魔法先生ネギま~とある妹の転生物語~   作:竜華零

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第43話「過去:後編」

村が燃える。

村人が石にされていく。

悪魔の群れが、故郷の村を蹂躙していく。

 

 

その様を、アリアは湖の畔で一人、眺めていることしかできなかった。

否・・・一人ではない。

 

 

「・・・本当に、これで良いのですか。姉様」

「それは目的意識によって変わるね」

 

 

アリアの側には、アリアと良く似た容姿の女性がいた。

金色の長い髪に、澄んだ青い瞳。ほっそりとした肢体。

アリアが大人になれば、おそらくこうだろうという容姿の女性。

シンシア。

 

 

「もし村人全員を守るというのなら、これは最悪の選択だね。でもキミ一人を守るという選択をするのなら、最良の選択だと言える」

 

 

この3週間、アリアは悪魔の襲撃を回避するためには、自分がどう行動すべきかを考えていた。

しかし、効果的な案など出るはずもなかった。

この世界についての詳細な知識を持たない上に、村人達からは「ただの子供」程度の認識でしかないアリアに、できることなどない。

 

 

「でも、最終的には何も問題はないはずだよ? 村人は石になるだけで死ぬわけじゃない。キミの兄や従姉や幼馴染も同じ。多少のトラウマは抱えるかもしれないけど、死ぬよりマシなレベルだ」

「それは・・・」

「問題はキミだよ。登場人物欄に名前の無いイレギュラー。キミの生死については保証できないし、むしろキミが関わることで死人が出るかもしれない。なら、関与しないことがベターな選択だと思うけどね」

 

 

そう、シンシアがアリアに提示したプランは、単純にして明快な物だった。

一言で言えば「隠れてやり過ごす」。

 

 

悪魔襲撃の時期特定ワードは三つ。

「夜」「雪」「ネカネの来る日」。

この日に合わせて、アリアはシンシアに会いに来ている。

 

 

もともと、死人が出る事件ではない。

しかも回避しようの無い事件だというのであれば、回避する必要は無い。

むしろ受け入れて、その後の展開に備えた方が良い――――。

 

 

「まぁ、永久石化の解除は死ぬほど難しいらしいけど、不可能じゃない。何ならアリアドネーに推薦状を書いてあげても良いから、頑張って勉強するのも手だと思うけど」

「アリアドネーに推薦状って・・・」

「長生きだと、いろいろとコネもできるもんだよ」

 

 

なんでもないことのように、淡々とシンシアは言う。

アリアはと言うと、今も炎の中で悪魔の群れと戦っているだろう村人や、家族のことを考えていた。

 

 

「・・・言っておくけど、助けに行こうとか考えても無駄だよ。というか、無理だよ」

「どうしてですか」

「だってキミ、弱いもん」

 

 

はっきりと、シンシアは事実を述べた。

 

 

「魔法も使えない。というか魔力の運用さえ満足にできないキミに、何ができるの? ここにいればボクがキミを守ってあげられる。この場所は一種の魔力の吹き溜まり―――エアポケットのような空間だから、ボクでもある程度力を使える。でもこの場所以外では無理。というか、嫌」

「・・・なんで」

「神様に見つかってしまうもの」

 

 

アリアは、シンシアの言う「神」なる物がよくわからない。

ただ、シンシアはよくその単語を使う。

曰く、アリアを守ることはその「神」への嫌がらせの一環だそうなのだが。

 

 

「でも、姉様」

「自分だけ安全圏にいるのが、我慢ならない?」

「・・・はい」

「ふ~ん? アレかな。誇りとか矜持とかの問題? このまま事の推移を見守って、後で再会する兄や幼馴染と、生還を素直に喜びあうことができないとか?」

 

 

シンシアの言葉に、アリアは口を噤んだ。

図星だった。

アリアの今の感情に名前を付けるとすれば、それは「後ろ暗さ」だ。

 

 

このままの気持ちで、今後の人生を生きていきたくなかった。

このまま時間が過ぎるのをただ待って、のうのうと出て行きたくなかった。

このまま・・・。

 

 

