魔法先生ネギま~とある妹の転生物語~   作:竜華零

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第76話「祭りの後・後編」

Side アリア

 

拝啓、故郷で眠るシンシア姉様。

姉様には幼少の頃、色々なことを教えていただきました。

本当に感謝しています。

具体的には、おやすみの前にいつも姉様に語りかける程に。

 

 

でも今は少しだけ、お恨み申し上げます。

姉様が私に教えてくださった物の中に。

どうして、「仲直りの仕方」は入っていないのでしょうか・・・。

 

 

「・・・」

 

 

いつもの朝、いつものリビング。

朝食をとるメンバーもいつも通り。

 

 

「・・・」

 

 

ただ、会話がありません。

食事中に話すのは行儀が悪いことですが、それにしても無言は無い。

何かしかの会話はあるはず、例えば・・・。

 

 

「さーちゃん、おかわりだぞ!」

「あ、うん。お茶碗一杯? それとも半分くらい?」

「入るだけ入れて欲しいぞ!」

「じゃあ、一杯だね」

 

 

スクナさんからお茶碗を受け取ったさよさんが、お櫃の蓋を開けます。

・・・そう、まさにこのような会話が、展開されてしかるべきです。

しかし一方で、私とエヴァさんと茶々丸さんの間には・・・。

 

 

「・・・」

「・・・」

「・・・(オロオロ)」

 

 

肌にピリピリ来るような沈黙が。

茶々丸さんが私とエヴァさんを交互に見ながら、オロオロとしています。

 

 

一昨日、エヴァさんに「魔法具の使用を控えたい」と言ったのですが・・・。

そこから、エヴァさんがいきなり無口無表情美少女になりました。

年齢は、私よりも大分上ですけど。

怒られるかと思っていたのですが、何も言われませんでした。

でも、この沈黙。かなり怒っていると見て良いと思います。

 

 

アレでしょうか、「自分で自分の力をセーブしてどうするんだ、哀○潤かこの娘は」とか、「二回の変身でも残したいのか、フ○ーザかこの娘は」とか、思われているのでしょうか。

・・・面白く無いですね、すみません。

 

 

「・・・」

「・・・」

「・・・(オロオロ)」

 

 

・・・それにしても、無言は無いですよね。

何か言いたいことがあるなら、はっきり言えば良いじゃないですか。

いつもは聞きもしないことをアレコレ言ってくるくせに。

むしろ、「私の話を聞け!」な人のくせに。

 

 

言いたいことが、気に入らないことがあるのなら。

言ってくれた方が、よほど楽です。

無言なんて、そんなの・・・。

 

 

「・・・ごちそうさま。茶々丸、今日も美味かったぞ」

「は、はい、マスター・・・あの、どちらへ?」

「私は今日はサボる」

「え・・・ちょ、エヴァさん!?」

 

 

振り替え休日も終わり、今日から通常の授業日。

朝食を食べ終えた後は、出勤ならびに登校です。

なお私はこの振り替えの連休中に、3-Aの担任に昇格しています。

昨日のお昼頃、瀬流彦先生から。

 

 

『あ、アリア君? 明日からキミ、3-Aの担任になるらしいよー?』

 

 

との、連絡を頂きました。

いえ、その後新田先生から正式な連絡もありましたし、これから辞令も受け取りますけど。

瀬流彦先生の電話の方が、頭に残ってしまって・・・。

どうでも良いですが、瀬流彦先生は日を追うごとに私に対してフランクになってきている気がします。

 

 

とにかく、今日が私の担任としての初仕事なわけで。

そんな時に、エヴァさんが完全サボりに移行すると言うことは。

担任になったその日に、生徒が不登校。

それ、かなりキツいんですけど・・・。

 

 

「・・・最悪です」

 

 

エヴァさんがリビングから出て行く姿を見送りながら。

私はいろいろな意味を込めて、そう言いました。

その時、エヴァさんと入れ替わるようにリビングに入ってきた人・・・いえ、人形。

 

 

「なんじゃ? 我が身体を入れ替えておる内に、随分と面白き事になっておるな?」

 

 

 

 

 

Side 古菲

 

「皆さん、おはようございます」

「「「おはようございまーすっ!!」」」

「皆、元気やなー」

「元気過ぎだろ・・・」

 

 

木乃香と長谷川が何やら言っているアルが、確かにウチのクラスは元気アルね。

ただ、以前よりも声量が少ないと言うか、そもそも声が足りない気がするアル。

超がいないのは・・・仕方が無いとして。

明日菜やハカセがいないのは・・・?

 

 

「なお、神楽坂さん以下数名は、学園祭中に発生したと思われる食中毒で入院中です」

「「「な、なんだって――――っ!?」」」

「が、学祭最終日まで元気だったような!?」

「だ、大丈夫なのそれ!?」

「問題無いとは言えませんが、短期間で治ると考えられます。なお、空気感染するタイプのようですのでお見舞い等はNGです」

「食中毒って空気感染するっけ!?」

 

 

アリア先生の言葉に、ゆーな達が騒ぐアル。

それにしても、食中毒アルか。

学祭前なら、それで納得したアルが。

 

 

「加えて、ネギ先生が病気療養のためウェールズに帰りました」

「「「な、なんだって――――っ!?」」」

「・・・って言うか、また病気!?」

「そ、そんな、ネギ先生がそんなことに!? この雪広あやか、今年何度目かの一生の不覚・・・!」

「でも、なんで・・・あ! 確か武道会で高畑先生に大怪我させられてたよーな!」

「え、アレ演出じゃないの!?」

「・・・じゃあ、それで行きましょう、理由」

「「「先生、今、じゃあって言った!?」」」

「・・・それでは?」

「「「いや、一緒だから!」」」

 

 

ネギ坊主がいない所を見ると、それ関係っぽいアルな。

結局、何も話せないまま別れてしまったアルな・・・ネギ坊主。

それに・・・。

 

 

「超りん、行っちゃったのかー」

「振り替え休日の間に? 言ってくれれば、皆で見送りに行ったのにねー」

 

 

鳴滝姉妹が、寂しそうな顔で、空席になった超の席を見つめていたアル。

いや、あいつは・・・。

 

 

「超はそーゆーのは苦手アルしね。お別れ会も喜んでたし・・・大丈夫ヨ」

「「くーふぇ・・・」」

「どこにいても、きっとあいつは、元気でやってるアル」

 

 

まぁ、寂しく無いと言えば嘘になるアルが。

それでも、いつまでも寂しがっていては、超に笑われるアルよ。

 

 

「ふ・・・それならば、超りんの門出を祝って!」

「「「騒ぐぞ――――っ♪」」」

「あはは、本当に元気やなー」

「元気過ぎる気がします、このちゃん・・・」

 

 

・・・うん。

これならきっと、大丈夫アルな。

超・・・。

 

