今日も放課後に風見野へやってきた。
さて、杏子は俺に愛想がつきた風だったが、これで終わりだというのは俺としてはいやだった。なんとか名誉挽回をしたいところなのだが……
(杏子はどこにいるんだ?)
とりあえずゲームセンターからあたってみるか、と足を向けようとしたら、目当ての人物がいた。しかも、数人連れている。というよりは、からまれている、と表現する方が正しかった。
「あんたらさあ、目障りだから、どっか行ってくれない?」
「まあまあ、気にすんなよ、お嬢ちゃん。この辺りは物騒だからさ」
「俺達がボディガードをしてやるよ。遊び方も教えてやるぜ?」
なんともベタな展開に遭遇してしまった。いや、単に俺が世界を知らないだけなのか……? きっと探せば、今では絶滅危惧種と言われるような死語を連発するような女子中学生とかがいるのでは!? ……いかん、今は杏子のことが先だ。
一昔前の漫画や小説だと、ここでさっそうと助けて女の子に好かれるものだが、
(相手が杏子だとなー)
頼んでねえよ、と怒られそうだ。だがしかし、この場をなんとかしないと、いつまでたっても杏子と話ができない。
仕方ない。この洲道裕一、あえて時代を逆行しましょう。見事、漫画の主人公を演じきってみせようではありませんか。
もとから助けないという選択肢はなかったが。
「はいはーい、そこまで!」
俺は努めて明るく声を出して割り込んだ。狙い通り、三人は突然の俺の登場に一瞬驚いていた。
「裕……」
「お? なんか一昔前の漫画の展開っぽいな。さっそうとヒロインを助けるヒーローといったところか?」
不良Aも同じことを考えていたようだ。気が合いますね、僕ら。もし違う場で会えていたら、僕達お友達になれたかもね。
「けど、俺はな……そういう展開は大っ嫌いなんだよな!!」
しかし俺の嘆きはそっちのけでいきなり殴りかかってきた。ほんとにベタな展開だな、と心の中で嘆息し、顔面に迫りくる拳をわずかに動くことでかわし、勢いがついた相手のボディに拳を叩きこんだ。
「あぐっ!!?」
結構手加減はしたのだが、不良Aはあっさりと崩れ落ちた。もっと腹筋を鍛えましょう。
「て、てめぇ!?」
不良Bもまた殴りかかってきた。それもまたかわして、今度は首筋に手刀をたたきこみ、相手を気絶させた。首は簡単に鍛えられないので気をつけましょう。
ここまでで十秒もたっていなかった。幼いころから鍛えられた俺にとってこの程度は準備運動にもならない。ごめんね、名もなき不良の方々。本当にこんな状況で会わなければよかったって思うよ。
「よし、後は警察の皆さまにお任せして、俺達は行くぜ、杏子」
「あ、おい……」
俺は杏子の手をつかんでこの場を離れた。
「この辺でいいか。大変だったな、杏子」
「…………」
あれ、なんか様子がおかしいな? てっきり「余計なことするな」とか言われるかと思ったのに。杏子はじろじろと俺のことを見ていた。な、なんだっていうんだ、一体?