「このまま、何もしないでいるなんて、できません」

「じゃあ行けば? 大丈夫、簡単に死ぬと思うから」

「姉様は・・・」

「うん?」

「姉様は、平気なんですか!」

 

 

何の力も無い自分が、何もできないことはわかっている。

でも何もしないでいることには、今感じている無力感と後ろ暗さには、我慢できなかった。

 

 

「目の前で、人が・・・不幸な目にあっている人がいるのに、それが筋書きだからと、予定だからと、どうして受け入れられるんですかっ!」

「じゃないとボクが死ぬもの」

「それでも!」

「あのね、非常時に人を助けるって言うのはさ、無償じゃないんだ。哀しいくらいに等価交換なわけ。相手の命を救おうと思ったら、自分の命を懸けることになる。だから一人の人間に救える命の数には限度がある・・・この場合、ボクが助けられる命はキミ一人」

「それでも・・・助けられる側は、助けて欲しいって思います。・・・私の、経験上」

「経験上、ね」

 

 

それから、アリアはもう何も言わなかった。

何も言わずに、その場から走り去る。

安全な場所から、離れてしまう。

 

 

シンシアは、それを特に止めなかった。

止めた所で無駄だと思ったし、似たような経験なら何度かあった。

転生者と言う存在は、多かれ少なかれ物語に介入しようとする物だから。

 

 

「・・・死んだな、ボク」

 

 

その呟きは誰に聞かれることもなく、風に吹かれて消えた。

 

 

◆   ◆  ◆

 

 

呼吸が乱れる。

喉を鳴らして、唾を飲み込んだ。

 

 

アリアの目の前には、倒壊し、燃え広がる家屋。

彫像のように屹立しているのは、石と化した村の人々。

 

 

「・・・・・・」

 

 

もう一度唾を飲み込んで―――左眼のコンタクトを外す。

魔眼の効果を抑制している魔法具を、外す。

キィン・・・と、静かに起動する『殲滅眼(イーノ・ドゥーエ)』。

周囲の魔力を取り込んで―――悪魔召喚の影響か、いつもよりも魔力が濃い―――駆け出す。

 

 

「・・・・・・誰か」

 

 

動く者は、誰もいなかった。

炎の熱を感じるばかりで、他に何も感じられない。

もしかしたら、もう終わった後なのかもしれない。

 

 

「誰か・・・!」

 

 

願いを込めて、呼ぶ。

だが、アリアの声に反応する者は誰も・・・。

 

 

「・・・ぅ・・・」

「・・・っ!」

 

 

かすかに聞こえた声に、足を止める。

眼をこらして、視る。すると・・・。

 

 

「アーニャさん!」

 

 

崩れた家の下に、見知った赤い髪の少女がいた。

この世界での幼馴染。アーニャ。

 

 

一瞬、迷う。

アーニャは助かるはずだ。だが、どうやって助かるかはわからない。

そもそも、この時期に村にいたのかいなかったのかも、自分の「記憶」でははっきりしない。

もう少し、ちゃんと読み込んでおけば良かったなどと後悔しても遅い。

 

 

放っておくか、否か。

迷うまでもなかった。

瓦礫の下に一人きりなんて、冗談じゃない。

「前」の自分の感情が、そうさせた。

 

 

すぐに瓦礫をかき分け、狭い隙間を通り、アーニャの側まで行く。

幸い、梁などに下敷きにされているわけでもなく、気を失っているだけのようだった。

ただ火の手も近付いて来ているし、何よりいつ瓦礫が崩れてくるかもわからない。

すぐに、引き出すことにした。

とはいえ、魔眼で多少強化していても子供の力でしかないから、苦労したが。

 

 

「・・・アーニャ、さん・・・」

「う・・・」

 

 

なんとか外に引きずり出して、せめて火の無い所へと思い、自分の小さな身体に苛立ちつつもアーニャを背負った、その時。

ガシャッ・・・と言う音と共に、捻じれた角を二本持つ異形の化物が、瓦礫の上に姿を現した。

悪魔。

 

 

「あ・・・」

 

 