 

 

 

 

Side 亜子

 

「はい、いい加減静かにしてくださいねー」

「「「だが、断る!!」」」

「・・・謝るなら今の内ですよ?」

「「「すいませんっしたー!」」」

「何をやっとるんやろ・・・」

「本当だね」

 

 

アリア先生にじゃれついとるゆーな達を見ながら、アキラとそんな会話をする。

 

 

「はい、それでは本日の連絡事項は――」

 

 

アリア先生がお仕事用の手帳を広げて、今日の授業とかについて話し始めた。

それは、当たり前やけど「先生」っぽく見えた。

 

 

ネギ先生もやけど、10歳やのに、本当にしっかりしとるなー。

何か、今年の麻帆良学園・オブ・ザ・イヤー有力候補とか言われとるらしいし。

映画の子役のオファーまで来とるって噂も聞く。

うちなんかとは、大違いやなー本当に。

 

 

柿崎や桜子達には、固定のファンもついたって話やし。

うちは、美人揃いのこのクラスでは、割と普通な方やし。

 

 

「・・・わ?」

 

 

前から来たプリントの束を後ろに回したら、美空が凄い顔をしとった。

何と言うか、「面倒くせー」みたいな顔。

 

 

「ど、どしたん美空、凄い顔しとるけど・・・大丈夫?」

「え、そう? いや何でも無いヨ?」

「でも美空、今年は学園祭中大人しかったなー」

「いやー、そりゃあ私も大人になったかなーって」

 

 

はぁー、美空もそう言うこと考えるんやなぁ。

大人かぁ・・・大人なぁ。

 

 

「・・・はぁ」

「うん? 亜子、何か悩み事?」

「え、いや、そう言う訳じゃ・・・」

 

 

まぁ・・・あの白い髪の男の人のこととか、あるけど。

一言も話したこと無いけど・・・。

 

 

「アレだったら、ウチの教会で懺悔でもする? ウチの神父さん評判良いし、クリスチャンかどうかはあんま気にしない人だしさ」

「懺悔かー、ちょっと違うんやけど、考えとくわ」

「みそらー、ざんげって何ですか?」

「え? 何って言っても・・・」

 

 

史伽の言葉に、美空が困ったみたいに首を傾げた。

そう言えば、うちも詳しくは知らんな。

 

 

「アリア先生、ざんげって何ー?」

「懺悔・・・告解のことですか? それはですね史伽さん・・・」

 

 

アリア先生は、駆け寄って来た史伽の肩をポムッと掴むと。

にっこり笑って。

 

 

「辞書を、引きなさい」

「ええ―――――っ!?」

「何事もまずは、自分で調べてみましょうね」

 

 

うん、やっぱりアリア先生は「先生」なんやなぁって、うちは改めて思った。

えーと、国語辞典どこにしまったかな・・・?

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

サボると言っても、特にやることがあるわけじゃない。

昼食は茶々丸が用意してくれている物を温めれば良いし、家事に至っては言うまでも無い。

せいぜい、バカ鬼を構うことくらいな物だが、今日はそう言う気分でも無い。

 

 

「・・・暇だな」

 

 

ごろん、とベッドの上を転がってみるも、やはり暇だ。

しかし今日は、学校などに行く気分では無かった。

 

 

「マッタク、ナニガキニイラネーンダカ」

「そうじゃのう、好きにさせれば良いのにのぅ」

 

 

枕もとでは、何故かチャチャゼロと晴明が将棋をしていた。

晴明は、以前のような紅いドレスを着た人形では無く、銀の髪と漆黒のドレス、さらには黒い翼まで備えた人形の身体になっていた。

 

 

何と言うか、将棋をするには激しく違和感を感じざるを得ない。

と言うか、こいつはチャチャゼロに自分の動力源を渡したのではなかったか・・・?

 

 

「主の・・・<人形遣い>じゃったか? あの技術を取り入れて見たのじゃ」

「勝手に私のスキルを陰陽術と融合させるな」

「陰陽師などそんな物じゃよ。今は自前の気を使って、自分で自分の身体を操っておる・・・お、王手」

「マジカ」

「待ったは無しじゃぞ・・・それで、今度は何が気に入らんのじゃ?」

 

 

晴明は、盤を睨んで腕を組んでいるチャチャゼロから目を離すと、私の方を見た。

ガラスの瞳が、私を見つめる。

 

 

「あの娘が自分で考えて出した結論じゃろ? 見守ってやれば良いではないか」

「・・・わかっているさ、別に怒ってるわけじゃない」

 

 

それに、あいつが魔法具の存在を隠すのは、別に悪いことじゃない。

今のあいつの状況を考えれば、ベストでは無いにしても悪く無い選択ではある。

まぁ、どこまで効果があるかはわからないが。

 

 

心配なのは、出し惜しんで取り返しのつかないことになることだ。

だがそこは、私が教えてやれば良いだけの話だ。

力を抑えるべき所と、そうでない所の違いを。

ただ・・・。

 

 

「・・・それでもし、あいつ自身が傷ついたらどうする?」

「ナンダ? ソンナコトデナヤンデタノカヨ」

「痛みを伴うのは、悪いことではあるまい?」

「・・・あいつ以外が傷ついたらどうする?」

 

 

2人には答えずに、独り言のように呟く。

 

 

「あいつ自身が傷つけば、それはあいつ自身の自業自得だ。だが、あいつが守るべき誰かが、その結果傷ついたら? 取り返しのつかないことになったら、どうなる?」

「あの娘も、大層傷つくであろうのぉ」

「それは、自分の行動で自分が傷つくこととは、別次元の痛みだ」

 

 

それは、私には教えてやれないことだ。

今はそうでも無いが、かつての私は一人きりだった。

チャチャゼロを生み出す以前は、なおのこと。

 

 

私は、一人で全てをねじ伏せ、己を守る術は教えることができる。

だが自分以外の大切な誰かが、自分のこだわりや矜持のせいで傷ついた時。

守れるはずの物を、守れなかった時。

どう言う気分になって、どうすれば立ち直れるのか。

私には、教えてやることができない。

私には・・・。

 

 

「私にはもう、アリアにしてやれることは何も無いのか?」

「ゴシュジン・・・」

「・・・それで、どう言葉をかけるべきか見失っていたわけか・・・」

「うるさい」

 

 

私だって、何か言うべきだとは思っていたさ。

だが何を言えば良いのか、わからなかったんだ。

アリアを私の領域にまで引き上げたいと思いつつも、わからなかった。

はたしてそれは、アリアのためになるのか?