「おい、きょう「裕」……なんだ?」
急に杏子が話しかけてきた。疑問、という表情が顔に出ていた。予想しなかった表情に俺は戸惑いを隠せなかったが、杏子は構わず言葉を続けた。
「さっきの馬鹿二人に対する動き。あれは相当訓練したやつのそれだった」
杏子の中ではすでに俺は普通の学生というわけではないらしい。もっとも、それが分かる杏子もまた普通の中学生というわけではないようだ。
「昨日お前の腹を殴ったときもそうだ。腹筋も相当鍛えられていることが分かった。なんでお前がそんなことになってんだ?」
とりあえず当たり障りのない言い方にするか。
「まあ、教育とバイトのおかげかね?」
「教育?」
「俺の親父様は軍隊出身でね。趣味の一環なのか、息子の俺を同じように鍛えたのさ」
嘘だった。
俺はあの男がどういう稼業についていたは全く知らなかった。 何のためにあんな訓練を受けさせたのかは未だ分かっていない。
だけど俺はそのおかげで杏子とこうして出会い、そしてさっきの状況も切り抜けることができたのだ。もうそのことを恨む気にはあまりなれなかったのだった。
「ふーん……」
そう言って杏子はおもむろに俺の二の腕をにぎってきた。そしてその硬さを確かめるようにもんできた。
「わ、硬いな……」
独り言なのか、まるでささやくような声を出していた。他にも胸や腰、足の方なんかにも触ってきた。その硬さを吟味するように、丹念にもんでいた。その力加減は力強くもあったが、同時に優しくもあるように感じていた。
あの、杏子さん。くすぐったいんですが。それから、
「ここもこんなに硬い……」
はたから聞くとなんか誤解されそうなんで硬い硬いって言うのはやめて下さい。
「後、バイトもしてるって言ってたっけ? 中学生でもうバイトしてんのか?」
「まあな。中学生っていうのは隠しているけどな」
「なんでそんなに金が必要なんだ?」
「ん、それは……」
言ってもいいものかな、と悩んでしまう。変に同情の目で見られるのはごめんだったが、目の前の少女なら問題ないという妙な信頼のようなものもあった。
「食いぶちは自分で稼げって言われたんだよ。くれたのは住む家くらいで、あとは学校の手続きくらいかね」
俺はそのまま事実を伝えることにした。
「そのまま騒いでも誰かが飯を食わせてくれるわけじゃなかったからな。とにかく、自分で何とかしようとしたよ」
「…………」
杏子はうつむいてしまい、髪で表情は分からなくなった。話したのは失敗だったのだろうか?
「……誰かが助けてくれるわけでもない。頼れるのは自分だけ。それが分かっていてあんなことを言ったのかよ? お前が手を伸ばした所で救えないこともある。誰もかれも救うことなんてできないんだぞ? 人間は徹頭徹尾自分のためだけに生きるべきなんだよ。なんでそんなことが言えるんだよ?」
顔を上げて口を開いたとき、そのときの表情は能面のようだったが、その奥には激情が潜んでいるようだった。
「こればっかりは性格としか言えないかな?
まあ、どうしても理由をつけるならあのまま放っておくの俺としては気分が悪かった。だから助けた。どうだ? これなら自分のために行動しているだろ?」
自分のために人間が生きるのは当然だ。けれど、自分しか見なかったら、その先にあるのは孤独だ。俺はそんなのはいやだった。恭介達に手をさしのべられてうれしかったからこそ、俺は強くそう思えるのだ。
「俺は自分も、目に写る他人も皆助ける選択をし続けると思う。それはまぎれもなく、俺の意志だ」
「……欲張りだな。お前は」
「だな」
「失敗するかもしれないぞ? すべてを失うかもしれないぞ?」
「それでも、自分がそうしたいと思ってした行動だから、後悔はしないと思う」
そう言って苦笑してしまう。確かに他人のために動くのは疲れることだと思う。けど俺は自分のやりたいことができないことの方がよほど疲れるとも思っていた。きっとこれから先もこの考えを変えることはないんだろうな、と感じていた。
俺の言葉に杏子はまたうつむいてしまった。また、呆れられただろうか?
「変なやつだよ、お前」
いきなり変なやつ呼ばわりされた。遺憾である。
「いきなり失礼なこと言いますね、あなた」
「変だよ、そんな風に考えるなんて。わけ分かんねえ」
杏子は今までそんな人間に会ったことはなかったのだろうか? きっと俺よりずっと尊い意志を持つ人は探せばいると思うのだが。
「あたしは……あたしは自分のためにしか動かない」
さらにうつむいてしまって、しぼりだすように声を出す。
「そうじゃないと、いけないんだよ……」
その声は誰に向けてのものなのかは、俺には分からなかった。
「なんか空気を重くしたな。どうだ? 気晴らしにまた勝負するか?」
「いい、気分じゃねぇ」
「なんだよ。逃げんのか?」
「いいよ、それで」
ありゃ、効果なしですか。困ったな、俺にとっても、杏子にとってもこのままの空気はあまりよろしくない。
「なら、今回は俺の不戦勝か。じゃあ、俺はチョコ菓子をもらうかな」
そう言って杏子を見るが、反応がない。仕方ない、奥の手を使うか。
「と、言いたいけど、今回は別のことを要求しようかな。そうだな……
さっきお前は俺の体を触ってたから、俺もお前の体に触ろうかな?」
「な!?」
ようやく反応を見せてくれた。よし、このまま突っ走れ、洲道裕一。
「今までのおまえのダンス。それに昨日のお前の拳。どれをとっても一級品だ。きっとその体にはすばらしい筋肉が備わっているに違いない」
俺の『口撃』は止まらない。手をわきわきさせて杏子に迫る。
「それにあれだけ食べてほんとに体型を保っているかも心配だ。胸と腹にどれくらい差があるのか俺が確かめ……げっはぁ!!!?」
言い終わる前に腹に強烈な拳をお見舞いされた。昨日よりも重い一撃だ。見ると杏子が顔を真っ赤にして体を守っていた。そんな姿がなんだか可愛いな、と場違いな思考をしてしまっていた。
「お、お、お前、なに考えてんだ!? このすけべ野郎!!」
しょうがないじゃん。だって俺は第二次性徴期の男の子ですよ? 異性に興味を持ってもいいじゃない。欲求があってもいいじゃない。
「いてて……勘弁してくれよ」
「自業自得だろうが!!」
「と、まあ、こんな感じで杏子も元気になったわけだし、よかったよかった」
「なに自分の行動を正当化してんだ!!」
はて、前にも同じことを言われた気がしたが、あれはどこだったかな?
