魔法少女まどか☆マギカ~紡がれる戯曲~   作:saw

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裕一、不安定なう。


変わらない少年が紡ぐ精一杯の言葉

俺達がマミさんの家に着いた時、そこにはすでに皆がいた。

 

「洲道君、鹿目さん、暁美さん、いらっしゃい。それから……その子がさっきメールで言っていたエイミーね」

 

「あれ、エイミーがどうしてこんな所にいるのさ?」

 

「エイミーって、その黒猫のことか? なんだよ、お前ら猫飼ってたのか」

 

 俺達はまずエイミーのことをマミさんと杏子に紹介した。

 ある時俺が事故から助けたこと、今は仁美の家で飼われていること、勝手に出てきて外に出ていたのをまどかが見つけて連れてきたこと等を簡単に話した。

 

「そう……立派よ、洲道君。あなたがいたから、エイミーはこうして生きているのだものね」

 

「いや、そんなに褒めないでください……」

 

 マミさんは俺が謙遜しているように見えたようだが、それは紛れもない俺の本心だった。

 俺はそんな褒められたやつではない。事実上、あいつの世話は仁美に任せてしまって、俺は今まで会おうとはしなかったのだから。そんなことは言えずに、俺はただエイミーを撫でてやるだけだった。

 

「…………」

 

 その時、一人だけ俺の様子をじっと窺っている人がいたことには気が付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺達がそれぞれの用事で遅れていた間、どうやら俺達のためにお菓子を作ってくれていたようだ。つい先ほど、オーブンに入れていたクッキーが焼きあがっていた。

 

「今日はクッキーですか。いやー相変わらずうまそうですね」

 

 マミさんは料理のレパートリーがとにかく多い。俺が作れる料理を大体作れるだけでなく、マミさんだけのアレンジがいろいろ加えられているのだ。しかもお菓子を作ることもできてしまうのだから驚きだ。修行の後はよくごちそうになったものだ。俺はお菓子は作ったことがないのでよく分からないが、お菓子はさじ加減一つで味が大きく変わってしまうらしい。なので俺がやると毎回違った味のお菓子ができあがることだろう。本当にこの人のスキルには舌を巻く。さやかの言葉を借りるなら、まさに嫁にしたい候補ナンバーワンと言えよう。

 

「おかわりはたくさんあるからじゃんじゃん食べてね」

 

 そう言ってマミさんは紅茶を六人分淹れてくれた。すでに口の中で唾液が止まらない。

 

「「「「「「いただきまーす!」」」」」」

 

 杏子やほむらを加えた六人でこうしてお茶会が始まった。きっとこれからはこのメンバーでお茶会をするのが俺達の『日常』となるのだろう。

 

「うーん、さすがマミさん! あたしのほっぺたが落ちちゃいそうですよ!」

 

「ふふっ、ありがとう、美樹さん」

 

「おいしいね、ほむらちゃん!」

 

「そうね、まどか」

 

 すでにまどか達がクッキーを咀嚼している。クッキーをよく見ると普通の色をしたクッキーと少し黒ずんだクッキーの二種類あることに気付いた。二つで味が違うのかな? とりあえず俺も食べようとまずは普通のクッキーに手を伸ばそうとしたら、

 

 いきなり杏子がクッキーの皿をぐるりと回してしまった。

 

 そのため、普通の色ではなく、少し黒ずんだクッキーの方を手に取ってしまった。

 

「……あれ?」

 

「…………」

 

 なんで皿を回したのかを聞こうとしたら、杏子がじっとこっちを見てきた。

 

「お、おい、杏子?」

 

「食わねーのか、裕?」

 

 ずっとクッキーを持ったままの俺に対して杏子はそんなことを聞いてきた。まあ、確かに一度手をつけたものを皿に戻すのはマナー違反だ。それにどの道両方食べるつもりだったのだから、別に問題はない。

 

 そう思ってクッキーを口に運ぼうとしたのだが……

 

「…………」

 

 さっきから杏子がじっとこっちを見てきているせいですごく食べ辛い……

 なぜ杏子がこっちを見てくるんだ? 

