Side アリア
5月中旬、午後。
職員室にて、私は力無く机に突っ伏していました。
理由はいたって単純です、それは・・・。
「どうしたのアリア君。具合でも悪いの?」
「・・・・・・んです」
「え?」
心配そうに声をかけてくる瀬流彦先生に、私は涙を流さんばかりに訴えます。
「仕事がないんです・・・!」
今日の分の仕事は全部やってしまいました。
女子寮の管理人の仕事と、ネギ先生がやる担任の仕事を取り上げられてしまえば、私に残るのはクラスと教科の副担当の仕事のみ。
単純に、これまでやってきた分量の3分の1になったわけでして。
「私はいったい、何をすれば?」
「・・・仕事以外のことをやればいいんじゃないかな?」
「た、例えば?」
他の人(具体的にはネギ先生)の仕事を手伝おうとすれば、新田先生が超怒るんです。
曰く、「他人の仕事をとるな」だそうで。
でも隣に未処理の仕事があるのに(しかも私の仕事にも関連するのに!)手を出せないって、これなんて拷問ですか。
「し、仕事・・・」
「何の禁断症状だいそれは・・・一応終業時間だし、帰ったらいいと思うよ?」
「・・・まだ6時前ですよ?」
「そこまで言うほど早いかな・・・最近新田先生も残業とかに厳しいから、また明日ってことで」
むぅ、新田先生に怒られるのは勘弁です。
先日しずな先生にも「もう少し肩の力を抜いてみたらどうかしら」と、やんわり指摘された所ですし。
「・・・そうですね。明日になればまた仕事もできるでしょうし」
「そういう意味じゃないんだけど(・・・案外不器用な子だな・・・)」
「何か?」
「い、いや、なんでもないよ?」
あははは、と笑いながら去っていく瀬流彦先生。
・・・変な人ですね。
とりあえず、帰りましょうか。
Side 明日菜
なんというか、先週からネギの様子が変だ。
何が変ってわけじゃないし、何か相談されたわけじゃないけど・・・。
・・・生活の悩みとかだったら、私のせいなのかしら。
その関係でいくと、木乃香と刹那さんもおかしい。
木乃香とはあんまり口聞かなくなったし。
刹那さんに至っては毎日疲れて学校に来てるし。
そういえばネギの様子がおかしくなったのって、刹那さんがヤツれ始めてからよね。
刹那さんは何してるか聞いても教えてくれないんだけど・・・。
「気になるなら、調べればいいのよね!」
「お、珍しく気が合うじゃない明日菜」
・・・なんで、朝倉はこういうタイミングだけは逃さないのかしらね。
「それが記者魂ってやつだよ・・・あの2人のことは私も気になっててさ」
「そうよね。おかしいわよね」
「毎日ヤツれる程の何か・・・じゃない。ナニか」
「なんで言い直したのよ今・・・」
とにかく、刹那さんが何をやっているのか。
さらには、ネギが何をウジウジしてるのか。
絶対に突き止めてやるんだから!
「いーねー明日菜。ウチの部活入んない?」
「入らないわよ!」
Side ネギ
最近、ちょっと忙しくなってきた。
平日の朝はくーふぇさんと拳法の練習をして、夕方からはガンドルフィーニ先生達に魔法を教えてもらうようになった。
土曜日は自主トレと、先生としてのお仕事も今週から増えたからそれもやってる。
そして日曜日には、アルビレオ・・・じゃなくて、クウネルさんとの訓練。
結局父さんの行き先とかは知らなかったけど、父さんの昔の話とか、父さんの戦い方とか・・・そういうお話がたくさん聞けるから、すごく楽しみ。
・・・時々妙な目で見られてる気もするけど、そんなことは気にならないくらい。
とにかく、やることが一杯だった。
でも、今日はガンドルフィーニ先生達が忙しくて、夕方の訓練がなくなっちゃったんだよね。
どうしようか・・・。
「・・・あれ?」
「明日菜の姐さん達っスね」
明日菜さんと朝倉さんが、壁際にしゃがみこみながら何か見てる。
えっと・・・。
「何をしてるんだろう?」
「木乃香さん達の後をつけているようですね」
「こんにちは、ネギせんせー・・・」
「あ、こんにちは、のどかさん。夕映さん」
のどかさんと夕映さんが、僕のすぐ後ろにいた。
のどかさんとは、最近目を合わせるのが照れくさいや、なんでだろ?