なんとか杏子をなだめた後、俺は帰ることにした。今日はバイトがある日だ。
「さて、今日はもう帰るよ」
「ん、もう帰るのか?」
「バイトがあるからな。食費は自分で稼がないと」
「……そっか」
杏子も納得してくれたようだ。とりあえず俺への対応を変えることにならなくてよかった。杏子がそんな人ではなかったことに俺は安堵していた。
「明日も来るのか?」
「そのつもりだぜ? まだお前との勝負もあるしな」
「そっかそっか。またあたしに飯をおごってくれる、と」
「うっせえ」
俺はまだまだ強くなれる。こんなところであきらめるつもりは毛頭ない。
「じゃあ、またな」
「おう」
次の再戦を約束して俺達は別れた。
「はあ、マミのように全部守りたいくちかよ、あいつは。そんなことできるわけないのにさ」
そう言って佐倉杏子はため息をつく。もともとあのようなタイプは彼女の嫌いなタイプのはずだった。
だというのに、また会う約束をしてしまった自分に疑問がわいた。
「まあ、勝負に関しては別か。そんなことがあいつとの勝負に関係があるわけでもない、か」
そう彼女は結論づけて、寝床に戻ろうとしたときに、あるものが落ちていることに気付いた。
「携帯? 裕のやつ、落としたのか?」
さっき自分がボディブローをかましたときに落としたのかもしれない。しかし、あれは彼の自業自得だったから、彼女が気にやむことはなかった。
「ま、明日渡せばいいか」
彼の携帯をポケットに入れて彼女は今度こそ寝床に帰るのだった。
見滝原に戻ってきた俺はバイト先に向けて歩いていた。そのときに俺は近道のために人通りのない路地を通っていた。
その時だった。
突然自分がなにかに取り込まれた感覚が全身を襲ってきた。
辺りを見回すと、今まで見えていたものが一瞬で変わっていたのだ。
色という色がまるで絵具でぐちゃぐちゃに塗りつぶされたようなものになっている。
その景色が絶えず動いている。まるで、生きているかのように。
さらになにやらグロテスクな存在達もも辺りをさまよっている。
自分を取り巻く世界の全てが変わっていた。
「なんだ、これ……」
俺が見てきた全てとこれはあきらかに違う。
これはこの世にあるものじゃない。あっていいものじゃない。俺はこんなもの見たことがない。
心臓がいやな鼓動を刻んでいる。まるで自分のものではないような錯覚に陥る。
「そうだ……」
心臓の鼓動で思い出した。
似ているのだ。これはアイツと。
夢の中でいつも俺の世界を破壊し続けるアイツと。
アイツと似た非現実的な存在を前に俺は冷静さを失いつつあった。
「逃げないと……」
俺はとにかくどこかへ逃げようとした。しかし、それをやつらは許してはくれなかった。
自分の手にある爪を伸ばして俺に襲いかかってきた。
「くっ……!!?」
俺はそれらをかばんではじき、上体をひねってかわして逃げ出した。
なんだ、あいつらは。なぜ俺を襲うんだ。どこへ逃げればいいんだ。
色々なことが頭をかけめぐっていたが、今は走ることしか俺にはできなかった。
しかし、それさえもできなくなってしまった。
「うあっ!!?」
突然足をなにかにつかまれた。さっきの化け物が突然地面から出てきて俺の脚をつかんだようだ。離そうともがく間に、おいつかれてしまった。
化け物の一体が俺の腕に噛みついた。その瞬間、体の力が抜けていくような感覚に襲われた。他の化け物も迫ってくる。
(俺は、このまま死ぬのか……)
諦めに近い思考に陥ってしまった。このままだと、間違いなく死ぬ。
薄れゆく意識の中で心臓の鼓動だけが聞こえてきた。その鼓動で再び目が覚める。
(ふざけんな……)
もうさっきのような思考は頭から消え去っていた。今あるのは『怒り』だ。
アイツと同じ存在にやられてたまるか。夢だけでなく、現実でもアイツに浸食されるのは我慢ならない。俺は生きていたい。まどかや、恭介達とまだまだ一緒にいたい。杏子との勝負もまだ終わっていない。
――――こんなところで終われるか……!!
