ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第31話  伝説の力

 第31話

 伝説の力

 

 幽霊船怪獣 ゾンバイユ 登場!

 

 

 ルイズは悪夢の中にいるような思いを味わっていた。才人が、自分の手の中で物言わぬ姿になって横たわっている。

 あのとき……彗星怪獣ドラコから身を挺して自分を救い、命を落としたときと同じ……

 もう二度と見たくない……もう二度と、味わいたくないと思っていたのに。

「起きなさい! 起きなさいよ! こら! あんたがいなくてわたしにどうしろってのよ。わたしを、わたしをまた置いて一人でかっこつけてるんじゃないわよ! 起きなさい、このバカ犬ーっ!」

 ルイズが力いっぱい才人の頬を張り、あらん限りの声で揺り起こそうとしても、才人の目が開かれることはなかった。しかし、絶望に沈むルイズをあざ笑うかのように、怪獣ゾンバイユはさらなる食料となる魂を求めて迫ってくる。

「ルイズ! 逃げてーっ!」

 空の上から、自分の名を呼ぶキュルケの声も今のルイズには届かない。才人が倒れたということが、完全にルイズから冷静さを奪っていた。自分の命が危機にさらされているという実感も、今のルイズにはなかった。

「サイト、起きてよ。あんたはわたしを救えてそれでいいかもしれないけど、残ったわたしはどうすればいいのよ……わたしはあんたが好きだって言ったでしょう。知ってるくせに、ばか……」

 つぶやく声もだんだん細くなり、激情も冷たい悲しみへと変わっていく。

 まるで、体の半分を突然失ったような、そんな喪失感が心を覆って、外の世界のことがすべてどうでもよくなって感じられる。このまま眠ってしまいたい……才人と同じところに行けば、会えるのかな。

 だが、ルイズまでも犠牲になっては才人の意思が無駄になってしまう。動かないでいるルイズへ、キュルケはせめてルイズだけでも拾い上げようとタバサに頼んだ。

「ルイズ! タバサ、早く」

「だめ、間に合わない」

 怪獣の視線はまっすぐルイズを睨んでいる。今、降りていったら自分たちも巻き込まれると、タバサはシルフィードを上昇させた。

「タバサ! あなた」

「……」

 ルイズを見捨てるつもりかと、キュルケはタバサに詰め寄った。だが、唇を噛んでいるタバサを見て黙らざるを得なかった。友達を見捨てるなんて、気楽にできるわけがない。でも、花壇騎士として鍛え上げたタバサの冷静な意思が、残酷な選択を彼女に強制していた。

 ゾンバイユは、目の前で動かないでいる絶好の獲物へ向かって狙いを定める。このまま、ルイズまでもあの怪光線の餌食となってしまうのか、タバサとキュルケが、思わず目を閉じかけた……そのとき!

 

「シュワッ!」

 

 突如、流星のように飛び込んできた青い光がゾンバイユを横合いから弾き飛ばした。その光は、ゾンバイユが渓谷を転がり落ちていくのを見下ろし、世界樹の傍らに降り立った。

「くっ……遅かったか」

「ウルトラマン……ヒカリ!」

 ルイズは、目の前に自分たちを守るように現れたヒカリの姿に思わず叫んだ。

 現れた青い巨人、ウルトラマンヒカリは構えをとり、怪獣からの反撃に備える姿勢をとりつつルイズたちを見返した。ルイズの腕の中で才人は血色を失った体になり、学院の生徒たちも皆同じように倒れている。死屍累々、むごたらしい惨状に、ヒカリは自らのうかつさを悔いた。

「すまん、俺がもっと早くここが襲われる可能性が高いことに気づいていれば」

 水の精霊から、この世界の陰で暗躍している謎の存在のことを聞かされてから、セリザワはずっとそいつが動き出す気配がないかを探り続けてきた。アンドバリの指輪を水の精霊から強奪した者たち。時期から考えるとヤプールとは恐らく無関係であろう。しかし、かつてこの星を一度滅亡させたというシャイターンと同じ気配を持つ者によって所有されているとなれば、何が起こるかはわからない。

 セリザワはハルケギニアを歩き回り、怪獣や宇宙人の動静を探り、攻撃の兆候がないかを調べ続けた。

 そして、先日ガリアに立ち寄ったおりのことだった。空を不気味な光を放つ船が、トリステインの方向へ飛んでいったという話を聞き、もしやと思って飛び去った方角を追って来てみれば……まさか、こんな能力を持った怪獣が現れるとは! ヒカリ・セリザワも初めて見る怪獣の攻撃には正直に驚いていた。GUYSのアーカイブドキュメントにも記録のない、まったく未知の怪獣……いったいほかにどんな能力を持っているのか、想像もできない。