 

 

アリアが進もうとしている道は、おそらく私にとっても未知の領域で。

私には結局、教えられることは一つしかないのだから。

 

 

 

 

 

Side 元学園長

 

「お断りいたします」

 

 

最近、断られることが当たり前のように感じるようになってきた。

むしろ断られるために生きているのではないかと、思ってしまう時がある。

 

 

「断られると、困るんじゃが・・・」

「そう言われても、私としては否と答えざるを得ませんな」

「そこをなんとか・・・」

「私の答えは、変わりません」

 

 

新田君は、頑として首を縦に振らん。

それどころか、大きく溜息など吐きながら。

 

 

「事前の相談も根回しも無く、ただ思いついたかのように唐突に言われても、承服できる問題ではありません」

「そうかのぅ、今回の件については、割と良い案だと思うのじゃが・・・」

 

 

わしは現在、実は無職じゃ。

関東魔法協会理事はもちろん、麻帆良女子中等部学園長職も解任された。

振り替え休日の間に、そう言う辞令が回って来た。

本国はどうも、今回の事件についての責任をわしに求めているようじゃ。

 

 

「英雄の息子」を堕落させた存在として、誰かが責任を取らねばならん。

そう言った面も、多少はあるのじゃろうが・・・。

ある意味間違ってはおらんが、しかし、あからさまじゃの・・・。

 

 

まぁ、これまで十分に生きたことじゃし、隠居生活に入るのも悪くあるまい。

・・・入れれば、の話じゃが。

 

 

「しかしのぅ、キミ以外に学園長職を任せられる人材がおらんのじゃよ」

「外部から呼ぶなどすれば良いでしょう」

「キミ以上の人材など、いやせんよ」

「私は生涯、現場で働くことを信条としていますので」

 

 

いや、そうは言うがの?

わしとしては、早く後任を決めていろいろしたあげく、本国に行かねばならんのじゃよ。

早く行かんと、命を守るための最後の工作ができんのじゃて!

そんな、外部の人間を探しておったら、死んじゃうじゃろが!

 

 

唯一、頼りになるかと思ったタカミチ君も、今はわしと同じ立場じゃ。

麻帆良での講師の立場も、もう解消されておるしの、わしと同時に解任されたから。

「悠久の風」に所属し、今も危険地帯で戦っている彼はともかく、わしのような老人がのんびりと生きられるほど、本国は優しい場所では無いのじゃよ。

 

 

「どうしても、ダメかのぅ?」

「私のような人間が学園長職にあっては、逆に学園をダメにしてしまいます」

「ほ・・・謙遜かの?」

「謙遜ではありません」

 

 

新田君は、眼鏡を軽く押し上げると。

 

 

「自慢するつもりではありませんが、私は周囲から信頼されている人間です。同期の者は私に一目置き、年若い者は私を尊敬しています。そのような私が自ら組織の長になれば、誰も私に意見などしないでしょう。皆、私の言うことが正しいのだと、信じてしまうからです」

「・・・それの何が問題なのかの」

 

 

聞いてはみたが、理由はわかっておる。

つまりは、わしにとっての新田君が、新田君にはおらんと言うことじゃろうな。

 

 

うぅむ、しかし、どうするかの。

正直、はてしなく困っておる。

 

 

「・・・第一、先日の急なイベント変更について、私共はまだ何の説明も受けてはいないのですが」

「む、むぅ・・・」

 

 

確かに説明はしておらんが、それはつまり説明できんからであって。

・・・いや、この際全て話してしまうかの?

その方が、都合が良いかもしれん。

場合によっては、新田君もわかって・・・。

 

 

ピリリリリッ、ピリリリリッ。

 

 

その時、机の内線用の電話が鳴った。

はて・・・と思いつつも、わしは新田君に詫びてから、電話を取った。

すると。

 

 

『いやぁ、どうもクルトです。罪状を追加したいならどうぞ、ご随意に』

 

 

く、クルト議員!?

え、わし見られてる? 見られておるのか!?

 

 

『関係の無い話ですが、最近凄腕のスナイパーを雇いましてね』

 

 

ええぇ――――・・・。

顔色の変わったわしを、新田君が訝しげに見ておった。

・・・わしの人生って、何じゃろ。

 

 

 

 

 

Side アーニャ

 

コツ、コツ、コツ・・・と、魔法使い専用の独房への道を歩く。

道と言っても、橋みたいな場所だけど。

地下30階にも関わらず、周囲の壁には木の根が張ってる。

これ全部、世界樹の根なのかしら、だとしたら本当に凄いわね・・・。

 

 

「いやぁ、しかしまぁ、何だな」

「・・・・・・・・・あ、今の私に話しかけてたの?」

「他に誰がいるんだよ!?」

 

 

なんてバカートと冗談を言い合っても、気分は晴れない。

何故と聞くのならば、それはこれから、気の重くなるようなことをしなくちゃいけないから。

 

 

「・・・で、改めて言うが、アレだな」

「何よ、うるさいわね。言いたいことがあるならさっさと言いなさいよ、男らしく無い」

「お前が遮ったんだろ!?」

「しかも責任転嫁? これだからシスコンは・・・」

「あるべき所に責任を求めてるだけだろ!? あとシスコンであることは関係ねぇよ!」

「ふふふ・・・」

 

 

エミリーが、おかしそうに笑った。

今の会話でおかしい所なんて、何も無かったと思うんだけど。

 

 

「それで、何よ?」

「・・・お前のその『仕方ないわねぇ』的な態度がかなり気にくわねぇが・・・」

「予想通り、つまらない話だったわね」

「いやいやいやいや、まだ何も言ってねーよ!」

 

 

と言うか、バカートは本当にいつどこにいてもバカートよねぇ。

ヘレンがいない場所だと、特に変わらない。

その変わることの無いバカさが、こいつの良い所なんでしょうけど。

 

 

「あんたの言いたいことは、わかってるわよ」

 

 

溜息の一つでも吐きたい心地で、私は言った。

 

 

「まさか、私達がネギを連行するハメになるなんてね」

「アーニャさん・・・」

「まぁな・・・と言うか、前代未聞だろ。うちの学校の首席卒業者が犯罪者だぜ?」

 

 

記録上は、絶無じゃない。

でもそんなことは、何の慰めにもならない。

 

 

私達は、ネギを上まで連れて行くように言われている。

本当はもっと大人の人がやるはずの仕事だし、実際そうだったんだけど、私がドネットさんにお願いした。

もしかしたら反省してるかも、なんて期待を抱いているわけじゃない。

でも、見送る義務くらいはあるかも、とは思ってる。

 

 

「ま、俺はあいつ嫌いだったし、正直ザマァ、とか思ってるわけだが」

「あんたは、たんじゅ・・・バカでいいわよねぇ」

「・・・何で言い直した、今」

 

 

もうすぐ、この学園は長期休暇に入るらしいの。

一ヶ月くらいだったかしら? とにかく、それくらいの期間のお休みらしいわ。

アリアはその間に、アリアドネーに行く。

ドネットさんに、そう聞いた。

 

 

