けど気にしない(
俺とキリトはアルゲードより二層下、第四十八層の主街区『リンダース』にある巨大な水車がゴトンゴトンと緩やかに回る『リズベット武具店』と書かれた看板を掲げている鍛冶屋の前にいた。
風に揺れる看板の下には立て札があり、女性らしい、丁寧で読みやすい字でこう書かれている。
『武具が欲しい者は以下の五つを守り、承諾する事
1.二人以上で来る事
2.同性で来る事
3.顔が見えない装備は外す事
4.他者に委託しない事
5.自分に似たような人物が出版物に登場しても構わない(これ重要!)
なお同性が二人以上いる場合異性を連れて来てもよい』
立て札の右下にはデフォ絵で描かれたリズが『約束破ったら叩き潰すよ(はーと)』と言っている。
因みに最後の叩き潰すというのは比喩表現ではない。
以前キリトがレベリングでいない時、俺がもし一人で来たらどうなるんだろうと疑問に思ってここに来たら、巨大な角の装飾をした兜にフルプレートアーマー、大きな盾を装備した何処かのギルドのタンクらしき奴が俺より先に一人で入っていったんだ。
立て札の約束三つ守ってないがどうなるか、と思った十数秒後、ドガァン!と、大砲が発射されたのかと勘違いしそうな轟音と共にフルプレートアーマーが入り口から吹き飛び、ウェイトレスのような格好をしたメイスを持つ女鍛冶師に惚れ惚れするような二十七連撃(ソードスキルではない)を叩き込まれていた。いくら立て札の約束事を三つ破り、犯罪防止コード圏内では武器による攻撃が不可視の障壁に阻まれているからといってあれはねぇよ。あの叩き潰すは比喩表現一切無しか。てかなんでメイスで二十七連撃叩き込めるの?鍛冶屋辞めて前線で暴れろよ絶対攻略速度早くなるから、と一人では絶対に来れないという絶望に頭を抱えた。
立て札の約束を破れば肉体的に、守って入れば精神的にダメージを受ける鍛冶屋ってなんだよ、と立ち竦む俺にキリトは俺の肩に手を置いて、
「コノハ?そんなとこ突っ立ってないで早く入ろうぜ」
「覚悟を決める時間を下さいお願いします」
何度か深呼吸して想像出来る場面を脳内シュミレーションする。
………よし、シュミレーションは全て俺の精神が折れるって結果だったがそれが逆に功となって頭に妙案が浮かんだ。
「俺アルゲードに帰るわ」
「馬鹿言ってないで中入るぞ」
「あ、ちょ引っ張らないでせめて手は離した状態で入らせて」
逆転の発想だったのだがキリトには理解されず、万力の如き力で俺はキリトに掴まれ、ズルズルと
剣やレイピア、槍、斧といった様々な武器が壁に掛けられショーケースに飾られ狭く感じる店内、その奥で店の主が
「いらっしゃいませー!御予約されている【コノハ×キリト】様ですね!あ、早速ネタ発見!」
心が折れる音が聞こえた気がした。
「リズ、【キリト×コノハ】だって何回も言ってるだろ」
心を踏み砕かれる音が聞こえた気がした。
「ごめんキリト、いつもコノ×キリ本書いてたらコノハ×キリトが癖になっちゃって」
「偶にはキリ×コノ本も描いてくれよ」
「よーし、今日は二人が来たし後でキリ×コノ本書くわ!」
ベビーピンクのふわふわとしたショートヘアの鍛冶師、リズベット、通称リズはテンションが上がってきたのかうぉぉぉ!と叫ぶ。対照的に俺はうぉぉぉ…と新たに描かれる薄い本の存在に膝を着く。
そう、こいつは世間一般で言う腐女子、しかもホモ百合どっちもいけて、尚且つ自分で絵を描けて小説も書ける万能自給自足型だ。
更に厄介な事に、こいつは書いた物を露天で売り捌くのだ。売れないならよかったが、こいつは漫画家並の画力と多彩な画風、小説家並の文章力を無駄に持っていた。
娯楽が少ないアインクラッドではそれはもう売れる売れる。販売して十分以内に完売する事も多々あるらしい。余りの人気具合に、最初の方に売られたプレミア物や初版物はオークションにかけられる程だ。今でも時折「リズ様出版「愛さえあれば性別なんて関係ないよね!」の初版!スタート価格は三万コルから!」とオークションに流れてくる。確かリズのサイン入り処女作かつ初版の本がついこの間百万コルでオークションで競り落とされたとか。最初聞いた時は家買えるぞと他人事のように思ったが内容が俺とキリトの青春純愛物(勿論どちらも男。それ純愛じゃなくね?)だと知った時は外周から身を投げようかと考え実行したものだ。流石にキリトに止められたが。しかもそれと似たような漫画や小説がアインクラッド中にばら撒かれてるんだぞ?社会復帰出来なくなるじゃねぇか!!と外周に向かって走り幅跳びを実行したがやはりキリトに止められた。