俺は腕に噛みついた化け物のあごを思いっきりつかんで無理矢理ひきはがした。その化け物を他の化け物たちに投げつけると、一瞬俺から離れた。
そのすきに足をつかんだ化け物の手をつかみ、力いっぱいひきはがした。自由になった俺は再び逃げ出す。
どこに逃げればいいかは分かっていない。それでも、生きていたいという思いと共に俺は走り続けた。
しかし、現実はどこまでも無情だ。化け物の数がさらに増えてしまった。もう逃げ場はない。
逃げ場がないなら、闘うしかない。それが洲道裕一の今まで取ってきた道だ。それは目の前の化け物であっても変わることはない。
いや、アイツに似た存在が目の前にいるからこそ自分を変えちゃいけないと思えた。
俺の生きたいという願い。こいつらの俺を食いたいという欲求。どちらが強いか勝負だ。
俺が化け物達に一歩踏み出したときだった。
瞬間、目の前の化け物達が爆ぜた。
何が起きたか分からなかった。これは俺がやったことなのか? 俺の意志がやつらに打ち勝ったというのか?
「間一髪だったわね」
そうではなかった。それは彼女のおかげだった。
見たこともない衣装を身にまとい、彼女もまた、やつらとは違う異質な存在でありながら、俺に希望を与えてくれる存在であることが分かった。
だというのに、彼女が現れてから、心臓の鼓動がおかしい。自分のものではない錯覚に陥りそうだった。
「一人でよく頑張ったわね。でも、もう大丈夫。後は私に任せて」
そう言って彼女は手をかざした。その瞬間、後ろに大量のマスケット銃が出現した。それらの引き金が引かれ、数多の光が降り注いだ。光は残った化け物の全てを駆逐した。
その時、俺の目の前に本来の世界が広がってきた。
助かったことを実感した俺は地面にへたりこむ。
そのとき、彼女の後ろには俺の見知った人物がいることに気付いた。
「洲道君……」
「裕一……」
まどかとさやかが俺を見ていた。そうか、彼女達の用事がこれだったのか。
(そりゃ、言ってもしょうがないかもな……)
少しずれた思考をしていたが、それと同時にこの状況をもっとよく知りたい欲求にかられた。
「なんだったんだ? 今のあれらは?」
俺は彼女達に問い詰める。彼女達が今の化け物のことを知らないはずがないと俺は確信していた。
「えっと……」
「それは……」
まどか達は困っているようだ。やはり、言えないのか。しかし、それでは納得できない。
「俺はやつらに襲われた。もう無関係じゃないはずだ。今さら知らないままで通すことなんてできない」
少し口調を強める。俺としても引くことはできない状況だ。あの化け物を知ることは同時にアイツのことも知ることにつながるはずなのだから。
やがて、俺を助けてくれた彼女が口を開いた。
「……分かったわ。あなたも知らないままでいることはできないでしょうね。場所を変えましょう。ある程度の事情は説明するわ」
そう言って彼女は一瞬光につつまれた後、俺達と同じ見滝原中学の制服になった。
「私は三年の巴マミ。よろしくね」
こうして、俺はこの世界の裏に足を突っ込むことになった。
――――彼はようやく舞台の存在に気づく。彼女は待ち続ける。来るときに向けて、その歯車を廻す。くるくる、クルクル、繰々と……――――
ようやくまどか達と合流です。ここまでは全てアニメ通りの展開です。ここからどう変化するのか、しっかり書いていきたいです。生温かい目で見守って下さい。