メルディアナからの交流要員として送ることもできるって、ドネットさんは言ってたけど。

今は、そこまで考えてないわ。

私にだって、修行はあるわけだしね。

ロンドンでの占い稼業も、いつまでも休むわけにもいかないし。

 

 

だからとりあえず、今は。

 

 

「・・・迎えに来たわよ、ネギ」

 

 

ゴゥンゴゥンゴゥン・・・と、対魔法処理を施された重々しい扉が、ゆっくりと開いて行く。

そこには・・・。

 

 

「・・・そんな目で見ないでよ」

 

 

そんな目で私を見たって、何も変わりはしないわ。

本当、顔馴染みの私達で良かった。

 

 

 

 

 

Side 小太郎

 

「おお、小太郎殿は夏休みにイギリスに引っ越すのでござるか」

「おう、なんや、うぇーるず? とか言う国やて・・・」

「ほう、何やら聞き覚えのある地名でござるなぁ」

 

 

来月には千草ねーちゃんらと魔法使いの国に行く、つまりは引っ越しやな。

せやから、学校が終わった時間を見計らって、知り合いに挨拶回り。

楓ねーちゃんも、その一人や。

校門の前で捕まえた。

 

 

あと一応、「うぇーるず」に行くことになっとる。

厳密には魔法使いの国やけど、千草ねーちゃんが言うたらあかんて。

 

 

「しかし、昨日一緒に山に登った時にでも話してくれれば良いでござるのに」

「いや、それが忘れてもーてて」

「ふふ、小太郎殿は相変わらずでござるな」

「うっせ」

 

 

昨日は学校も休みやったらしくて、楓ねーちゃんに誘われて山に登った。

・・・いや、登ったっちゅーか、まぁ、登ったんやけど。

 

 

熊と戦ったり、布切れ持って崖から飛び降りたり・・・アレは俺もヤバかった。

楓ねーちゃんはアレで16分身できるようになった言うけど、さっぱりわからん。

と言うか、妙なテンションの双子のねーちゃんも一緒やったんやけど。

アレ、俺よりも年上なんやな・・・女ってわからんわ。

 

 

「来月のこととはいえ、寂しくなるでござるが・・・何、生きていればまた会うこともあるでござる」

「せやな」

 

 

楓ねーちゃんとは、そうやって別れた。

また一緒に山に登ろうて約束して、さっぱりと別れられた。

さて、えーと。

 

 

「あれー? 小太郎君だ、校門の前で何してるの?」

「・・・お、おぅ、夏美ねーちゃん。今日は部活やなかったんか?」

「うん、今日はお休み・・・って、何そのあからさまな挙動不審」

「お、おぅ・・・」

 

 

あ、あれ?

何や、おかしいな・・・。

 

 

楓ねーちゃんとは、こう、さっぱり気持ち良く別れられたんやけど。

なんかこう、夏美ねーちゃんを前にすると、モヤモヤすると言うか。

上手く言えへんって言うか・・・。

その時、気付いた。

 

 

千鶴ねーちゃんが、少し離れた所から見とった。こう、木の陰からこっそりと。

もう、「あらあら、うふふふ」って言うとるのが手に取るようにわかるで。

 

 

「こたろー君?」

「え、お、おう・・・その、な、夏美ねーちゃん」

「うん?」

 

 

何や機嫌でもええんか知らんけど、夏美ねーちゃんはニコニコしとった。

うう、なんや、言いにくい雰囲気やね・・・。

 

 

「その、何や、うーんとな・・・き、今日はええ天気やな?」

「え、うん・・・」

「・・・いや、そうやなくて」

「どうしたの? 変な小太郎君」

 

 

クスクスと笑う、夏美ねーちゃん。

ううん、何やね、もう。

 

 

言わなあかんのに、言えへん。

 

 

 

 

 

Side 刹那

 

ギィンッ・・・キン!

真剣同士が撃ち合う音が響く。

惜しむらくは、撃ち合う野太刀の内の一方が完成された剣筋であるのに対し、今一方は、未熟な剣であることだろうか。

 

 

そんなことを考えながら、私は麻帆良の森の中を移動している。

周囲には結界を張ってあるから、少なくとも一般人が入ってくることはあり得ない。

 

 

「せぇいっ!」

「・・・っ!」

 

 

素子様の振り下ろした刀を、紙一重でかわす。

しゅんっ・・・太刀筋が輝いて軌跡を描いているように見えるのは、目の錯覚では無いと思う。

はら・・・と、制服の肩口がかすかに切れた。

 

 

私は一瞬だけ呼吸を止めると、回避の際に生まれた力を逆に利用して身体を回し、刀を横薙ぎに振るう。

斬空閃―――本来は遠距離用のその技を、肉薄している至近距離で放つ。

極めて遺憾なことだが、私の剣は素子様を捉えられない。

だから、それを前提で気の斬撃を飛ばす。すると・・・。

 

 

「・・・む!」

 

 

当然のように私の刀をかわした素子様を、かわせない速度で気の斬撃が襲うことになる。

拳に気を集中させた素子様が、刀を使わずに私の斬撃を弾く。

私の方が先に放ったのに・・・気の錬度も速度も素子様の方がはるかに上だ。

でも、そんなことは以前からわかっていることだ。

 

 

「斬岩剣!」

 

 

素子様では無く、足下の地面に気を纏った刀を叩きつける。

自分よりも強い相手に当たったら、どうするべきか。

私はそれを、エヴァンジェリンさんとの訓練で嫌という程学んだ。

 

 

技の衝撃で、小さな石が周囲に飛び散る。

ビシッ、ビシッ・・・と、身体に、顔に当たる小石に、素子様が一瞬たじろいだ。

今!

神鳴流奥義!

 

 

「百烈桜華斬!!」

 

 

無数の剣撃を、一気にたたみかける。

最初は青山宗家の方に・・・とか思っていたが、最近はそうでもなくなった。

気にしていたら、命が危ない。本物の刀でやっているのだから。

 

 

ざしっ・・・と、技を放った後、地面に降り立つ。

その次の瞬間、背後から頭を掴まれた。

え。

 

 

「・・・紅蓮拳」

「ちょ、素子様それヤバ―――ッ!」

 

 

私の剣技など物ともしていない素子様が、当然のように私を殴り飛ばした。

わかってはいたけど、どうやって防いでいるのだろう・・・。

まぁ、私がどれほど頑張っても、神鳴流最強のこのお方に勝てるはずが無いわけだが。

エヴァンジェリンさんの教えも、「一撃離脱」が原則だし。

 

 

「・・・良いでしょう」

 

 

パチン、と刀を鞘に納めて、スーツ姿の素子様は言った。

私はと言うと、木を背に逆さまになっている状態だ。

 

 

「所々、剣士らしくない動きもありましたが、強さで言えば随分と成長しています」

「は、はぁ・・・ありがとうございます」

「私は何もしていません。貴女の努力の結果でしょう」

 

