれば、もしやと思えてくる。

(わたしたち、もしかしてとんでもない相手を敵にしようとしているのかも)

 その予想が当たっていたら、敵は国すら動かせるような力を持っているのかもしれない。いったい、虚無を手に入れて何をするつもりなのだろうか? いや、レコン・キスタのしたことや、虚無を探すためだけに怪獣に街を襲わせたことからしても、ろくなことではないだろう。

 ルイズは、見えない敵のプレッシャーに押しつぶされそうになった。だが、縮こまって怯えていてはなにも始まらない。ヒカリは気休めの言葉をかけはせず、あえて厳しくルイズに告げた。

(俺も、敵の正体を探るために動くことにする。きたるべき時が迫る今、容易ならざる事態だ)

 ヤプールの復活、地球との再結合の時期が近づく今になっての未知の敵の出現は、放置しておいたらどんな不測の事態が起きるかわからない。奴らは、どんな方法かは不明だが、怪獣をも操る術を持っているのだ。

(あの怪獣のパワーは並ではなかった。俺はしばらくこの国を離れるが、君たちも油断しないようにな)

(ええ……あなたも、気をつけて)

 ヒカリの声は去り、現実の静けさが戻ってきた。

 

 王宮を出た後、城外で待っていたシルフィードの元に一行は帰った。きゅいきゅいと、深刻な空気の中でも彼女だけは元気よく主人の帰りを喜んで迎える。けれど、シルフィードにルイズと才人は乗らなかった。

「じゃあルイズ、わたしたちはいったんラ・ロシェールに戻るから」

 怪獣出現のどさくさにまぎれて出てきたが、いつまでも行方をくらませてはいられなかった。無断で飛び出したことはさておいても、三人もいっぺんにいなくなっては仲間たちにも迷惑がかかる。ルイズは、シルフィードに乗ったキュルケとタバサを見上げた。

「みんなによろしくね。わたしたちは学院に戻って、エレオノールお姉さまを待つから」

「ええ、みんなには、あんたは急病で学院に帰したって説明しておくから。ともかく、早めに抜け出すつもりだから、それまでシェフィールドとかいうのに襲われても無茶しちゃだめよ」

 ルイズに対して、ここまで深刻な表情を向けるキュルケはまず見られない。それだけ、ルイズの使った虚無の力がキュルケの中にも大きな戦慄を残しているのだろう。二人は、後ろ髪を引かれる思いながら、学院の仲間たちの待つ街へと飛び去っていった。

 残るルイズたちは、馬車を借りて学院へと帰ることにした。空には、昨日までの晴天は嘘だったかのような、黒く分厚い雲が立ち込めている。才人は、言葉を忘れて人形になってしまったかのようなルイズの肩を軽く叩くと、顔を上げて小さくつぶやいた。

「ひと雨、来そうだな……」

 まるで、二人の行く手を、この世界の未来を暗示しているような光景。二人は、何事も起こらないでほしいと、ただ願うことしかできなかった。

 

 

 だが、彼らの知らないところで、すでに異変は始まっていたのだ。

 王立魔法アカデミーが発掘を続けている、トリスタニア郊外の古代遺跡。その深部で見つかった石棺。

 学者たちは、好奇心の赴くままに石棺を開けて、中の遺体を確認しようとした。

 ところが、石棺の中に収められていた古代のミイラは突如として息を吹き返し、発掘チームを恐怖のどん底に叩き込んだのである。

「ぎゃあああっ! ミイラ、ミイラが生き返ったあ」

「た、助けてくれぇっ!」

「ひっ、来るな! エア・ハン……うぎゃあっぁ!」

 生き返ったミイラは、荒い息のようなうなり声をあげつつ、遺跡の中を徘徊した。青黒い皮膚と、サルの様な顔を持つミイラが動くのを目の当たりにした発掘チームの人々は、口々にミイラの呪いだと叫びながら我先にと地上に逃げ出していく。メイジの中には魔法で攻撃を試みようとする者もいたが、ミイラは目から怪光線を放って、それらをことごとく返り討ちとしていった。

 地下のパニックはミイラが地上に上がってきたことによって、一気に地上にも拡散した。

 戦う術の無い平民や学者は逃げ惑い、戦闘の心得のあるものも貴重な発掘資材のある場所では思ったように魔法を使えない。いや、むしろ古代人の生き残りかもしれないから捕まえろと、無茶な命令が出されて飛び掛っていった工夫が、ミイラの怪力によって次々と倒されていった。

 上下の区分も無く、右往左往の混乱を続ける人間たちを尻目に、ミイラは発掘テントの中を何かを探しているかのように歩き回った。そして……

「大変だあっ! ミイラが、昨日発掘したばかりの赤いカプセルを持って逃げたぞぉ!」 

 暗雲から雨粒が落ち始める中を、ミイラは森の中へと消えていく。

 彼がいったいなんなのか、知っているものは誰もいない。

 

 

 続く


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