 

 あ、そうか。

 

「杏子、ほら」

 

「……は?」

 

 杏子の意図を察した俺は持っているクッキーを杏子に差し出した。これは他と比べるとサイズが大きい。きっとこれを杏子は食べたかったんだろう。

 

「全く、これを食べたいなら最初からそう言……もがっ!?」

 

 言い終わる前に杏子は差し出されたクッキーを奪い取ってそれを俺の口の中に押し込んできた。

 

「いいから、さっさと食え!!」

 

「もががむ……」

 

 口に入れた後は手でふさいでしまった。吐き出すのは許さないという意志表示のつもりだろうか? ふと視線が気になってそちらを見るとマミさんがにこにこと、さやかがにやにやとこちらを見ていた。これがコントか何かに見えたのだろうか?

 

 やがて咀嚼して飲み込んだのを確認すると、杏子は手を離してくれた。

 

「で?」

 

「……な、なんでしょうか?」

 

「味はどうだったよ?」

 

「あ……味か?」

 

「そうだよ、早く言えっての」

 

 何だか杏子の態度が納得いかなかったが、とりあえず答えることにした。

 

「う~ん、まあ、普通のクッキーにしてはちょっと硬いような気がするな。味は少し苦めといったところかね?」

 

「そ、そっか……」

 

 そう答えると杏子は少ししゅんとしたような顔になってしまった。それがなんだか小動物のようでかわいいな、と思ってしまった。

 

 俺は普通の色のクッキーも食べてみて味を比べてみた。ふむ、こっちの方は柔らかくて甘めに作ってあるんだな。

 

「あ、あのさ、裕……」

 

「うん、こっちの黒い方が俺は好きだな」

 

「ふえ?」

 

 俺の声に杏子は素っ頓狂な声を上げていた。なんだ、そんなに俺の感想が意外なのか? 失敬な、これでも味覚は狂っていないっていう自信はあるんだよ。これは単純に俺の好みなんだ。

 

「俺は歯ごたえがある方が好きなんだ。それから俺は甘いのも大丈夫だけど、どっちかと言うとビター系の味が好みなんだよ」

 

 だけど皿をよく見ると黒い方のクッキーは圧倒的に比率が少ない。この中のまどか、さやか、マミさん、杏子は甘党だ。おそらくほむらもどちらかというと甘党の部類だろう。それを考えるとこの比率は当然かもしれないが、ちょっと寂しかった。好みのクッキーが少ないのもそうだが、なんだか仲間外れな印象を受けてしまうからだ。

 

「ほ、本当か? 本当に、本当か!?」

 

 そんなことを考えていたら、突然杏子が詰め寄って来た。

 

「あ、ああ、別に嘘はついてねえよ。黒いクッキーが少なくて残念だなって思ってるし」

 

「そ、そっかそっか!!」

 

 俺の答えに杏子は喜んでいるようだった。う、うむ、やっぱり杏子は笑ってる方が可愛いよな……けど待てよ、ここまでこれの味を気にしているっていうのはきっと……

 

「なあ、杏子。これってもしかしてお前が「心配すんな、裕!!」……はい?」

 

 聞こうとした所で杏子に遮られてしまった。すると杏子はおもむろに立ち上がってキッチンの方へ走って行ってしまった。

 

 そしてもう一つの皿を持って戻って来た。その皿にはたくさんの黒いクッキーがあった。

 

「おかわりならたくさんあるんだ! ほらほら、食べさせてやるから口開けろ!」

 

 ご機嫌な様子で杏子は俺にクッキーを差し出してきた。いつもの俺なら美少女に食べさせてもらうというシチュエーションに喜んでいたが、俺はさっきから杏子のハイテンションについていけてなかった。