 だが、相手の正体がなんであれ、人々の平和を脅かす存在であることだけは間違いない。なぜ、どこから、何者が送り込んできたのか? それを考えるのは後でよい。

 この怪獣は、ここで倒す! ヒカリはそう決意し、構えをとって怪獣を牽制する。その隙に、タバサはシルフィードを降下させてルイズと才人を拾い上げ、ヒカリの周りを旋回させた。

「ウルトラマン! サイトが、サイトが大変なの! わたし、わたし、どうしたらいいの!」

「才人くん……だめか、完全にエネルギーを抜かれてしまっている」

 半泣きになっているルイズに、ヒカリは才人の様子を見ると落ち着くように語り掛けた。

「慌てるな。まだエネルギーを抜かれて時間は経っていない。奴を倒せば、エネルギーを吸われた人たちも生き返れるかもしれん」

「そ、それは本当なの!」

「ああ、いくつか前例はある。可能性は充分高い」

 それは嘘ではない。怪獣や星人に人間が異常状態にされた例としては、生物Xワイアール星人に植物人間にされた人々や、吹雪超獣フブギララに氷付けにされた人々、きのこ怪獣マシュラにきのこ人間にされた人々などが記録されているが、どれも元凶となる怪獣が倒されるとともに正常に戻っている。

 冷静さを取り戻したルイズは、精神を集中させて、自分たちの中にいるウルトラマンAへと呼びかけた。

〔エース……ホクトさん、聞こえる? 聞こえたら返事をして〕

〔ああ、大丈夫、聞こえているよ〕

〔よかった! ねえ、サイトは! サイトはどうなったんですか!?〕

〔あの怪獣によって、肉体から魂だけを吸い取られてしまったようだ。今の彼の体は、抜け殻の仮死状態といったところだろう。残念だが、これでは私も力を出すことはできない。だが心配はするな。ヒカリの言うとおり、あの怪獣を倒せば、サイトくんや他の人たちもみんな助かるはずだ〕

 一縷の希望を得たルイズはヒカリに向かって叫んだ。

「お願い! サイトを助けて」

「ああ! 君は彼を連れて下がっているんだ」

 もとよりヒカリに異存があろうはずもない。それに、才人だけでなく、同じように魂を奪われた大勢の人々を救うためにも、あの怪獣を倒さなければならない。

 対して、ゾンバイユもヒカリを敵と認識して、ラ・ロシェールの渓谷から平地に出てヒカリを待ち構えている。

 好都合だ、これで少なくともヒカリを狙っているうちは人々が危険にさらされることはない。それに、平地のほうが戦いやすいのはこっちも同じことだ。

「いくぞ! 怪獣」

 左手を前に出したゆるやかな構えから、ヒカリは怪獣に向かって駆け出した。

「デヤアッ!」

 ヒカリの素早い動きを活かした速攻だ。助走して勢いをつけ、ジャンプして振り上げた手からチョップをお見舞いしようと飛び掛る。ヒカリは元々科学者であり、ハンターナイト・ツルギだったころは、戦闘力が不足しているのをアーブギアによって補っていたけれど、今では格闘技でも兄弟にひけはとらないのだ。

 まるで、獲物に牙をむいて襲い掛かる狼のように、ヒカリの手刀がゾンバイユを襲う。

 必中! 誰もがそう思った。しかし、ヒカリのチョップが命中する寸前、誰も予想だにしていなかったことが起きた。

「消えた!?」

 突如、怪獣の姿が何の前触れもなく掻き消えて、ヒカリのチョップはむなしく空を切った。

 これは!? だが、考える間もなく背後から聞こえてきた不気味な声に振り向いてみると、そこにはおどけるように手足を揺らしている怪獣がいるではないか。

 

”この怪獣は、瞬間移動が使えるのか!?”

 

 ヒカリの、その推測は誤っていなかった。空から、そして地上から、たった今起きたことを見守っていた人々の目にも、チョップが当たる寸前にゾンバイユの姿が分解するように消滅し、次の瞬間にはヒカリの背後に現れたように見えていたのだ。

”これは、厳しいかもしれないな……”

 ヒカリは、再度構えを取り直しながら、早くも焦燥を感じ始めていた。

 瞬間移動、いわゆるテレポーテーションはウルトラマンでさえ大幅にエネルギーを消耗し、場合によっては寿命を削るとさえ言われている代物だ。しかし、それゆえに戦闘に応用できれば強力であり、かつて五代目バルタン星人はこれでウルトラマン80を翻弄し、あの宇宙恐竜ゼットンも初代ウルトラマンやウルトラマンメビウスをきりきり舞いさせている。