ガパッと口を開いたその悪魔は、何か、よくわからない光線のような物を吐き出した。

それが何かはわからない。

ただ一瞬、恐怖に足が竦み、身を守るように突き出した左手が。というより、左眼が。

 

 

『全てを喰らい・・・』

 

 

魔力を奪い、急加速する。

身体が、神経が。全てが加速して―――。

 

 

『・・・そして放つ』

 

 

逃げた。

 

 

怖かった。

攻撃とか何とかを考えている余裕はなかった。

ただ、手に入れた力の全てを使って、逃走した。

実際に襲われて初めて、自分のしたことの意味を知る。

 

 

後悔する。

それでもアーニャを置いていかなかったのは、意地のような物だと思う。

まぁ、誤算は、というか誤算だらけなわけだが、とにかく不味かったのは・・・。

 

 

相手が一体だと、思ったことだろうか。

 

 

「あっ・・・」

 

 

急に何かに足を掴まれて、一瞬感じる浮遊感。

次いで、打撃音と―――痛み。

 

 

「――――――――っ!?」

 

 

声も出せない。

地面に叩き付けられ、急加速の直後で弛緩した骨や筋肉が軋み。

何かを探すように動かした左腕が。

 

 

ゴスンッ・・・ゴリッ・・・!

 

 

踏まれて、折れた。

 

 

「ううぅぅぁああ・・・っ!!?」

 

 

初めて感じる痛みに、アリアは呻いた。

眼の痛みとはまた別の種類の、鈍く鋭い痛み。

 

 

視線を上げると、そこにいたのはさっきのとは別の悪魔だった。

腕が8本ある骸骨のような悪魔。

他にも、地面から、影から、炎の中から、次々と悪魔が出現してきた。

10を超えた時点で、アリアは数えるのをやめた。

というより、折れた腕を踏まれ続けているので、数える余裕が無かった。

 

 

「あ・・・」

 

 

目の前の骸骨のような悪魔が、腕の一本を使って、アーニャの足を掴み、持ち上げる。

それを止めようと右手でアーニャの服を掴むが、悪魔は他の腕を使ってアリアの右手を掴んで、枯れ枝でも折るかのように、骨を折った。

 

 

「あ、ああああぁ、あ!?」

 

 

痛みで、意識が飛びそうにになって―――やはり痛みで意識が覚醒する。

悪魔は笑うかのように骨しかない口をカチカチ鳴らし、宙吊りにしたアーニャの細い首を、掴んだ。

両腕を折られたアリアは地面に這いつくばったまま、何もできない。

何も、できない。

首を掴んでいる腕に力が込められたのか、アーニャが呻く。

 

 

「や・・・」

 

 

怖い。身体が震える。吐き気がする。

殺されるかもしれない。そしてそれ以上にアーニャが死ぬかもしれない。

自分というイレギュラーが干渉したから?

 

 

自分のせいで?

そんなことは、認められなかった。認めたくなかった。

自分のせいで死ななくて良い人間が死ぬなんて・・・。

 

 

「やめて・・・っ!」

 

 

嫌だ!

心の中で、強く叫んだ。

その時。

 

 

「ボク的必殺、『問答無用拳』!!」

 

 

悪魔の上半身が吹き飛んだ。

骨の塊が散乱し、残った下半身が崩れ落ちる。

空中に放り出されたアーニャを抱きとめたのは、金髪の女性。

その女性はまるで悪戯を成功させた子供のような顔をして、アリアを見ると。

 

 

「ヒーローの条件って、知ってる?」

「し・・・」

「それはね、自分の‘出’をわきまえることさ」

「シンシア姉様ぁっ!!」

 

 

歓喜を混ぜたアリアの声にシンシアはニヤリと笑うと、アーニャをアリアの横に寝かせた。

そして、目前の悪魔の群れを見て。

 

 

「斬死、轢死、圧死、爆死、頓死。好きな物を選ぶと良い。どうせキミたち全員、道連れだから」

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

「『ヴォイドスナップ』」

 

 

シンシアの左手を黒い革手袋が包み込む。

指を鳴らすと、そこから放たれた重力の塊が目前の悪魔を地面に押さえ付けた。

 

 

「『シリウスの弓』」

 

