時刻は9時。外は太陽が昇り、空は雲が無く鮮やかなスカイブルーになっていく。
わたしはベッドから身を起こし、いつものようにピナに朝の挨拶をしようと机の上を見たが、そこにピナの姿はなく、あぁ、そういえばそっかと昨日の出来事を思い出す。
部屋の隅に置かれた鎖で縛られたタンスに目を向ける。その中には、昨日迷いの森でわたしを助けてくれたコノハさんがいる。ベッドから降りてタンスに耳を当てると、まだ寝ているのか、すーすーと規則的な寝息が聞こえた。
わたしはコノハさんが寝ている間にシャワーを浴び、昨日コノハさんから貰った装備を身に纏ってみた。
フェムルドレス、フェムルブーツ、フェムルベルト、フェムルグローブのフェムル一式は、暗闇のような黒を基調にし、鮮やかな赤のラインを所々に入れた装備だった。
特徴的な部分が2つあり、1つは片方の袖は手首まであるのに、もう片方は肘までしかない事。もう1つはスカートの前部が膝下、後部が脹脛まであるという変則的な長さだ。
鏡の前でくるっと回転して全体像を見る。黒や赤という暗い色はあまり好きではなかったけど、着てみると案外いいというか、かっこいい気がしてきた。
次に貰った武器、ダンシングナイフを装備してオブジェクト化する。刃渡20cmはありそうな片刃ナイフで、持ち手の部分に道化師が踊ってるような絵が掘られている。ダンシングというのはこれを指しているのかな?
軽く振ってみて、前々から使っていたナイフと比べてみると、少し重かったが風切り音はしっかり鳴らし、扱いきれると確かめたわたしはダンシングナイフを装備した時に腰にオブジェクト化された革製の鞘に仕舞い、タンスをノックする。
「コノハさん、朝ですよ。朝ご飯食べに行きましょう」
タンスに耳を当てると、まだ規則的な寝息が聞こえたのでもう一度ノックする。
「コノハさん、朝ですよ。起きてください」
「うぅん…。まだ外真っ暗だぞ…」
「それはコノハさんがタンスの中にいるからですよ」
タンスに巻かれた鎖を外し、タンスを開けると、鎖に巻かれたコノハさんが眩しそうな顔でこちらを見ていた。
「ほら、朝ですよ?」
「あぁ…、そういやタンスで寝てたんだっけ俺…お、装備してくれたか。似合ってるぞ」
「えへへ、ありがとうございます。あ、ここの朝ご飯は早く席を取らないと埋まりますから早く起きてください」
「…この部屋台所ある?」
「え?コンロと水道くらいならありますけど」
「最低限設備しかないのか」
「どうしてそんな事を聞くんですか?」
「もしかしたら外にまだアスナがいるかもしれないからな。外に出たくないから俺が作る」
「コノハさん料理スキル取ってるんですか?」
「一応熟練度700超えだぞ」
「え!?す、すごい…」
わたしも取ってますがまだ300です…。
「なんだよその「え!?」は…。で、一応聞くけど何食いたい?」
「オムライス食べたいです!」
「おーけー、ちょっとアイテム欄見て材料あるか確かめるから鎖外してくれ」
鎖を外し、アイテム欄を確認したコノハさんは、クマのアプリコットが可愛らしいエプロンを装備し、フライパンとお玉をオブジェクト化して台所へ入っていった。
15分後、本格的なお店に置いてありそうなとろっとした卵がかかったオムライスが2つテーブルに並んだ。美味しそう…とオムライスを眺めているとコノハさんがケチャップと思われる赤い調味料でオムライスの上にウサギを描いていたのでわたしもコノハさんにお願いして猫さんを描いてもらった。
「それじゃ、いただきます」
「いただきます!」
オムライスを一口食べる。見た目通りふんわりした卵の食感、サイコロ状に切られたお肉と酸味具合が丁度良いと感じる配合をされたケチャップによって出来たほっこりしたチキンライス。これは…!