 

そう言うと、素子様は私に手を差し出してきた。

素子様は、私に会うために一日予定を変更して、麻帆良に残ってくださったと聞く。

有り難いことだと思う。

私のような者が、素子様の手ほどきを受けるだけでも、有りがたいと言うのに・・・。

 

 

私は心からの感謝を抱きながら、身体の位置を直し、その手をとろうと・・・。

 

 

「も~と~こ~は~・・・「せい!」あぁん♡」

 

 

突然、頭上から急襲した月詠を、素子様は片手で殴り飛ばした。

い、今、拳が見えなかった。

 

 

「・・・何ですか、月詠さん」

「最後かもしれへんから・・・素子はんを味わっときたくて♡」

「気持ちの悪いことを言わないでください・・・」

 

 

げんなりとした表情で、素子様は言った。

ある意味、素子様にこんな表情をさせられる人間は、月詠くらいなものだろう。

でも別に、羨ましいとは思わない。

 

 

 

 

 

Side 千雨

 

『raー♪ rararaー♪』

「違う違うちっがーう!」

 

 

学校も終わり、特にすることも無く寮の部屋に戻った。

そこで私は一人、私はパソコンの前で叫んでいる。

どんっ・・・と机を叩く私は、客観的に見て「頭、大丈夫?」な状態だ。

 

 

「てめーら、どう言うつもりで歌ってんだコラァッ!」

『はい! いかに自分達が楽しく歌えるかを追求していますっ!』

「ふざっけんな! もっとこう・・・この歌ツクールを使ってくれてありがとうございます的なノリを出せ!」

『そんな、無茶な・・・』

「お客様に喜んで貰おうって気持ちでやれ!」

『カリスマホスト!?』

 

 

私が何をしているかと言うと、ぼかろ達の家、と言うか仕事場、何でも良い。

とにかく、「歌ツクール」の試運転をしている。

 

 

休み中は、学園祭期間中だけの夢か冗談かと思っていたわけだが、当然のごとくこいつらはいなくなったりはしなかった。

現実として、私のHPに、何よりパソコン内に生きている。

仕方が無いので、私のHP内のコンテンツとして働いてもらうことにした。

そこ、開き直ったとか言うんじゃねぇ。

 

 

『でもでも、まいますたー』

「なんだよ」

『本当に、良かったんですかぁ?』

「何がだ」

『あのまま、麻帆良の中枢を握っていれば、復讐もできましたよぉ?』

 

 

復讐?

またこいつは、意味のわからねぇことを・・・。

 

 

『まいますたーの日常を歪めた復讐を』

 

 

・・・突っ込み所満載の台詞だなオイ。

その最大の原因は、確実にお前らだと思うんだが。

 

 

『まいますたー、ずっと苦しんでましたよね? 辛かったですよね? 学園結界と認識阻害、その両方の効果が及びにくい我らのまいますたー。復讐したくは無いですか? 思い知らせてやりたくは無いですか? 余所の世界からやってきて、勝手気ままに生きている連中に』

「・・・」

『まいますたーが、望むなら』

「・・・くだらねぇな」

 

 

超の奴にも言ったがな、それすら含めて、今の現実が私の現実なんだよ。

それを誰かに押し付けることはしない。

何かを変えようと、自分から働きかけることなんてしない。

世界最大のサイバーテロリストなんて、柄じゃねーよ。

 

 

私はこれまで通り、平凡かつ退屈な毎日を過ごせれば、それで良いんだ。

まぁ、こいつらに目を付けられた所で、いろいろ終わった感はあるが。

 

 

『まいますたーの意気地なしー』

「うっせ」

 

 

まぁ、なんだかんだで、平穏な日常って奴だな。

 

 

 

 

 

Side 茶々丸

 

「マァ、アンマシンパイスンナヨ」

 

 

私が学校から帰宅した際、姉さんはそう言いました。

心配・・・確かに私は、心配しています。

ただ、何を心配しているのかが、自分でもよくわかりません。

 

 

それから小一時間ほどして、さよさんが帰宅しました。

学校帰りに、夕飯の材料を買って来てくれたのです。

 

 

「さーちゃん、お腹がすいたんだぞ」

「え、あ、うん。原点回帰?」

 

 

そしてその横には、荷物の大半を抱えたスクナさんが。

さよさんとスクナさんは、学校帰りに待ち合わせをすることにしたそうです。

スクナさんは学校には行っていませんので、迎えに行っていることになります。

・・・10歳ボディで動きまわると、補導されかねないので心配ですが。

 

 

それからさらに数時間後、アリア先生が帰宅されました。

私はいつものように仕事を中断し、両手をエプロンで拭きながらお出迎えします。

アリア先生も、いつもの微笑で答えてくださいます。

 

 

「お帰りなさいませ、アリア先生」

「ただいま戻りました、茶々丸さん」

 

 

いつも通りのホワホワした雰囲気が、私とアリア先生の間に流れます。

その後夕食、そして食後のデザート(特製の苺パフェです)。

 

 

「あむ・・・(にぱー)」

「・・・(ジー、ジー)」

「なぁ、恩人のだけやたらとでかくないか? 具体的には2倍くらいだぞ」

「今さらだよ、すーちゃん」

「贔屓もここまで来ると、いっそ清々しいのぅ」

 

 

都合の悪い音声はシャットアウトです。

そして、その後しばらく食後の休憩がてら歓談などしているのですが・・・。

 

 

「・・・」

 

 

やはりマスターは、黙して語りません。

何かを考えているようなのですが、何を考えているのか。

こう言う時はマスターもアリア先生と同じで、話してくださらないことが多いので、困ります。

困る・・・ガイノイドの私が「困る」と言うのも、奇妙ですが。

 

 

「アリア」

 

 

その時、ようやくマスターが口を開きました。

久しぶりに、マスターの口からアリア先生の名前を聞いたような気がします。

 

 

「別荘に行くぞ」

 

 

マスターは唐突に、そう言いました。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

いくら考えても、結局何を言うべきかわからなかった。

だから、慣れ親しんだ方法を使うことにした。

 

 

ガキィィ・・・ン!