 

右手に掴んだのは、金色の弓。

弦を弾くでもなく構えると、そこには魔力で編まれた数十本の矢。

重力弾で動けない悪魔の群れに対し、シンシアは迷うことなくその矢を放った。

 

 

「『魔天経文』」

 

 

次いで、肩に巻物にも似た物を羽織る。

それは、全ての魔を滅することのできる。東洋の魔法書。

たとえば。

 

 

「たとえば、重力で動けずに黄金の矢で跪かせられている無様な悪魔達とかさ」

 

 

悪魔の悲鳴を心地良さそうに聞きながら、シンシアは滅びの祝詞を紡ぎ始める・・・。

 

 

◆  ◆   ◆

 

 

そしてその姿を、アリアは間近で見つめていた。

アリアの目の前には『殷王神鑑』という名の書物が浮かんでおり、彼女の両腕を治療している。

味方を治癒し、同時に悪魔達を蹂躙していくシンシアの姿。

 

 

「すごい・・・」

 

 

その姿は、圧倒的で、綺麗で、光り輝いているようで。

神々しくすらあった。

だけど・・・。

 

 

「え・・・?」

 

 

シンシアが一体悪魔を倒すごとに、その姿がブレていくような気がする。

シンシアが一つ魔法を、魔法具を使う度に、その姿が薄れていくような気がする。

シンシアが一歩動くと、その存在感が希薄になっていっているような気がする。

 

 

視える。

シンシアを構成する全てが解かれていく様が、アリアには「視える」。

 

 

「痛・・・っ」

 

 

治りたての腕で、右眼の瞼に触れる。

熱い。何かが、脈打っているかのように。

ズキズキと、こめかみが痛くて。

痛、くて。

 

 

「見せ場、終わり!」

 

 

などと叫んで、最後の悪魔の首をへし折っているシンシアの姿を視界に収めながら――――。

 

 

「さぁて、と」

 

 

アリアは、意識を手放した。

耳に、妙に落ち着いたシンシアの声。

 

 

「死のうか」

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

次にアリアが目を覚ました時、そこは湖の畔だった。

すぐ側には、アーニャがまだ眠っている。

 

 

「ああ、起きたのかい?」

 

 

シンシアの声が聞こえた時、アリアはほっ、と息を吐いた。

一瞬、夢かと思ってしまった。

そしてシンシアの姿を視界に入れた時、息を詰まらせた。

夢なら良かった。

 

 

「腕は・・・ちゃんとくっいているね。良いことだ。女の子は身体を労らなくちゃいけないよ」

「あ、ああ、ああああ・・・」

 

 

シンシアは、いつものように穏やかな口調で話している。

表情も、同じように穏やかだ。

 

 

一方でアリアは、穏やかとは程遠い表情をしている。

さながら、絶望しているような。

 

 

「ああああああああああ・・・」

「はい、そこまで」

 

 

ぺしっ・・・と、近付いてきたシンシアに額を叩かれて、アリアは黙った。

勘弁してよね、と笑うシンシア。

だが、アリアの目に映るシンシアの姿は。

 

 

顔の右半分が無かった。

右腕は、胸の半ばから抉り取られたかのように失われている。左手も指が半分無い。

下腹部には大穴が開き、左足は太腿の大部分が削り取られ、右足はそもそも膝から下がない。

身体の半分以上が、失われた状態だった。

 

 

その失われた部分を補うかのように、何か黒い物体がシンシアの身体から滲みだしている。

 

 

「ね、姉様っ・・・!」

「うん? 大丈夫大丈夫、問題ないよ。100年ぐらい寝てれば治るから」

「そんなの・・・」

「本当だよ? ボクが何年生きてると思ってるのさ。実はビックリ2726年だよ?」

 

 

嘘だ。

アリアにはわかる。視えるのだ。

シンシアという構築式には、もはや存在を保てるだけの力が残っていないことを。

視え・・・。

 

 

「う・・・?」

 

 

熱のこもった右眼に触れる。とても熱い。

熱くて・・・目眩がする。すぐに気を失ってしまいそうなほどに。

 

 