「あ、兄貴兄貴。エヴァンジェリンの姐さん達と合流しましたぜ」
「エヴァンジェリンさんは、魔法使いなのですよね?」
「そうだぜ。しかも超強ぇ魔法使なんだぜ」
ここの所、エヴァンジェリンさんと茶々丸さんの二人組は、木乃香さんや刹那さんとよく一緒に帰ってるのを見かける。
そして・・・。
「アリア・・・」
帰りなのか、アリアが合流した。
さらにもう一人、相坂さんも。
「ネギせんせー、大丈夫ですか・・・」
「え、な、何がですか?」
「なんだか、辛そうな顔してましたから」
「あ・・・」
いけない。のどかさんに心配をかけるなんて。
アリアのことは、なるべく考えないようにしよう・・・。
とりあえず、今は。
「あ、兄貴。姐さん達が行っちまいますぜ!」
「どうするです?」
皆が、僕のことを見てる。
・・・・・・よし。
「お~ネギ坊主、そんなに慌ててどこに・・・って、ネギ坊主~?」
「すみません古老師!」
僕は、声をかけてくる古老師の脇をすり抜けて、明日菜さんの所へ。
「明日菜さーん!」
Side エヴァンジェリン
「え~・・・貴女達の修行方法が決定しました」
「修行方法・・・ですか?」
例によって別荘の中だ。
珍しくアリアが早かったからな。早めに入れた。
アリアの言葉に、木乃香に凍傷を治癒されている刹那が答えた。
木乃香は今、『殷王神鑑』という治癒用の本を片手に治癒に専念している。
ここ最近、刹那ほど木乃香の治癒術の練習台にされている者もいないだろう。
まぁ、その傷は全部私がつけたものだが。
「はい、先日詠春さんから正式な回答がありました」
「お父様から?」
「気を逸らすな木乃香。刹那の腕が落ちるぞ」
「う、ごめん・・・」
「だ、大丈夫ですよ、このちゃん・・・」
腕の感覚が無いくせに良く言うな刹那。
相も変わらず木乃香に甘い。
まぁ、もし腕が落ちてもそれはそれで練習になるだろうが。
「青山素子さんという神鳴流剣士が、関東にいます」
その名前を告げた時、刹那の目が見開かれた。
青山は神鳴流の宗家に当たる。
いわば、刹那の主家筋。知らないはずはないな。
「今、東大一年生をやっているそうで・・・本人の了解も得ましたので、月に2日だけですが刹那さんはそこへ出稽古してもらいます」
「え、し、しかし私のような者が・・・」
「気負わなくても大丈夫ですよ。月に2回地獄を見るだけなので」
手加減なしと言うことで通しました!
そう言った時のアリアの顔は、なぜか輝いていた。
一方で、それを聞いた刹那は複雑な表情をしていた。
喜べばいいのか悲しめばいいのか・・・そんなところか。
泣き叫べばいいと思うぞ。
「ケケケ・・・ヒサビサニアクダナ、ゴシュジン」
「ふ・・・褒めるな褒めるな」
頭の上のチャチャゼロの言葉に、笑みを浮かべる。
どうも最近、こいつらは私が最悪最強の悪の魔法使いだということを忘れている節があるからな。
まぁ、何はともあれ刹那の剣士としての師は一応決まった。
あとは実戦形式の訓練でどこまで練り上げられるか。
「できたえ」
木乃香がようやく刹那の傷を治癒し終えたらしい。
ふぅ、と息を吐いて、額の汗を拭っている。
木乃香は専門家の師がいない上に独学に近いから、刹那よりも成長速度が遅いな・・・。
「遅い。いざという時にその治癒速度では死ぬぞ」
「う・・・わかったえ」
「まぁ、そこの所も考えて木乃香さんにはちょっと変わった師匠を呼びます」
前に言っていたあれか。
だが、本当に可能なのか?
「私の魔法具に不可能はほぼありません」
「だが、分霊化も社もまだ準備していないんだぞ?」
「今日中にはどうにかしますよ。木乃香さん、ついて来てください。屋内に作りますので」
「はいな?」
木乃香はまるでわかっていない表情をしているが、今からアリアがお前にあてがうのは、ある意味バカ鬼よりも厄介だぞ?