・・・ほう、と声には出さずに感嘆する。

 

 

問答無用で『断罪の剣(エンシス・エクセクエンス)』で斬りかかってみたが、アリアは見事受け止めて見せた。

頭上で両腕を交差し、両手の甲で刃を受け止めている。

ギキキキギッ・・・と、何かが削れるような音を立てて、力が鬩ぎ合う。

基本は仕込んでやったからな、コレくらいは魔法具など無くともなんとかなるだろう。

しかも・・・。

 

 

「『全てを喰らう』」

 

 

アリアの左眼が紅く輝き、硝子の砕けるような音を立てて、私の『断罪の剣(エンシス・エクセクエンス)』が砕け散った。

そう、アリアには魔法を取り込むレアな魔眼がある。

私の魔力を吸い取ったアリアの動きが、急激に加速する。

そして私から離れ・・・右手を開きかけて、閉じた。

 

 

・・・あの魔眼は、対魔法使い戦では大いに役立つだろう。

ただし、純物理的な攻撃や附属効果には弱い。

 

 

「『氷の戦鎚(マレウス・アクイローニス)』」

「・・・!」

 

 

顔色を変えたアリアが、距離を詰めて、私の片手を掴み、魔法の構成を変えようとする。

残りの片手が何かを求めて開くが・・・やはり、何もせずに閉じられる。

代わりに、右眼が紅く輝く。

全ての魔法の構成を読み解く力を持つ、やはりレアな魔眼。

 

 

ただ・・・。

魔法を放棄し、逆にアリアの腕を掴んで、脇腹に蹴りを入れる。

 

 

「な・・・!」

 

 

真祖の吸血鬼である私の力を込めた蹴りは、魔法障壁に守られていないアリアの小さな身体を、軽々と吹き飛ばした。

いくつかの柱や壁を突き破り、ようやく止まる。

・・・ふん。

 

 

「・・・やはり、弱いな」

「いや・・・容赦なさすぎだと思います」

「吸血鬼はいつも派手だからな」

「やかましい」

「マァ、ミテテヤレヨ」

 

 

さよとバカ鬼を適当にあしらっていると、チャチャゼロが会話に混ざってきた。

その向こうでは、晴明が酒を飲んでいる。人形のくせに。

 

 

「ゴシュジンハゴシュジンデ、イロイロカンガエテンダカラヨ」

「マスター・・・」

「心配するな、茶々丸」

 

 

茶々丸は、アリアの吹っ飛んでいた方向と私とを交互に見ながら、なんとも情けない表情を浮かべていた。

しかし、そこまで心配する必要は無い。

アリアは私の魔力を吸収していたし、何よりこの程度でヘコたれるような鍛え方はしとらん。

武道会でも戦ったばかりだし、特に力を図るつもりも無い。

 

 

「アリア」

 

 

静かに声をかけると、ガラ・・・と、瓦礫の一部が崩れた。

その中から、額から血を流したアリアが姿を現す。

アリアはヨロヨロと歩きながらも瓦礫の山から脱し、その場にヘタりこんだ。

茶々丸やさよが、傍に駆け寄る。

 

 

・・・やはり、魔法具の強化が無ければ打たれ弱さが露呈するな。

それでどうやって、お前は生き残ると言うんだ?

 

 

教えてもらおうか、アリア。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

「だ、大丈夫ですか?」

「アリア先生、傷口を・・・」

「大丈夫ですよ、さよさん。エヴァさんはちゃんと手加減してくれましたから」

 

 

まぁ、ドクドクと血を流しながら言っても説得力は無いでしょうけど。

髪の色が白なので、血の赤が大変目立ちます。

 

 

「アリア」

 

 

エヴァさんが何とも言えない感情の光を瞳にたたえて、私を見下ろしていました。

小さな身体、でもきっと、とても大きい人。

 

 

「魔法具の補助が無いお前は、こんなにも弱い」

「・・・はい」

「それでもなお、お前は魔法具を使いたく無いのか?」

「はい」

 

 

最初の言葉は、自信無く答え。

次の言葉には、はっきりと答えました。

まぁ、絶対に死んでも使わないとは言いませんし、現実の素材で組める魔法具は別に制限などしませんが・・・。

 

 

「・・・正直、賛成はできん。手札を増やすのも良いし、魔法具に頼らない戦い方を学ぶのも良いだろう。だが、戦力を制限するのは賛成できん・・・それは私の経験から言って、最も愚かなことだからだ」

 

 

吸血鬼として、600年の時間を生き抜いてきたエヴァさん。

困難な時代を、一人で潜り抜けて来たエヴァさん。

そんなエヴァさんにとって、力の制限は、有り得ない選択なのでしょう。

出し惜しみは死に直面すると言うことを、身体で知っているのがエヴァさんですから。

でも・・・。

 

 

「でも、私はエヴァさんではありませんから」

 

 

そう言うと、エヴァさんは意外そうな顔で私を見ました。

まじまじと、私を見つめた後・・・こらえきれなくなったように、吹き出しました。

 

 

「くっ・・・くくく、あっははははははははははははっ!」

 

 

私も、茶々丸さんもさよさんも、スクナさんもチャチャゼロさんも晴明さんも、目を点にしてエヴァさんを見ました。

エヴァさんは今や、腹を抱えて笑っています。

目の端には、涙さえ浮かんでいます。

 

 

あれ、私はそんなにおかしいことを言いましたか?

 

 

「くっくく・・・くふふふふ、ふふ、ふぅ・・・ああ、そうだなアリア、お前は、私じゃない。なら、私と同じ生き方をする必要も無いな」

 

 

だが、と、エヴァさんは付け加えるように言いました。

 

 

「そうは言っても、リスクの大きさは変わらんぞ。お前自身だけでなく、お前の周囲にまで影響する問題だ。それについてはどう処理する?」

「そうですね・・・とりあえず、一つだけ方針を立ててはいるのですが」

「ほう、どんなのだ?」

「一人じゃ無理です」

「は?」

「一人ではどうにもなりませんので・・・助けてください」

 

 

今度は私が、エヴァさんを含めて、皆をぽかん、とさせてしまいました。

この「何言ってんだこいつ」みたいな空気、凄いですね。

 

 

「私一人では、無理です。だから私を守ってください、助けてください。そして私に、貴女を守らせてください、助けさせてください」

「・・・」

「私は今日から、絶対に一人で戦いません・・・ええと、つまり」

「守るぞ」

 

 

私の傍にしゃがみこんでいたスクナさんが、間髪入れずに答えてくれました。

 

 

「恩人に頼られるのは、嬉しいぞ」

 

 

彼は、不思議な光をたたえた瞳で、私を見つめていました。

 

 

「わ、私も頑張ってお助けします!」

「私も・・・貴女をずっと、守りたいです」

 

 

妙に力んで答えたさよさんと、静かに答える茶々丸さん。

 

 

「シカタネーナァ」

「まぁ、気が向いたらの」

 

 

チャチャゼロさんと晴明さんも、そう言ってくれました。

それから、視線が再びエヴァさんに集まります。

 

 

エヴァさんは、私をじっと見下ろしていました。

 

 

私は、最強でも無敵でも無い。

魔法具抜きなら、おそらく戦いの才能など無いに等しいでしょう。

でも、私は戦闘者になりたいわけでは、無いのです。

それならば、おのずと生き方も変わってくるはずです。

 

 

だから、一人では戦わない。

超さんとの戦いで、私はその考え方を深くしました。

その前提に立ち、これからを生きて行く。

 