「姉様、その、身体」

「うん。正直、どうにもならないね。魂も半分くらいなくしちゃったし。力も残ってないし。・・・そもそもここにも運んでもらわなくちゃ来れなかったし」

「私の・・・」

「うん?」

「私の、せい・・・?」

 

 

先ほどアーニャが危機に陥った時と同じ種類の後悔が、アリアの胸の内を占めた。

シンシアはここを動くなと言ったのに、自分はくだらない感情で動いた。

いざとなればシンシアが助けに来てくれるだろうと、卑怯にも考えて。

 

 

いや、実際に来た。

来て、そして―――いなくなろうとしている。

 

 

「・・・転生したての小娘が、自惚れないで欲しいね」

 

 

半分しかない顔で笑い、指の無い手でアリアの頭を撫でるシンシア。

 

 

「言ったろう? これは嫌がらせだ・・・キミは今日、ここで死ぬはずだった。魔眼に耐えかねて、魔法陣に取り込まれて、死ぬはずだった。ボクはそれを変えるために来た」

「・・・い」

「これで物語は動く。それで良い・・・これは、ボクだけじゃない。転生者全ての総意だ」

「・・・なさい」

「これでボクはこの呪いの輪から脱落できる。むしろキミはボクを恨むべきだ。ボクは無責任にも全てをキミに押し付けて退場しようとしているのだから」

「ごめんなさい・・・!」

 

 

実の所、アリアの耳には、シンシアの言葉がほとんど届いていない。

それはアリアの耳が聞くことを拒絶しているのか、それともシンシアの声が遠くなっているのか・・・。

 

 

「何か・・・何でもいいですから、私にできることがあればやりますから・・・」

「ふん?」

「一生かけて、恩返ししたいです」

「なら、幸せになることだね」

 

 

そうじゃないと困る、と、シンシアは続ける。

 

 

「家族を大事にね。でもわからず屋はぶん殴っても構わない。あと新しい家族を作ったりしてさ、良い男捕まえて、小高い丘に白い家立てたりなんて、ベタなことしてさ」

「はい・・・」

「学校にもできれば行ってほしいな。友達をたくさん作ると良い・・・一人は寂しいし、つまらないからね。そしていつかファミリーだって言えるくらい仲の良い人達に囲まれたりすると、ボクも安心できる」

「・・・はい」

「自分より弱い子にはなるべく優しくしてあげてね。一人で立てるようになるまで、自分のことを自分で決められるようになるまでは・・・ただ、優しくしてあげると良い」

「はい・・・!」

「気を付けてほしいのは、正義の味方になろうとか、善人でいようとかしないでほしいってことかな。キミはキミの大事な人達の役に立つことだけを考えてほしい。敵にはなるべく容赦しないことだ」

 

言いながらシンシアは、頭を撫でていた手を、アリアの目の前に持っていく。

かろうじて残った親指と人差し指で、何か、視えない鍵のような何かを掴むような仕草をする。

 

 

「とりあえず自殺だけはしないように、キミの心に魔法をかける」

「それは・・・」

「見ての通り、ボクにはもう時間が無い。キミの中にいくつかの魔法を入れておいた。これから数年かけてキミは徐々に、徐々に力に目覚める」

 

 

そのまま、ぐるり、と何かを回すような仕草を。瞬間。

カチリ・・・と、何かがはまるような、扉が開くかのような音が、した。

 

 

「う・・・」

 

 

眼が、頭の中が、身体中が熱くなって。

アリアは、自分を保つことが、できなくて。

 

 

「・・・キミが、幸せになれると良いな」

 

 

それが、アリアの聞いた最後の言葉だった。

 

 

◆  ◆   ◆

 

 

その後、アリアは兄らと共に、ウェールズの魔法使い達の住む町に移り住むことになった。

そして、アリアはそこでもう一つの現実を知ることになった。

 

 

「英雄の子供」を手元に置きたがる大人達が、こぞって自分達の里親やら後見人やらになろうと、近付いてきたのだ。

子供の身体でできることは少ない。

時には自分達の命を欲しがる輩もいた。

 

 