陰陽術の師。それも知識面の師としては、最高なのは間違いないが。
屋内に引っ込んでいくアリアと木乃香を見送った後、とりあえずと気を取りなおす。
さて、刹那の訓練を再開するか。
「よし刹那。いつものように苛めてやる」
「は、はい!」
「茶々丸、チャチャゼロ、前衛を」
「はい」
「ワカッタゼ」
「よし・・・」
ここの所、刹那の相手も随分と楽しめるようになってきている。
剣士としての腕前は上げようがないが、戦い方は叩きこめるからな。
以前のような温い攻めも少なくなったし・・・。
「コ、ココココラ―――ッ。刹那さんに何やってんのよ―――っ!!」
・・・・・・・・・何?
Side アリア
「安倍晴明?」
「占い研究部の木乃香さんならご存知ですよね?」
そういえば、今の木乃香さんなら簡単な占星術とか普通にできるので、占い研の部長としては申し分ない人材ですよね。
「詠春さんとも相談したのですが、現在生存している強力な陰陽師の中で木乃香さんの教師役にふさわしい方は見つかりませんでした」
何人かはめぼしい人材もいましたが、関西でいずれかの派閥に属していたり、すでに弟子をとっていたり、授業料が法外の値段であったり、高齢であったり、いろいろ問題があります。
生きるって面倒ですよね。
「なので、すでにこの世にいない方から選ぶことにしました」
「なんというか、すごい考え方やね・・・」
「死人には、即物的な対価は必要ありませんから」
死人にいくらお金を積んだって意味がありません。
特に、安倍晴明は陰陽師の中でも変わり者として有名ですから。
まぁ、生きてる人を相手にするのが面倒だから死んだ人を呼び出すとか、乱暴すぎる理論ですね。
エヴァさんも「できるのか?」と訝しんでいましたし。
確かに西洋魔法では無理ですね。
「しかしそこは私、古今東西あらゆる魔法具を創れますから」
「先生はすごいなぁ」
「はっはっはっ・・・それほどでもあるのでもっと褒めなさい」
「自分で言う所がもっとすごいわぁ」
と、少々ふざけつつ。
「京都の晴明神社から、分霊化の許可を得たとのことです」
「ぶんれーか?」
「出張サービスみたいな物と思ってください」
「なるほどな~」
全然違いますけどね。
「で、その分霊化した安倍晴明を安置するための社を、この部屋に作ります」
「ふんふん」
「詳しくは、『金烏玉兎集』の63ページを参照しなさい」
「はいな」
そう言って木乃香さんがペラペラとめくっている本は、『金烏玉兎集』。
先ほどから話題にしている安倍晴明が使用していた陰陽道の秘伝書です。
正式名は『三国相伝陰陽管轄ほき内伝金烏玉兎集』。又の名を『文殊結集仏暦経』。
図書館島に埋もれていたのを、先日引っ張り上げてきました。
翻訳に大分てこずりましたがね。
文殊菩薩から貰ったという説もある本で、仏教の神としての側面も持つスクナさん的には「意訳が多いぞ」だそうです。
「材料はエヴァさんが用意してくれていますから、後は木乃香さんの魔力と気を込めて、少しずつ作っていきましょう」
「難しそうやけど、頑張るえ」
「ん、よろしい」
さて、作りましょうか、という段になって。
うん? 何か上が騒がしいような・・・?
「失礼します。アリア先生、木乃香さん」
「茶々丸さん?」
上で刹那さんと模擬戦をしているはずの茶々丸さんが、妙に慌てて降りてきました。
何かあったんでしょうか?
「ネギ先生他数名が、別荘内に侵入してきました」
「侵入?」
「はい。現在、マスターが相手をしています」
「ネギ君、何やっとんのやろか・・・」
まさに木乃香さんの言う通りなわけですが。
・・・エヴァさんの家の奥に設置してあるこの別荘に、なんでネギ先生達が来るのでしょう?