 助けてもらおうとまどか達の方を見てみたら、皆は興味津々の目つきでこっちを見ていた。

 

 こらそこ、これは見世物じゃないぞ。

 

 仕方ない、助けが期待できないなら自分で何とかするしかないか。

 そう思って杏子に向き直ったときだった。

 

「まあ、杏子。ちょっと落ちつ……もごががご!!?」

 

「遠慮すんなって!! 全部お前だけにやるから堪能してくれよ!!」

 

 杏子を落ち着かせようと口を開いたら、そこからクッキーを押し込まれてしまった。しかも今度は食べ終わる前に次のクッキーを口に放りこんできた。

 

「も、もょうぎょ~もげがぎご~(き、杏子~やめてくれ~)」

 

「また作ってやるから楽しみにしててくれよな!!」

 

 駄目だ、全然通じてない。ど、どうすればいいんだ!? 

 そうだ、答えが見つからないときは原点に帰るんだ。卵に薄力粉、バターにグラニュー糖……

 

(って、クッキーの原点で何が分かるんだよ!? あっ、今クッキーがのどの奥に入った……)

 

「きょ、杏子、それ以上はまずいって!!」

 

 ついにさやかがこれ以上はまずいと悟ったのか、杏子を止めようとしてくれた。ありがたい。けどもう少し早く助けてほしかったな……

 

「駄目だ、さやか!! これは裕の分なんだよ!! 悪いけど諦めてくれ!!」

 

「○××○○×○○○×○○×○○○○××~!!?」

 

「そ、そうじゃなくて!! このままじゃ裕一が窒息死しちゃうよ~!!」

 

 あ、駄目だ。目の前が、霞んで……

 

「え? お、おい、裕? 目を開けろよ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は意識はどこか別の所へ行っている気がした。周りがなんだか騒がしかったが、どうでもよかった。ふわふわと浮いているようでなんだか気持ちがいい。このまま上へと飛んでいけそうだ。風が吹いている気がした。その風に乗って、俺はどこまでも上へ昇って……

 

 その瞬間、神の鉄槌によって地に叩き落とされた。

 

「ぶふぐぅっ!!?」

 

 突然腹部に衝撃が走り、のどに詰まっていたものが全て吐き出された。その瞬間俺は大きく息を吸い込んだ。新たな空気が肺にしみわたる。心臓を通して綺麗な血液が全身を駆け巡る。脳細胞がそれを受け取って活性化する。

 

 どうやら俺はまだこの世界で生きていていいようである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《ちなみに裕一が気絶していた時はこんな会話をしていていました》

 

 

 

「さやか、こ、こういうときはあれか!? 人口呼吸か!? け、けど、それって……」

 

「今やったってクッキーが邪魔して空気がいかないって!! ってなんか駄洒落みたいになってる!?」

 

「佐倉さん、落ち着いて!! とにかくクッキーを吐き出させないと!!」

 

「よ、よし……てりゃぁぁぁ!!」

 

「ぶふぐぅっ!!?」

 

 マミの指示を聞いた杏子は即座に裕一の腹部に拳を叩き込んだ。その衝撃で口からクッキーがこぼれ落ちた。あまり見た目が良くない光景である。

 

 ちなみに、喉を詰まらせた時の対処方法としては完全に間違っている。

 

「これが、私が最後にたどり着いた光景なの……?」

 

「ほ、ほむらちゃん……」

 

「いいえ……まどか、私はあなたがあなたでいればそれだけで……」

 

「落ち着いて!? 目の前の現実に負けちゃ駄目だよ、ほむらちゃん!?」

 

 ほむらはまどかに寄りかかり自己逃避をしてしまっていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの後俺は目を覚ましたが、その直前にあった記憶は何故かすっぽりと抜けてしまっていた。

 皆に何があったかを聞いても教えてくれなかった。

 