メルディアナの祖父がそれらを追い払ってくれなければ、自分と兄は、良いようにされてしまっていたかもしれない。

半分強制の形で魔法学校に入学したが、それは、そうしなければ本国の人間を納得させられなかったのだろうと思う。

だからアリアは、祖父を恨んだりはしなかった。

 

 

そして村にいた時は、一度だってこんなことはなかったことを思いだした。

アリアは、今まで村人達が何から自分達を守ってくれていたのかを知った。

だから、村人達を助けたいと思った。

いつかシンシアにも言われたように、永久石化の解除の研究を始める。

 

 

魔眼について知り、いつしか魔法具の作成方法を知って・・・。

自分の命を自分で守れるようになってからは、兄を守ることにした。

 

 

それでも、魔法が使えない自分よりも兄の方に期待する声も多かった。

ただ兄は、それらをほぼ無視する形で勉強に打ち込んでいた。

ひたすらに父に会いたいと願って、自分やアーニャと話すこともなくなった。

 

 

アリアは兄の世話をしながら、いつしか多くの友人に囲まれるようになった。

多くは落ちこぼれとか問題児とか、劣等生とか言われる人達であったが・・・。

 

 

ただ自分を見てくれる人達を、愛するようになった。

そしてそれ以上に、シンシアの願いを叶えるために、幸せを求めるようになった。

幸せの形を知らないままに、ただ幸せを求めた。

 

 

そして、五年の歳月が流れて・・・現在に至る。

 

 

 

 

 

 

 

Side 古菲

 

な、なんだかよくわからないアルが、出なくてよかったアル。

 

 

「あ、アヒルが・・・」

「う~ん・・・です」

「爆発するアヒル・・・スクープ・・・」

 

 

30分くらい前だったアルか、トイレに行くと言ってた朝倉達が、部屋に投げ込まれて来たアルね。

なぜか身体中が黒い煤で汚れていたネ。

こう・・・何か、爆発にでも巻き込まれたかのような?

 

 

3人は「アヒルが爆発した」とかなんとか、言ってるアルけど・・・。

意味がわからないネ。

あと朝倉、その見るも無残に壊されたカメラでそんなスクープが撮れるアルか。

 

 

何より、3人の額に張られた「反省中。触ったら貴女もこうなります」と書かれた紙が、とんでもなく怖いアルね。

い、いったい何が・・・。

 

 

ずん・・・!

 

 

「・・・こ、今度は何アルか・・・?」

 

 

今のは、爆発音アルか・・・?

正直、もう帰りたいと言うか、関わりあいたくないアル。

正面からの試合とかならともかく。

 

 

婿探しも終わっていないのに、死ぬのは嫌アルよ。

 

 

 

 

 

 

Side ネギ

 

い、今何が起こったのか、わからなかった。

 

 

明日菜さんとエヴァさん達を探していたら、魔力の感じる部屋を見つけた。

ただ、扉を開けた瞬間、雷の束みたいな物に襲われた。

何か、「貴方が、侵入者です」とか、意味のわからない音声と言うか、言葉が聞こえたのは覚えているんだけど・・・。

 

 

「あ、明日菜さん!?」

「う~ん・・・」

 

 

明日菜さんは、目を回して気絶してる。

魔法とかは、効かないはずなのに。

というか、あの部屋には何が・・・。

 

 

「あ・・・」

 

 

見ると、開いた扉の向こうには、薄暗い大きな部屋があった。

そこには、魔力を放つ見たこともない道具が、たくさん置かれていて。

これ・・・アリアの?

 

 

「・・・ちょっとだけ」

 

 

勝手に持って行くとかは、流石に不味いと思うけど。

見るだけなら・・・。

 

 

「・・・神鳴流」

 

 

そう思って立ちあがった時。

いきなり、天井から誰かの足が僕の頭を挟んだ。

って、な、何!?

 

 

「ぷ、む、むぐっ!?」

「浮雲・桜散華」

 

 

そのまま、わけもわからないままに身体を回転させられて。

ゆ、床に・・・わ、わあああああああああ!?