「他数名の内訳は?」
「神楽坂明日菜、朝倉和美、宮崎のどか、綾瀬夕映、古菲の5名です」
ふむ、ネギ先生絡みの関係者ですね。
あれ、古菲さんってこの時点でどうでしたっけ・・・?
あ、別荘に来た段階でアウトか。
宮崎さんと綾瀬さんが関係者になったということは、早乙女さんに飛び火する可能性が極めて大ですよね。何か手を打ちますか・・・。
「マスターから伝言です。「木乃香とバカ鬼を隠せ」」
「・・・了解です。木乃香さん、申し訳ありませんが地下の隠し部屋に」
「わかったえ・・・にしても、明日菜らまで何してんのやろか?」
「たぶん何も考えていないと思います」
懐からさよさんとの仮契約カードを取り出し、念話します。
「さよさん、聞こえますか?」
『・・・・・・はい、聞こえます。なんでしょうか?』
「ネギ先生他数名が別荘内に来ています」
『・・・・・・確認しました。何やってるんでしょう・・・』
やっぱりそう思いますよね。
「スクナさんはそこに?」
『います』
「地下の隠し部屋へ行ってください。木乃香さんと合流して、誰も中に入れないように」
『わかりました。すーちゃーん、ごめん、苺の収穫中止~・・・(ぷつっ)』
・・・今、何か聞き捨てならない台詞が聞こえたようなっ!
ネギ先生をボコボコにして叩き出したい衝動に襲われたようなっ!
一日経たないと出れませんけどねっ!
「それじゃ、私達はエヴァさんの所に行きましょうか。茶々丸さん」
「はい」
・・・死ぬほど機嫌悪いんだろうなぁ。
Side 夕映
「ちょっと、何すんのよ!」
「やかましい! それはこっちの台詞だ!」
エヴァさんと明日菜さんが喧嘩してるです。
理由は、エヴァさんがいきなり私達を見えない糸で縛りあげた後、どこかの大部屋に放り込まれたからです。
今は身体こそ自由になっているものの、部屋からは出してもらえないようです。
「それが人の家に不法侵入した人間の態度か!?」
「むぐっ・・・そ、それは悪かったと思ってるわよ・・・」
「だいたい、魔法で鍵をかけたはずだろーが! なんで入ってこれる!?」
「あ、ごめん。たぶん私が触ったから魔法消えちゃったんだと思う・・・」
「このバカレッドが!」
「ちょっ、それ今関係ないでしょ!?」
それにしてもこの、別荘、でしたか?
外での一時間がここでは一日だなんて、なんてすごいのでしょう。
・・・くーふぇさんは話の内容がよくわからなかったのか、首をかしげたままでしたが。
これが、魔法ですか。
やはりエヴァンジェリンさんは、強力な魔法使いだったのですね。
図書館島でネギ先生の杖に乗せてもらった時も、興奮した物ですが。
ネギ先生の話と態度から推察するに、エヴァンジェリンさん達以外にも魔法使いはたくさんいる。
いえ、一つの社会を構成しているとみて間違いないです。
危険と冒険に満ちたファンタジーな世界。
一度知ってしまえば、踏み込まずにはいられないです。
「とにかくだ! 明日になるまではここにいてもらう。今日はもう出れんからな・・・」
「え~・・・いいじゃんちょっとくらい」
「黙れ朝倉・・・死にたいのか?」
・・・何か朝倉さんまで加わって、さらに騒がしくなっているようです。
目を別の場所に転じてみると、一つしかない扉の前に陣取っている桜咲さんの所にネギ先生とのどか達が詰め寄っているようです。
「あの、刹那さんは、なんでエヴァンジェリンさんと・・・?」
「刹那! 何も答えんでいいからな!」
すかさず、エヴァンジェリンさんの声が飛びます。
明日菜さんが「ちょっとくらい良いじゃない!」とか騒いでいますが、エヴァンジェリンさんは取り合いません。
そして桜咲さんも目を閉じたまま、何も答えようとはしませんでした。
・・・先日のアリア先生もそうですが、どうしてそんなに隠すのでしょうか?