「強敵だな……しかし、打つ手がないわけではない!」

 ヒカリはナイトブレスから光の長剣ナイトビームブレードを引き出すと、中段に構えてゾンバイユに切り込んだ。むろん、正面からの馬鹿正直な攻撃をゾンバイユは恐れはせずに、青い単眼をいやらしく歪めて笑い声をあげる。そして、切り込んだナイトビームブレードの切っ先がゾンバイユに触れようとした瞬間、またしても奴は全身を分解するようにして消えてしまった。

「だが、同じ手は何度も通用しないぞ!」

 ゾンバイユが消えた瞬間、ヒカリはそれを待っていた。間髪を入れず、ナイトビームブレードを後ろに向かって振るい、半月状のエネルギーの刃を打ち出した。

『ブレードショット!』

 振り返るまでも無く放たれた光刃は、まさにヒカリの背後で実体化しようとしていたゾンバイユに命中した。単眼の左上部付近で爆発が起き、ゾンバイユはダメージを受けて慌て、うろたえる。奴にしてみれば、攻撃をかわして死角に潜り込んだと思ったところへのダメージである、驚かないはずはない。

 しかし、ヒカリからしてみたらたいして難しい問題ではない。本当に単純な話、敵が死角に入ってくるならば、死角に向かって撃てば敵の方から当たりに来てくれるという、それだけなのだ。攻撃を当てられてうろたえているゾンバイユに向かって、ヒカリはすかさず反撃に打って出た。

「テヤァッ!」

 フットワークを活かして高速で怪獣の懐に飛び込み、ヒカリの攻撃が始まる。パンチが火花を散らし、キックが怪獣の皮膚を削り取る。

”当たる。今ならいける!”

 ゾンバイユはヒカリの攻撃を受けるだけで、先程までの人をこばかにした余裕は見せず、テレポートで脱出することもしないでいる。恐らく、奴はテレポートで敵を翻弄する戦術を、うぬぼれに近いところまで自信を持っていたのだろう。例えるなら、サッカーの試合ではるかにランクの低い相手に先制ゴールを許してしまった強豪チームがそのままペースを乱して惨敗してしまうように、自信を崩してやったことが動揺を生み、当たり前にできることもできなくしてしまっていた。

 ヒカリは、このチャンスを逃してはならぬと、パンチ、キック、チョップと怒涛のラッシュをかける。だが、ヒカリとゾンバイユは人間と子牛くらいに体格に差がある。軽量級のヒカリの攻撃が、重量級の怪獣に対してどこまで効果を発揮できるか、戦況はまだ予断を許さない。

 

 その戦いを、トリステイン空軍艦隊と、戦艦『レゾリューション』号に乗ったウェールズ国王は息を呑んで見守っていた。

「ウルトラマン……あのときと同じように、我々のために戦ってくれるというのか」

 それは半分当たり、半分外れていた。ウルトラマンは無条件に人間を守るような都合のいい神様ではない。人の力ではどうしようもなくなったとき、失われてはいけないものが危機にさらされたとき、少しだけ手を貸してくれる、本当にそれだけの存在なのだ。

 ウェールズは、しばらくその戦いを呆けたように見つめていたが、部下から「艦砲の射撃準備完了しました」と報告を受けると、ぐっとしてつぶやくように答えた。

「しばらく待機だ。今砲撃しては、ウルトラマンにも当たる危険が大きい」

 以前アンリエッタは彼に告げた……ウルトラマンは人間の力ではどうしようもないときにだけ力を貸してくれるのだと。けれど、それは裏を返せば、自分たち人間の非力を証明されているようなものだ。これだけの艦隊を有しているというのに、たった一匹の怪獣にすら手も足も出ないとは。

「王家は民を守るのが責務……口先ではそんなことを言っても、肝心なときには人任せにせざるを得ないとは、情けない……」

 自嘲を込めたウェールズの笑いが、『レゾリューション』の後甲板に流れて消えた。

 

 しかし、直接怪獣に立ち向かう力はなくても自分たちなりに戦っている人は大勢いる。

 

「皆さん、今なら怪獣の気が逸れています。落ち着いて逃げてください」

「我々は非常事態に対応するための訓練を受けています。我々の指示に従えば助かります。皆さん、どうかパニックにならないようお願いします!」

 街の保安の任務についていた兵士たちは、必死になって逃げ惑う人々を秩序正しく避難させようとしていた。その中には、アニエスやミシェルたち銃士隊も当然おり、衛士隊や他の街から集められてきた保安官などもいろいろいる。トリステインは、もはや特別なものではなくなってしまった市街地への突然の怪獣襲来という事態が起きることを考慮し、備えていたのだ。