 

 

ぐしゃり。

 

 

 

 

 

 

Side 刹那

 

・・・やりすぎたかもしれない。

エヴァンジェリンさんに稽古をつけてもらい始めてから、手加減とかをしなくなったから。

まぁ、魔法障壁を張っていたようだし、大丈夫だとは思うが。

 

 

『せっちゃん、どうやった?』

「なんとか間に合いました」

 

 

『念威』で話しかけてくるこのちゃんに、そう答える。

そのまま、アリア先生の研究部屋の扉を閉じる。

何かの罠が作動したようだったが、ネギ先生の魔法耐性が高いために、意識を刈り取るまでは行かなかったらしい。

 

 

『誰か怪我とかしとる? 治そか?』

「ええ、問題ありません。穏やかに終わらせましたので」

 

 

コブはできただろうし、不味くてもヒビが入ったくらいな物だろう。

かなり気を込めたから、明日までは目覚めないと思うが。

 

 

「それで、エヴァンジェリンさん達には伝えましたか?」

『う~ん・・・そうしよ思うたんやけど』

「はぁ・・・」

 

 

早く知らせないと、私に対するシゴキが凄くなるのですが。

・・・あれ? どうして私だけが常に命の危険に晒されているのだろう?

 

 

『今、なんというかな・・・こう』

「はい」

『ホームドラマ的な展開になっててな? 誰も聞いてくれそうにないんよ』

 

 

このちゃんにしては珍しく、要領を得ない物言いだ。

さて、ネギ先生と明日菜さんを部屋に戻そう。

適当に空間を斬って、放り込もうか。失敗すると時空の歪みに飲み込まれるが。

 

 

『わかりやすく言うとな?』

「ええ」

『修学旅行最後の夜のせっちゃんみたいな感じなんよ。アリア先生が』

 

 

ごんっ。

 

 

『いやぁ、あの時のせっちゃんは可愛かったなぁ~♪』

「い、いいいいいやあれはこのちゃんが無理矢理・・・!」

『え~、だってせっちゃんが一緒にって』

「いやそのあのえっとな、そのな・・・!」

 

 

ちなみに、今の音は私がネギ先生の頭を取り落とした音だ。

石畳の床で、かなり危ないが・・・まぁ、大丈夫だろう。

 

 

それにしても、そうか、あの時の私と同じか。

それなら、アリア先生は大丈夫かな・・・。

エヴァンジェリンさん達がいるので、特に心配はしていなかったが。

 

 

『・・・今日も一緒に、寝よか?』

「ふぇ!? で、ででででも節度とか大事やと思うしっ・・・!」

『じゃあ、やめとく?』

「是非お願いします!」

 

 

なんだか最近、このちゃんの良いようにされている気がする。

ああ、でも、去年は話もできなかったことを考えるともう私はどうにかなってしまいそうで・・・!

 

 

そうか、これが幸せか。

 

 

『はよ戻ってきてな~♪』

「虚空瞬動で片付けてきます!」

 

 

もう走るかとか空間がどうとか言っていられない。

多少雑な運搬になるが、そこは我慢してもらおう。

それで見張りには久しぶりに式神を使おう「どうも、ちびせつなです~♪」まだ出なくて良い!

 

 

満ち足りたような気持ち。

アリア先生達のおかげで、手に入れることができた物だ。

 

 

だからアリア先生達も、幸せになれるといいなと、思う。

そう、願っている。

 





アリア:
アリアです。今回は過去編の終章でした。
途中、ごっそりと場面が抜けていそうな所があったかと思いますが、そこに関する記憶を私は所有しておりません。
なので、映画化もできませんでした。
シンシア姉様が消したのか、それとも他の何かなのか・・・。


今回、シンシア姉様が使用した魔法具は以下の通りです。
ヴォイドスナップ:元ネタは「ダブルクロス・リプレイ・アライブ」。
提供は星海の来訪者様です。
シリウスの弓:元ネタは「デモンベイン」。提供はおにぎり様です。
魔天経文:元ネタは「最遊記」。提供は司書様です。
ありがとうございます。


アリア:
次話からは、悪魔編のクライマックスに入るかと思います。
原作と多少状況が違いますので、どうなるか・・・。
では、またお会いしましょう。

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