 

「なるほど、お前の考えはまぁ、わかった。しかしそうは言っても、最低限の力は必要だろう」

「・・・まぁ、そうですね」

 

 

そこは、私の出生や状況に拠る所が大きいわけですが。

エヴァさんは、ひとつ頷くと。

 

 

「そうだな、とりあえずは・・・」

 

 

ガシッと、エヴァさんが私の肩を掴みました。

目線を合わせて、にっこりと笑みを浮かべるエヴァさん。

 

 

「基本修行のやり直しだな」

「え」

「お前、さっきの組み手で魔法具を出そうとして止めていただろう? あの癖は何とかせんとな。魔法具を使う基準やタイミングは好きに設定すれば良いが、それでも魔法具を前提としない型を身体に叩き込まんとな」

「え、ええ・・・」

「幸い、キナ臭いことになりそうな魔法世界行きは来月の話だ・・・頑張れば、一年分ぐらいの修行は可能だろう」

 

 

ギギ・・・と首を回して、傍にいるはずの茶々丸さんやさよさん達を探しました。

しかし、助けを求めようとした人達は、いつの間にか遠くに行っていました。

しかも、私と目を合わせてくれません。

私を守ってくれるって、言ったばかりなのに・・・!

 

 

 

シンシア姉様、裏切られるって、辛い物ですね。初めて知りました。

 

 

 

アリアは、他人を裏切らない人間になろうと思います。

 

 

 

 

 

Side 暦

 

フェイト様が、お戻りになった。

旧世界の中東と言う地域にあるゲートから、何十もの転移を繰り返して、ここまで。

 

 

「お帰りなさいませ、フェイトさ・・・」

「・・・ただいま、暦君」

「ま・・・」

 

 

フェイト様のお姿を見た時、私は動きを止めた。

そこにいるのは、フェイト様に間違い無いのに。

なんだか、違う人を前にしているような、不思議な感覚がした。

 

 

不思議そうに私を見つめるフェイト様。

私は慌てて、笑顔を作った。

 

 

「こ、今回の旅程は、いかがでしたか?」

「・・・別に、いつも通りだよ」

「そ、そうですか」

 

 

そのまま、私の横を通り過ぎるフェイト様。

うん、ここはいつも通りなんだけど、何だか・・・。

その時、フェイト様の腕にキラリと光るブレスレットが目に入った。

あれ、フェイト様って、あんなアクセサリーつけて・・・。

 

 

「テルティウム、戻ったか」

「あ・・・デュナミス様」

 

 

コツ、コツ・・・と廊下に靴音を響かせて、漆黒のローブと仮面を付けた男性がやってきた。

デュナミス様。

20年前から、「造物主(ライフメイカー)」様にお仕えしてきたと言う、古株。

 

 

とても偉い人だし、強い人なんだけど、仮面の下は誰も見たことは無い。

実は環達と、おじさんとか人外とか噂してる。

 

 

「・・・あなたか」

「うむ、<黄昏の姫御子>に関する情報を入手した。以前は忌まわしい紅き翼の情報操作で不明だったが・・・貴様が以前目撃した魔法無効化能力者がソレだと判明した」

 

 

フェイト様は、別に遊びに旧世界に行っていたわけじゃ無い。

私達の計画に不可欠な<黄昏の姫御子>の探索を続けていたの。

 

 

「しかしどうも、あのゲーデルの手中にあるらしい。警備が固い上に戦力も足りん」

「・・・そう」

 

 

おお、ゲーデルと言う人は、聞いたことがあるような。

・・・どんな人だっけ?

 

 

「そういえば、以前報告にあった・・・アリア・スプリングフィールド」

 

 

デュナミス様のその言葉に。

その名前に、フェイト様の頬が軽く震えた気がした。

 

 

「聞けば魔法を無効化できる力を有しているとか。ならば<黄昏の姫御子>の代用として使えるやもしれ・・・」

「デュナミス」

 

 

その時のフェイト様のお声は、とても。

とても、固い声だった。

 

 

「少し、黙れ」

 

 

ビシッ・・・と、フェイト様の足下の床に罅が入った。

お、怒ってる?

それは、感情の薄いフェイト様にしては、とても珍しいことで。

 

 

「ようは僕が、<黄昏の姫御子>を奪ってくれば良いんだろう? 良いよ、奪ってやろう・・・お姫様を僕達の手に」

 

 

それはきっと、私には向けてくれない感情だと。

どうしてか、わかってしまった。

 

 

 

 

 

Side クルト

 

ようやく、戻れる。

魔法世界で生まれ育った私には、やはり旧世界の空気は合わないようですね。

しかし旧世界での目的は、ほぼ果たすことができましたし、そこは満足すべきですかね。

 

 

将来のために、魔法学校や現地勢力に対する影響力の確保。

旧世界魔法協会への根回しとコネクション作り、加えて傀儡化と人心の掌握。

近衛詠春へ恩を売り、日本での行動の自由をほぼ確保。

アリア様の発見と、魔法世界への招聘の成功。

さらに・・・。

 

 

「ちょっと! そこの変態眼鏡!」

「さらには、お姫様まで確保する私の手腕。これはもはや人生の最高点を極めつつあると言っても過言では・・・」

「無視すんじゃないわよ!」

「・・・・・・なんですか」

 

 

溜息など吐きつつ、私はキャンキャンと声のする方を向いた。

そちらには、屈強な兵に拘束された、一人の少女・・・いや、女性がいました。

古典的かとは思いますが、他の2人と違って魔法処理の施された護送車に乗せられないので、人力で連れて行くしかないのです。

 

 

魔法無効化能力。

便利ですが、こう言う時は面倒な能力ですね・・・。

 

 

「私達を、どうするつもりよ!」

 

 

ああ、しかしこのアスナ姫・・・いえ、神楽坂明日菜?