「隊長、北地区の隊員と連絡がとれません。西地区も、避難が完了したのか確認が」

「落ち着け! 戦場で連絡の不具合が起こるのはよくあることだ。三班は北地区へ、五班と六班は商業地区の確認に向かえ。無人を確認したら打ち上げ花火で連絡、その後は、避難完了地区の閉鎖に当たれ。引き返してくる奴らはどんな理由があろうと通すな!」

 銃士隊ではアニエスが陣頭に立ち、避難誘導のための命令を次々に発していた。彼女たちは、特にこうした経験が豊富なために中核として活躍している。中には、こうした華々しさとは無縁の仕事が続くことに不満を持っている者もいるが、多くの者はこれまでの怪獣出現や、先日のアブドラールスのトリスタニア襲撃で、自分たちの仕事がいかに重大であるというかを痛感していた。地球でも実際に証明されているとおり、訓練を受けた人間が避難誘導をするのとしないのとでは生存率が大きく違ってくる。彼女たちは、見るだけで肝が縮んでしまいそうな人の波に当たりながらも、必死で己の責務を果たそうとしていた。

 

 武器なき戦いを続ける人々の、目に見えない功績によって、ラ・ロシェールは着実に無人に近づきつつある。

 

 その光景をタバサとキュルケはシルフィードに乗って上空から暗然と見ていた。

「昨日までのにぎわいが、まるでうそみたいね……」

 昨晩、タバサと連れ立って食べ歩いた店店も、男の子をひっかけて歩き回った歓楽街も、今は人っ子一人いないゴーストタウンと化している。キュルケは、他国の姫君であるアンリエッタの結婚式には、それほどの興味関心を抱いていたわけではなかったが、思い人との婚礼……女の幸せをいきなり踏みにじられる出来事が起きてしまったことには、内心で同情していた。

「ようし、タバサ! わたしたちも……?」

 何かをやろうと言いかけたキュルケに、タバサは無言で首を横に振った。

 今回は、自分たちにできることはない。戦うにせよ、人を逃がすにせよ、専門の訓練を受けた人たちがすでに働いている以上、素人が顔を出しても邪魔にされるだけだ。

 それに、今は意識不明の才人と、意気消沈しているルイズがいる。無茶はできないとうながすと、キュルケも配慮が足りなかったことを素直に恥じた。

 今やるべきことは、ルイズと才人を安全なところまで運ぶこと。ウルトラマンAになることのできる二人に何かがあったら、ハルケギニアが危機にさらされる。シルフィードは狂乱する街と、戦いを続けるウルトラマンたちに背を向けて飛ぶ。

 だが、郊外を目指そうとしていたそのとき、シルフィードが地上を口先で射して叫んだ。

「お姉さま、あそこ、火の中に人がいるのね」

「えっ!」

 驚いた二人は地上を見下ろした。怪獣の破壊活動で火災を起こしている街の中を、一人の法衣を着た男が逃げ場を失って右往左往している。あのままでは火に巻かれてしまうと、キュルケはタバサを見ると、タバサはうなずいて、杖で降りろと命令した。

「わたしが炎を抑える」

「わかったわ」

 二人には、それだけのやりとりで充分だった。タバサが風の魔法で、火災の上昇気流を抑えてシルフィードの道を作り、地上スレスレまで降りたところでキュルケが『レビテーション』を使って男をシルフィードの上まで引き上げた。

「あ、あなたがたは……?」

「はーい、ま、通りすがりの天女のご一行ってところかしら。飛ぶわよ、じっとしてなさいな」

 呆然としている男に洒落た答えをしつつ、キュルケはタバサに目配せした。「飛んで」と短く告げると、シルフィードは今度は上昇気流に乗って一気に上昇し、安全高度に到達した。

 タバサは、シルフィードに急いで郊外へ向かうように伝える。人が大勢集まる予定だったので、万一に備えて、あちこちに救護所が設けられており、そこでなら薬もあるだろう。その前に、応急手当としてルイズとキュルケはハンカチを破って即席の包帯で、彼の傷を覆っていった。普段は男勝りな二人でも、やはり女性らしい優しさが心の中には満ちている。止血をしながら、キュルケは男に話しかけた。

「ここはもう大丈夫だから心配しないでいいわよ。それにしても、なんであなたあんな危ないところに一人でいたの?」

「面目しだいも……私はこの式典の資材の運搬をまかされている者なのですが、アルビオンから預かった積荷の中に、どうしても壊してはいけないものがありまして。仲間がすべてやられてしまい、私一人で行くしかありませんでした」