知りたいと願う人間に知る者が知識を与えないと言う行為は、非常に納得しがたい物があるです。
何が危ないのかもわからなければ、納得もできないというのに。
一方的に「知るな」と言うのは、知る者の傲慢に感じられてなりません。
「ええい! 離れろバカ共、時間が惜しいわ!」
明日菜さん達を振り払うようにして、エヴァンジェリンさんが出て行こうとします。
と、扉の前で、ネギ先生と向かい合う形になりました。
エヴァンジェリンさんの唇の両端が、笑みの形に歪められます。
「どの面下げて私の家に来たんだ? ぼーや・・・」
め、目が全然笑ってないです・・・。
というか、何か空気が重くなったような、そんな感覚がするです・・・。
「エヴァンジェリンさん、僕」
「ああ、いい、いい・・・何も言う必要はないさ、ぼーや」
大仰なまでに両手をあげて、エヴァンジェリンさんは言ったです。
口調こそ丁寧ですが、言葉の端々から嫌な雰囲気を感じるです。
それも、非常に攻撃的な類の。
「魔法が使えるぼーやには、何も言うことはない」
意味がわかりませんが・・・。
エヴァンジェリンさんはそう言って出て行きました。
たぶん先日のネギ先生の言動が関係しているのだと思うですが、事情が把握できていないので何が問題なのかわからないです。
そういえば、なぜ桜咲さんだけがエヴァンジェリンさんと行動しているのかもわかりません。
わからないことだらけで、納得がいかないです。
「あ、あの」
場の空気を変えようとしたのか、のどかが話を振ってきたです。
のどかが自分から何かを言うなんて、珍しいです。
やはり、ネギ先生が側にいるから・・・ですか。
頑張るです。のどか。
Side ネギ
「ネギ先生はどうして魔法使いになろうって思ったんですか?」
「あ、それは私も気になるわね」
のどかさんの言葉に、明日菜さんも乗ってきた。
他の人達も、言葉にはしないけど、興味はあるみたいだ。
僕が、魔法使いになりたいと思った理由か・・・。
「えっと、それは・・・お父さんに憧れて」
「私との鍛錬でも言ってたアルねそれ」
別荘の機能を説明されてから、頭を抱えていた古老師が、ここで戻ってきた。
結局、よくわからなかったみたいだ。
「父親みたいに強くなりたいと言ってたネ」
「あんたってどこでもそれ言ってんの?」
「で、でもでも、素敵だと思います」
「まぁ、感動的ではあるです」
のどかさんの言葉に苦笑しながら、夕映さんが話に加わってきた。
朝倉さんはカモ君と扉の鍵穴をガチャガチャやってるけど・・・たぶん無理だと思う。
別荘に来たのも偶然みたいなものだし。
「どうしてお父さんに憧れたです?」
「ああ、それは聞いたことないわね」
「それは・・・」
「俺っちも詳しく聞いたことねーな」
「ダメだわー開かないね」
うう、カモ君達まで・・・。
・・・でも、そうだね。
良い機会かもしれない。
ちらり、と明日菜さんを見ると、ヒラヒラと手を振りながら。
「いいわよ。聞いたげる。・・・時間はたっぷりあるわけだし」
「閉じ込められちゃったしね~」
明日菜さんに、朝倉さんも乗る。
・・・よし。
僕が魔法使いになろうと思った理由。
父さんに憧れて、父さんを探そうとする理由。
僕の過去。そして。
「皆さんにはお話した方が、良いかもしれないですね」
僕の、原点。
Side 刹那
正直、勘弁してほしい。
それがネギ先生達に対する、私の素直な気持ちだった。
それはもちろん、このちゃんや私の微妙な立場(このちゃんが隠れられて良かった・・・)のこともあるが、何より・・・。
エヴァンジェリンさんの機嫌が悪くなるのは困る。
なぜなら、それは氷漬けにされた時の氷の厚さのバロメーターになるからだ。
薄い方が良い、つまり機嫌は良くないと困る。
ただでさえ、ここ最近のエヴァンジェリンさんはネギ先生の名前を聞いただけで不機嫌になるのだ。
茶々丸さんがこっそり教えてくれたが、ネギ先生がアリア先生に「口にしたくもないような」暴言を吐いたとか・・・。
あの茶々丸さんが「口にしたくない」ということは、よっぽどなのだろう。
「よくある話だな。なぁ刹那」
「はぁ・・・」
「ケケケ・・・ヒゲキノヒロインダナ」
エヴァンジェリンさんが「よくある話」と評したのは、扉の向こうから聞こえてきたネギ先生の過去のことだ。
魔法の範囲が広かったのか、断片的ではあるが見ることができた。
要約すれば、だいたいこんな感じだろうか。
ネギ先生は物心ついた時には両親から離れ、幼いアリア先生と共に暮らしていた。
村人や同年代の子供との交流もなく、話の中で聞く父親を求めて、魔法の練習をしたり、父親が助けに来てくれることを願って、自ら危険な目に合ったりしていた。
概ね、平和な日々だったと言える。