 マミさんは苦笑を浮かべていて、さやかはにやにやしていた。ほむらはまどかにしなだれかかっているし、杏子は何だかしょんぼりとしていた。

 

 本当に、訳分からん……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆、修行に行く前にあたしから少しだけいいか?」

 

 テーブルにあった食器類を片付けた後で、杏子が皆に呼び掛けた。

 どうやら真剣な話のようだ。俺達は話を聞くために全員腰を下ろした。

 

「お前らに会う前のあたしはずっと一人で闘ってきたよ。他人のために動いたって得になることなんて何一つない。この力は、全部自分のために使い切るって決めて、使い魔に人間を喰わせて魔女に成長させたりもしてきたよ」

 

 己の罪を告白するように杏子は言う。

 だけどそれは杏子が本当に望んだ生き方じゃなかったはずだ。今の杏子と出会った俺は、今でもそれを胸を張って言える。

 

「けどこの町にいるやつらは、何もかもがおかしかった。魔法少女の常識ってやつを完全に無視したやつらがゴロゴロいた。相変わらず人助けをするやつらもいたし、目的のためにその常識を完全に無視するやつもいたし、挙句あたしの生き方にまでけちをつけるやつすらいやがった……」

 

 言葉は皮肉っぽく言っていたが、それを穏やかな表情で話す杏子に俺はある予感を覚えていた。俺やマミさんが、心から望んでいたこと。

 

「けど、今になってみてようやく分かったよ。あたしは、そんなお前らが羨ましかった。そうやって、自分が本当にしたい生き方をしていたお前らが、あたしには眩しかったんだよ。それはあたしが、自分が望んだ生き方をしていなかったせいだってことを、とうとう認めざるを得なくなってしまった」

 

 マミさんやさやかや俺は、この町にいる人達を守る。

 ほむらは、まどかを守る。

 皆、誰かを守る生き方が好きだった。そしてそれは、杏子だってしたかったことなんだ。

 

「アイツとの決戦を前にして、あたしも変わらずにいるのは駄目だって気付いたんだ。だから、あたしも変わるって決めたんだよ」

 

 杏子は俺達の目を真っすぐに見た。余計な重荷を下ろしたような、晴れやかな笑顔を浮かべて言った。

 

 

「あたしは――――その生き方は、もうしない」

 

 

 そして杏子は、今までの生き方と決別した。

 

 

「あたしはお前らと一緒にワルプルギスの夜からこの町を守る。そしてこれから先も、この見滝原にいる人達を守る魔法少女としてお前らと一緒にいたいんだよ。勝手な言い分だとは分かってる。だけどできるなら、あたしはお前らの本当の仲間になりたいんだよ。だから……頼む」

 

 そう言って杏子は、その頭を下げた。今までの彼女からは到底予想できない行為。だからこそ、彼女の本気もよく分かった。

 

 やがて、皆がその言葉に答えた。

 

「もちろんよ、佐倉さん。私達はこれからも一緒よ。あなたをもう、一人にさせたりはしないわ」

 

 かつて杏子の師匠として、共にいたマミさん。

 彼女はずっと杏子が帰って来ることを待っていた。そして、それが今叶ったんだ。

 

「うん、一緒に闘おう、杏子。あんたがいれば百人力だよ。皆でこの町を守ろう!!」

 

 杏子と同じ願いから魔法少女となったさやか。

 たとえ結末が違っていても、きっと杏子のことを一番理解してやれるのはさやかなのだろう。

 これから先、きっと二人は親友と言える関係になるのかもしれないな。

 

「佐倉さん、私達は必ずワルプルギスの夜を倒してみせるわ。そして、皆とかけがえのない時間を過ごしていきましょう」

 

 皆と異なる時間の流れにいたほむら。

 ほむらこそ、真の意味での孤独だった。異なる時間軸にいる皆は、誰も彼女のことを知らない。

 だけど、今こそ彼女の願いが最高の形で叶う時がやって来ている。そして、そこには杏子もいないと駄目なんだ。

 