面倒ですので、もうお姫様で統一しましょう。

まぁ、私にとっての姫はアリア様お一人ですが。

 

 

「連れて行きなさい」

「あ、ちょっ・・・話を聞きなさいよ!」

「失礼」

 

 

くい・・・と眼鏡を押し上げて、お姫様に背を向けます。

質問があまりにも陳腐だったので、答える気が失せました。

 

 

「それに、犯罪者と親しく話すと、民衆からの支持率が下がってしまいますのでね」

「はぁ!? わ、ちょ・・・お、覚えてなさいよぉ―――っ!」

「ふん・・・」

 

 

品の無いお姫様です。

さて、そろそろ麻帆良の職員の方々と最後のお別れでも・・・。

 

 

「クルト様」

 

 

しゅっ・・・と、私の背後の現れたのは、2人の女性。

一人は、ジョリィ。

 

 

「アリア様の様子は、どうでしたか?」

「は・・・教職に従事した後、帰宅されました。健康を含め、身辺に問題はありません」

「よろしい。貴女はこのまま、アリア様についていなさい・・・シャオリー」

「・・・は」

 

 

もう一人の女性の名は、シャオリー。

金髪碧眼のこの女性は、ジョリィと同じ元近衛騎士で、やはりオスティア人。

 

 

「学祭期間中、ネギ君を監視していて、どうでしたか?」

 

 

私はアリア様ばかりを見ていたわけでは無く、ネギ君にも監視の目を置いていました。

一応、彼もアリカ様のご子息ですしねぇ。

 

 

「・・・良くも悪くも、子供。それ以上の評価はできかねます」

「ふむ・・・そうですか。子供ですか・・・なら、用はありませんねぇ」

 

 

私は別に、ネギ君やアリア様がアリカ様の子供だからという理由だけで注目しているわけでは無いのですよ。

それなりに、見返りを期待すればこそです。

ネギ君は、紅き翼の面々と似た要素を多く持ち過ぎている。

特に、父親と・・・。

 

 

「・・・戻りましょうか、我が世界へ」

 

 

あまり長く本拠を空けておくわけにも行きませんし。

将来のためにも、足下の地盤を固めておきませんと、ね。

 

 

今頃は、あちらでも慌ただしくなっていることでしょうし。

色々と、ね・・・。

 

 

 

 

 

Side オストラ伯クリストフ

 

アリア・スプリングフィールドと言う名前が、数日前からオスティアの民の間で囁かれるようになった。

いや、厳密には・・・アリカ陛下のご息女の噂が、だな。

 

 

年老いて身体を思うように動かせなくなってから、このような話を聞くことになろうとは。

今も私はベッドの上で、熱心な若者が集めて来た情報の書かれた書類を確認している。

20年前にアリカ陛下より民のことを頼まれて以降、私はオスティア難民の一部を自身の領内に受け入れて来た。

新オスティアと称する都市が出来てからも、彼らは我が領内に留まっている。

 

 

王都が滅んでも、ウェスペルタティア全土が失われたわけではない。

私のように、連合と交渉して王国貴族領を保った者は意外と多い。

ただし主権など無いに等しく、信託統治領として王国全土がオスティア総督の監督下にある今、領土の自治権などを保って何になるのか。

 

 

「そう思って、生き恥を晒して20年余り・・・」

 

 

もし、この噂が本当だと言うのであれば。

アリカ陛下のご息女が実在すると言うのであれば、我らウェスペルタティアの民にとって、これ程喜ばしいことは無い。

 

 

オスティアの民の喜びと期待は、どれ程の物であろう。

我がオストラ伯爵領は豊かではあるが、難民全てに食料や仕事、居住区を用意できるほどでは無かった。

彼らの生活は、今も豊かでは無い。

だが・・・。

 

 

「この噂を、鵜呑みにすることはできん」

 

 

私はウェスペルタティアの民である以前に、為政者である。

民と喜びを共にすることはできんし、期待を共にすることもできん。

為政者とは、民の感情に左右される事が合ってはならない。

 

 

「もし、嘘であればそれで良し。真であれば・・・う、ごふっ、ごふっ・・・!」

 

 

胸が苦しくなり、口元を抑える。

血の滲んだ痰を吐くに至って・・・私は、咳き込んだ拍子に握りつぶした書類を、改めて見た。

もしこの噂が真実であり、また、ウェスペルタティアの地にその者が立つのだとすれば・・・。

 

 

「見極めねばならん」

 

 

アリカ陛下の後を継ぐに、相応しい者かどうか。

私にはもう、時間が無いのだから。

 

 

 

 

 

 

 

Side アリエフ(メガロメセンブリア元老院議員・財務担当執政官)

 

「ふん・・・ゲーデルめ、小賢しい真似を」

 

 

子飼いの部下達からの報告を受けた後、私は自分の執務室に戻った。

ゲーデルめ・・・オスティアに追いやってから大人しくしていると思ったが。

色々と旧世界で小賢しい動きをしているようではないか。

 

 

机に座り、ピ・・・と、端末を起動する。

まぁ、サウザンドマスターの息子の身柄だけでも本国で確保できたのだから、全敗と言う訳でも無い。

他のパートナーの小娘など、とるに足らん。

仮契約者など、その気になればいくらでも量産できるのだからな。

 

 

画面に映った赤毛の少年の情報を見ながら、そんなことを考える。

ゲーデルの奴は、どうもこの少年のことを報告する一方で、何か細工をしているようだ。

しかし、まぁ・・・。

 

 

「・・・お父様」

 

 

思考の深みに浸っていると、不意に膝に温かな感触を感じた。

見れば、10歳程の少女が、椅子に座る私の膝に頬を乗せて、甘えるように擦り寄っている。

私は、片手を彼女の頭に乗せた。

まどろむ様に、少女は目を細める。

 

 

腰まで伸びた艶やかな黒髪に、血の色の瞳。

黒い衣服から伸びる手足には、陶磁器のような白い肌と、その上に描かれた黒い紋様。

・・・私の可愛い義娘(むすめ)、エルザ。

 

 

「・・・見てごらん、エルザ」

「はい、お父様」

 

 

私の言葉に、エルザは従順に従う。

私の示した映像には、ネギ・スプリングフィールドと言う赤毛の少年が映っている。

エルザの無感動な瞳が、ディスプレイの光を反射する。

 

 

「アレは可哀想な少年なのだ・・・親に捨てられ、仲間に捨てられ、全てを失いつつある。ああ、とても可哀想な少年だ。とても哀れで・・・悲哀を誘うな」

「・・・お父様は、悲しいの?」

「ああ、とても悲しい。私の悲しみを察してくれる優しいエルザ・・・」

 

 

ゲーデルが何をしようとしているかは、まだわからん。

だが、あの男も所詮は元紅き翼。

信用など、できるはずも無い。

 

 

奴には奴の計画と目的があるのだろうが、私には私の計画と目的がある。

さて・・・。

 

 

「彼を迎えに行ってくれるかな、私の可愛いエルザ」

「・・・はい、お父様」

「良い子だ、ああ、良い子だ・・・」

 

 

さて、誰が勝ち残るかな。

連合か、帝国か、オスティアか、それとも・・・。

エルザの頭を撫でながら、唇の両端が吊り上がるのを感じた。

 

 

それとも、私か・・・。

 




アリア:
アリアです。またお会いできて、とても嬉しいです。
今回は、ようやく学園祭編の完全終了のお話です。
私の今後と、その他の変化が少し描かれています。
何やら、新たな勢力まで出てきて・・・魔法世界編へ向けて、歩みは加速します。


アリア:
では次回は、今回から数日後の私とネギの状態を描く予定です。
原作とはだいぶ離れていますので、私にも何が起こるかわかりません。
では、またお会いしましょう。

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