ただその日々も、終わりの時が来る。
ある日、数多の悪魔がネギ先生の村を襲った。理由はわからないと言う(ネギ先生は自分のせいだとか言っていたが・・・)。
村が焼かれ、村人が石にされ、ネギ先生自身も危機に陥った。
それを救ったのが、スタンという老人であり、ネカネという従姉であり、そして。
ナギ・スプリングフィールドという「父親」だった。
それ以来ネギ先生は魔法を学び、父を求め、現在に至る―――。
「当人にとっては悲劇かもしれんが、他人にとってはそうでもない。ありふれた、よくある話だ」
「・・・そうかもしれませんね」
「ダナ」
エヴァンジェリンさんの言葉に、チャチャゼロさんが同意する。
世界のどこにでもある、よくある話。
私もそうだし、もしかしたらエヴァンジェリンさんもそうなのかもしれない。
ありふれた、登場人物が不幸になるというそれだけの話。
・・・だが、それにしても今のネギ先生の話・・・。
「それにしても・・・」
「私の話が出てこない・・・」
私と同じ結論に至ったのか、エヴァンジェリンさんが何かを言おうとした時。
「ですか?」
アリア先生が茶々丸さんに伴われて、姿を見せた。
どこか固い、それでも心優しい笑顔で。
「立ち聞きとは、あまり感心できませんね」
Side アリア
扉の向こうからは、明日菜さん達がネギ先生の父親探しに協力する云々の会話が漏れ聞こえてきます。
ああ、過去話イベントがここで発生したのですか。
南の島イベントが起こらなかったので、もしやとは思ったのですが・・・。
「ちらほらと聞こえてきたぼーやの話によると」
立ち聞きしている所を見られたせいか、どこかバツの悪そうな顔をして、エヴァさんが言います。
「お前、ナギがぼーやを助けた時、そこにいなかったのか」
「同じ村の中にはいましたが・・・そうですね。私はお父様に救われたわけではありません」
だから本当の意味で、私はこの世界の父親の顔を知らない。
もちろん、お父様がわざとネギ先生だけを助けたとは思いませんが。
感情の問題としては、しこりを残しているのも事実。
「ジャア、ドコニイタンダ?」
まさか、チャチャゼロさんが聞いてくるとは思いませんでしたよ。
まぁ、他の人が聞きにくいことを聞いてくれているだけかもしれませんが。
「そうですね・・・」
その時、私がどこで何をしていたのか。
それを話すには・・・。
私の秘密を話す必要がある。
もちろん、ボカして話すこともできますが・・・それで納得できるかと言えば、疑問が残らざるを得ないでしょう。
エヴァさん達も・・・そして、私も。
「話したくないなら」
私の無言をどうとったのか、エヴァさんが。
「話さなくてもかまわん。それで不都合があるわけじゃない」
「・・・そうですね。アリア先生が望まないのであれば」
エヴァさんの言葉に、茶々丸さんが同意します。
刹那さんも、頷いています。
・・・優しい人達。
そして何よりも、厳しい人達。
無理強いをしないというのは、とても優しいこと。
けれど、自分で決めろという意思表示でもある。
甘えを、許されない。
だってそれは、信頼されているということだから。
いつか話してくれるという、信頼を。
その、信頼に。
「・・・場所を」
私の横を通り過ぎようとしたエヴァさんの手をとって、止めます。
少し驚いたような顔。でも、目元は優しいまま。
「場所を、変えましょう・・・他人に聞かれたくないので」
ネギ先生の過去話みたく、想定していない人に聞かれたくないし。
聞かれるわけにも、いかない。
「・・・ムリスンナヨ」
「・・・していませんよ。聞いてほしいんです。皆に」
いつの間にか頭に乗ってきたチャチャゼロさんの気遣いに、そう答えます。
声は、ちょっと震えているかもしれないけれど。
でも、聞いてほしいのは本当。
誰にも話したことがない、私の秘密。
この人達ならきっと大丈夫だと、思っているから。
家族だと、思っているから。
「・・・わかった。場所を変えよう」
「さよさん達も一緒に・・・」
「・・・ん」
「では、先にこのちゃん達に伝えてきますね」
「私はお飲み物を用意して参ります」
刹那さんと茶々丸さんが、それぞれの場所へ駆けていく。
ひょいっとチャチャゼロさんが飛び降り、そして空いた頭を。
ぽんぽん、と、エヴァさんに撫でられます。
・・・うん。大丈夫。
優しげなエヴァさんの顔を見て、確信に似たような物を感じる。
ちゃんと、話せる。
・・・シンシア姉様。
私は今日、自分の秘密を打ち明けます。
きっと大丈夫だって、信じられる人達に出会えたから。
最初に言う言葉は、もう決めてあります。いえ・・・。
ずっと以前から、決めていました。
貴方は・・・。
貴方は。
・・・転生って、信じますか?