「おいしい!今まで食べたオムライスの中で一番おいしいです!」
「そりゃよかった。ついでにプリン作って冷蔵庫に入れといたから食いたかったら食ってくれ」
「わぁ〜!ありがとうございます!」
ご飯を食べながらコノハさんから今まで攻略してきたダンジョンやフィールドの話を聞いた。
立ち止まると足が飲み込まれていく沼、前後左右上下が鏡のようになっていて道に迷うの必至な洞窟、可愛い毛玉のような生き物がいて癒される山など、聞いていて飽きないどころかもっと聞きたいと思う冒険談をコノハさんはしてくれた。
食後のデザートも食べ終わり、出掛ける準備が終わったわたしとコノハさんは風見鶏亭を出て転移門のある方向へ歩いていると、あの性悪年増が視界に入った。しかし一緒にいるのは昨日までパーティだった人達ではなく知らない人だ。
あっちの視界に入らないようにわたしはコノハさんの手を引っ張り上手い具合に人混みに紛れやり過ごした。
この時わたしは性悪年増がこちらを見て笑っていたなんて気付きもしなかった…。
ゲート広場からコノハさんと一緒に47層の主街区フローリアに来た。
そこは無数の花々で溢れかえり、円形の広場から伸びる通路以外はレンガで囲まれた花壇になっていた。
「うわぁ…!綺麗ですね!」
「この層はフロア全体が花に包まれてて、別名《フラワーガーデン》と呼ばれているんだぜ」
「へぇぇ」
花をもう少し楽しみたい気持ちもあったが、早くピナに会いたかったわたしはコノハさんに行きましょうと言ってコノハさんと歩く。
ゲート広場を出ても、コノハさんの言う通り花で埋め尽くされていた。
花の種類は季節関係なく数多くあり、舞い散る花びらの色も様々で幻想的な景色だ(ゲーム世界なので幻想と言えばそうなのだけれど)。
「因みにこの層にしか咲かない花が1輪毎日ランダム配置されて、それを武器強化に使えば幸運値が1上昇するらしい」
「へぇぇ」
そんな雑談をしていると大型の花のモンスターと初エンカウントした。
うねうねとツタを動かし、花の中心にある口から粘液を垂れ流すそれはとても気持ち悪かった。
「こ、こここここ、コノハさん!?あれ、あれぇ!」
「あぁ、あれの弱点はあの花の下あたりにあるあの白いやつな。あれ切ればいいダメージになる。今の装備ならちょっと苦戦するくらいだから大丈夫。危険だったら助けるし逝ってこい」
「行ってこいの字違いませんか!?って、え?」
足首に何かが当たる。
下を見ると植物のツタがぐるぐると足に巻きついてきていて、その先はあの花のモンスターに繋がっていた。
即座にナイフを取り出し切ろうとしたが、察知されたのかぐっとツタに力が入り、あっという間に天地が逆転した状態になった。
ナイフを持ってない手で下がるスカートを押さえる。
「み、見ないでくださいコノハさぁぁん!」
「あ、ちょうちょ」
「こっち見てないのは嬉しいけどそれはそれでなんか悔しいです!」
コノハさんが見てないのを確認したわたしはスカートを押さえていた手でツタを掴み、力を込めて体を起こしてツタを切った。
体が落ちていき、コノハさんが言っていた白っぽい所が射程内に入った所でソードスキルで斬り刻んだ。
くるりと回転して地面に着地と同時に花のモンスターはパリンと砕け、35層のモンスターより多い経験値が入る。
背後に向くとコノハさんは珍しい色をした蝶々をぼぅっと見ていた。
「あの、コノハさん?」
「お?終わったか」
「どうして目を離してたんですか!」
「いや、シリカスカートだろ?逆さ吊りにされたら中見えると思っての配慮だったんだが」
「その考慮は嬉しいんですけど…」
「まぁ目を離してる間に何かあったら怖いから次から逆さ吊りにされそうだったらツタ斬るわ」
「お願いします」
しかしその後花のモンスターに会う度に逆さ吊りされそうになり「なに?俺にパンツ見せたいの?」と言われた。
10回超えた辺りから戦闘した回数を数えるのは止めましたが戦闘し終えてこの階層でのレベルアップ2回目の時、わたしたちは小川にかかった橋の先に一際高い丘を見つけた。
「あれが思い出の丘だ。ここからのモンスターエンカウント率はさっきより上がるから逆さ吊りにされないよう更に気をつけろよ」
「大丈夫です!次は捕まりません!」
「その台詞を俺は何回聞いただろうか…」
コノハさんの言う通り、橋を越えてからエンカウント率が上昇し、わたしの逆さ吊り率も上昇し、コノハさんが逆さ吊られる前にツタを斬れるレベルになった。
3匹ものモンスターを倒し、高く茂った木立の連なりを越えると、ぽっかりと空いた空間に途中までのように様々な花ではなく白色の花が一面に咲き、太陽の光を受けて発光しているように見えてまるで天国にいるように感じられた。
「これが全部使い魔を蘇生する花なんですか?」
「いや、使い魔蘇生の花は中央にある台座に生えるらしい」