「杏子ちゃん、私達はずっと友達だからね。これからも、杏子ちゃん達と一緒にいられるんだって、私は信じているからね……!」

 

 比喩でもなく、一番の因果を背負ったまどか。

 それゆえに、まどかは一緒に闘うことはできない。だけど、それでも皆を支えることはできる。彼女がいたから、誰も絶望に堕ちることはなかったんだ。

 

 

 

 最後は俺か……そうだな。俺と杏子の間では、この言葉がふさわしいかもな。

 

「予告は実現したな。――――俺の勝ちだ、杏子」

 

「本当にたいしたやつだよ、お前はさ。――――ああ、あたしの負けだ、裕」

 

 互いに笑みを交わす。杏子との変わらぬやり取りができたことが、俺は何より嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、いよいよね皆。ワルプルギスの夜が来るまで、もう日にちはあまりないでしょうね」

 

 修行に行く前に、マミさんが皆に呼び掛けた。

 確かにマミさんの言う通り、アイツが来るのはもう時間の問題だろう。

 だからこうして皆の士気を高めようとしてくれているんだろうな。

 

「じゃあ洲道君。皆の士気を高めるために何か言ってあげて。その役目はあなたこそがふさわしいわ」

 

「え? 俺ですか?」

 

 そんな大役を俺に任せてもらっていいのか? こういうのは経験豊富なマミさんやほむらの方がいいと思うんだけど……

 

「うん、これは洲道君がやるのが一番だよ」

 

「そうだね、ここはやっぱり裕一でしょ」

 

「そうね、あなた以外にはいないわ」

 

「ああ、ビシッと決めろよ、裕。あたし達はお前の言葉について行くからな」

 

 皆は口々に言う。その言葉にはからかいの感情は一切ないことは、俺でも分かることだった。皆が俺の言葉をほしがっている。それを希望としてくれるほど、俺のことを信頼してくれている。

 

 

 だからこそ、辛かった。

 

 

 皆が強くなっていくのにかかわらず、俺は相変わらず何も変わっていないのだから。

 情けないことだとは分かっている。だけどそれでも……俺は変わるということが怖かった。

 

 皆のように一歩を進む勇気が、どうしても持てなかった。

 

 

 

 

 でもそれでも、今の俺はそれで沈んでいる場合じゃないのだ。皆がこんな俺に期待してくれているんだ。俺は答えないといけない。これからも生きていくために。

 

 何かに、俺は願う。

 

 今だけは……皆に希望を残せる強さを、俺に下さい。

 

 

 

 

「俺はつい最近まで、魔法少女のことは知らなかった。だけど俺は幼い時からワルプルギスの夜とは因縁があったんだ。そして俺自身にも、魔女と闘える力を持っていた……」

 

 遅かれ早かれ、俺は魔女との闘いに身を投じていただろう。だけど彼女達と出会わなければ、俺は死んでいた可能性は高い。ここが特別な場所であるからこそ、俺はこうして生きているんだ。

 

「色んな真実を知ったけど、俺のことに関してだけは最後まで分からなかった。そしてそれを知る機会は、きっとないと思う」

 

 夢の中で手を伸ばす存在、俺の心臓、そしてワルプルギスの夜。手掛かりはあるが、納得できる答えだけは見つけられない。

 全ての答えは、おそらくあの男が握っている。

 

「だけどそれでも、俺の気持ちも皆と同じだ。俺もこの町にいる人達も、そしてここにいる皆を守りたいんだ。最強といわれるアイツに対して、それがどれだけ難しいことかは俺でも考えることはできる」

 

 ほむらが一度も乗り越えることができなかったワルプルギスの夜。そいつを退けるだけでなく、しかも全員生きて帰るなど、あまりにも欲張りだろう。

 

「でも、それでもやるって、心で決めた。どれだけ難しいかなんて関係ない。掴んだ手は離しはしない。俺達の『日常』を、アイツに壊させたりはしない」

 