 助け出した男は彼女たちに礼を言うと、大事そうに抱えていた包みを下ろした。

「助かりました。私はともかく、これをなくしてしまってはウェールズ陛下にも始祖ブリミルにも申し訳が立たないところでした」

「それは、もしやアルビオン王家の秘宝と言われる……」

「はい、風のルビーです」

 包みの中から現れたのは、緑色の大きな宝石が埋め込まれた指輪であった。これは、ハルケギニアの三つの王家と、ロマリアの法王庁に一つずつ伝わっている秘宝であり、始祖ブリミルより、それぞれの王家の始祖と、ロマリアを開いたブリミルの弟子に与えられたと言われる。そして、この指輪には、トリステインには”水”、アルビオンには”風”、ガリアには”土”、ロマリアには”火”というふうに、四色のルビーがはめ込まれて、それぞれの王家の象徴ともなっているのだ。

「本当に、危ないところをお救いいただきありがとうございます。あの危機の中、貴女方はまさしく天使に見えました。こうして命拾いできましたのも、神のお導きかと存じます」

「しゃべらないほうがいいわよ。ひどい怪我……安全なところまで連れて行ってあげるからおとなしくしていなさい」

「うう、ふがいない……申し訳ありませぬが、見れば、あなた方は身分卑しからざる方々とお見受けします。どうか、わたくしめに代わりまして、この秘宝をお守りいただけぬでしょうか」

 男はそのまま気を失った。

「どうする? ルイズ」

「わたしが預かっているわ。どうせ、始祖の祈祷書も守りきらなきゃいけないんだし、このくらいどってことないわよ」

 キュルケは、まあそう言うだろうねとつぶやくと、「なくすと大変だから、身につけておいたほうがいいわよ」と忠告した。ルイズは姫さまとウェールズさまのエンゲージリングを自分などが身につけてはと躊躇したが、ポケットに入れておくよりは安全だろうなと、忠告に従うことにした。

「わたしの指には少し大きいかしら……あら?」

 そのとき、ゆるかったリングが急に縮んでルイズの指に合ったサイズになったように思えた。しかし、そんなことがあるはずないわねと切り捨てると、かすかに息をしている才人を、また心配そうに見下ろした。才人は相変わらずぴくりともせずに、人形のように横たわっている。

「サイトの魂を、取り戻して……お願い」

 

 ウルトラマンヒカリと怪獣ゾンバイユの戦いは、なおも熾烈さを加速度的に上げていっていた。

「トァッ!」

 ヒカリの飛び蹴りを口元に受けたゾンバイユがのけぞる。重量級のゾンバイユに対して、ヒカリはスピードから生まれる破壊力を活かし、連続攻撃でダメージを蓄積させる戦法をとっていた。

 流れるような、息もつかせぬ攻撃が次々にきまる。しかしゾンバイユも、伊達に伝説の怪獣などと呼ばれているわけではない。手数の多さに圧倒されているかに見えて、強固な外皮に覆われた体はまだまだ余力を備えており、一時の動揺が収まると、また悪辣な頭脳を回転させ始める。必殺の気合が込められたヒカリの正拳が、ゾンバイユの単眼に命中しかけた瞬間、再びテレポートして消えてしまったのだ。

「姑息な真似を……なにっ!?」

 奴が再出現したところをまた叩こうと、後ろを振り返ったヒカリは愕然とした。

 怪獣は、確かにそこに実体化していた。ただし、信じられないことに一体ではなく複数いる。いや、そんな生易しいものではなく、視界を埋め尽くすような大量のゾンバイユが右に左にとあふれかえっていたのだ。

「こいつ、分身まで使いこなせるのか!?」

 平原をゾンバイユが埋め尽くす不気味この上ない光景を見渡しながら、ヒカリはどこから攻撃があってもいいように構えた。分身……有名どころでは宇宙忍者バルタン星人や、分身宇宙人ガッツ星人がこれを使いこなすことで知られ、特に後者はこれを狡猾に使いこなすことでウルトラセブンを倒している。

 地味だが決してあなどれる能力ではないと、ヒカリは数十体のゾンバイユを前にして思った。

 とにかく、どれが本物かわからないというのは始末が悪い。それはそうだ、簡単に本体を見破れるような代物であったら使う意味は無い。どうする? どれを攻撃するべきなのか。

 外れを選んでしまったら本物に死角から攻撃される。迷うヒカリをあざ笑うかのように、ゾンバイユは聞き苦しい笑い声をあげて挑発してくる。まるで、『こないのか、こないのかな?』とでもいっているようだ。けれど、ウルトラマンAが変身できない今、ヒカリまでもが倒されてしまってはこの世界を守るものがいなくなってしまう。

”焦るな。冷静に、冷静になれ……”

 自分自身に言い聞かせながら、ヒカリは隙を作らずにゾンバイユの分離攻撃に向き合った。

 だが、そちらからこないならこちらからゆくぞとばかりに、数十のゾンバイユの一体から灰色の光線がヒカリに向かって放たれる。

「ヘヤッ!」

 とっさに飛びのいてかわしたヒカリは肝を冷やした。危なかった、あれは街の人々や才人から魂を奪い取ったあの光線だった。当たればどうなるかはわからないけれど、少なくとも無事ではすむまい。しかし、今は運良くかわせたが、何発もこられてはすぐにかわせなくなる。

”どうする……どうすればいい……?”