わたしとコノハさんは花の咲いていない道を通り、中央にある白い石で出来た台座に辿り着く。台座の上は少しの糸のような短い草が生えているだけでしたが、そこから芽が生え、超スピードで成長していき、つぼみが一際大きくなって真珠色の光を放出しながら花開いた。
「これが…」
右手の指で茎を挟むとその少し下が氷のように砕け、手の中に花だけが残る。
左手の指で花の表面をタップすると「プネウマの花」と書かれたネームウインドウが開く。
「これでピナが蘇るんですね!」
「そうだ。……!おい、そこの奴、隠れてないで出てこい!」
コノハさんが背後に向かって大声で叫ぶ。その口調は素の口調ではなく厳かな口調だ。
少しして、乱立した木の一つ、その後ろから1人姿を現わした。
「性悪年増…」
「ねぇ?いい加減名前で呼びなさいよあんた。でないとほんとにアタシが年増みたいな風潮広がるじゃないの」
現れたのはわたしがパーティから離脱する原因を作った性悪年増、ロザリアだった。目に痛い赤い髪に同じ色の唇、狙ったかのような臍出し鎖帷子に細身の十字槍という装備は最後に会った時と変わりない。
「使い魔を持っていない貴女がどうしてここに?」
「偶々シリカちゃんと知らない男が街から出て行くのが見えたからね、気になって付いて来たのさ」
「その割には随分と団体で来たな。お前合わせて8人ってとこか?」
コノハさんがそう言うとロザリアは目を見開いた。
「へぇ、中々に索敵が高いみたいじゃない。アンタ達、出ておいで」
そうロザリアが言うと、他の木々の後ろから7人の男が現れる。その男達のカーソルは今まで見た事ないオレンジ色になっていた。
「あ、あの、コノハさん、あの7人、どうしてカーソルがオレンジなんですか?」
「この世界は圏内以外だったらプレイヤー同士でも攻撃出来る。もしプレイヤーがプレイヤーを攻撃したなら、攻撃したプレイヤーのカーソルはオレンジになる。あの7人は誰かしらを攻撃してオレンジになった、つまり犯罪者という事だ」
「そういうこと。で、あんた達、この人数の犯罪者に何かされたくなかったらそのプネウマの花を置いていきなさい」
「え!?」
ロザリアの狙いはこのプネウマの花!?
「今のプネウマの花の相場は30万って結構いいのよねぇ。けどアタシ達は誰もテイム出来てない、ならテイムしてる奴の使い魔が死んで取りに行かせて奪うしかない。で、一番身近にいたのが」
「わたし…」
「成功すれば儲け物程度であんたをパーティから離脱するよう仕向け、あんたの拠点がある街で待ってたらあんたが使い魔がいない状態で帰ってきて賭けは勝ったって思ったけど、なんでかあんた、知らない奴とパーティ組んでるじゃない。びっくりしたわ。まぁ、1人増えようとこの人数なら関係ないって思って昨日聞き耳使っていつ出るか調べた訳だけど」
「え!?コノハさん、宿屋って聞き耳使ったら部屋の中聞こえるんですか?」
「ある程度高かったら出来る。が、まさかこの階層で聞き耳をそこまであげてる奴がいたとはな」
「で、どうするの?おとなしく渡すか、無残に死ぬか、選ばせてあげる」
プネウマの花がないとピナは蘇らない。でもだからって渡さなかったらコノハさんが危険な目に…。わたしは唇を噛み締め、プネウマの花をロザリアに渡す為に近付こうとしたらコノハさんが手を伸ばして止める。
「コノハさん…」
「後ろに下がってろ」
コノハさんはわたしを隠すように前に出る。コノハさんの背中は最初に見た時と同じような大きさと安心感を感じた。
「おい」
「なにかしら?」
「数を揃えたのはいい作戦だ。だが、それは俺に通用すると思うか?」
「へぇ、この人数に勝てるってこと?」
「お前らごときなら剣も使わなくてもいい」
「言ってくれるじゃない。あんた達、このピノキオ野郎の鼻をへし折ってやりな!」
そう言うと男達は武器を装備し、コノハさんに襲いかかった。
1人目は曲刀を装備した軽装の男。下から喉にめがけた突きをしたがそれをコノハさんは手元を掴み曲刀を奪い取り男を花畑に蹴飛ばす。
2人目は片手剣の男。胴を狙った一閃を放つがジャンプしたコノハさんに顎を蹴り抜かれ花畑に倒れている男の上に重ねられた。
そうしてどんどん襲撃者を蹴りや殴りで重ねていき、最後の1人も重ね終え襲撃者の山を築いた。
最後の1人を片付けたコノハさんはギン!とロザリアを睨むと、ロザリアは「ひっ!?」とUターンして逃げようとしたがコノハさんがオブジェクト化した投げナイフでロザリアの靴と地面を縫い付けた。
「お前、何か言う事ないのか?」
「ご、ごめんなさい!アタシらが悪かった!だから許して!」
「だとよ。どうするシリカ?」
コノハさんはわたしに振り返って聞いてくる。
わたしは涙目になってへたり込んでるロザリアに向かって笑顔を向けるとロザリアも許してもらえたと思ったのか笑顔になった。
「花のモンスターの触手責め耐久で!」
「いやぁぁぁぁ!!」
「楽しかったですね!」
「何が楽しかったのか…」
わたしとコノハさんはロザリアの触手責めを見た後、来た道を戻っていた。
風見鶏亭に戻ったらピナを蘇らせないと!