 失敗したことなんて考えたりはしない。考える必要はない。そこに迷いなんてないからだ。

 

「忘れないでくれ。俺達は一人じゃないってことを。たとえすぐ隣にいなくても、想いは繋がっているんだってことを。そして命に代えて闘うなんてことは絶対にしては駄目だ。残される人の気持ちも背負って、俺達はアイツと闘うんだ」

 

 誰か一人でもいなくなったら、俺達は永遠に傷ついたままになる。自己犠牲は、もはや美徳でもなんでもないのだから。どれだけ難しくても、俺達は自分と自分以外の人の両方を守る選択をし続けなければならないんだ。

 

「俺達には、皆がいる!! それこそが、アイツを倒すことのできる唯一にして最強の武器だ!! 他の誰かのために、俺達はどこまでも強くなれる!! どんな奇跡だって起こせる!! 支え合って生まれる力ってやつを、アイツに見せてやろうじゃねえか!! 俺達の全てを、全部アイツにぶつけてやろうぜ!!」

 

 皆の心に火を灯せ。心の火を集めて、決して消えない炎を作りだすんだ。

 

「全てはそこから始まるんだ!!! 行くぜ、皆!!!!!」

 

「「「「「おーーーーーーーっっっっっ!!!!!」」」」」

 

 俺の言葉に皆が続く。そうして灯った炎は、もう決して消えることはないだろう。

 迷うことなど何もない。俺達はアイツを倒し、全てを守る。

 できるか、じゃない。やってみせる、だ。それが、俺達の意志なのだから。

 

 俺はきっと、立派に役目を果たせたのだろう。

 いや、違うな。後はアイツを倒すための力になるんだ。アイツとの因縁を、ここで完全に断つ。

 

 

 そこから、全ては始まるんだ――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから俺達はいつもの修行場へと向かった。

 

 まずはさやかの戦闘能力を上げようとしたのだが……それは俺達の予想を考え得る限りの最高の状態で裏切ることになった。

 技術はまだ未熟な所があるが、さやかが繰り出す剣の一撃が段違いに重くなったのだ。それはあの時の捨て身の闘いの時と比べものにならないほどにだ。それで杏子と互角以上の闘いをしてしまい、俺達は驚いたのだが、さやかはこれくらい当然だと言ってのけてしまった。

 確かに、杏子と互角に闘えるさやかはもう足手まといなんかじゃない。もはや一人前と言ってもいいのかもしれないレベルだ。この事実が、さらに俺達を奮い立たせた。

 

 そこからは俺達も負けじと猛特訓した。

 杏子はもはやさやかを対等な相手と見なし、互いに全力で研磨し合っていた。俺もまたそこに混ざり、二人の魔法の技術をさらに向上させていった。杏子も決して負けたりはしない。さやかと闘う度に、どんどん強くなっていくことが俺にも伝わってきた。

 

 近接タイプの二人との修行を一度終えた後、俺はマミさん達と一緒にワルプルギスの夜との闘いの作戦について話し合っていた。ほむらの情報を元に、ワルプルギスの夜が来る地点、そしてその付近にある地形をさらに調べ上げる。いくつものパターンを考えて、あらゆる事態に対応する作戦を考えていく。

 いかに効率良くアイツにダメージを与えていくのか、入念に計画を練っていった。

 

 それを一通り終え、次はほむらに彼女の武器の扱い方を教えてもらった。ネットか何かでしか見られない近代兵器の数々。銃の装填の仕方や、手榴弾の扱い方まで事細やかに学んで行った。

 そこから、今度は俺だけが使える合成魔法のバリエーションを考え、ものにしていく特訓を始めた。意外にも、一番案をくれるのはまどかだった。こうした発想力は、そのまま俺の強さへと変わる。俺はそのことに感謝した。

 

 皆が強くなっていく。全ては守り、これからを生きていくために。

 