<その頃の千草組>
Side 千草
「ついに来たで・・・!」
・・・長かった。
本当に長かった。
目を閉じれば、今までの道程が鮮明に思い出せる。
「俺はやっぱアレやな。遠野ってとこで会うたアルなんとか言う金髪の姉ちゃんやな。あれは本当に強かったで」
「ウチは北海道の孤島がよかったです。闇なんとかって忍者みたいな人達~」
「そーかぁ? コソコソしてばっかで、つまらんかったけどなぁ」
「一番斬り応えありました~」
なんかヤバそーなこと言うとる後ろの2人はほっとこ。
何がキツかった言うてあの子らの面倒を見ることや。生活能力ゼロやったからな・・・。
戦いになれば、ひたすらに突撃しよるし・・・。
そもそも話し合いとか、交渉とかは選択肢の外やったし・・・。
まったく、ウチがおらんとなんにもできひん子らやな・・・ってあかんあかんあかん。
最近、妙に情が移ってかなわんわ。
早いとこアリアはん見つけて、約束の品届けよ。
そんで綺麗さっぱり縁切って、親の仇探すんや。
そうや、それがええて!
「なーなー千草の姉ちゃん」
「・・・なんや」
「なんか、匂うで」
「女子にそういうこと言うたらあかん言うたやろが――っ!」
「いや、違うて! 千草の姉ちゃんやのーて!」
耳と尻尾をパタパタ振りながら、小太郎が言い訳じみたことを言う。
・・・可愛ぇやないかって、あかんあかんあかん。
「うふ、何か良い感じな気配どすな~」
機嫌良さそうに笑う月詠はんの視線の先には、東の本拠地。
麻帆良。
「んー・・・?」
確かに、なんやけったいなもんが入りこんどる感じがするな。
悲しいことに、ここの所そういう気配には敏感になってしもたからな・・・。
・・・ってことはなんや、つまり・・・。
「・・・また、面倒事ってことかいな・・・」
「しゃあ! おもろなってきたで! ネギは元気しとるやろなぁ!」
「うふふふ。アリアはんはまた危ないことしとるんかなぁ~」
・・・もう嫌や、こんな生活。
でも、この鬱憤を誰にぶつけたらええかわからへん。
こうなったら・・・。
無事にこの薬品を届けるしかないやろ!?
もう仕事の完遂に全部をぶつけるしかないやろーが!
待っとれよアリアはん。
今、行くよってな!
アリア:
アリア・スプリングフィールドです。
今回、ネギ先生達に別荘がバレました。
まさか、またエヴァさんの家に来るとは思わなかった物で・・・。
今回の魔法具は以下の通りです。
殷王神鑑:ダンタリアンの書架から。伸様の提供です。
金烏玉兎集:提供者は同じく伸様です。
ありがとうございます。
アリア:
さて、次回からは私の過去についてのお話です。
同時に、私の秘密を話すことになると思います。
私の過去。
そしてある意味においては、私の原点。
明るいものか、悲しいものか・・・。
では、またお会いいたしましょう。