 打開策を練ろうとしても、早々都合よく名案も浮かばない。どうすれば、この無数の分身の中から本物の怪獣を見つけ出すことができるのか。

 

 だがそのとき、戦いの推移を見守っていたラ・ラメー率いるトリステイン艦隊と、ウェールズ王指揮する戦艦『レゾリューション』で、高らかに命令が放たれた。

「砲撃開始! ウルトラマンを援護せよ」

 たちまち数十隻の戦闘帆船から放たれた数百門の大砲の弾が、ゾンバイユの群れに雨のように降り注ぐ。

 ゾンバイユがいかに多数に分離しようと、大砲の数に比べたら微々たるものだ。幻影はすり抜けて落ちるものの、全部を攻撃されたら本体にも必ず当たる。大砲の弾では怪獣にダメージは与えられないけれど、爆発が体のあちこちで起こり、驚いたゾンバイユは分身を消してしまった。

「いまだ!」

 分身攻撃が破れたことを見て取ったウェールズは、ウルトラマンヒカリに向かって叫んだ。その叫びには、自分たちは非力ではない。こうして戦う力はあるんだ、それを証明したいんだという願いもこもっている。ヒカリは、自ら戦う勇気を見せた彼らの声を確かに聞き届けた。

「君たちの意思、受け取った!」

 ヒカリの渾身の力を込めた猛攻が、ゾンバイユに暴風のように襲い掛かっていく。

 人間とともに戦うときのウルトラマンは、一人で戦うときの何倍もの力を発揮する。それは、ウルトラマンも人間もともに心を持ったもの同士、仲間であるからだ。ヒカリの攻撃に押されるゾンバイユは、超能力を発揮する暇も与えられずに追い詰められていく。

 

 このままいけば、ウルトラマンの勝ちは決まりだろう。誰もがそう思った。

 

 しかし、それを望まない邪悪な意思がここに存在することを、ヒカリは知らなかった。

「悪いけど、そんな簡単に勝たれたんじゃあジョゼフさまの計画どおりにはいかないのよ。だから、うふふ……まだこれにも、使い道があったわね」

 人目を離れた場所で、戦いを見守っていたシェフィールドの指にはめられていた指輪が怪しい光を放つ。それは、かつて水の精霊から盗み出された古代の秘宝『アンドバリの指輪』。それにはめられた宝玉が深海のように暗く深く輝くとき、水の精霊が懸念していた破滅への序曲が奏でられ、その戦慄を聞いた者たちは、愕然として己の目を疑った。

「ウワアッ!?」

 突如、轟いた大砲の音と、炸裂する砲弾の爆炎……そして、砲撃を受けてのけぞるウルトラマンの姿。

 誰もが、一瞬何が起こったのか理解することができなかった。

 ウェールズ、ラ・ラメー、艦隊の将兵たち、戦いの推移を見守っていたルイズたち。

 彼らは、目の前で起きたことの意味がわからずに、その思考のすべてを一時停止させた。

 しかし、現実において時が停止することはない。一瞬の間を置いて、彼らの脳が再始動したとき、困惑は激怒となって発露した。

「ば、馬鹿な! 誰だ今撃った奴は! 誰がウルトラマンを撃てと言ったあ!」

 犯人は即座に判明した。アルビオン艦『レゾリューション』の砲手四名が、無断で砲をウルトラマンに向かって撃ったのだ。むろん、彼らは即座に拘束され、誤射だと友軍には報告された。だが、ウェールズは自艦の砲手が反逆行為に出たことが信じられなかった。彼らはいずれも内戦時から王党派に尽くし、この艦にも特に選ばれて乗り込んだ忠臣たちだというのに。

 けれど、困惑している余裕は誰にもなかった。完全な不意打ちの形で砲撃を喰らったウルトラマンヒカリは、砲撃によるダメージこそさしたるものはなかったが、体勢を崩してしまったことでゾンバイユに反撃の機会を与えてしまったのだ。

 人間たちから攻撃されたことで動揺するヒカリに、ゾンバイユの体当たりが命中する。受け止めることもできなかったヒカリは、闘牛にはねられたマタドールのように宙を舞って地面に叩きつけられた。

「ヴアアッ!」

 このダメージは大きく、ヒカリはすぐに立ち上がることはできない。対してゾンバイユは、やられた恨みを晴らそうとヒカリへさらに体当たりを仕掛け、さらに巨体でのしかかっていった。