 

 

 そうして、今日の修行は終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 皆と別れ、俺は杏子と一緒に帰っている。これも、『日常』の一つになっていっている。

 おもむろに空を見上げた。すでに夜になっているが、いつも見えるはずの月が雲に隠れていた。

 

「さやかも強くなってたな。俺も本気でやらないと負けてたよ。大したものだよ」

 

「口だけじゃなかったってことか。あれが、あの二人がくれた強さってやつなのかな」

 

「二人って……恭介に仁美のことか?」

 

「そうだよ。あいつらからもらった自分は無敵なんだって言ってたんだぜ、さやかのやつは。まったく、そいつらはどんな魔法を使ったんだか」

 

 そう言えば、修行の前にさやかは新品のCDプレイヤーで何か聴いていたな。それが恭介がさやかにプレゼントしたものなのかもしれないな。

 仁美のことを考えた時、思い出すのは中沢の言葉だ。仁美は、たとえ自分が傷つくとしても一歩を進む決意をしていた。そしてさやかと互いの想いを打ち明け合って、俺達の友達であり続けた。

 俺はそんな彼女が、眩しかった。ありがたかった。何よりも、羨ましかった。

 それこそ、涙が出るくらいに……

 

「どうした、裕?」

 

 ふと、杏子がじっと俺の顔を見つめてきた。もしかして顔に出ていたのだろうか?

 まったく……駄目だな、こんなんじゃ……

 

「なんでもないよ。取るに足らない、考え事さ」

 

 杏子を心配させちゃいけないと思った。

 

 俺が弱さを見せると士気に関わってしまう。

 単に強い自分を見せたい。

 女の子を心配させるのは男として失格だ。

 

 色んな理由が浮かんだけど、どれも正解であり、不正解であるような気がした。

 

「…………」

 

 杏子はそれに答えずに、ただじっと俺の目を見つめていた。嘘だってばれてしまったのかな?

 だけどせめて、アイツとの闘いが終わるまでは見逃してほしいな……

 

「裕……」

 

 その時、杏子に両頬を掴まれて俺の顔を杏子の顔の前に持ってきた。

 

「何が正解で、何が不正解か、そんなのは誰にも分かりはしないんだ。あたし達にできるのは、正解を考えて動くことだけなんだ」

 

「……え?」

 

「だけど誰かにとっての正解を目指した結果、それがその誰かの不正解になることだってある。失敗して、誰かを傷つけてしまうことはあるよ。それはすごく悲しいことだけど、どうしても起きてしまうことなんだよ。それでも、さ……」

 

 杏子はまるで、俺の考えを全て読んだかのように言葉を紡いでいく。その言葉の一つ一つに、俺は動きを封じられてしまう。息さえ、できないほどに。

 

「あたしのすることが、今のお前にとってすごく残酷なことかもしれないけど、それでもあたしは踏み込むよ」

 

 きっかけは、中沢の話を聞いたからなのか、エイミーと偶然会ってしまったことなのか、それとももっと前から懐いていた気持ちのせいなのか……

 分からないけど、今の俺に言えることはこれだけだ。

 

 知らない。こんな顔をする杏子を、俺は知らない。

 でもこれは危険だ。これは俺の大切な『日常』を壊すものなんだ。

 

「裕、今からあたしについてきてくれ。少し、話したいことがあるんだ」

 

 俺は今の杏子が――――怖い。

 

 

 

 

 

 行くべきではないと頭の中では言っていた。これはきっと、何かを失ってしまうものだ。

 だけど俺は無意識の内に、杏子について行った。この手を、伸ばしてしまった。

 

 誰かのためではなく、自分自身の救いのために手を伸ばすのはいつの頃だったのか、今の俺には思い出せなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




全員生存、そして全員のモチベーションも完璧です。火つけ役の裕一以外は。
裕一は新たな一歩を進めるのでしょうか?

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