「そういえば話変わりますけど、コノハさんってアスナさんから逃げていたんですよね?」
「まぁそうだな」
「ならまだこの層にいますよね?」
「うーん、その事なんだけどさ、俺も一応攻略組だし、4日も前線に出ないと勘が鈍りそうなんだ。だから観念してアスナに謝ってボコされようかなって思ってる」
「え…」
コノハさんが前線に戻る。つまり、またコノハさんが下層に降りてこない限りもう会えない…?
そう思うとピナを失った時の痛みに酷似した痛みが胸を走る。
「そう…ですか…」
あぁ、いつの間にかわたしの中のコノハさんは、ピナと同じくらい大きな存在になっていたんだ。
コノハさんと一緒に行きたい。コノハさんが聞かせてくれた場所を、まだ見た事ない場所をコノハさんと一緒に回りたい。そう言いたいけど、わたしの我儘でコノハさんに迷惑はかけたくない。
「また、会えますか?」
「…」
コノハさんはメニューを開き、少しの操作をするとわたしの元にフレンド申請が来た。
「こうして連絡先を交換すればいつでも会えるさ」
「はい…!」
こうしてわたしとコノハさんはフレンド登録をした。
「見ィツケタァァァ…」
まるで地獄から冥王がもうじき死ぬ生者に呼びかけてくるような威圧感のある響いた声がコノハさんの背後から聞こえた。
コノハさんの肩にかかった手は白魚のように白く、ピアニストのように長く美しい手だったが、今だけ何故かその手が死神のローブから覗く白骨化した手に見えた。
「あ、あああアスナ様?」
「今マデ何処ニイタノ?心配シタジャナイ?」
「す、すみません。そ、それで今更なのですがアスナ様に4日前の事に付いて謝りたいのですが」
「サァ、アルゲードニ帰リマショウ?ソコデ全テ話ヲ聞クワ」
「あ、これ死んだ奴だ」
コノハさんは諦めたような顔でアスナさんの転移結晶で前線に帰っていった。
コノハさんがいなくなった道の途中、わたしは強くなろうと決心した。いつかコノハさんの隣に立てるくらい強くなろうと。
けど生半可な強さでは届かない。コノハさんの隣に立てるくらい強くなるには弱い心を奮い立たせて戦わないといけない。その弱い心をどうやって奮い立たせるか。
考えた結果、わたしは言葉使いを変える事にした。
わたしは様々な本を読み、試行錯誤を繰り返し、今の口調になった。
そしてそれは成功し、わたしは僅か3ヶ月で中層プレイヤーから準攻略組になり、コノハさんと再会する事が出来た。
本来ならそこで終わるはずだったのですが、口調の試行錯誤をしている間にわたしはその口調を気に入り、更にのめり込み、今のわたしは出来たのです。
「どうしたシリカ?」
「ふん、なに、昔を懐かしんでただけの事よ」
「そうか」
「…コノハさんは」
「ん?」
「…いや、なんでもない」
「そうか?お、ロザリアじゃねぇか」
「あ、コノハさん、お疲れ様です」
「…性悪年増」
「ちょ、シリカ!?あんたまた懐かしいあだ名言ったわね!?てかまだ年増言われるほど年取ってないわ!」
「あぁ、すまん、ただの戯言だ」
わたしは今の幸せを無くさないよう、精進し続けてます。
これにてシリカ編は終了
厨二病になった経緯が弱い気がしないでもないですがまぁいいよね!
ちなみに原作ではロザリアはギルド《タイタンズハンド》のリーダーでしたが今作では楽して金稼ぎたい奴らの集合体でした
最後のシーンは50層にある店で晩飯食べてたらロザリアが通りかかったという設定で
一回本編(短くなる予定のALO)挟むかリズ行くか悩むなぁ
《幸運の花》
ケイタ「おーい、まだ探すのかぁ?」
サチ「待って!あと10分!あと10分でいいから!キャアア!」
ケイタ「これであの花のモンスターに捕まるの何回めだよ…」