俺達は巴先輩の家にお邪魔した。異性の家に入るのは初めてのことだったが、なぜか俺の家に似た雰囲気を感じた。家具があまりないことか?
「こんな時間にお邪魔していいんですか?」
「大丈夫よ。私は今一人暮らしだから」
なるほど。俺の家に似ていたのはそれが原因か。ここには『温度』がないのだ。誰かが常にいることで家には温かさが宿る。家に誰もいなければ、当然温かさは宿らない。
俺が一人で納得していると、巴先輩達は先にテーブルについていた。俺も慌ててテーブルにつく。
「そうだ、名前を教えてなかったですね。俺は洲道裕一っていいます。まどか達の友達です」
「洲道君、ね。この呼び方でいいかしら?」
「ええ、問題ないです」
今さら自己紹介をしてしまう。杏子にも名乗るのが遅かったな、と場違いな思考をしてしまった。
「えっと、それじゃあ、教えていただけないでしょうか?」
「ええ、分かってるわ。その前に……キュゥべえ、この子にも見えるにしてくれないかしら?」
その瞬間、巴先輩の隣に白い物体が現れた。ウサギと猫を混ぜて、デフォルメしたような存在。こんなやつは見たことがない。しかし、こいつから発せられる雰囲気にはなぜか覚えがあった。
「……人形?」
『違うよ。ボクはキュゥべえ。はじめましてだね、洲道裕一』
声が聞こえる。今まで聞いたことのない声だ。どうやらあの生物から聞こえてくるようだ。普通なら、もっと驚くべきなのだろうが……
「まあ、あんなやつらが出た後だ……今さら驚いてもしょうがないか……」
『飲み込みが早くて助かるよ』
俺がこの生き物の存在を受け入れたときに巴先輩が口を開いた。
「キュゥべえは普通の人間には見えないからね。驚くのも無理ないわ」
どうやら、この生き物は普通ではお目にかかれないようだ。俺にも通常はこの生き物を認識することはできない。……そうか。
「昨日の朝、お前はまどか達といたんじゃないのか? まどかの肩に乗っていたとか?」
「ええっ!?」
まどかが驚いているようだ。この反応を見る限り正解のようだ。あのときに感じた気配はこいつだったのだ。
『……驚いたね。まさか、姿は見えなくても、気配は感知できたのか。君は勘がすぐれているようだね』
キュゥべえも感心したように言う。褒められても、あまりうれしくない。
「それで、普通じゃない人間って、なんなんだ? 巴先輩だけじゃなくて、まどかとさやかもそうなのか?」
彼女達は最初からキュゥべえが見えていたみたいだ。
『彼女達は、そう』
キュゥべえが俺に教えてくる。俺を助けた異質の者の存在を。
『魔法少女さ』
俺が聞かされたことは、今までの常識とは、あまりにもかけ離れたことだった。
たった一つの願いと引き換えに闘う運命を背負わされる、希望をふりまく『魔法少女』。
それとは正反対の存在で、魔法少女の敵、絶望をふりまく『魔女』。
そして契約の証にできあがるのがソウルジェム。これが魔力の源のようだ。
俺が襲われたのは魔女から生まれた使い魔と呼ばれる存在のようだ。やつらは人間を食らうことで魔女に成長する。あのままだと、俺は確実にやつらの養分にされていたみたいだ。
「魔女と使い魔って単純に強さの違いなんですか?」
「確かにそれもあるけど、魔女を倒した場合、グリーフシードを落とすのよ」
グリーフシードを用いることで、ソウルジェムを浄化し、魔力を回復させる。これが魔法少女の魔女退治の見返りだそうだ。
「悲しいことだけど、そのために、使い魔を見逃してしまう魔法少女も多いのよね。魔女になればグリーフシードを落とすから」
そのことに俺は戦慄した。俺からすれば、魔女だろうと使い魔だろうと襲ってくる敵には違いない。普通なら俺も助からなかったようだ。
「ありがとうございます。巴先輩。あなたがいなければ、俺は死んでいました」
「いいのよ。それに、あなたもよく最後まで頑張ったわ。それがなければ、きっと間に合わなかった。あなたは十分勇敢よ」
そう言ってくれることで、俺のしたことは無駄ではなかったと報われる思いがした。
「それで、まどかとさやかは言わば、魔法少女のタマゴってところか?」
「そうだよ」
「あたしたちはまだ、願い事を決めてないんだけどね」
まだまどか達は魔法少女ではないらしい。この数日間、彼女達は魔女退治見学ツアーをしていたようだ。キュゥべえは特にまどかに魔法少女になってほしいようだ。まどかの魔法少女としての素質はかなり破格なものらしい。俺にはよく分からないが。
「それからね、裕一。転校生も魔法少女なんだよ」
「暁美が?」
暁美が転校してきた日にまどか達はCD屋の帰りにキュゥべえを襲っていた暁美に出くわしたらしい。そこから逃げている間に魔女の結界にとらわれた所を巴先輩に助けられた、と。
確かにそれだけだと、暁美に対して好印象を持つ要素はないだろう。昨日のまどか達の態度に納得がいった。
暁美はライバルを増やさないため、まどか達に契約をさせないためにキュゥべえを襲撃したと巴先輩達は考えているようだ。今のところ、その推理に穴はないように感じられた。だが、直感でしかないが、暁美の目的はそれだけではないような気がした。まだ、胸にいくつもの謎を抱えている気がするのだ。
(暁美……お前の目的は一体なんなんだ?)
俺は考えてみたが、答えが出るはずもなかった。
「さて、今日はそろそろお開きにしましょう。洲道君、今日はゆっくり休んで。使い魔に吸われた体力は自然と回復するわ」
「そうします……」
確かにだんだんと眠くなってきた。今日は早く帰って休もう。
巴先輩の家を出て、まどか達と別れた後、俺は家に帰ってベッドに転がり込んだ。そこで、今日あったことを思い出した。
(なんとかなったけど……後少しで死ぬところだった)
あれは間違いなく死と隣り合わせだった。あんな場所に、巴先輩が一緒とはいえ、俺と変わらないまどかとさやかがついて行っている。自分で身を守る術はなにも持たないままでだ。
(危ない、よな……絶対に……)
冷静に考えると、これは誰にとっても危険なことだと理解してきた。一歩間違えば死が待っている状況で巴先輩はまどか達を守る。全力で戦えるわけがない。
(それで巴先輩が、もし、死んだとしたら?)
まどか達は生き残るために適当な願いで魔法少女になるかもしれない。そして、きっとそのことに後悔するだろう。
これは非常にまずい状況だ。どこにもプラスになる要素は考え付かなかった。今のツアーはやめさせた方がいい。そう思って俺は携帯でまどか達に連絡しようとして、ポケットに手を入れた。しかし……
(あれ、ないぞ? まさか、落としたのか!?)
そのことに盛大なショックを受けた。今日は携帯を落とす機会など、いくらでもあった。おそらく、見つからないだろう、と予測した。
(ま、まあ、明日まどか達に言えばすむ話か……)
そう自分を納得させて寝ることにした。今日は使い魔に吸われた体力を回復させなければならないのだ。
(あ、やべえ、バイト……)
そんなことを考えながら、俺の意識は闇に落ちた。
実際にアニメの第三話だと、そうなりかねなかったですからね。こういう思考が自然と出るんじゃないかと。