「ウッ……アアァァッ!」

 背中の上で暴れられ、ヒカリの骨格がきしみをあげる。まるで象を怒らせてしまったライオンのように、踏みにじられてつぶされ、はねとばすこともできないいままヒカリのカラータイマーが赤く点滅を始める。

 あの馬鹿な砲撃さえなければ! と、そのときウルトラマンがやられるのを歯軋りしながら見守っていた誰もが思ったことだろう。が、四人の兵隊の錯乱したとしか思えない暴挙の裏に、狡猾な影が糸を引いていることには、気がつきようもなかった。

 突然ウルトラマンを砲撃した四人の兵士はロープで柱に厳重に拘束されていたが、その顔を覗き込んだ兵士たちは、一様に背筋を振るわせた。彼らの顔は、まるで魂を抜かれたように、ぼんやりと目を見開いたまま呆けた形で固まっていたからだ。

 そして……それこそが、シェフィールドの仕掛けた卑劣な策略の正体だった。

「うふふふ……アルビオンに内乱を起こすために、二年も前に根回ししていたことが今ごろに役立つとはねえ。まだまだ、モノは使いようということかしら」

 暗い笑いをシェフィールドは口元に浮かべた。以前、レコン・キスタを作るためにアンドバリの指輪でアルビオンの貴族を操って行動させたように、王党派の中にも戦闘中に王党派を不利に働かせるために洗脳したものたちがいたのだ。アルビオンの内戦を操る謀略自体は、途中でヤプールに利用されたために瓦解したものの、指輪の効力を眠らせていた者たちがアルビオン艦に乗っていたのはシェフィールドにとって幸運だった。

「さあて、これでウルトラマンを倒したら、次は上空の艦隊。そして次は地上の虫けらどもを皆殺しにしましょうか……でも、ジョゼフさまのおっしゃるとおりなら……? さて、どうなるかしらね」

 好奇心と、残忍な笑いを浮かべたシェフィールドの耳に、人々の怨嗟の声が届くことは無い。

 

 ジョゼフと、その意を受けたシェフィールドの邪念が乗り移ったかのように、ゾンバイユの攻撃は容赦なくヒカリを襲う。

 足蹴にしていたヒカリを、ゾンバイユは子供が石ころにするように蹴飛ばした。

「ヌワアッ!」

 腹を蹴られ、大きくダメージを受けたヒカリは、それでも立ち上がろうと手をついて力を込める。しかし、もはやエネルギーも残り少ない状態では、体が別人のものになってしまったように言うことを聞かない。

 絶好の標的となったヒカリに向けて、ゾンバイユの単眼が不気味に輝く。放たれた光線はヒカリの体にロープのように絡みつき、動きを封じて持ち上げはじめた。これは、相手を拘束する牽引ビームの一種だ。振り払うこともできず、両手両足にビームをかけられたヒカリは、マリオネットのように空中でエネルギーロープの磔にされてしまった。

「なんてこと! これじゃなぶり殺しじゃない」

 いたぶることを楽しんでいるような怪獣の攻撃に、思わずキュルケの口から怒りの声が漏れた。

 同じように、上空の艦隊でもウェールズをはじめ激昂した者たちによって怪獣への攻撃命令がくだる。

「撃て! あの化け物を今度こそ吹き飛ばせ!」

 艦隊の一斉砲撃が、動きの止まったゾンバイユに降り注ぐ。が、煙の薄れた後にゾンバイユは元と変わらない姿をとどめていた。

「馬鹿な……」

 落胆の声が将兵の数だけ流れる。ゾンバイユの皮膚はビーム砲の直撃に耐えるだけの強度を兼ね備えている。不意を打たれて驚くことはあっても、まともに受ければ大砲の弾くらいでは傷つくことはないのだった。

 人間たちの必死をまるで無視し、ゾンバイユは身動きの取れないヒカリを攻め立てる。空中で見えない十字架にかけられているも同然のヒカリを、ビームの力でそのまま五体バラバラにするつもりなのだ。

「ヌワァァッ……」

 カラータイマーの点滅はすでに限界に達し、もう何秒も持たないだろう。「ウルトラマン、がんばれ」という声援も、この絶望的すぎる状況を逆転させるだけの力は持っていない。

 どうすればいいんだ……艦隊の砲撃すら通じなかった相手に、いったいどんな手段があるというのだ? しかし、このままでは奴に魂を食われた大勢の人たちの命はない。それどころか、ハルケギニア中の生き物の魂が奴に食い荒らされてしまう。