「っと、それで、今回は何の用かしら?」
いけないいけないとリズは口の端から流れていた涎を拭き取り本題に入ろうとする。
「俺のエリュシデータを鍛え直して欲しいんだ」
「俺はこいつを頼む」
キリトは刀身の黒いロングソードを、俺は刀身が薄い翡翠色のロングソードをリズに差し出す。
リズはそれを受け取り、近くのショーケースの上に乗せてどれくらい耐久度があるか確認する。
「うわぁ…エリュシデータはまだ50%近くキープしてるけどジャッドシュヴァリエは10%切ってるじゃない。これほど持ち主の性格を表す物はないわね」
「今回はどの位の代金だ?」
「エリュシデータは材料費抜きで6万コルかな。けどジャッドシュヴァリエは…」
キリトから俺に目を向ける。リズの顔にはさっき見た接客用の笑顔ではなく、脅迫するネタを見つけた悪どい不良のような笑顔が浮かんでいる。
「材料費抜きで四十万コルになりまーす♪」
「は、はぁぁぁぁ!?よ、四十万!?高すぎねぇか!?しかも材料費抜きで!?」
隣にいるキリトでさえ予想外の値段に目を見開いてポカンと口を開けてるレベルだぞ!?
「そりゃそうでしょ。これ、あたしの最高傑作にして奇跡の一本よ?ぞんざいに扱われたらメンテ費も高くしたくなるわ…ってのは嘘で、これメンテすると一日鎚を振り続けないといけないからね。因みに、あたしのお願い聞いてくれたら十五万コルまで下がるわよ?」
「安っ!?くはなってるが二桁には変わりないのな」
「耐久度10%切ってるんだから当然でしょ。どうする?あたし以上に腕の良い人を知ってるならそっちに行った方がいいと思うわよ?」
ぐぐぐ、こいつ、自分以上の腕を持つ奴がいないのを知ってる癖に足元見やがって…!!
「…内容聞いてからじゃ…」
「だーめ♪あ、今決めてよ?今日以外予定が詰まってるから次依頼できるの二週間後くらいだから」
とびっきりの笑顔で拒否する
残金を確認するが三十万コルしかない。
「キリト…十万くらい貸し」
「人から借りるのは駄目よ?」
うわぁぁ…究極の選択肢じゃねぇかよ…。
俺は毎回お世話になる心の天秤にジャッドシュヴァリエと薄い本ネタを乗せる。
「内容聞かせてください…」
天秤は誤差と言える程僅かにジャッドシュヴァリエに傾いた。
「はいこれ」
リズから渡されたのは抱えるほどの大きさがある、デフォ絵で描かれたリズが1のサイコロだった。
「それを振って出た目の事をしてもらうわ」
「で、出た目の内容は?」
「これよ!」
ジャン!とリズは腰ベルトに刺さっていた紙を両手で広げる。
『1.???
2.キリトにお姫様抱っこされる
3.キリトとポッキーゲーム
4.キリトに指を舐められる
5.キリトと手を繋ぐ
6.キリトにぎゅっと抱きしめられる』
「ふぁ!?」
余りの内容に思考がぶっ飛んだ。待て待て待て!三分の二、我慢しても二分の一が危険じゃねぇか!!
「大丈夫だコノハ、俺はどれでも全部いける!」
「そんな心配微塵もしてねぇよ!!てかなんだ一番が?って!?一体何をされるんだ!?」
「安心して。内容を決めるのはキリトだから」
「どこにも安心できる要素がねぇよ!?」
くそっ!神様、神様!どうか、今だけ俺に運をください!!
人生初の祈りがこんな内容で大丈夫か?と疑問に持ちつつ、俺はサイコロを振る。
ゴロンゴロンとサイコロは様々な面を見せながら転がり、やがて動きが鈍くなって行く。
出た目は…
「6…か…」
「よし!コノハ、今抱きしめるからな!」
まぁ、割と安全な危険物だったから良かったか…と俺はキリトの細い体に抱きしめられながら思った。
「創作意欲が湧いてくる!これだと明後日位にはキリ×コノ本が完成するわね!」
いや駄目だわこれ。
一言キャラ設定
リズベット【万能腐女子】
リズが出版した漫画、小説の大半は同性愛
故に普通の恋愛物の漫画、小説の価値は高い
そしてキリト、アスナの恋愛物はアスナが買占めに走ってるので市場には一切出回らず、希少価値がヤバイ。本当は存在しないのではないかと噂されるレベル。
この買占めの速さからアスナに『閃光』の二つ名が付いたとか付かなかったとか。