 なんでもいい、何か残されている手はないのか? 絶望の中で、人々は必死に希望を探した。

 そして、そんな中でルイズは深い悲しみのふちに立たされていた。

「こんなときに……サイトの命がかかってるこんなときに、なにもできないなんて……わたしは、こんなに無力だったの……」

 今、ウルトラマンAへ変身することさえできれば、怪獣を倒してみんなを助けることができるのに。

 小さいころから魔法の才能がなく、無能のゼロだなどと揶揄されてきた自分。でも、そんな自分でもできることがあるとがむしゃらに突き進んできた。そうして、才人と出会い、多くの戦いや冒険を乗り越えていくうちに、世界を守るなんて大それたことができると思ってきた。

 なのに、今の自分はなんだ? うずくまっているだけで、何一つすることはできない。いつもはげましてくれる才人も今はいない。自分は、一人だとここまで無力だったのか。思わず歯軋りをした口元からかきむしる音が漏れ、目じりから熱いものがこぼれた。

「サイト……わたし、いったいどうすればいいの? 教えて」

 無力をなげいてすがる言葉にも、才人は答えることはできない。ヒカリが敗れれば、才人の魂は怪獣の胃袋の中で消化されてしまうだろう。そうなれば……

「やだ! こんなことで、こんなところで永遠にお別れなんて許さないんだから! まだ、まだあんたにはこの世でやることがいっぱい残ってるんでしょう! わたしだって、サイトといっしょにやりたいことがたくさんあるんだから!」

 なによりも、才人を失うかもしれないという恐怖がルイズに喉の奥から叫ばせた。風のルビーがはめられた手が強く握り締められ、爪が手のひらに食い込んで血がにじむ。あれほど大切にしていた始祖の祈祷書も放り出し、シルフィードの背に落ちてページが開かれる。

 

 その……その瞬間だった。

 風のルビーと始祖の祈祷書が、ともに共鳴するように光り始めたのだ。

 

「な、なんなの!?」

 突然の目もくらむばかりの光に、ルイズはとまどった。そばで見ているタバサとキュルケも、想像もしていなかった事態に何も言うこともできずに、ただ目を覆って呆然としているだけだ。

 けれど、ルイズは光の中に、白紙だったはずの始祖の祈祷書のページの中に文字を見つけた。

 それは、古代のルーン文字で書かれていて、ルイズは無意識にその文字を追った。

『序文。これより、我が知りし真理をここに記す……』 

 ルイズはとりつかれたように文字を追う。その正気を失ってしまったかのような目に、キュルケが「ルイズどうしたの? いったい何をつぶやいているの?」と、問いかけてくるが、ルイズの耳には入らない。どうやら、不思議なことに文字はルイズにだけ見えているらしい。いったいなぜか……いや、今のルイズにとってそんなことも、ここに記されていた信じられないような内容もどうでもよかった。

 記述の最後、古代語の呪文の羅列をルイズは祈祷書を手に、杖をかざして読み上げる。

 

「エオヌー・スーヌ・フィル・ヤルンクルサ・オス・スーヌ・ウリュ・ル・ラド」

 

 呪文を読み進めるごとに、自らの中に力が湧いてくるのをルイズは感じた。

 生まれて今日まで、どんな魔法を唱えても爆発しか起こらず、虚しさを感じていたのとはまるで違う。

 例えるなら、血が滾り、自らが炎と化していくような。今まで空回りしていた歯車が、はじめてかみ合ったような快く、猛々しい感覚。

 これが、自分が生涯初めて使う魔法だとルイズは理解した。そして、自らに隠されていた系統も知った。

 だが、それすらも今のルイズにはどうでもよかった。必要なのは、今何ができるか、それだけだ。

 

「ベオーズス・ユル・スヴュエル・カノ・オシュラ・ジュラ・イサ・ウンジュー・ハガル・ベオークン・イル……」

 

 長い詠唱の後、呪文は完成した。

 同時に、ルイズはこの呪文がどれほどの威力を持つのかを理解した。

 破壊……圧倒的な破壊がもたらされる。

 それは、望むのならば視界に入るすべてを焼き尽くすことも可能だろう。

 選択肢はルイズの杖にある。なすべきことは、破壊すべきはなにか?

 答えは、最初から決まっていた。

 

「キュルケ、タバサ、身構えてて。とてつもないのが来るわよ」

 

 友への気遣いが、ルイズの魂が人のうちにあることを証明していた。

 力は今、この手の中にある。それは、ただ一つの願いのためにだけ使う。

 杖の先を、この瞬間にもヒカリにとどめを刺そうとしている怪獣に向け、そして振り上げると息を吸い込み叫ぶ。

 

「サイト、今助けるからね。いくわよ……虚無の系統、初歩の初歩の初歩。『エクスプロージョン!!』」

 

 その瞬間、すべての力を込めてルイズは杖を振り下ろした。

 

 刹那……白い光がゾンバイユを包み込んだ。

 

 

 続く


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